« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月の40件の記事

2011年11月30日 (水)

私見・静御前とは

源義経(源九郎判官義経)の愛妾とされる静御前。史上最も有名な女性の一人である。ただこの人の正体というのが実は怪しい。

静御前は白拍子ということになっている。母親は磯禅師で、この人が白拍子を始め、娘である静にこれを継がせたのだという。

ただ正史とされるものにおいて静御前が出てるものは『吾妻鏡』だけである。実在したかどうかは複数の文献に登場するかどうかで確定されるのであるが、静御前の場合、『吾妻鏡』にしか登場しない。『義経記』などは物語であり、正史ではない。

『古事記』という書物がある。ご存じの通り、日本最古の歴史物語である。ここで恋の歌が歌われる場面があり、それは志都歌(しづうた)と呼ばれている。志都歌は吉野でも歌われている。ここが怪しいのである。

志都歌の「歌」を音読すると「か」である。つまり「しづか」になるのである。磯禅師以前にもどうやら歌って踊る習慣はあったようであり、また白拍子の始まりを『古事記』に出てくる倭武命が熊襲武を襲う際に、女装して舞い踊ったことに求める人もいる。

もし、『古事記』に出てくることがベースになっているのだとしたら、静御前は架空の人物ということになるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月26日 (土)

観劇感想精選(84) 祝 桂三枝芸能生活45周年記念特別公演「花の駐在さん ~いちにのさんしで夢波止場~」

2011年4月26日 大阪の、なんばグランド花月(NGK)にて

午後7時から、なんばグランド花月(NGK)で、「祝 桂三枝芸能生活45周年記念特別公演 花の駐在さん」を観る。

その名の通り、桂三枝の芸能生活45周年を記念して、30年以上前にABC系列で放送されたされた「花の駐在さん」シリーズを一夜限りの舞台として再現するもの。

23歳と24歳の青年お笑いコンビ・プリマ旦那の前説の後、桂三枝師匠が登場し、「芸能生活50周年でやりたかったのだが、その時には駐在役が似合うかどうかわからないので45周年という中途半端な年ではあるが再演を決意した」旨を述べる。

その後、三枝は、出演者である、あべ静恵と山瀬まみから花束を貰い、同じく出演者である月亭八方師匠からタワシを、たむらけんじから鰹節をプレゼントされて困惑して見せた。

出演者には、池乃めだか、オール阪神、今いくよ・くるよ、シルク、西川きよしなど、大阪の全国区の有名どころが並ぶ。「花の駐在さん」のオリジナルでは桂三枝と四代目・林家小染が警官コンビであったが、四代目・林家小染は「花の駐在さん」が「さんまの駐在さん」に変わった以降の1984年に交通事故死しているため、再演は叶わず、今回は相方の警官をたむらけんじが務める。若手では、桜 稲垣早希も出演する。

花月島(はなつきしま)という島の駐在を桂三枝とたむらけんじが演じ、こそ泥役に西川きよし、漁船の船長にオール阪神、花月島漁港の食堂「今来食堂」の従業員に今いくよ・くるよ、桂三枝演じる駐在の妻にあべ静恵、二人の娘に山瀬まみという配役。花月島には海外から砂金が密輸されているという話がある…

吉本の演劇なので、稽古時間はかなり短いと思われ(ぶっつけ本番の人もいたと思われる)、演技はみな熟していなかったが、多くは俳優ではなく落語家や芸人であり、大阪の芸能人が一堂に会するというイベント的興業なのでこれでいいのだろう。ちなみに即興の部分が多く、みな達者である。なお、舞台袖で舞台監督さんが思いっ切り見切れていたのだが、あれはいいのかな?

なお、この公演はABC(朝日放送)によりテレビ収録されており、5月5日に放送された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月24日 (木)

長嶋茂雄 伝説の引退セレモニー

巨人軍、栄光の背番号3をつけた長嶋茂雄の余りにも有名な引退セレモニーです。「我が巨人軍は永久に不滅です」の名言を御覧下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京ヤクルトスワローズ 石井弘寿最後の登板

左腕最速となる155㎞/hの記録保持者でありながら、怪我のため、二軍暮らしが続いていた、東京ヤクルトスワローズの石井弘寿投手。引退試合となる最後の登板の映像がファンによってYouTubeに投稿されています。名投手の最後のピッチングをお楽しみ下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月22日 (火)

私見・「黄泉比良坂」とは

「古事記」に出てくる。黄泉比良坂(よもつひらさか)。出雲国にあるということです。しかし、出雲国、今の島根県ですが、そこに有名な山があるかというとそうとは言い切れないのです。イザナミ命は伯耆国と出雲国の国境にある比婆山というところに葬られたとあります。それと類推される山もあります。
しかし、読んでいてピンと来たのですが、黄泉比良坂とは、山の坂ではないのではないでしょうか。では何か。出雲大社です。かつての出雲大社は当時としては異例中の異例ともいうべき高層建築で「出雲太郎」と呼ばれたほどでした。高床式社殿で、社殿には大階段で昇ります。この大階段が黄泉比良坂の正体なのではないかと思ったわけです。出雲大社に祀られているのは大国主命。国作りを完成させた神様です。どうも出雲地方というのは、大和とはもともとは別国家のようで、出雲大社も大和朝廷が建てたのかどうかわかりません。出雲勢力を収めて大和王朝は成り立ちますので、出雲大社を勢力下に収め、大和王朝の完成を大国主命として祀ることで表しているのではないでしょうか。大国主命は実は若い頃は大国主ではなく別の名前でした。八岐大蛇の正体は若い頃の大国主ではないかと思われます(若い頃は、「オオナムジ」、「オオアナモチ」、「オホナムチ」などでいずれも「オロチ」に近い発音です。別に八千矛神という名もあります。武力の神様です。八岐大蛇の「八」は八つではなく、「千」と同様、一字で、「大きい、多い、長い」という意味です。両方を合わせた八千は強い数字で、八千代というと「永久に〈とこしえに、とことわに〉続く世の中」という意味です。八岐大蛇はおそらく「強大な勢力」という意味です)。八岐大蛇を退治して三種の神器の一つ、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、有名な呼称で言うと草薙剣が生まれるわけですが、出雲勢力は製鉄術を持っており、大和勢力は青銅の剣しか持っていませんでした。当然、出雲は強いです。これを破って、製鉄術を手に入れ、大和王朝が鉄の剣を持つようになった。これが草薙剣という形で表されたのではないかと思われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月19日 (土)

やまと心を人問わば 柴田淳 『僕たちの未来』

柴田淳のアルバム『僕たちの未来』(ビクター・エンタテインメント)を紹介します。亡くなった愛犬のビビアンに捧げられたアルバムです。

柴田淳 『僕たちの未来』 まず聴いてわかるのは柴田淳(愛称:しばじゅん)のファルセットの美しさ。柴田淳は1976年11月19日生まれなので、今日で35歳、このアルバム録音時には34歳ですが、ファルセットが今まで以上に美しくなっています。普通は声帯は年齢とともに衰えるものなのですが、しばじゅんの場合は逆に喉が開いていっているような感じすら受けます。

さて、『僕たちの未来』はタイトルから想像すると明るい内容のはずで、実際、暗めの曲調より、穏やかで優しい曲の方が多いです。しかし、歌詞のほとんどは、別れや無常、自意識の揺らぎなどを歌っており、そうした歌詞と明るめの曲調が見事なアウフヘーベンを成しています。自身の曲のタイトルを歌詞の中に入れた「この世の果て」が第1曲ですが、これはもがき続ける自意識を歌っています。それが徐々に寛解していくような構成になっています。シリアスな曲調が前半は続きますが(ピアノ曲のタイトルが両大陸の英雄といわれた「LAFAYETTE」というのも象徴的な印象を受けます。「LAFAYETTE」の曲調はイン・メモリアム風です)、それらを「段々と受けいれていく」姿勢へと変わっていきます。
2曲は「あなたの名前」。配信限定シングルにもなった曲ですが、まれびとが情念で歌っているのではないかと思えるようなちょっと不吉な感じのする一編です。そうした不安定な2曲で開始しますが、あとは亡き愛犬、ビビアンとの想い出を歌った曲など、悲しみは湛えながら優しさにも溢れた曲が増えていきます。1拍目を強調する舞踏のリズムでオリエンタルな雰囲気を出した「ハーブティー」は、しばじゅんの母親が好きだという歌謡曲の影響を受けていると思われ、歌詞はどこか、なかにし礼の「別れの朝」を想起させるところがあります。そして、やまと心を表した桜の出てくる「桜日和」。ナイフやフォークといった単語の出てくるデモーニッシュな歌詞を持つ「マナー」も日本人らしいキッパリとした別れを歌ったものです。アルバムを通して、動から静へ、激しい揺さぶられていた感情が癒されていく過程を描いているかのようです。そして最後の曲のタイトルは「おやすみなさい。またあとで…」です。
ということでヒーリング効果もあるアルバムです。
初回限定版には柴田淳画伯による絵本、『魔法のマドラーが』ついており、村上春樹のいう小確幸(小さいけれど確固たる幸せ)が表されているかのようです(しばじゅんが目標としているシンガーの一人であるスガシカオは、村上春樹に影響を受けた、いわゆるハルキキッズを自認しています)。
余りはっきり言いたくはないのですが、敢えてズバリ言います。このアルバムはレクイエムです。

柴田淳 『僕たちの未来』(タワーレコード)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月11日 (金)

稀代の天才詩人、文学者の尾崎豊様江 一文学青年より 「文藝春秋」2011年12月号 尾崎豊の「遺書」全文

1992年4月25日、文学青年にしてインテリ、子供のように無邪気にして哲学者、孤独で繊細で寂しがりやでそれを隠して強気な振りをして生きていたシンガーソングライターの尾崎豊が逝去した。享年26。その死の真相が、「文藝春秋」2011年12月号にて明らかになった。

「文藝春秋」2011年12月号 尾崎豊の「遺書」全文

当時、尾崎豊の体はすでにボロボロで悲鳴を上げていた。彼の書き残した作品を聴けばわかる。あれらは命を削って書かれたものだった。あんな作品を立て続けに生み出せるほど人間の体は強く出来てはいない。

尾崎は覚悟していた。「自分の死が近い」ということを。ある医師の見立てによると「持って二、三ヶ月だろう」とのことだった。彼はその事実から目を逸らしたかったのだろうか。自ら死を選んだ。いやそうなのだろうか。死でもって人生を彩りたかったのかも知れない。

尾崎は書いている「生とは死を知り、生を葬ることである」と。人間は生きている限り死は避けられない。それを承知で生きる。そして過ぎ去った過去は葬り去られていく。我々は過去と未来と二つの死の中で宙づりになっている。

実は尾崎豊が文学青年であることは明白であった。「卒業」の冒頭、「校舎の影 芝生の上 吸い込まれる空」は石川啄木の短歌「不来方(こずかた)のお城の草に寝転びて空に吸われし十五の心」の本歌取りであろう。

15といえば「15の夜」である。実は盗んだバイクで走り出した人物にはモデルがいる。尾崎豊は青山学院高等部中退である。出席日数が足りず、留年が決まっていたので中退し、卒業式の日にデビューコンサートを行った。おそらく尾崎は決まり切ったレールの上を何の疑いもせずに歩いて行く人が好きではなかった。そこでドロップアウトした不良とも付き合っていた。盗んだバイクで走ったのはそんな不良グループの一人であり、まだ生きている。不良とは付き合ったが、尾崎は根はインテリである。不良グループとも積極的には絡もうとせず、一匹狼であったという。どこにも本当の理解者はいなかったのかも知れない。「女神」一人を除いては。

尾崎は自由を求めた。でも自由になんてなれないことも知っていた。「15の夜」の歌詞の締めくくりはこうである「自由になれた『気がした』15の夜」

尾崎豊は、実は、夏目漱石、芥川龍之介、太宰治と繋がる日本文学史の思想上の直系の子孫である。芥川も太宰も麻薬をやっていたが、尾崎もニューヨークでクスリにはまってしまい、そこから這い上がろうと地獄の日々を送ったが、結局、クスリを絶つことは出来ず、逮捕されている。しかし、ファンは尾崎を見捨てなかった。だが、それも尾崎にはプレッシャーになったのだろうか。尾崎は余りに繊細すぎた。

残された二つの遺書はいずれも「世紀の名文」と呼ぶに相応しいものである。頭が良く、文学に通暁した者でなければ書けない文章である。

稀代の天才詩人にして文学者であった尾崎豊氏に心から敬意を表する。

そして自分が尾崎豊氏とその家族を追い込んだ「人間」なるものの一人であることを憾む。

平成二十三年十一月十一日 文学青年・本保弘人

尾崎豊 「汚れた絆」

「文藝春秋」2011年12月号 尾崎豊の「遺書」全文(bk1)

文藝春秋 2011年 12月号 [雑誌]

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 8日 (火)

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ4

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ4

こっちを向いた、つば九郎

| | コメント (0) | トラックバック (0)

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ3

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ3

エレベーターを待つ、東京ヤクルトスワローズのマスコット、つば九郎

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 7日 (月)

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ2

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ2

中日ドラゴンズのマスコット、シャオロン。ナゴヤドーム通路にて。ドアラには残念ながら間近で出会えませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ1

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージおまけ1

落合博満監督の胴上げです。写真では残念ながら胴上げをしているらしいということしかわからないと思いますが。落合博満は胴上げは嫌いなはずですが、監督を辞めますので、ファンサービスということでやったんでしょうね。実は他の理由もあり、胴上げがあるかどうかわかりませんでした。胴上げはありましたが、やるまでかなり時間がかかりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 6日 (日)

落合博満ありがとう

落合博満ありがとう

セ・リーグが面白くなったのはあなたのお陰だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日ドラゴンズ優勝おめでとう

中日ドラゴンズ優勝おめでとう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日ドラゴンズ優勝

中日ドラゴンズ優勝

岩瀬のあとを受けた浅尾拓也が畠山を三邪飛に打ち取り、中日ドラゴンズが2対1で勝ち、セ・リーグを制覇しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

9回表ツーアウト二塁

あと一人抑えれば中日の勝ちという場面。ピッチャー岩瀬、バッター青木。実績の岩瀬と実力の青木の戦いは実力の青木宣親選手に軍配が上がりました。青木のタイムリーでヤクルトが1対2と中日に迫り、岩瀬降板です。多分、歴史的瞬間に立ち会ったのだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

岩瀬仁紀登場

岩瀬仁紀登場

9回表、マウンドに中日の守護神・岩瀬仁紀が上がりました。岩瀬は私と同い年です。もちろん、応援してます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヤクルト三番手・松岡

佐伯にフォアボールを与えました。フォアボールだけは絶対に与えてはいけないバッターです。駄目ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヤクルトの八番バッター・森岡

あそこでは絶対に落ちる球しかこない。わからなきゃ打てない。わかってないなら駄目だ。ただ守備はいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日先発・吉見

交わすピッチングに変えてきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドアラ

バック宙成功です。中日には流れがきてます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヤクルトの7回表の攻撃

連打になっておかしくない当たりが二本続けて野手の真正面に行きました。中日もシフトを変えていましたが、それでも真っ正面に行くということは中日にはツキがあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日・井端の先制ツーラン

今日の館山の出来だと連打で崩すのは難しいです。あの場面では一か八かでホームランを狙うしかありませんでした。それでちゃんとホームランを打つのですから、やはり井端は凄いです。

後記:種明かしをすると、あの場面では館山が勝負に来る球種は限られていました。一死一塁。一塁走者は四球で出た俊足の荒木です。ヤクルト打線は一軍半のオーダーしか組めませんから点を与えたら終わりです。だから確実にゲッツーが欲しかった。荒木は足がありますから、館山も執拗に牽制球を投げて、荒木に走られないようにします。一塁走者が荒木というのが実は鍵でした。ヤクルトの内野シフトは前進守備、いわゆるゲッツーシフトです。しかしランナーは荒木ですから、ボテボテの当たりではゲッツーは取れません。確実に強い内野ゴロが欲しい。つまりチョコンと当てられる可能性のあるカーブやチェンジアップでは勝負してきません。速い球に的を絞っていいのです。そして井端の読み通りの球が来ました。ストレートにしては球速が遅かったのでおそらくカットボールです。井端は思いきって振りました。井端はホームランバッターではありませんから強振しないとホームランは打てません。つまりホームランを狙っていたのです。ヤクルトは、まさか井端がホームランを狙っているとは思いもしなかったでしょう。全員が油断していました。井端の読み勝ちでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヤクルト館山続投

中日ベンチは嫌なはずです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日ドラゴンズ・吉見一起の球威

館山とは対照的に4回から落ちはじめてます。空振り狙いの球をカットされてます。
ただバレンティンの内野安打は流し打ち警戒でセカンド井端が深く守っていたのにボテボテの当たりが来たので内野安打になっただけです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京ヤクルトスワローズ・館山昌平投手のストレート

4回に、148キロ、147キロをマーク。球威が上がっています。

後記:サイドスローで148キロを出せるピッチャーは少なくともセ・リーグでは館山しかいません(今シーズン、北海道日本ハムファイターズのダルビッシュ有がサイドスローを試みて156キロを出しましたが、ダルビッシュは常時サイドスローではもちろんありません)。他に参考に出来るピッチャーは存在しないので打ち崩すのは困難になります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日ドラゴンズ・平田良介選手のヒット

長打警戒の守備位置で単打だったので問題なしです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日ドラゴンズ・吉見一起投手のストレート

スピードガン表示よりずっと速く感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京ヤクルトスワローズ先発・館山昌平投手

東京ヤクルトスワローズ先発・館山昌平投手

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中日ドラゴンズ先発・吉見一起投手

中日ドラゴンズ先発・吉見一起投手

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京ヤクルトスワローズ・小川淳司監督

ヤクルトスワローズ小川淳司監督

右端にいる、背の低い選手は青木宣親です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

練習風景 中日・荒木雅博選手

練習風景中日・荒木雅博選手

実は隣にいる背番号60をつけた背の低いヤクルトの選手は青木宣親選手です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

両チームの先発

東京ヤクルトスワローズは館山昌平。
中日ドラゴンズは吉見一起。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

練習風景 ヤクルト・相川亮二選手

練習風景ヤクルト・相川亮二選手

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「祝 優勝 中日ドラゴンズ」の文字

「祝優勝中日ドラゴンズ」の文字

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナゴヤドーム内部

ナゴヤドーム内部

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナゴヤドーム外観

ナゴヤドーム外観

決戦の舞台となるナゴヤドームです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

セントラルリーグ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージ第5戦 於・ナゴヤドーム

中日ドラゴンズと東京ヤクルトスワローズの試合。「鴨東記」で中継します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 4日 (金)

観劇感想精選(83) 黒柳徹子海外コメディ・シリーズ第24弾「33の変奏曲」

2010年11月7日 大阪の梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後1時から、シアター・ドラマシティで、黒柳徹子主演海外コメディ・シリーズ第24弾、「33の変奏曲」を観る。作:モイゼス・カウフマン、テキスト日本語訳:丹野郁弓、演出:高橋昌也、出演:黒柳徹子、植草克秀、朴璐美、大森博史、天宮良、李麗仙、江守徹。

ベートーヴェンが作曲した、「ディアベリの主題による33の変奏曲」の謎に迫るミステリーコメディ。

ニューヨーク。音楽学者のキャサリン(黒柳徹子)は、ゲーリック病に冒されながら、楽譜出版商のディアベリ(大森博史)が作曲した50秒の平凡なワルツにベートーヴェン(江守徹)がなぜ固執し、33もの変奏をする曲を残したのかを探るべく、ベートーヴェンの生まれ故郷であるボンに、ベートーヴェン直筆のスケッチを見に行くことに決める。

ボン行きの直前に行った検査で、キャサリンの病気がもう治らないこと、希少な病気なので製薬会社も薬の製造を行っていないことを看護士のマイク(植草克秀)から聞かされたキャサリンの娘・クララ(朴璐美)は、ボン行きに反対し、最終的には母とともにボンに向かおうとするが、キャサリンはクララよりもベートーヴェンの作品研究の方を選ぶ。

映像を使った演出が非常にわかりやすい。ベートーヴェンが暮らしていた18世紀と現代の場面が交互に繰り返されるのだが、これも面白かった。病気に冒されながら研究を続けるキャサリン、キャサリンのクララの親子の葛藤などが細やかに描き出され、感動的な舞台になっていた。

千秋楽ということもあり、終演後、客席は大いに盛り上がる。オールスタンディングの観客を前に黒柳徹子は会心のポーズを決めた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 3日 (木)

コンサートの記(74) ラドミル・エリシュカ指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第452回定期演奏会 スメタナ「我が祖国」全曲

2011年10月5日 ザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第452回定期演奏会に接する。

今回の指揮者はチェコの名匠・ラドミル・エリシュカ。1931年に生まれ、この間聴いた、チェコ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団が本拠地とするブルノの音楽大学を出た後、チェコのカルロヴィヴァリ交響楽団の首席指揮者・音楽監督として活躍。しかし、それ以上にプラハ音楽大学の指揮科トップ教授として熱心に教育をしてきた人である。
大阪フィルハーモニー交響楽団定期演奏会に客演するのは二度目。最初はヤナーチェク(チェコの作曲家である)の「グレゴル・ミサ」をメインにしたものだったが、この「グレゴル・ミサ」の出来が良く、サー・チャールズ・マッケラス指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団ほかのCDよりも上だった。クラシック音楽に詳しくない方のために書くと、昨年亡くなったサー・チャールズ・マッケラスは「ヤナーチェクの世界的権威」と呼ばれた人で、最初にイギリスに留学した後で(マッケラスは豪州出身である。生まれはアメリカあるが、幼くしてオーストラリアに移ったので豪州出身の指揮者としていいだろう。南半球出身の指揮者としては、カルロス・クライバーに次ぐほどの実力者である。)、チェコに留学し、そこでヤナーチェクの音楽に開眼。チェコ語をマスターし、ヤナーチェクの音楽を次々に演奏、楽譜の校訂まで行っている。DECCAにはウィーン・フィルなどを指揮してヤナーチェクの代表作を録音し、最高のヤナーチェク指揮者の名をほしいままにした。そのマッケラスより上というのは普通では考えられないことである。エリシュカがいかに優れた指揮者であるかがわかった。

ラドミル・エリシュカ指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第452<br />
 回定期演奏会

演目は、スメタナの連作交響詩「我が祖国」全曲。

エリシュカの指揮で「我が祖国」なら、名演になるのは演奏会が始まる前から決まっているようなものである。

エリシュカ登場。前回は足を引きずっての登場で、「足が悪いのかな」と思ったが、今日は普通に歩いて出てきた。前回はたまたま足の調子が悪かっただけらしい。

全曲、暗譜での指揮である。全開はスツールに腰掛けていたが今回は立ったまま指揮する。

第1曲「ヴィシェフラド(高い城。変換したら「他界しろ」と出た。なんて失礼なIMEなんだ)」。冒頭はハープで始まるが、エリシュカは要所要所で指示を出すが、基本的にはハープ奏者に任せ、グリッサンドのところでは指揮をやめて目を閉じていた。木管による演奏の開始、エリシュカが指揮すると大阪フィルの響きが立体的になる。ハーモニー作りに長けているのだろう。最初のうちはスケールは小さかったが、敢えてそうしていただけで、徐々にスケールは大きくなっていく。パースペクティブ(「遠近法」という意味。音楽に使うと、音のバランスや強弱のつけ方、立体感などの意味になる)も最高に保たれている。エリシュカが両手をパッと拡げると、大阪フィルの音量がグンと大きくなるのには驚いた。

第2曲「モルダウ(ヴァルタヴァ)」。プラハを流れるチェコ最長の川(変換したら「最澄の川」と出た。あのね、伝教大師こと最澄は川を作ったりはしないよ)であるヴァルタヴァ川(モルダウ川はドイツでの呼び方である)を、水滴から、源流、川の流れ、夜の川に映える月の光、河原で繰り広げられる舞踏会などを描写し、最後はプラハ城の前にたどり着くという内容を音で描いたものである。最後に第1曲「ヴィシェフラド」の主題が出て、プラハ城の前にたどり着いたことがわかる仕掛けになっている。
かなり速いテンポでスタート、これほど速いスタートの「モルダウ」は聴いたことがない。その後も速めのテンポは続くが、曲の流れを考えれば「瀬を早み」という言葉があるくらいで、源流付近では川の流れは速いのが普通であり、おそらくそれを考えてのテンポ設定で、徐々にテンポを落とすのだろうと予想。この読みは当たった。エリシュカの指揮は第1ヴァイオリンが弾く主題よりも、内声部を手掛けるヴィオラやチェロをよく鳴らすのが特徴的。これにより音楽の立体感が増す。第1ヴァイオリンは奏者達に任せているが、ヴィオラやチェロはたまにそちらを向いて「もっと鳴らして」と指示をする。月夜の場面での抒情感も見事である。最後はテンポを遅くして(それでも他の指揮者に比べると速めではある)、悠々たる流れを描写、スケールも大きい。城の主題は迫力満点だ。

第3曲「シャルーカ」。女兵士シャルーカの戦いを描いた作品である。ドラマティックな演奏で、全奏者が高い集中力を見せる。トロンボーンのミスがあったものの、大フィルも健闘し、優れた出来となった。まるで絵巻物を見ているかのような華麗にして高度な描写力を持つ演奏であった。

ここで、休憩が入る。前半が終わっただけであるが、「ブラボー」が出るなど、客席は大いに盛り上がる。

後半の第1曲目、全曲でいうと4曲目は、この間、アレクサンダー・マルコヴィッチ指揮プラハ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団が大阪公演で演奏した「ボヘミアの森と草原から」。大フィルの弦楽の響きは美しさにおいてはブルノ・フィルに及ばないが、それでもピアニシモの時はゾッとするくらい美しい音を出す。立体感ではエリシュカ指揮の大阪フィルの方が上である。迫真力においては、マルコヴィッチなどエリシュカの敵ですらない。

第5曲の「ターボル」と第6曲の「ブラニーク」は深い関わりがあり、曲自体も敢えて似せて書かれている。いずれの曲もエリシュカの指揮は100点満点超えの120点である。「ターボル」ではホルンのキークス(音外し)があったが、毎度毎度のことなので諦める。「ブラニーク」ではオーボエソロによる長くて美しい旋律がある。「我が祖国」全曲は、演奏会では、イルジー・コウト指揮NHK交響楽団と小林研一郞指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴いたことがあり、NHK交響楽団の演奏会でこのオーボエソロを吹いたのはエッセイや「のだめカンタービレ」の音楽監修、「のだめコンサート」のプロデュースと指揮を手掛けたことでも知られるNHK交響楽団首席オーボエ奏者の茂木大輔である。今日の大阪フィルのオーボエソロは茂木大輔に勝てなかった。茂木さんは、色々批判を受けたりもするが、なんだかんだでトップクラスのオーボエ奏者であることがわかる。茂木が「ブラニーク」で吹いたオーボエソロは今も頭の中に残っている。

予想通りの大変な名演であった。私は実演の他に、ヴァーツラフ・ノイマン指揮、ラファエル・クーベリック指揮、ヴァーツラフ・ターリヒ指揮、カレル・アンチェル指揮などで、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による「我が祖国」をCDで聴いたことがあり、その他のもニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、隠れた名盤であるアントニ・ヴィト指揮ポーランド国立放送交響楽団のCDなども聴いているが、エリシュカの指揮する「我が祖国」はそれらのどれよりも文学的でドラマティックなものであった。ベートーヴェンなども指揮させたら最高のものが出来上がるだろう。演奏終了後、客席からは万雷の拍手に「ブラボー」の嵐。私は「ブラボー」は言わなかったが(実は「ブラボー」を言うのは余り好きではない)スタンディングで讃えた。

この夜の「我が祖国」はこれまで私が聴いた中で最も文学的な「我が祖国」の演奏であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 1日 (火)

コンサートの記(73) 広上淳一指揮京都市交響楽団ほか 京響オペラ 「フィガロの結婚」

2011年10月10日 京都会館第1ホールにて

午後5時から、京都会館第一ホールにて、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」を鑑賞。京響オペラとして、京都の秋音楽祭の一つとして上演されるもの。指揮は京都市交響楽団の常任指揮者である広上淳一。広上の指揮するオペラはまだ聴いたことがないので是が非でも接しておきたかった。

原語(イタリア語)上演、日本語字幕付き上演である。オーケストラは勿論、京都市交響楽団。演出は中村敬一。出演は、伊藤正(フィガロ役)、三浦浩美(スザンナ)、上村智恵(ケルビーノ)、福嶋勲(アルマヴィーヴァ伯爵)、木澤佐江子(伯爵夫人)、服部英生(ドン・バルトロ)、八百川敏之(ドン・バジーリオ)、島袋羊太(ドン・クルツィオ)、東澤妙子(バルバリーナ)、山中雅博(アントニオ)ほか。民衆などの合唱は関西二期会合唱団の団員が務める。

京都会館第一ホールに来るのは2度目。前回は徳永英明のコンサートだったので、クラシックでは初めてである。京都会館第一ホールはすでに改築が決定している。音響の悪さで知られているが、今日は前の方の席だったので、音響に問題はなかった。26列とあったので、後ろの方かなと思っていたが、京都会館第一ホールは後ろの方が番号が若く、前の方に行くにつれて、番号が大きくなるという普通のホールとは逆の席番になっているため、前の方の席だった。左側で、丁度、レチタティーボ(節を付けたセリフの場面。チェンバロのみが伴奏する)を担当するチェンバロが、前にあるところで、シーンによっては、舞台上が見えにくくなる。京都会館第一ホールにはピット(ミュージカルでいうオケピにあたる。オーケストラピットのことである。クラシックでピットと言えばつまりオーケストラピットのことでオーケストラのものであるのは当たり前なので、オケピではなくピットと略す)もあるそうだが、広上の意向により、敢えてピットは使わないで、前の方の席をどけただけの、囲いも設けられていない場所で、京響が演奏する。

歌手の顔ぶれであるが、関西の音大、もしくは関西の大学の教育学部で音楽を学んだ人で占められている。島袋という姓は沖縄固有の苗字なので、島袋羊太は、生まれは沖縄なのかも知れないが、大阪音楽大学と、やはり大阪にある相愛大学で音楽を学んでいる。
キャストの年齢は記されていないが、顔写真、また実際に目にしたものから若手中心のキャストであることは確かである。
フィガロをやる伊藤正だけは、イタリアのミラノ・ヴェルディ音楽院の出身で、現在、神戸音楽家協会会員という情報のみで、どこの出身かは書かれていなかったが、帰ってから調べたところ、大阪音楽大学と同大学院オペラ専攻を修了しており、その後、ミラノ・ヴェルディ音楽院に留学していることがわかった。

広上淳一が指揮棒を手にして登場。まずは単独で演奏されることも多い歌劇「フィガロの結婚」序曲である。思ったよりもあっさりとしたスタートであったが、音楽の内容は濃く、また音が柔らかく、ふんわりしている。広上は指揮棒を手に振り始めたのだが、すぐに指揮棒を置いてしまい、以後は全てノンタクトでの指揮で通した。

ボーマルシェの「フィガロの結婚」は貴族社会を痛烈に皮肉ったものだが、歌劇「フィガロの結婚」の台本作者であるダ・ポンテは貴族批判の部分はカットしている。ただ後半にある女性批判の部分はカットしておらず、モーツァルトもそのまま音楽をつけている。男性批判もあるので、「フィガロの結婚」では相殺されているが、なぜかモーツァルトのオペラには女性批判の場面が多い。モーツァルトは、ソプラノ歌手のアロイジア・ウェーバーに恋をするのだが、見事に振られ、ウェーバー家の政略結婚により、アロイジアの妹であるコンスタンツェと結婚するという複雑な結婚事情があった。コンスタンツェは、音楽史上三大悪妻の一人であり、浪費癖があり、また、モーツァルトの次男は、フランツ・クサヴァー・モーツァルトといい、のちにアントニオ・サリエリに師事して作曲家になっているのだが、実は、フランツ・クサヴァーというのは、モーツァルトの弟子で、「レクイエム」を補筆完成させたことで知られる、フランツ・クサヴァー・ジュースマイヤーと全く同じであり、実はモーツァルトの子ではなく、ジュースマイヤーの子で、それを知ったモーツァルトが当てつけとして、弟子と同じ名前を付けたという説がある。そのため、女性不信であったという話があるのだが、本当のことはわからない。ちなみにモーツァルトが参加していたことがわかっている秘密結社のフリーメイソンは「男尊女卑」の教義を持つ。

歌手達の出来は総じて良い。ただ、「フィガロの結婚」はレチタティーボの時間が長く、はっきり言って、その時間は退屈で、広上の指揮する京響の音楽が入ると、途端に歌手達が生き生きし始めるということが続いたため、歌手達の演技力が高いわけではなく、モーツァルトの音楽と、それ以上に広上の力によって水準が引き上げられたことがわかった。

歌劇「フィガロの結婚」には、ケルビーノという、女声歌手が若い男性役で登場し、女装するという、実際の所、男なんだが女なんだかよくわからない役があることでも知られる。「フィガロの結婚」は女好きのアルマヴィーヴァ伯爵が、夫人がありながら、部下であるフィガロの許嫁・スザンナに懸想して、初夜権(部下の結婚相手の初夜を自分が奪うことが出来るという権利)を復活させようとしており、フィガロもそれを知って、応酬に出るというのが主な筋書きである。フィガロはケルビーノに女装させて、スザンヌに化けさせ、伯爵と密会させて、驚かせようとするのだが、ケルビーノが女装しているところに、伯爵がやってきてしまい、作戦が台無しになるので、ケルビーノはいったん、隣室に隠れるが、物音を立ててしまったため、伯爵に怪しまれ、伯爵が、隣室に鍵がかかっているので、ハンマーで打ち壊そうと、ハンマーを取りにいっている間に、ケルビーノは窓から飛び降りるという場面がある。どう処理するのかと思ったが、飛び降りた振りをして屈み、その後立ち上がって、上手に走って退場するという余り工夫の見られない演出であった。私だったら、黒い布か何かを予め用意しておいて、飛び降りるときに、布を拾ってかぶり、姿を見えなくして、頃合いを見計らって、オーケストラがいる場所まで降りて(ピットは使っていないので高さはなく、楽に降りられる)また舞台裏に戻るというような演出をすると思う。

モーツァルトの音楽はやはりケーキよりも美味しい。

なお、第3幕冒頭の字幕に脱字があったため、終演後、私は、今後のことを考えて、そのことをスタッフに伝えた。

私の席からは広上の指揮姿も良く見えて、正直、舞台上を見るよりも広上の指揮姿を見ている方が面白いし、勉強にもなると思ったのだが、舞台としての出来も満足のいくものだった。ただし、そのほとんどが広上一人の力によるものであることは間違いないであろうということも記しておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »