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2014年1月21日 (火)

観劇感想精選(109) 「猟銃」

2011年11月27日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後1時から、京都芸術劇場春秋座で、舞台「猟銃」を観る。井上靖の小説の舞台化。翻案:セルジュ・ラモット、日本語監修:鴨下信一、演出:フランソワ・ジラール。

傑作映画「レッド・バイオリン」、「グレン・グールドをめぐる32章」、「シルク」の監督であるフランソワ・ジラールが演出を手掛ける舞台。主演は初舞台となる中谷美紀。中谷美紀はフランソワ・ジラールの直々の指名による出演である。出演は他にロドリーグ・プロトー。中谷美紀がこれまで舞台に立たなかったのにはある理由がある。明言は避けるが、坂東玉三郎と同じハンディキャップを持っているのである。

まずモントリオールでの上演が行われ、その後、日本各地での上演。今日が千秋楽である。

雷鳴の轟く中、幕開け。伊豆の天城である。一人の男の手記が録音によって読み上げられる(ナレーターは何と池田成志である)。舞台上にいるのはカナダ人俳優で、シルク・ド・ソレイユの演技コーチも務めているロドリーグ・プロトー。日本語は正確にはわからないはずだが、ちゃんと日本語に合わせた演技をする。多分、かなり勉強したのだと思う。男は猟銃を手にしている。そして彼が「猟銃」という詩を発表したこと、その詩が世間から理解を得られなかったことが明かされる。ただ、一人の男が文をくれたという。「猟銃」に描かれたのは自分のことではないのかと書いていたという。男の名は三杉穣助。そして三人の女性による手紙が同封されていた。
そして、三人の女性による手紙が読み上げられる。約2時間に渡り、この三人の女性を演じながら、中谷美紀はほぼノンストップでセリフ、というよりここまで来ると語りであるが、を発し続けるのである。しかも、中谷美紀はセリフを一切流さない。全ての言葉に感情が宿っている。「神業」という言葉があるが、その言葉通りのものを今日は目にすることになるのである。
長い時間、一人の俳優が語り続ける舞台は他にも観たことがある。加藤健一事務所による一人芝居「審判」や、白井晃の一人芝居「アンデルセン・プロジェクト」である。加藤健一も白井晃も約2時間半、語りを続ける。ただカトケンさんの場合、セリフの流すべきところは流していたし、最後は息も絶え絶えになって、加藤健一という一人の人間の姿を敢えて晒しているのであるが、中谷美紀は長時間演じ続けて、中谷美紀個人の表情を出すことはないのである。白井晃の場合は、動きがあるので大変ではあるが、セリフ量は今回ほど多くはないはずである。

中谷美紀が演じるのは、ちょっと気弱なところのある薔子(しょうこ。「薔」という字は人名に使う漢字としては認められていないはずである。中川翔子は、出生時、薔子と名付けられるはずだった。母親は体が危険だというので伯母が役所で手続きをすることになった。中川翔子の父親は中川勝彦であるが、出産には立ち会っていなかったようである。ところが役所では「薔」は人名用漢字でないとして受理されず、怒った伯母は、「しょうこ」と殴り書きして役所を後にしたのだが、殴り書きしたため「しょうこ」ではなく、「しようこ」と読まれて登録されてしまったという)。修羅のような一面を持つ、みどり。凛としたところのある、薔子の母親の彩子である。

中谷美紀は憑依型の俳優である。プログラムを読んだのだが、映画の場合、セリフは台本を2、3回読めば入ってしまうそうで、演じるために生まれてきたような人だ。ただ、今回の長文の暗記には手を焼いたことも記されている。
同じ憑依型の女優として、白石加代子や大竹しのぶという大物がいるが、中谷美紀の演技は彼女達よりも上なのではないか。というよりこれほどの水準に達した舞台俳優は今まで見たことがない。中谷美紀には映画「BeRLiN」の頃から注目していて(共演は永瀬正敏。監督は利重剛。ちなみに、永瀬正敏と中谷美紀が別れる場面が撮られたのは、この間訪れたNHKホールに向かう、渋谷の公園坂である)、凄い女優だというのはわかっていたが、舞台での演技はこちらの予想を遥かに超えていた。フランソワ・ジラールに中谷美紀なら、もう傑作なのは間違いないとわかっていたが、ここまでの水準のものを見せられると、言葉をなくしてしまう。

「猟銃」は心理劇である。内容自体は目新しいものではないが、人間の心の暗部に常に銃口が向けられているような危うさを持っている。
三人の女性の手紙が読まれるのだが、薔子と、みどりは実は思い違いをしている。最後に彩子の手紙が読み上げられて、ことの真相が明らかになるという仕掛けである。読み上げられてと書いたが、すでに記したように中谷美紀は膨大な量の文章を全て暗記している。

舞台音楽としてアンビエント系のミニマルミュージックが用いられていて効果的なのであるが、もし音楽を使わなかったら中谷美紀という女優の才能が更に剥き出しになるはずで、逆にそれを抑えているのではないかという気すらしてくる。

これは終演後、オールスタンディングであろうと思ったが、満員の客席の中でスタンディングオベーションを送ったのは、私を含んで4名ほどだけであった。モントリオールではオールスタンディングであったことがわかっている。同じ京都でも四条南座でやればオールスタンディングだったと思われるのだが……

なお、関西の多くの場所が舞台となっており、三宮、宝塚、明石、京都、山崎の天王山と妙喜庵などという地名がセリフに出てくる。「阪神間」という言葉も用いられている。

今日が千穐楽である。ということで、上演終了後、舞台袖から、花束(正確にいうと一本の薔薇をラッピングしたもの)が数多、舞台に放り投げられる。中谷美紀とロドリーグ・プロトーはそれらを客席に投げてプレゼントする。プロ中のプロとはここまで出来るものなのである。

ちなみに「猟銃」のプログラムは1500円であるが、良質の紙を使っている上、中谷美紀による長文の手記、作家や演出家は勿論、井上靖の娘である黒田佳子のメッセージなどまで収められており、通常なら最低でも倍の値段を取ってもおかしくない仕様である。やはり出来る人ほど良心的であるらしい。
また、ある理由により、「猟銃」の公演がDVD化されることはまずない。劇場に通った者だけが凄さを目の当たりに出来るのである。

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