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2014年4月19日 (土)

観劇感想精選(117) 野田地図(NODA・MAP)第18回公演「MIWA」

2013年12月1日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後1時から、シアターBRAVA!で、野田地図(NODA・MAP)の第18回公演「MIWA」を観る。作・演出・出演:野田秀樹。野田地図久しぶりの大阪公演である。今日が全公演の千穐楽となる。

タイトルである「MIWA」はシンガーソングライターのmiwaではなく、美輪明宏のことである。美輪明宏を主人公にした芝居であるが、そこは野田秀樹のこと、単なる伝記に終わるわけがない。

出演は、宮沢りえ、古田新太、瑛太、井上真央、小出恵介、浦井健治、青木さやか、池田成志ほか。

大きな木枠が二つに座椅子が二つというシンプルな舞台セットであるが、溶暗し、舞台が一度暗闇に包まれてからすぐにライトに照らされると、もう舞台上には役者が沢山おり、座椅子も移動している。役者全員がかなり速い動きをしたことがわかる。

ここはあの世への入り口、いわゆる「男性自身」が描かれた踏み絵を女性達が踏んでいく。踏み絵を踏めれば天国に行けるようだ。だが、ある女性(宮沢りえ)は、男性自身を踏まれる痛さを知っていると言って踏み絵を拒否。宮沢りえ演じる女性は「男でも女でもない化け物」であるとして、この世に放逐される。その時に、今の黄色い髪をした美輪明宏の格好をしたアンドロギュノスという神(古田新太)が共にこの世に降りる。アンドロギュノスは両性具有の神。宮沢りえ演じる女性はこの世に生まれ変わり、丸山臣吾という幼名を持つ同性愛者である男、丸山明宏、芸名:美輪明宏となる。美輪明宏にはいつもアンドロギュノスがついている。つまり美輪明宏はアンドロギュノスの神に祝福された存在なのだ。まだ幼名の丸山臣吾だったころの美輪明宏少年は「アンドロギュノス」という言葉を発音出来ず、「安藤牛乳」と呼ぶ。安藤牛乳は、丸山家の斜向かいにある牛乳屋の名称でもあるが、アンドロギュノスは「安藤牛乳でもいいか」と自身を安藤牛乳と呼ぶことを許す。少年時代の美輪明宏がちょっとしたフレーズを歌うときは宮沢りえでなく、古田新太が歌う。

聖母マリア(井上真央)が現れ、男女の愛を祝福する。井上真央は美輪明宏の母、美輪明宏の最初の継母(宮沢りえ演じる少年時代の美輪明宏が、「ママハハって、『ママ』なの? 母なの?」と聞く言葉遊びがあり)、二度目の継母など、全てマリアという名前の付く複数の女性を演じることになる。警察に追われていた人をスカートの中に隠し、「妊娠中」だと嘘を言ったりもする。

池田成志も美輪明宏の父親役を始め、バーの支配人や所謂太客など何役も演じている。池田成志の役名は、半・陰陽。男でも女でもないとい意味である。池田成志は、バーの太客を演じている時に、「支配人を呼んでくれ」と言うが、バーの支配人も池田成志であるため、ボーイ役の浦井健治に「今まで、父親役を元気に演じていたのですが、今はお客様ご本人を演じているためにお呼びすることは不可能です」と言われたりする。バーには外国人を多く来ており、小出恵介演じる青年が通訳を務めている。バーには、まぐわらないのに妊娠した「まぐわらずのマリア」(「マグダラのマリア」のもじり。このまぐわらずのマリアだけは井上真央ではなく青木さやかが演じている)などが、逃げ込んで来たりする。

このバーにオスカワアイドルという作家(見てわかるとおり、オスカー・ワイルドのもじりである。演じるのは野田秀樹)が「ドリアン・グレイ」の肖像を背負いながら現れる。オスカワアイドルは、「ドリアン・グレイの肖像」を背負っている姿を、「特徴のある仕立て」などと呼ぶ。バーにいた少年時代の美輪明宏こと臣吾は「ドリアン・グレイ」が安藤牛乳に似ているという。オスカワアイドルは、「この絵は海の中で拾ったんだ」といって、臣吾と海に潜る(潜るときの音と、青をバックにした水泡の上がる映像が用いられる)。オスカワアイドルは、「金閣寺を放火に」などと話の筋から外れたことを言うこともあるが、「ドリアン・グレイの肖像」は年を取るが、安藤牛乳は年を取らないのだと臣吾少年に教える。

少年時代の美輪明宏こと臣吾は、幼恋繋一郎(瑛太)という少年と出会う。臣吾は幼恋繋一郎という名前を聞いて、「その名前、大丈夫なの?」と驚いたりする。

臣吾は、画を描くのが好きなのだが、臣吾の生まれた長崎の街では踏み絵ごっこが流行っている。仲里依紗が車のCMで歌っていた長崎弁による歌もそのまま歌われていたりする。

タイムカプセルを埋めることを提案した少年(野田秀樹)がいる。その少年は、「来年の今日、カプセルを開けよう。1945年の8月9日に」という。1945年8月9日、長崎に原爆が投下された日である。

安藤牛乳屋の倅(古田新太。二役)が逮捕される。殺人罪であった。安藤牛乳屋の倅は「大浦天主堂の近くの刑務所に入れて貰いたい」と頼む。

1945年8月9日、美輪明宏こと臣吾少年は、大浦天主堂にいたのだが、必要なものを忘れたので家に取りに帰る。舞台上には様々な格好をした人々で溢れている。女学生、バスの運転手とバスガイド、井戸端会議の主婦達、商談の立ち話をしているサラリーマンなど様々だ。舞台中央は、原爆ファットマンを積んだB29の爆撃機内。小倉(現在の福岡県北九州市小倉)に原爆を投下しようとしてたB29の爆撃機であるが、小倉の天気が悪いため、「なら長崎だ!」と目標を切り替える。長崎上空も雲がかかっていたが、晴れ間が差した。目標値が決まる。広場とその傍にある大浦天主堂だ。かくて爆弾は投下され、B29 乗り組み員役と宮沢りえを除く舞台上の役者は全て爆音と共に倒れる。それを黒く薄い幕が覆う(紗幕ではない)。悲惨な光景をカメラに収める男が一人。その男は英語らしき言葉(「ベラベラベラ」としかいわない)を話し、小出恵介演じる青年がそれを日本語に直す。

爆撃によって破壊された刑務所から安藤牛乳屋の倅が出てくる。そして臣吾少年に「これは殺人じゃない。殺人なら被害者の遺族が声を上げて訴訟になる。だが、誰もその声を上げない。そう、これは犯罪ですらない。飛行機の操縦士は、今頃、本国で英雄になっているよ」と言って去る。その間に、倒れた役者達は黒い衣装に着替え、真っ黒になった遺体として舞台奥へと消えていく。

名前が明宏に変わった臣吾は上京し、オカマっぽい男(池田成志)が経営する、銀巴里ならぬ「ロンパリ」(差別的意味があるため、放送などでは使えないが舞台ではOKなのである)が、「美少年」を募集していることを知り、応募。見事合格する(美輪明宏は若い頃、実際に美少年であった)。だが、ロンパリで働いているの美少年の中には実際は女もいた。女としては容姿で勝負できないが、美少年なら、ハードルが下がる。その実は女という美少年を青木さやかと井上真央(役名はやはりマリア)が演じている。青木さやか演じる実は女の美少年(負け犬という役名がある)は、明宏がロンパリに来たため、代わりにマリアと共に店を辞めることになる。ロンパリが今度はシャンソン歌手を募集しているのを知り、負け犬はそれに応募することに決めるが、やはり合格したのは丸山明宏。負け犬はチェゲバラが好きなのでキューバに行くことに決める。

明宏は繋一郎と再会する。繋一郎は、幼恋繋一郎から初恋繋一郎へと名前を変えていた。

明宏は繋一郎と自転車の二人乗りをするが、安藤牛乳が再び明宏につき始めたので、三人乗りになる。繋一郎を演じる瑛太が自転車のハンドル部分だけを握り、自転車を漕ぐ演技をするのだが、やがて、自転車のハンドル部分を安藤牛乳演じる古田新太に渡し、古田はそれを逆にしてマイクスタンドに見立てる。美輪明宏本人の歌声が流れる歌のシーン。これまでは、宮沢りえの後ろに古田新太がいたが、今度は逆に古田新太が前に出て、宮沢りえが後ろに行く。古田新太は口パクであることを示すために、マイクに見立てられた自転車のサドルを大きく口から離したりする。

繋一郎と明宏、そして安藤牛乳は映画を観る。セリフが語られる(声の出演:天海祐希、柄本明、大竹しのぶ、橋爪功、美波)。最後はプラトンの「饗宴」からの一節だ。「両性具有のアンドロギュノスは神によって二つに分けられた。それ以降、片割れの男、片割れの女双方が自分の片割れを見つけるようになるのだ」と。しかし、ならばなぜ、自分は同性愛者なのかと明宏は疑問に思う。

繋一郎はやがて俳優となる。芸名は赤絃繋一郎(あかいいと・けいいちろう。モデルは赤木圭一郎である)。

オスカワアイドルが今度は天草四郎の肖像画を背負って現れる。オスカワアイドルは、今、天草四郎を主人公にした小説を書いているのだという。そして執筆をしているうちにあることに気付いた。隠れキリシタンの一揆というのはおかしい、彼らは「俺達はキリシタンだ」と表に出して反乱を行っている。では何が隠れキリシタンなのか。彼らは同性愛者であることを隠したのではないかとオスカワアイドルは思いついた。隠れキリシタンは実は隠れ隠れキリシタンであり、蜂起した後は、キリシタンであることは表に出したが、同性愛者であることは隠したのだと。原城に籠城したのは、全員、同性愛者だったのだと、オスカワアイドルは結論づける。

明宏はオスカワアイドルの小説を基に、ロンパリを同性愛者の城にするという想を得る。

同性愛者の城と化したロンパリにフランス人が取材に来たりする(フランス語であるが、「ジュルジュルジュル」しか言わない)。通訳はやはり小出恵介演じる青年だ。

ロンパリに立て籠もる青年の中に、一際威勢の良い男が一人(浦井健治。二役)。そこへ彼の親族が訪れてくる。皆、白い覆面を付けた一行だ。池田成志演じる父親がお姉言葉ではあるが、ロンパリのおかしさを告げ、最終的には浦井健治演じる男の妹であるマリア(井上真央)の「気持ち悪いの」の一言が決定だとなり、男は「ちょっと頭を冷やしてくる」と舞台奥へと退場し、その後、様子を見に行った仲間から「首を吊って自殺した」と告げられることになる。安藤牛乳はマリアに向かって「最後の言葉、絶対に忘れるな!」と怒りをぶつける。

丸山明宏は芸能界にデビューし、美輪明宏と名を変えた。美輪明宏の下に、赤絃繋一郎の妹であるマリア(やはり井上真央)がやって来る。マリアは兄の繋一郎を男として愛していることを嬉しそうに語るが、結婚することは叶わないという悩みを抱えていた。そして美輪明宏が繋一郎と仲良くしていることに妬みを感じていることを正直に伝える。そこへ赤絃繋一郎がやって来る。美輪明宏はマリアと二人で、繋一郎の引っ張りっこをすることを提案する。マリアはそれがベルトルト・ブレヒトの「コーカサスの白墨の輪」から取られたものであると見抜き、「嫌よ、その結末知ってるもの。本当に愛している方が、痛みから解放させようと手を離すのよ」と拒否するが、結局、引っ張り合いとなる。繋一郎は自身が引き裂かれるアンドロギュノスのようであることを語る。手を離したのは、美輪明宏の方であった。ただ、それは愛というよりも憐憫に近い感情が作用した結果なのだった。

赤絃繋一郎は、撮影所でゴーカートに乗っていた際、運転を誤って事故死する。

安藤牛乳屋の倅がやって来て、舞台の上で横になる。刑事(小出恵介。二役)がやって来て、安藤牛乳屋の倅が死んだと美輪明宏に告げる。安藤牛乳屋の倅は美輪明宏の付き人をしていたのだが、母親を殺して逃亡中だったのである。美輪明宏も二番目の継母マリア(井上真央)が意地悪なので首を絞めて殺そうとしたことがあるのを思い出した。安藤牛乳屋の倅を演じる古田新太の体の上に棺が被せられ、二人の男優がそれを運ぶ。時を同じくして、美輪明宏は安藤牛乳ことアンドロギュノスの姿を見ることが出来なくなってしまう。美輪明宏は、「安藤牛乳、出てきてよ」と呼びかけるが、安藤牛乳は出てこない。美輪明宏は「出てこないなら、僕が安藤牛乳になる」と黄色い髪のかつらをつける。

美輪明宏の楽屋にオスカワアイドルがやって来る。彼は自分の正体を明かす。もう一人の三島由紀夫である。市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺するのは実は三島由紀夫ではなくオスカワアイドルの役目であり、これから自分は市ヶ谷へ向かうのだという。

入れ替わるように繋一郎の妹であるマリアや、負け犬が美輪明宏の楽屋に入ってくる。美輪明宏の座っている椅子の横にもう一脚、椅子が据えられている。マリアがそれは誰のための椅子なのですかと聞くと、美輪明宏は、「かつて愛した人。でも名前は忘れてしまった。記憶は衰えるのよ。でも愛だけはいつまでも色あせずに残るの」と答える。美輪明宏は最初の継母・マリア(井上真央)のことを思う。自分の子供でもないのに愛をくれた人だ。ここで「ヨイトマケの歌」の最後のフレーズから、「父ちゃんのためならエンヤコーラ、子供のためならエンヤコーラ」の部分が流れ、無償の愛がテーマとして浮かぶ。

美輪明宏本人が歌う「愛の讃歌」の流れる中、宮沢りえ演じる美輪明宏は、客席に背を向けて歌うような仕草をする。客席の方に向き直った宮沢りえは顔を布のようなもので覆い、照明も顔が影になるよう照らされていた。そこにいるのは宮沢りえでも美輪明宏でも、男でも女でもない「愛」そのものだった。

 

非常にピュアな題材を取り上げており、見終わったは爽快感があったが、同時に、野田秀樹の演劇としてはパンチに欠けるとも思った。テーマがテーマだけにパワフルな野田演劇を求めるのは無理なのかも知れないが、綺麗にまとまりすぎているという印象を受けたのも事実である(野田の戯曲である「パンドラの鐘」を、野田秀樹と蜷川幸雄が別キャストと会場を使って、別演出、ほぼ同時上演、つまり野田秀樹作・演出の上演と野田秀樹作・蜷川幸雄演出の上演を行った際、蜷川幸雄が野田の演出について「あいつは綺麗にやろうとしすぎるんだよ」と語っていたのを思い出した)。

演出であるが、舞台の客席に近い場所置かれたソファに座って演技をしていた役者は自分の役目が終わっても退場することなく、あたかも客の一人になったかのように、舞台中央で繰り広げられている演技を見ていたりする。これは2000年代に多く行われた演出方法であるが、無理に役者を退場させる必要がなくなり、座っている役者は場面転換と同時にはければいいので、スマートでスムースに場面を変えることが出来る。

 

俳優陣であるが、全員が優れた出来を示していた。青木さやかは女優としてのキャリアまだ浅いので、演技が女優のものになっていなかったが、これは仕方ない。今後に期待する。

宮沢りえの演技の多彩さ、古田新太のユーモアの才、池田成志の安定感などが特筆事項である。

2014年は、野田地図の公演予定はなし。野田秀樹本人はパリ他で「THE BEE English version」を、ソウル他で「キル」の日韓共同制作公演を行う予定である。野田地図の次回公演は2015年の春に行われる予定である。

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