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2013年9月の16件の記事

2013年9月29日 (日)

コンサートの記(101) イ・ムジチ合奏団大阪公演2011 ヴィヴァルディ「四季」ほか

2011年10月9日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪・福島にあるザ・シンフォニーホールで、午後2時から行われる、イ・ムジチ合奏団の来日公演を聴く。

イ・ムジチ合奏団は、イタリアの弦楽合奏団である。それまで無名の曲であったヴィヴァルディの「四季」を一躍有名曲にしたことで知られる。特に日本では人気が高く、ヴィヴァルディの「四季」といえばイ・ムジチ合奏団というくらいである。イ・ムジチとは、英語にするとザ・ミュージックになる言葉である。イ・ムジチには女性団員がいたこともあり、コンサートミストレス(女性の場合はコンサートマスターのことをこう呼ぶ)がいたほどなのだが、現在は男性ばかりの12人による編成である。なお、イ・ムジチ合奏団は今年が結成60周年に当たるとのことだ。

曲目は、前半は全てイ・ムジチ合奏団60周年のために書かれたり編曲されたもので、イ・ムジチのために書かれたバカロフの「合奏協奏曲」、イ・ムジチのためにエンリオ・モリコーネが自身の映画音楽から編んだ「組曲」、坂本龍一がイ・ムジチのために新たに編曲を行った「ラストエンペラー」テーマ曲である。坂本龍一の「ラストエンペラー」テーマ曲が選ばれたのは映画「ラストエンペラー」の監督がイタリア人のベルナルド・ベルトリッチであるため、日本とイタリアの架け橋になる曲と考えられたからだろう。

後半は、イ・ムジチ合奏団の代名詞的楽曲であるヴィヴァルディの「四季」である。

舞台上には奏者達が腰掛ける椅子の他に、チェンバロとピアノが置かれている。

バガロフの「合奏協奏曲」はタイトルこそ、バロック風で、通奏低音としてチェンバロを用いるのだが、現代音楽である。イ・ムジチはシャープな演奏を展開する。合奏力は極めて高い。イ・ムジチ合奏団は本国であるイタリアよりも日本での評価の方が高いという話を聞いたことがあるが、これだけの力があるのだから、おそらく本国でも認められているのだろう。

エンリオ・モリコーネの「組曲」は、コンサートマスターのアントニオ・アンセルミではなく、隣の隣りに座っていたマルコ・セリーノがヴァイオリン独奏を務める。私は出来の良い公演のパンフレットしか買わないのだが、今日は「イ・ムジチなので外れはまずないだろう」ということで事前にパンフレットを購入しており、パンフレットにはメンバーの顔写真と名前が表記されていて、「組曲」の独奏者がマルコ・セリーノのでわかっていたのだが、パンフレットを買っていない人の中には奇異に感じた人もいたのではないだろうか。実はこれが、作曲家とイ・ムジチ合奏団による仕掛けの第一弾であったことが後にわかる。

モリコーネは映画「海の上のピアニスト」の音楽を「組曲」の中に入れているため、ピアノが用いられる。チェンバロとピアノはフランチェスコ・ブッカレッラが兼任する。

モリコーネらしいロマンティックな音楽であった。

3曲目、坂本龍一の「ラストエンペラー」テーマ曲。私も大好きな曲である。前述したが、二胡独奏と管弦楽のために書かれた作品なので、坂本龍一が新たに弦楽合奏のための編曲を行っている。当然、ピアノを使うものだと思っていたら、フランチェスコ・ブッカレッラは何と、チェンバロに向かって歩き出す。教授(坂本龍一のニックネーム)もプログラムにピアノを使うモリコーネの「組曲」があることはおそらく知っていたはずで、敢えて裏を掻いたのだろう。教授に一本取られた感じである。演奏は充実したものだった。

後半のヴィヴァルディの「四季」。演奏が始まってすぐに驚く。なんと、ピリオド風アプローチを仕掛けてきたのだ。
ピリオド・アプローチは、作曲者の生きていた時代の演奏法を再現したもので、弦楽にビブラートをかけない(ビブラートはコンサート会場が大きくなった20世紀に入ってから生み出された奏法である)、旋律の最後の音を伸ばさない(最後の音を伸ばすのはロマン派以降である)などの特徴がある。ピリオド風アプローチと書いたのは完全なピリオド・アプローチではないからで、コンサートマスターとチェロ奏者はビブラートを行っていた。ただ、他は全員、徹底してノンビブラート奏法を貫く。ビブラートをかけているコンサートマスターも旋律の最後の音を伸ばさずに、サッと刈り上げる。テンポも速めで、これはヴィヴァルディの時代は残響のない場所で演奏していたため、現代よりもテンポが速めであったことがわかっているためそうしているのだろう。

ピリオド・アプローチは21世紀に入ってから流行しているが、まさかイ・ムジチ合奏団がピリオドを行うとは予想だにしていなかった。またもや一本取られた。

演奏は素晴らしいの一言。ヴァイオリンが弓で弦を弾くのではなく、弓を弦の上に置くような奏法をしていたということもあり、バロック時代の演奏を再現したものなのに斬新に聞こえる。

アンコール。チェロ奏者のヴィト・パステノステルが日本語の書かれた紙を手にして舞台の中央まで進み、「ありがとうございます」と日本語で挨拶。「ロッシーニの『ボレロ』を演奏します」と日本語で言う。情熱的な曲と演奏であった。

アンコール2曲目、パステノステルが再び舞台中央まで出てきて、ポケットに手をやるが、日本語のメモが見つからない。隣のチェロ奏者がメモを持っていて、手渡すのだが、余りに手際が良すぎるので、もちろん演技である。だが笑える。パステノステルが日本語で「子供のころを思い出す曲です、『赤とんぼ』」と言う。そして山田耕筰の「赤とんぼ」が演奏されるのだが、これがかなり凝った編曲であった。序奏の後で、チェロが「赤とんぼ」のメロディーを歌い出し、それがヴァイオリンに受け継がれるのだが、途中で、ヴァイオリンはなんと「赤とんぼ」の旋律を敢えて短調に変えたものを弾き出す。こうした編曲をするのはおそらく日本人、それもユーモアがわかる人である。お堅い人だと「山田耕筰先生の旋律を勝手に短調に変えるなんてとんでもない」となるはずだからである。編曲者の候補として真っ先に名前が思い浮かんだのはやはり教授である。教授はユーモアのわかる人だし、長調を短調に変えるということもやりそうである。そして、演奏会のプログラムには教授の曲も入っている。

アンコール3曲目。パステノステルが日本語で「ナポリに行きたくなる曲です」と紹介する。しかし、弾かれたのはヴィヴァルディの「四季」より「春」の冒頭。それが突然、不協和音に転じたところで「サンタルチア」のメロディーが現れる。しかしこれでは終わらず、コンサートマスターの横にいたヴァイオリン奏者(フォアシュピーラー)が突然立ち上がり、「春」の冒頭を弾き初めて、コンサートマスターであるアントニオ・アンセルミに制されるという演技をする。会場大爆笑。「春」の冒頭はその後も他の奏者達によって何度も突然顔を出す。イタリア人とはいえ、こんな面白い人達だとは思いもしなかった。今日は何本取られることになるのだろう。ちなみに編曲者はパステノステルであることが後にわかる。この人はジョークが大好きなようだ。

最後はヴィヴァルディの「アッラルスティカ」。演奏はまともなものだったが、カーテンコールでパステノステルがわざと遅れて慌てて出てくるという演技をする。余りに面白いので、笑顔でサムアップして「ナイス、ギャグ!」とやり続ける。実は私は「四季」演奏終了後から、アンコール曲演奏中は除いて、全てスタンディングオベーションを行っており、奏者の一人が私に礼をするのを確認している。なので、演奏に対してのものだったら、拍手をすればいいわけで、そうでないということはギャグを讃えたものだということは通じたようで、何人かの奏者が私の方を見て笑顔で頷く。イ・ムジチ合奏団は何度も来日して大阪公演を行っており、大阪がお笑いの街だということは知っているはずなので、メンバー達も「お笑いの街であるOSAKAの人間からギャグで誉められたぞ」と気をよくしたことだろう。だがご存じの通り、私の正体は大阪人ではなく、京都在住の関東出身者である。一本取り返したことになるが、彼らには知らせないのが賢明なことであろう。

終演後、ホールの1階ホワイエにはアンコールの曲目が書かれて発表されるのだが、「赤とんぼ」の編曲者については書かれていなかった。
スタッフの人に、「『赤とんぼ』の編曲者は誰ですかね。一番やりそうなのは教授ですが」伺ったところ、音楽について知っているスタッフだとわかったため、調べてくれることになる。ただ2009年に編曲されたものだが(ということは武満徹の編曲でもないということである)、編曲をしたのは教授ではないとのことだった。また具体的な編曲者名はわからないという。他にああした編曲をやりそうな日本人作曲家は池部晋一郎や三枝成章がいるが、本当のところはどうなのだろう。

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2013年9月27日 (金)

レナード・バーンスタイン自作自演「ウエストサイドストーリー」より“シンフォニックダンス”

ブロードウェー史上最高傑作ともいわれる「ウエストサイドストーリー(ウエストサイド物語)」。シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を基に、モンタギュー家とキャピュレット家の争いをポーランド系移民とプエルトリコ系移民の諍いに置き換えた愛と憎悪と悲劇の物語です。作曲を担当したのは20世紀を代表する指揮者の一人であり、クラシックの作曲家としても傑作を残しているレナード・バーンスタインでした。その「ウエストサイドストーリー」の音楽から数曲を選び、バーンスタインと編曲者二人との共同作業で演奏会用のショーピースに仕立てた「ウエストサイドストーリー」より“シンフォニックダンス”。ニューヨーク・フィルハーモニックがFacebookでシェアしたイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団による演奏(会場は大阪のザ・シンフォニーホールです)を、レナード・バーンスタイン自身の指揮でお楽しみ下さい。

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笑いの林(6) 「京橋パイセンフレンドパーク」2011年10月

2011年10月6日 京橋花月にて

午後7時30分開演の、京橋花月での公演「京橋パイセンフレンドパーク」を観に行く。

「京橋パイセンフレンドパーク」は、矢野・兵動の矢野勝也が主催する公演。出演は矢野勝也のほかに、ミサイルマン、プラスマイナス、モンスターエンジン、銀シャリ、カーニバル、桜 稲垣早希。

まず、矢野が歌を歌う。客席まで行って、ファンから缶コーヒーを貰い、それを別のファンにあげるが、自分が貰ったものだからと返してもらうなど笑いを誘う。

他の出演者が登場。「早希ちゃんのファンの方、どれぐらいいます? 拍手して下さい」と聞くと、かなり大きな拍手が響く。「これ全員、早希ちゃんのファンですよ」「早希ちゃんがいなかったらと思うとゾッとしますね」などとみな口々に語る。なお、子供がワーワー泣いていたが、矢野の子供さんであるとのことだった。
「京橋パイセンフレンドパーク」は定期的に行われているが、以前、出演したことのある芸人からは、「本当は出るの嫌でした」などと、矢野をわざと怒らせるような発言が飛び出し、矢野もわざと怒った振りをする。

早希ちゃんは「パイセンフレンドパーク」への出演は初めてである。矢野は早希ちゃんに話を聞くが、早希ちゃんは「つぼみっていうグループの子達がいて、『パイセンフレンドパーク』に出させて貰ってるんですけど、みんなで〈「パイセンフレンドパークのことを〉『あれ出た?』『あれ出た?』と言い合って」と言う。「あれ出た?」の言い方は嫌そうな言い方だったので、矢野は焦った振りをする。

まずは、「パイセン語当てゲーム」。パイセン語とは、矢野勝也が使う言葉で、芸能人が使うように前後をひっくり返した言葉である。芸能界の使い方で一番有名なのは「なおん(おんな)」だと思われる。その他、芸能界で5000円のことをゲーセンというような隠語も用いられる。問題は舞台中央に置かれたディスプレイに表示される。

最初は、「ケツ」がつく言葉だったので、みな「尻を出す」などの答えを書く。早希ちゃんは言葉ではなく、お尻を出した男性の画を描く。

次の問題は、マエデー、MXJ、パンティ、イカフェなどの言葉が出てくる。マエデーはひっくり返して「出前」だろうとわかる。パンティは「パンとティーのことだろ」うと推理。だが他はわからない。すぐ後ろの席に最初の問題を当てて(矢野が会場に向かって「わかる人(いる)」と聞き、客席まで降りてきて答えを聞いて「正解!」と言ったのだ)、この問題も二人で相談しあっている女性二人組がいたので、「わかります?」聞いてみると、「MXJとはミックスジュースのことではないか」という。そう考えると確かにそうである。
ステージ場は、マエデーが出前だということはほとんどわかっているようだが、イカフェがわからないらしい。早希ちゃんはイカの画を描いて、手にしているのがMXJだというが、どう見ても手にしているのは中華どんぶりである。正確を答えられた人はいなかったが、一番近い答えを出した人にパイセンポイントが与えられる。ちなみにマエデー、MXJ、パンティなどは前述した通りであった(パンとティーで朝食のことだという)。イカフェとは私は「イン・カフェかな」と思ったが、そうではなく、「インスタントコーヒー」のことだという。ただ朝食がインスタントコーヒーというのが引っかかる。インスタントコーヒーを飲むだけなら朝食とはいわないのではないだろうか。「飲み物は」が入るなら別だが(パイセン語でいうと「モノノミ」だろうか)。

ちなみに「パイセンフレンドパーク」は「東京フレンドパーク」のパクリだそうで、それを言った芸人に、矢野は「ネタをばらすなや」と言っていた。

次は、矢野の嫌いな食べ物を当てるというゲーム。芸人の一人から「誰が興味あるんですか?」との発言があったが、私もヤナギブソンのネタ「だれが興味あんねん?!」を心の中でつぶやいていた。

出されたのは、かやくご飯、豆腐、ナメコの赤だし味噌汁、奈良漬け、プリンである。一応、お茶(茶色かったので、ウーロン茶か、ほうじ茶だと思われる。紅茶では多分ないと思う)も出ていて、「お茶じゃないですよね」という確認があったが、お茶ではないという。
矢野は普通に食べていたが、奈良漬けを食べた後、すぐプリンを口にしたので、怪しいということになり、「もう一度、奈良漬け食べて貰っていいですか」と言われ、食べるが、明らかに嫌そうな顔である。一人の芸人が、お茶を飲み干してしまうという意地悪をして(名前はわかるが書かないでおく)更に、「もう一回食べて貰って良いですか」というと矢野は顔を歪める。その後も矢野は奈良漬けを食べ続けるが、もう完全にバレバレである。ということで、全員正解にして、嫌いな食べ物はもう一つあるというのでそれを当てることになる。答えはかやくご飯で、こんにゃくとかニンジンとかはご飯に入れるものではないとのことだった。
ここで早希ちゃんが、「でもプリンも嫌いであって欲しい」と発言。他の芸人も媚びを売ることを勧め、早希ちゃんは甘えた声で「お願いします、ポイント下さい」と言う。矢野も可愛い子には甘いので、「1000ポイントやるわ」となるが、かやくご飯を当てた芸人がそれはおかしいということになる。ミサイルマン岩部は「ポイントとがどうでもいいわ」と言い出す。早希ちゃんには3ポイントが与えられることになる。個人的には早希ちゃんが「ロケみつ」で散々苦労しているのは知っているものの、余り甘やかさないのも彼女のためだと思う。今の早希ちゃんはせっかく筋はいいものを持っているのにそれらが袋をかぶっている状態である。ちなみに、「関西縦断」「四国一周」「西日本横断」ブログ旅はいずれも早希ちゃんでなければ成功しなかったと思う。早希ちゃんは日本人女性としては珍しくコメディエンヌの資質がある。だから、早希ちゃんの場合だと見ていられるけど、他の人がやったら痛々し過ぎて見ていられないと思う。
コメディエンヌの資質を語るエピソードがあって、「四国一周」で、徳島県の祖谷渓(いやけい)に行った際、山の中にある祖谷渓の温泉に入るのだが、その後、壱を出してしまい、全額没収となった(実は最終のバスはもう終わってしまっており、お金があってもどうすることも出来なかった。早希ちゃんがそういう抜けたところがあるのだが、そのためにブログ旅がドラマティックになっているのも事実である)のだが、早希ちゃんは困っているのに、親玉ディレクター(森貴洋)には、ヘラヘラしているように見えたようで、「状況がわかっていない」と怒られたという。早希ちゃんも「そんなことはない」とキレてしまったようで、DVDのオーディオコメンタリーでマジ喧嘩したと語っている。困っていたもそう見えないというのはコメディエンヌの重要な資質の一つである。ちなみに親玉ディレクターは声は老けているが私よりも4つ年下の今年33歳である。

次は矢野がどんなことを言ったら怒るかを当てるゲーム。矢野は余り怒らないのだが、各自が矢野の頭に一番来るであろう言葉を選び、それを順番に矢野に言っていくというゲーム。怒るのが最後の一人だったら、クリアである。各自がいう言葉は予めフィリップ(スケッチブック)に書いて、発表。矢野がその中から一番頭に来る言葉を選んで、スタッフに告げ、スタッフはボードに答えを書いて隠しておくというシステムになっており、不正は行えないようになっている。

二人目は矢野のことを「田野」と呼び間違えるというものだったが、ここで矢野は「誰が田野じゃ!?」と怒ってみせる。答えを書いたボードが舞台下手に出されて、不正ではないことが示される。

パソコン文字打ち時間当て。三行の文章を矢野がどれだけの時間でパソコンを使って打ち込めるかを当てるゲーム。3分を超えるとタイムアップになり、タイムアップに賭けてもいいという。ちなみに私は仕事の都合上、常にバッグの中にストップウォッチを入れて持ち歩いている。稽古の時に時間を計るためである。忘れるといけないので、いつも持ち歩くバッグの中に入れてあるのだ。パソコンのキーボードも文字の位置を意識することなく打ち込むことが出来るので、例しに、その文章をどれだけのスピードで打ち込めるのか、計ってみる。2回やってみて、1回目が21秒ちょっと、2回目が23秒ちょっとである。ストップウォッチの開始を押してから、仮想キーボードに向かう時間と、打ち終わってからストップウォッチを止めるのに時間がかかるので、実際は仮想キーボードだと20秒ちょっとである。実際のキーボードは変換候補が一発で出ない場合もあるので、もう少し時間がかかるはずだが、それでも30秒は切るだろう。
出演者は、「ブラインドタッチは出来ますか?」などと言っていたが、現在はブラインドタッチは差別的であるとしてタッチタイピングという言葉が用いられている。
矢野は打ち込むスピードが遅く、しょっちゅう間違える。もっとも、タッチタイピングの達人だったら、これはゲームにはならないので、矢野がタイピングが下手だということは予想がつく。タイムアップに賭けた芸人も多くいて、ポイントを稼いだ。

次に矢野へのどっきりがある。矢野の台本だけ、他の出演者とは違うものだったそうだ。VTRでの出題が出される出演はなんと矢野の奥さん(結構綺麗な人で、芸人がもてるというのは本当のようだ)。USJに行った時、矢野は奥さんが唖然とする行動を取ったという。

早希ちゃんは問題を忘れてしまったようで、「すみません、もう一度、問題言って貰えますか」と言って、客席から笑いが漏れる。

正解は、「ジュラシック・パーク」に乗ろうとしたが、矢野は長い列に並ぶのが嫌なので、すぐに乗れるものを選んだという。奥さんはてっきり横に二人並んで乗るものだと思っていたが、矢野は乗る早さを優先させたためか、一列4人乗りのカートの一番隅に座ってしまい、奥さんは知らない人の隣に座らされる羽目になったという。

VTR問題は更に続く。ある日、矢野の奥さんが、矢野の衣服を洗おうと、ポケットを確認のために調べたら、イオンのレシートが出てきた。買ったものの内容から、鍋物を作ったことがわかり、「これは浮気だ」と感づいたとのこと。その後、しばらくしてから、矢野と矢野の奥さんが二人でイオンに買い物に行ったことがあるのだが、その時、矢野の後輩芸人が、たまたま同じイオンに来ていて、矢野に挨拶したという。その後、奥さんが「初めまして」というと、「いや、初めましてじゃないですよ。この間、お二人で、こちらでお買い物をされていましたよね」と返答してきたという。どうやら矢野の浮気相手と奥さんが同一人物だと勘違いしたらしい。そこで矢野が取った行動は何か、が問題である。

正解は、後輩芸人に向かって「お前誰や?」と言った。であった。挨拶も済ませているのに「お前誰や?」は通じないので、会場に爆笑が鳴り響く。

最後は、パイセン語ゼスチャーゲーム。矢野が、スタッフが回答者の後ろに出すボードに書かれた文字をゼスチャーを入れながら、パイセン語で語るというもの。銀シャリ橋本から「最初のゲームと一緒じゃないですか?」というツッコミがはいるが、まあいい、ということでゲームスタート。難しい問題が多いのだが、芸人達は次々に当てていく。やはり芸人というのは頭の回転が速いようである。最後は「エヴァンゲリオン」という早希ちゃんのための問題。矢野は「TAルドフィー開全(ATフィールド全開)や」、アスカの口癖である「あんたバカ~?」をパイセン語にした「たんあカバ~?」、「徒使のとかいたた(使徒との戦い)や」という。一人が「ガンダム」と答えるが、これはエヴァ芸人である早希ちゃんを立たせるため、正解がわかっていながら、敢えて間違えてヒントを与えたものと思われる。しかし、早希ちゃんは答えられず、時間切れとなった。早希ちゃんのために作られた問題なので、他の芸人も答えがわかっていてもそれをいうことは出来ないだろう。

一番正解が多かった人にMVPP(Most Valuable Paisen Player)賞が贈られることになる。スタッフが集計しており、矢野にMVPP賞受賞者の名前の書かれ紙が入った封筒が渡される。封は開いており、封筒を切る必要はないのだが、「これがやりたかったんや」と矢野は言い、封を切る。MVPP賞は銀シャリの鰻和弘(うなぎ・かずひろ)であった。銀シャリの鰻は「髪型がデビュー当時の田原俊彦に似ている」といじられるのがお約束なのだが、今日もそれはあった。

ダーツルーレットが行われる。円形の的に「×1」、「×10」、「×0.1」、「×0.01」、「まだ夢はある」などと書かれた枠がある。的を回転させて、ダーツで矢が刺さったところに書いてあるだけの賞金が貰える。「『×0.1』とか、『ロケみつ』のパクリじゃないですか」というツッコミがあり、早希ちゃんも「真似しないで下さい」というが、とにかくやることになる。鰻はルーレットの的が完全に止まってからダーツの矢を投じたが、矢は「まだ夢はある」に刺さってしまった。

ということで、賞品は、歌いながら客席前方を回る矢野の後に、鰻がついて歩けるというだけのものになってしまった。

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2013年9月25日 (水)

藤圭子 福島民謡「会津磐梯山」

東日本大震災以降、原発に苦しむ福島県。その福島県を代表する民謡が小原庄助さんが登場することで有名な「会津磐梯山」。先頃、惜しくも逝去された藤圭子の歌でお楽しみ下さい。

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2013年9月22日 (日)

成功について

辞書の上でも「成功」は「失敗」よりも後に来る。失敗も経ずに成功しようなんて虫が良すぎるということさ。

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2013年9月20日 (金)

ミュージカル「レ・ミゼラブル」より“夢やぶれて”

スーザン・ボイルが歌ったことでも有名になった「夢やぶれて」。ルーシー・ヘンシャルの歌でお楽しみ下さい。

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笑いの林(5) 「よしもとワースト脳力王決定戦夏休みスペシャル! ~おバカ達の夏休み最後の宿題!~」

2013年8月29日 なんばグランド花月(NGK)にて

午後7時30分から、なんばグランド花月(略称はNGK)で、「よしもとワースト脳力王決定戦 夏休みスペシャル! ~おバカ達の夏休み最後のお勉強!~」を観る。

NGKは吉本では最も格が高い劇場なのだが、そんな劇場で、知力が一番劣る人を決める催しを行っていいんかいな、と思ったが、実はこの催し、今回で4回目だという。

司会は、ザ・プラン9の浅越ゴエ。出演者は、ラフ・コントロール・森木俊介、はんにゃ・川島章良、野性爆弾・ロッシー、桜 稲垣早希、今別府直之(吉本新喜劇)、たいぞう(吉本新喜劇)。ゲストとして、烏川耕一(吉本新喜劇)、すっちー(吉本新喜劇)、小泉エリ、野性爆弾・川島邦裕、はんにゃ・金田哲(かなだ・さとし)、ラフ・コントロール・重岡謙作が応援という形で出演する。
応援するのは、烏川耕一=たいぞう、すっちー=今別府直之、小泉エリ=桜 稲垣早希、野性爆弾・川島=野性爆弾・ロッシー、ラフ・コントロール・重岡=ラフ・コントロール・森木である。

浅越ゴエが出演者が出てくる際に、その人の、おバカエピソードを紹介する。野性爆弾・ロッシーは、ラーメンのつゆを飲み干した後で替え玉を頼んだ、はんにゃの川島章良は、「DJ」と書こうとしたら、「Dし」と書いてしまった、早希ちゃんは原付バイクの筆記試験で二度落ちた、という話が語られる。
たいぞうは、甲子園でお馴染みの香川県の私立高校、尽誠学園の出身であるが、ソフトボールのスポーツ推薦だったので、入試は名前を書くだけだったという。

出演者の6人の中で大卒なのは、はんにゃ・川島章良だけであり、川島自身がそのことを言う。川島は千葉県にある明海大学不動産学部を出ている。ちなみに不動産学部のある大学は日本では明海大学だけである。浅越ゴエ(立命館大学卒)は、「めいかい大学と言われてもピンとこない」と言っていたが、まあ、関西での知名度はそんなものだろう。私は千葉県出身なので多少は知識がある。埼玉県にある城西大学と千葉県にある城西国際大学とは姉妹校で、東京ディズニーランドに近いことが売りであるが、それ以外にこれといって売りがないのが厳しいところである。相方の金田が「お金を払えば誰でも入れる大学」と発言したが、確かに、この大学は軽量入試であるにも関わらず、今では所謂ボーダーフリーである。我々の世代は、東京23区内に大学と名の付く4年制以上もので、偏差値50以下のところはほとんどなかったはずだが(つまり偏差値50の平均的日本人は東京23区内で大学生活を送ることは出来なかったのである。異様といえば異様な世代である)、明海大学は東京にほど近い千葉県浦安市にキャンパスがあるものの(最も歴史の古い歯学部だけは埼玉県にある)、千葉県の大学なので、川島が受験した当時の偏差値も余り高くなかったはずである。
更に、金田によると、川島は高校受験で落ちたにも関わらず、落ちたはずの高校に入学したという。高校の先生と担任の中学の先生が親しかったからだと川島は言い、「ただお金は渡っていないので裏口ではない」とも語る。

小泉エリさんは、「早希ちゃんは、自分が、おバカだと認識していない」と語り、早希ちゃんも「話が来たとき、私は司会かなと思った」と、とぼけてみせるが、「ロケみつ」DVDのオーディオコメンタリーでも、「私、アホなんです」、「アホやから」という発言を何度もしており、自覚は当然あって、そらっとぼけてみせたのも計算である。

たいぞうは、勉強はまるで駄目だったが、絵は得意であり、ジミー大西のような絵を描く。個展も何度か開いているそうで、また個展が行われるとのことだ。

吉本新喜劇の今別府直之は、利き腕がどちらなのか今でもわからないという。箸を持つのは右手だが、書字は左手、野球は右投げ、卓球はレフトハンド、ボウリングは右であるとのこと。
それは、ラフ・コントロールの森木も同じで、鉛筆は右手だが、色鉛筆や絵筆は左手で操るという。なので、輪郭を書きながら色を塗ることが可能で、図工の時間では誰よりも早く絵を仕上げたという。

出題と解答であるが、吉本初の東大卒芸人である、田畑藤本の藤本淳史(ふじもと・あつし)が行う。ただ藤本は東大工学部卒で成績も優秀だったそうだが、本来は工学部なら大学院まで行くのが普通なのに、進級レベルにはあって、審査もパスしたそうだが、工学の研究を続けるつもりはなかったので、通わずに中退してしまっている。東大の理系の場合は残念ながら大学院修了まで行かないと、「どこか問題がある人」と見なされてしまう。

 

出題される問題であるが、小学校中学年から、難度が高くてもせいぜい中学2年生レベルの出題がなされる。だが、本当に知識のない人達なので、なかなか正解が出ない。答えは毎回ボードに書いて出す形式である。

最初の問題は、「『源氏物語』の作者は誰?」という小学校中学年クラスの問題であったが、正解出来たのは野性爆弾・ロッシーと、今別府直之の二人だけであった。ロッシーは平仮名で書いたので、漢字で書けたのは今別府だけである。

ラフ・コントロール・森木は、「源よしのぶ」と答えて、浅越ゴエから、「誰?」と突っ込まれる。ちなみに徳川氏は氏は源を名乗っていたので、徳川慶喜公は別名、源慶喜である。
はんにゃ・川島は「おつう」と回答。浅越ゴエに「なんかの物語に出てきそうですね」と言われる。ちなみに、おつうは、吉川英治の『宮本武蔵』に出てくる。

早希ちゃんは、「ヒカルくん」という答え。光源氏が主人公だということは知っていたそうだ。

たいぞうは、「夏目そうせき、戸川純」と書いており、浅越ゴエに「戸川純は自殺した人や」と言われるが、これは浅越の勘違いで、戸川純は何度か自殺未遂はしているが、存命中。自殺したのは妹の戸川京子の方である。

続く問題は、「『Fe』という元素記号が表しているのは何?」。「Fe」はドリンクの名前になったこともある有名な元素である。

ラフ・コントロール・森木は、「フェブラリーの略」というが、藤本に「その場合は、Febでbまで付きます」と一蹴される。

はんにゃ・川島が「鉄」とボードに書いて出すと、客席から拍手が起こる(というより、ちゃんとした答えが出たので、私も無意識のうちに拍手していた)。早希ちゃんは「正解がわかりやすい」とつぶやく。
野性爆弾・ロッシーは「ヘリリウム」と書く。「水兵リーベ僕の船」の「ベ」に当たるのが「ベリリウム」であるが、正確には覚えていなかったようだ。

早希ちゃんは、Fが付くというので、フッ素と答えた。「水兵リーベ僕の船」の「ふ」に当たるのがフッ素であるが、元素記号は「F」のみである。

今別府は「水素」と書くが、ご存じの通り、水素は元素記号の一番最初、「水兵リーベ」の「水(元素記号は「H」)」である。

たいぞうは、「てうそ」と意味のよくわからない答えであった。

続く問題は、「消防署へのアンケートで、『一番好きな太陽系の惑星は?』と聞いて、常に1位となる惑星は?」という謎々。知識はなくとも頭の回転は速いという芸人の強みを生かせる問題である。事前に藤本がボードに答えを書き、出演者には見えないようにして客席の方に見せる。「消防署への電話番号は、119(いちいちきゅう)なので、1位地球」が正解である。

ただ、この問題は正解者なし。一応、太陽系の惑星を書いた人が多かったのだが、早希ちゃんは「惑星ベジータ」と、もう笑いに走っている。

「救急車のサイレンが近づいて来るときは高く、遠ざかるときは低くなるのを何効果というか」というのが次の問い。小学生でも知っている子は知っている問題である。この問題からは、応援者が出演者が誤答すると代わりに苦いセンブリ茶を飲むことになる。

森木「サブリミナル効果」、川島「サイレント効果」、ロッシー「デクレッシェンド効果」、早希ちゃん「遠近法」、たいぞう「十円効果」で正解者なし。たいぞうは十円硬貨に掛けた駄洒落にしてしまっている。応援者全員がセンブリ茶を飲む羽目になる。
正解は勿論、「ドップラー効果」である。

「今年の6月22日に、富士山が正式に登録されたものは何?」という時事問題は、全員が「世界遺産」と書いて(川島と早希ちゃんは漢字が間違っていたが)正解する。

「『とっとりけん』を漢字で書いて下さい」という問い。早希ちゃんは、「ロケみつ」の「西日本横断ブログ旅」で、一度、漢字を間違えたことがあり、さすがに同じ間違いはしないだろうと思っていたが、今日も「鳥取県」と「取鳥県」の両方で迷った末、「取鳥県」を選んでしまい、不正解。苦笑するしかない。
森木は、「鳥取県」と書いたが、「鳥」の字の横棒が一つ多く、不正解。川島は「烏取県」と逆に中に横棒がない漢字を書いてしまって不正解となった。

続いて、出題の前に、浅越が「お客さんの中でセンブリ茶を飲んでみたいという人いますか?」と客席に問いかけ、数名が手を上げたので、不正解だった場合は、手を上げたお客さんも応援者と共にセンブリ茶を飲むことになる。
映像を見て答える問題。アボカドの写真がスクリーンに映る。「これの名前は?」というのが問い。森木が「パパイヤ」と答えた他は、ロッシーと早希ちゃんが「アボカド」、川島と今別府、たいぞうが「アボガド」と書き、ロッシーと早希ちゃんのみが正解となった。
お客さんがステージに上がってセンブリ茶を飲み、二人は苦そうだったが、小学生の女の子は平気なようだった。

今度は、応援者が出題者に代わって解答するというコーナー。応援者が正解すると、出演者の得点に加点されるという。

「今年の8月12日に、41℃という日本観測史上最高気温を記録した高知県の市は?」という時事問題。ラフ・コントロール・重岡は「しまんと市」と書いて正解。はんにゃ・金田は「四万十」と書いて正解。野性爆弾・川島は「土佐市」と書いて不正解。小泉エリは「四万十市」と漢字も合っていて正解。すっちーは「高知市」と書いて不正解。烏川耕一は「南国市」と書いて不正解だった。

続いて、前方後円墳の写真が映され、この名前を問う出題がなされる。三人が正解。エリさんは「前方後円墳」と漢字も含めて正解であった。

次は謎々。「花子ちゃんは、メロン、リンゴ、イチゴのうち、一つだけ、きになる果物があって、じっと見ています。それはどの果物でしょう?」というのが問題。「きになる」=「木に成る」であるため、リンゴが正解である。これは全員が正解した。

再び、出演者が解答に回る。サランラップ破りクイズ。木枠に張られたサランラップ(商標名であるが、よしとしよう)を顔面で破ってからマイクスタンドに向かって答えるというクイズである。

1問目、「気温が30℃以上の日を真夏日といいますが、35℃以上の日を何というか?」というのが問題。早希ちゃんがサランラップを破り、「猛暑」と答える。正解は「猛暑日」であるが、まあいいだろうということで正解となる。

2問目、「アルファベットは何文字?」という、中1の最初で習う問題であるが、皆、指で数え始め、一番早く数え終えた、たいぞうが「26」と答えて正解する。浅越ゴエは、「数えないでも答えがわかって欲しい」と一言。

3問目、「『三匹の子豚』で三匹目の子豚が建てたのは何の家?」という問題に、野性爆弾・ロッシーが「レンガ」と答えて正解。

4問目、スクリーンに「『盆の窪』とはどこでしょう?」という問題が投影される。皆、サランラップを破って、体の部分を指すのだが、結局、正解は出なかった。「盆の窪」はクイズの頻出問題であり、首の後ろ、頭を支える部分にあるツボである。「窪」が読めない人もいたが、早希ちゃんは窪塚洋介が好きだということで、「やっぱり、窪塚の窪や」と言っていた。

次は映像が出て、答えるという問題。「これはどこの県?」という問いで、福井県の絵が映される。今別府が「福井県」と答え、私は真っ先に拍手したが、関西なので北陸には余り詳しくない人がほとんどのようで、「正解」という文字が出るまでは私一人が拍手していた。

この時点で、最も正解数の少ない、たいぞうが、決勝に進むことが決定。残りの一つを森木と川島が落ちるべくして戦う。

早押しクイズである。「最近の子供に多い、難しい漢字や当て字などを使用した、変わっていて読めない名前のことを何ネームというか?」というのが問題。だが、二人とも「フルネーム」、「ペンネーム」などと珍答連発。答えは言うまでもなく「キラキラネーム」であるが、正解は出なかった。

「世界で最も長い川は?」という小学生レベルの問題が出るが、川島「長江」、森木「ミシシッピ川」、川島「アマゾン川」と、3位、4位、2位は出るのに1位が出ない。川島は「ジンギス川」と珍答をし、「ガンジス川」と答えるが勿論、不正解である。
森木が「信濃川」などと答えてしまったため、藤森と浅越が話し合って、どこの大陸にあるかを教えることになる。その川があるのは「アフリカ大陸」である。川島は「だからアマゾン川」と言うが、藤森は「アマゾン川は南アメリカ」と教える。川島がようやく「ナイル川」と正解を言って、喜びの脱落。ラフ・コントロール・森木が決勝に嫌々進む。

たいぞう対森木の早押し問題。3問最初に正解出来なかったほうが、ワースト脳力王になる。
「日本で県庁所在地の地名が唯一平仮名なのは何県?」という問題。熊本県出身だが、東京吉本所属の森木に有利な問題だが、正解は出ず(正解は埼玉県。元々の県庁所在地である浦和市に、大宮市、与野市が加わった大合併により「さいたま市」が誕生。県庁所在地となった)。

スクリーンに「蹴球」という文字が浮かび、「この字は何というスポーツのこと?」という問題が出る。たいぞうが、「サッカー」と答えて正解した(サッカーは正確には「ア式蹴球」、略さずに書くと「アソシエーション式蹴球」である)。

「『源氏物語』の作者は?」というリピート問題。森木は何度もワースト脳力決勝戦には出ているので、リピート問題が出てくることも知っており、「紫式部」と答えて正解する。

「1から10までを足した数は?」という問いは二人とも不正解。これは習ったことがある人も多いと思うが、10+1=11、9+2=11、8+3=11、7+4=11、6+5=11なので、11×5=55とすぐに正解が出るのだが、二人とも習ったことはないようだ。

「『海豚』と書いて何と読む?」も二人とも不正解。正解は「イルカ」であるが、森木は「あんな可愛い動物に『豚』なんて付けていいんですか?」と不満そうだった。

「現在の一万円札に描かれている人物は?」に森木は「福沢諭吉」と答えて、正解する。

「日本一面積の狭い県は?」という問いには、たいぞうは「沖縄県」、森木は「新潟県」と答えて不正解。浅越ゴエは、「これは、たいぞうさんに答えて欲しかった」と言う。浅越「尽誠学園があるのは?」、たいぞう「え、香川県ですか」と驚いていた。たいぞうは「今も香川県に住んでますけれど」とボケ倒す。実は香川県が日本一面積の小さな都道府県になったのはそれほど昔のことではない。それまでは大阪府が日本一面積の小さな都道府県だったのだが、埋め立てによって面積が広がり、香川県を抜いたのである。

「今年の8月12日に、41℃と観測史上最高気温を記録した高知県の市は?」というリピート問題。浅越ゴエは、「日本一早くリピート問題が来る」と発言。リピート問題があると知っていた森木は「四万十市」と答えて、3問正解。これで、たいぞうが「よしもとワースト脳力王」になることが決定した。

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2013年9月17日 (火)

好きな短歌(34)

敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花 本居宣長

「敷島」も「大和」も日本の異称であり、「敷島の」は「大和」の枕詞でもある。

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2013年9月16日 (月)

観劇感想精選(100) 野村萬斎演出 三島由紀夫「サド侯爵夫人」

2011年3月24日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後6時より梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで「サド侯爵夫人」を観る。作:三島由紀夫、演出:野村萬斎。出演:蒼井優、美波、神野三鈴、町田マリー、麻実れい、白石加代子。

三島由紀夫の代表的な戯曲の上演。全3幕、二度の幕間休憩各15分を含めて上演時間約3時間45分という大作である。また三島の作品だけに高度な文学的楚辞が散りばめられていて、普段耳にしない言葉や表現、過剰な装飾が多いため(擬バロック様式とでもいうべきものだ)、集中していないと、セリフやその意味が聞き取りにくいということになり、観客にも高いコンセントレーションが求められる。

第1幕は1772年、9月。第2幕は1778年、9月。第3幕は1790年、4月という時間設定。舞台はいずれもモントルイユ夫人(白石加代子)の屋敷の一室である。

『悪徳の栄え』、『美徳の不幸』などを著し、サディズムという言葉の語源ともなったサド侯爵(マルキ・ド・サド。正式名:ドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド)の夫人であるルネ(蒼井優)を主人公とした舞台である。サド侯爵本人が舞台上に姿を現すことはない。セリフが長く、演じ手の動きが少ないことでも知られる戯曲である。

役者の動きが少ないということは、アクションで魅せることはできないということであり、演出が難しくなる。野村萬斎は、照明を効果的に用いることでこの難点をクリアしてみせる。
舞台にはシャンデリアが吊るされているが、第1幕、第2幕の冒頭で、いずれも低い位置にあったシャンデリアを家政婦のシャルロット(町田マリー)が綱を使って引っ張り上げる(実際には裏方によって上げられる)というシーンが用意されていた。第3幕になってそれがどういう意味なのかがわかるようになっている。

サン・フォン伯爵夫人(麻実れい)とシミアーヌ男爵夫人(神野三鈴)がモントルイユ夫人の屋敷に呼ばれ、主にサン・フォン伯爵夫人によってサド侯爵の性癖と性的嗜好、そしてこれまでのいきさつが語られる第1幕。ルネの妹であるアンヌ(美波)がサド侯爵が釈放されるという情報をルネにもたらし、その後、ルネと、ルネの母親であるモントルイユ夫人の言葉による激しい応酬のある第2幕。ルネが修道院に入ることを決め、サド侯爵を礼賛し、意外な結末を迎える第3幕からなる芝居。第1幕と第3幕の間には18年もの隔たりがある。

映画や舞台などの演技で高い評価を得ている蒼井優の演技がまず素晴らしい。この人は理知型と憑依型の両方の演技が出来るという得難い女優で、頭で作った演技も、ラストのそれこそ憑りつかれたような表現もいずれも優れている。またバレエなども得意としているため、ちょっとした動きにもキレがある。二十代の舞台女優としてはトップレベルにあると思われる。

憑依型女優の代表格である白石加代子も明瞭なセリフとキッチリした演技を見せていて流石である。

サン・フォン伯爵夫人を演じた麻実れいの妖艶な演技も魅力的。他の女優達もいずれも好演であった。

言葉とイメージによる壮大な伽藍が形作られ(文学論、芸術論、人生論でもある)、それが現実によって一気に凍りつくという劇展開は巧みであり、三島の傑出した資質が垣間見える。

後にフランス国歌となった「ラ・マルセイエーズ」が流れる中でカーテンコール。多くの観客がスタンディングで女優たちを称えた。

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2013年9月11日 (水)

観劇感想精選(99) ドミニク・ブラン一人芝居 マルグリット・デュラス「苦悩」

2011年2月19日 京都芸術劇場春秋座(京都造形芸術大学内)にて観劇

午後4時より、京都芸術劇場春秋座で、マルグリット・デュラス作の舞台「苦悩」を観る。原作はマルグリット・デュラスの小説で、それに演出のパトリス・シェローが手を加えたものをテキストとして用いた、ドミニク・ブランによる一人芝居(一人語り)である。フランス原語、日本語字幕付きでの上演。上演時間は約80分。

マルグリット・デュラスの作品は、私は二十歳の頃に集中して読んでいる。「ヴィオルヌの犯罪」、「ユダヤ人の家」など舞台を小説化したものが面白かった。それがつい昨日のことのように思えるのに、今や私も36歳である(観劇当時)。

春秋座の幕は中仕切りなどを含めて全て取り払われており、ガランとした巨大な空間が広がっている。上手側に奥に向かって長いテーブルがあり、その右手に椅子があって、開場時から役者であるドミニク・ブランが背後を向いて腰掛けている。下手側には椅子が七つ、手前から奥に向かって並んでいる。

芝居は主人公(原作では役名はイニシャルのMのみとされているようだ。この作品はデュラスの実体験に基づいているとされているので〈あくまでも「されている」である。おそらくは大半がフィクションである〉、MはMargueriteのMだろう)が、二冊のノートの話を始めるところから始まる。ノートにはびっしりと記述が書き込まれているのだが、主人公にはそれを書いたという記憶はない。だが、筆跡は明らかに主人公のものだし、書かれている内容も主人公が経験したことだ。

1945年4月。フランスを占領していたナチス・ドイツが連合国の猛反撃に遭い、撤退を始めた頃の話が始まる。主人公は、ロベール・Lという男と結婚しているのだが、ロベール・Lはユダヤ人であるため、強制収容所に送られており、殺されているのかも知れない。主人公はロベール・Lの生死の知らせを苦悩しながら待ち続けている。主人公にはDという親しい男性がいて、Dとも頻繁に会っている。

主人公は、ジャーナリストとしての活動も続けており、「自由」という名の非公式新聞を発行している。「自由」は被収容者の名簿を載せているのだが、情報を得るのに苦労している。そして、手に入れた被就労者の名簿の中にロベール・Lの名前はない。

ロベール・Lが15日前に死んだのではないかという情報を得て、ロベールの最後を想像して苦しむ主人公。

ナチス・ドイツはユダヤ人を強制収容所に送り、ガス室で殺している。ロベールもそうして死んだのではないかと。

同じ頃、シャルル・ド・ゴール将軍(首相。のちの第五共和制初代大統領)は戦勝の祝いのスピーチを流しているが、主人公は、今も生死がわからない被収容者のことがド・ゴールの頭にないといって非難する。

そして、戦争という罪を作り出すほど、人間は罪深い存在なのだと認めることにする。

その後、、フランソワ・ミッテラン(のちのフランス第五共和制第4代大統領)から主人公に電話が来て、「ロベール・Lは生きていて、今、ダッハウにいる」と知らされる。ロベール・Lの元に向かうと、ロベールは生きてはいたものの、戦争で負傷して変わり果てた姿となっていた。

ロベール・Lは負傷が重いので、主人公は食事を摂らせるのをやめる。食事をさせたら、ロベールの体は壊れてしまうと思われたからだ。その後、柔らかなスープを飲めるようになるが、17日もの間、緑色の奇妙な物体を排泄するようになる。人間の体をこれほどおかしくしてしまう戦争の悲惨さ! 18日目に、ロベール・Lが「お腹が空いた」と語るところで舞台は幕となる。原作では物語は更に続き、主人公はロベール・Lと離婚して、Dと再婚することになるのだという。

待つということを主題とした作品で、マルグリット・デュラスが脚本を手掛けた映画「かくも長き不在」を連想させるところがある。そして戦争の悲惨さと人間の残酷さを訴え、自分もそうした人間の中の一人なのだと認識するという重いテーマも持っている。

私はフランス語が全くわからないので、ドミニク・ブランの台詞回しの巧拙は判断できないのだが、立ち居振る舞いは堂々としており、細やかな仕草などを見せるので、俳優としてのレベルは高いのだろう。

春秋座のガランとした空間も(空間プランは演出のパトリス・シェローによるもの)、主人公の孤独や苦悩の象徴として効果的であったように思う。

終演後に、京都造形芸術大学舞台芸術センター所長の渡邊守章氏と、主演女優のドミニク・ブラン、通訳の多賀茂氏(京都大学大学院人間・環境学研究科教授)によるポストパフォーマンストークが春秋座のホワイエにて行われる。渡邊氏は、まず演出家のパトリス・シェローに関する話から入り、それからデュラスがアルコール中毒でマスコミとよく喧嘩をしていた、敵も多いタイプの女性であったことが紹介される。ドミニク・プランは「自分はデュラスを演じるのではなく、あくまでも作品の登場人物を演じた」と語り、役作りのために、1945年頃のことが書かれた本を沢山読んだという話を披露。また、パトリス・シェローが常に舞台に上がって、役者の間近で演出をつけるタイプの演出家であることが渡邊氏とドミニク・ブランの口から語られた。

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2013年9月10日 (火)

コンサートの記(100) パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団来日公演2011京都

2011年11月23日 京都コンサートホールにて

午後3時より、京都コンサートホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団の来日演奏会を聴く。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団2011京都

 

曲目は、メシアンの「忘れられた捧げもの」、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調(ピアノ独奏:ダヴィッド・フレイ)、ベルリオーズの幻想交響曲。

世界最高峰の指揮者の一人、パーヴォ・ヤルヴィの京都初見参である。ちなみに父親であるネーメ・ヤルヴィは京都市交響楽団に客演しており、京都コンサートホールで指揮している。ネーメ・ヤルヴィは親バカで、長男であるパーヴォをベタ誉めしているがそれは当たり前である。エーリヒ・クライバーよりずっと賢明なことである。

パリ管弦楽団の来日公演プログラムは1000円である。パーヴォなら1000円でも安いだろうと思い、見本も置いてあったが、見ずに購入する。後で内容を確認したが、これで1000円は正直言って格安である。この10分の1の内容で2000円以上するプログラムもある(それでも充実したものではあるが。その団体がパーヴォとパリ管のプラグラムと同等の内容量のものを作ったら価格を抑えても5000円相当のものになるだろう)。

今日は「幸運なことに」3階席であった。

パリ管弦楽団には敏腕マネージャーがいるようで、奏者達がステージに出ている間、ずっと下手袖で見張っている。何かあると出ていって、第1ヴァイオリンの一番後ろの奏者に告げ、第1ヴァイオリンの奏者達が伝言ゲームの要領で、前へ前へとコンサートマスターにまで告げていく。

パリ管弦楽団には日本人奏者が何人もいる。今日のフォアシュピーラー(コンサートマスターの隣の奏者)は千々石栄一である。何故、名前がわかるのかというと、プログラムに、楽団員全員の名前が書いてあるのである。日本のオーケストラだと、無料のプログラムに奏者全員の名前が書いてあるのが普通だが、来日オーケストラのプログラムには楽団員の名前が書かれていないものも多い。来日オーケストラの楽団員に興味を示さない人が多いからだ。楽団員名簿入りの来日公演プログラムは普通は1000円では買えない。パーヴォはわざわざ日本人向けの応援メッセージを寄せてくれている。パーヴォというのはそういう人なのである。
パーヴォは尊敬するブルックナー指揮者として、朝比奈隆を挙げている。朝比奈は海外でも活躍したが、拠点はずっと日本に置いていた人である。小澤征爾などとはスタンスが異なる(小澤の場合は、「ある理由」で海外に拠点を持たざるを得なかったということもある。多分、今日演奏されるメシアンは関係していると思われる)。CDも朝比奈の場合、海外向けは少ない。なぜパーヴォが朝比奈隆を知っているかというと、パーヴォはCDコレクターなのである。色んな国からCDを取り寄せて聴いている。だから、普通の欧米人なら知らないはずの日本の演奏家も知っているのである。来日した際も、他の演奏家のコンサートを聴きに出かけるそうで、ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団のサントリーホールでの演奏会を聴いて感銘を受けたとインタビューで語っていたはずである。音楽大好き人間なのである。

ドイツ式の現代配置を基本とした編成での演奏である。

メシアンの「忘れられた捧げもの」。イエス・キリストと全人類のために書かれた音楽である。
予想よりも渋い音色でスタートするが、続く部分でアッチェレランドをかけて、激しさを増すと音にも開放感が出る。ラストは超ピアニシモの連続である。ピアニシモシモという音楽用語ではなく、単純に「超ピアニシモ」という俗語で書いた方が相応しい。ただ、これは文章では絶対にニュアンスは伝わらない。コンサートホールで聴かないと絶対にわからない類の演奏である。こうした演奏を聴くと、なぜフランスで武満徹が高く評価されるのかがよくわかる。

ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。ソリストのダヴィッド・フレイは、1981年生まれの若手。スラリとしていて長髪なので中性的な印象を受ける人である。サラリと弾き始めるが、鍵盤を舐めるように弾くタイプではなく、一音ずつ丁寧に弾いていくが、クッキリとしているわけではなく、淡いトーンがかかるという独特の音色を奏でる人である。洒落た感覚もあり、ラヴェルを弾くのに相応しい。
パーヴォの指揮するパリ管弦楽団の演奏は情報量が豊かである。パリには行ったことがないが、パリの情景が目に浮かぶかのようである。パリは良い街なのだろうなと思う。ちなみに、パリ市と京都市は姉妹都市である。

フレイはアンコールとして、J・S・バッハの「パルティータ」第6番より“アルマンド”を弾く。

フレイがモーツァルトのピアノ協奏曲を弾いたCDが発売されていて、伴奏指揮が、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデンだというので、休憩中に購入する。そうした情報もパンフレットには書かれている。

ベルリオーズの幻想交響曲。名演であろうことはもう予想がついている。

「さあ、怖ろしい音楽の時間です」

開始はかなりゆっくりしている。それが自然に速度を上げ、「恋人の主題」が現れる頃には平均的なテンポになっている。第1楽章から弦楽の音は何ともいえない色彩に満ちているが、それが徐々に光度を増し、ついには楽器の音に聞こえなくなる。かといって、ヘルベルト・ケーゲル指揮の演奏にように人間の声に聞こえるわけでもない。「妖しい輝きに満ちたもの」としか表現のしようがない。

第2楽章ではハープが大活躍する。ハープは2台あるが、うち1台は男性奏者である。欧州では男性のハープ奏者というのは珍しくはない。

視覚的にもパーヴォは不気味な演出を施す。第3楽章の冒頭でコールアングレ(コーラングレ)を吹く奏者はオーケストラの中にはいない。第3楽章に入る前に、奏者は舞台下手奥からあたかも黄泉の国から蘇ったかのように、ゆっくりと歩いて現れるのである。そしてオーボエ奏者もオーケストラの中にはいない。コールアングレ奏者とアイコンタクトを交わして演奏しているので、客席上手後方にいるようなのだが、私は上手側の席だったのでオーボエ奏者の姿は見えない。コールアングレ奏者は第3楽章を終えると、ゆっくりとした足取りで退場する。

第4楽章「断頭台への行進」では、ティンパニ奏者の一人が、先端に赤い糸の巻かれたバチを使い出す。不気味である。更に、役目を終えた奏者は、ゆっくり歩いて舞台下手後方から退場してしまうのである。

第5楽章になると、パーヴォがすり足で、指揮台の上を前の方に移動する。完全に狙ってやっている。演奏だけでも凄いのに、演出まで傑出している。パーヴォは怖い指揮者である。

アンコールは2曲。まず、ビゼーの「アルルの女」より“ファランドール”。俗に言う「爆演」になりやすい曲だが、パーヴォは音のバランスは取るのは天才的に上手いので、いや音のバランスの天才なので、いや指揮者として天才なので聴衆の興奮を誘いながら大味になるのは見事に防ぐ。

ここで帰ってしまう客数名。ああ、知らないのか。この後で、パーヴォはアンコールの定番となった怖い音楽を指揮するはずである。

勿論、指揮する。シベリウスの「悲しいワルツ(悲しきワルツ)」である。死神との舞踏を描いた劇音楽であるが、これをパーヴォはいつも超絶ピアニシモで演奏するのである。別世界の音楽にしか聞こえない。

これまで、私が接したコンサートの中でナンバー1だと思う。

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2013年9月 8日 (日)

パトリオティズム

2012年のオリンピックとパラリンピックの開催地が東京に決定した。
発表がある前は
「別に東京でオリンピックをやらなくてもいいや」と思っていたが、いざ東京が開催地に決まるとそれはそれで嬉しい。こうしたちょっとした心の動きが本当の愛国心なのだと思う。よその国や戦前の日本のように愛国心を育てる必要は今の日本にはない。教わらなくても自然に芽生えるのが本当の愛国心だ。祖国を愛せないのならそれはそれで仕方がない。無理に愛して貰わなくても結構だ。

「歴史は履歴書のようなものだから悪い部分は教えなくても良い」と言う人がいる。冗談じゃないと思う。悪い部分も含めて愛せるのが大人だ。「悪い部分があったら愛せない」というんじゃ、マッカーサーが言ったとおり、「日本人の平均的精神年齢は12歳」になってしまう。「他の国は自国の美点ばかり教える」というが、そんなファナティックなものを真似しないでもよろしい。

もし来世があるのだとしたら、ウィーンかプラハに生まれてオーケストラの指揮者になりたいという夢もあるが、また日本に生まれて場末のバーのピアノ弾きとして生涯を終えるの良いのではないかとも思う。
とにかく日本という国が私にとって特別なものであるというのは事実なのである。

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2013年9月 5日 (木)

為替レート変換君

為替相場。アメリカ・ドルの円への換算は何となく出来ても、ユーロやポンド、韓国ウォンや中国人民元などへの置き換え計算となるとピンと来ない方も少なくないと思います。

そういった場合に便利なサイトが「為替レート変換君」。数字を打ち込むだけで日本円にしていくらに相当するのか、一発で計算してくれます。

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2013年9月 4日 (水)

パーヴォ・ヤルヴィ公認動画 パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団 マーラー 交響曲第5番・ソウル公演

パーヴォ・ヤルヴィがYouTubeにアップされた、ソウルの韓国芸術センターコンサートホールでの、自身がフランクフルト放送交響楽団(hr交響楽団)を指揮して行ったマーラーの交響曲第5番の演奏の動画をFacebookでシェアしています。ということで、これはパーヴォ・ヤルヴィ公認映像ということになります。
フランクフルト放送交響楽団の熱演、そして現役の指揮者としては最も美しいと思われるパーヴォの指揮姿をお楽しみ下さい。

ちなみに私はこの演奏会の8日前にあたる2012年6月3日に、名古屋の愛知県立芸術劇場コンサートホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団の演奏によるマーラーの交響曲第5番を聴いています。その時の感想はこちら

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2013年9月 3日 (火)

これまでに観た映画より(56) 「隠し剣鬼の爪」

DVDで日本映画「隠し剣鬼の爪」を観る。山田洋次監督作品。原作:藤沢周平。出演:永瀬正敏、松たか子、小澤征悦、吉岡秀隆、田畑智子、高島礼子、田中民(さんずいに「民」)、小林稔侍、笹野高史、倍賞千恵子、田中邦衛、緒形拳ほか。音楽:冨田勲。

藤沢周平の小説に出てくる架空の藩、東北の海坂藩(モデルは庄内藩である)を舞台にした映画である。

幕末の海坂藩。藩士の狹間弥市郎(小澤征悦)は江戸での任務に着くために旅立つ。狹間と片桐宗蔵(永瀬正敏)は、共に海坂藩の剣術指南役・戸田寛斎(田中民)の門下で「龍虎」と呼ばれるほどの腕前であり、双璧として、仲は良いがライバル関係であった。御前試合では片桐が勝ち、戸田から「隠し剣鬼の爪」と呼ばれる秘刀を頂戴している。

片桐は母親と妹の志乃(田畑智子)、女中の「きえ」(松たか子)と暮らしていたが、志乃は片桐の後輩である島田左門(吉岡秀隆)に嫁ぎ、きえも商家である伊勢屋に嫁入り。母は亡くなり、片桐家は火の消えたようになる。

三年後、片桐は偶然、きえと再会する。伊勢屋に嫁いだきえはやつれて元気がなさそうであった。その後、きえが病気で寝付いたと聞いた片桐はきえを伊勢屋から連れだし、離縁させ、再び片桐家の女中とするが、藩内では片桐がきえを妾として囲っているという噂が立つ。ある日、片桐はきえに実家に戻るよう命令する。

西洋砲術の訓練を取り入れている海坂藩。片桐も訓練にいそしむ。

そんな中、江戸で謀反の噂があり、数名が切腹。鍵を握っていると思われた狹間は捕らえられ、海坂藩に護送され、入獄する。

その狹間が脱獄し、農家に入って人質を取り、籠城する。片桐は家老の堀(緒形拳)や大目付の甲田(小林稔侍)は片桐に狹間を討つように命じる。

討ち入りの前夜、狹間の妻・桂(高島礼子)が片桐を訪ねてくる。狹間を討つのを止めるよう桂に懇願される片桐であったが、それは出来ないと突っぱねる。桂は家老の堀に討ち入りの中止を求めに行くと言って片桐家を後にする。

翌日、片桐と狹間は対決。狹間は隠し剣鬼の爪を使うよう片桐に命じるが、片桐は使わないと応える。果たして「隠し剣鬼の爪」とは…

片桐と狹間の友情と対決、片桐ときえのロマンスを二本柱にした良質の日本映画。温かみと迫力を兼ね備え、人間のあらゆる面にスポットを当てた秀でた作品である。

永瀬正敏の堂々とした演技、そして松たか子のきめ細やかな演技はいずれも秀逸である。

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これまでに観た映画より(55) 「RIVER」

DVDで日本映画「RIVER」を観る。廣木隆一監督作品。主演:蓮佛美沙子(れんぶつ・みさこ)。

秋葉原無差別殺傷事件で恋人を失い、そのショックが癒えぬまま、以後、3年間、週に一度、秋葉原に行く他は埼玉県にある家で引きこもりの生活を送っている、ひかり(蓮佛美沙子)。亡くなった恋人の健治は、電気オタクで、秋葉原に通っては部品を買い、電気製品は全て自分で作ってしまうような男だった。そうして秋葉原に電気の部品を買いに行った日に事件に遭って殺されてしまったのだ。ひかりの時間は秋葉原の事件があった日から進んではいない。

秋葉原の街をあてもなく歩いている時に、ひかりは、カメラマンの沙紀(中村麻美)に声を掛けられ、写真を撮ってもいいかと聞かれる。ひかりは承諾するが、毎週、秋葉原の街を、ひかりが歩いていることに気付いていた沙紀は何故いつも秋葉原の街を歩いているのかと訪ねる。ひかりは、「あの事件で恋人が亡くなったから」と答える。

高校時代の友人である、まりあ(尾高杏奈)に会う。まりあは、けばくなっていたが、AVに出ているのだという。女優になりたくてAVを踏み台にしようと思っているのだ。他の人は着実に前に進み始めていた。
ひかりは、録音の専門学校に通いたいという希望を母親(根岸季衣)に話す。

いつものように秋葉原にやって来た、ひかりは、ビルの屋上に上がる。以前、健治と一緒にこの場所に来たことがあるのだ。そこで、ひかりには若い男(柄本時生)に声を掛けられる。「自殺したいなら一緒に死ぬよ」と男は言う。ひかりにはそんなつもりはなかったが、男はそうやって人を自殺させてしまったことがあるようで、思い出して、急に気分が悪くなり、戻してしまう。ひかりは男の背をさする。

その後、秋葉原で、ひかりは、路上ライヴをやっている女性(Quinka,with aYawn)の歌に感銘を受け、神田川に架かる萬世橋の上に座って会話をする。メッセージのある歌を録音して届けることに生きがいを見出す、ひかり。

ある日、秋葉原の街を歩いている時に、メイド喫茶のスカウトマン(田口トモロヲ)に声を掛けられたひかりはメイド喫茶で働くことにする。メイド服を着て呼び込みをやるが、ひかりは上手くこなすことが出来ない。公園に座って先輩メイドの桃(菜葉菜)の話を聞く、ひかり。裏表のある世界とその世界でしっかり生きている桃の姿にたじろいだひかりは結局、半日だけでメイド喫茶を辞めてしまう。別れる際にスカウトマンは、「人間は何もしないのが一番苦しい。だから目的地を探して生きている。目的地に着いて、また何もしない状態になったら次の目的地を探す」と言った。

秋葉原から急に離れたくなって駆け出す、ひかり。そこで、秋葉原のガード下で暮らす佑二(中村ユウキチ)とぶつかる。ひかりは、健治のこをと知らないかと佑二に尋ねる。佑二は知らないと言ったが、ひかりは佑二と共に、ガード下で暮らす外国人達とも話をする。ひかりは佑二に「ずっと家にいると月日の感覚が薄れ、その他の感覚も鈍くなり、何が現実なのかわからなくなる」と告げる。佑二は秋葉原の電気街の店頭のテレビに映った被災した東北の街の映像を見て、「あれが現実だ」という。佑二は東北の生まれ育ちだったが、両親と不和になり、家を飛び出して、秋葉原でホームレスをしているのだという。お金が貯まったら飲食店を開きたいという夢も持っていた。一端、別れて沙紀の個展に向かったひかりだが、再び佑二に会うために駆け出す。佑二に、ひかりは追いついた。ひかりは、佑二もまた現実を見ていないのではないかと言う。確かに佑二も被災した生まれ故郷に帰ってはいなかった。縁を切っていたのだ。別れ際、佑二は実は健治のこと知っていると言った。佑二が語る健治の特長も健治そのものだった。どうして教えてくれなかったのかと、ひかりは言うが、佑二は「いきなり、『こういう人知りませんか』と話しかけてくる変な女に本当のことを言う奴なんていないだろう」と告げる。ひかりは、健治とは一緒に船に乗るという約束をしていたと佑二に言う。健治が生きていたという証を知っている男とやっと出会えたのだ。
佑二は東北の被災地に向かい、ひかりは神田川を走る遊覧船の中で、この世界で生きていくと誓う。

冒頭の電車内のシーンに続き、ひかりが秋葉原を歩くシーンがあるのだが、延々と長回しをする。エキストラを使ってのロケではなく、平日にそのまま撮ったものなので、カメラを見ていく人もいるがそれには一切構わず、カメラは回り続ける。これほど長い時間、カメラを回すという映画も珍しい。ひかりが、ガードレールの上に腰掛けたところで、カメラマンの沙紀に声を掛けられ、やり取りをするのだが、これもカット割りは一切なしの長回しで撮り続ける。こういう導入部というのも面白い。更に、ひかりが走るシーンではカメラをわざとぶれさせたり(王家衛の演出を想起させる)、東北の東日本大震災被災地に佑二が帰るシーンでもセリフ一切なしの長回しが行われる。ラストシーンも、夜の船の中でひかりが短いセリフを一言いうだけの長回しの手法が採られる。
また、ひかりと佑二の最後の会話のシーンで、ひかりの顔のアップだけを映し、佑二の姿を全く撮らないことで、ひかりの顔と内面の変化を見せるという手法も上手いと思う。

淡々とした描写による映画であり、ドラマティックなことはほとんど起きない。
秋葉原無差別殺傷事件をモチーフにした「RIVER」という映画が撮られるというニュースを知り、主題歌が「ムーンリバー」だと知ったとき、タイトルの「RIVER」は、鴨長明の『方丈記』の冒頭、「行く川の流れは絶えずして、(しかも)元の水のあらず」を意識したものだろうと思ったのだが、特典映像の廣木隆一監督へのインタビューで、廣木監督はやはりそのことを口にしていた。「無常」の世の中で人々はみな生きている。「ムーンリバー」の歌詞に出てくる“Drifters”として。

敢えてドラマティックな出来事を起こさないことで、また「死」そのものを描かず「空」とすることで、観る者の胸に「生」と「死」の意味と、「無常観」というほど大袈裟ではないが、確かなものなど何もない「流れ」の中に個々が存在する「姿」のありようと浮遊感を、じんわりと訴えてくる真に日本的な良い映画だと思った。蓮佛美沙子の抑えた演技も良い。これからが楽しみな女優さんである。

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