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2012年4月10日 (火)

観劇感想精選(93) 「国民の映画」

2011年4月6日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後7時から森ノ宮ピロティホールで、パルコ・プロデュース公演「国民の映画」を観る。作・演出:三谷幸喜。出演、小日向文世、段田安則、白井晃、石田ゆり子、シルビア・グラブ、新妻聖子、今井朋彦、小林隆、平岳大、吉田羊、小林勝也、風間杜夫、荻野清子(ピアニストとしての出演。本作品の作曲も担当)。

ドイツ第三帝国を舞台とし、宣伝大臣、ヨゼフ・ゲッベルス(小日向文世)を主人公に、プロパガンダ映画制作のための計画と挫折を一晩に凝縮させて描いた作品である。

 

自宅で執事のフランツ(架空の人物。小林隆)が映写するチャップリンの映画を鑑賞するゲッベルス。映画こそがドイツ第三帝国の優秀さを示すものだと考えていたゲッベルスは、ハリウッド映画「風と共に去りぬ」を上回るドイツ映画を作ろうと考え、自宅のパーティーに、当時ドイツ最高の映画人を集める。集められたのは国民的俳優で映画監督のエミール・ヤニングス(風間杜夫)、ドイツ最高のベテラン俳優、グスタフ・グリュンドゲンス(小林勝也)に、花形若手俳優のグスタフ・フレーリヒ(平岳大)、スウェーデン出身でドイツ映画界を代表とする女優、ツァラ・レアンダー(シルビア・グラフ)、ゲッペルスの愛人であるエルザ・フェーゼンマイヤー(架空の人物。吉田羊)、『意志の勝利』、「『オリンピア』(「民族の祭典」、「美の祭典」)のドキュメンタリー画監督レニ・リーフェンシュタール(新妻聖子)、更にナチスに批判的で執筆禁止の処分を受けた身でありながら、ドイツでまともな本が書けるのは彼だけだという理由でエーリヒ・ケストナー(今井朋彦)も呼ばれていた。実はゲッベルスの妻であるマグダ(石田ゆり子)はケストナーのファンである。そこにナチス親衛隊長のハインリヒ・ヒムラー(段田安則)と、ゲッベルスとはライバル関係にあるヘルマン・ゲーリング(白井晃)もやって来る。ヒムラーとゲーリングとの駆け引きもある中で、ゲッペルスはドイツ国民の映画としてシラー原作の「ヴィルヘルム・テル(「ウィリアム・テル」、「ギョーム・テル」の名でも知られる)」製作構想を打ち出す。しかし、ヒムラーにより、ナチスドイツによるユダヤ人殲滅計画が明るみになり(一日につき9万5000人のユダヤ人を殺害するという計画)、反対者や「生きるに値しない命」に該当する同性愛者のグリュンドゲンスが離脱、国民的画製作計画は崩壊していく……。

 

三谷幸喜の本による舞台とは思えないほどの重い内容を持つ作品である。笑いも勿論あるが、それ以上に重厚さやドラマティックな展開に圧倒される。「ろくでなし啄木」と同じ作者の作品とは思えないほどで、これまでの三谷作品の中でも最上位クラスにランクされることは間違いない。パンフレット読むと、三谷幸喜がこの作品を書くために膨大な書籍に触れていることが記されており、映画オタクが映画を題材にした舞台をやるとここまで凄いのかと、驚嘆させられる。これまでの三谷作品全てを放り出して、この作品ただ一作を取っても三谷幸喜の名は歴史に刻まれるのではないだろうか。

 

ミュージカルを本業とするシルビア・グラフと新妻聖子の歌も披露されるなど、サービス精神にも富んでおり、これまで多くの舞台に接していた私も、これ以上の舞台はちょっと考えられない。

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