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2009年8月29日 (土)

私は英語教育の初歩の初歩で落ちこぼれました

中学校1年の1学期ですでに英語の授業でつまずいていました。今にして思えばLD(学習障害)だったのだと思われます。不幸にして日本にはまだLDの観念がなく、学習不足として責められもしました。「出来ない」ということを理解されないというのは、おそらく一番辛いケースの一つです。

私はLDに関しては算数障害の認定を受けています。おそらく記号を扱うのが駄目なのでしょう、英語もスペルをきちんと綴ること、憶えることが出来ませんでした。

それでも中学生の時は家庭教師について貰うなど、単語を憶える力が弱くても、文法など他の部分で何とか点を取ることは出来ました。高校の英語の授業も好きでした。点数は平均点がやっとでしたが。

フォニックスという英語教育法があります。詳しくは下のファイルを見ていただきたいのですが、

http://www.jrc.sophia.ac.jp/kiyou/ki22/mask.pdf

英語をスペルではなく、発音から理解していこうという教育法のようです。ご存じの通り、英語は綴りと発音が必ずしも一致しません。発音と綴りが同一でないものを記憶するのは困難がともないます。私のような英語ノイローゼに陥る人を一人でも少なくしたいとの思いから、フォニックスという教育法を紹介してみました。誰かの役に立てれば幸いだと思います。

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