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2014年4月の20件の記事

2014年4月30日 (水)

観劇感想精選(120) 加藤健一事務所 「モリー先生との火曜日」

2013年8月31日 京都府立府民ホールALTIにて観劇

午後3時から、京都府立府民ホールALTI(アルティ)で、加藤健一事務所の公演「モリー先生との火曜日」を観る。ベストセラーとなったノンフィクション小説の舞台化。原作&脚色:ミッチ・アルボム、脚色:ジェフリー・ハッチャー、テキスト日本語訳:吉原豊司、演出:高瀬久男。

加藤健一と、実子である加藤義宗による二人芝居。

大道具であるが、樹木などは大がかりだが、他はシンプルなものが使われている。通常よりも少し小型のグランドピアノがあり、これをミッチ・アルボム役の加藤義宗が弾きこなす。

ミッチ・アルボム(加藤義宗)の一人語りで芝居は始まる。ミッチが語るのは一人の大学教授の思い出だ。教授の名前はモリー・シュワルツ(実在の人物。加藤健一が演じる)。アメリカはマサチューセッツ州のブランダイス大学の社会学の教授である。ミッチは成績優秀で、ブランダイス大学には飛び級で入った。それでも年上の学生に学力で負けることはなかったのだから大したものである。ミッチの本名はミッチェルであるが、愛称のミッチで通っている。ブランダイス大学には社会学を学ぶために入ったのだが、最初の講義を受け持っていたのがモリー・シュワルツだったのだ。モリーの授業を受講していたのは僅かに9人。ミッチは驚いて教室を去ろうとするが、大学に入ったばかりで垢抜けない格好をしていたこと、更に他の学生より若いということで目立ってしまう。モリーに招かれたミッチは、本名のミッチェルで呼んだ方が良いのか、それとも略称のミッチで呼ぶのがいいのかとモリーに聞かれる。ミッチは、「ミッチの方が、皆、その名前で呼ぶので」と呼び名をミッチに決める。モリーは普段は皆から「教授」と呼ばれているのだが、「コーチ」と呼ばれた方の良いという考え方を持っていた。ミッチはモリーに師事することになる。モリーは有能な教師であり、優れた卒業生を何人も送り出してきた。

モリーの社会学の講義は毎週火曜日に行われ、それから研究室での談話をするのも火曜日だった。ミッチはピアノが得意であり、よくレッスン室でピアノを弾いていた。モリー教授も感心するほどの腕前だった。ただ両親がピアノを習わせたのではない。伯父が音楽好きであり、ミッチにピアノを教えたもの伯父だった。ミッチはジャズピアニストになりたいという夢を持っていた。

一方、モリーの趣味は社交ダンス。ダンスフリーというソシアル倶楽部に入っており、その名の通り自由にダンスを踊って楽しんでいた。モリーを演じる加藤健一は、ミッチ役の加藤義宗が弾くピアノに合わせて踊る。最初は社交ダンス風に、ベニー・グッドマンの「シング・シング・シング」を義宗が弾いた時は、両手を上に上げて左右に振るという妙なダンスをしてみせる。

そんなミッチにも大学を卒業する日が来る。4年で無事課程を終え、通常より1歳若い21歳での卒業だった。卒業式の後で、ミッチはモリーに贈り物をする。モリーは「これからも私の研究室に来なさい」といい。ミッチも「はい」とは答えたが、それが守られることは以後16年の長きに渡ってなかった。

ブランダイス大学卒業後、ミッチはニューヨークにいる伯父のところに行き、ジャズピアニストとしての生活をスタートさせたのだった。勿論、そう簡単に有名にはなれない。場末のバーなどでピアノを弾き、チャンスが巡ってくるのを待っていた。だが、伯父が急病で倒れる。ミッチが病院に駆けつけたとき、伯父の顔は真っ青を通り越して真っ黄色だった生気をなくしていたのだ。49歳の若さで伯父は亡くなった。

伯父が亡くなってから、ミッチは人生の方向転換を行う。ピアニストへの夢を諦め、ニューヨークにあるコロンビア大学大学院に入学し、ジャーナリズムを専攻。その後、経営学も専攻してMBAを取得した。
院修了後のミッチは順風満帆だった。新聞社に入り、まずは社会部の記者、続いてスポーツの記者となる。その後、自動車の街として有名なデトロイトに移り住み、「デトロイト・フリープレス」のスポーツジャーナリストとして活躍。テレビのコメンテーターやラジオ番組への出演依頼が引っ切りなしにやって来る。スポーツライターとしても高い評価を受け、新聞にいくつものコラムを載せていた。この世の春を謳歌していたミッチだったが、ある日、ニュース番組「ナイトライン」で、恩師であるモリー・シュワルツの特集が組まれていたのを見る。モリーは「筋萎縮性側索硬化症」、略称は「ALS」、俗名の「ルー・ゲーリック病」として知られる、次第に体の筋肉が脳の指示通りに動かなくなり、徐々に体が硬化していって、最後は心肺停止で終わるという不治の病だった。ベーブ・ルースと共にニューヨーク・ヤンキースの強打者として活躍し、来日時には静岡の草薙球場で、沢村栄治から決勝打となるソロホームランを打ったことでも知られるルー・ゲーリックが罹患したことから俗名が生まれた。ルー・ゲーリックは病気のために引退をするが、旧ヤンキースタジアムでの引退式で、「私は世界で最も幸せな男です」と語った。

ミッチは飛行機に乗り、16年ぶりにモリーの下を訪れる。火曜日であった。モリーは病気のためすっかり弱っており、かつては大好物であったエッグサラダも食べることが叶わないという有様だった。一度だけの来訪のつもりだったミッチだが、デトロイトに帰ってから、自分の生き方に疑問を持ち始める。成功はした。しかし、人生というのはそれでいいのか。煩悶したミッチは、翌週の火曜日にもモリーの家を訪れる。ミッチは、「死」、「愛」、「老い」、「家族」、「人生」などについてモリーと話し合う。モリーはいつも哲学的なアドバイスをくれた。ミッチは毎週火曜日にデトロイトからボストンにあるモリーの家に通うようになる

盛り上がる種類の劇ではなく、深く考えさせられるような言葉やケースが次々と語られていくのだが、その淡々とした進行が、観る者を深い思索の中へと導き、ささやかな感動が、小さな花が一つ一つ咲いていくように、そっと、だが確実に観客の心の中に芽生えて行く。
やはり、アメリカの戯曲はレベルが高いと再確認させられた作品でもあった。

動作が少なく、それでいて一番遠くの席まで声を届けばならない加藤健一は熱演。加藤義宗も立ち姿がスッとしていて格好いい。加藤義宗のピアノも達者であった。

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2014年4月29日 (火)

昭和天皇の御言葉

「雑草という名の草はない」

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カール・リヒター(パイプ・オルガン) J・S・バッハ 「トッカータとフーガ」ニ短調

J・S・バッハのオルガン曲「トッカータとフーガ」ニ短調。曲名を知らない人でも、「鼻から牛乳」の曲と聞けばすぐに冒頭の旋律が浮かぶと思います。
20世紀のバッハ演奏史において最大の貢献者といえる、指揮者で鍵盤楽器奏者のカール・リヒターのオルガンでお楽しみ下さい。

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2014年4月27日 (日)

コンサートの記(132) 広上淳一指揮京都市交響楽団第549回定期演奏会

2011年8月5日 京都コンサートホールにて

午後7時より、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第549回定期演奏会に接する。今日の指揮は常任指揮者の広上淳一。

8月に定期演奏会を開いている楽団は珍しい。以前は京響も12月定期があって、1年中定期演奏会を行っていたのだが、昨年から12月の定期演奏会はなくなり、第九コンサートのみとなった。他の楽団の団員は8月は避暑地で講習会を開いたり、音楽祭に参加したり、海外公演に行ったりしていることが多い。

なお、8月1日付けで、トランペット奏者の稲垣路子が入団。日本センチュリー交響楽団からの移籍である。センチュリー響からは杉江洋子も昨年、京響に移籍している。

「二、八(にっぱち)」という言葉が興行界にはあり、2月と8月は客が入らないことで有名である。いずれも1年で最も寒いときと暑いときで、2月は更に風邪のシーズンという条件も加わる。

そんな8月の演奏会であるが、京都コンサートホール大ホールは満員になった。

曲目は、ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」、レスピーギの交響詩「ローマの祭」、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」(チェロ独奏:上村昇<京都市交響楽団首席チェロ奏者>、ヴィオラ独奏:店村眞積<たなむら・まづみ。東京都交響楽団特任首席ヴィオラ奏者>)。

いずれもCDは多く出ているが、コンサートでは滅多に演奏されない曲が並ぶ。今日の演奏会はロームの協力によってライブ録音され、発売される。

プレトークで広上は楽曲の解説をしていたが、それよりも着ていた京響の赤いTシャツの話の方が面白かった。指揮科の教授をしている東京音楽大学に向かうため、京響の赤いTシャツを着て目白を歩いていた広上は、パン屋の売り子さんから、「あ、可愛い」と言われ、赤のTシャツをベタ誉めされたそうである。最初はお世辞かと思っていたが、売り子の女の子が余りに誉めるので思わずメロンパンを二つ買ってしまったそう。京響のTシャツは3色あり、「女の人は白が似合う、男の人は赤が似合う、緑は両方似合う」と広上さんは「宣伝になりますが」と語っていた。なお、京響のTシャツは別デザインのものもあり、そちらは黒とグレーの2色がある。

ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」。冒頭から低弦に威力があり、他の楽器も技術が高い。音色は漆塗りのような渋さだ。そんな渋い音色でありながら活気があるという独特の演奏である。

レスピーギの交響詩「ローマの祭」。冒頭こそ、京都コンサートホールの音響に阻まれて音が弱く聞こえたが、その後は迫力ある演奏が展開される。京都コンサートホールは舞台下手上方にボックス席のようなものがあり、そこに金管のバンダを置いての演奏。
ここぞという時の広上の追い込みは凄まじく、激流のような迫力があり、熱い演奏である。リリカルな部分での美しさもなかなかだ。第4曲「主顕祭」の入り組んだオーケストレーションを一本の指揮棒で見事に捌いてみせる広上の実力には感心させられる。これで音の色彩感がもっとあれば世界レベルに届く。

メインのリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」。チェロとヴィオラを独奏とした変奏曲である。チェロがドン・キホーテ、ヴィオラがサンチョ・パンサの役割を受け持つ。
ヴィオラ独奏の店村眞積は、2001年から今年の5月までNHK交響楽団のソロ首席ヴィオラ奏者を務め、今年の6月に東京都交響楽団の特任首席ヴィオラ奏者に就任している。特任首席ヴィオラ奏者という肩書きを見るのは初めてで何がどう特任なのかわからない。
チェロの上村、ヴィオラの店村ともに派手さはないが堅実な演奏を繰り広げる。広上は京響の輝かしい音を生かし、緩急自在の演奏を展開。ただ、首席奏者を並べた割りには(京響は他のオーケストラと違い、管楽器の首席奏者は後半にしか出ないことが多い)、出来は「ローマの祭」よりも下であるように思う。

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2014年4月26日 (土)

笑いの林(16) 「桜 稲垣早希のセンパイとあそぼう!」2011年8月

2011年8月14日 京橋花月にて

午後7時から京橋花月で、「桜 稲垣早希のセンパイとあそぼう!」に接する。今日の先輩ゲストは出雲阿国。「センパイとあそぼう!」が始まってから初の女性ゲストだという。

早希ちゃんは白い上着にロングスカートで、夏の大阪なのにステージの上だけ軽井沢といった雰囲気である。まず枕として、早希ちゃんの最近の話。現在、吉本は、東京の山手線ジャックのお笑いイベント(YOSHIMOTO WONDER CAMP TOKYO)を行っており、早希ちゃんもそれに参加しているのだが、新幹線での移動中に隣りに座ったおばちゃんから、「あら、早希ちゃん!」と言われ、気付かれたとのこと。どうやらブログ旅のせいで、早希ちゃんは食事に苦労しているというイメージがあるらしく、パンを貰ったという。その後、早希ちゃんは眠くなって居眠りをしていたのだが、その間に隣りにいたおばちゃんが、車両中に早希ちゃんがいると触れ回ったらしく、名古屋あたりで目覚めてみると、前のテーブルに食べ物がてんこ盛りになっていたそうだ。

「センパイと喋ろう!」のコーナー。早希ちゃんも出雲阿国もピン芸人なので、「ピン芸人のいいところ」を早希ちゃんは選ぶが、出雲阿国は「ない」と即答。男性芸人が多いので、彼らがワイワイやっていても女ピン芸人だと中に入っていけないそうだ。早希ちゃんも同じで、ライブスタンドの時は居場所がなくて、ずっとトイレに籠もっていたという。

出雲阿国はもともとはコンビで、フェリス女学院大学卒のお嬢様漫才コンビとして売り出したものの全く受けなかったという。相方は読者モデルもしている美人だったというが、八戸出身で、何やら行事の関係で三点倒立が出来るという。そこで出雲阿国が本を書き、相方に足にマイクを付けて三点倒立をして貰って、矢沢永吉の真似をして登場、「矢沢クラスになると、マイクも人間」とやって受けたというが、その夜に相方から電話がかかってきて、「人に笑われるのが嫌だから辞める」と言われ、ピン芸人になったという。元相方はオーストラリアに飛んで、今はアボリジニーと生活しているそうだ。

出雲阿国の時代は女ピン芸人は珍しかったためか、雑誌「BUBUKA」に、吉本一のヤリマン芸人という中傷記事を書かれたという。何でも出雲阿国が男性芸人の楽屋で性のお相手をしているという内容だったらしい。「そんなの考えれば嘘だってすぐわかるじゃないですか」と阿国。早希ちゃんも「作家さんやカメラマンさんと仕事をするとすぐ怪しいと書かれて困る。相手にも悪いし」と応えていた。ちなみに出雲阿国は今でも普通の体型に見えるが、デビュー当時から比べると16キロ太ったと言い、「太ると浮いた話はなくなった」と話した。早希ちゃんも一度太ってみようと思ったことがあるらしく(「四国一周ブログ旅」の頃だと思われる)、太ってみたところ、アスカのファンから「アスカを冒涜するな」と苦情が来て、また痩せたとのこと。

出雲阿国は、お金持ちのお嬢さんだそうで、祖父は元中国電力の社長、山陰合同銀行の頭取でもあったという。父親は歯科医で、出雲阿国は今も出身地の松江市に帰ると、どのタクシーに乗っても運転手から「お嬢、お帰り」と言われるほどの有名なお嬢様らしい。しかし、指定校推薦で進学したフェリス女学院大学の学生とは格が違ったようだ。取り敢えず、島根から出てきたばかりで友達が欲しいので、入学式で両隣に座った女の子を誘い、三人でランチをしたのだが、一人が「うち、仕送りが少なくて困っちゃう」と話したとのこと。出雲阿国は仕送り月8万、マンション代8万だったので、興味本位で金額を聞いてみると「月50万」という応えが返ってきて驚いたという。それを聞いたもう一人の女学生が「可哀想」と言ったので二度びっくりしたらしい。フェリス女学院大学時代は、「花より男子」の牧野つくし状態で良い思い出がないとのことだ。ちなみにフェリス女学院大学の校則には「300万円以上のミンクのコートは着用禁止」という事項があるという。友達の家に遊びに行った時も、友達の父親から「仲良くしてくれ」と十万の札束を渡され、断っても相手も引かないので、一万円だけ貰ったとのこと。早希ちゃんもある会社のお偉いさんから「十万円あげるよ」と言われたことがあり、仕事でもないし相手の感じも余り良くないので断ったところ、何度も何度も「あげる」「いいです」のやり取りがあったあとで、相手は早希ちゃんがしていたアスカのコスプレの靴下に3万円を突っ込んだとのこと。「人間関係をお金で作るって嫌ですね」と互いに納得し合う。

出雲阿国は風水の鑑定が出来るので、「風水でお悩み相談」のコーナーになる。ここからゲストとして、マイコ(ビタミンS)、いがわゆり蚊、ツジカオルコが登場。それぞれ、自分の部屋の間取りを画に描いてきて、出雲阿国に鑑定して貰うことになる。早希ちゃんの悩みは「人間関係」というリアルなもの。NSC入所後、半年間、誰にも話しかけられなかったという有名な人見知りエピソードを紹介する。早希ちゃんの部屋は南東に玄関があるのだが、南東に玄関があるというのは人間関係にプラスに働くらしい(早希ちゃんは「東西南北」を「東北南北」と言い間違えていた)。ただ、早希ちゃんは趣味でフィギュアを集めていて、それが良くないらしい。フィギュアや人形などを多く集めていると、気が人間ではなくフィギュアや人形などに行ってしまうそうだ。生年から見た九星占いによると、早希ちゃんは八白土星で、今年と来年がとても良いが、再来年が悪いという。だから今年と来年、人間関係を頑張るようにと出雲阿国からアドバイスされた。ちなみに九星はその名の通り9年置きで、私と早希ちゃんは9歳違いなので同じ八白土星である。私も今年と来年はいいらしい。

マイコの悩みは「仕事」。兄妹でビタミンSという漫才コンビを組んでいるのだが、兄にばかり仕事が行ってしまうらしい。間取りを見てみると、実家暮らしなのだが、窓のない部屋に住んでいるという。出雲阿国によると窓がないというのは問題外で、気は窓から入ってくるのに窓がないと気が入ってこないという。

いがわゆり蚊の悩みは「お金が貯まらない」。現在所持金が4円しかないと言っていた(本当かどうかはわからない)。いがわゆり蚊の部屋は西に入り口があり、東に窓があるのだが、その間を遮るものが一切ないので、気が通り抜けてしまうだけらしい。だからカーテンなどで仕切りを作るといいとのことだ。いがわゆり蚊の部屋の写真も公開されたが片付けがされておらず、グチャグチャ。出雲阿国は「片付いていないと精神的に悪い」と言い、「以前、自分も片付けられない時期があったが、その時代は運が向いてこなかった」と述べた。

ツジカオルコの悩みは「性欲が落ちてきた」。ツジカオルコは部屋にマリリン・モンローの写真や「プレイボーイ」誌の表紙グラビアなどを飾っているのだが、それがよくないらしい。性的なものがそれらに奪われてしまうそうだ。また南枕にしているのだが、人間が寝るのには北枕が一番良いという。磁力の関係で死体が腐りにくいため、遺体を北枕にするという習慣があり、そのため縁起が悪いとされている北枕だが、体には一番良いそうだ。

最後は、MCとして銀シャリ・橋本、ゲストとしてキンチャクの二人(浅本美加、安田由紀奈)、つぼみの加藤茉奈(かとう・まな)とHIROKAが呼ばれ、「ある」「ない」ゲームが行われる。
まずは「デートでワリカンはありか」で二手に分かれる。ツジカオルコは「あり」で好きになったらお金は二の次というようなことを言う。キンチャクの浅本美加は別れるときにおごられてばかりだと嫌な思い出になるからと後ろ向きな答えをする。「ない」を選んだ早希ちゃんは自分で自分の答えを「素敵な答えになっちゃうんですけど」と言い、「最初おごって貰ったら次は自分がおごる」「ワリカンでグチャグチャするよりはイチャイチャする時間を増やしたい」と話した。いがわゆり蚊は、「おごって貰った後で、自宅に招いて手料理を振る舞う」と答えて、ちょっと狙いすぎじゃないという意見が出る。
つぼみのHIROKAは「おごって貰える自分でいたい」と答え、ツジカオルコから、「若い時は、私もそう思ってたのよ。でもそのうちこっちに来るようになるから」と言われていた。

続いて、「彼氏のケータイを見るのはありか」で二手に分かれる。「あり」を選んだのはマイコ、出雲阿国、いがわゆり蚊の三人。マイコは家族のケータイも見るし、自分のケータイを見られても平気だという。出雲阿国は「絶対に見るべきだ」と主張。彼氏のケータイにロックがかかっていたので不審に思い、自分のケータイから彼氏のケータイに電話したところ、表示が「ドンキ熊谷店」になっていたという。ちなみにドン・キホーテは熊谷に店を構えていないそうだ。そこから話を切り出すと、女とやるためだけのためのマンションの部屋を借りていることが判明したという。
いがわゆり蚊はケータイが普及していなかった高校時代以来、恋愛をしておらず、ポケベルしか知らないので、彼氏が出来たらケータイをどう使っているのか知りたいというのが理由だそうだ。「なし」を選んだキンチャクの安田由紀奈は父親のケータイを見たら、不倫していることを知ってしまったらしい。しかも相手の女というのが結婚詐欺師で被害に遭ったとのこと。それ以来、人のケータイは見ないことにしているという。

最後は、「結婚願望はあるか」。「あり」を選んだのは、いがわゆり蚊、ツジカオルコ、浅本美加の三人。いがわゆり蚊は「ずっと結婚もせず、お笑いをやってお婆ちゃんになっていくんだろうな」と思っていたが、最近、友人が次々に結婚していくのを見て、結婚願望が芽生えたという。
「ない」を選んだ早希ちゃんは、「以前はあったんですけど、『ゼクシイ』を買ってきて、夢があると思ってページを開いたらフロム・エーみたいな内容で(がっかりした)」と言い、安田由紀奈は母親に愛人が5人いるからという理由で結婚は嫌だという。しかし、父親が不倫で結婚詐欺に遭い、母親に愛人が5人ってどういう家なんだろう。やはりこの業界にはまともな家に育った人は少ないのだろうか。
「ない」を選んだHIROKAは、「うちの血にレボリューションを起こしたい」という。家族全員が日本人形のような顔をした家なので、外国人と結婚してそれを打ち破りたいそうだ。なら「あり」なんじゃない、ということでHIROKAは「あり」に移動。同じく「ない」を選んだ、つぼみの加藤茉奈は、「両親が離婚してて、だから結婚って嫌だな」と応え、MCの橋本に夢がないなあと言われた。「ない」を選んだ出雲阿国は「フランス婚(同居はするが籍は入れない)でいいんじゃない」という答えだった。

エンディング。早希ちゃんが「いがわゆり蚊さんみたいな女性にはなりたくないな」と言って、幕となった。

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2014年4月25日 (金)

レナード・スラットキン指揮デトロイト交響楽団 ロッシーニ 歌劇「ウィリアム・テル」序曲

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これまでに観た映画より(64) 「白ゆき姫殺人事件」

2014年4月24日 MOVIX京都にて鑑賞

MOVIX京都で、「白ゆき姫殺人事件」を観る。「告白」を皮切りに発表した作品が次々と映像化されている湊かなえの原作。中村義洋監督作品。出演:井上真央、綾野剛、蓮佛美沙子、菜々緒、金子ノブアキ、貫地谷しほり、小野恵令奈、谷村美月、生瀬勝久、朝倉あき、ダンカン、秋野暢子、大東駿介、小沢文晃、染谷将太、TSUKEMEN(ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノのトリオ。芹沢ブラザーズとして出演)ほか。

長野県が舞台。諏訪市にある観光地・しずく谷の山奥で、茅野市に本社のある「日の出化粧品」のOL、三木典子(菜々緒)が滅多刺しにされた上に火を付けられ、黒焦げの死体となって発見されるという残虐事件が発生する。その余りに残酷な殺害方法から、事件は怨恨によるものと見られた。
地元のテレビ局で契約ディレクターとして働く赤星雄治(綾野剛)は、仕事中もツイッターでラーメンの批評をつぶやく(ハンドルネームはRED-STAR。そのままである)など、勤務態度が良いとはいえない男だが、元カノで今もダラダラと関係を繋げている狩野里沙子(蓮佛美沙子)が、被害者である三木典子と同じ日の出化粧品の社員であり、しかもパートナーという先輩後輩で教え合う極めて親しい間柄だったと知ったことから、関係者への取材を開始。里沙子は城野美姫(井上真央)という、社内でも存在感の薄い女性が犯人ではないかと疑い、美姫の後輩パートナーである満島栄美(小野恵令奈)も城野美姫には地味な容貌とは裏腹に思い切ったところがあることなどを打ち明ける。更に、美姫は社内恋愛をしており、篠山聡史(金子ノブアキ)に手作り弁当を渡しているなど、親密な様子が見て取れたという。だが、当の篠山は美姫との恋愛関係を否定し、三木典子とだけ恋愛関係にあったことを打ち明ける。
赤星は、得た情報をツイッターで拡散させ、城野美姫の名はネット上に広まっていく(赤星の想像を再現したシーンでは登場人物の服装が実際とは違っていたりする)。更に赤星が作った番組が放送されることで、美姫は「疑惑のSさん」として注目を浴びることになる。日の出化粧品のヒット商品が美白石鹸「白ゆき」であったことから、この事件は「白ゆき姫殺人事件」と呼ばれるようになる。容疑者の城野美姫は事件発生後、姿をくらませたままだった。

ミステリーではあるが、犯人や犯行手口は映画の半ばを過ぎた時点でだいたいの人にはわかる。ただ、この作品が描きたかったのは謎解きの面白さではなく、人間の内面の醜さである。事実ではないことを事実であるかのように話したり、自分だけが真実を知っていると傲ったり、他者の心よりも自分の興味を優先させたり、何でも自分が一番でないと気が済まないというエゴイズムがあったり、親友を自分でも気がついていない程度に見下していたり、病的な嘘つきだったり、計算高かったりと、人間と現代社会が生み出す醜悪さが描き出されている。ラストで出演者の心が通じ合う場面があるのが救いである。

この作品では、三木典子だけが絶世の美女で他は冴えない容貌の女性ということになっているのだが、出演しているのは若手一線級の女優陣であり、当然ながら美形揃いである。ということで、菜々緒以外は、わざと変な髪形にしたり、表情を乏しくして魅力的に見えないよう工夫した演技を行っていた。

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2014年4月24日 (木)

観劇感想精選(119) 文楽 「源平布引滝」四段目&「曽根崎心中」

2007年11月13日 大阪の国立文楽劇場にて観劇

大阪・日本橋(にっぽんばし)にある国立文楽劇場へ。今日観る文楽の演目は、「源平布引滝」四段目と、文楽史上、最も有名な作品である「曽根崎心中」。曽根崎心中は「生玉社の場」から始まるが、生玉社こと生國魂神社があるのは国立文楽劇場のすぐそばである。

「源平布引滝」四段目の舞台は京都の音羽山(清水寺のある山)と鳥羽御所。
平清盛の時代。後白河法皇は清盛によって鳥羽御所に幽閉されていた。
多田源氏である多田蔵人行綱は、後白河法皇を鳥羽御所から救い出し、平家追討の院宣を得ようとしてた。清水寺に参拝した帰り道、行綱は松波検校(検校とは目の見えない徳の高い人のこと)が今、まさに盗賊に斬り殺されんとしているところに出くわす。剣を投げつけ、盗賊を殺害した行綱であったが、松波検校の命は救えなかった。だが、松波検校は死ぬ前に自分もまた源氏の出であることを行綱に告げ、行綱が多田源氏の人間であることを知り、自分は鳥羽御所に琴を弾きに行くところだった。盗賊に騙されて音羽山まで連れてこられてしまったが、ここで行綱にあったのも縁であろうと、自分に成り代わって後白河法皇を救い出す案を出す。行綱はそれに応じ、松波検校になりすまして鳥羽御所へ向かう。

鳥羽御所へと着いた多田蔵人行綱であるが、そこで出会ったのは自分の娘で院に仕えていた小桜。行綱は小桜から自分の妻が清盛殺害を企てて逆に殺されていたことを知る。

いつもながら人形の動きと表情は凄い。人間なら無理な動きや表現も出来てしまうところが文楽の面白さである。


名作中の名作「曽根崎心中」。実際にあった心中事件を題材にしたお初と徳兵衛の物語。心中物初の大当たりを取った作品である。ストーリー自体は他の心中物に比べるとシンプルだが、細かな感情の表出が観る者の胸に訴える。最後は「心」だということか。

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観劇感想精選(118) 宝塚歌劇団花組公演「近松・恋の道行」

2012年5月4日 宝塚バウシアターにて観劇

午後2時30分から、宝塚バウホールで、宝塚歌劇団花組公演「近松・恋の道行」を観る。

宝塚歌劇団の主力メンバーによる公演を観たことはあるが、宝塚歌劇そのものを観るのは私は初めてである。宝塚バウホールは、宝塚大劇場に隣接した中規模ホールである。

近松門左衛門の「曽根崎心中」の“この世の名残、世の名残”で始まる有名な一節が歌われ、黒子をつけた役者の舞が行われる(人形振り)。

話は、茶碗商「一つ屋」の嘉平次(愛音羽麗)と、女郎のさが(実咲凜音)が、「曽根崎心中」に似た構図の運命を辿る。大坂では「曽根崎心中」が評判になり、心中が流行って大事になっているころであり、「曽根崎心中」の作者である近松門左衛門(夏美よう)も登場する。女郎の小弁(桜咲彩花)と早水清吉(華形ひかる)の心中未遂も絡めるなど、幾重かの構造になっており、表現としてはなかなか巧みである。

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2014年4月23日 (水)

Oの喜劇

ある時、私が明治大学の第二文学部文芸学科で村上春樹の小説を題材に卒論を書いたという話をしたところ、O(仮名)は、「村上春樹は早稲田の文芸じゃないんだね。演劇なんだね」と言った。そして「小説家は文学部以外の方が多いんだぞ」などと語った。明らかに誤解していた。そもそも明治大学の文芸学専攻は早稲田の文芸専修とは違い、文芸創作のための学科ではないのである。明治の文芸学専攻は今では文芸メディア専攻というよくわからない学科になってしまったが、往時は戦前からの文学的な教養主義を学ぶ専攻であり、日本文学、英米文学、仏文学、独文学、露文学、中国文学、演劇学という文学面のかなり広い範囲をカバーする専攻であった。もともと文芸学というのは文芸創作ではなく文章の芸術を学ぶという意味であり、文芸が付くから創作を学んだのだろうというOの勘違いは余りに軽率であった。そもそもOは某大学の文芸学部にいたのである。そこではみなが文芸創作にいそしんでいたのであろうか。答えが「否」であることは明白である。
Oは村上春樹に関する知識も乏しかった。村上春樹は映画の脚本家になりたくて早稲田大学第一文学部の映画・演劇専修に行ったのである。村上春樹自身は「早稲田大学では勉強をしなかった」と書いているが、映画・演劇専修は早稲田大学第一文学部の看板であり、成績が良くないと進めないので、それなりに頑張ったのだと思われる。ただ望み通りの専修に入ったはいいが、シナリオも小説も書けなかったので在学中は文筆活動をほとんど行わなかったわけだが(学生誌には寄稿している)。また全学生数に対する小説家輩出率は僅差ではあるが文学部がトップである。

さて、Oは三つの誤解をしていたわけだが、率直に書かせていただくと、「よく知りもしないくせに発言するんじゃない」と思う。こうした些細な思い違いは彼の尊大な態度と密接に繋がっていた。
そして情けないことに、判断力のない人間は彼の言葉に唯々諾々であった。非常に悲しく笑える出来事である。

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2014年4月19日 (土)

観劇感想精選(117) 野田地図(NODA・MAP)第18回公演「MIWA」

2013年12月1日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後1時から、シアターBRAVA!で、野田地図(NODA・MAP)の第18回公演「MIWA」を観る。作・演出・出演:野田秀樹。野田地図久しぶりの大阪公演である。今日が全公演の千穐楽となる。

タイトルである「MIWA」はシンガーソングライターのmiwaではなく、美輪明宏のことである。美輪明宏を主人公にした芝居であるが、そこは野田秀樹のこと、単なる伝記に終わるわけがない。

出演は、宮沢りえ、古田新太、瑛太、井上真央、小出恵介、浦井健治、青木さやか、池田成志ほか。

大きな木枠が二つに座椅子が二つというシンプルな舞台セットであるが、溶暗し、舞台が一度暗闇に包まれてからすぐにライトに照らされると、もう舞台上には役者が沢山おり、座椅子も移動している。役者全員がかなり速い動きをしたことがわかる。

ここはあの世への入り口、いわゆる「男性自身」が描かれた踏み絵を女性達が踏んでいく。踏み絵を踏めれば天国に行けるようだ。だが、ある女性(宮沢りえ)は、男性自身を踏まれる痛さを知っていると言って踏み絵を拒否。宮沢りえ演じる女性は「男でも女でもない化け物」であるとして、この世に放逐される。その時に、今の黄色い髪をした美輪明宏の格好をしたアンドロギュノスという神(古田新太)が共にこの世に降りる。アンドロギュノスは両性具有の神。宮沢りえ演じる女性はこの世に生まれ変わり、丸山臣吾という幼名を持つ同性愛者である男、丸山明宏、芸名:美輪明宏となる。美輪明宏にはいつもアンドロギュノスがついている。つまり美輪明宏はアンドロギュノスの神に祝福された存在なのだ。まだ幼名の丸山臣吾だったころの美輪明宏少年は「アンドロギュノス」という言葉を発音出来ず、「安藤牛乳」と呼ぶ。安藤牛乳は、丸山家の斜向かいにある牛乳屋の名称でもあるが、アンドロギュノスは「安藤牛乳でもいいか」と自身を安藤牛乳と呼ぶことを許す。少年時代の美輪明宏がちょっとしたフレーズを歌うときは宮沢りえでなく、古田新太が歌う。

聖母マリア(井上真央)が現れ、男女の愛を祝福する。井上真央は美輪明宏の母、美輪明宏の最初の継母(宮沢りえ演じる少年時代の美輪明宏が、「ママハハって、『ママ』なの? 母なの?」と聞く言葉遊びがあり)、二度目の継母など、全てマリアという名前の付く複数の女性を演じることになる。警察に追われていた人をスカートの中に隠し、「妊娠中」だと嘘を言ったりもする。

池田成志も美輪明宏の父親役を始め、バーの支配人や所謂太客など何役も演じている。池田成志の役名は、半・陰陽。男でも女でもないとい意味である。池田成志は、バーの太客を演じている時に、「支配人を呼んでくれ」と言うが、バーの支配人も池田成志であるため、ボーイ役の浦井健治に「今まで、父親役を元気に演じていたのですが、今はお客様ご本人を演じているためにお呼びすることは不可能です」と言われたりする。バーには外国人を多く来ており、小出恵介演じる青年が通訳を務めている。バーには、まぐわらないのに妊娠した「まぐわらずのマリア」(「マグダラのマリア」のもじり。このまぐわらずのマリアだけは井上真央ではなく青木さやかが演じている)などが、逃げ込んで来たりする。

このバーにオスカワアイドルという作家(見てわかるとおり、オスカー・ワイルドのもじりである。演じるのは野田秀樹)が「ドリアン・グレイ」の肖像を背負いながら現れる。オスカワアイドルは、「ドリアン・グレイの肖像」を背負っている姿を、「特徴のある仕立て」などと呼ぶ。バーにいた少年時代の美輪明宏こと臣吾は「ドリアン・グレイ」が安藤牛乳に似ているという。オスカワアイドルは、「この絵は海の中で拾ったんだ」といって、臣吾と海に潜る(潜るときの音と、青をバックにした水泡の上がる映像が用いられる)。オスカワアイドルは、「金閣寺を放火に」などと話の筋から外れたことを言うこともあるが、「ドリアン・グレイの肖像」は年を取るが、安藤牛乳は年を取らないのだと臣吾少年に教える。

少年時代の美輪明宏こと臣吾は、幼恋繋一郎(瑛太)という少年と出会う。臣吾は幼恋繋一郎という名前を聞いて、「その名前、大丈夫なの?」と驚いたりする。

臣吾は、画を描くのが好きなのだが、臣吾の生まれた長崎の街では踏み絵ごっこが流行っている。仲里依紗が車のCMで歌っていた長崎弁による歌もそのまま歌われていたりする。

タイムカプセルを埋めることを提案した少年(野田秀樹)がいる。その少年は、「来年の今日、カプセルを開けよう。1945年の8月9日に」という。1945年8月9日、長崎に原爆が投下された日である。

安藤牛乳屋の倅(古田新太。二役)が逮捕される。殺人罪であった。安藤牛乳屋の倅は「大浦天主堂の近くの刑務所に入れて貰いたい」と頼む。

1945年8月9日、美輪明宏こと臣吾少年は、大浦天主堂にいたのだが、必要なものを忘れたので家に取りに帰る。舞台上には様々な格好をした人々で溢れている。女学生、バスの運転手とバスガイド、井戸端会議の主婦達、商談の立ち話をしているサラリーマンなど様々だ。舞台中央は、原爆ファットマンを積んだB29の爆撃機内。小倉(現在の福岡県北九州市小倉)に原爆を投下しようとしてたB29の爆撃機であるが、小倉の天気が悪いため、「なら長崎だ!」と目標を切り替える。長崎上空も雲がかかっていたが、晴れ間が差した。目標値が決まる。広場とその傍にある大浦天主堂だ。かくて爆弾は投下され、B29 乗り組み員役と宮沢りえを除く舞台上の役者は全て爆音と共に倒れる。それを黒く薄い幕が覆う(紗幕ではない)。悲惨な光景をカメラに収める男が一人。その男は英語らしき言葉(「ベラベラベラ」としかいわない)を話し、小出恵介演じる青年がそれを日本語に直す。

爆撃によって破壊された刑務所から安藤牛乳屋の倅が出てくる。そして臣吾少年に「これは殺人じゃない。殺人なら被害者の遺族が声を上げて訴訟になる。だが、誰もその声を上げない。そう、これは犯罪ですらない。飛行機の操縦士は、今頃、本国で英雄になっているよ」と言って去る。その間に、倒れた役者達は黒い衣装に着替え、真っ黒になった遺体として舞台奥へと消えていく。

名前が明宏に変わった臣吾は上京し、オカマっぽい男(池田成志)が経営する、銀巴里ならぬ「ロンパリ」(差別的意味があるため、放送などでは使えないが舞台ではOKなのである)が、「美少年」を募集していることを知り、応募。見事合格する(美輪明宏は若い頃、実際に美少年であった)。だが、ロンパリで働いているの美少年の中には実際は女もいた。女としては容姿で勝負できないが、美少年なら、ハードルが下がる。その実は女という美少年を青木さやかと井上真央(役名はやはりマリア)が演じている。青木さやか演じる実は女の美少年(負け犬という役名がある)は、明宏がロンパリに来たため、代わりにマリアと共に店を辞めることになる。ロンパリが今度はシャンソン歌手を募集しているのを知り、負け犬はそれに応募することに決めるが、やはり合格したのは丸山明宏。負け犬はチェゲバラが好きなのでキューバに行くことに決める。

明宏は繋一郎と再会する。繋一郎は、幼恋繋一郎から初恋繋一郎へと名前を変えていた。

明宏は繋一郎と自転車の二人乗りをするが、安藤牛乳が再び明宏につき始めたので、三人乗りになる。繋一郎を演じる瑛太が自転車のハンドル部分だけを握り、自転車を漕ぐ演技をするのだが、やがて、自転車のハンドル部分を安藤牛乳演じる古田新太に渡し、古田はそれを逆にしてマイクスタンドに見立てる。美輪明宏本人の歌声が流れる歌のシーン。これまでは、宮沢りえの後ろに古田新太がいたが、今度は逆に古田新太が前に出て、宮沢りえが後ろに行く。古田新太は口パクであることを示すために、マイクに見立てられた自転車のサドルを大きく口から離したりする。

繋一郎と明宏、そして安藤牛乳は映画を観る。セリフが語られる(声の出演:天海祐希、柄本明、大竹しのぶ、橋爪功、美波)。最後はプラトンの「饗宴」からの一節だ。「両性具有のアンドロギュノスは神によって二つに分けられた。それ以降、片割れの男、片割れの女双方が自分の片割れを見つけるようになるのだ」と。しかし、ならばなぜ、自分は同性愛者なのかと明宏は疑問に思う。

繋一郎はやがて俳優となる。芸名は赤絃繋一郎(あかいいと・けいいちろう。モデルは赤木圭一郎である)。

オスカワアイドルが今度は天草四郎の肖像画を背負って現れる。オスカワアイドルは、今、天草四郎を主人公にした小説を書いているのだという。そして執筆をしているうちにあることに気付いた。隠れキリシタンの一揆というのはおかしい、彼らは「俺達はキリシタンだ」と表に出して反乱を行っている。では何が隠れキリシタンなのか。彼らは同性愛者であることを隠したのではないかとオスカワアイドルは思いついた。隠れキリシタンは実は隠れ隠れキリシタンであり、蜂起した後は、キリシタンであることは表に出したが、同性愛者であることは隠したのだと。原城に籠城したのは、全員、同性愛者だったのだと、オスカワアイドルは結論づける。

明宏はオスカワアイドルの小説を基に、ロンパリを同性愛者の城にするという想を得る。

同性愛者の城と化したロンパリにフランス人が取材に来たりする(フランス語であるが、「ジュルジュルジュル」しか言わない)。通訳はやはり小出恵介演じる青年だ。

ロンパリに立て籠もる青年の中に、一際威勢の良い男が一人(浦井健治。二役)。そこへ彼の親族が訪れてくる。皆、白い覆面を付けた一行だ。池田成志演じる父親がお姉言葉ではあるが、ロンパリのおかしさを告げ、最終的には浦井健治演じる男の妹であるマリア(井上真央)の「気持ち悪いの」の一言が決定だとなり、男は「ちょっと頭を冷やしてくる」と舞台奥へと退場し、その後、様子を見に行った仲間から「首を吊って自殺した」と告げられることになる。安藤牛乳はマリアに向かって「最後の言葉、絶対に忘れるな!」と怒りをぶつける。

丸山明宏は芸能界にデビューし、美輪明宏と名を変えた。美輪明宏の下に、赤絃繋一郎の妹であるマリア(やはり井上真央)がやって来る。マリアは兄の繋一郎を男として愛していることを嬉しそうに語るが、結婚することは叶わないという悩みを抱えていた。そして美輪明宏が繋一郎と仲良くしていることに妬みを感じていることを正直に伝える。そこへ赤絃繋一郎がやって来る。美輪明宏はマリアと二人で、繋一郎の引っ張りっこをすることを提案する。マリアはそれがベルトルト・ブレヒトの「コーカサスの白墨の輪」から取られたものであると見抜き、「嫌よ、その結末知ってるもの。本当に愛している方が、痛みから解放させようと手を離すのよ」と拒否するが、結局、引っ張り合いとなる。繋一郎は自身が引き裂かれるアンドロギュノスのようであることを語る。手を離したのは、美輪明宏の方であった。ただ、それは愛というよりも憐憫に近い感情が作用した結果なのだった。

赤絃繋一郎は、撮影所でゴーカートに乗っていた際、運転を誤って事故死する。

安藤牛乳屋の倅がやって来て、舞台の上で横になる。刑事(小出恵介。二役)がやって来て、安藤牛乳屋の倅が死んだと美輪明宏に告げる。安藤牛乳屋の倅は美輪明宏の付き人をしていたのだが、母親を殺して逃亡中だったのである。美輪明宏も二番目の継母マリア(井上真央)が意地悪なので首を絞めて殺そうとしたことがあるのを思い出した。安藤牛乳屋の倅を演じる古田新太の体の上に棺が被せられ、二人の男優がそれを運ぶ。時を同じくして、美輪明宏は安藤牛乳ことアンドロギュノスの姿を見ることが出来なくなってしまう。美輪明宏は、「安藤牛乳、出てきてよ」と呼びかけるが、安藤牛乳は出てこない。美輪明宏は「出てこないなら、僕が安藤牛乳になる」と黄色い髪のかつらをつける。

美輪明宏の楽屋にオスカワアイドルがやって来る。彼は自分の正体を明かす。もう一人の三島由紀夫である。市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺するのは実は三島由紀夫ではなくオスカワアイドルの役目であり、これから自分は市ヶ谷へ向かうのだという。

入れ替わるように繋一郎の妹であるマリアや、負け犬が美輪明宏の楽屋に入ってくる。美輪明宏の座っている椅子の横にもう一脚、椅子が据えられている。マリアがそれは誰のための椅子なのですかと聞くと、美輪明宏は、「かつて愛した人。でも名前は忘れてしまった。記憶は衰えるのよ。でも愛だけはいつまでも色あせずに残るの」と答える。美輪明宏は最初の継母・マリア(井上真央)のことを思う。自分の子供でもないのに愛をくれた人だ。ここで「ヨイトマケの歌」の最後のフレーズから、「父ちゃんのためならエンヤコーラ、子供のためならエンヤコーラ」の部分が流れ、無償の愛がテーマとして浮かぶ。

美輪明宏本人が歌う「愛の讃歌」の流れる中、宮沢りえ演じる美輪明宏は、客席に背を向けて歌うような仕草をする。客席の方に向き直った宮沢りえは顔を布のようなもので覆い、照明も顔が影になるよう照らされていた。そこにいるのは宮沢りえでも美輪明宏でも、男でも女でもない「愛」そのものだった。

 

非常にピュアな題材を取り上げており、見終わったは爽快感があったが、同時に、野田秀樹の演劇としてはパンチに欠けるとも思った。テーマがテーマだけにパワフルな野田演劇を求めるのは無理なのかも知れないが、綺麗にまとまりすぎているという印象を受けたのも事実である(野田の戯曲である「パンドラの鐘」を、野田秀樹と蜷川幸雄が別キャストと会場を使って、別演出、ほぼ同時上演、つまり野田秀樹作・演出の上演と野田秀樹作・蜷川幸雄演出の上演を行った際、蜷川幸雄が野田の演出について「あいつは綺麗にやろうとしすぎるんだよ」と語っていたのを思い出した)。

演出であるが、舞台の客席に近い場所置かれたソファに座って演技をしていた役者は自分の役目が終わっても退場することなく、あたかも客の一人になったかのように、舞台中央で繰り広げられている演技を見ていたりする。これは2000年代に多く行われた演出方法であるが、無理に役者を退場させる必要がなくなり、座っている役者は場面転換と同時にはければいいので、スマートでスムースに場面を変えることが出来る。

 

俳優陣であるが、全員が優れた出来を示していた。青木さやかは女優としてのキャリアまだ浅いので、演技が女優のものになっていなかったが、これは仕方ない。今後に期待する。

宮沢りえの演技の多彩さ、古田新太のユーモアの才、池田成志の安定感などが特筆事項である。

2014年は、野田地図の公演予定はなし。野田秀樹本人はパリ他で「THE BEE English version」を、ソウル他で「キル」の日韓共同制作公演を行う予定である。野田地図の次回公演は2015年の春に行われる予定である。

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2014年4月16日 (水)

観劇感想精選(116) Doris&Orega Collection Vol.7 「ブラザーブラザー」

2013年12月13日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

午後7時から、サンケイホールブリーゼで、Doris&Orega Collection Vol.7 「ブラザーブラザー」を観る。

Doris&Oregaは西村雅彦主演の舞台を上演し続けている演劇ユニット。劇作と演出は公演毎に異なることが多い。劇作家には余り恵まれておらず、「役者は良かったんだけど本がねえ」という公演が続いたりする。そのため、劇場に行くまでは出来が良いのか悪いのか見当が全く付かない。

今回も主演はもちろん西村雅彦。作:川上徹也、演出:中谷直哉(テレビマンユニオン)。西村雅彦以外の出演者は、飯島直子、長谷川朝晴、本多力(ほんだ・ちから。ヨーロッパ企画)、上地春奈(うえち・はるな。上地というのは沖縄系の苗字であり、基本的には「うえち」と読む。上地春奈も沖縄県出身である。上地雄輔の「かみじ」という苗字は、関東では「上」を「かみ」と読むことが多いため、沖縄の人が関東に移り住んだ際に読み方を変えたものである可能性が高い)、安田顕(TEAM NACS)、デビット伊東。

作を手掛けた川上徹也は大阪大学を出ている人で、ラジオドラマやビジネス書執筆などで活躍しているという。西村雅彦が主演したラジオドラマの脚本を手掛けたのが縁で、今回、作家として起用されたようである。

テレビマンユニオン所属の中谷直哉は舞台ではなく、放送の演出家として活躍しており、「アメリカ横断ウルトラクイズ」の演出家でもあるという。

 

サンケイホールブリーゼの入るビル、ブリーゼブリーゼ(洒落ではなく、本当にこういう名前なのである)入り口には、次回公演のポスターが貼ってあることが多いのだが、「ブラザーブラザー」のポスターは貼られていない。貼られているのは竹中直人と倉持裕による演劇ユニットである「直人と倉持の会」の第1回公演のポスターである。そういえば、長澤まさみ主演舞台である「ライクドロシー」を観たとき、ブリーゼブリーゼの前には「ライクドロシー」の公演ポスターが貼られており、その日が「ライクドロシー」の大阪公演最終日だったので、ビルから出るときには、直人と倉持の会のポスターに貼り替えられていたことを思い出した。

今回の公演は満席であり、ポスターを貼る必要がなかったのかも知れないし、敢えて貼らなかったとも考えられる。

小さな開業医、阿久津医院の居間が舞台である。院長は不治の病に罹り、思い出作りのために夫婦で世界一周の豪華客船ツアーに出たのだが、上海に立ち寄った際、ふぐ料理を食べたのが災いし、夫婦揃って食中毒で命を落としてしまう。

院長夫婦の四十九日、若い女性(上地春奈)が阿久津医院を訪れる、若い女性は一枚の葉書を手にしていた。20年前に失踪した外彦(そとひこ。西村雅彦)からのものだ。外彦から葉書には「兄、四十九日に帰る。家族全員で待て」という「電報のような」文章が書かれていた。外彦は阿久津医院を継ぐべく、医大を卒業して研修医をしていたのだが、「ドーハの悲劇」として知られる、1993年に行われた日本対イラク戦の試合を見て、「俺はこのまま医者になっていいのか」と疑問を持ち、「しばらく留守にする。行く先を探すべからず」と書き置きをして消息を絶ってしまったのだ。

阿久津家には、外彦の他に、産子(「うぶこ」と読む。飯島直子)、内地(ないち。安田顕)、小児(しょうじ。長谷川朝晴)という子供がいたが、全員、医師にはなっておらず、跡継ぎはいない。後を継ぐはずだった外彦は医大を出て、医師国家試験にも合格し、医師になることは確実だったのに自らレールを降りてしまった。

阿久津医院の医院長はどうしても子供に跡を継いで貰いたかったようで、芸大志望(関東では芸大というと、東京芸大のことである。私も関東の人間であるため、京都造形芸術大学を出ているが、出身校を「芸大」ということはない。京都市内では「造形」、他では「京都造形」と呼んでいる)であった内地に、医学部に進むよう諭す。外彦が失踪した時に内地は高校2年生。当然、何の準備もしていないのに合格出来るほど医学部は易しくはなく、二浪したが「箸にも棒にもかから」ず、結局、経済学部に進み、サラリーマンになった(ただ、医大の合格者は三浪が平均とするデータもあり、二浪で諦めるのは早かったかも知れない)。産子は元々、勉強が苦手であり、特に医学部に進むには必修である数学が不得手で、xとyが公式に出てきた時点で「意味不明」と放り出してしまった。バブル世代であり、いわゆるイケイケギャルとしてワンレンボディコンでディスコで踊っていたという。今はその頃に出会った勅使河原(デビット伊東)と結婚している。阿久津医院の医院長は勅使河原にも「医師にならないか」と勧めたそうである。

末弟である小児は、小学校の頃から不登校になり、中学生になると登校拒否で学校に全く顔を出さなくなり、30歳を過ぎた今もなお引きこもりの状態である。

阿久津家の一員でない男がなぜかいる。小児の友人を名乗る松井俊矢(本多力)である。松井は、自らの名前を「松は木偏に公務員の公、井は井の頭公園の井、俊は俊足の俊、矢はアベノミクスの三本の矢の矢」と説明する。松井というのはありふれた苗字で「普通の松井です」というと大体通じる。松居さんや待井さんなどが説明を要すべき苗字のはずである。松井はことある毎に自分の名前の漢字を説明しようとする。そう、彼は説明役であり、狂言回しなのだ。狂言回しはもう一人いる。デビット伊東が演じる勅使河原で、勅使河原と松井が二人で医院長の四十九日の法要の様子を物語る場面は、狂言回しの場ともいうべきものになっている。狂言回しの場はアメリカの作家による公演ではたまに見るが、日本人の作家による演劇でこうしたことが行われるのは珍しい。だが、劇が進むに従い、敢えてそうした手法を取っているのだろうと思えるようになる。

サンケイホールブリーゼは特に大きな劇場ではないが、PAを使っての公演である。PAはかなり効果的に使われる。西村雅彦演じる外彦は実はブラジルに渡っており、コーヒー農園を経営していた。阿久津家を訪れた上地春奈演じる若い女性は外彦の妻で、日系ブラジル人のマリアであった。当然、ポルトガル語を話す(「オーラ」という言葉に反応した時点で、スペイン系かポルトガル系かのどちらかであることがわかり、その後、「オブリガード」と話したため、ポルトガル語であることがわかる。スペイン語では「オブリガード」ではなく「グラシアス」になる)。外彦は20年もブラジルに住んでいたので、ずっと日本育ちの日本人とは異なるはずである。そこで、誰でも思いつくのとは逆の方法でそれを表現する。外彦は異様に滑舌が良いのである。演劇をよく知っている方には「劇団四季の俳優ような話し方」と書くと通じやすいかも知れない。PAを使うことでそれがより明瞭になる。他の俳優はナチュラルにセリフを発声しているため、外彦演じる西村雅彦だけが、「ちょっと変わった人」として浮かび上がる。敢えて浮いた演技をするのである。この劇では、他の俳優も大袈裟な演技をわざとしたりするなど、日本の演劇でありながらバタ臭いものに仕上がっている。狙ってやっているのだと思われる。「バタ臭い」という言葉は産子演じる飯島直子が勅使河原を演じるデビット伊東に向かって、「あなたバタ臭い顔してるんだから(外国語が)わかるでしょ」と言うセリフに登場する。

西村雅彦は演技を毎回変えているようであり、オーバーアクションの演技に他の俳優が思わず笑ったりしている。西村雅彦の良いところは、オーバーアクションをしても違和感を余り感じないということである。他の俳優がオーバーアクションをすると作り物の演技に見えるが、西村がやると自然に見える。

客席には女性が多かったが、男性で観に来ている方の中には、私のような音楽好きも多いと思われる。西村雅彦の出世作である「マエストロ」という深夜ドラマを見ていた人である。当時、フジテレビの深夜枠は実験的な番組を多く放送しており、1993年から1994年にかけては音楽をフィーチャーしたドラマ「マエストロ」やバラエティ「音楽の正体」、「音効さん」などが放送されている。「マエストロ」での西村雅彦は指揮者役。役名はそのままマエストロ。本名は不明である。マエストロはイタリア語で、「巨匠」といった意味である。当時、西村雅彦は三谷幸喜が主宰してる東京サンシャインボーイズの看板俳優であったがテレビ業界ではほぼ無名。三谷幸喜脚本の連続ドラマ「振り返れば奴がいる」のラストシーンで織田裕二演じる医師・司馬を刺す、司馬の元同僚医師を演じ、「織田裕二を刺した男」として話題になっていた程度である(ちなみに刺した後で、西村はにやりと笑うが、これは西村のアドリブである)。東京サンシャインボーイズでの演技が買われて、いきなりの主役大抜擢であった。西村は「チャンスは逃さない」とわざとオーバーアクションの演技をし、これが「変人奇人の宝庫」といわれる指揮者のイメージに重なり、「西村雅彦という役者は面白い」と話題になった。「マエストロ」を見ていた人達の中にNHKのプロディーサーがおり、「西村雅彦を使いたい」というので、大河ドラマ「秀吉」で西村雅彦は徳川家康役に抜擢される。NHK内では、「家康役にそんな無名の俳優を使うことは出来ない」と反対の声が多かったというが、「マエストロ」を見ていたプロデューサーは「西村雅彦というのは面白い俳優だから絶対に大丈夫」と譲らなかった。結果、大河ドラマ「秀吉」で西村雅彦は、「(秀吉を演じる)竹中直人を食った男」と評されるようになる。

今回も、役者の演技は楽しめる芝居であった。

西村雅彦が終演後の挨拶を行い、「東京の俳優が大阪で芝居を打つというのは大変なこと」と言った後で、いかに大阪が好きであるかについて語る。その後、「出演者一人一人から一言」と西村は振るが、皆、いかに大阪が好きであるかについて語り始めてしまう。

「大阪が好き」というのはお世辞ではないと思う。私も「日本の一都市でだけで公演を行える、どこの街でやりたいか」と聞かれたら「大阪」と答えると思う。客の盛り上がり方が違うからである。ノリも一番良い。大阪が好きなのは日本人だけではなく、故サー・ゲオルグ・ショルティも大喝采を送る大阪の聴衆を見て、「この聴衆を(自身が音楽監督を務めるシカゴ交響楽団のある)シカゴに持って帰りたい」と語っており、大阪人のノリの良さは世界中で愛されている。

拍手は鳴り止まず、キャストはカーテンコールに応えた。最後は西村が「大阪万歳!」を観客と共にやった。

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「海の写真集」高知・桂浜4

高知・桂浜4

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「海の写真集」高知・桂浜3

高知・桂浜3

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2014年4月14日 (月)

「海の写真集」高知・桂浜2


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「海の写真集」高知・桂浜1

高知・桂浜1

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2014年4月 9日 (水)

観劇感想精選(115) 山本耕史主演舞台 音楽劇「ヴォイツェク」

2013年10月25日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後7時から、シアターBRAVA!で、山本耕史主演舞台、音楽劇「ヴォイツェク」を観る。原作:ゲオルク・ビューヒナー、脚本:赤堀雅秋、演出:白井晃、音楽:三宅純。TBSの制作であり、東京公演はTBSが持つ赤坂ACTシアター(二代目)で行われている(シアターBRAVA!も元々はTBS系列のMBSの劇場である。ちなみに系列局ではあるが、TBSとMBSは仲が悪いといわれている)。

今年は、23歳で夭逝した小説家で劇作家で自然科学者のゲオルク・ビューヒナーの生誕200年、「ヴォイツェク(ヴォイツェック)」初演100年(初演時は「ヴォツェック」というタイトルであった)に当たるため、日本でも各地で「ヴォイツェク」は上演されている。

「ヴォイツェク」はゲオルク・ビューヒナーの未完の戯曲であり、ビューヒナーの急死により、ページ番号もわからない断片だけが残され、長らく放置されてきたが、実在の殺人犯を主人公にした内容は魅力的であり、ビューヒナーの死後38年目に戯曲として出版され、同死後76年目に初演された。

現在の「ヴォイツェク」は、カール・エーミール・フランツォースが編纂した順番に基づいて上演されることが多い。今回、脚本を担当した赤堀雅秋もシーンの順番はフランツォースが編纂したものを踏襲している。フランツォース編纂の「ヴォイツェク」を日本語訳で読んだことがあるが、ラストと思われるシーンが数種類存在するなど(それらは本編ではなく、断片として個別に掲載されている)編纂に苦労したであろうことは想像に難くない。

さて、「ヴォイツェク」であるが、ストレートプレーとしてよりも、新ウィーン楽派を代表する作曲であるアルバン・ベルクの最高傑作にして、20世紀に作曲された最高の音楽作品の最右翼に位置すると思われる歌劇「ヴォツェック」の原作として有名である。ベルクの歌劇のタイトルが「ヴォツェック」なのは、ビューヒナーの書字が余りきれいなものではなかったため、「Woyzeck」という綴りが長い間「Wozzeck」だと誤解されていたためである。この作品が実在の殺人犯、ヨハン・クリスティアン・ヴォイツェクをモデルにしたものであることが判明し、タイトルも「ヴォツェック」ではなく、「ヴォイツェク」であることがわかった。本当のタイトルが判明したのはベルクが「ヴォツェック」を作曲している間であったが、ベルク自身が初めてこの舞台を観た時にはタイトルはまだ「ヴォツェック」とされており、オペラ用の台本も「Wozzeck」というタイトルで綴られていたため、ベルクはそのまま「ヴォツェック」というタイトルで作曲、世に出した。その直後に、ベルクは本当のタイトルが「ヴォイツェク」であったと知り、オペラのタイトルを「ヴォイツェク」に改めることも考えたが、「歌劇『ヴォツェック』は、舞台『ヴォイツェク』とは最早別物」と判断し、タイトルを変更することはなかった。

「ヴォイツェク」は、無神論的な色彩を持つ、ビューヒナーが生きた時代を考えれば革新的な作品であり、また虚無的ともいえる内容は初演が行われた1913年(第一次世界大戦が勃発する前年である)という時代の雰囲気にもマッチして人気作となり、その後、何度も映画化されている。

出演は、山本耕史の他に、マイコ、石黒英雄、良知真次(らち・しんじ)、池下重大(いけした・じゅうだい)、青山草太、駒木根隆介、加藤貴彦、半海一晃(はんかい・かずあき)、春海四方(はるみ・しほう)、真行寺君枝、今村ねずみ、団時朗(だん・じろう)。
音楽劇として、マイクを使っての上演であり、主要キャストが歌う際には耳の横から出すタイプの小型マイクがオンになる(歌のシーンがなく、小型マイクをつけていない俳優もおり、声の大きさを合わせるため、セリフのみのシーンではマイクはオフとなっている)。

三宅純の音楽には、意識的にではないだろうが、「三文オペラ」のクルト・ワイル的な要素がある。

舞台は二段になっている。通常用いられる舞台の前面に一段低い、奥行き一間ほどの小型舞台が設置されている。階段がついており、客席の通路を俳優が通って舞台に上がるという演出も多用される。

セットとして7つの扉がある壁。7という数字はキリスト教の「七つの大罪」に由来しており、実際、「七つの大罪」という言葉も劇中に登場する。

舞台上手が、演奏者達が陣取るバンドスペースになっており、まず、演奏者達が舞台下手から登場し、舞台を横切って、バンドスペースに向かう。少し遅れて掃除夫が登場し、舞台上をモップで拭き始める。客席の通路を通って、掃除夫達が何人も舞台に上がる。やがて、掃除夫の一人が四拍子のリズムで足踏みを始め、第1拍目にはモップを舞台床に打ち付ける。知的障害を持つカール(良知真次)が現れ、足踏みをしている掃除夫に何故そんなことをしているのか問いかける。掃除夫はいつ戦争が起きるかも知れず、行進の練習をしているのだと答える。すると、カールは猟銃を取り出して、掃除夫に与える。掃除夫はモップではなく猟銃を片手に足踏みを始める。それはあたかも迫り来る軍靴のようだ。やがて他の掃除夫達も軍服に着替え、軍人によるリズムが奏でられ始める。その中に、理髪師から徴兵され、現在は軍隊に所属しているフランツ・ヴォイツェク(山本耕史)の姿もあった。今村ねずみが演じる口上役が「紳士、淑女の方々」で始まる前口上を述べる。口上役はこの世の醜さを語り、「舞台の上では綺麗な世界、だが一歩劇場の外に出れば醜悪な現実が待っている」と語る。

以後は、ベルクの歌劇「ヴォツェック」の筋書きをほぼなぞっているが、歌劇「ヴォツェック」のテーマである無神論やニヒリズムから更に踏み込んだ矛盾に満ちた奥深さを今回の舞台は描いている。

殺人とそれに到るまでの心理劇であるが、ヴォイツェクに対して生体実験を行っている医師(半海一晃)などに見られる非人道性、軍隊の鼓手長(池下重大)が示す傲岸さなど、人間の汚らしい面が炙り出されていく(「グロテスク」という言葉が何度も用いられる)。

ヴォイツェクにはマリーという美しい内縁の妻(マイコ)がいるが、ヴォイツェクが貧しいために赤子(名前はクリスティアン)までいながら、籍を入れられないでいる。ヴォイツェクが生体実験を受けいれているのも、それによって報酬を受け取れるからであった。しかし、そのためにヴォイツェクは精神を病んでいく。ヴォイツェクが心を蝕まれていく過程は、まず最初に山本耕史以外の出演者が「ヴォイツェク」と何度も名前を呼び、それがヴォイツェクの幻聴であるとわからせることに始まり、歌劇「ヴォツェック」でも有名な枝を刈るシーンでの幻視(赤い空、世界の終末のイメージ)を経て、医師とヴォイツェクが最初に対面するシーンではヴォイツェクはすでに手が震えるようになっており、その後、震えは全身へと拡がる(この演技を自然に行うのはかなり難しいと思われるが、そこは山本耕史。巧みに演じていた)。元々朴訥な性格であったヴォイツェクであったが、生体実験を受けることにより、体だけでなく精神年齢も次第に退化していく。

入籍するために金を貯めているヴォイツェクであるが、マリーは軍楽隊の鼓手長の誘惑を受けいれ、不貞の行為に及ぶ(マリーを演じるマイコはバレエを習っていたようで、バレエダンスを披露する。よく見ると穿いているのはトゥシューズであった)。鼓手長は口の軽い男のようであり、二人の情事は上司である大尉(団時朗)の耳に届き、大尉はマリーが不倫をしたようだとヴォイツェクに教えてしまう。
マリーへの疑惑に苦しむヴォイツェクであったが、祭りの日に居酒屋でマリーが鼓手長と戯れ、扇情的に踊っているところに偶然出くわし、疑いは確信へと変わる。ヴォイツェクは、「(マリーを)刺し殺せ」という幻聴を聞く。

ヴォイツェクによるマリー殺害のシーンでは、壁が上方に引き上げられ、奥にあるスクリーンに赤い月が浮かぶ。舞台は池のほとりである。ヴォイツェクがナイフを取り出し、マリーが逃げるシーンでマリーを演じるマイコは舞台奥へと駆け、水飛沫が上がる。本水を使った演出であることがわかる。
マリーは、赤ん坊を「本来は汚らしいもの」、「赤い血に染まって生まれてくる」とその前のシーンで述べており(カールも同席していて、「カインとアベル」の話をし、無神論やこれから殺人が行われることをさりげなく告げている)、またマリーがこの場面では赤いドレスを着ていることから、池は羊水に、マリーや精神年齢の退化したヴォイツェクは赤子になぞらえられたものらしいと察しが付く。つまり胎内回帰の願望と葛藤がメタファーとして浮かび上がるのだが、胎内回帰は不可能であるし、希望することも否定することも危険だ(マリーは殺され、ヴォイツェクは溺死する)ということも示される。だが、口上役は、月も太陽も星も近づいてみれば汚かったという話をして、この世にもあの世にも幸せなどないのだと、歌劇「ヴォツェック」以上に厭世的なテーマを語る。

口上役は最後に再度この世と人間の醜悪さについて語り、何の救いもないまま劇は終わる。

虚無的な話であるが、それだけに無理な期待をせず、あるがままに生きろというメッセージも受け取ることが出来る。

出演者達の演技はいずれも優れており、白井晃の演出も秀逸であった。「ヴォイツェク」という作品が持つ新たな側面と、その魅力、そして同時に怖ろしさを発見した舞台でもあった。

終演後、客席は総立ちとなり、出演者を讃えた。

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2014年4月 5日 (土)

コンサートの記(131) 東芝グランドコンサート2014 ヴァシリー・ペトレンコ指揮オスロ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会

2014年3月15日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、東芝グランドコンサート2014「ヴァシリー・ペトレンコ指揮オスロ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会」に接する。オスロ・フィルハーモニー管弦楽団が来日公演を行うのは実に18年ぶりになるという。18年前に来日した際は、オスロ・フィルのアンサンブルを世界的水準まで高めたと讃えられたマリス・ヤンソンスに率いられて演奏会を行っている。18年前には兵庫県立芸術文化センターはまだ存在しなかった(阪神・淡路大震災の翌年である)ので、ここでオスロ・フィルが演奏会を行うのも当然ながら今日が初めてだ。

曲目は、ニールセンの歌劇「仮面舞踏会」序曲、グリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:アリス=紗良・オット)、ショスタコーヴィチの交響曲第5番。

1976年生まれの若手指揮者であるヴァシリー・ペトレンコはロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した「ショスタコーヴィチ交響曲全集」を作成中であり、交響曲第7番「レニングラード」などは優れた出来を示しているだけに、とりわけショスタコーヴィチの名演が期待される。

オスロ・フィルハーモニー管弦楽団は歴史こそ古いが、長い間低迷が続き、ノルウェー第二の都市で古都であり、グリーグの街としても知られるベルゲンのフィルハーモニー管弦楽団の後塵を拝す格好になっていたが、1979年にマリス・ヤンソンスが首席指揮者に就任するとマリスのトレーニングによって実力は急上昇。EMIへのレコーディングも行われるなど、世界的に知られたオーケストラへと成長した。ただ、マリス時代のオスロ・フィルは音色が薄暗く、マリスがその後に就任したロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団やバイエルン放送交響楽団に比べるとまだまだという印象は否めなかった。その後、オスロ・フィルのシェフの座はベテランのアンドレ・プレヴィンに託されるが、どうしたことか、プレヴィンとオスロ・フィルの情報は日本にはほとんど伝わらなくなってしまう。プレヴィンはその後、オスロ・フィルの音楽監督を辞してNHK交響楽団の首席客演指揮者(現在は名誉首席客演指揮者)に就任。健在ぶりをアピールしたが、オスロ・フィルの方は、フィンランド出身のユッカ=ペッカ・サラステが音楽監督になったという情報が伝わって来るのみであった。サラステも非力であったフィンランド放送交響楽団のアンサンブルを鍛えて名オーケストラに仕上げたというオーケストラビルダーとしての実績があるだけにオスロ・フィルの成長も期待されたのだがレコーディングも行われず来日演奏会もなしとあっては現時点の実力を知る術はなかった。一方、ノルウェー国内におけるライバル的存在であるベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団は音楽監督であるアンドリュー・リットンと何枚もCDを制作し、評価を高めていた。
サラステは昨年、オスロ・フィル音楽監督を退任し、2013-2014年のシーズンからヴァシリー・ペトレンコがオスロ・フィルの首席指揮者に就任している。

ニールセンの歌劇「仮面舞踏会」序曲。オスロ・フィルは精緻なアンサンブルを聴かせる。マリスの指揮によるCDで聞かれた音の暗さはなく、垢抜けた印象を受ける。オスロ・フィルは着実に成長しているようだ。
ペトレンコの指揮は「端正」という言葉が一番ピッタリくる。指揮棒でオーケストラをドライブしながら、要所要所で左手を挙げ、特に管楽器に指示を出す。
チャーミングな演奏であった。

グリーグのピアノ協奏曲イ短調。日独のハーフで「美人過ぎるピアニスト」と言われたこともあるソリストのアリス=紗良・オット(現在は髪形をロングからボブに変えたということもあり、「美人系」というよりは「可愛い系」にイメージも変わっている)は今日も裸足で登場した。

ピアノを舞台の前方に移動させて、ピアノ協奏曲のための編成に変える際、普通は弦楽奏者が舞台袖に退場するのだが、オスロ・フィルの弦楽奏者は何故かはわからないが、半分ほどはステージ上の奥に残り、立ったまま舞台転換を観察していた。

アリス=紗良・オットとペトレンコが登場。だが、椅子の高さが合わないようでオットは腰掛けてすぐに急いでレバーを回して椅子の高さを調整しようとする。それでもなかなか椅子の高さが合わないので客席から笑い声も漏れた。1分以上経ってようやく高さが合い、演奏スタート。

グリーグはお国ものだけにオスロ・フィルの伴奏は堂に入っている。オットのピアノは独特の間を取るなど個性的。オットは以前は優等生的ピアニストだったが、次第に個性派へと転換しつつあるようだ。

アンコールはリストの「鐘(ラ・カンパネッラ)」。パガニーニのバイオリンのための作品をリストがピアノ用に編曲したもので、超絶技巧が要求されるピアノ曲の代表的存在である。オットはちょっと力む箇所もあったが、誠実な演奏で見事な「鐘」を造形する。
オットは何度もカーテンコールに応え。最後は小走りで登場してお辞儀をすると、また小走りで去って行った。

後半。ショスタコーヴィチの交響曲第5番。

安定したスタートを見せるが、ピアノが同じ音型を繰り返す場面を過ぎたあたりからペトレンコは猛烈なアッチェレランドを掛け、おそらく私が聴いたことのあるショスタコーヴィチの交響曲第5番第1楽章の中で最速となる演奏を展開する。ここまで速いと弦と管がずれたりもするが、その代わりに悲劇性は増し、阿鼻叫喚の響きが鼓膜をつんざく。ショスタコーヴィチの狂気が露わになったかのようだ。

重厚感溢れる第2楽章を経て第3楽章。オスロ・フィルの弦楽は実に哀切な音色を奏でる。弦の刻みの上に嘆きやため息のような旋律をオーボエ、クラリネット、フルートが受け継いでいく場面では、弦楽器と対照的に管楽器の表情をなるべく抑え、即物的に聞こえるようにする。これによって現実の厳しさがダイレクトに伝わるような印象を受け、絶望感はより深まる。

皮相な凱歌として知られる第4楽章。ペトレンコは冒頭は作曲者の指示通りのテンポで開始するが、すぐに速度をレナード・バーンスタインの例に倣い、倍速にする。大植英次が大阪フィルの定期演奏会でこの曲を取り上げたときに極端に速いテンポを採って凱歌の皮相さを増していたが、ペトレンコは大植以上に暴れまくり、結果として凱歌にすら聞こえないという演奏を繰り広げる。感じられるのは遠い夢の向こうにある勝利とその前に立ちはだかる峻厳な現実だ。この曲は勝利ではなく、勝利への淡い希望だけで終わる。そうした印象を受けたのは今回が初めてであった。

アンコールは2曲。いずれも編曲ものである。アリス=紗良・オットのアンコール曲「鐘」も編曲ものなので、今日はアンコール曲が全曲編曲作品ということになる。

まずは、ショスタコーヴィチ編曲の「タヒチ・トロット(二人でお茶を)」。洒落っ気に溢れた演奏であった。

アンコール2曲目はブラームス編曲のハンガリー舞曲第6番。軽快にしてダイナミックな演奏が繰り広げられた。

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2014年4月 4日 (金)

マリオ・デル・モナコ(テノール) プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」より“誰も寝てはならぬ”(歌詞対訳版)

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2014年4月 2日 (水)

選抜高等学校野球選手権 龍谷大学附属平安高等学校優勝

春の選抜高校野球で、京都市にある龍谷大平安高校が大阪の履正社高校を6-2で下し、優勝を飾りました。選抜甲子園の優勝であり、都道府県の代表としての優勝ではありませんが、自分が住んでいる街にある高校が日本一になるのは嬉しいことです。投手力自体は履正社高校の方が上だったと思いますが、高校野球は連投が基本ですので、投手力は鍵にはならないのでしょう。

龍谷大平安高校は浄土真宗本願寺派(西本願寺)の高校で、数年前に平安高校から龍谷大平安高校に校名を変更しました。
私は真宗大谷派(東本願寺)の門徒ですので、ライバルの高校が優勝するのは正直、複雑なのですが。

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