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2013年12月 9日 (月)

コンサートの記(112) 「京都市交響楽団スプリング・コンサート」2013

2013年4月7日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、「京都市交響楽団スプリング・コンサート」を聴く。京響のシーズン開幕を告げる公演であり、指揮は当然、常任指揮者である広上淳一が務める。

今回は、前半がシンガーソンガーライターのKANが自作を自身で編曲して京響と共演。後半はベートーヴェンの交響曲第5番である。

KANというと「愛は勝つ」(最近では前奏の部分が某金融会社のCMに使われている。発表後20年以上が経過しているので、若い人はその前奏でしか知らないかも知れない)の一発屋というイメージを持っている方がいるかも知れないが、この人は特定のファンに熱狂的に愛されるタイプなので固定客がおり、順調に音楽活動を続けている。ちなみにKANファンによるとKANの代表曲は「愛は勝つ」ではなく、CMソングとしても使われた「まゆみ」を挙げる人が多いとのことだ。ピアノ弾き語りが基本の人だが、フランス人になりたいという憧れを持っており、2002年から2004年までパリに住み、エコールノルマンでクラシックピアノを習っている。
また北京語とイタリア語の勉強が趣味であり、90年代に中国でコンサートを行った際には北京語でMCを行い、「日本人は我々を見下しているから中国語を話すわけ」がないと思い込んでいた当時の中国人に「まさか日本人が北京語を話すとは!」と驚かれ、歓待されたというエピソードがある。

今日は開演の前に二つのイベントがある。一つは京都コンサート来場400万人目の発表と、広上淳一とKANによるステージ上におけるプレトークである。
京都コンサートホール来場400万人目に選ばれたのは、何と愛知県豊橋市から来た親子連れ。それはそれでいいのだが、商品が京都コンサートホールで行われるピアノ・コンサートや京都市交響楽団の定期演奏会のチケットだったので、それを聴くためには、また豊橋から京都にやって来なければならない。新幹線を使えば、豊橋から京都までは思ったよりも短い時間で来られるが、新幹線代が掛かるし、もし仮にKANファンだったとしたら、余り嬉しくない商品かも知れない。ただ広上淳一と一緒に記念写真が撮れるというのはひょっとしたらいい思い出になるかも知れない。

さて、プレトーク。KANは燕尾服姿で、広上は京響のグリーンのTシャツの上に黒のジャケットという姿で現れる。KANの燕尾服はもうかなり長い間使用していて、結婚式に出席の際にも着回したりしているものらしい。
まずKANが本名だという話題から入る。木村和と書いて「きむら・かん」と読むのだが、なぜ「和」を「かん」と読むのかに関してはKANは、「推測ではありますが、父親がふざけていたか酔っ払っていたかのどっちかだろう」とのことである。
今回、自作を自身で編曲し、写譜の方に譜面を渡したところ、「KAN先生、KAN先生」と呼ばれるようになり、違和感を覚えたが、「もし今日のコンサートの出来が良かったら。先生と呼んで下さい」とアピールもした。
続いてポピュラー音楽の話になる。広上が中学生の頃に桜田淳子の追っかけをしていたという話から始まり、ラジオ番組で広上の特集が組まれたとき、生い立ちから伝えたいというので、桜田淳子の曲が流されたという。「これ聴いた人はチャンネル間違えたのかと思ったでしょうね」と広上。「桜田淳子の曲の後にベートーヴェンが流れてしっちゃかめっちゃか」とも語る。
また広上が、きゃりーぱみゅぱみゅが好きだというと、KANは「私も好きです」と答え、広上が「私は大好きです」と言うと、「心の底から惚れ抜いております」とKANが返すなど、どちらがより、きゃりーぱみゅぱみゅが好きかを競うという、クラシックホールのステージ上の会話とは思えない展開になる。
広上が「Berryz工房なんかはどうですか?」と聞くと、KANは「私とBerryz工房とは大きなグループでいうと同じ事務所という括りになるのですが私は℃-ute派です」とアイドル談義になる。
その後、広上が群馬交響楽団に客演した際、昼間、本番まで時間があるので散歩をしていると、高崎駅前にあるヤマダ電機本店4階のイベントスペースで(よく勘違いされるが、群馬交響楽団の本拠地は前橋市ではなく高崎市にある)Berryz工房のイベントと握手会があるというので、握手会に参加する時間はないけれどイベントは見ていこうと思ったのだが、ペンライトを振ってBerryz工房の応援しているファンの中に自分と同世代(広上は1958年生まれである)の人がいて、「日本は大丈夫なのかな?」と思ったという。「私は15歳で止めましたが、自分と同世代でまだアイドルの応援をしている人がいるのが不安になる」という。
最後は広上淳一という名前に読み方について、KANは「ひろかみ」なのが「ひろがみ」なのか分からなかったので、リハーサルの間、「ひどぅおかみ先生」と鼻濁音で呼んでいたという。戸籍上では「ひろかみ」が正確で、クラシックファンも「ひろかみ」であることを知っている人の方が多いのだが、広上本人は「ひろがみ」と読まれても訂正するのが面倒くさいのでどちらでもいいということにしているらしい。
珍しい苗字の人には良くあるパターンで、私も珍しい苗字なので、「ほんぼ(HOMBO)」が正確な読みのだが、「ほんぽ(HOMPO)」と読む人もいるし、訓読みで「もとやす」と読まれることもある。ちなみに体験から言って、3回「ほんぼ(HOMBO)です」と言ってもまだ読み間違える人は、ほぼ永久に間違えて読み続けるので(人の苗字や名前を憶えるのが苦手な人は存在する)、間違っていても適当に返事をすることにしている。訂正するのは時間の浪費だからである

開演。KANも広上も天使の翼が背中についた燕尾服で登場し、会場を笑わせる。今日の京響のコンサートマスターは泉原隆志。京響のコンサートマスターは二人性で一人がコンサートマスターを務めるときはもう一人がフォアシュピーラー(コンサートマスターの隣のヴァイオリン奏者。非常に重要な役目を持つ)を務めるという比較的珍しいスタイルを取っているのだが(フォアシュピーラー専属性のオーケストラの方が多い)、今日のフォアシュピーラーはもう一人のコンサートマスターである渡邊穣ではなく他の奏者が務めた。

「キリギリス」という、イソップ童話「アリとキリギリス」を題材にした曲でスタート。「人生は暇つぶし、死ぬまでどう楽しく生きるか」とキリギリス側に立った解釈。アリが正しい生き方という一般的解釈に反発した内容である。KANの編曲の特徴は金管を力強く鳴らすところにある。

続いて代表作「愛は勝つ」。KANは「1990年に発表した曲で、1991年に世間で知られるようになり、その後、修正を重ねつつ今まで歌い続けてきましたが、今日はこれまでで一番豪華な編曲でやる」と宣言。間奏にベートーヴェンの第九の「歓喜の歌」冒頭の旋律がオーケストラによって何度も奏でられるというユニークな編曲であった。

続いて、「オー・ルヴォワール・パリ」。KANは「盛り上がって曲が終わったように聞こえるところがありますが、そこから歌はまだ続きますので、拍手は私が会釈をしてからお願いします。それからいいなと思ったら、先生! と言って下さい」と語ってから演奏開始。2004年にパリから日本に帰ってすぐに作ったシャンソン(ちなみに三拍子であった)で、ピアノ演奏は難しいということで自身のツアーでキーボードを担当することもある矢代恒彦がピアノを弾いた。KANは「ベタなシャンソン」と言い、実際、そんな感じもしたがシャンソンと感じられる曲を作れるだけでも大したものである。

最後は、「世界でいちばん好きな人」。広上はこの曲を、「今の時代に最も求められているような曲」と評し、「この曲が発表されたときには、うちの京響のメンバーの中にはまだ幼稚園生だった人もいるそうです」と語る。それこそベタな表現になるがハートウォーミングな曲であった。

拍手に応えて、ステージに3度ほど呼ばれたKAN。最後は欽ちゃん走りで入退場し、客席を笑わせる。

 

後半のベートーヴェンの交響曲第5番。
広上淳一はベートーヴェンを得意としており、日本フィルハーモニー交響楽団自主制作盤に交響曲第5番と7番を録音している。
広上淳一指揮京都市交響楽団の演奏によるベートーヴェンの交響曲第5番は、以前に西宮にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで聴いてたことがあるが、今日は通い慣れた京都コンサートホールでの演奏ということもあり、前回を大きく上回る出来に聞こえた。

流線型と称してもいいような、格好いい運命主題の提示から入ったが、運命主題以上にその後に続く弦の刻みが乗り越えられないような峻厳な壁を屹立させるように聞こえ、立ちはだかる運命の怖ろしさを伝える。こうした解釈の演奏を聴くのは初めてである。そして、ベートーヴェンの交響曲が日本のオーケストラによってこれほど温かい音で奏でられるのを聴いたのは朝比奈隆指揮のベートーヴェンを聴いて以来。つまり十数年ぶりになる。朝比奈と広上のベートーヴェンの違いは、朝比奈がまず骨格を作り上げてから細部を練り上げるような音作りをするのに対し、広上の場合は旋律の流れを重視しつつ音を組み立てる。スケールは朝比奈の方が大きいが、広上の方がドラマティックに聞こえる。

暗い音色で巨大な音の塊が動いていく第2楽章。聴いていて胸が苦しくなるような第3楽章経て、最終楽章に達した瞬間は、京都コンサートホールの天井から光が射し込んだかと見まがうほどに色彩豊かで爆発的でスケール壮大で開放的。ベートーヴェンを聴く醍醐味が集約されているかのようであった。

大野和士や上岡敏之指揮のベートーヴェンを聴いたことはないが、広上の指揮するベートーヴェンは同世代の指揮者である大植英次や佐渡裕よりも明らかに上。広上より上の世代である、尾高忠明、井上道義、秋山和慶、小林研一郎なども個性では広上に及ばない。小澤征爾はベートーヴェンを得意としていない。
ということで、現役日本人最高のベートーヴェン指揮者の演奏を堪能できたといっても過言ではないだろう。

また、今日は距離が近い割には音が聞こえにくいはずの1階席での鑑賞であったが、京都コンサートホールの鳴りが悪いとは一度も感じなかった。これまでにも経験しているが、しっかりとした指揮者とオーケストラなら京都コンサートホールは鳴るのである。

残念だったのは第1楽章と第2楽章の間で拍手をしてしまうお客さんがいたこと。あれでほんのちょっとであるがこちらの集中力が低下した。クラシックコンサートに通い慣れていない聴衆がいたということだが、ポピュラーシンガーとのコラボレーション演奏会ということもあり、拍手した客を咎めるのも筋違いと言えばそうなる。

ともあれ、大変満足のいくベートーヴェン演奏であった。

アンコールはルロイ・アンダーソンの「プリング・プレンク・プランク」。広上は時折指揮台を離れてフォアシュピーラーの横でただ立って見守ったり、譜面台の向こうに回って楽譜を見つめる真似をするなど風変わりな振る舞いをして笑いを取る。

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