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2014年2月24日 (月)

コンサートの記(127) 「財津和夫LIVE&TALK2013」 in 京都劇場

2013年12月28日 京都劇場にて

午後5時から、京都劇場で、「財津和夫LIVE&TALK2013」を聴く。TULIPのリードヴォーカルやソロで活動してきた財津和夫のライヴである。「LIVE&TALK」とあるが、財津によると、「トークは苦手なのだが、もう年なので、ずっと歌い続けていると倒れちゃうんじゃないかという心配がありまして、トークの間は座っていいんですよね」ということでトークも入れることにしたという。財津和夫も今年で65歳になる。おじいちゃんと言われてもおかしくない年である。2部構成であり、第1部はトークは多め、第2部はトークは少なめで有名ナンバーが多く唄われる。

まずは、英語によるカバー曲2曲が披露される。「スマイル」と「エターナル・フレーム」である。タイトルでピンとこない人でも曲を聴けば「ああ」とわかるほどポピュラーなナンバーだ。日本語の訳が背後にあるスクリーンに投影される。

「財津一郎とよく間違われる財津和夫です。今日は大丈夫でしょうか。間違ってきてしまった方、いらっしゃらないでしょうか」と財津は語って笑わせる。

「京都劇場に足を踏み入れるのは初めてなのですが、とても音響が良いです」と財津。京都劇場はJR京都駅がリニューアルオープンした際にシアター1200として建てられたが、その後、劇団四季のための劇場として内部が改装されて「京都劇場」として再オープン。劇団四季は昨年、京都から撤退したが、ミュージカルのための劇場だったため、音響は当然ながら良いのである。ただ、元々敷地が十分ある場所に建てられたわけではないので、観客としては、2階席に行くには急で幅の狭い階段を昇らなくてはならないので危険、90年代に出来た割りには客席間が狭いなどの欠点がある。

トークでは、財津和夫の過去の写真がスクリーンに投影され、それを財津が説明していくという形を取る。まず映し出されたのは、財津が高校3年の時の写真。なぜ高校3年とわかるのかというと、財津は物心ついた頃から高校2年生までずっと坊主頭だったそうで、高校3年になって髪を伸ばすことが許されると、毎日、髪が伸びていくのが楽しかったという。

2枚目の写真の高校3年生の時のもの。ギターを弾いている写真だが、フォークギターではなくクラシックギターだそうで、ポピュラーには余り興味がなかったようである。ところがある日、同級生に「ビートルズの映画をやってるから見に行こう」と誘われ、初めは「興味ないよ」と断ったものの、「財津、馬鹿だなあ。女の子がたくさん見に来てるんだぜ」と言われ、「じゃあ行こう」となり、ビートルズの映画を見に行ったという。女の子達の体臭にも圧倒されたというが、それ以上にビートルズの衝撃は大きかったそうで、その後、ずっとビートルズ、ビートルズという生活になっていったそうである。

高校卒業後は何するでもなくフラフラしていた財津だが、友人から、「財津、大学行ってやるのが親孝行だよ」などと言われ、西南学院大学に進学。そこでバンドを組み、やがては大学を中退して、上京、TULIPとしてデビューすることになる。福岡から東京に向かうその日の写真がスクリーンに投影される。財津は長髪である。そして東京のどこかの公演で5人で撮った写真が映る。「この時、5人で、2Kのアパートで一緒に生活してました。5人といいましたが、本当は4人です。一人はこれ(小指を出す)のところにいまして。メンバーの誰かは言いませんが、私でないことは確かです。広いマンションに女の人と住めていいなあと思ってました」と財津は語る。福岡では照和という伝説のライヴハウスによく出演していたそうだが、「海援隊、長渕剛、甲斐バンドなどが照和に出ていました。井上陽水が挙げられることがありますが、これは間違いなんですね。井上陽水は照和に出演したことはないんです。井上陽水は早くから東京に出て活躍していました」と巷間に流布している説を一蹴した。

シングル「魔法の黄色い靴」でデビューした時のレコーディングの写真も出る。「魔法の黄色い靴」は録音にかなり時間が掛かり、レコード会社はそれを逆手に取って「レコーディングに〇〇時間費やした入魂の」というようなキャッチコピーで売り出したが、全く売れなかったそうで、2枚目の「一人の部屋」もやはり全然売れなかった。財津は「一人の部屋」について、「売れそうにない歌詞だったようで、『つまらないつまらないもう』と牛まで出てきてしまって、『一人ではつまらない』というもので、『つまらない』ばかりでは売れるはずもない」と語った。今度もまた売れなかったら福岡に帰ろうと思って出したシングルは今でも歌い継がれる「心の旅」である。「心の旅」は、当初は、財津が歌う予定であったのだが、姫野達也がメインボーカルに起用され、財津は「なんで姫野に歌わせるんだ。折角良い曲書いたのに、これで終わりだな」と思ったのだが、財津の予想に反して大ヒットしてしまい、「今も姫野には足を向けて眠れない」、「いつも二つ枕を使って寝ているのだが、一つの枕には姫野と書いてあって、姫野ありがとうと思いながら寝る。それぐらいの勢い」だとのことである(多分嘘である)。「心の旅」は財津の作詞・作曲であるが、「ああ、だから今夜だけは君を抱いていたい、ってこれ、特に内容があるわけではないですよね、『一人の部屋』と大して変わらない」と財津は語る。

「心の旅」は第2部のためにとっておき、「セプテンバー」、「柱時計が10時半」などを財津は歌う。

トークで財津は、「年を取って、目が見えなくなってきて、音も聞こえにくくなってきた。歯も『硬いものを食べるのはよそうか』とか、あと、正月に餅を食べるときに気をつけないと」と老いについて語る。「若い頃は、お年寄りが餅を喉に詰まらせて死んだというニュースを聞いて、『馬鹿じゃないの』なんて思っていましたが、そんなことも言っていられない年になりまして」と財津。
聴力が衰えると、色々な聞き間違いをするそうで、打ち合わせで、「それがですね、財津さん」と言われたとき、「総入れ歯ですね、財津さん」と言われたように聞こえたという話に始まり、「カラオケ歌ったことがありますか」を「棺桶入ったことありますか」に聞き間違え、「今何時?」と聞いて、「もう6時ですね」と言われたのを「耄碌じじいですね」と言われたのかと思ってドキッとしたり。梅田の阪急でタイツを買おうとして店に入ったところ、自分より年上の男性が奥さんに、「タイツ買うぞ!」と怒鳴っていたのを、「財津和夫!」と言っているのかと思ったという話になる。
年を取ると自分のことで精一杯になってしまい、他人のことを気にする余裕もなくなってしまうそうで、財津は「老いとは実に醜い」と語る。

なぜか10分という異様に短い休憩を挟んで、第2部が始まる。

「モナリザ」がスクリーンに投影され、「黒い髪のリサ」でスタート。2曲目は、誰でも知っている名曲「Wake up」で大いに盛り上がる。

財津は客席を見渡し、「今日も何組かいますね。カップルで来ている人」と言い、「女性は神様が生んだ芸術品。非常に形が美しい。男はその形に惹かれるわけです。女性の体の美しさは女性自身が生み出したものではありませんので、生まれながらの芸術品です。女性が男性の体に惹かれるということもあるでしょうが、男性が女性に惹かれるよりは少ないと思います。次の歌は、カップルの駅での別れを歌ったという『ストロベリー・スマイル』。今日来たカップルに捧げます」と意地悪なことを言って、演奏をスタートする。

小学校などで歌われる「切手のないおくりもの」の演奏の前には、聴衆にも歌って貰うためのレクチャーを行う。歌詞はスクリーンに映る。だが、聴衆が財津が指示したところよりも長く歌ってしまうため、何度かやり直す。最後はビシッと決まり、「やれば出来るじゃない!」、「これだけ出来るお客さん、初めて見た」と言ってスタート。財津自身はほとんど歌わず、歌詞を先に言ってリード。これは続く「心の旅」でも繰り返された。

「青春の影」、「サボテンの花」という、現在の若者にも人気のあるナンバーを歌い上げた財津は、最後にサッチモことルイ・アームストロングの「What a Wonderful Workd」を歌う。

アンコールは2曲、「虹とスニーカーの頃に」と「夢中さ君に」である。聴衆であるが、やはりある程度の年齢を重ねた方々が大多数である。私と同じアラフォーが数名、二十代と思われる女性もいたが、多分、アラサーである。

演奏終了後に映画のエンドロールを真似た映像が流れ、コンサートは幕となった。

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