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2009年8月 5日 (水)

ほんのちょっとしたことでも

ほんのちょっとしたことでも、空気のように当たり前の存在だと思っているようなことでも、一つ一つを取り上げてその因果を辿っていくと、気が遠くなるほどの複雑な手続きを踏んでいることに気付く。命という営みの複雑な過程。人間と同じものを人工的に作り出そうとする試みが未だに成功していないのもむべなるかなという気もする。

そう考えると、生きるということがいかに大いなる恩寵のもとに行われているのかがわかる。命を生み出すということ、命を燃焼させるということ、それは実は類い希なることなのではないか。

考えてみれば、地球に生物というものが存在するということ自体が奇跡のようなものだ。奇跡的な世界で、我々は奇跡的な一秒一秒を生きている。いや生かされているというべきか。

その奇跡や恩寵やらに応えるべく、我々は生きているのかも知れない。奇跡や恩寵があって私というものが存在するということを考えると、私自身の命は私だけのものではないのであるし、この世のあらゆる出来事が「私だけのため」「自己中心」という鎖を離れて、より大きな形で立ち上がってくるようにも思われるのだ。

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