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2013年8月12日 (月)

観劇感想精選(98) ヴィレッジ・プロデュース2013「断色~danjiki~」

2013年6月26日 東京・青山の青山円形劇場にて観劇

午後6時30分から、青山円形劇場で、ヴィレッジ・プロデュース2013「断色~danjiki~」を観る。作:青木豪、演出:いのうえひでのり。堤真一、麻生久美子、田中哲司という実力派俳優3人による芝居である。

演出の、いのうえひでのりは、劇団☆新感線の演出家として、激しいアクションや殺陣、外連味などを発揮し、「いのうえ歌舞伎」とも呼ばれる独自の演劇世界を築いていることで知られる。ただ、青山円形劇場は小規模なホールである。名前の通り、ホールもステージも円形であり、花道というか通路というか、とにかく役者が通る道がある他は、ステージの周りを360°近く客席が囲むというコロシアムスタイル。しかも小規模なのでどの席からも役者が間近に見える。

小さなステージで、いのうえがどういう演出を仕掛けてくるのか興味を覚える。

 

 

近未来が舞台。登場人物の名前はみな日本人であるが、この国は南北で分断されており、北は壊滅状態にあるという。小杉保(堤真一)は北で生まれたが、大学で科学を学び、製薬会社に就職するも疑問を抱いて退職。今は南でビニールハウスの苺農園を経営している。すでに遺伝子組み換え農産物は当たり前のものとなっている。保は色盲であり、色を正確に見分けることが出来ない。自分で育てた苺も赤いのかわからないため、保険会社に勤める刈谷基(田中哲司)に苺が赤いか聞いている。白くなってしまった苺もあるが、グラデーションぐらいは保も識別出来、駄目になってしまった苺もあることを嘆いている。刈谷が保の下を訪れたのは、保の母親である朝子(麻生久美子)が亡くなったので、生前に彼女が入っていたクローン保険をどうするかを聞くためである。クローン保険とは自らのクローンを作ることで、病気になった部分の移植手術を健康なクローンのものと入れ替えることが出来るというものである。朝子は32歳の時にクローン保険に入り、これまでに乳がんで右胸を、そして腎臓炎で腎臓の片方をクローンと入れ替えていた。朝子は享年77歳。クローン保険に入ってから35年が経ったことになる。離れて暮らしていたため、朝子が死んだと聞いても特に悲しまない保。刈谷は朝子のクローンを処分してもいいかと保に聞く。刈谷によるとクローンはクローン保険に入った時の年齢のまま保存されているが、保険適応者が死ぬと外に出して活動させるか処分するかを選ぶことになるという。外に出して活動させれば年は取り、平均寿命は50歳。言葉は喋れて、食事と便の処理は出来るが、表情はなく、掃除、洗濯、片付け、炊事などという家事は一切出来ない。クローンをクリーンとして生かし続けることも出来るが、それには生きていくための教育を施さなくてはならない。保は処分することに決める。

ここで、一気に35年前にタイムスリップし、生前の朝子が舞台に現れる。保に優しく話しかける朝子。保も「母ちゃん」と親しげに呼ぶ。しかし、朝子は癌を患っていた。抗がん剤の影響で髪が抜け、悲鳴を上げる朝子。ショックの余り舞台袖にはけてグレーの幕から顔だけ覗かせて嘆く朝子。保は「抗がん剤の影響だから仕方ない」と冷たい返事。それを不満に思った朝子は、保に詰め寄るが、今度は左手がもげてしまう(顔だけ覗かせている間に義手と入れ替えたのである)。悲鳴を上げ、もうこんな状態では生きていけないので、自分を殺して欲しいと保に迫る朝子。保は嫌がって逃げ出すが、朝子は「殺せ! 殺せ!」と追い掛ける(ここでの朝子を演じる麻生久美子の演技には鬼気迫るものがある)。暗転。場所は保険会社の一室。保は刈谷にクローンを処分するのはやめたと伝える。35年前にタイムスリップしたと思っていたものは実は保の夢の中で起こったことだったのだ。

保は「自分ははっきり言っていい男だ」とうぬぼれ発言をする。だが、いい男過ぎてもてないともいう。そして性格にも問題があるという。童貞を捨てたのは30年前だが、その相手が今どこで何をしているかを知っているとのことである。結婚の報告の葉書に書いてあった住所に行って、初体験の相手を監視し、郵便物をチェックし続けていたという。「それはもう犯罪ですよ」と呆れる刈谷。保は「ついに彼女の200m以内に立ち入るのを禁じるという判決を受けた。今度、それを侵せば立派な犯罪者だ」となぜか得意げに言う。

朝子のクローン(麻生久美子。二役)が現れる。無表情だが、訓練を受けて、表情や身の回りのことは全て出来るよう覚えたという。様々な表情をして見せる朝子のクローン。刈谷はクローンに名前をつけるよう保に言う。クローンの現在の名前はアルファベットと数字の組み合わせである。それでは呼ぶのに面倒くさいので名前をつけることにしたが、保は良い名前が思い浮かばない。刈谷は「お母さんの名前、朝子ですよね。なら夕子というのはどうでしょう。朝と夕」と提案する。保は単純すぎると思うが、他に名前も思い浮かばないので朝子のクローンは夕子と名付けられる。夕子と二人きりになった保であるが、母親そのままの夕子にどう接したらいいのかわからない。取り敢えず、赤いお酒を夕子に飲ませることにする。夕子は「アルコールを飲んだことはないのですがどうしますか」と聞くが保は呑ませる。夕子に味を聞くと「赤い味がします」と素っ気ない答え。保は色盲ということもあり、「赤い味か。俺にはわからないね」という。夕子の横に座り、酒を呑むが、夕子が突然、「セックスは好きですか?」と聞いてきたので噴き出してしまう。夕子はその後も少なくともテレビのゴールデンタイムでは放送出来ないような性行為の話を延々とする。その時の顔は最初の無表情が嘘のように生き生きとしている。保は「なんでそんなにセックスの話ばかりするの?」と聞くと、「施設では女の子みんなでセックスの話をするの」だという。ただクローンはセックスしても感じないという。ちなみに施設には男はいないとのことだ。

保は多額の借金を抱えていることを打ち明ける。借金取りが引っ切りなしに押しかけてきて督促するという。そこで、保や夕子に借金取りが来たら、セックスして帰らせるのはどうかと提案してみる。そうすれば借金取りも満足して帰るだろうと。何も感じないならいいじゃないかと。そして自分が製薬会社に勤めていたこと、林檎の交配のことなどを話す。おしべとめしべがくっついて、遺伝子結合が起こる。世の中のものは全て遺伝子がコピーする。ただその過程で劣化が起きることもある。それは兄弟でも性格が違うようなものだ。でもそうやってその中から強い遺伝子が生き残るようになっていると。

暗転。保険会社社内。保は刈谷に責められている。夕子が淋病に感染したのだ。淋病は二十日で治るからいいが、どうして淋病になったのかと保に詰め寄る刈谷。保は夕子が借金取りに対してあらゆる性行為を行ったことを打ち明ける。遠くで夕子の悲鳴が聞こえる。ほどなくして夕子が現れる。沢山の男が家に押しかけてきたという。借金取りが「なんでもやらせてくれる女がいる」とWeb上に書き込みをしたらしい。住所入りで。それを見て性欲に飢えた男達が大勢で押しかけたのだという。なんとか追い返しはしたが、いつまた襲ってくるかわからないとのこと。保は「逃げよう」と提案し、荷物をまとめるために一人で去る。

保が去るや、刈谷は夕子への態度を一変させる。「売女!」と呼び、部屋に盗聴器をしかけておいたので、夕子が保を思い浮かべながら自慰にふけっていることも知っているという。刈谷は夕子の首を絞めながら罵ったり、ズボンを下ろし、自分の一物の握らせることを要求する。刈谷は自分の過去を語る。自分は北の出身だが、北は今、悲惨な状態だという。人々には生殖する能力がなく、自分はラストチルドレンと呼ばれた世代だと。

保の声がしたので、刈谷は慌ててズボンを履く。保が帰ってくる。バスケットを抱えて。バスケットの中にはスケッチブックがあり、そこには夕子が書いた保の似顔絵が描かれていた(劇場の壁面に映像でスケッチブックに描かれたのと同じ画が浮かぶ)。非常に上手い絵だが、夕子は感情をよく覚えるために絵を描いてみたのだという。刈谷が去った後で、保は子供の頃に画いた絵の思い出話を夕子にする。保は絵は上手かったが、色盲だったため、唇を緑に塗ってしまい(先程と同様に、劇場の壁面に画が浮かぶ)、周りから、「わー、気持ち悪い。お前の母ちゃん、唇、緑」と囃し立てられたという辛い思い出だった。

保は去り、夕子は一人残されるが、物思いにふけっているうちに気を失ったように倒れてしまう。

暗転。

ステージ上には林檎が一つ。保は刈谷に林檎が赤いが聞いてみる。刈谷は「赤い」と答える。しかし、他の林檎は全部腐っているのに一つの林檎だけが赤い。その林檎はクローン林檎なのだ。夕子がやって来たので、林檎を食べてみるかどうか聞く保。刈谷は「クローン林檎なので危ない」というが、「取り敢えず、三人で分けてみようね。包丁取ってくる」と言って夕子は去る。保は刈谷に「昨日、夕子とやってたでしょう?」と聞く。驚く刈谷。

保は「昨夜(ゆうべ)、上でギシギシ言ってたし、刈谷さんが寝てるはずの車の中は空だったし」という。

刈谷は認めるが、保は「やっぱりそうなんだ。鎌かけてみただけなのに」と言う。刈谷は夕子のことをなじり始める。「あれは上手い、上手すぎるんだ。あれは風俗嬢だ。いや風俗嬢以上だ。もしくは以下だ」とけなす。

夕子が姿を現すが、二人のやり取りを聞いて、すぐ、脇の客席の後ろに姿を消す。刈谷が去ってから、夕子は何も知らないかのように「保」と笑顔で呼びかける。

保と二人になる夕子。夕子が、突然、「胸揉んでみる?」という。戸惑う保だが、「おいで」といって保が近づくと、夕子は逃げて、「ここまでおいで!」と無邪気な子供のように言い、追いかけっこになる。音楽はミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」から“マイ・フェイバレット・シングス”。最後に夕子と保はダンスまで踊ってしまい、客席の笑いを誘うが、保は「もう! なんなの!」と呆れてしまう。夕子はあたかも朝子の化身のような話をする。思い出話だ。二人で沼に行き、日が沈んだ直後の時間、世界は一色になる(いわゆるマジックアワーというものである)。色盲のお前とでも今の時間帯なら同じ景色が見えると。夢なのか記憶なのか保も観客もわからない中で、保は夕子に問う。「ねえ、母さん。あの時、飯島先生と森の奥に消えたよね。二人で何をしてたの?」。飯島先生。朝子の主治医だった人物だ。そして保は更に語る。「父さんが言ってたんだ。お前は俺の子じゃないって。そうして俺を殴った。どういうことかな、ねえ母さん」。夕子は飯島先生との関係を否定する。

暗転。

ステージ上に林檎が一個。保は刈谷と一緒にいる。刈谷はやはり夕子を処分した方がいいという。

そこに夕子がバスケットと包丁を持って現れる。夕子が包丁を持っていることに驚く保だったが、夕子は「さっき、みんなで食べようって言ったじゃない。だから包丁持ってきたんだ」という。保は戸惑う。やはり先程の出来事は夢だったのか、あるいは記憶だったのか。頭をかかえる保。

突然、夕子が刈谷を包丁で刺す。滅多刺しである。これまで受けてきた屈辱を何倍にもして返すかのように。だが刈谷は死んでいなかった。防護服を身につけていたのだ。刈谷は夕子の首を絞め、殺害する。だが刈谷は殺害ではなく処理だという。クローン保険は大して儲からない、処理したクローンの臓器を売って儲けを出すのだと。刈谷はバスケットを蹴飛ばす。その中からスケッチブックが飛び出す。そこに描かれていたのは子供が画いた絵だ。母親の朝子を子供の頃の保が画いた似顔絵。幼いタッチだが、「唇の色は?」と保は聞く。「赤い」と刈谷は答える。保が自分は本物の保の劣化クローンだと知る。結婚出来ないのは性格に問題があるからではなくクローンだからだったのだ。色盲なのは劣化したからだ。

保がクローンであることを刈谷は知っていた。「クローンのくせに」となじる刈谷。保は怒って包丁を取り上げ、刈谷に斬りかかる。ここからが、いのうえ歌舞伎の本領発揮。斬る、よける、斬る、よけるが繰り返される。その間、保は刈谷に「お前こそクローンみたいなものじゃないか! 北はもう子孫を残せないんだろう!」と吠える。保の持った包丁が刈谷の首に当たる。そのまま引き抜く。頸動脈を切られ、刈谷は血を流して絶命する。

保は、横たわったままだった夕子を抱きかかえる。「母ちゃん、起きてよ。あの時、父さんは僕がクローンだから殴ったんだ。クローンだから俺の子じゃないって。ねえ、母ちゃん、なんで俺のクローンを作ったの? ねえ答えてよ、母ちゃん」。しかし夕子が息を吹き返すことはない。保は「もうこの世にはクローンしかいないのか」という。何の救いもないまま劇は終わる。

結末に疑問を持ったが、劇自体は大変優れたものだった。結末だが、敢えて答えを用意しなかったとみて間違いない。だが、劇が終わってから後の世界の方がより書くに値するものなのではないかという気もする。あそこで止めるのはむしろ簡単で、その先が描くべき事柄なのではないかと。

俳優陣の演技であるが、「素晴らしい」とか「凄い」とか「圧倒された」などと言っている場合ではない。あれだけの俳優にあんな間近であれほどの演技をされたら、観客としてはKO負け以外の選択肢はほとんどない。「もし叶うなら毎日劇場に通い詰めてみたい」。そう思うほどの魔力を感じた。麻生久美子は俳優としてはかなり難しい役を振られた思うが、それだからこそ、彼女の持つ魅力が十二分に発揮されたとも言える。

堤真一の自然体の演技、田中哲司の計算された演技、共にこれ以上何も求める必要はない。

いのうえの演出であるが、やはり包丁を思いっきり振り回すシーンは間近で見ているだけに迫力があった。あの手のシーンはもはや彼の独擅場であると言ってもいいほどだ。JAC出身の堤真一と、日大芸術学部演劇学科出身の田中哲司という、演技力と高い運動能力を兼ね備えた俳優を起用し、また多くの稽古を重ねた賜物であろう。
また三人の俳優以外に防護服を着た複数の俳優にセットや小道具、時には担架で俳優を運ばせるという手法も良い。そしてユーモアのある演出も優れていた。

本も演出も優秀だったが、今回の劇は何よりもまず俳優陣の演技に心臓を握りつぶされたような感じを受けた。呆然としたまま雨の宮益坂を下った。

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