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2009年8月30日 (日)

『教如上人と東本願寺創立』(東本願寺出版部)

本願寺は江戸時代(正確には織豊時代末期)東本願寺と西本願寺に分裂しました。従来、本願寺の東西分裂は本願寺の内部抗争に乗じた徳川家康の策謀という説が有力でしたが、それに異議を唱えているのが東本願寺出版部から出ている『教如上人と東本願寺創立』です。

『教如上人と東本願寺創立』(東本願寺出版部) 慶長7年(1602)に徳川家康から東六条の地を賜い、東本願寺を創立した教如上人。本願寺第十一世・顕如の長男として生まれた教如上人ですが、本願寺十二世となった直後に豊臣秀吉から弟の准如に位を譲るようにいわれ、隠退しました。しかし、実際には教如は本願寺十二世としての活動を続けており、大坂に大谷本願寺を築こうとするなど、表立っての活躍も目立っていました。

東本願寺の寺地を与えたのは徳川家康ですが、関ヶ原の戦いの前に、上杉景勝討伐のために下野国小山にいた家康を教如上人はわざわざ京都から訪ねており、関ヶ原の戦い後、天下人となった家康のもとにも教如は足繁く通っており、もともと教如自体が本願寺分派の意図を持っており、家康は教如の意志に応えただけなのではないかと本書は結論づけています。

従来の、本願寺分派は家康の陰謀だとする説に一石を投じる好著です。

『教如上人と東本願寺創立』(東本願寺出版部) bk1

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