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2013年6月24日 (月)

コンサートの記(90) レイフ・セーゲルスタム指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第465回定期演奏会初日

2013年2月7日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第465回定期演奏を聴く。大阪フィルは同一プログラムで2回公演を行っており、私は初日のチケットを取ることが多かったので、今日もそのつもりで行ったら、実は取っていたのは明日の券であったことが入り口で判明。思い込みは怖ろしいもので、今日だと信じて疑わず、チケットもよく確認していなかった。馬鹿である。

そのまま帰ろうかと思ったが、交通費がまるまる無駄になってしまうので、当日券を取って聴こうと、戻る途中のJR大阪駅バスターミナルで思い直し、二日連続で公演を聴くことにする。メインがシベリウスの交響曲だったというのも大きい。ベートーヴェンかシベリウスの交響曲なら二日同じコンビを聴いても飽きはこないだろう。それに明日体調が良いという保証もない。

大阪フィルの公演は俗にP席(ポディウム席、若しくはパイプオルガン側席の略とされる。基本的に安い席だが、西本智実が指揮台に立ったら、容姿目当ての聴衆が増えてプレミアム席になるという冗談があり、それがなんと現実のものとなってしまったことがある)で聴くのだが、明日P席に座ることはわかっているので、今日は正面の席を選ぶ。ピアノ協奏曲がプログラムにあり、正面席ならピアノの音が直接届くというメリットもある。

 

今日の指揮は、パーヴォ・ベルグルンド亡き後、世界最高峰のシベリウス指揮者と目されるフィンランド人指揮者、レイフ・セーゲルスタム。容貌魁偉という言葉がピッタリくる指揮者である。

プログラムは、グリーグのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:小山実稚恵)、セーゲルスタムの交響曲第248番「Errorings of Mirroring.s..(鏡に映された歪み...)」、シベリウスの交響曲第5番。

大植英次の音楽監督時代にコンサートマスターとして大フィルの顔であった長原幸太は大植と共に今年3月いっぱいで大フィルを去り、今日は首席コンサートマスターの崔文洙(チョ・ムンス)がコンサートマスターを務める。大フィルのコンサートマスターはこの4月から3人制で、崔の他に特別客演コンサートマスターとして田野倉雅秋が、コンサートマスター(コンサートミストレス)として渡辺美穂がそれぞれ就任している。ちなみに昨年の3月に山田和樹の指揮で大フィルのコンサートを聴いたときにはコンサートマスターは女性だったのでおそらく彼女が渡辺美穂だったのだと思われる。

グリーグのピアノ協奏曲のソリストである小山実稚恵は現在、名実共に日本人女性ピアニストのトップに君臨する人。よく中村紘子を称して「日本人ピアニストの女王」と呼んだりするが、現在の実質的な日本人ピアニストの女王は小山実稚恵であると思って間違いない(日本国籍であるが、欧州生活が長く、中身はヨーロッパ人の内田光子は例外とする)。

情熱的な演奏が特徴の小山は、冒頭から鋭いテクニックを披露。一音一音を的確に捉え、現前に峻険なフィヨルドが屹立する様が見えるかのよう。小山はペダリングにも特徴があり、他の奏者に比べてダンパーペダルの使用が少ない。力強い演奏であるが、力任せの演奏ではなく、弱音には寂しさが滲み出ていて特徴的である。第1楽章のカデンツァではテンポを遅めに取り、じっくりとした演奏を聴かせた。第2楽章でも音の煌めきは目立ち、第3楽章ではテクニックが冴える。

肥満体のため椅子に座って指揮する(おそらく力士よりも体の面積は大きい)セーゲルスタムの棒に応えて大阪フィルはヒンヤリとした音を出すが、どこかもっさりしているのが大フィル風である。

小山実稚恵はアンコールとして、セーゲルスタムの「SEVEN QUESTIONS TO INFINITY」を弾く。同じような音型を繰り返すことで音が泉のように湧き出るかのように聞こえ、最後はピアノの鍵盤以外の部分を叩くという異色のピアノ曲であった。

セーゲルスタムの自作自演、世界初演となる交響曲第248番「Errorings of Mirrorings...」。舞台下手端と上手端にそれぞれ一台ずつ蓋を完全に開けた状態のピアノが置かれ、ピアノ奏者は距離を隔てて対峙する格好となる。下手側のピアノソロを務めるのはセーゲルスタムで、指揮台には指揮者がいない状態で演奏される。ピアノ同様、ハープも上手端と下手袖に一台ずつ置かれ、打楽器としてハンマーを用いたり、ミュージカルソー(鋸)が使われたりと、編成からしてユニークな曲である。それにしても、第248番という番号は凄い。交響曲の父と呼ばれるヨーゼフ・ハイドンの番号付き交響曲は第104番までなので、その倍以上の数の交響曲をセーゲルスタムは書いていることになる。248曲も交響曲を書いた作曲家は他にいるのか? ひょっとしたらセーゲルスタムが世界最高記録保持者なのかも知れない。

まず打楽器が盛大に打ち鳴らされ、弦も管も激しい音を奏でて、マグマのようなカオスが生まれる。ハンマーが打楽器として使われ、何度も重い音が響く。やがて弦楽器が不安定な旋律を奏で始め、鏡に映された歪みを描写する。ミュージカルソーが独自の音を奏でる。フルート奏者とピッコロ奏者が立ち上がるという、視覚的オーケストレーションもあり。再度盛り上がった後で、最後はコンサートマスターが音階を奏で、二台のピアノがそれに呼応して終わる。

クラシックでは、歴史的傑作の初演が大失敗に終わるという例に事欠かないので、この曲が成功作なのかどうかは判断出来ない。ただ、独自の音世界を作り上げていたのは確かである。

 

メインのシベリウスの交響曲第5番。セーゲルスタムは「シベリウス交響曲全集」を2度録音している。最初はデンマーク国立放送交響楽団を指揮したもので、水彩画のようなあっさりとしたシベリウスである。だが、二度目の「シベリウス交響曲全集」、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したそれは、絵の具をたっぷり使った油絵のような濃い演奏で、とても同じ指揮者によるシベリウス演奏とは思えないほどだった。

ということで、今回はどんなアプローチで来るのかと色々想像を巡らせていたが、二つの録音の丁度中間、基本的には濃くはないが、アッチェレランドなどは激しい(特に第1楽章最後の追い込み)という演奏で来た。
大フィルの音にはグリーグ時に感じたもっさりした感じが影をひそめ、時に水晶のように冷たく、時に春風のように暖かい音が奏でられる。大フィルの弱点である金管も充実した響きを奏で、高水準のシベリウスを楽しむことが出来た。

演奏終了後、セーゲルスタムは両手を広げて、客席からの喝采に応えた。

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