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2011年11月 3日 (木)

コンサートの記(74) ラドミル・エリシュカ指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第452回定期演奏会 スメタナ「我が祖国」全曲

2011年10月5日 ザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第452回定期演奏会に接する。

今回の指揮者はチェコの名匠・ラドミル・エリシュカ。1931年に生まれ、この間聴いた、チェコ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団が本拠地とするブルノの音楽大学を出た後、チェコのカルロヴィヴァリ交響楽団の首席指揮者・音楽監督として活躍。しかし、それ以上にプラハ音楽大学の指揮科トップ教授として熱心に教育をしてきた人である。
大阪フィルハーモニー交響楽団定期演奏会に客演するのは二度目。最初はヤナーチェク(チェコの作曲家である)の「グレゴル・ミサ」をメインにしたものだったが、この「グレゴル・ミサ」の出来が良く、サー・チャールズ・マッケラス指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団ほかのCDよりも上だった。クラシック音楽に詳しくない方のために書くと、昨年亡くなったサー・チャールズ・マッケラスは「ヤナーチェクの世界的権威」と呼ばれた人で、最初にイギリスに留学した後で(マッケラスは豪州出身である。生まれはアメリカあるが、幼くしてオーストラリアに移ったので豪州出身の指揮者としていいだろう。南半球出身の指揮者としては、カルロス・クライバーに次ぐほどの実力者である。)、チェコに留学し、そこでヤナーチェクの音楽に開眼。チェコ語をマスターし、ヤナーチェクの音楽を次々に演奏、楽譜の校訂まで行っている。DECCAにはウィーン・フィルなどを指揮してヤナーチェクの代表作を録音し、最高のヤナーチェク指揮者の名をほしいままにした。そのマッケラスより上というのは普通では考えられないことである。エリシュカがいかに優れた指揮者であるかがわかった。

ラドミル・エリシュカ指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第452<br />
 回定期演奏会

演目は、スメタナの連作交響詩「我が祖国」全曲。

エリシュカの指揮で「我が祖国」なら、名演になるのは演奏会が始まる前から決まっているようなものである。

エリシュカ登場。前回は足を引きずっての登場で、「足が悪いのかな」と思ったが、今日は普通に歩いて出てきた。前回はたまたま足の調子が悪かっただけらしい。

全曲、暗譜での指揮である。全開はスツールに腰掛けていたが今回は立ったまま指揮する。

第1曲「ヴィシェフラド(高い城。変換したら「他界しろ」と出た。なんて失礼なIMEなんだ)」。冒頭はハープで始まるが、エリシュカは要所要所で指示を出すが、基本的にはハープ奏者に任せ、グリッサンドのところでは指揮をやめて目を閉じていた。木管による演奏の開始、エリシュカが指揮すると大阪フィルの響きが立体的になる。ハーモニー作りに長けているのだろう。最初のうちはスケールは小さかったが、敢えてそうしていただけで、徐々にスケールは大きくなっていく。パースペクティブ(「遠近法」という意味。音楽に使うと、音のバランスや強弱のつけ方、立体感などの意味になる)も最高に保たれている。エリシュカが両手をパッと拡げると、大阪フィルの音量がグンと大きくなるのには驚いた。

第2曲「モルダウ(ヴァルタヴァ)」。プラハを流れるチェコ最長の川(変換したら「最澄の川」と出た。あのね、伝教大師こと最澄は川を作ったりはしないよ)であるヴァルタヴァ川(モルダウ川はドイツでの呼び方である)を、水滴から、源流、川の流れ、夜の川に映える月の光、河原で繰り広げられる舞踏会などを描写し、最後はプラハ城の前にたどり着くという内容を音で描いたものである。最後に第1曲「ヴィシェフラド」の主題が出て、プラハ城の前にたどり着いたことがわかる仕掛けになっている。
かなり速いテンポでスタート、これほど速いスタートの「モルダウ」は聴いたことがない。その後も速めのテンポは続くが、曲の流れを考えれば「瀬を早み」という言葉があるくらいで、源流付近では川の流れは速いのが普通であり、おそらくそれを考えてのテンポ設定で、徐々にテンポを落とすのだろうと予想。この読みは当たった。エリシュカの指揮は第1ヴァイオリンが弾く主題よりも、内声部を手掛けるヴィオラやチェロをよく鳴らすのが特徴的。これにより音楽の立体感が増す。第1ヴァイオリンは奏者達に任せているが、ヴィオラやチェロはたまにそちらを向いて「もっと鳴らして」と指示をする。月夜の場面での抒情感も見事である。最後はテンポを遅くして(それでも他の指揮者に比べると速めではある)、悠々たる流れを描写、スケールも大きい。城の主題は迫力満点だ。

第3曲「シャルーカ」。女兵士シャルーカの戦いを描いた作品である。ドラマティックな演奏で、全奏者が高い集中力を見せる。トロンボーンのミスがあったものの、大フィルも健闘し、優れた出来となった。まるで絵巻物を見ているかのような華麗にして高度な描写力を持つ演奏であった。

ここで、休憩が入る。前半が終わっただけであるが、「ブラボー」が出るなど、客席は大いに盛り上がる。

後半の第1曲目、全曲でいうと4曲目は、この間、アレクサンダー・マルコヴィッチ指揮プラハ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団が大阪公演で演奏した「ボヘミアの森と草原から」。大フィルの弦楽の響きは美しさにおいてはブルノ・フィルに及ばないが、それでもピアニシモの時はゾッとするくらい美しい音を出す。立体感ではエリシュカ指揮の大阪フィルの方が上である。迫真力においては、マルコヴィッチなどエリシュカの敵ですらない。

第5曲の「ターボル」と第6曲の「ブラニーク」は深い関わりがあり、曲自体も敢えて似せて書かれている。いずれの曲もエリシュカの指揮は100点満点超えの120点である。「ターボル」ではホルンのキークス(音外し)があったが、毎度毎度のことなので諦める。「ブラニーク」ではオーボエソロによる長くて美しい旋律がある。「我が祖国」全曲は、演奏会では、イルジー・コウト指揮NHK交響楽団と小林研一郞指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴いたことがあり、NHK交響楽団の演奏会でこのオーボエソロを吹いたのはエッセイや「のだめカンタービレ」の音楽監修、「のだめコンサート」のプロデュースと指揮を手掛けたことでも知られるNHK交響楽団首席オーボエ奏者の茂木大輔である。今日の大阪フィルのオーボエソロは茂木大輔に勝てなかった。茂木さんは、色々批判を受けたりもするが、なんだかんだでトップクラスのオーボエ奏者であることがわかる。茂木が「ブラニーク」で吹いたオーボエソロは今も頭の中に残っている。

予想通りの大変な名演であった。私は実演の他に、ヴァーツラフ・ノイマン指揮、ラファエル・クーベリック指揮、ヴァーツラフ・ターリヒ指揮、カレル・アンチェル指揮などで、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による「我が祖国」をCDで聴いたことがあり、その他のもニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、隠れた名盤であるアントニ・ヴィト指揮ポーランド国立放送交響楽団のCDなども聴いているが、エリシュカの指揮する「我が祖国」はそれらのどれよりも文学的でドラマティックなものであった。ベートーヴェンなども指揮させたら最高のものが出来上がるだろう。演奏終了後、客席からは万雷の拍手に「ブラボー」の嵐。私は「ブラボー」は言わなかったが(実は「ブラボー」を言うのは余り好きではない)スタンディングで讃えた。

この夜の「我が祖国」はこれまで私が聴いた中で最も文学的な「我が祖国」の演奏であった。

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