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2013年3月の5件の記事

2013年3月31日 (日)

無明の日々(13) 在る/見える

私が当然のように知覚できるものが、他の人には全く見えていないことがあって驚かされることがある。そしてまた、逆もあるのだろう。

存在は存在でしかなく、それに解釈を与えるのは人間である。解釈は時に正しく、時に間違いであり、往々にしてどちらでもない。

ないものを見てしまった場合はあるいは有害かも知れない。あなたはあなた自身の幽霊を見たことになり、あなたはあなた自身の限界を示すことになるだろう。

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2013年3月17日 (日)

コンサートの記(84) パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団来日公演2012名古屋

2012年6月3日 愛知県立芸術劇場コンサートホールにて

午後2時から愛知県立芸術劇場コンサートホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団の演奏会を聴く。なお、同コンビによる関西公演はない。

曲目は、リストのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:アリス=紗良・オット)、マーラーの交響曲第5番。

「美人過ぎるピアニスト」として話題になったアリス=紗良・オット。登場や退場の時に、小走りで、段差をピョンピョンと跳びはねながら行き来するのが印象的であった。細やかな弱音から力強いフォルテシモまで表情が多彩なピアノである。パーヴォ指揮のフランクフルト放送交響楽団のバックも立体感があり見事である。

アリス=紗良・オットはアンコールとしてベートーヴェンの「エリーゼのために」を弾く。ピアノ初心者でも弾く曲であるが、アリスのピアノは流石プロだけあって淀みがなく、内省的な味わいもある。

 

メインのマーラー交響曲第5番。
パーヴォはトランペット独奏をゆったりとしたペースで開始。その後の全楽合奏にも虚仮威しでない迫力がある。弦楽の歌はオーケストラの威力を誇示するのではなく、むしろ音を弱めにして惻々とした哀しみを奏でる。パーヴォはやはり凡百の指揮者とは違う。
第3楽章は舞台上手側にホルン独奏者を置いての演奏であった。
アダージェットの美しさ、第5楽章のオーケストラ捌きの見事さも特筆事項である、

アンコールはブラームスの「ハンガリー舞曲」第6番。快闊な演奏であった。

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2013年3月 8日 (金)

悲運の名投手 炎のストッパー・津田恒実 クロマティに浴びた逆転サヨナラホームラン

150キロを超える伸びのあるストレートと武器に“炎のストッパー”と呼ばれた広島東洋カープの津田恒実(本名:津田恒美)投手。ストレート一本でバースから三振を奪い、バースに「津田はクレイジーだ」と呼ばれた豪腕でした。
しかし、脳腫瘍のため32歳で逝去したこともあり、悲運の名投手のイメージもあります。
それを象徴するのが、後楽園球場の対巨人戦でウォーレン・クロマティ選手に浴びた逆転サヨナラホームランです。この試合のテレビ中継を私は母方の実家のある千葉県旭市で見ていましたが、津田というと、まずこの悲劇の場面が浮かんでしまいます。

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2013年3月 3日 (日)

美声で振り返る70年代 柴田淳 「COVER 70's」

シンガーソングライターの柴田淳による初のカバーアルバム。彼女が1976年生まれということで、幼心に聴いた70年代の楽曲により構成されています。編曲は羽毛田丈史。

柴田淳 「COVER 70's」久保田早紀の「異邦人」、八神純子の「みずいろの雨」、渡辺真知子の「迷い道」小坂明子の「あなた」、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」、庄野真代の「飛んでイスタンブール」、チューリップの「青春の影」、さだまさし&山口百恵の「秋桜」、マイ・ペースの「東京」、ハイ・ファイ・セットの「スカイレストラン」、風の「22才の分かれ」、サーカスの「Mr.サマータイム」の12曲を収録。初回特典盤では荒井由美(松任谷由実)の「卒業写真」が入っています。初回特典盤はWebショップでは売り切れのようですが、街のCDショップではまだ売られているかも知れません。

柴田淳のしっとりとした美声と、練られたアレンジで、70年代を知る人には懐かしく、知らない人には新鮮に聞こえる一枚になっています。
CDショップ大賞2013特別賞受賞。

柴田淳 「COVER 70's」通常盤(HMV) icon

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2013年3月 1日 (金)

コンサートの記(83) ウラディーミル・フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ来日公演2012大阪

2012年10月21日 大阪のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールでウラディーミル・フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラの来日公演に接する。フェドセーエフの生誕80年記念公演。

ロシアを代表する指揮者の一人であるウラディミール・フェドセーエフは、ザ・シンフォニーホールを特に愛する演奏家としても知られており、ザ・シンフォニーホール3階ホワイエ(ザ・シンフォニーホール1階席ホワイエ)にはフェドセーエフがザ・シンフォニーホールオープン10周年を記念して寄贈した木彫りによるチャイコフスキーの巨大な肖像画があり、一番良い場所にフェドセーエフの写真(1995年撮影)も飾られている。

私はフェドセーエフ指揮のライブに接するのは初めて。実は大阪フィルハーモニー交響楽団にフェドセーエフが客演する予定があり、楽しみにしてザ・シンフォニーホールまで出かけたのだが、フェドセーエフが急病ということで井上道義が臨時客演した、ということがあった。

ウラディミール・フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ日本公演2012パンフレットチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラは、以前はモスクワ放送交響楽団と呼ばれていた楽団であり、その後、チャイコフスキー記念を冠するようになり、現在は英語表記をチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラに変えている。
1974年からフェドセーエフをシェフに戴いており、超長期政権継続中である。

オール・チャイコフスキー・プログラムで、歌劇「エフゲニー・オネーギン」より3つのシンフォニック・パラフレーズ“イントロダクション”“ワルツ”“ポロネーズ”(フェドセーエフ選曲)、幻想的序曲「ロメオとジュリエット」、交響曲第6番「悲愴」。

ロシア型の配置ではなく、ヴァイオリン両翼、下手にチェロ、上手にヴィオラ、中央奥に木管が横一列に並び、その後ろに金管がこれまた横一列に配置され、最後列をコントラバスがまたも横一列に配されている。そしてティンパニ、大太鼓、銅鑼、トライアングル、タンバリンなどの打楽器は舞台上手奥を占めるという独特の配置である。

フェドセーエフとチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラのコンビは、他のロシアのオーケストラに比べると重心が高く、洗練された音楽性を持つことで知られる。

歌劇「エフゲニー・オネーギン」より3つのシンフォニック・パラフレーズ。フェドセーエフは今日は全曲ノンタクトでの指揮である。
チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラは、弦も管も濁りがなく、力はあるが押しつけがましさはない。また強調によって虹のように音色を変化させる技術も巧みだ。
フェドセーエフの指揮は拍を刻むことはほとんどなく、両手を体の前でグルグル回したり、主旋律を担当する楽器を手で示したりする。

幻想的序曲「ロメオとジュリエット」。甘美でありながらロマンティックになりすぎないバランスの取れた演奏であった。

交響曲第6番「悲愴」。
私が高校生の頃だったと思うが、チャイコフスキーの「悲愴」の最終楽章が初演時の倍の時間をかけて演奏されるのが通例となっていることが判明した。チャイコフスキーの追悼演奏会の際に、最終楽章が哀悼の意を込めてゆっくりと演奏され、その際、楽譜に記されたメトロノーム速度がそのまま慣例として演奏されることになってしまったという。
「悲愴」の初稿による演奏を初録音したのが実はフェドセーエフとモスクワ放送交響楽団であったが、初稿よりも速いテンポで演奏された録音が多数あることが判明。その後、「悲愴」最終楽章のテンポが問題になることはなかった。

フェドセーエフとチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラは「端正」という言葉が最もピッタリくる演奏を展開する。といっても杓子定規なものではなく、テンポを動かしたり、同じ音型でも強さを変えたりと、芸が細かい。第3楽章は力強さよりも優雅さを優先し、上流階級のパーティーに参加したかのようなムードを生み出す。
最終楽章では大袈裟な演奏になることを避け、悲しみを聴き手の胸に自然に届ける。

 

アンコールもいずれもチャイコフスキーで、バレエ音楽「くるみ割り人形」より“アラビアの踊り”とバレエ音楽「雪娘」より“道化師の踊り”が演奏される。

 

チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラの楽団員がステージを去り初めても客席の拍手は続き、フェドセーエフはそれに答えて2度登場。なお、2回目に出てきたときはまだステージ上に残っていた団員に「早く戻れ」と手で指示して聴衆の笑いを誘った。

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