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2009年12月11日 (金)

こうして宛先のない記事を書くことに

意味が見いだせなくなりつつある。世に溢れるブログの無内容なこと、つまらないこと。私のブログもその中の一つに過ぎない。もっとも、見て不快になる内容のブログの書き手が多いのも事実で、そうした記事は書かないように努めているつもりではある。

しかし、毒にも薬にもならない記事を書くのも、これまた無意味という陥穽に嵌りやすく、良い記事はと考えると答えは巡り巡った末に出てこない。

日常を切り売りするように書くのは上品とはいえないし、何ら発見のない言葉を連ねてもどこにもたどり着けないように思う。

全ては無駄なのか。

しかし、そうした無駄を重ねた後でこそ何かが残るような気もする。最初から完成されたものに奥行きなど出すことは出来ない。

そんなことを思いながら今日も私は宛先のない記事を紡いでいる。どこにたどり着くのか、果たしてたどり着く岸などあるのかと疑問に思いながら。

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