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2011年12月20日 (火)

観劇感想精選(86) 新作能「邪馬台(やまたい)の詩(うた) -吉備大臣(きびのおとど)と阿倍仲麻呂-」

2011年3月31日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後7時から、大阪の森ノ宮ピロティホールで、新作能「邪馬台(やまたい)の詩(うた) -吉備大臣(きびのおとど)と阿倍仲麻呂-」を観る。

狂言の野村家と能の梅若家がタッグを組んだ新作能で、脚本は小田幸子、梅若六郎の節付、梅若六郎と野村萬斎の共同演出による作品。国立能楽堂の制作である。出演は、野村萬斎、梅若六郎玄祥、野村万作、石田幸雄、野村裕其ほか。

なお、震災からの一日も早い復興を願って演出を一部変えて上演されることが予めアナウンスされる。

サブタイトルにある通り、吉備真備と、阿倍仲麻呂の幽霊が主人公である。完全なオリジナルではなく、「江談抄」「吉備大臣入唐絵巻」などに出てくる「邪馬台詩」の話を基にしている。

まず、唐の国の通辞(石田幸雄)が自己紹介した後で、先頃、日本から遣唐使として吉備真備(野村萬斎)が唐にやってきたが、この者が才がありすぎて何者か得体が知れないので、高楼に幽閉し、四日間、食事はおろか水も与えておらず、すっかり干上がっているのではないかと告げる。更に高楼がいかに高いかを説明し(実際の高楼のセットは2m弱で、背後に雲を浮かべ、観客の想像力で高さを補って貰うという設定になってる)、高楼には鬼(中国では「鬼」というと日本でいう「鬼」ではなく亡霊のことを指す)が出ると話し、「怖ろしや怖ろしや」といって退場。

その直後に、高楼の部分の窓が開き、野村萬斎演じる吉備真備が顔だけ出して「腹減ったー」と言って笑いを取る。

そこに日本に帰ることを願いつつも叶わず、唐で亡くなった阿倍仲麻呂の幽霊(梅若玄祥)が現れ、自身も高楼に幽閉されて殺され(この辺は史実ではなく、才能を妬まれ34歳で殺されたという伝説に基づいている。吉備真備と阿倍仲麻呂とは3歳ほどしか年が離れておらず、同時に遣唐使として唐に渡っており、亡くなるのも数年差である)、死後も魂は日本に帰れず、唐の地獄にあって餓鬼道を彷徨っていると告げ、子孫は無事かと真備に尋ねる。阿倍一族の繁栄を仲麻呂に伝える真備。

仲麻呂は、吉備真備が唐の皇帝から三つの難題を突きつけられることを知らせる。一つは文選、一つは囲碁、最後の一つは「邪馬台詩」の読解である。

当時、囲碁は日本には伝わっていなかったが、真備はすぐにルールを理解し、仲麻呂と対戦(舞台上部に照明で格子模様が浮かび、それが碁盤に見立てられる)、勝ってみせる。次は文選で、仲麻呂は真備を連れて唐の都・長安に飛び立つ。都では唐の管理達が文選という文章を読み上げている。900からなる長文であるが、そこは日本一の英才である吉備真備、一回聴いただけですぐに憶えてしまう。

真備は、高楼で文選を紙に書いて投げ落とし、それを見た唐の役人達を仰天させる。

高楼から出された真備は、囲碁の対戦を行い、石一つの差で唐の隋臣に勝ってみせる。唐の通辞は石一つの差というのは怪しいので、占いをさせたところ、真備が黒い石を一つ呑み込んだと出たので、真備に下剤を飲ませ、黒い石を探そうとするという尾籠な話をし、結局、石が見つからなかったと嘆く。

最後は「邪馬台詩」。会場の際に配られたパンフレットの中に、「邪馬台詩」が書かれた紙が入っているので、唐の通辞は客席に向かってそれを見るように要求。「邪馬台詩」は一見、漢文に見えるが、漢字の配列はバラバラで中国文にはなっていない(配られた紙の裏側には読み順が記してある)。なんでも暗号文であるとのこと。これなら真備も読めまいとほくそ笑む通辞。

唐の皇帝(野村万作)が登場し、その前に連れてこられる真備。「邪馬台詩」を解読できれば日本に帰ることが出来るが、読めなければ死罪だという。当然ながら真備は読めず、仲麻呂の幽霊を探すが現れない。しかし、代わりに蜘蛛の精(野村裕其)が現れ、文字の読み順を示していく。示されたのは「東海姫氏国」の文字。それが海を隔てて唐の東にあり、姫神である天照大神を最高神として祀る日本のことだとわかった真備はその後も蜘蛛の精の導きで日本が亡国の危機にあることを解読する。すぐの帰朝を願い出る真備であったが、唐の皇帝は「邪馬台詩」を読み解いた真備の才能を高く買い、唐の政に加わるよう命令する。反対する真備であったが、唐の隋臣が真備を取り囲む。その時、阿倍仲麻呂の幽霊が現れ、唐の隋臣を蹴散らすも、真備に「邪馬台詩」を渡すよう要求。真備と仲麻呂の幽霊がもみ合っているうちに「邪馬台詩」の文字はバラバラになり、正確な漢文に組変わる。そこには日本の悲惨な光景が描かれていた。野村萬斎が階まで乗りだし、それを読み上げる。いつの間にか舞台は日本に変わっており、真備は、「おーい、日本に帰ってきたぞ。誰かいないのか、おーい!」と呼ぶ。すると背後に子役が現れて、「おーい!」と返し、日本に未来があることが告げられる。おそらく原作には最後の子役の登場はなく、ペシミスティックな終わり方をしたのだと思われるが、震災のためにここの演出を変えたのだろう。

能の謡いはやはり独特だけに聴き取りにくい。何度も聴いて慣れるべきものなのだろうが、私はそこまで能が好きではない。野村萬斎のセリフは狂言調だけに聞き取りやすかった。

能ではあるが、新作だけに、野村萬斎と梅若玄祥がカーテンコールに応えて登場した。

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