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2013年11月 6日 (水)

コンサートの記(107) パブロ・ゴンザレス指揮 京都市交響楽団第570回定期演奏会

2013年7月19日 京都コンサートホールで

午後7時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第570回定期演奏会に接する。今日の指揮者は、スペイン出身のパブロ・ゴンザレス。

曲目は、シベリウスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ワディム・レーピン)とショスタコーヴィチの交響曲第10番という難曲が並ぶ。

指揮者のパブロ・ゴンザレスは、NHK交響楽団への客演などで日本でも知名度を上げているが、1975年生まれの若手。スペインのオヴィエドで生まれたが、音楽はロンドンのギルドホール音楽演劇学校で学んでいる。ドナテラ・フリック指揮者コンクールに優勝後、ロンドン交響楽団とボーンマス交響楽団というイギリスを代表するオーケストラの副指揮者に任命され、同時に祖国にあるグラナダの市立管弦楽団の首席客演指揮者も務めた。2006年にカダケス国際指揮者コンクールにも優勝し、2010年からは大植英次の後任としてバルセロナ交響楽団の音楽監督を務めている。30代でバルセロナ交響楽団クラスのオーケストラの音楽監督を任せられているのだから、指揮者としては早咲きの方である。

ヴァイオリンのワディム・レーピンは現代を代表するヴィルトゥオーゾの一人。1971年、シベリア生まれ。5歳でヴァイオリンを始めたが、その6ヶ月後には初ステージを踏んだというからかなりの神童である。11歳でヴィエニャフスキ・コンクールで金メダルを獲得。14歳の時には世界ツアーを行っている。17歳でエリーザーベト王妃国際コンクール・ヴァイオリン部門優勝を果たし、その後も世界的な活動を続けている。表現力はともかくとして技術面に於いては世界最高峰のヴァイオリニストの一人である。

開演20分前からプレトークがあり、指揮者のゴンザレスが登場。通訳をつけながら英語で話す。京響との共演は2度目で、京都で行うのは初めてであるが、京都という街の美しさに感動したという。
そして、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の初演が失敗に終わり、その理由は、ソリストが決まったのは初演の一週間前で、ただでさえ難曲なのに一週間の練習で弾きこなせるわけがない。というわけで、失敗するべくして失敗したのだが、シベリウスはすぐに改訂に取りかかり、難度をやや下げて、カデンツァを2つから1つに減らすなど大幅に筆を加えて、今度は上演を成功させた。現在使われているのは、第二版ともいうべきものだと解説した。

ショスタコーヴィチの交響曲第10番であるが、ショスタコーヴィチがスターリンの死後に発表した最初の交響曲であると説明。ただ、作曲している間はスターリンが存命中であったことに留意する必要があるだろうとゴンザレスは語る。ショスタコーヴィチの交響曲第9番は、「ベートーヴェンの第九に匹敵する大作になるだろう」という周囲の期待をよそに、おどけた感じの短い交響曲をショスタコーヴィチは書いた。勿論、批判を受ける。その後、8年もの間、ショスタコーヴィチは交響曲を発表することはなかった。そうした中で、ソビエト当局も納得する大作の交響曲第10番は作曲される。
重苦しい感じの第1楽章で始まり、クラリネットやファゴットがおどけたような旋律を吹く第2楽章が続くのだが、『ショスタコーヴィチの証言』では、この第2楽章は「スターリンの肖像画」であると述べられている。ただ、『ショスタコーヴィチの証言』はショスタコーヴィチ夫人などの証言により、偽書であることが確定的であり、ゴンザレスも、「スターリンの肖像とされているが、確証があるわけではない」と述べた。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲は難曲中の難曲として知られており、技術面でも高いものが要求されるが、楽譜通りに弾いただけではシベリウスの音楽にならないという難物である。人気曲なので、これまでにもCDや演奏会で、何度も聴いたことがあるが、ソリスト、オーケストラともに納得のいく演奏は五指で数えられるほどしかない。

ゴンザレスの指揮する京都市交響楽団は透明感のある音で序奏を開始する。まずは合格点である(ここで躓く演奏も多い。それほどの難曲なのである)。
レーピンのヴァイオリンは、非常に美しい音を奏でる。「非常に美しい」といっても、アイザック・スターンのように「靴磨き屋」と揶揄されるタイプのものではなく、しっかりとした芯がある。技術は高いレーピンだが、そこはシベリウスだけに抒情性を重視。無闇に技術をひけらかすようなことはしない。ゴンザレス指揮の京響は、レーピンが弾いていない部分ではかなり速いテンポを取り、マーラーの音楽のように聞こえる場面もあったが、これには理由があり、レーピンが第1楽章後半に猛烈なアッチェレランドをかけるので、それが不自然に聞こえないよう、伏線として敢えてテンポを速くしたのだ。
そのレーピンのアッチェレランドであるが、リハーサルよりも加速の度合いがかなり激しかったようで、ゴンザレスと京響は一瞬、レーピンに置いて行かれそうになったが、何とか食らいつく。

ゴンザレスは第1楽章では指揮棒を使っていたが、第2楽章は指揮棒を譜面台に置いて、ノンタクトで指揮する。抒情的な音楽や楽章では指揮棒を使わないという指揮者は多い。フィンランドからは遠い南国のスペイン生まれのゴンザレスであるが、北欧的な澄んで落ち着いた音楽を京響から引き出す。レーピンはシベリア生まれで、シベリウスと同じ寒い地方出身なので、無理にアナリーゼをしなくても、体感的に表現方法が分かるのであろう。自然な感じのヴァイオリンであった。

超絶技巧が要求される第3楽章であるが、レーピンは抜群の安定感を見せ、再びタクトを手にしたゴンザレスが振る京響も立体感のある伴奏で応えた。

名演であった。シベリウスのヴァイオリン協奏曲の名演をコンサートホールで聴いたのは、諏訪内晶子独奏の時以来なので、本当に久しぶりである。あの神尾真由子でさえ成功しなかったが、流石はレーピンである。

休憩時間に、京都コンサートホールのガラス窓から月が出ているのが見えたので、「蒸す街に涼を添えたる夏の月」という俳句を詠むが、「蒸す街に涼しさ添える夏の月」の方が良いかも知れない。

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後半、ショスタコーヴィチの交響曲第10番。20世紀後半を代表する指揮者のレナード・バーンスタインがニューヨーク・フィルハーモニックの世界公演旅行の際に、モスクワでも演奏会を行い、ショスタコーヴィチの交響曲第5番を、作曲者の面前で演奏。ショスタコーヴィチから絶賛されている。以後、バーンスタインは世界を代表するショスタコーヴィチ指揮者となるのだが、バーンスタインのライバルであったヘルベルト・フォン・カラヤンは、バーンスタインが交響曲第5番を十八番にしていたのに対抗して、この交響曲第10番を頻繁に取り上げ、知名度アップに貢献している。

ゴンザレスの指揮する京都市交響楽団は、冒頭の低弦の仄暗い雰囲気の出し方から、それがやがて大きな波となって聴衆を呑み込むまでになる過程作りが実に上手い。京都市交響楽団の前任シェフの大友直人もオーケストラビルダーとしては力のある方だが、現在の常任指揮者である広上淳一は世界的なオーケストラビルダー。今や京響のレベルはNHK交響楽団とも渡り合えるまでになっている。広上の力を認めて、N響や東京都交響楽団の首席ヴィオラ奏者であった店村眞積(たなむら・まづみ)も生まれ故郷の京都にある京都市交響楽団に移籍して来たし、逸材といわれたティンパニの若い中村航平も京響に入団した。今の京都市交響楽団は創設以降、最良の状態にあると見て間違いない。

この曲はクラリネットが活躍するのだが、京響の有名クラリネット奏者である小谷口直子が見事な独奏を聴かせる。
第2楽章は、そのクラリネットとファゴットが人を小馬鹿にしたような旋律を歌い、これが「スターリンの肖像画」とされるものであるが、ソビエト当局への不満は、交響曲第7番「レニングラード」や交響曲第8番の方により色濃く出ている。

第3楽章では、ホルンが狼煙や警笛のような独特のソロを取るのだが、京響のホルンは音色も輝かしく、技術も高い。

第4楽章は重苦しい雰囲気が続くのだが、クラリネットのソロを皮切りに、一転しておどけたような音楽に変化する。一筋縄ではいかない曲である。

指揮者のゴンザレスであるが、オケの統率力は抜群。更に指揮も非常に明瞭で、どの奏者に何を要求しているのかが手に取るようにわかる。
また、音楽スタイルであるが、贅肉を削ぎ落とし、余計なことを一切しないが、それでいて引き出す音は痩せてはおらず重厚で力強い。ここぞという時の迫力の出し方も秀逸だ。痩身で眼鏡という風貌もそうだが、音楽性も若い頃のスタニスラフ・スクロヴァチフスキに似ている。

終演後、楽屋口に列が出来ていて、サイン会をやっているのがわかったので、ゴンザレスとレーピンにサインを貰う。ゴンザレスに英語で、「あなたの作る音楽は若い頃のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキのものに似ている」と伝えると、ゴンザレスも嬉しそうであった。

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