« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »

2014年2月の19件の記事

2014年2月27日 (木)

観劇感想精選(113) ミュージカル「ベガ-ズ・オペラ」

2008年2月9日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後5時より、大阪の梅田芸術劇場メインホールで、ミュージカル「ベガーズ・オペラ」を観る。「乞食オペラ」の名でも知られ、世界初のミュージカルとされている作品である。また、ブレヒトとクルト・ワイルの「三文オペラ」の原作としても有名である。
作:ジョン・ゲイ、脚色・演出:ジョアン・ケアード、テキスト日本語訳:吉田美枝、訳詞:松田直行、音楽:イローナ・セカッチ。
出演は、内野聖陽、橋本さとし、高嶋政宏、森公美子、笹本玲奈、島田歌穂、近藤洋介、村井国夫ほか。

産業革命前夜である18世紀前半、ロンドンのある劇場。乞食で詩人のトム(橋本さとし)は、この劇場を一晩だけ借り切って、乞食仲間とともにオペラを上演する。オペラのあらすじは以下の通り。
泥棒仲買人のピーチャム(高嶋政宏)は、泥棒達の盗品を金に換える仕事をしている。ピーチャムには内縁の妻(森公美子)との間に出来た娘、ポリー(笹本玲奈)がいるが、このポリーが、キャプテンのニックネームで知られる盗賊のマクヒース(内野聖陽)と結婚していたことがわかる。娘も金稼ぎの材料にしたいと考えていたピーチャムとピーチャム夫人はカンカン。すぐに結婚を破棄するよう娘に告げるのだが、ポリーは聞き入れようとしない。そこでピーチャムは計略を持ってマクヒースを陥れ、絞首刑にしようと企む…

舞台上にも特設の客席がある。ここに座ったお客さんは老支配人(近藤洋介)のお願いで、本編上演前に舞台上に箱を運んだり、舞台上の掃き掃除をしたりしている。

楽しい芝居であった。ファンサービスも行き届いている(運の良い女性は、内野聖陽の膝に乗せて貰ったり、一緒に乾杯したり、花をプレゼントされたり、輪になって一緒に踊ったり出来る)。
「三文オペラ」のメッキ・メッサーにイエス・キリストを見る人もいるようだが、原作である「ベガーズ・オペラ」のマクヒースにイエス・キリストの姿を見つけるのは容易である。そもそもジョン・ゲイはそうした意図を持っていたであろう。
ラストではキリスト教的な「原罪」ではなく、「人生の喜び」が高らかに歌い踊られる。これはある意味、神(もしくは絶対的な存在)があっての人という中世的枠組みから、人間による人間の生き方という近世・近代への転換を示しており、たくましく生きる人間の姿が示されている。
富と貧困、上流階級の腐敗と不見識と残酷さ、激変する社会制度など現代にも通じるテーマを持つ作品だが、「三文オペラ」に比べると、人間肯定的要素は強い。「三文オペラ」にはドイツ第三帝国という具体的な敵がブレヒトの頭の中ににあったため、それはある意味、当然ではあるのだが。
また、「三文オペラ」で語られる〈悪〉は観るもの全ての人に、“自分の中にもそうした要素があるのでは”と考えさせるように仕組まれているが、「ベガーズ・オペラ」はそうしたことはなく、政治や上流階級への風刺に留まっている。

三階建て相当のセットは立派、音楽も洒落ており、内野聖陽を始めとするキャストの歌とダンスのレベルも高かった。

終演後にアフタートーク。内野聖陽は、「大阪は東京に比べるとステージ上に人が多い」と語る。東京だと、お客さんが指名されて、「はい、じゃあ」とステージに上がる感じなのだが、大阪は指名されるとその周りお客さんまで「私も私も」という感じで付いてきてしまい、輪になって踊るシーンなどは明らかに大阪の方が賑やかだそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月25日 (火)

これまでに観た映画より(63) 「鍵泥棒のメソッド」

DVDで日本映画「鍵泥棒のメソッド」を観る。内田けんじ脚本・監督作品。出演:堺雅人、香川照之、広末涼子、荒川良々、内田慈、木野花、小山田サユリ、小野武彦、森口瑤子ほか。

優れたものの価値を見出す「VIP」という雑誌の編集長である水嶋香苗(広末涼子)は、ある日、結婚することを編集部の面々に告げる。だが、結婚の相手はまだ決まっていない。というわけで、編集部員も結婚相手探しに協力することになる。希望は現在募集しているアルバイト社員と同じで「健康で真面目な人であれば」である。

同じ頃、元舞台俳優で今は売れない俳優の桜井武史(堺雅人)は自宅アパートで首つり自殺を図るが未遂に終わる。桜井の所持金は僅か1142円。あちこちに借金もある。家賃も未納が続いていた。ポケットに銭湯の無料券が入っていることに気付いた桜井は銭湯に行くことに決める。

その前日、殺し屋の山崎信一郎(別名はコンドウ。香川照之)は、岩城商事の岩城社長(原金太郎)を殺害。翌日、時計に血糊が付いていることに気付いたため、近くの銭湯に入ることにする。

桜井が銭湯で体を洗っているときに、山崎が浴場に入ってきたのだが、山崎は子供が蹴飛ばした石鹸を踏んづけて転倒、後頭部を打って気絶してしまう。桜井は倒れている山崎が付けていたロッカーの鍵を自分のものと入れ替え、衣服などもすり替えて、意識不明のまま救急車で運ばれた山崎になりすます。運転免許で名前が山崎信一郎であることを確認した桜井は、山崎宅に侵入。しかし奇妙なことを発見する。山崎のマンションには別の名前の複数の名詞があり、偽造された医師名プレート、社員証、警察手帳などがあった。桜井は山崎の部屋にあったビデオカメラに向かってお詫びのメッセージを録画する。その後、再び山崎の部屋を探った桜井は拳銃を見つける。それで自殺しようと思ったときに山崎の携帯が鳴る。電話の相手は山崎のことを「コンドウさん」と呼び、桜井は山崎が現在はコンドウという偽名を用いていることを知る。社長殺害のお礼金をどうすればいいかと電話の相手は聞く。コンドウになりすました桜井は桜井のアパートの郵便受けに金を入れるよう指示する。

コンドウこと山崎は、体に異常はなかったが、記憶喪失となってしまった。お見舞いに訪れた桜井は起き上がったコンドウから「あなたは私が誰か知っていますか?」と聞かれる。

桜井はコンドウの金で、あちこちに借金を返し、滞納していた家賃数ヶ月分も振り込む。

コンドウは所持していたものやそれに基づく医師の見立てから自分が桜井武史という人物なのだと思い込んでしまう。

水嶋香苗の父(小野武彦)は、癌で余命幾ばくもない。お見舞いに来ていた香苗は偶然、自分が桜井武史だと思い込んでいるコンドウと出会う。コンドウに桜井のアパートのある街がどこにあるのか聞かれた香苗は場所を教え、「私、車ですけど」と言って、自らが運転して二人で桜井のアパートに向かう。
桜井のアパートに着いたコンドウと香苗。早苗は部屋にあった台本などから、桜井は役者だったのではないかと推理する。自分が桜井だと思い込んでいるコンドウはマメな性格であり、香苗の結婚の理想像である「健康で努力家」にピッタリと当て嵌まった。

一方、コンドウになりすましている桜井は、工藤純一という男(荒川良々)に出会う。桜井がコンドウだと思い込んでいる工藤は、桜井に岩城社長殺害の礼を言い、同時に岩城社長の愛人であった井上綾子(森口瑤子)という女性を殺害するよう依頼する。謝礼は両方合わせて一千万だという。
コンドウの変装用具を借りて刑事になりすました桜井は、コンドウという殺し屋について書かれた記事を載せた雑誌の編集長に会いに行く。なお、記事はインターネットで調べたのだが、桜井は自宅でパソコンもインターネットも使用しておらず、本屋でパソコンの文字入力やインターネットの使い方が書かれた実用書を買ってきて、コンドウのパソコンを使って記事にヒットさせた。
編集長によると、コンドウというのは元々は便利屋であり、8年ほど前に離婚して、同じ頃に闇社会の世界に入っていったという。仕事は実に丁寧であり、遺体は綺麗に処分されて見つからないという話だ。

コンドウになりすました桜井が殺すよう依頼された井上綾子はスーパーのパートとして働いている。コンドウになりすましている桜井は、綾子に逃げるよう言い、逃亡計画も自らがシナリオを書く。が、役者ではあるが闇の仕事に関しては素人である桜井の目論見が上手くいくはずもなく…

自分が桜井だと思い込んでいるコンドウは、演技論の本を買ってくるなど、自分が役者だと思っているため研究熱心である。その実直な性格に惹かれた香苗は、「うちアルバイト募集してるんですけど。合格ですよ」と言い、桜井だと自分を思い込んでいるコンドウは香苗と共に働くことになる。更に香苗からプロポーズまで受けるコンドウ。だが、あることがきっかけでコンドウは記憶が戻り、自分の正体に気付くのだった。

非常に評価の高かった映画であるが、脚本は確かに巧いものの、「巧い」という言葉だけで片付けられてしまうような点もある。

俳優では、香川照之が実力をいかんなく発揮している。歌舞伎俳優・九代目市川中車としては今一つだった香川照之であるが、現代劇の俳優としてはやはり第一線の人だ。

堺雅人は今回は役柄もあって香川照之に比べるとインパクトはかなり弱い。

良く言えば落ち着いた、悪く言えば四角四面のところのある水嶋香苗を理知的な演技で表現した広末涼子の演技も印象的である。広末涼子は若い頃は感性だけで演じているようなところがあったが、アラサーになってから丁寧な演技を見せるようになっており、役者としての成長が感じられて嬉しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月24日 (月)

コンサートの記(127) 「財津和夫LIVE&TALK2013」 in 京都劇場

2013年12月28日 京都劇場にて

午後5時から、京都劇場で、「財津和夫LIVE&TALK2013」を聴く。TULIPのリードヴォーカルやソロで活動してきた財津和夫のライヴである。「LIVE&TALK」とあるが、財津によると、「トークは苦手なのだが、もう年なので、ずっと歌い続けていると倒れちゃうんじゃないかという心配がありまして、トークの間は座っていいんですよね」ということでトークも入れることにしたという。財津和夫も今年で65歳になる。おじいちゃんと言われてもおかしくない年である。2部構成であり、第1部はトークは多め、第2部はトークは少なめで有名ナンバーが多く唄われる。

まずは、英語によるカバー曲2曲が披露される。「スマイル」と「エターナル・フレーム」である。タイトルでピンとこない人でも曲を聴けば「ああ」とわかるほどポピュラーなナンバーだ。日本語の訳が背後にあるスクリーンに投影される。

「財津一郎とよく間違われる財津和夫です。今日は大丈夫でしょうか。間違ってきてしまった方、いらっしゃらないでしょうか」と財津は語って笑わせる。

「京都劇場に足を踏み入れるのは初めてなのですが、とても音響が良いです」と財津。京都劇場はJR京都駅がリニューアルオープンした際にシアター1200として建てられたが、その後、劇団四季のための劇場として内部が改装されて「京都劇場」として再オープン。劇団四季は昨年、京都から撤退したが、ミュージカルのための劇場だったため、音響は当然ながら良いのである。ただ、元々敷地が十分ある場所に建てられたわけではないので、観客としては、2階席に行くには急で幅の狭い階段を昇らなくてはならないので危険、90年代に出来た割りには客席間が狭いなどの欠点がある。

トークでは、財津和夫の過去の写真がスクリーンに投影され、それを財津が説明していくという形を取る。まず映し出されたのは、財津が高校3年の時の写真。なぜ高校3年とわかるのかというと、財津は物心ついた頃から高校2年生までずっと坊主頭だったそうで、高校3年になって髪を伸ばすことが許されると、毎日、髪が伸びていくのが楽しかったという。

2枚目の写真の高校3年生の時のもの。ギターを弾いている写真だが、フォークギターではなくクラシックギターだそうで、ポピュラーには余り興味がなかったようである。ところがある日、同級生に「ビートルズの映画をやってるから見に行こう」と誘われ、初めは「興味ないよ」と断ったものの、「財津、馬鹿だなあ。女の子がたくさん見に来てるんだぜ」と言われ、「じゃあ行こう」となり、ビートルズの映画を見に行ったという。女の子達の体臭にも圧倒されたというが、それ以上にビートルズの衝撃は大きかったそうで、その後、ずっとビートルズ、ビートルズという生活になっていったそうである。

高校卒業後は何するでもなくフラフラしていた財津だが、友人から、「財津、大学行ってやるのが親孝行だよ」などと言われ、西南学院大学に進学。そこでバンドを組み、やがては大学を中退して、上京、TULIPとしてデビューすることになる。福岡から東京に向かうその日の写真がスクリーンに投影される。財津は長髪である。そして東京のどこかの公演で5人で撮った写真が映る。「この時、5人で、2Kのアパートで一緒に生活してました。5人といいましたが、本当は4人です。一人はこれ(小指を出す)のところにいまして。メンバーの誰かは言いませんが、私でないことは確かです。広いマンションに女の人と住めていいなあと思ってました」と財津は語る。福岡では照和という伝説のライヴハウスによく出演していたそうだが、「海援隊、長渕剛、甲斐バンドなどが照和に出ていました。井上陽水が挙げられることがありますが、これは間違いなんですね。井上陽水は照和に出演したことはないんです。井上陽水は早くから東京に出て活躍していました」と巷間に流布している説を一蹴した。

シングル「魔法の黄色い靴」でデビューした時のレコーディングの写真も出る。「魔法の黄色い靴」は録音にかなり時間が掛かり、レコード会社はそれを逆手に取って「レコーディングに〇〇時間費やした入魂の」というようなキャッチコピーで売り出したが、全く売れなかったそうで、2枚目の「一人の部屋」もやはり全然売れなかった。財津は「一人の部屋」について、「売れそうにない歌詞だったようで、『つまらないつまらないもう』と牛まで出てきてしまって、『一人ではつまらない』というもので、『つまらない』ばかりでは売れるはずもない」と語った。今度もまた売れなかったら福岡に帰ろうと思って出したシングルは今でも歌い継がれる「心の旅」である。「心の旅」は、当初は、財津が歌う予定であったのだが、姫野達也がメインボーカルに起用され、財津は「なんで姫野に歌わせるんだ。折角良い曲書いたのに、これで終わりだな」と思ったのだが、財津の予想に反して大ヒットしてしまい、「今も姫野には足を向けて眠れない」、「いつも二つ枕を使って寝ているのだが、一つの枕には姫野と書いてあって、姫野ありがとうと思いながら寝る。それぐらいの勢い」だとのことである(多分嘘である)。「心の旅」は財津の作詞・作曲であるが、「ああ、だから今夜だけは君を抱いていたい、ってこれ、特に内容があるわけではないですよね、『一人の部屋』と大して変わらない」と財津は語る。

「心の旅」は第2部のためにとっておき、「セプテンバー」、「柱時計が10時半」などを財津は歌う。

トークで財津は、「年を取って、目が見えなくなってきて、音も聞こえにくくなってきた。歯も『硬いものを食べるのはよそうか』とか、あと、正月に餅を食べるときに気をつけないと」と老いについて語る。「若い頃は、お年寄りが餅を喉に詰まらせて死んだというニュースを聞いて、『馬鹿じゃないの』なんて思っていましたが、そんなことも言っていられない年になりまして」と財津。
聴力が衰えると、色々な聞き間違いをするそうで、打ち合わせで、「それがですね、財津さん」と言われたとき、「総入れ歯ですね、財津さん」と言われたように聞こえたという話に始まり、「カラオケ歌ったことがありますか」を「棺桶入ったことありますか」に聞き間違え、「今何時?」と聞いて、「もう6時ですね」と言われたのを「耄碌じじいですね」と言われたのかと思ってドキッとしたり。梅田の阪急でタイツを買おうとして店に入ったところ、自分より年上の男性が奥さんに、「タイツ買うぞ!」と怒鳴っていたのを、「財津和夫!」と言っているのかと思ったという話になる。
年を取ると自分のことで精一杯になってしまい、他人のことを気にする余裕もなくなってしまうそうで、財津は「老いとは実に醜い」と語る。

なぜか10分という異様に短い休憩を挟んで、第2部が始まる。

「モナリザ」がスクリーンに投影され、「黒い髪のリサ」でスタート。2曲目は、誰でも知っている名曲「Wake up」で大いに盛り上がる。

財津は客席を見渡し、「今日も何組かいますね。カップルで来ている人」と言い、「女性は神様が生んだ芸術品。非常に形が美しい。男はその形に惹かれるわけです。女性の体の美しさは女性自身が生み出したものではありませんので、生まれながらの芸術品です。女性が男性の体に惹かれるということもあるでしょうが、男性が女性に惹かれるよりは少ないと思います。次の歌は、カップルの駅での別れを歌ったという『ストロベリー・スマイル』。今日来たカップルに捧げます」と意地悪なことを言って、演奏をスタートする。

小学校などで歌われる「切手のないおくりもの」の演奏の前には、聴衆にも歌って貰うためのレクチャーを行う。歌詞はスクリーンに映る。だが、聴衆が財津が指示したところよりも長く歌ってしまうため、何度かやり直す。最後はビシッと決まり、「やれば出来るじゃない!」、「これだけ出来るお客さん、初めて見た」と言ってスタート。財津自身はほとんど歌わず、歌詞を先に言ってリード。これは続く「心の旅」でも繰り返された。

「青春の影」、「サボテンの花」という、現在の若者にも人気のあるナンバーを歌い上げた財津は、最後にサッチモことルイ・アームストロングの「What a Wonderful Workd」を歌う。

アンコールは2曲、「虹とスニーカーの頃に」と「夢中さ君に」である。聴衆であるが、やはりある程度の年齢を重ねた方々が大多数である。私と同じアラフォーが数名、二十代と思われる女性もいたが、多分、アラサーである。

演奏終了後に映画のエンドロールを真似た映像が流れ、コンサートは幕となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月23日 (日)

これまでに観た映画より(62) 「小さいおうち」

2014年2月1日 MOVIX京都にて

一日ということで映画を観に行く。今日観るのは「小さいおうち」。MOVIX京都での上映を観る。

「小さいおうち」は、中島京子の直木三十五賞受賞作であり、その内容に惚れ込んだ山田洋次監督が映画化を申し出て実現したもの。脚本・監督:山田洋次。脚本:平松恵美子。出演:松たか子、黒木華(くろき・はる)、吉岡秀隆、片岡孝太郎、妻夫木聡、吉行和子、室井滋、橋爪功、林家正蔵、ラサール石井、中嶋朋子、あき竹城、小林稔侍、木村文乃、夏川結衣、米倉斉加年、倍賞千恵子ほか。音楽:久石譲。

老女タキ(倍賞千恵子)が亡くなる。タキは生涯独身であったが、「おばあちゃん」と呼んでくれる親族はいた。特に大学生である健史(妻夫木聡)は、タキに自叙伝を書くよう勧めるなど親しかった。タキはそれに応えるように自叙伝をノートに書いては健史に見せていた。タキの自叙伝は昭和10年に始まる。この年、タキ(若い頃のタキを演じるのは黒木華)は山形県米沢市から上京し、女中となった。小説家の小中(橋爪功)の家で一年奉公した後、タキは大田区にある赤い屋根の「小さいおうち」である平井家の女中として働き始める。

「女中だなんて、おばあちゃん苦労したんだね」という健史にタキ(倍賞千恵子)は、「当時は女中は立派な職業だったんだよ。サラリーマン家庭はみんな女中を置いていて、女中であることは一種のステイタスだった。嫁入り前の修行とも見なされていたし、まるで奴隷かなんかのように勘違いされちゃ困るね」と語る。

平井家は、家長である雅樹(片岡孝太郎)、夫人である時子(松たか子)、幼い恭一の三人家族。タキ(黒木華)は、時子から、「タキと時子じゃ似てるわね」などと言われ、雇い主と女中というよりも年の離れた友人のように親しく付き合うようになる。

恭一が病気で倒れる。熱は引いたが、脚が不自由になる小児麻痺になってしまう。マッサージを続けていれば良くなるかも知れないという医者の意見で、恭一を日本橋のマッサージ師のところまで通わせることになる。大田区から日本橋までは遠いが、タキは「私は小学校まで1里の道を毎日通っていました。雨の日も雪の日も」といって、恭一をマッサージに通わせる役を申し出る。タキも恭一の脚をマッサージすることになり、やがてはマッサージ師(林家正蔵)からマッサージを教わって、恭一のマッサージは専らタキの役目となる。タキのマッサージのお陰か、恭一の脚も、やがて回復する。
一方、雅樹が務めるおもちゃ会社に新入社員として板倉正治(吉岡秀隆)という東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)出の若者が入って来る(吉岡秀隆は四十代であるが、演技が上手いということもあり、二十代の若者に見える)。

第一印象から芸術家肌で人とは違うという好印象を正治に持った時子が正治に惹かれるのに時間は掛からなかった(時子と正治がSP盤で聴いている曲を知りたい方がいるようなのでお教えします。チャイコフスキーの交響曲第5番より第2楽章です。演奏はレオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団です)。

東京オリンピックの開催も決まり、戦局も明るいかに見えた日本であったが、日華事変は泥沼化、東京オリンピックも返上(競争相手であったヘルシンキで開催されることが決まるが第二次世界大戦の戦局悪化により結局は中止)、やがてアメリカとも戦うことになる。

正治は徴兵検査では気管支と視力が弱いことから丙種合格で、普通、丙種なら普通は戦場には出ない。ということで、見合い話が進む。だが、正治は見合い話に対してどうしても首を縦に振らない。正治も時子を愛していた。

ある日、正治の下宿に見合いの談判に行ったはずの時子の帯が、出ていくときと帰ってきた時では結びが異なっていることにタキは気付く。一本どっこの黒い線が、出る時と帰った時では左右逆だったのだ。その後、時子は洋装して二度、正治の下宿へ通った。タキはある決心をした……

ストーリー的には目新しいものではないが、心理描写が演出、俳優共に優れており、上品なエロスを感じる作品である。昭和モダニズムの時代の描き方も印象的で、戦前も戦中も特に暗いという感じではなかったという多くの証言も納得がいくようになっている(不況が続き、福島第一原発が人類史上に残るほど悲惨な様相を呈していても現在の日本の各地の街が明るく見えているのともそれは重なる)。

ヒロインの松たか子は、セリフに情景が宿っているかのようであり、実年齢よりもかなり若い青年を演じている吉岡秀隆との二人のシーンは二人共に心の襞が目に見えるような巧みな演技で唸らされる。

上映時間が少し長いようにも感じられたが、優れた映画であることに違いはないと思う。

※若い頃のタキを演じた黒木華は二度目の大学の後輩でベルリン国際映画賞で銀熊賞(最優秀女優賞)を獲得したが、私は「蒼井優や小野ゆり子系の顔立ちだな」、「二番目にクレジットされている割りには華がないな。ない方がいい役だけれど」と、特に感銘は受けなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月20日 (木)

コンサートの記(126) 広上淳一指揮京都市交響楽団第533回定期演奏会

2010年3月27日 京都コンサートホールにて

午後2時30分開演の京都市交響楽団第533回定期演奏会に接する。今日の指揮は、常任指揮者の広上淳一。

曲目は、プッチーニの「交響的奇想曲」、リヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第1番(ホルン独奏:ラデク・バボラーク)、シューマンの4本のホルンのための小協奏曲(ホルンはバボラークと京響のホルン奏者)、ベートーヴェンの交響曲第4番という盛りだくさんの内容である。

プッチーニの「交響的奇想曲」。京響は木管にいささか問題があったが、弦に威力があり、広上の表現は力強く、カンタービレも利いていた。

リヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第1番。ソリストのラデク・バボラークはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席ホルン奏者。現在、随一のホルン奏者である。

バボラークは、リヒャルト・シュトラウスの旋律を朗々と軽々と歌い上げる。テクニックは申し分なく、音も美しい。

広上指揮の京響は、活気に満ちた演奏で、バボラークを盛り立てる。

休憩後の、シューマンの4本のホルンのための小協奏曲。バボラークが上手いのはもちろんだが、京響の3人のホルン奏者(垣本昌芳、澤嶋秀昌、寺尾敬子)も安定した技術を聴かせる。

4本のホルンをソリストにするという編成は珍しいが、分厚い音を出すホルンを4本のソロ楽器にするというのは効果的であった。

ベートーヴェンの交響曲第4番。広上指揮のベートーヴェンの交響曲第4番は、関西フィルでの演奏を聴いたことがあるが、京響との演奏は、常任指揮者と手兵によるものだけに、関西フィルとの演奏に比べて、格段に燃焼度の高いものになった。

シューマンに「ギリシャの乙女」と評された、ベートーヴェンの交響曲第4番だが、広上と京響による演奏は男性的な逞しいものであった。弦には相変わらず力があり、管も健闘。

広上は細部まで目を配っているが、演奏は流れが良いので、熱い演奏にはなっても暑苦しい演奏にはならない。

ベートーヴェンを得意とする広上ならではの壮烈な演奏であった。

今日で2009/2010シーズンは最後ということで、終演後に卒団する3名が広上さんによって紹介され、楽団員から花束が手渡された。

アンコール演奏もあり、バルトークの「ルーマニア民族舞曲集」より2曲が演奏される。透明感と躍動感に満ちた演奏であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月19日 (水)

コンサートの記(125) 広上淳一指揮 京都市交響楽団みんなのコンサート2013~さあ、クラシックファンをはじめよう~「シンフォニックドリーム」京都右京ふれあい文化会館公演

2013年6月30日 京都右京ふれあい文化会館にて

午後2時から、京都右京ふれあい文化会館で、京都市交響楽団みんなのコンサート2013~さあ、クラシックファンをはじめよう~「シンフォニックドリーム」を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者の広上淳一。
前半は、京都市ジュニアオーケストラと京都市交響楽団の楽団員との共演、後半が京都市交響楽団のみの演奏となる。
京都市交響楽団みんなのコンサートは、京都市内にある文化会館を会場に廉価で行われるコンサート。今日のコンサート料金は800円である。但し、京都市内にある文化施設で音響設計が行われているのは2013年現在では京都コンサートホールだけであり(音響設計がなされていても、響きの評判は余り芳しくないが)、他はほとんど残響のない多目的ホールで演奏会が行われることになる。

京都右京ふれあい文化会館に来るのは10年ぶり2度目。前回は、鄭義信の作・演出による二人芝居「杏仁豆腐のココロ」を観ており、面白かったのを覚えている。当時はまだ、右京ふれあい文化会館は家から行くには不便な場所だったが、その後、京都市営地下鉄東西線が太秦天神川駅まで延伸し、太秦天神川が右京ふれあい文化会館の最寄り駅となったため、交通の便は飛躍的に上がった。

子供にも聴いて貰おうということで、基本的には家族向けのコンサートである。にしては、後半のプログラムは通好みであるが。

そのプログラムであるが、前半は、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲、ベートーヴェンの交響曲第5番より第1楽章、ルロイ・アンダーソンの「フィドル・ファドル」、「シンコペーティッド・クロック」、「舞踏会の美女」。

後半はドビュッシー作曲、ビュッセル編曲の「小組曲」と、ドリーブのバレエ組曲「シルヴィア」。

後半はいずれもフランス音楽で、広上の指揮のフランス音楽を聴くチャンスである。

前半は京都市ジュニアオーケストラと京都市交響楽団の楽団員との共演と書いたが、京都市交響楽団の楽団員は各パートに一人程度。いずれも首席奏者が座る場所は京都市ジュニアオーケストラのメンバーに譲っており、京都市交響楽団コンサートマスターの渡邊穣が前半はコンサートマスターではなく、隣のフォアシュピーラーの席に座る。

モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲。京都市ジュニアオーケストラのメンバーはやはり経験的にも体力的にも未熟であるので、弦の音は薄めで多目的ホールと言うこともあって少しかさついて聞こえる。弦が薄いのに金管は音が強いのでバランスも悪くなってしまう。それでも音の造形美は広上の指揮だけに一定の水準には保たれている。

ベートーヴェンの交響曲第5番より第1楽章でも、京都市ジュニアオーケストラのメンバーの非力は否めないが、ドラマティックな音楽にはなる。

アメリカのヨハン・シュトラウスことルロイ・アンダーソンが作曲した3曲。「フィドル・ファドル」は速いパッセージが多いだけに楽団員の腕の見せ所が多い曲であるが、広上は京都市ジュニアオーケストラの技術に配慮して(本当に子供用のヴァイオリンを使っている10歳ぐらいの子がメンバーにいるのである)、京都市交響楽団で同曲を取り上げたときよりも遅めのテンポにしていた。
「シンコペーティッド・クロック」、「舞踏会の美女」は楽しい演奏。京都市ジュニアオーケストラはこれらの曲を演奏するには十分な力を持っているようだ。

 

後半は、京都市交響楽団のみによる演奏。京響もう一人のコンサートマスターである泉原隆志は降り番だが、フルートに清水信貴、クラリネットに小谷口直子とそれぞれ首席指揮者が参加している。オーボエは首席奏者の高山郁子ではなく、フランス人で車椅子のオーボエ奏者であるフロラン・シャレールが首席の位置に座り、イングリッシュホルン(コールアングレ、コーラングレとも呼ばれる)兼任の女性若手オーボエ奏者が横に陣取る。コンサートマスターは渡邊穣。

やはり前半とは音が全く違う。弦楽器群には厚みと輝きがあるし、金管もただ音が強いだけではなく、まろやかで多目的ホールでの演奏というハンデを全く感じさせない。京都市ジュニアオーケストラは比べられるのが酷に感じられるほどだ。

ドビュッシー作曲、ビュッセル編曲の「小組曲」は私も大好きな曲であるが、広上は洒落っ気と、繊細な感覚に富んだ音楽作りを行う。弦には透明感があり、木管楽器群は涼やか、金管楽器群は輝かしい音を生み出す。

ドリーブのバレエ組曲「シルヴィア」。エスプリに富み、且つ力強いという、日本のオーケストラとしては最高レベルの演奏であった。

広上は演奏終了後に、「私はここ(右京ふれあい文化会館)でやるのは初めてですが、2001年の完成ということで私の娘と同い年。ということで親しみを覚えます。京都市ジュニアオーケストラは2005年に生まれたので、今年で8歳。京都市交響楽団は1956年に出来ましたので、今年で、57歳。私が1958生まれで55歳。京都市交響楽団より2歳年下。ということで、京都市ジュニアオーケストラと京都市交響楽団は親子ほど年が違うわけですが、それぞれの演奏をお楽しみいただけましたでしょうか?(会場から拍手が起こる)。今日のようなコンサートもいいですが、皆様、是非、北山の京都コンサートホールにもお越し下さいませ」とアピールを忘れなかった。

広上は「それではもう一曲」と言って、アンコール演奏開始。同じドヌーブ作曲のバレエ音楽である「コッペリア」より“チャールダーシュ”。情熱的な快演であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月18日 (火)

コンサートの記(124) 長岡京室内アンサンブル「ニューイヤーコンサート」2014

2014年2月8日 京都府長岡京記念文化会館にて

午後3時から京都府長岡京記念文化会館で、長岡京室内アンサンブルのちょっと遅めの「ニューイヤーコンサート」を聴く。オール・モーツァルト・プログラムである。

長岡京室内アンサンブルは、1997年に、ヴァイオリニストで当時リヨン国立高等音楽院の助教授や京都フランス音楽アカデミー音楽監督でもあった森悠子が母方の実家のある長岡京市に戻り、歯医者に掛かっていたところ、歯科医師から「地方発信のアンサンブルというものが出来ないだろうか」という提案され、それに応えて弟子や、森が「この人と演奏してみたい」という人を揃えて結成された。
非常設団体であり、メンバーも毎回同じというわけではない。メンバーは国内外のプロオーケストラに所属していたり、ソリストとして活動していたり、教育者だったりと、ホームグラウンドは長岡京室内アンサンブルの他に持っている。

長岡京室内アンサンブルはこれまでは、弦楽アンサンブルであったが、昨年からは管楽奏者も加え、より幅の広い演奏活動を行うようになっている。今日も管楽器は活躍する。

メンバーは前回聴いた時と比べると若返っており、森悠子一人がお婆ちゃんで、祖母と孫達のアンサンブルのように見える。中でもヴァイオリン奏者で輝かしいコンクール歴を持つにも関わらず、現在、京都府立医科大学3年生という石上真由子(いしがみ・まゆこ。「いそのかみ」ではないが関係はあるのかも知れない)は異色である。そういえば、広上淳一が、以前、京都市ジュニアオーケストラの中に「お医者さんを目指している子もいる」と語っていたが、それがひょっとしたら石上真由子だったのかも知れない。

前半は、いずれも弦楽合奏によるプログラム。セレナード第6番「セレナータ・ノットゥルナ」と弦楽四重奏曲第1番「ローディ」(弦楽合奏版)。

配置が独特である。本来コンサートマスターがいるべき舞台下手手前にはチェロ奏者がいる。その後ろに森悠子、その横にはヴィオラの増永雄記といった風に、配置がバラバラであり、誰がコンサートマスターなのかすらわからない。結局、コンサートマスターは、舞台上手から二人目の高木和弘(先月の、いずみシンフォニエッタ大阪でもコンサートマスターであった。リヨン国立高等音楽院とシカゴ芸術大学音楽院で森悠子に師事)であった。

今日は、ステージ上やステージ上方にマイクがセットされている。長岡京室内アンサンブルは、モーツァルトの作品をCDリリースする予定であり、今日、そのライブ録音が行われるとのこと。なお、前日にはスタジオ録音も行われており、完成度の高い方が選択されるため、録音は行われるが、今日収録されたものがリリースになるのかどうかはまだ未定である。また長岡京市に本社のある村田製作所が全面的にバックアップしてくれたとのこと。

二曲とも切れ味鋭い演奏であるが、温かみにも欠けていない。森悠子が古楽器演奏にも詳しいということもあり、ピリオドを少し意識しているようで、ビブラートは目立つほど抑えてはいないが、ボウイングがピリオド風であり、また「セレナータ・ノットゥルナ」で使われるティンパニも古楽風の硬い音色のものを使っていた。

ピリオド・アプローチというと、15年程前に初めて耳にしたときには「へえ、面白い演奏もあるなあ」などと思っていたのだが、今ではピリオド・アプローチは「正統」と言っても過言ではないほどに広まった。

後半、「カッサシオン」ト長調。
モーツァルトというと「天才」「神童」というイメージが先走りしやすいが、こういった若い頃に作曲された音楽を聴くと、バロック音楽などをよく勉強してスタイルを自作に取り入れていることがよくわかる。

ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調 K.364。ヴァイオリン独奏は安紀ソリエール、ヴィオラ独奏は成田寛。
安紀ソリエールは、パリに生まれ、7歳から森悠子にヴァイオリンを師事したという人。長岡京室内アンサンブルの創設メンバーの一人でもある。現在はヨーロッパ室内管弦楽団のメンバーであり、ルツェルン祝祭管弦楽団のメンバーとして、先頃亡くなったクラウディオ・アバド指揮での演奏もしていた。

成田寛は、東京フィルハーモニー交響楽団首席ヴィオラ奏者を経て、現在は山形交響楽団首席ヴィオラ奏者を務めてある。

演奏前に、森悠子によるアナウンスがあり、「今日は弦楽カルテット4つという編成で演奏してみました。15世紀、16世紀にはオーケストラは様々な編成で演奏してきました。テレマンなども様々な編成を試みています(森悠子はバロック時代の音楽やそれ以前の音楽を頻繁に取り上げていたフランスのパイヤール室内管弦楽団の元メンバーである)。それがいつ、現在のような形になったのかはわかりませんが、この曲は普通のスタイルで演奏したいと思います」といった内容が語られた。配置は古典配置である。コンサートマスターは引き続き高木和弘だが、高木はフォアシュピーラーの座に陣取った森悠子が弾くのを確認してから入るところがいくつかあり、実質的には森悠子がコンサートミストレスである。

強弱の付け方が他の楽団のそれより激しいのが長岡京室内アンサンブル流のようである。安紀ソリエールも成田寛もそれぞれも持ち味を生かしていたが、個性を存分に発揮するというよりは、アンサンブルの一員となって整った演奏を築き上げることに力を入れたようだ。
第2楽章のメランコリズムの表出が特に良い出来だったように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月16日 (日)

笑いの林(15) 「桜 稲垣早希のセンパイとあそぼう!」2011年3月(吉本興業提供の映像あり)

2011年3月21日 京橋花月にて

午後7時から、大阪の京橋花月で、「桜 稲垣早希のセンパイとあそぼう!」を観る。今や、吉本若手女性芸人の顔的存在になった桜 稲垣早希ちゃんの看板公演の3回目。先輩ゲストは直前まで未定となっていたが、ギャロップに決まった。

今日も早希ちゃんはアスカのコスプレではなく、白の衣装で登場。髪は後ろで束ねている。

開演直後に、ファンだというお婆ちゃんからステージ上の早希ちゃんにプレゼントが渡された。

ギャロップ・林は頭頂部まで完全にテカっており、それがトレードマークになっている。林は客席を見て、「皆さん、髪が有りすぎですね」と言って、ギャロップ・毛利から「お前が少ないだけや」と突っ込まれる。

まず、「センパイと喋ろう!」のコーナー。このコーナーはユーストリームで全国に配信されている。

「知名度を高めるには」というお題では、早希ちゃんがアスカの格好をしている時以外は自分だと気付いて貰えないということを告白(一方で、早希ちゃんは人に構われたくない性格なので、街角で「早希ちゃんでしょ?」と言われても「違います」ということにしていることもテレビでは明かしている)。「CMに普通の格好で出てるやん」と言われても、「アスカをやっている子と同じ人だと思われていないみたい」とのことだった。

 

「結婚について」では、ギャロップ・林が最近、結婚したことについて触れられる。子供も欲しいが、そのための営みがなされていないとのこと。新婚旅行はフランスに行ったがその間も何もなかったそうだ。一方で、ギャロップ・毛利は林の結婚式が「芸人の中で一番笑えたんちゃうか」と評価する。教会での結婚式だったのだが、林が教会の中で立っているだけで笑いが起きたとのこと。バージンロードを花嫁が歩いてきて、寄り添う相手が花嫁の父親から林に変わる時もぐちゃぐぐちゃになったとのことである。

早希ちゃんの結婚観にも話は及ぶが、早希ちゃんが「芸人とは絶対に結婚しないと決めている」と改めて表明。ふわふわしたお仕事で収入が安定しないし、相手がライバルになるからというのが理由だそうだ。結婚するならサラリーマン。それも海外出張するようなやり手がいいとのことだった。ちなみに早希ちゃんのお父さんはNTT勤務のやり手サラリーマンのようなので、当然、娘の早希ちゃんも父親を理想像の一つとしているように思われる。

 

「ショックだったこと」というお題では、早希ちゃんは、心斎橋で、手相見に手相を見て貰ったところ、「うわっ!」と驚かれ、「あなたの手相は完全に男そのものよ」と言われたのがショックだったとのこと。「仕事はいいが、恋愛はダメダメで紆余曲折を経る」とのことだった。ギャロップ・林はお笑い芸人で手相占い師でもある島田秀平(カリスマ占い師である「原宿の母」こと菅野鈴子から、占い師「代々木の甥」を名乗ることを許されている)に手相を見て貰って「平々凡々」という評価を受けたそうだ(島田秀平はただ占い結果を告げるだけでなく、結果を紙に書いて送ってくれるそうだ)。ギャロップの二人は、「芸人やるからには本質的には男っぽいところがあるんちゃう」「そうでないとこの世界で生き残っていけないよ」と言うが、早希ちゃんは納得していないようだった(桜がコンビであった頃から、早希ちゃんは女の子っぽいキャラで、男役が似合いそうな増田さんとは好対照をなすコンビとして売り出していた)。

それよりもショッキングな話は、ギャロップ・林の実家が数日前に泥棒に入られたということであった。林は昨年の5月に父親を亡くしたが、その時の香典が全て盗まれたとのことである。ちなみに林の実家はセキュリティが甘かったそうだ。林は子供の頃は貧乏で、今にも崩れそうなボロ家に住んでいたそうで、家の前で野球の素振りをしていたところ、二人乗り自転車で通りがかったカップルから「ほらな、この家、人が住んでるだろ」と言われてショックを受けたそうである。現在の実家はしっかりしたものだったが、それでも泥棒に入られてしまったとのことである。

 

早希ちゃんは、「林さんは目も切れ長だし、眉もキリッとしてるし、毛があったら男前になるんじゃないか」と提案し、林にはけて貰って変装して出てくることを提案。その間は、ギャロップ・毛利にラップを教えて貰うことにする。毛利は「DJはやるけど、ラップは余りやらん。勘違いされてる」といいながらも、中学生の時にやっていたというラップを披露。なかなか見事である。京都出身ということで、「京都」という言葉も入れていた。それを受けて早希ちゃんは「私は神戸です」ということで、「神戸」という言葉を入れた入れたラップをすることにするが、ラップ調でも何でもなくただ普通に「K・O・B・E。神戸」と言って止まってしまい、毛利に「それじゃチアリーディングや」「ポンポン取ってきて」と突っ込まれる。

「ここで林さんの準備が出来ましたので」と早希ちゃんが進行しようとすると、毛利は「俺、繋ぎかいな」とよろける。

ギャロップ・林はカツラをかぶり、B系のファッションで登場。早希ちゃんが毛利にイメージを伝え、毛利がコーディネートしたとのことだが、林は不満そう。早希ちゃんが「断然ちゃんと見れる」と言ったので、林は「今まで見れんかったいうことか」と怒ってみせる。

 

最後に「この世界で生き残る方法」を早希ちゃんがギャロップに教えて貰うことにする。ギャロップは「明るく陽気でいることが大切。早希ちゃんは明るいイメージだからそれを保つように」とアドバイスし、早希ちゃんも納得したようだった(花に例えると向日葵のように明るいイメージの早希ちゃんだが、種々のインタビューや「ロケみつ」DVDのオーディオコメンタリーなどから、実際はネクラ系であることがわかっている)。

 

続いて、「センパイとあそぼう!」のコーナー。林は「センパイとあそぼう!」という公演の中に「センパイとあそぼう!」というコーナーがあるのが「兵庫県神戸市兵庫区みたいや」という。「センパイとあそぼう!」のコーナーからはガリガリガリクソン(アスカのコスプレをした稲ガリ早希として登場。テレビでは早希ちゃんはガリガリガリクソンがアスカのコスプレをしていることに怒って見せているが、実際は二人は仲が良く、「あらびき団」のDVDでは二人ともアスカのコスプレで登場し、「魁!エヴァンゲリオンズ」として漫才をしている。早希ちゃんはブログでガリガリガリクソンのことを「大好きな人」と書いている)と藤崎マーケットの二人がゲストとして加わり、藤崎マーケットの田崎が司会を務める。

まずは、擬音ゼスチャーゲーム。ゼスチャーをして、それが何の擬音を表しているのかを当てるというゲーム。答えは回答者陣の背後にボードを持ったスタッフが立って提示する。

早希ちゃんは、「ゴロゴロ」というお題に、両手を挙げて全身で回ってみせるが、答えが出ないので、ボーリングの真似をして「ゴロゴロ」という答えを導く。早希ちゃんの次のお題は「くるくる」だったが、早希ちゃんは先ほどと全く同じ動きをして回答者達から、「さっきと一緒や」と突っ込まれる。結局答えは出ずにゲーム終了。早希ちゃんは同じ動作をしたことに「(あの動きは)万能です」と答えていた。

 

続いて「巨大風船バレー」。画鋲の付いた軍手をはめて、巨大風船でバレーボールのリレーをしていくというゲーム。10回続いたら成功とのことだ。ガリガリガリクソンは「普通こういうゲームの時は新品が支給されるのに(軍手が)、油まみれみたいになってる」と文句をいう。最初のリレーは9回までいくが、藤崎マーケット・藤原が、紐が張られただけの簡易ネットの上に風船を上げることが出来ずに失敗。2度目のチャレンジも9回まで行くが、早希ちゃんがわざとかどうかは知らないがなぜかスパイクのように風船を強く叩いて割ってしまって失敗となった。早希ちゃんは「気持ちいい感じで(風船が)来たから(スパイクした)」と言い訳。林が「気持ちいい?」と言葉に過剰反応する。

最後は「多数決罰ゲーム」。出題される罰ゲームのうち、やりたくない方の札を上げ、少数派になったチームに罰ゲームをして貰うというコーナー。「全員同じ答えだったらどうするんだという」問いがあり、「その時は、司会の田崎にやって貰いましょう」ということで客席から拍手が起こる。

まずは、「A:からしたっぷりシュー」「B:タバスコ入りトマトジュース」。結果、早希ちゃんだけがAを選び、他のメンバーは全員Bを選んで、早希ちゃんだけが罰ゲームをすることに。ギャロップ・毛利は「京橋花月のスタッフは加減を知らないからなあ」とつぶやく。「このメンバーの中で吐き出してもいいの早希ちゃんだけや」「吐き出したものに値段が付く」と言われながら、早希ちゃんは辛子入りのシュークリームを口にするが、すぐに「あー!」と声を上げて口を開ける。ギャロップ・林がそれを受けに行くが、止められる。相方の毛利が「お前がそれをやると本気だと思われる」とだめ出しする。司会の田崎が残りのシューを食べようとするが止められ、中に辛子が入っているか確認するだけに留まる。田崎は「入ってます」と報告。早希ちゃんは袖で水を飲んで、何とか落ち着く。

「多数決罰ゲーム」の二回目は、「A:即興ダンス」「B:即興アカペラソング」である。早希ちゃんと、ギャロップ・林の二人がBを選択し、他の三人はAを選んだので、早希ちゃんとギャロップ・林が罰ゲームをすることに。

歌う歌はタイトルだけが決まっていて、即興で歌詞とメロディーを考える。タイトルはくじ引きによって決まる。早希ちゃんに課せられたタイトルは「オリンピック級LOVE」。

早希ちゃんは、♪4年に一度のめぐり逢い、と歌い始める。♪体操選手は足が曲がる(?)、♪スケートフィギュアは(??。ここで、出演者全員から「スケートフィギュアじゃなくてフィギュアスケートだろ」と突っ込みが入る)人気の種目。ここからセリフに変わり、「でもほんまはわて、嫌やねん。4年に一度しか会えないなんて」、♪オリンピック級LOVE。で締めた。メロディーはしっかりしたものであった。「歌の仕事もしているので自信はあった」とのこと。

ギャロップ・林は「回転寿司サンバ」。♪ 値段が全て一緒だったらいいのに、知らずに取った皿は360円。夜食の分の金を昼食で使ってしまった。でも回っているより注文した方が新鮮。だから回転してないことにする。という風な歌詞で歌った。こちらもメロディーはしっかりしていた。芸人というのは大したものである。ただ、林は「回転寿司に気を取られて、サンバにまで気が回らなかった」と言い訳する。

他にどんなタイトルがあったのか、田崎が調べ、「やっぱ、それでもお前が好きやねん」という、やしきたかじんの歌のパロディーのようなタイトルがあり、田崎は歌おうとするが止められる。更に、「月曜の次は火曜」というタイトルがあり、これも田崎は歌う気満々だったが、ギャロップ・林は「月曜の次は火曜ってことはみんな知っている」と歌わせない。みんな田崎に仕事をさせようとしない方向で動いているようだ。

 

最後にちょっとしたトークがある。「お客さんもみんな礼儀正しく」と早希ちゃんが言ったところで、「みんな年上やで」と突っ込みが入るが、早希ちゃんは「イベントに来た人もゴミを自主的に持って帰ったり、清掃をしたりで、スタッフが『そこまでしなくてもいい』と言っても『ファンとして当然のことですから』と返してくれる」と喜びの言葉を発する。これも早希ちゃんが「ロケみつ」のブログ旅で礼儀正しさを心がけている賜物だろう。

 

早希ちゃんが、震災への募金を呼びかけて幕となる。

早希ちゃん効果か、募金をする人が多くいた。そりゃ、早希ちゃんに「募金して」といわれたらするのが男心だよなあ、と思いつつ私も募金した。ちなみに、開場前にも二度募金している(まず普通に募金して、買い物をしたおつりを募金箱に入れた)ので、三度募金したことになる。

なお、今回の「桜 稲垣早希のセンパイとあそぼう!」は前半部分のみが吉本興業によって収録され、ユーストリームで流されている(おそらく期間限定)のでよかったらどうぞ(一部、画像停止部分あり)。

                                                   

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2014年2月12日 (水)

谷川俊太郎:詩、武満徹:作曲 「死んだ男の残したものは」 ステファン・ランビエール(フィギュアスケート)、長谷川きよし:歌&ギター

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月11日 (火)

観劇感想精選(112) 「Tribes トライブス」 

2014年1月14日 東京・初台の新国立劇場小劇場「THE PIT」にて観劇

午後7時から、新国立劇場小劇場「THE PIT(ザ・ピット)」で、「Tribes トライブス」を観る。世田谷パブリックシアターの制作。本来は世田谷パブリックシアターで上演されるはずのものだったのだが改修工事中ということで、新国立劇場小劇場での上演となった。私はサイド側のバルコニー席と呼ばれる安い席での観劇である。

新国立劇場小劇場に来るのは約12年ぶり。まだ「THE PIT」という愛称が付く以前である。2002年の夏に、マキノノゾミ演出によるチェーホフの「かもめ」を観たのが、初にしてこれまで唯一の新国立劇場小劇場体験であった。マキノノゾミ演出の「かもめ」のヒロインであるニーナを演じていたのは映画「みすゞ」で金子みすゞを演じた田中美里であり、トレープレフを演じていたのは当時無名、現在では有名になった俳優である。北村有起哉だ。

「Tribes トライブス」とは“種族”を表す英語。聴覚障害者を題材にした重めの作品である。作:ニーナ・レイン、翻訳&台本:木内宏昌、演出:熊林弘高。出演:田中圭、中泉英雄、大谷亮介、中嶋朋子、中村美貴、鷲尾真知子。

劇作のニーナ・レインはイギリスの劇作家。オックスフォード大学卒業後、ロンドンのロイヤル・コート劇場に演出補として入り、その後に演出家へと昇進。劇作も始めたという人である。彼女の書いた作品はロンドンとニューヨークで好評を博しており、「Tribes」はすでに映画化も決定しているとのこと。

ある家庭の居間が舞台である。舞台の中央にはグランドピアノが一台、鍵盤が客の方を向いた弾き語りの配置でおかれている。鍵盤の蓋、弦の蓋ともに閉められている。舞台の上手奥には書物の山。

まず、ベス(本名はエリザベスであろう。鷲尾真知子)とルース(中村美貴)が、食器を持って登場。グランドピアノの上に食器を配膳していく。ダニエル(中泉英雄)が舞台下手側の客席入り口から入ってきて舞台に上がる。やがてビリー(本名はウィリアムであろうか。田中圭)だ現れ、最後にクリストファー(大谷亮介)が出てきて、食卓(グランドピアノ)を囲む家族の図が出来上がる。クリストファーが食事開始の合図であるナプキンを振り下ろしたところで溶暗。ガツガツと食事を漁るような音がする。

クリストファーは批評家。手厳しい批評をするようである。ベスは主婦だが小説家志望。ダニエルは学者希望だが、素行も言葉遣いも悪く、クリストファーがダニエルに書いた論文を一瞥して、「読めたもんじゃない」と評するなど、文才も余りないようである。ルースは歌手志望だが、こちらも前途洋々とはいえず、ダニエルとルースの二人は「パラサイト」などとクリストファーに呼ばれている。クリストファーは自分の家族を「クリエイティブな家族」と称しているようだが、批評自体はクリエイティブな生業とは言えず、小説家、学者、歌手、いずれも一人前にはなれていない。生まれつき耳が不自由なビリーはこの家族の一員だ。全聾というわけではなく、補聴器を付ければある程度の音は聞き取れるようであり、また唇の動きから相手の言っていることを読み取るリップリーディングという技術は極めて高い。

そんなビリーに好きな女性が出来た。シルヴィア(中嶋朋子)という女性だ。だが、シルヴィアも進行性の聴力障害者である。
ビリーの招きにより、クリストファー一家に紹介されるシルヴィア。シルヴィアは障害がある人のための団体で企画などの仕事をしているという。

シルヴィアは以前はピアノを弾いたそうで、モーツァルトの3台のピアノのための協奏曲を弾いたりする。

シルヴィアの紹介により、ビリーは職に就くことが出来た。裁判所で、被告人や証人のリップリーディングをして書面に移す仕事である。しかし、障害者であるビリーがダニエルやルースよりも先に職に就いたことで、クリストファー家は一層歪み始める。

また、ダニエルとシルヴィアも急接近。「夜の一服」と称してマリファナを吸うなど、背徳的な行為を行うようにもなる。ビリーがダニエルとシルヴィアの関係を疑うのも当然であった。

ビリーが、リップリーディングの捏造を行っていたことが発覚する。ビリーは話が繋がりやすくなるよう証言を大幅に変更して提出していたのだ。皮肉にもビリーがクリストファーの言う「クリエイティブ」なことをしてしまったことになる。シルヴィアはビリーのしたことを問い詰めるが、ビリーは、「頭を働かせて推理しただけだ」と開き直っている。

そして何より問題なのは、シルヴィアと出会ってビリーが手話を覚えたことで、ビリーは手話を教えてくれなかった家族を恨むようになったことだ。ビリーはクリストファーの「障害者だからといって差別はしない」という方針によって育てられた。いわばノーマライゼーションで良いことのように思えるのだが、聴覚障害者のための教育を受けさせなかったことでビリーの世界を狭いままにしてしまったことも事実なのである。

「差別を差別と思うことが差別」であるが、「差別されざるを得ない状態にある者に対して何も行わない」のも差別なのである。そして「差別され続ける者達」のグループにあってさえも、シルヴィアは自分が彼らと同じとは思いたくないという感情を抱いていた。

そうした「差別」という深刻な問題を抱えながら、物語は兄弟愛へと傾いていく。ビリーが独立するようになってから、ダニエルは吃音が酷くなってしまった。子供の頃に吃音の傾向はあったのだが、その後、なりを潜めていたのである。それがビリーが自立した途端に酷い吃音が現れたのだ。ダニエルはビリーに家に戻ってくれるよう懇願し、舞台は終わる。

何が「Tribes」なのか、複数の解釈が出来るように思う。家族そのものがTribesなのかも知れないし(クリストファーは自らの家族を「クリエイティブ」な種族だと捉えている)、聴覚障害者もTribesである(シルヴィアがビリーに、聴覚障害者は「普通じゃない」のだと訴える場面がある)、そしてラストのダニエルによるビリーへと懇願は共に「パラサイト」という過程にある子ども達というTribesでいて欲しいという願いもあるのだろう。

誰のものでもない世界の中で、自分の居場所を見つけていくことの困難。それが例え家族の中であったとしても、たやすくはないという現実がある。皆、世界を自分の側に付けようとするが世界は誰かのためにあるわけではないのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 8日 (土)

観劇感想精選(111) 上川隆也主演「真田十勇士」

2013年10月3日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後6時30分から、梅田芸術劇場メインホールで、「真田十勇士」を観る。上川隆也主演舞台。脚本:中島かずき、演出:宮田慶子、音楽:井上鑑featuring吉田兄弟、主題歌:中島みゆき「月はそこにいる」(当舞台のための書き下ろし)。出演は上川隆也の他に、柳下大(やなぎした・とも)、倉科カナ、葛山信吾(かつらやま・しんご)、山口馬木也(やまぐち・まきや)、松田賢二、渡部秀(わたなべ・しゅう)、相馬圭祐、小須田康人、栗根まこと、植本潤、小林正寛、俊藤光利、佐藤銀平、三津谷亮、賀来千香子、里見浩太朗等。

来年、2014年は大坂冬の陣から400年、再来年の2015年は大坂夏の陣から400年という節目の年であるため、大坂の陣関連の演劇なども増えており、「真田十勇士」も今回の上演とは別の、マキノノゾミの本による中村勘九郎主演の舞台「真田十勇士」が来年の頭に上演される予定である。

今回の「真田十勇士」は、日本一殺陣が美しいといわれる上川隆也を主役の真田幸村に据え、脇をタンブリングが得意な柳下大(猿飛佐助)、仮面ライダーに出演していた松田賢二(由利鎌之助)、といったアクションが得意な俳優が固めてる。勿論、アクションシーンはふんだんにあり、柳下大はバック転を決めるし、筧十蔵役の三津谷亮は、一輪車の世界大会で二度優勝していることを買われての起用で、八百屋舞台(斜めになった舞台)での一輪車の操縦をこなす。セリフなしの俳優も、トンボ切りが出来るなど、身体能力の高い者が選ばれている。演出こそ、いのうえひでのりではないが、中島かずきの本とあって、歌舞伎的要素、劇画的色彩は濃い。

25分の途中休憩を含めて、上演時間約3時間20分の大作である。

まず駿府(駿河府中。現在の静岡市)での場面から始まる。

将軍職を退き、大御所として駿府城に隠居している徳川家康(里見浩太朗)が鷹狩りを行うというので、近隣の農民を家康の部下が追い払っている。上の方では、家康を偵察するために駿府に来た甲賀忍者の由利鎌之助(松田賢二)や猿飛佐助(柳下大)がそれを見ていたのだが、家康の手下のやり方が余りにも乱暴だというので打ってかかる。そこへ通りかかったのは霧隠才蔵(葛山信吾)らの一党。由利や猿飛は霧隠を徳川方だと思うが、実際の徳川勢は他にいた。服部半蔵(山口馬木也)率いる伊賀忍者部隊である。霧隠、由利、猿飛らに斬りかかる伊賀忍者衆。凄まじい斬り合いとなるが、悠然と現れた真田左衛門佐(さえもんのすけ)信繁(上川隆也)が伊賀者を次々に倒していく。

真田氏は信繁の父親である昌幸の時代に関ヶ原の合戦の際に、徳川秀忠を上田城に引き寄せて散々に打ち破り、秀忠の関ヶ原遅参の原因を作った家である。信繁も「真田は詭計謀略の家だ」と明言する。信繁の兄、真田信之は徳川方についていたが、昌幸と信繁は西軍の味方をしたということで、紀州九度山に蟄居の身となっていた(親子や兄弟が敵同士になるのは家を存続させるための知恵である。一家全員が一方に味方すると、負けた場合、お家取り潰しとなってしまうため、敢えて両方に分かれてどちらが勝っても家だけは存続が可能なようにしたのである)。だが、信繁は兄の信之が家康の配下なので真田家は安泰だとして、豊臣方に付き蟄居の命を破って徳川と戦うことに決める。実は、この場に信繁が居合わせたのは、家康が武勇で知られた信繁を味方に引き入れようとしているのを知り、直々に家康に会って断るためだった。先程の見事な剣捌きを見ていた家康は信繁の腕を誉め、兄同様、自分の家臣になるよう勧めるが、信繁は徳川の臣下にはならないことを宣言し、真田信之の弟ではなく、一介の浪人であるとして、名を真田信繁から真田幸村に改める(真田信繁がなぜ真田幸村と呼ばれるようになったかについての一つの解釈がここで示される)。

霧隠才蔵、根津甚八(同名俳優の芸名の由来となった人物である。演じるのは栗根まこと。なお、俳優の根津甚八は重度の鬱病のため、俳優を引退。劇作や演出のみに専念としているが、鬱はかなり重いようで事実上の活動停止に追い込まれている)、穴山小介(玉城玲央)、三好晴海入道(みよし・せいかいにゅうどう。小林正寛)、三好伊佐入道(佐藤銀平)、筧十蔵(三津谷亮)からなる真田の一党に、最初は反感を覚えていた由利と猿飛であったが、幸村の決然とした態度表明に感銘を受け、真田幸村の配下として大坂城への入城を決める。

大坂城では、淀の方(賀来千香子)が、幸村の到着が遅いとイライラしている。豊臣秀頼(相馬圭祐)は母親をなだめるが、淀の方は、「幸村が裏切ったに違いない」として、幸村の嫡男である真田大助(渡部秀)とお付きの望月六郎(植本潤)に死罪を申し渡す。そこへ現れた幸村。「我々が豊臣を裏切ることは絶対にない」と断言し、淀の方を安心させる。

淀の方と秀頼が奥に帰った後で、大坂城籠城ではなく、打って出て、京、そして瀬田(現在の滋賀県大津市瀬田)まで進軍すべきだと進言する幸村であったが、大野修理亮(しゅうりのすけ)治長(通称は修理。小須田康人)と、大野治房(俊藤光利)の兄弟に、にべもなく却下される。大野修理は、「大坂城には天下の半分の財物、兵糧がある。籠城が一番。戦いが二年、三年と続けば、先に蓄えが尽きるのは攻める方だ」と籠城有利を説く。

幸村の息子である真田大助、そして望月六郎が加わり、真田十勇士となった幸村の一軍は豊臣家を守ることを固く誓う。望月六郎役の植本潤(強面の俳優であるが、今回は真逆のコミカルな役を振られている)は、「舞台となった大阪で演じられる幸せ、大阪公演初日でございまする」と言って、観客からの拍手を受ける。

秀頼の寝所に猿飛佐助は忍び込む。眠っている秀頼の顔を窺ってからすぐに帰るつもりだったのだが、秀頼に見つかってしまう(秀頼の人物像については諸説あるが、今回の劇では比較的英明な人物として描かれている)。佐助は捕縛され、斬られそうになるが、幸村は「秀頼様の寝所に忍び込むよう命じたのは私だ」と言い、「単に仕える人の顔を確認させるだけだった」と述べるが、淀の方はそれでは納得しない。そこで幸村は、大坂城の絵図面を持ってこさせ、「大坂城は東、西、北から攻めるのはいずれも難い。よって敵は南方から攻めてくる。そこで、城の南に真田丸という出丸を作り、そこを死守することで、疑いを晴らして御覧にいれましょう」と言う。淀の方は「出丸を楯に裏切るやも知れぬ」と反論するが、幸村は「ならば真田丸の後ろに鉄砲をお並べ下さい。我々が裏切ったならば、鉄砲を打ちかければ良いまでのこと」と続け、淀の方を黙らせる。実際は、真田丸は佐助を救うために幸村が咄嗟に思いついた方便であったが、言葉通り真田丸を造営し、そこで徳川方を迎え撃つことにする。

真田丸の普請が始まり、真田十勇士も工事に参加する。真田丸の近くの飯屋が十勇士達の憩いの場だ。飯屋を切り盛りするのはハナ(倉科カナ)という若い女性。猿飛佐助はハナに恋心を抱く。だが、ハナの正体は徳川方のくノ一である花風であった。服部半蔵の家臣であり、真田幸村を偵察するために飯屋の主を殺害して乗っ取ったのである。

真田丸での戦いは連戦連勝。徳川方を寄せ付けないが、家康は大砲を天守目掛けて撃ちかける。大野修理は家康から和議の申し出があったことを告げ、今は和議する時ではないと判断し、幸村も同調するが、大砲の弾が天守に当たる。幸村は「流石は家康。大坂城の一番弱い場所を狙って撃ってきた。淀の方様の心だ」と嘆息する。大砲に怯えた淀の方は急いで和議を結ぶことに決める。

和議の条件は堀を埋めること。裸城となった大坂城に籠城しても勝ち目はない。

幸村は家康から寺で対面しようと誘われ、これを受ける。佐助が密かに幸村を守るべく後をつけるが、花風に阻まれる。「なぜ、あなたのような女性が忍びなどやっているのですか?」と佐助は問うが、花風は「私は服部半蔵様の家臣。命令を果たすだけ」と情を挟まぬ態度を取る。

家康と対面した幸村は秀吉を評価し、なぜ豊臣氏を討たねばならぬのかと家康に尋ねるが、家康は、「左衛門佐殿、いや今は幸村殿と呼んだ方が適当かな。秀吉は確かに天下を統一したが、乱世の雄だ。これから100年、200年先まで続く平和の世を築ける男ではない。所詮一代限り」と秀吉を評し、「徳川は違う。太平の世を築けるのは徳川だけだ」と断言する。幸村は家康が自分と違って遠い未来までをも見通して布石を打っていることに驚き、「豊臣の血は乱世に戻る原因となる。絶たねばならぬ。私は初代だ。子々孫々に到るまで続く徳川幕府を作る。すでに息子達を要所要所に配した。わしが死んでも徳川幕府はビクともしない。幸村殿、これよりもよい方策をお持ちかな?」と聞かれて二の句が継げず、理屈では家康に完敗したことを知るのだった。

家康の人物に自分が遠く及ばないことを知ったショックから、大坂城に戻って酒に溺れてばかりいた幸村であったが、ある事実を知り、それに命を懸けることに決め、再び精気を取り戻す。大坂夏の陣、そして幸村の最後の戦いが始まる……

いのうえひでのりほどではないが、宮田慶子もダイナミックな演出をする。中島の脚本も傍白や独り言を多用するなど外連味があり、歌舞伎の本のようであるが、宮田は歌舞伎の様式に走ることはなく、あくまでも外連味たっぷりの現代演劇として演出する。

上川隆也は現役トップクラスの舞台俳優であり、天才的な演技を見せるが、あくまで理詰めで役を作り上げるタイプであり、自然に演じて結果としてそれが上手くいくのではなく、細かい動作まで全て計算して演じている。今日も声をいつもより野太くするなど、幸村を益荒男として体現する。見ていて非常に勉強になる俳優である。「上川隆也の舞台を見ずして俳優や演技を語るなかれ」。

上川の殺陣の美しさには定評があるが、今日は刀だけでなく、槍による殺陣も披露。刀や槍を振り回している時も絵になるが、何といっても映えるのは構えている時や相手を斬った後で間を取る時、つまり止めている際のポースである。流れることなく、ビシッと決まる。

他の俳優で注目すべきは、倉科カナの演技。朝の連続テレビ小説のヒロインに選ばれる前。つまり、無名の時に兵庫県立芸術文化センター中ホールでヒロインを演じていた(それが初舞台であり初演技であった)芝居を観たことがあるが、あの下手くそだった女優がここまで絵になる女優になるとはと、素直に嬉しかった。可憐なハナと怜悧な花風の演じ分けが見事である。

殺陣の迫力は圧倒的であり(映画やテレビではここまでの迫力を出すことは出来ない)、舞台の醍醐味である。役者達もキレのある殺陣で舞台を盛り上げる。津軽三味線の吉田兄弟を起用して本当のチャンバラにした音楽もセンスがあるし、演出の殺陣の見せ方も上手い。

終演後、観客はオールスタンディングで役者達を讃える。拍手に応えて、俳優陣は何度も登場。非常にエキサイティングな舞台であった。

※後記:日本語が乱れた箇所があったので訂正しました。なお、上川隆也主演の舞台「真田十勇士」は映像収録が行われ、2014年3月にDVDが発売される予定です(2014/02/17)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 7日 (金)

いわゆる佐村河内守事件(偽ベートーベン事件)

作曲家の佐村河内守が、18年ほど前から、桐朋学園大学非常勤講師の新垣隆(にいがき・たかし)をゴーストライターとして雇っていたという「佐村河内守事件」。佐村河内守の交響曲第1番《HIROSHIMA》全曲の初演は、京都コンサートホールで行われており、京都市、広島市の両市長や、ノーベル賞受賞者である益川敏英氏なども臨席して行われた。私もその場にいた。

その後、交響曲第1番《HIROSHIMA》の全国ツアーが行われることになり、私は2013年の12月19日に、京都コンサートホールで、再度、交響曲第1番《HIROSHIMA》を聴いている。

その時の感想は以下の通りである。

午後7時から、京都コンサートホールで、佐村河内守の交響曲第1番《HIROSHIMA》を聴く。演奏は、アレクサンドル・アニシモフ指揮の京都市交響楽団。佐村河内守の交響曲第1番《HIROSHIMA》は全国ツアーを行っており、他の会場では金聖響が指揮をするのだが、京都だけはアレクサンドル・アニシモフが指揮をする。

佐村河内守の交響曲第1番《HIROSHIMA》は完成したのは、今から丁度10年前の2003年のことだったというが、初演は遅く、全曲初演となると更に遅い。全曲初演が行われたのは、ここ京都コンサートホールで、秋山和慶指揮京都市交響楽団によって演奏された。山田啓二京都府知事、門川大作京都市長も客席に招かれての初演であった。

初演時もそうであったが、今日も作曲者である佐村河内守は会場に来ており、開演前に拍手が起こったので、何かと思って見てみると、佐村河内が大ホール内に入ってきたところであった。

佐村河内守は、広島生まれの作曲家。被爆二世として生まれ、放射能の影響により中学生時代から頭痛などに悩まされることになる。高校卒業後はアカデミズムを嫌い、音大も大学にも進まず、肉体労働などをしながら独学で音楽を学んでいく。貧困に悩まされ、家賃滞納のためアパートを追い出されて、半年ほどホームレスをしていたこともある。バンドを組んでおり、ポピュラーシンガーにならないかとの誘いもあったが、時を同じくして実弟が亡くなったため、それは断っている。以後、ゲーム音楽で才能を認められるが、耳の病気は深刻化し、遂に全聾になる。

佐村河内はショックの余り、自殺未遂をしたことが二度あり、現在も1日に15種類の薬を服用する生活を続けている。病気は耳以外の場所でも起こっており、杖を突き、サングラスをしていないと眩しくて外出出来ないほどである。

佐村河内守の交響曲第1番《HIROSHIMA》は、大友直人指揮東京交響楽団の演奏によるCDがリリースされているが、最後の大物音楽評論家といわれる宇野功芳氏は、佐村河内の交響曲第1番《HIROSHIMA》に関して、「哀れで聴くことが出来ない」と批評を拒否している。ベートーヴェンのように故人ならいいのだろうか。あの世代の人にありがちなことだが、逆差別のように感じた。

今日の指揮者であるアレクサンドル・アニシモフはロシア出身。NAXOSに数点の録音を行っており、私も彼が指揮したグラズノフの管弦楽曲集のCDを持っている。

ロシア出身の指揮者による演奏ということで、秋山や大友といった日本人指揮者による演奏ではわからなかったことがわかるようになる。まず感じ取れるのは、ショスタコーヴィチやストラヴィンスキーといったロシアの作曲家からの影響だ。大音量や推進力はショスタコーヴィチを思わせるし、鋭さと鮮やかさを兼ね備えた響きはストラヴィンスキーを連想させる。その他にもメシアンのトゥーランガリラ交響曲を思わせる箇所もある。佐村河内はそれまで何曲も交響曲を書いていたが、それらを全て破棄し、交響曲第1番《HIROSHIMA》に知っている音楽イディオムの全てを注ぎ込んだ。そのため、極めて重厚な音楽になっている。
「タンタタタン」という、黛敏郎の「舞楽」でも使われた東洋的なリズムも特徴であり、汎世界的な音楽でもある。

指揮のアニシモフは比較的速めのテンポを採用。それでも交響曲第1番《HIROSHIMA》は長大であるため、演奏時間は70分ほどを要した。

アニシモフの指揮スタイルは端正なもので、拍を刻むことはなく、右手の上げ下げが主であるが、時折棒を左右に動かしたり、左手だけを前に出すなどしてオーケストラを導く。今日、私が聴いたのは、2階席の舞台下手側2列目の席であり、この席は音のバランスが悪い。ということもあってか、第1楽章の「タンタタタン」の主題が現れるときは、管楽器だけが大きく、弦楽器は弱く聞こえた。ただ、ロシアの指揮者はブラスを咆吼させるのが大好きな人が多く、そのため敢えてバランス無視で管楽器を表に出したのかも知れない。京響の金管群は総合力で関西ナンバーワンだと思うが、今日はその金管群が強すぎるという印象も受けた。

最終楽章ラストの大音量はCDで再生させることは出来ないものであり、佐村河内の真価を聴くためにもコンサートホールに足を運んでいただきたいと思う。現代音楽の演奏会は、世界中で避けられる傾向にあるが、交響曲第1番《HIROSHIMA》は、それほど難解ではない。

今から思えばであるが、私は交響曲第1番《HIROSHIMA》から、ショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキー、メシアンなどの20世紀音楽の影響を聴き取っており、非常にアカデミックな作品であると感じているのがわかる。現代音楽を否定した佐村河内守のスタンスとは異なるものを聴いていたことになる。おそらく私よりも音楽に詳しい人(沢山いるだろうが)が聴くと、「これは音楽大学でアカデミックな教育を受けた人の作品だ」と気付いたかも知れない。だが、思い込みというのは怖ろしいもので、一部のオーケストラ奏者を除けば、これが佐村河内の作曲によるものではないのではないかという疑問すら持たなかった。ゴーストライターの存在など思い浮かぶはずもないといえばそういうものなのだろうが。「大きな嘘ほど騙されやすい」というが、記譜も出来ない人間が「悲運の大作曲家になりすまそう」などとは、少なくとも人並みの良識があるなら思いつきさえしないものであろう。

そしてこれもまた大きな一因であるが、佐村河内守が実際に作曲家として活躍していた時代があったということも、ゴーストライターの存在を隠す形になった。

※後記:新垣隆はゴーストライターをしていたことに責任を感じ、桐朋学園大学に辞表を出したが、新垣の人柄を慕う学生や教え子、才能を認める有志などのネット署名が1万を超えたたため、桐朋学園大学も新垣の辞表を白紙撤回とした(2014/02/18)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 6日 (木)

コンサートの記(123) 金聖響指揮 京都フィルハーモニー室内合奏団第191回定期演奏会「ニューイヤーコンサート2014」

2014年1月17日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都フィルハーモニー室内合奏団の第191回定期演奏会「ニューイヤーコンサート2014」を聴く。

京都フィルハーモニー室内合奏団は、これまで、指揮者を置かないで活動して来た期間の方が長かったが、演奏回数も減り、主なしでは予算的にも厳しいということで、齋藤一郎を4月から初代音楽監督として迎えることにしている。齋藤一郎は、NHK交響楽団の副指揮者時代には注目を浴びた人だが、その後は伸び悩んでいるだけに、齋藤に取っても良い機会となるだろう。ただ、今シーズンも京都フィルハーモニー室内合奏団の定期演奏会は数えるほど。その中で、「どうしても聴いてみたい」というプログラムの演奏会は残念ながらゼロである。

今日の指揮者は金聖響(きむ・せいきょう)。1970年、大阪生まれの在日韓国人三世の指揮者である。世界中どこに行っても苗字は韓国語読み、名前は日本語読みで通す。在日韓国人三世ではあるが、子供の頃からインターナショナルスクールに通っており、14歳の時に一家で渡米。以後の教育はアメリカとヨーロッパで受けているということもあり、中身は西洋人かも知れない。聖響という名前であるが、学者の家系の生まれており、聖響という名前になったのもたまたまで、両親共に聖響が音楽の道に進むのには反対したそうだが、聖響は名門・ボストン大学哲学科に入学。優秀な成績で卒業して両親を黙らせ、ニューイングランド音楽院大学院を修了。その後、ウィーン国立音楽大学でも学んでいる。
東京音楽大学で広上淳一が開講していた指揮者コースにも下野竜也らと共に通っていたが、広上は下野については「下野君は当時から断トツに優秀でした」と語り、一番弟子扱いしている一方で、金聖響について言及したことはなく、余り気に入られなかったのかも知れない。
「のだめカンタービレ」の千秋真一の外見上のモデルになるほど若い頃はハンサムで、女優キラーとして知られ、酒井美紀と噂になったり、映画で共演したミムラとは結婚にまで漕ぎ着けるが、指揮者と女優とでは互いに多忙すぎてほとんど顔を合わせることすらなく、結婚した意味がないということで、数年後に離婚。慰謝料など一切なしの円満離婚であった。

今日のプログラムはオール・アメリカもの。アメリカで音楽教育を受けた金聖響には最適のプログラムである。

曲目は、コープランドの「アメリカの古い歌」第1集(バリトン:晴雅彦)、グローフェの組曲「グランド・キャニオン(大渓谷)」(ホワイトマン楽団初演版)、コープランドのバレエ音楽「ビリー・ザ・キッド」より“ワルツ”“大平原の夜”“祝いの踊り”、レナード・バーンスタインの「ウエストサイド物語」からシンフォニック・ダンス(Farrington編曲)。

なお、午後6時30分からホワイエで、京フィルメンバーによる「お出迎えコンサート」があり、アメリカのヨハン・シュトラウスことルロイ・アンダーソンの「フィドル・ファドル」、「プリンク・プランク・プルンク」、「シンコペテッド・クロック」が小編成で演奏された。

今日は室内合奏団で演奏するにはスケールが大きい曲がある上に特殊な編成を取る必要があるため、普段以上に多くの客演奏者を招いている。コンサートマスターも客員コンサートマスターの釈伸司が務める。

コープランドの「アメリカの古い歌」第1集は、アメリカ民謡などから歌詞を取ってコープランドが作曲したもので、讃美歌のような美しい歌からコミックソングまで曲想が幅広い。
バリトン独唱の晴雅彦は、最終曲であるコミカルソング「私は猫を買ってきた」で大袈裟に歌って聴衆の笑いを誘う。

最初の曲であるコープランドの作品が終わったところで、楽団員全員が退場し、金聖響一人がマイク片手に出てきて、トークを行う。「オール・アメリカ・プログラムです」と金は語り、「前回、京フィルを指揮した時も実はオール・アメリカ・プログラムでした」と続ける。それから、グローフェの紹介(ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」のオーケストレーションをした人など)をし、今回はジャズバンドで初演された時の編成での演奏で、もう初演版の楽譜は出版されていないので、コロンバス交響楽団(広上淳一がオーケストラ首脳部と対立して解任されたところである。その後、コロンバス交響楽団はどうなっているのだろう)に保存されていた楽譜をお借りしての演奏だそうである。
レナード・バーンスタインの「ウエストサイド物語」よりシンフォニック・ダンスは、イギリスの作曲家兼編曲家のファリントンという人物の室内オーケストラのための編曲版による演奏であるが、版権の問題があるため、演奏は一度きりしか許されていないそうで、演奏終了後には楽譜を破棄する必要があるかも知れないとのことだった。

グローフェの組曲「グランド・キャニオン」。今はどうか知らないが、中学校もしくは高校の音楽の授業における名曲鑑賞などでよく使われた曲である。グローフェがいたジャズバンド、ホワイトマン楽団のために書かれた初版での演奏であるため編成はいびつ。弦楽器は第1ヴァイオリン第2ヴァイオリンともに4人、ヴィオラ3人、チェロ2人、コントラバス1人と薄手である一方で、トランペットは4管編成。サキソフォンも4管編成という、クラシックではまず考えられない大所帯である(サックスは全員客演奏者)。バンジョーもいるが、楽器自体が音量豊かなものではないということもあり、余りはっきりとは聞こえない。

第1曲「日の出」でミュートトランペットが入るなど、フルオーケストラ版とは異なるところがいくつもある。第2曲「赤い砂漠」はラスト自体が違う。

なお、何故かはわからないが、1曲終わる毎に客席から拍手が起こる。休憩時間にホワイエなどをのぞいたところ、京フィルの定期会員入会などに大勢の人が並んでおり、クラシックのマナーに疎い招待客が多いというわけでもなさそうだ。以前、京フィルを聴いた時にはこんなことはなかったのだが、どうしたのだろう。京フィルの演奏会ではこれが流儀になったのだろうか?

金聖響の作る音楽は見通しの良い、すっきりとしたものであり、描写力に長けたこの曲の魅力を存分に味わわせてくれる。「グランド・キャニオン」は通俗的ではあるが、エンターテインメントとしては優れた作品だ。

後半。コープランドでのバレエ音楽「ビリー・ザ・キッド」よりの3曲ではしなやかな演奏を展開し、本邦初演となるファリントン編曲による「ウエストサイド物語」よりシンフォニック・ダンスでは、リズミカルで抒情的な演奏が繰り広げられる。レナード・バーンスタインの「ウエストサイト物語」よりシンフォニックダンスであるが、全曲有名ナンバーから編まれているものの、実は更に有名な、「トゥナイト」、「マリア」、「アイ・フィール・プリティー」、「アメリカ」などは入っていない。ミュージカルは名ナンバーが1曲入っていれば名作となるので、「ウエストサイド物語」がいかに怪物級の作品であるかがわかる。ファリントンの編曲は弦の人数が少ないということを考慮して、本来は金管が受け持つ旋律を木管に吹かせるなどの工夫が見られた。

アンコールは、ヨハン・シュトラウス二世のポルカ「雷鳴と電光」。三重県文化会館で、広上淳一指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏でも聴いたばかりだが、金の振る「雷鳴と電光」は、広上指揮のものに比べるとリズム感が今一つ。金は広上より丁度一回り若いので、広上と比べるのは酷かも知れない(ちなみに広上さんは、「のだめカンタービレ」の片平元のモデルといわれている)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頑是ない子供のような

無知と不寛容は兄弟のようなものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 4日 (火)

早春賦

NHK東京放送児童合唱団による「早春賦」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 3日 (月)

恵方ロール

恵方ロール

今日は節分。というわけで恵方巻を召し上がる方も多いと思います。恵方巻は大阪が起源。歴史はまだ浅いです。ただ私が京都に来た12年前には恵方巻は関東では存在すらほとんど知られていなかったのに予想以上に早く広まったなという印象は受けます。
さて、海苔業者の次は製菓業者だというわけで、恵方ロールなるものが売られています。試しに買って食べてみたのですが、かなり美味しいです。私は恵方巻の方が好きですが、女性やお子さんには恵方ロールもいいかも知れませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

笑いの林(14) 「エリまき早希どやさ ~おしゃべりエディション~」

2011年7月11日 よしもと祇園花月にて

午後7時より、よしもと祇園花月で、「エリまき早希どやさ ~おしゃべりエディション~」を観る。

エリまき早希は、吉本所属の、マジシャン&タレントである小泉エリ、吉本新喜劇の宇都宮まき、お笑い芸人&タレントの桜 稲垣早希の三人からなるアラサー美女ユニット。舞台での公演の他、2010年の暮れにはABCテレビで深夜の特番ながら看板番組を放送している。

小泉エリは京都市、宇都宮まきは大阪市、桜 稲垣早希ちゃんは神戸市の出身で、京阪神トリオでもある(桜 稲垣早希ちゃんだけ、「ちゃん」付けなのは個人的嗜好である。私は「ちゃん」付けが似合う人は年齢に関係なく「ちゃん」を付ける。知り合い以外で、「ちゃん」を付ける人は、今のところ、桜 稲垣早希ちゃんと(原田)知世ちゃんだけであるが。尊敬する部分のある人はやはり年齢に関係なく「さん」を付ける。ずっと年下であるAKB48の高橋みなみのことは普段は「たかみなさん」と呼んでいる。柴田淳のことを「しばじゅんさん」と呼ぶこともある)。

一番年上、また京都での公演ということもあり、小泉エリが仕切りを担当。またシークレットゲストとして、ザ・プラン9のヤナギブソンが呼ばれた。

全員、浴衣姿で(小泉エリはピンク、宇都宮まきは黒、桜 稲垣早希ちゃんは白を基調とした浴衣であった)、下手の花道を通って登場。宇都宮まきは桟敷席の客と握手するなどファンサービスがよい。

余計なお世話であるが、小泉エリはテレビで見た方が綺麗で、宇都宮まきと早希ちゃんは実物の方が可愛い。

まずは、それぞれの顔のパーツを組み合わせて、理想の顔をつくるというコーナー。小泉エリ曰く、「(AKB48の)江口愛実のパクリ」である。小泉エリは、早希ちゃんのパーツをわざと投げ捨てて仲の悪さを印象づける(実際は仲がいい)。

髪型が早希ちゃん+宇都宮まき、目が宇都宮まき、鼻が小泉エリ、眉毛と口が早希ちゃんで組み合わせるが、どう見ても美人にはならない。「AKBって凄いんやなあ」と三人。小泉エリが出来上がった顔を自分と宇都宮まきを合わせて「小いの宮としこ」と名付け(としこという名前は何となく浮かんだらしい)、早希ちゃんは「自分の名前が入ってない」と文句を言う。小稲宮としこなら全員入るんだけどね。何で思いつかないんだろう。

小泉エリと、早希ちゃんが互いに美貌を自慢し合い、「ミス京都」、「ミス愛染娘」と名乗るがこれはいずれも見得。小泉エリはミス京都特別賞(ロマン吉忠賞)だし、早希ちゃんは愛染娘に選ばれただけでミスは獲得していない。

続いて、「今年の夏のお薦め」コーナーとして、彼女たちのお気に入りが紹介される。まずは早希ちゃんが「妖怪」を紹介。水木しげるの絵を用いて、天井なめ、家鳴、餓鬼憑などの妖怪を紹介した後で、「ぬらりひょん」とはどんな妖怪かをクイズにする。ぬらりひょんは名前は知っていても、みなどんな妖怪かは知らなかった。私もわからなかった。答えは「人の家に勝手に上がり込んでお茶をすすったりする」妖怪らしい。

続いて、サイコロを用いてのトークコーナー、小泉エリがサイコロを振って,、出た面に書かれた名前の人が最近の出来事を話すのだが、小泉エリは出た面に関係なく人を選んでいく。いつも「ロケみつ」でサイコロに苦しんでいる早希ちゃんが文句をいう。

まず宇都宮まきのトーク。最近、スペイン巡礼の旅の番組ロケを行ったそうで、その際、宇都宮まきの他に、カメラマン、音響、プロデューサーなどのスタッフが同行したのだが、美しい風景を撮るのにカメラの三脚(通称:アシ)が必要なのに持つ人がいないということで、一番偉いはずのプロデューサー(実名は言っていたがここでは仮にKさんとしておく)がアシを持つことになったという。アシは10kgほどあるそうで運ぶのはかなり大変だそうだ。ある時、コウノトリの生息地についたので、カメラマンが良い景色だと思い、プロデューサーに「アシ下さい」と言ったところ、プロデューサーはカメラのアシではなく、自分の足を見てキョロキョロしていたとのこと。「偉い人なのに天然」という話であった。Kさんは巡礼の最後の地である教会堂に着いても、皆が感動している中で「僕はなんかよくわからないや」という感想しか言わなかったそうである。

次いで早希ちゃんのトーク。最近、マネージャーが大学を出たての若い男の子(実名を言っていたがここでは仮にU君としておく)に変わったのだが、新人なのでミスが多くて困っているとのこと。午後3時から収録の番組に早希ちゃんが出演するはずだったのだが、U君は3時30分からと勘違いして早希ちゃんに伝えてしまい、二人で3時半にテレビ局に行ったらもう収録が始まっていて焦ったという。「U君、もう収録始まってるよ」と早希ちゃんが慌てて言うと、U君は「稲垣さん、頑張って下さい」としか言わなかったそうだ。
更に、ある収録で早希ちゃんが現場でスタッフの到着を待っていたところ、いつまで経ってもスタッフが現れない。そこでU君に「スタッフどうしてるの?」と訊くと「前の収録が押してて遅れるそうです」と答えが返ってきたが、それから2時間ほど経ってからスタッフが現れて、普通に準備を始めたので不審に思った早希ちゃんが再びU君に訊くと、自分がスケジュールを間違えたのをスタッフのせいにしていたことがわかった。早希ちゃんは「U君、嘘だけはつかないで」とお願いしたそうだ。
そしてある日、U君が「ガイナックス(「新世紀エヴァンゲリオン」の製作会社)さんが、稲垣さんのフィギュアを発売するそうです」との話を持ってきた。「どういうこと?」と訊くと、「アスカのコスプレをした稲垣さんのフィギュアを作るそうです」「え? それじゃアスカのフィギュアなんじゃないの」「違います、実際のアスカより不細工に作ってあります」と、不細工なところだけは嘘をつかなかったというオチであった。

最後は小泉エリのトーク。マジシャンは手品の道具が多いので、旅をする際にキャリーバッグを引きずって使用しているのだが、駅の改札ではキャリーバッグを右手で立てて、右手で切符を通し、再び右手でキャリーバッグを持って進むという。ある日、駅の改札で引っ張っても引っ張ってもキャリーバッグが動かないので振り向いてみると、キャリーバッグではなく、知らないおじさんの手を引っ張っていたとのことだった。

続いて、小泉エリの「今年の夏のお薦め」。バイクだそうである。ハーレーダビッドソンのバイクを購入し、大型二輪の免許を取得したという。ヤナギブソンが「男でも中型免許の人が多いのに大したもんだ」と感心する。小泉エリは自分を追い込むためにまずハーレーダビッドソンのバイク(約300万円)を購入してから教習所に通って大型二輪免許を取得したという。そして、ハーレーダビッドソン仲間の写真を紹介するのだが、皆、「あ、この人知ってる」という。番組のスタッフが多いらしい、そして、一番右に写っているのは小泉エリの父親(横木ジョージ。小泉純一郎元総理に似たマジシャンとして活躍。小泉エリ(本名:横木絵梨)の芸名は、小泉純一郎から取られている)だという。親子でバイクの雑誌に載った記事も披露する。
次いで、小泉エリはバイクのウエアについても紹介。宇都宮まきと早希ちゃんに似合うバイクスーツを紹介する。ヤナギブソンは「ハーレーダビッドソンに乗ってる男は10割、ファッションがいけてない」と言う。小泉エリは宇都宮まきにはピンク色の上着とパンツを紹介するが、早希ちゃんのために選んだパンツはなぜか、股間の部分が切り取られたものであった。なんでも、ザ・プラン9の、おーい!久馬が主催する月刊コントという催しで、小泉エリが早希ちゃんのアスカの格好をしたことがあったのだが、その時、早希ちゃんは、自分も出て、汗が付着したビショビショのままのアスカの衣装を小泉エリに渡したそうで、バイクのパンツも「早希ちゃんは汗っかきだから汗かく部分を切り取った」と説明した。
更に小泉エリは早希ちゃんが、原付免許に落ちたことを取り上げ、「そういうとろい駄目な人のためには」とハーレーダビッドソンの三輪車を紹介する。約500万円で、早希ちゃんの「ロケみつDVDが売れに売れていて(「関西縦断ブログ旅」、「四国一周ブログ旅」合わせて11万枚を突破)キャッシュで買えると聞いたのでお薦め」「これはバイクの免許がなくても乗れます」しかし「自動車の運転免許は要ります」とのことだった。
早希ちゃんは、「とろいから落ちたんじゃなくて、学科で落ちたんです。3点足りなかった」と話す。ヤナギブ「原付、学科で落ちる人なんているの?」、小泉「(普通は)いません」という話になり、早希ちゃんは「当時付き合ってた彼氏が、学科で落ちたのを見て引いて帰って行った」と語った。
早希ちゃんが原付免許に学科で落ちたという話は有名で、今月2日の劇団アニメ座大阪公演でも、出演者で早希ちゃんファンの、がっき~に「稲垣早希ちゃんあるある、稲垣早希ちゃんは頭が悪くて原付免許に学科で落ちた、あるある」とネタにされている。ただ上には上がいて、松浦亜弥は原付免許の学科に17回連続で落ちて、結局、免許を諦めたという。

次いで、創作怪談のコーナー。本当の怪談は怖いので、みなに怪談を作ってもらって発表すると小泉エリが説明する。
早希ちゃんは、「ロケみつ」ブログ旅で、山口県の田舎に行った時に天候も悪く、宿探しをしないといけないので困っていると、遠くに人影が見えたので声を掛けようと思い、走っていったが、いつまで経ってもその人の元に行けない。「おかしいな」と思っていると、すぐ後ろから子供が現れたので、「今日、お姉ちゃん泊まるところないの」というと、子供は「家に泊まりなよ」という。そこでその子の家に行くと父親も母親もいない。「両親がいなくて子供だけなのに泊まっていいのかな」と思っていると、子供が「お姉ちゃん、サイコロ振って」という。で、早希ちゃんがサイコロを振ると壱が出た。「ブログ旅と関係ないところでも壱なのか」と落ち込んで、サイコロを取りに行かずにその日は寝たのだが、翌朝、スタッフに起こされると、そこは断崖絶壁で、しかも自殺の名所。もし自分がサイコロを取りに行っていたら崖から落ちていた、という創作怪談をする。人影に近づけない部分は余計なんじゃないかと思うが、まあまあ悪くはない。

小泉エリの創作怪談は、学生時代(京都外国語大学)にマジシャンの仕事を始めたのだが、岡山で仕事があり、安いホテルに泊まったという。ホテルの部屋に入った途端、自分には霊感がないのに嫌な気がした。しばらくするとドアがガタガタいいはじめたので開けてみると、柵も何もなく、落ちようと思えば簡単に落ちることの出来る構造だったという。その時、後ろから気配がしたがやりすごし、額縁の裏にお守りが貼ってないか調べたところ、お守りを剥がした跡があった、「これは寝なきゃ」と思い、眠りに就こうとすると、ベッドが今度はガタガタいう。そこで、ベッドの下をのぞくと目の血走った男がこちらを睨んでいた、というものであった。最後の部分は有名な都市伝説をそのまま使っている。

宇都宮まきの創作怪談は、昔、バスガイドのアルバイトをしていた(嘘である)時に、ある宿屋に泊まることになったのだが、バスガイドは曰く付きの部屋に泊まらねばならず、それが嫌なので、バスの中で寝ることにした。夏で、蒸し暑かったが、冷房のためにバスのエンジンをかけるとうるさくて苦情が来るのでそのまま寝た。何とか眠れたと思った矢先、生暖かい風が吹いているのに気付いた。そこで起きてみると、バスのガラスに沢山の顔が貼り付いている。しかし、それは幽霊ではなくて、昼間ガイドしたおじいちゃんやおばあちゃんが、涼しくしてあげようと息を吹きかけていたという妙なオチ(?)になっていた。「幽霊より生身の人間の方が怖いというのを表したかった」と宇都宮まき。

次は、宇都宮まきの「今年の夏のお薦め」。何と「BL(ボーイズラブ漫画)」であった。フリップにBLのコマを拡大して出したのだが、余りの卑猥さに、一同、引きまくりであった。ヤナギブソンは「女の人ってこんなの読むの?」と訊き、宇都宮まきは「読みます」と答えたが、他の女性二人は「読まへん」と否定。実際、下ネタもやる人達なのに、二人とも卑猥すぎる描写を正視出来ていなかった。

最後は、ヤナギブソンを司会にしての、「ハリセン早押しクイズ」。早希ちゃんの提案によるもので、クイズの正解がわかったときは誰かの頭をハリセンで叩いて答え、もしはずした時は逆に叩いた相手から叩き返されるというものである。

問題のほとんどは最後まで聞けば誰にでもわかるものなので、三人娘による叩き合いになる。ただ、「西暦645年に蘇我入鹿を暗殺して成し遂げられた政治改革を何というか」という問題には中学校入試のレベルの問いのはずなのに三人とも動きが止まってしまい、会場から笑いが起こる。結局、答えが出ないまま次の問題へと進んだ(答えはいうまでもなく「大化の改新」。小学校の歴史の最初の方で習うはずなのだが。小泉エリは大卒資格を返上した方がいいんじゃないか)。

「2004年に発売された、ICチップを埋め込んだ携帯電話やその機能を何というか」という問題にも、「FOMA」、「スマートフォン」と珍答続出。ヤナギブソンは「おサイフケータイ」と答えを発表する。

「今の内閣総理大臣は菅直人ですが、その前の総理大臣は誰?」という問題にも、「橋本」、「小渕」、「安倍」と時代錯誤な答えが出まくる(前二者はすでに故人である)。早希ちゃんに至っては「宇治原」と総理でも何でもない人の名前を挙げる始末であった(正解は鳩山由紀夫)。

ラストは三人で叩き合いながらの幕となる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 2日 (日)

リパブリック讃歌

「権兵衛さんの赤ちゃんが風邪引いた」り「新宿西口駅の前」だったりと色々な替え歌が作られている「リパブリック讃歌」。替え歌が多いせいで元のタイトルがよく知られていなかったりします(厳密にいうと「リパブリック讃歌」というタイトル以前にも他のタイトルがあったようですが)。南北戦争の北軍の行進曲、讃歌、また北軍の勝利が黒人奴隷解放にも繋がったために黒人霊歌としても扱われる「リパブリック讃歌」。今回は通常よりかなりテンポの遅いコーラル風のものをお聴き下さい(聴き慣れたテンポの歌唱で良い映像がなかったため)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 1日 (土)

コンサートの記(122) 三ツ橋敬子指揮関西フィルハーモニー管弦楽団 「21世紀の新世界」2014

2014年1月11日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時からザ・シンフォニーホールで、「21世紀の新世界」という演奏会を聴く。毎年1月にザ・シンフォニーホールで行われている演奏会で、年末の「21世紀の第九」と年始の「21世紀の新世界」で一セットと考えていいだろう。余談であるが、元日にドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を聴く習慣を始めたのは私個人の方が早い。ただ、同じようなことを考える人もいたのだろう。

演奏は、三ツ橋敬子指揮の関西フィルハーモニー管弦楽団。

プログラムは、ドヴォルザークの「スラヴ舞曲」より第1番、第8番、第15番、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(ピアノ独奏:松永貴志)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」

山田和樹、川瀬賢太郎と共に「日本人若手指揮者三羽烏」の一人に挙げられる三ツ橋敬子。東京藝術大学大学院音楽研究科指揮専攻を修了後、ウィーン国立音楽院(ウィーン国立音楽大学)とイタリアのキジアーナ音楽院に留学。2008年にアントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで日本人、また女性して初の優勝。同コンクール最年少での優勝というおまけまでついている。

私は京都コンサートホールで、三ツ橋が京都市交響楽団を指揮したコンサートを聴いたことがあり、オーケストラを鳴らす術に長けた指揮者という印象を受けている。

京都コンサートホールで聴いた時は三階席でステージから遠かったのでわからなかったのだが、今日のように1階席で聴くと、三ツ橋が小柄な女性であることに気付く。一応、ハイヒール(といっても踵の部分のしっかりとしたもの)を履いているのだが、それでも、同じくハイヒールの女性奏者と比較しても明らかに背が低い。男性奏者の横に立つと大人と子供のようである。おそらくステージ上にいる人間で一番背が低いのは三ツ橋であろう。

そんな小柄な三ツ橋であるが、引き出す音楽は張りがあって、スケールも大きい。前回に見たときと同様、指揮棒を握っていない左手が雄弁であり、時には指揮棒を手にした右手よりも左手の方がものを言っていることもある。また、体をくねらせて音型を示す指揮姿が特徴的である。「将軍と指揮者にだけは女性はなれない」と言われていたが、最近は女性の指揮者も増えた。女性指揮者のコンサートを聴く機会も増加しつつあるが、多くの指揮者は男性指揮者と同じような指揮をする。三ツ橋の指揮はそれらに比べて女性独自の指揮法といった印象を受ける。

ドヴォルザークのスラヴ舞曲では、いずれも勢いがありながら端正という演奏を聴かせる。

「ラプソディ・イン・ブルー」のピアノ独奏者である松永貴志は、1986年生まれの若手。ジャズのピアニストであり、17歳でメジャーレーベルからデビュー。翌年にはマイルス・デイヴィスが持っていたニューヨーク・ブルーノートでの最年少リーダー記録を塗り替える公演を行っている。クラシックではガブリエル・タッキーノと2台のピアノ用に編曲された「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏している。

松永は、特にカデンツァで即興をバリバリに取り入れたピアノを披露。三ツ橋指揮の関西フィルも力強い演奏を展開して、情熱的な仕上がりとなった。

松永はアンコールとして、自作「オープンマインド」と即興演奏を披露する。

メインであるドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。
関西フィルハーモニー管弦楽団はオーケストラとしての歴史も浅く、力強さも今一つの楽団であるが、三ツ橋は関西フィルから密度の濃い響きを引き出す。細部から丁寧に積み重ねていく音楽作りであるが、三ツ橋の指揮がリズミカルということもあり、推進力にも欠けていない。第2楽章の仄暗い抒情性は独特であり、第3楽章、最終楽章の立体感も見事である。
金管がいささか弱く、第1楽章では、三ツ橋は、トランペットなどに更に大きな音を要求したが、関西フィルの奏者の肺活量ではそれは無理なようで、三ツ橋が望むような音は出せなかったのが残念である。ただ第4楽章などでは金管も健闘していた。

今年初の「新世界」交響曲の演奏として納得のいくものであった。

アンコールはヨハン・シュトラウス一世の「ラデツキー行進曲」。三ツ橋はスタートの合図だけして、しばらくはオーケストラに演奏を任せ、客席の方を向いて拍手係を担当する。ラストでは関西フィルをしっかりと振って、見事なラストを築いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »