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2014年5月11日 (日)

コンサートの記(136) イヴリー・ギトリス&川畠成道(ヴァイオリン) ニコライ・ジャジューラ指揮キエフ国立フィルハーモニー交響楽団来日演奏会2011京都

2011年12月3日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の来日演奏会を聴く。指揮は音楽監督のニコライ・ジャジューラ。

曲目は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(独奏:川畠成道)、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(独奏:イヴリー・ギトリス)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

ウクライナの首都、キエフのオーケストラの京都公演。キエフ市と京都市は姉妹都市である。ウクライナはヨーロッパで二番目に面積の大きな国である。最も大きい国はロシアで、面積は世界一である。かつてはロシアとウクライナはソビエト連邦として同じ国であった。ソ連がいかに大きな国であったかがわかる。

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団と、指揮者のニコライ・ジャジューラに関してはほとんど知識がなかったが、実は東京では評判になっているようである。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の独奏者である川畠成道は8歳の時に視覚を失ったヴァイオリニストである。日本には目の不自由な人には音楽をやらせるという習慣がある。楽器演奏は感覚でも出来る。私は独学でピアノを弾いていたが、実は楽譜を見ていて、鍵盤は見ていなかった。どの鍵がどの辺りにあるのかは感覚でわかるので、鍵盤を見ていなかったのである。

川畠成道は人気のヴァイオリニストであるが、実演に接した感想は、技術は高いヴァイオリニストである。ただ、音楽性に関しては十分とは言えないし、川畠より技術のあるヴァイオリニストは沢山いる。川畠もそれは自覚しているようで、「僕はギトリス先生の前座に過ぎません」とでもいうようにアンコール演奏もせずにさっさと引っ込んでしまう。

後半のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。独奏者のイヴリー・ギトリスは技術も音楽性も世界トップレベルの人である。ただ、19世紀のヴィルトゥオーゾの演奏スタイルを現在に伝える貴重な人材でもある。19世紀の演奏スタイルはどんなものかというと、楽譜通りに弾かないのである。旋律は歌い崩すし、音を足したりもする。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は難曲であるが、ギトリスは更に難度を高めてしまうのである。

オーケストラ奏者が全員登場してチューニングを終え、席に着いたのだが、ギトリスとジャジューラがなかなか出てこない。キエフ国立フィルの奏者も不審に思って下手袖を何度も確認する。

ギトリスとジャジューラがようやく登場する。ギトリスとジャジューラ、キエフ国立フィルのコンサートマスターが何か冗談を言う。1階席の前の人はそれを聞いて笑っている。ただ、私は3階席だったので、何か言っているということしかわからない。ただ、その後、キエフ国立フィルのオーボエ奏者がAの音を出して、ギトリスが調弦をする。どうもギトリスが調弦に納得がいかずに出るのが遅れたようである。

イヴリー・ギトリスだが凄すぎる。やりたい放題である。緩急自在な上に、徹底して弱音で弾いたりする。同じ音型でも毎回表情を変えたりする。ということで、先の展開がまるで読めない。ジャジューラもヴァイオリン独奏のない部分では自由に指揮するが、ギトリスが弾いている時は、正面を向いて拍を刻むだけである。ギトリスに置いて行かれないようにするだけで精一杯なのだ。

第1楽章を椅子に座ったまま弾いたギトリスであるが、第2楽章の頭では立ち上がる。強い音を出すのかと思ったらそうではなかった。更に弱い音を出してきた。磨き抜かれた弱音であり、しかもリタルダンドしてテンポが遅くなり、伴奏しているオーケストラは止まりそうになるまでのテンポに落ちる。これは指揮者もオーケストラも怖いはずである。遅いテンポでもギトリスは音楽に出来る。彼は天才である。オーケストラの中にはギトリスほどの天才は当然ながらいない。というわけで、オーケストラは音楽になるかならないかのギリギリの所まで追い詰められるのである。第3楽章で、ジャジューラとキエフ国立フィルは「ここは流石にギトリスも強く弾くだろう」と思って鳴らしたが、ギトリスは弱音で来た。オーケストラは極端に音量を落とさねばならなかった。
21世紀になっても、ギトリスのような演奏家に生で接することが出来るというのは奇跡に近いことである。

ギトリスはアンコール演奏で、「浜辺の歌」を弾く。“あした浜辺をさまよえば、昔のことぞしのばるる”まで弾いたところで、ギトリスは演奏を止め、拍手を待つ。勿論、聴衆も拍手をする。それからまたギトリスは弾き出す。1番は歌い崩しながらも「浜辺の歌」とわかる弾き方だったが、それ以降は音を足しまくりで、超絶技巧曲にしてしまう。即興で装飾音を施すのであるが、19世紀は作曲もするヴァイオリニストが多かったため(「ツィゴイネルワイゼン」のサラサーテなどが有名である)これは自然に出来た。ただ現在は、作曲家とヴァイオリニストの分業が進んでしまっているので、こうしたことが出来るヴァイオリニストは希少なのである。最後は音階を奏でて演奏を終えるギトリス。大人しい京都の聴衆も拍手喝采である。

チャイコフスキーではギトリスに押されまくったジャジューラとキエフ国立フィルであるが、ドヴォルザークの交響曲第9番を聴いてわかった。かなり良い指揮者であり、優れたオーケストラである。これなら東京で評判になっても不思議ではない。ギトリスが凄すぎただけで、指揮者もオーケストラも高い水準にあったのだ。

ジャジューラとキエフ国立フィルはアンコールで、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番を演奏。優れた出来である。

最後にジャジューラは粋な計らいをする。イヴリー・ギトリスをステージ上に呼んだのだ。良い演出である。

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