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2014年2月11日 (火)

観劇感想精選(112) 「Tribes トライブス」 

2014年1月14日 東京・初台の新国立劇場小劇場「THE PIT」にて観劇

午後7時から、新国立劇場小劇場「THE PIT(ザ・ピット)」で、「Tribes トライブス」を観る。世田谷パブリックシアターの制作。本来は世田谷パブリックシアターで上演されるはずのものだったのだが改修工事中ということで、新国立劇場小劇場での上演となった。私はサイド側のバルコニー席と呼ばれる安い席での観劇である。

新国立劇場小劇場に来るのは約12年ぶり。まだ「THE PIT」という愛称が付く以前である。2002年の夏に、マキノノゾミ演出によるチェーホフの「かもめ」を観たのが、初にしてこれまで唯一の新国立劇場小劇場体験であった。マキノノゾミ演出の「かもめ」のヒロインであるニーナを演じていたのは映画「みすゞ」で金子みすゞを演じた田中美里であり、トレープレフを演じていたのは当時無名、現在では有名になった俳優である。北村有起哉だ。

「Tribes トライブス」とは“種族”を表す英語。聴覚障害者を題材にした重めの作品である。作:ニーナ・レイン、翻訳&台本:木内宏昌、演出:熊林弘高。出演:田中圭、中泉英雄、大谷亮介、中嶋朋子、中村美貴、鷲尾真知子。

劇作のニーナ・レインはイギリスの劇作家。オックスフォード大学卒業後、ロンドンのロイヤル・コート劇場に演出補として入り、その後に演出家へと昇進。劇作も始めたという人である。彼女の書いた作品はロンドンとニューヨークで好評を博しており、「Tribes」はすでに映画化も決定しているとのこと。

ある家庭の居間が舞台である。舞台の中央にはグランドピアノが一台、鍵盤が客の方を向いた弾き語りの配置でおかれている。鍵盤の蓋、弦の蓋ともに閉められている。舞台の上手奥には書物の山。

まず、ベス(本名はエリザベスであろう。鷲尾真知子)とルース(中村美貴)が、食器を持って登場。グランドピアノの上に食器を配膳していく。ダニエル(中泉英雄)が舞台下手側の客席入り口から入ってきて舞台に上がる。やがてビリー(本名はウィリアムであろうか。田中圭)だ現れ、最後にクリストファー(大谷亮介)が出てきて、食卓(グランドピアノ)を囲む家族の図が出来上がる。クリストファーが食事開始の合図であるナプキンを振り下ろしたところで溶暗。ガツガツと食事を漁るような音がする。

クリストファーは批評家。手厳しい批評をするようである。ベスは主婦だが小説家志望。ダニエルは学者希望だが、素行も言葉遣いも悪く、クリストファーがダニエルに書いた論文を一瞥して、「読めたもんじゃない」と評するなど、文才も余りないようである。ルースは歌手志望だが、こちらも前途洋々とはいえず、ダニエルとルースの二人は「パラサイト」などとクリストファーに呼ばれている。クリストファーは自分の家族を「クリエイティブな家族」と称しているようだが、批評自体はクリエイティブな生業とは言えず、小説家、学者、歌手、いずれも一人前にはなれていない。生まれつき耳が不自由なビリーはこの家族の一員だ。全聾というわけではなく、補聴器を付ければある程度の音は聞き取れるようであり、また唇の動きから相手の言っていることを読み取るリップリーディングという技術は極めて高い。

そんなビリーに好きな女性が出来た。シルヴィア(中嶋朋子)という女性だ。だが、シルヴィアも進行性の聴力障害者である。
ビリーの招きにより、クリストファー一家に紹介されるシルヴィア。シルヴィアは障害がある人のための団体で企画などの仕事をしているという。

シルヴィアは以前はピアノを弾いたそうで、モーツァルトの3台のピアノのための協奏曲を弾いたりする。

シルヴィアの紹介により、ビリーは職に就くことが出来た。裁判所で、被告人や証人のリップリーディングをして書面に移す仕事である。しかし、障害者であるビリーがダニエルやルースよりも先に職に就いたことで、クリストファー家は一層歪み始める。

また、ダニエルとシルヴィアも急接近。「夜の一服」と称してマリファナを吸うなど、背徳的な行為を行うようにもなる。ビリーがダニエルとシルヴィアの関係を疑うのも当然であった。

ビリーが、リップリーディングの捏造を行っていたことが発覚する。ビリーは話が繋がりやすくなるよう証言を大幅に変更して提出していたのだ。皮肉にもビリーがクリストファーの言う「クリエイティブ」なことをしてしまったことになる。シルヴィアはビリーのしたことを問い詰めるが、ビリーは、「頭を働かせて推理しただけだ」と開き直っている。

そして何より問題なのは、シルヴィアと出会ってビリーが手話を覚えたことで、ビリーは手話を教えてくれなかった家族を恨むようになったことだ。ビリーはクリストファーの「障害者だからといって差別はしない」という方針によって育てられた。いわばノーマライゼーションで良いことのように思えるのだが、聴覚障害者のための教育を受けさせなかったことでビリーの世界を狭いままにしてしまったことも事実なのである。

「差別を差別と思うことが差別」であるが、「差別されざるを得ない状態にある者に対して何も行わない」のも差別なのである。そして「差別され続ける者達」のグループにあってさえも、シルヴィアは自分が彼らと同じとは思いたくないという感情を抱いていた。

そうした「差別」という深刻な問題を抱えながら、物語は兄弟愛へと傾いていく。ビリーが独立するようになってから、ダニエルは吃音が酷くなってしまった。子供の頃に吃音の傾向はあったのだが、その後、なりを潜めていたのである。それがビリーが自立した途端に酷い吃音が現れたのだ。ダニエルはビリーに家に戻ってくれるよう懇願し、舞台は終わる。

何が「Tribes」なのか、複数の解釈が出来るように思う。家族そのものがTribesなのかも知れないし(クリストファーは自らの家族を「クリエイティブ」な種族だと捉えている)、聴覚障害者もTribesである(シルヴィアがビリーに、聴覚障害者は「普通じゃない」のだと訴える場面がある)、そしてラストのダニエルによるビリーへと懇願は共に「パラサイト」という過程にある子ども達というTribesでいて欲しいという願いもあるのだろう。

誰のものでもない世界の中で、自分の居場所を見つけていくことの困難。それが例え家族の中であったとしても、たやすくはないという現実がある。皆、世界を自分の側に付けようとするが世界は誰かのためにあるわけではないのだから。

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