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2011年9月12日 (月)

コンサートの記(71) 井上道義指揮 京都市交響楽団第484回定期演奏会

2006年1月20日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで京都市交響楽団の第484回定期演奏会を聴く。指揮はかつて京都市交響楽団(京響)の音楽監督を務めていた井上道義。シュニトケ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチというオール・ロシア・プログラムである。

シュニトケの「モーツ=アルト・ア・ラ・ハイドン」は、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの旋律をところどころに用いた曲で、優雅さと鋭さを併せ持った音楽である。しかし、それ音楽に面白かったのが視覚面。ステージには指揮台がなく、またヴァイオリン奏者のための譜面台があるが、椅子はない。立ったまま演奏するのだろう。照明が極端に暗くなり、ステージ中央のみが光の輪のようになってわずかに浮かび上がる。チェロ奏者2人とコントラバス奏者がその光の輪の中にやってくる。そして全溶暗。暗闇の中で演奏がスタートする。やがてステージの両袖からヴァイオリン奏者達が演奏しながら入ってくる。ある者はピッチカートを、あるものは激しい旋律を奏でる。

突然照明カットイン。ロシアの帽子(シャプカというらしい)をかぶった井上道義が本来なら指揮台のある場所に置かれた円テーブルに腰かけている。音楽が始まっていることに気づいた(ふりをした)井上は慌てて指揮を始める。しかしその指揮は右手と左手を交互に出すだけだったり、ボクシングのようにジャブを繰り出したり、跪いて投げキッスをするなど、およそ指揮らしくない。井上という指揮者はおふざけが好きであり、また芝居がかったことが得意なので、見ていて面白い。奏者達も私服、もしくはそれに近いものを着ている。なかには黄色いジャケットを羽織って、漫才師風になっているヴァイオリン奏者もいる。奏者達もそれぞれおちゃらけた演技を披露。実に楽しそうだ。

プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番。独奏はロシア人のアナスタシア・チョボタリョーワ。苗字が「ワ」で終わるので須く女性である。
第1楽章は協奏曲というより、ヴァイオリン独奏が奏でるメロディーをオーケストラの楽器が縁取っていくという趣で、オーケストラ付きヴァイオリン独奏曲のように聞こえる。プロコフィエフの高貴な旋律が生きている。
プロコフィエフという作曲家の特徴は、高雅な旋律と奇妙な響き、幾何学的な音の進行とある種の俗っぽさという、同居しにくいものが同居していることにある。第2楽章も美しいのだが、どこか妙という個性溢れる作風で聴く者を楽しませる。
第3楽章は第1楽章とは逆に、オーケストラが旋律を受け持ち、ヴァイオリン・ソロがそれに装飾を施していくという形になる。
アナスタシアのヴァイオリンは音が実に滑らかである。

メインはショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。昨年の夏にワレリー・ゲルギエフの指揮で聴いて圧倒的な感銘を受けた作品である。
井上の指揮は自身に満ちあふれており、フォルテシモの音響は「炸裂」という言葉がピッタリだ。情熱が売りの指揮者だけに、ショスタコーヴィチには合っているのだろう。

それにしても、この曲の威力は凄い。炸裂するフォルテシモは空気を揺るがすようだし、聴いているこちらの血液が一瞬止まったように感じるほどの圧力を感じる。これだけの響きが作り出せるというだけでもショスタコーヴィチが天才であったことは疑いようがない。
京響は金管が特に優秀で、音の輝きは楽器の外観以上である。

この曲も視覚的に面白い箇所がある。第1楽章ではトランペット、トロンボーン、チューバはミュート(弱音器)をつけて演奏している。この曲は楽章が切れ目なく演奏されるのだが、第2楽章に入って、音楽が変わった瞬間にブラスの奏者が一斉にミュートをサッと外すのである。
また曲のラストで鐘(チューブラーベル)が鳴り響くのだが、大音量の中なのではっきりとは聞こえない。しかし、目で鐘を見ているときちんと聞こえてくるのである。
ところでショスタコーヴィチはなぜ鐘が鳴るときに他の楽器もフォルテシモで演奏させたのだろう? 鐘が聞こえにくくなるとわかっているのに。
あるいはわざと鐘を聞こえにくくしたのだろうか。あり得なくはない。

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