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2013年12月28日 (土)

コンサートの記(117) 高関健指揮大阪交響楽団第181回定期演奏会「フィンランドの森の妖精たち」オール・シベリウス・プログラム

2013年11月28日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪交響楽団の第181回定期演奏会「フィンランドの森の妖精たち」を聴く。今日の指揮者は高関健(たかせき・けん)。オール・シベリウス・プログラム。

前半だけシベリウス・プログラムという場合や、後半のメインとしてシベリウスの交響曲が演奏されることはよくあるが、全曲シベリウスというプログラムの演奏会が行われるのは珍しい。

曲目は、舞踏間奏曲「パンとエコー」、交響曲第4番、休憩を挟んで交響曲第7番、交響詩「タピオラ」。交響曲第4番が演奏される、これは実に稀なことだ。

来年4月から京都市交響楽団の首席常任客演指揮者という不思議な名前のポストに就くことが決定している高関健。長い間、群馬県高崎市を本拠地とする群馬交響楽団の音楽監督を務めていた(「高崎」と「高関」の発音が似ているからというわけでもないだろうが)ことで知られ、その他、関西でも大阪センチュリー交響楽団(現・日本センチュリー交響楽団)の常任指揮者を務めていたことがある。今年、読みを「うちの・まさあき」から「うちの・せいよう」に変えることが発表された内野聖陽主演の大河ドラマ「風林火山」のテーマ音楽の指揮をしていたのも高関だ。
ちょっと地味な印象があるが、「実力は日本人指揮者の中でもトップを争う」と目されている。

ヴァイオリン両翼、チェロとコントラバスが共に舞台下手側に来る古典配置での演奏である。

舞踏間奏曲「パンとエコー」は演奏されることがほとんどない珍しい曲である。抒情的であり、ラストで激しくなる。

大阪交響楽団は楽団の歴史が浅いということもあって、パワフルな演奏は難しいのだが、シベリウスの作曲した作品は、オーケストラが例え非力であったとしても、上手く聴かせることが出来るものである。マーラーの交響曲だとこうはいかない。モーリス・アブラヴァネル指揮ユタ交響楽団のマーラーとシベリウスを聴いたことがあるが、マーラーは明らかにユタ交響楽団の力不足。ただそのユタ響がシベリウスでは優れた演奏を繰り広げていた。

交響曲第4番。シベリウスの交響曲の中で、最も演奏される機会が少ないと思われる作品である。初演時には、「客席に楽曲を理解出来る人が一人もいなかった」という話が伝わってる。ただ、これはある種の症状を持った人に取っては、とても解りやすい音楽である。その症状そのものを音で描いているからだ。

コントラバスが単純な音型を繰り返してスタート。この音型は強迫観念のように繰り返される。様々な楽器がソロを取るが、旋律が最後まで歌われずに途切れてしまう。ある症状はこれに似た状況に陥る。そのため、ある種の人にはシベリウスが何を言っているのか解りやすいのである。

交響曲第4番は色に例えるとグレーという音楽が続くことになる。高関と大阪交響楽団は曲調を的確に把握した演奏を展開する。

第2楽章は軽快にスタートするが、やはり絵画に例えると点描のような音楽が展開され、心身共に健康な人にはシベリウスの見た光景が見えないと思われる。

第3楽章は、シベリウスの葬儀の際にも使われたという哀切な音楽。抑制された嘆きが、大袈裟でないが故により痛切に響く。

最終楽章では、気力が横溢したように展開されるが、旋律がことごとくブロックされ、最後は宿命の前にうなだれて終わる。

チャイコフスキーの「悲愴」なども暗い曲として有名だが、チャイコフスキーはメロディーが美しく、曲の表情が、悪く言うと大袈裟であるため逆に救いがある。シベリウスの交響曲第4番には純粋な絶望と諦観しかない。その他の要素は削ぎ落とされている。そして全編に死の香りが漂う。

大阪交響楽団は、トロンボーンが音を外したが、それ以外は優れた演奏を繰り広げた。大阪響の響きはあっさりしており、個性には欠けるが、その分、指揮者が思い描く色に染めやすいという利点がある。

 

後半の交響曲第7番。単一楽章による交響曲である。響きが実に美しい曲だ、始まってからすぐに高関と大阪響はオーロラのような響きを現出させることに成功する。その後も弦のキレ、管の輝きともに十分であり、「秀演」という言葉が一番ピッタリくる演奏になる。ラストで再びオーロラの響きを出した高関と大阪響。高関は早めに曲を終える。シベリウスの交響曲第7番のラストを一番長く延ばしているのは、おそらくサイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の演奏であろう。ラトルの指揮するシベリウスは大変解りやすく、初心者にはお薦めである。

交響詩「タピオラ」。霊感に満ちた作品である。高関と大阪交響楽団も繊細な演奏で、この曲を堪能させてくれる。一箇所だけ、「金管が強すぎるのでは」と思うところがあったが、他は音のバランスも万全だ。これもまた秀逸な演奏であった。

シベリウスの中でも難解とされる曲が多いということもあり、客入りはそれほど良くはなかったが、シベリウスファンを満足させるのに十分な出来を高関と大阪交響楽団は示していたように思う。

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