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2014年5月14日 (水)

コンサートの記(138) 飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団第190回定期演奏会「飯森範親首席指揮者就任記念演奏会」

2014年4月17日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団の第190回定期演奏会「飯森範親首席指揮者就任記念演奏会」を聴く。

この4月から日本センチュリー交響楽団の首席指揮者に就任した飯森範親。山形交響楽団(山響)の音楽監督として、山響を「田舎のイメージの強い東北の弱小オーケストラ」から「日本で最も意欲的な活動を行うオーケストラ」へと転身させたことを買われての就任だと思われる。

今日と明後日の演奏会で、ブラームスの交響曲全4曲が演奏され、ライヴ録音が行われる。セッション録音も同時に行われており、リリースされる予定である。中編成である日本センチュリー響の持ち味を生かした演奏が期待される。センチュリー響の前任者である小泉和裕(音楽監督)や沼尻竜典(首席客演指揮者)も悪い指揮者ではなかったが、ブルックナーのチクルスを行うなど、「確かに客は入るかも知れないが、センチュリー響の良さを生かしているのか疑問。ブルックナーだったら大阪フィルに勝てない」というプログラミングで、戦略性には欠けていた。その点、飯森は万全で、モーツァルトやハイドンなど中編成だからこそ生きる作品を多く取り上げる予定である。

今日演奏されるのは、ブラームスの交響曲第3番と第1番。飯森が山形交響楽団において日本で初めて行ったというプレトークも勿論ある。プレトークでは、山形の、さくらんぼテレビ(フジテレビ系列)のアナウンサーを経て、テレビ大阪、そして現在はフリーのアナウンサーとして活躍する榎戸教子が司会・聞き手として参加する。榎戸教子は、さくらんぼテレビ時代にかなり人気があったようで、飯森範親は、「『榎戸さんと仕事するの? 羨ましいな』と山形交響楽団の人間が言ってました。あとで自慢しようと思います」と語る。テレビ大阪であるが、実は関東では考えられない理由で、大阪府でしか見ることの出来ないテレビ局である。テレビ東京が関東一円で見られるのとは大違いである。ということで、榎戸教子を見るのは私は初めてとなる。
飯森は、ブラームスの交響曲第3番に関して、「演奏される回数が少ない」とまず語る(一方で、第3楽章はブラームスの交響曲の中で最も有名なメロディーを持つ。一度も聴いたことのない人を探す方が面倒なほどである。映画「さよならをもう一度」ではテーマ曲として使われ、その他、テレビドラマなどでも使われることも多い。メロディーに歌詞を付けてポップスになっていたりもする)。その理由として、クララ・シューマン(師でもあるロベルト・シューマン夫人。ロベルトが若くして亡くなったため長く未亡人として過ごした)への秘めた愛が複雑に絡んでいることが挙げられるという。第3楽章はあたかもクララへの愛情吐露のようである(クララもブラームスも互いを愛していたが、一線を越えることはなく、ブラームスは生涯独身であった)。

ブラームスの交響曲第3番。今日はゲスト・コンサートマスターとして扇谷泰朋(おおぎたに・やすとも。「おおぎがやつ」という読みではないが、関係はあるのかも知れない)を招いての演奏である。なお、これまでアシスタント・コンサートミストレスとして活躍していた蔵川瑠美が広島交響楽団のコンサートマスターテストに合格し、3月末日をもってセンチュリー響を退団、今年6月から広島交響楽団のコンサートミストレスに就任する予定である。蔵川の後任として松浦奈々がセンチュリー響のアシスタント・コンサートミストレスに昇格した。

飯森範親の実演には何度も接しているが、基本的に音の重心が高めにあり、音色も明るめで、まるでイタリア人指揮者のようである(飯森は海外ではロシアとドイツにポストを持ったことがあるが、イタリアとの接点はなく、たまたま個性がイタリア的だったのだと思われる)。

抑え気味に柔らかく開始するが、次第に高揚感が増していく。今日はヴァイオリン両翼の古典配置での演奏であったが、弦楽の音の受け渡しなどはかなり難しいことが窺える。
もう少し歌心があった方が飯森のスタイルに合っていると思うが、まずまずの出来。センチュリー響もはっきりとわかるミスは1箇所だけであった。

交響曲第1番の演奏前にも榎戸教子と飯森範親によるプレトークがある。交響曲第3番について飯森は「難曲で、これまで納得のいく演奏は自分のものも含めて一度も聴いたことがない、ヨーロッパででもそうですが、センチュリーの皆さん頑張ってましたね。凄いです」と述べる。
交響曲第1番についてであるが、「構想から完成まで20年。その間に交響曲を書こうとして、結局、「ドイツ・レクイエム」というレクイエムになってしまったりした(ピアノ協奏曲第1番も当初は交響曲として作曲されるも上手くいかずにピアノ協奏曲にしてしまった)という、ブラームスの苦悩などを描いてみたい」というようなことを飯森は語る。

交響曲第1番。先日、デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の来日演奏会で聴いたばかりの曲であるが、ジンマンが造形美を優先させたのに対して飯森はパッションが火を噴くような熱演を展開する。フル編成のオーケストラだったら重苦しく感じたかも知れないが、センチュリー響は中編成。針が振り切れることはない。
抒情美溢れる第2楽章、軽妙な第3楽章を経て、最終楽章で凱歌が堂々と奏でられる。ラストの連続する和音の間を開け、ベートーヴェンの影響を示したのも面白い解釈だった。

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