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2011年12月26日 (月)

観劇感想精選(87) 當る辰歳 吉例顔見せ興行 東西合同大歌舞伎

「昼の部」 2011年12月19日、京都四条南座にて観劇

午前10時30分から、京都四条南座(南座としては旧字体で四條南座と書いて欲しいようではある)で、「吉例顔見せ興行 東西合同大歌舞伎」昼の部を観る。演目は、「寿曽我対面」、「お江戸みやげ」、「隅田川」、「世話情浮名横櫛」。

3階席。いわゆる「大向こう」に陣取る。といっても、私がこの演目を観るのは今日だけで、「大向こう」を名乗るほどの客ではない。とはいえ、やはり掛け声は大向こうから一番起こる。私も何度も声を掛けた。

「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」。曾我兄弟の仇討ちの話であるが、工藤祐経と曾我兄弟が対面する場面のみで仇討ちは描かれない。出演は工藤祐経に片岡我當(かたおか・がとう。屋号・松嶋屋)、曽我十郎に片岡孝太郎(松嶋屋)、曽我五郎に片岡愛之助(松嶋屋)、舞鶴に(片岡秀太郎(松嶋屋)、大磯の虎に上村吉弥(かみむら・きちや。美吉屋)ほか。
大名達が居並ぶ堂々とした舞台である。書き割りには庵木瓜の紋があしらわれている。

曽我兄兄弟を演じる。片岡孝太郎と愛之助が気っぷの良い演技を見せてくれる。片岡我當の堂々とした工藤祐経も見事であった。

 

「お江戸みやげ」。昭和になってから川口松太郎が書いた世話物で、笑いの要素がふんだんに取り込まれている。主役の常陸結城の呉服行商人お辻を演じるのは坂東三津五郎(屋号・大和屋)である。お辻が役者の坂東栄紫(片岡愛之助)の演技に惚れ込むのだが、坂東栄紫の屋号は大和屋なので、大和屋の坂東三津五郎が松嶋屋である片岡愛之助演じる坂東栄紫に「大和屋さん」と呼びかけるという捻りがある。

 

「隅田川」。能でもお馴染みの演目である。狂女(斑女)を演じるのは坂田藤十郎(屋号・山城屋)、船長を演じるのは息子の中村翫雀(なかむら・かんじゃく。成駒屋)である。坂田藤十郎の細やかな心理描写は流石は人間国宝である。ちなみに斑女の里は、京・北白川。私が住んでいる場所のすぐ近くである。

 

「世話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」。「♪死んだはずだよお富さん。生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のお富さん」という歌でもお馴染みの演目である。切られ与三郎こと伊豆屋若旦那与三郎に片岡仁左衛門(屋号・松嶋屋)、お富さんには中村時蔵(萬屋)、鳶頭金五郎の坂東三津五郎、蝙蝠の安五郎に尾上菊五郎(音羽屋)、和泉屋多左衛門に市川左團次(高島屋)。

 

現在の千葉県木更津市と、江戸が舞台である。途中で、仁左衛門と三津五郎が、舞台から渡された階段を下りて、客席の間の通路を歩いたり、仁左衛門が、「いい男だねえ。どこかで見た顔だな、誰かに似てる。そうだ、十五代目片岡仁左衛門だ」と言われる場面がある。

大団円。私も仁左衛門と時蔵に、「ご両人!」と声を掛ける。

 

 

 

「夜の部」 2011年12月22日、京都四条南座にて観劇

午後4時15分から、京都四条南座で、「吉例顔見せ興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。

演目は、「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」、「実盛物語」(『源平布引滝』より)、「元禄忠臣蔵」より仙石屋敷の場、六歌仙容彩「喜撰」、「らくだ」

 

「楼門五三桐」。五三桐は豊臣秀吉の家紋の一つで(五七桐などもある)、秀吉の代名詞の一つでもある。主人公は石川五右衛門(片岡我當。屋号・松嶋屋)。舞台は南禅寺の三門で、「絶景かな絶景かな」の台詞で知られる。秀吉は真柴久吉として登場。久吉を演じるのは片岡秀太郎(松嶋屋)。久吉は五右衛門を捕らえようと南禅寺三門に住む五右衛門に追っ手を差し向けるが、五右衛門はこの攻撃を交わす。久吉が現れ、五右衛門の辞世とされる「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」を読み上げ、五右衛門とにらみ合うところで幕となる。

 

「実盛物語」。斎藤別当実盛(尾上菊五郎。屋号・音羽屋)を主人公にした作品で、「源平布引滝」の中でも名場面として知られる。
舞台は近江堅田。百姓九郎助(市村家橘。橘屋)は、木曾義賢の子を身籠もる葵御前(片岡孝太郎。松嶋屋)を匿っている。九郎助の娘で、源氏の白旗を預かっている小万の身を案じる葵御前であるが、九郎助の孫の太郎吉が、漁に出て、女の切断された片腕を釣り上げる。源氏の白旗を握りしめており、これは小万の片腕のようだ。
詮議のために斎藤別当実盛と瀬尾十郎兼氏(市川左團次。高島屋)がやって来る。葵御前の子が男なら殺すが、女なら助けるという二人。瀬尾は葵御前の腹を割いて、男か女か調べるというが、実盛が取りなす。
実盛は今は平氏に使えているが、元は源氏の武将であり情けをかけたのであった。
小万(市川時蔵。萬屋)の亡骸が村の漁師達によって運ばれてくる。小万は太郎吉の掛け声に一瞬、目を覚まし、源氏の白旗の無事を確認して息絶える。
葵御前の子は男の子であった。実盛から手塚太郎光盛と名を賜った幼き太郎吉は瀬尾の腹を小刀で突き刺す。実は瀬尾は小万の生みの親であり、孫に功名を挙げさせたのだった。
実盛は、葵御前の子に駒王丸と名付け、手塚光盛が元服したら相まみえんと言って去っていく。
ちなみに、駒王丸はのちの朝日将軍・木曾義仲であり、斎藤実盛は手塚光盛に討たれることになる。

 

菊五郎の達者振りが印象的である。

 

「元禄忠臣蔵」より仙石屋敷の場。吉良上野介を討ち果たした赤穂浪士達は仙石伯耆守(坂東三津五郎。屋号・大和屋)の屋敷に寄り、御公儀にこの度の沙汰を告げることになる。仙石伯耆守と大石内蔵助(片岡仁左衛門。松嶋屋)のやり取りが見事。仁左衛門の長台詞の巧みさには感心することしきりである。心理劇であり、リアリズムを取り入れた、第一級の忠臣蔵であった。

 

舞踊、六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)「喜撰」。喜撰法師(坂東三津五郎)と茶汲み祇園のお梶(市川時蔵)の舞である。
三津五郎の舞は驚くほどの完成度。時蔵の舞も妖艶である。

 

「らくだ」。初代桂文枝による上方落語が原作である。遊び人の「らくだ」こと宇之助(中村亀鶴。屋号・八幡屋)がフグに当たって頓死する。熊五郎(片岡愛之助。松嶋屋)が宇之助の弔いに来たのだ。そこへ通りかかる紙屑屋の久六(中村翫雀。成駒屋)。熊五郎は久六とともに、ある企みをする。途中で、酒屋の丁稚長吉(中村壱太郎。成駒屋)が現れ、妙な真似をして、久六に「あの子の父親は苦労するに違いない」と言わせるが、壱太郎は翫雀の息子であり、翫雀のアドリブである。
笑える芝居であった。

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