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2014年5月の18件の記事

2014年5月30日 (金)

笑いの林(17) 「ひな祭りグランド花月」

2014年3月3日 なんばグランド花月にて

午後6時30分から、なんばグランド花月(NGK)で、「ひな祭りグランド花月」という公演を見る。少し早めにNGKの前に付くと、吉本新喜劇のメンバーが楽器を演奏したり(ギター、サックス、トロンボーン、ピアニカといった編成)、一緒に集合写真を撮ったりといったファンサービスを行っていた。

吉本では、毎年、雛祭りに今いくよ・くるよ主催の「ひな祭り会」というイベントがあるそうで、男子禁制、吉本の女芸人だけが一堂に会するというものだそうだ。これまでは「ひな祭り会」に附属したイベントなどはなかったようだが、今回は前半が女芸人だけのネタという、ひな祭り会連動企画。後半は吉本新喜劇で、こちらは通常営業である(後日テレビで放送されたため、吉本新喜劇の感想はなし)。

前半の出演者は、今いくよ・くるよ、桜 稲垣早希、小泉エリ、尼神(あまこう)インター、バターぬりえ、ゆりやんレトリィバァ、Dr.ハインリッヒ。司会進行は新選組リアンの森公平と榊原徹士。スペシャルゲストは解散を決め、今日がNGKラストステージになるかも知れないというハリガネロック。新選組リアンの二人とハリガネロック以外は全員女芸人、それに今いくよ・くるよ師匠と、早希ちゃん、エリさんを除くとかなり芸歴の浅いメンバーである。「ロケみつ」で知られるようになった、ゆりやんレトリィバァの芸を見るもの楽しみである。

尼神インターは、尼崎出身の渚と、神戸出身の誠子によるコンビ。「あまがみ」や「あましん」と読みたくなるが「あまこうインター」である。尼崎出身の渚は茶髪にスカジャンで不良風。尼崎という街は全国的には工業都市や商業都市として知られているが、関西では「柄が悪い」「不良が多い」というイメージが強い。ということで、渚がヤンキー、ハイソなイメージの神戸出身の誠子が世間知らずの能天気な女を演じて、そのギャップで笑いを取ろうというコンビである。NGKは初めてのようで勝手がわかっていないのか、マイクを離れたところで話して、声が聴き取りづらいところがあった。NGKの大きさだとマイクから離れての漫才は多分無理である。

バターぬりえ。ちょっと意図の分からない演目で、笑いは取れず。新選組リアンの二人によると、バターぬりえは「あらびき団」で初代あらびき芸人に認定されたこともあるそうだが、伸び悩んでいるのか、そもそも「あらびき団」が不毛な番組だったのか(「あらびき団」の常連でその後活躍している人はいるのかな?)。

ゆりあんレトリィバァ。「ロケみつ」でも達者な英語を披露していたゆりあんだが、今日のネタも流暢な英語に日本語でボケを入れるという代物。定番ともいえる授賞式ネタであり、オリジナリティには乏しいかも知れないが、英語が主という点では新しさがある。自虐ネタなども入れた予想以上に面白いネタであった。芸歴2年でこれならかなり良い方なのではないだろうか。新選組リアンの紹介によると、ゆりやんはNSCお笑いコース36期を首席で卒業したという。NSCは大阪校東京校合わせて毎年1000人が入学するそうなので(途中で辞める人も多いようだが)、1000人の頂点に立ったというのは凄い。

Dr.ハインリッヒは、双子姉妹によるコンビ。ネタは少し地味である。

新選組リアンの榊原徹士は、京都外国語大学出身で英語が出来るそうだが、ゆりあんの英語について、「かなり良い!」と語っていた。

エリさんのマジックは、トランプの図柄が描かれたシートを破り、粉々にするが、それが一瞬で元に戻ったり、ハンガーを次々に繋げたり、箱に助手を入れ、上下ともに太いパイプで箱を貫き、その後、箱に剣も刺すが、全てを抜くと、助手が何事もなかったかのように出てくるというものであった。

早希ちゃんは、「マジックの妖艶な空気を消す」と言って両手で空気を払った後で、「関西弁版マンガのセリフ」をやる。早希ちゃんは「みなさん関西人ですよね」と言ってスタートするが、私は関東人である。一応、関西弁の意味は分かるし、「話して」と言われたら、関西弁で話すことも可能やけど、無理して関西弁つこうとする必要は特に感じんので使うつもりはあらしまへん。
このネタは、ひょっとしたら関東人と関西人では感じ方が真逆になるのではないかとも思われるのだが、京都在住が長い関東人の私には客観的な判断は出来ない。

新選組リアンの二人が登場し、Dr.ハインリッヒが双子だということだが、尼神インターの誠子も実は双子だということで、ツーショット写真が披露される。ちなみに誠子は地味顔であるが、妹さんは.……
写真を見た新選組リアンの二人が、「え? ほんま?」、「可愛! めっちゃ可愛いやん!」と驚くほど誠子には似ておらず、整った顔立ちをしている。ギャル系であるが美人であることには間違いない。

ここで、特別ゲスト。3月一杯での解散を決めたハリガネロックが、「今いくよ・くるよと懇意」で「スケジュールが空いた」ということで登場する。二人で40を過ぎると金が欲しくなるという話をした後で、ツッコミの大上邦博はイチローと同い年だという話をする。イチローの年俸は15億。ボケのユウキロックが「俺ら15億円稼ぐには何ステージやればいいの? ツーステージ」と言って、「なんでそんなに簡単やねん?!」と突っ込まれると、「元々は1ステージ7億ぐらいだが、色々引かれて3千円になる」という。
大上は結婚しているそうで、息子と娘がいるようなのだが、「まだうちの子供は小さいからいい。子供のうちはいい。成長すると反抗するようになる」と語る。
そこで、ユウキロックが大上の娘を演じるのだが、とにかく悪い娘である。当たり屋を計画したりする。

今いくよ・くるよ。「我々の頃はNSCもなかったので弟子入りするしかなかった」という話に始まり、今喜多代に弟子入りし、くるよは今汚らしいという芸名を貰った(嘘である)という話になる。くるよは今日も特性のドレスであったが(いくよは、「安藤忠雄(建築家)のデザイン」といつものように嘘の紹介をする)、例によって滑ってきてピエロのような格好になってしまう。くるよは「これはこれでいい。どやさ!」と言う。

新選組リアンの二人と、ハリガネロックの二人が出てきて、ステージ上にいる今いくよ・くるよと合わせて計6人で、ハリガネロックの歴史と解散後についての話となる。解散はするがピン芸人として活動を続け、吉本にも所属し続けるとのことだった。今くるよは、ハリガネロックが若い頃は今よりも良い男だったと振り返る。

その後、くるよが、下手袖を手招きして、今日の出演者全員をステージ上に呼ぶ。出演者は私服や別のステージ衣装で登場。早希ちゃんは眼鏡姿であった。

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2014年5月29日 (木)

コンサートの記(140) チョン・ミョンフン指揮フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2013大阪

2013年10月1日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、チョン・ミョンフン指揮フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を聴く。

チョン・ミョンフン(鄭明勲)は、1953年、韓国・ソウル生まれ、アメリカ国籍の指揮者。ピアニストとしても活動している。長姉は天才ヴァイオリニストとして有名なチョン・キョンファ(鄭京和)、次姉はそれほど有名ではないが、チェリストのチョン・ミュンファ(鄭明和)である。チョン三姉弟といわれることもあるが、実際は姉弟はもっと沢山おり、チョン・ミョンフンによると、ミョンフンのすぐ上の兄が最も才能のある人物だったそうだが、「勉強が嫌いだったため」音楽方面には進まなかったという。

私がクラシックを聴き始めた時期は、丁度、チョン・ミョンフン(当時は、チョン・ミュンフンという表記だった)が世界的な指揮活動を始める時期と一致しているため、その活躍をリアルタイムを追うことの出来ている指揮者の一人である。
まず、ピアニストとして活動を始め、1974年のチャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門で2位に入る。その後、DECCAレーベルにピアニストとしてチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を録音してデビューしている。この時に伴奏を務めていたのはシャルル・デュトワ指揮のロサンゼルス・フィルハーモニックであるが、その後にシャルル・デュトワとミュンフンの姉であるチョン・キョンファとは恋仲になり、結局は別れたので、デュトワとミュンフンが犬猿の仲だと囁かれたこともある。二人の仲が実際どうなのかはわからないが、日本でまずNHK交響楽団を指揮したチョン・ミョンフンは、デュトワはN響の常任指揮者になってからは客演の機会が減ってはいる(全く客演しなかったわけではない)。そして2001年には東京フィルハーモニー交響楽団のスペシャル・ミュージック・アドバイザーに就任。東京フィルハーモニー交響楽団とは放送用ライヴ音源による「ベートーヴェン交響曲全集」を作成した。13歳の時に渡米し、以後、ずっとアメリカで教育を受けていて、韓国語より英語の方が得意だというミョンフンであるが、2006年から祖国のソウル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督も務めている。フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団には2000年に音楽監督に就任。以後、現在まで音楽監督の地位にあるが、ミュンフンは契約を更新しないことを決めており、次期音楽監督はすでに決定済み。2015年9月からは、フィンランドの若手であるミッコ・フランクが音楽監督の座に就く。

チョン・ミョンフンが最初に注目を浴びたのもパリであった。パリ・オペラ座のオペラ部門がバスティーユに移るとき(従来のパリ・オペラ座の建物はガルニエ宮としてバレエ公演を中心とする劇場に変わった)、音楽監督に内定していたダニエル・バレンボイムが突如として解任された。私がクラシックを本格的に聴き始めた1989年の出来事である。政治的な理由であったが、表向きは、「バレンボイムが虫の良いスケジュールと高額な年俸を要求したため」とされた。そのため、当時、バレンボイムが所属していたコロンビア・アーティスツ・マネージメント・インクの有名指揮者達が、バスティーユ・オペラ座に一切協力しない旨の書類を連名で送り、オペラ座は指揮者を探すのに困り、やっと見つけたのが当時まだ無名であったチョン・ミョンフンであった。チョンは、「名前は一流だが実力は二流」と言われ続けたパリ・オペラ座管弦楽団(パリ・バスティーユ管弦楽団)のレベルを瞬く間に引き上げ、大手レーベルであるドイツ・グラモフォンとも契約を結び、順風満帆であるかに思われたが、またしてもオペラ座は政争の舞台となり、チョンはある日突然に解雇されてしまう。2004年のことである。解雇理由はまたしても「虫の良いスケジュールと高額な年俸の要求」であったが、指揮者としてはまだ駆け出しで、謙虚な人柄であるチョン・ミョンフンがそんなことをするわけがないことは誰の目にも明らかであった。チョンがいつのもように車でバスティーユ・オペラ座に乗り付け。オペラ座の入り口を入ろうとした時に問答無用で追い返されたそうで、チョンはその時のことを「汚い言葉なのを承知で言いますが、私はその時、糞のような扱いを受けたのです」と後に述べている。
オペラ座側の言い分に納得しなかったチョンは裁判に訴える。鶴首した理由に同じものを二回続けて使ってしまうような頭の働きの鈍いオペラ座幹部が裁判に勝てるはずもなく、法廷では裁判官がオペラ座の幹部を「一体、どうなっているんだ?!」と一喝する場面もあったという。オペラ座は敗訴し、再び優れた指揮者に手の出ない時代になってしまう。近年になってようやく有能な若手指揮者であるフィリップ・ジョルダン(名指揮者、故アルミン・ジョルダンの息子である)を音楽監督に招くことに成功している。

チョンに話を戻すと、1997年にローマ・サンタチェチーリア音楽院管弦楽団の首席指揮者に就任、2005年まで務めている。2001年から2010年まで東京フィルハーモニー交響楽団のスペシャル・ミュージック・アドバイザー、現在は同オーケストラの桂冠名誉指揮者である。1997年には東京国際フォーラムを本拠地とするアジア・フィルハーモニー管弦楽団を結成。アジア各国からの演奏家を集めたオーケストラであったが、日中関係、日韓関係ともに冷え切った昨今は活動を休止している。2000年にフランス国立フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任して、2015年8月まで継続する予定。そして2006年からはソウル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督である。

フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団は、元はフランス国立放送の第二オーケストラ(第一オーケストラはフランス国立放送管弦楽団、現在のフランス国立管弦楽団である)として発足したが、1984年にマレク・ヤノフスキが音楽監督に就任するや、練習嫌いで知られたフランス人音楽家の意識改革にいち早く着手。徹底した訓練で、オーケストラのレベルを瞬く間にグラードアップすることに成功し、「力があるから」と練習をサボりがちだった、パリ管弦楽団や、本来は上のオーケストラであるはずのフランス国立管弦楽団を抜き去るほどの名声を獲得する。これに慌てたパリのオーケストラは、自楽団の指揮者として期待の若手や名うてのオーケストラビルダーを起用。パリ管弦楽団は当時、期待の若手だったセミヨン・ビシュコフを音楽監督に招き、フランス国立管弦楽団は世界的オーケストラビルダーであり、フランス音楽の権威であるシャルル・デュトワを音楽監督に据えた。現在のパリ管弦楽団の音楽監督は世界トップランクに位置するパーヴォ・ヤルヴィ。フランス国立管弦楽団の音楽監督は若い頃から注目を浴びていたダニエレ・ガッティである。

「フランスには優秀なオーケストラはいくつもあるが、響きの良いコンサートホールは一つもない」と言われてきたが、パリ管弦楽団の音楽監督に就任したパーヴォ・ヤルヴィがこれを問題視して進言。現在、フランス初となるクラシック音楽専用ホール(フィルハーモニー・フランス、もしくはフランス・フィルハーモニー)が建設中である。フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団も完成後にフィルハーモニー・フランスに本拠地を移す予定である。

曲目は、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調(ピアノ独奏:アリス=紗良・オット)、ベルリオーズの幻想交響曲。オール・フランスものである。

これまでチョン・ミョンフン指揮のコンサートに行く機会は何度かあったのだが、観劇の予定を優先させたり、病気が重くなったりで結局行けず、チョン指揮の実演に接するのは今日が初めてである。

アメリカ型の現代配置での演奏。

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。
徒に盛り上げずに、ナチュラルな感じで入ったが、徐々にギアを入れ、興奮度が増してくるという巧みな設計による音楽作り。フランスのオーケストラだけに音の彩りがやはり豊かである。

ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。ソリストのアリス=紗良・オットは「美人過ぎるピアニスト」として話題になった人である。1988年生まれと、まだ大変に若いピアニストである。ピアニストのモナ=飛鳥・オットは実妹。ドイツと日本のハーフであり、生まれ育ちはドイツであるが、日本語も流暢に喋る。多くのピアノコンクールで優勝し、オーストリアのザルツブルク・モーツァルティウム音楽院(モーツァルティウム音楽大学)を卒業後、本格的なソリストとしての活動を開始。ドイツ・グラモフォン・レーベルへの録音も頻繁に行っている。私がアリス=紗良・オットの実演に接するのはおそらくこれが3回目。最初が広上淳一指揮京都市交響楽団の定期演奏会のソリストとして、2度目が名古屋の愛知芸術劇場コンサートホールでのパーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団(hr交響楽団)来日公演のソリストとしてである。名古屋ではCDにサインも貰っている。

アリス=紗良・オットは紫のロングドレスで登場。これまではロングヘアであったが、今日はボブカットにしていた。裸足で弾くことの多いアリス=紗良・オットであるが、今日も裸足で登場する。

フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団は、サイズを刈り込み、室内オーケストラ編成で伴奏を務める。

アリス=紗良・オットのピアノは芯のあるしっかりとしたもので、ラヴェルを弾くにはやや音が重たい印象もあるが、第1楽章の多彩さ、第2楽章におけるリリシズム、最終楽章における快活さなどを巧みに奏でてみせる。

チョン指揮のフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団は、音色の濃い伴奏で、室内オーケストラ編成にしたハンデを感じさせない。そもそも、室内オーケストラでもしっかりと響く音楽を築く自信があり、風通しを良くするために敢えて室内オーケストラ編成を選んだのだから、彼らとしてはハンデですらないのだろう。

アリス=紗良・オットはアンコールとして、リストの「パガニーニによる超絶技巧練習曲」より第5番「狩り」を弾く。非常に明るい音色による演奏で、彼女の音のパレットの多さを感じさせる。だが、これほど明るい音を出せるのに、ラヴェルでは重めの音を選んだのは不思議に思える。

後半、ベルリオーズの幻想交響曲。

チョンは、パリ・バスティーユ管弦楽団と、ドイツ・グラモフォンに幻想交響曲を録音しており、これは同曲の代表的名盤と認められている。機能はパリ・バスティーユ管弦楽団(パリ・オペラ座管弦楽団)より上であるフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団との演奏であるだけに、期待も高まる。

ゆったりとしたテンポでスタート。弦楽器が妖しい音色を発する。やはり音のパレットは日本のオーケストラよりも欧米のオケの方が多彩であるようだ。

第2楽章の華やかさもまずますであるし、第3楽章の平原での寂寥感もよく出ている。コールアングレ(コーラングレ)の呼びかけに応えるオーボエはステージ上でない場所で吹くのが慣例であるが、下手側の入り口が開かれていたので、オーボエ奏者が下手袖で吹いていることがわかる。役目を終えたオーボエ奏者は演奏途中に、下手側でなく、オーボエの位置に近い上手側からステージに入る。ラストの近くでもティンパニを叩く奏者が上手側からステージに入った。

第4楽章は、パワフルではあったものの、ブラスがバランスを超えて咆吼する。フランス人というと粋で繊細な「エスプリ・クルトワ」で有名で、普通「エスプリ」というとこの「エスプリ・クルトワ」を指すのであるが、同時に、豪快な「エスプリ・ゴーロワ」も持ち合わせており、演奏家が楽器を思いっ切り演奏をすることでも知られている。ブラスが暴走とまでは行かないが、勇み足のようにも聞こえる。

最終楽章は、安定感を重視した演奏で安心して聴くことが出来るが、終結に近くなると第4楽章とは異なり、今度は一転して大人しくなってしまう。演奏会というのは本当に生もの、水ものだと思う。

鐘であるが、舞台上にはなく、他の場所で演奏されていると思われるのだが、下手側も上手側も入り口は閉ざされており、そこから音が入ってきているとは思えない。それに妙にクリアで上の方から音がする。というので目を上にやると、そこにスピーカーがある。音はどうもスピーカーから発せられているように聞こえる。クラシック音楽専用ホールにもアナウンス用のスピーカーはあるが、フェスティバルホールは、ポップスやミュージカルなどにも対応しているため、本格的なスピーカーが付いている。それを生かそうとしたのか、あるいは袖で演奏するよりもスピーカーで鳴らした方がクリアな音がするという計算からか、とにかくスピーカーを用いるという独特のものであった。

アンコールは、ビゼーの歌劇「カルメン」より“前奏曲”。快速テンポによる演奏である。途中で「闘牛士の歌」のメロディーが現れるのだが、チョンとフランス国立放送フィルの旋律の歌わせ方は「これでもか」とばかりに徹底してお洒落であり、フランスのオーケストラと、長年パリで活躍してきた指揮者の美的感覚がよくわかる演奏会であった。

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2014年5月28日 (水)

観劇感想精選(124) 「おそるべき親たち」2014

2014年3月29日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後3時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、ジャン・コクトー作の「おそるべき親たち」を観る。

多芸多才の人、ジャン・コクトー。コクトー本人は詩人と呼ばれることを好んだそうだが、才能は文芸に留まらず、絵画などでも認められている。

コクトーの戯曲の代表作といえば、「声」と「おそるべき親たち」が両輪ともいうべき位置を占めているが、普段は上演されることは少ない。ただ、2013年がコクトー没後50年だったということもあり、昨年暮れには鈴木京香の一人芝居「声」、そして今日は「おそるべき親たち」と3ヶ月ほどの間に両方に接することが出来た。

今回の「おそるべき親たち」は、2010年に行われた上演の再演となる。翻訳・台本:木内宏昌、演出:熊林弘高は、今年1月に新国立劇場小劇場「ザ・ピット」で上演された「Tribes ~トライブス~」と同じコンビである。出演は、佐藤オリエ、中嶋朋子、満島真之介、中嶋しゅう、麻実れい。

ジャン・コクトーの作品で最も有名なのは「おそるべき子供たち(アンファン・テリブル)」であると思われるが、「おそるべき子供たち」は小説であり、戯曲「おそるべき親たち」とは特に関連はない。

上演開始前に、母親役である麻実れいが出てきて、枕を抱えたり、タロットカードと投げたりし、その後、舞台を去る。

溶暗後、暗めの照明の中、モーツァルトの「レクイエム」より“ラクリモーサ”(モーツァルト最後の作品である)のピアノ編曲版が流れ、下手から麻実れいがゆっくりと歩いて登場し、舞台中央に来たところ、丁度、モーツァルトの絶筆となった音付近で倒れる。麻実れいが演じているイヴォンヌは病気持ちである。倒れてしまったのもそのためだ。イヴォンヌの夫のジョルジュ(中嶋しゅう)は、たまたま帰宅が早く、倒れているイヴォンヌを見つけて病院に知らせたためイヴォンヌも特に大事には至らなかった。イヴォンヌの姉であるレオ(佐藤オリエ)。実は最初にジョルジュと親しくなったのはイヴォンヌではなくレオだったのだが、ジョルジュはイヴォンヌを選んだ。だが、レオもあたかも家政婦のようにジョルジュとイヴォンヌの夫妻と同居している。ちなみにイヴォンヌは部屋の片付けが苦手だが、レオは逆に家事が得意である。

ジョルジュとイヴォンヌ夫妻の家には普段は息子のミシェル(満島真之介)がいたのだが、ミシェルはこの日に限って外出していた。親しい女性の家にいたのだ。
イヴォンヌもミシェルも互いの関係を「親友」、「友達親子」と言うのだが、傍から見ていると明らかに一線を越えてしまっており、「恋人親子」である、イヴォンヌはミシェルを「ミック」、ミシェルはイヴォンヌを「ソフィー」と愛称で呼ぶ。近親相姦を匂わせるところもある。
ミシェルは22歳。徴兵検査に落ち、引きこもりのような生活を送っている。だがミシェルがそんな状態にあることはイヴォンヌにとっては好都合。イヴォンヌはミシェルを独占しようとしている。レオはミシェルが外出ないのは、イヴォンヌがそう仕向けているからだと指摘し、ミシェルを溺愛する余り、ジョルジュを見捨てたような状態になっているとも語る。

そんなミシェルが若い女性と恋に落ちた。それを知ったイヴォンヌは露骨に嫉妬する。更にややこしいことにミシェルが好きになった3歳年上の女性・マドレーヌ(中嶋朋子)は、50歳過ぎの男とも恋仲にあり、金銭的援助も受けていることをミシェルも知っているのだが、その50過ぎの男が実は父親のジョルジュであるということは知らない。マドレーヌはジョルジュがミシェルの父親だということも知っており、ジョルジュもマドレーヌとミシェルが恋仲になったことに気付いていてレオに告白する。レオは、「あなたが払った金をミシェルが回収する。合理的」などと言うが、最終的には家族全員でマドレーヌに会いに行くことを提案し、その際、ジョルジュは話が上手いので、マドレーヌと二人で話をまとめて貰おうと提案する。

マドレーヌは自宅で製本の仕事をしており、作業場にいると居間の声は全く伝わらない。

居間でマドレーヌと二人きりになったジョルジュは、「第三の男がいるということにしよう。君と同い年の」と提案したり、「50過ぎの男が私だとミシェルに打ち明けよう。私と君の関係は終わりだが、君とミシェルの関係もまた終わりだ」と、マドレーヌとミシェルの名を引き裂こうとする。マドレーヌは、「私を脅す気?」、「卑劣!」、「エゴイスト!」、「人でなし!」とジョルジュをなじるが、ジョルジュは作業場から居間に帰って来た一堂の前で、「マドレーヌにはもう一人好きな人がいる」と言って、ミシェルとマドレーヌを失望の底へとたたき落とす。

「私は自殺はしないけれど、緩慢な死に至るでしょう」と絶望を語るマドレーヌにレオはある策を授けるのだった。

人間の醜悪な部分を炙り出す劇である。特殊な家庭の話ではあるが、我々の誰もがいつ特殊な世界へと入り込んでしまってもおかしくない状態で生きているため、他人事として傍観することは余り賢明なことではないだろう。

舞台美術は比較的簡素だが(舞台美術:島次郎)、それが故にいたずらに装置に目が行かず、各個人の心理状態に神経を集中することが出来た。

笑えるシーンも多い劇なのだが、それもまた悲哀の要素を高めていたように思う。平常心が正常だというのなら笑いもまた狂気の一種なのだろう。

俳優陣のアンサンブルも見事であり、感銘深い芝居であった。

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2014年5月25日 (日)

コンサートの記(139) シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団大阪定期演奏会2013

2013年12月2日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、読売日本交響楽団(読響)の大阪定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、読響常任指揮者のシルヴァン・カンブルラン。1948年生まれのフランスの中堅世代を代表する指揮者である。現代音楽の演奏を得意としており、現代音楽専門のアンサンブル、クラングフォーラム・ウィーンの首席客演指揮者の他、代々現代音楽に強い指揮者をシェフに招くことで知られる南西ドイツ放送交響楽団(SWR交響楽団,バーデン・バーデン&フライブルク)の音楽監督を1999年から2011年まで務めた。現在は第9代目となる読売日本交響楽団の常任指揮者の座にある。

 

読売グループの資本力を生かし、世界的な指揮者を多く指揮台に招き、各楽器の奏者もソリスト級を揃えていながら、1990年代には、「注意力散漫な演奏」、「空席が目立つ」などと音楽評論家に書かれて将来を心配されていた読響であるが、21世紀に入ると力を上げ、ミスターSことスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが第8代常任指揮者に就任すると、その演奏は日本中のクラシックファンの耳目を集めることになる。ミスターSと読響の演奏はライヴ録音されてDENONレーベルから発売され、その独特の渋い演奏は高く評価された。ミスターSは現在は読響の桂冠指揮者となっている。その間に下野竜也も読響の正指揮者となっており(現在は首席客演指揮者)、下野と読響のコンビは余り演奏されない曲目を録音、リリースし、これまた注目を浴びている。

 

今日の曲目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」、ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲、ラヴェルの「ボレロ」。

 

読響には客演を含めてコンサートマスターが4人いるようだが、今日は日下沙矢子がコンサートミストレスを務める。

 

ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲。力強い演奏が展開される。弦は主題を弾いている時は美しい。だが、なぜか伴奏に回ったときは少し汚い音を奏でる。読響のアンサンブルの精度は、今年の夏に東京芸術劇場コンサートホールで行われた広上淳一指揮の演奏会を聴いて高いことを確認済みであり、カンブルランも現代音楽を得意とするため、そういった細かいことにはうるさいはずだが、なぜこんなことになっているのかわからない。考えられるとしたら、ザ・シンフォニーホールの音響を十全に捉えられていなかったということである。

 

モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。ドイツ型の現代配置であるが、ピリオド・アプローチを意識した演奏である。冒頭でティンパニが硬め音を出す。弦楽器はビブラートをかけにかけるが、音を引き延ばさずに、サッと弓を弦から離す。次に同じ音型が来たときは弦楽器はノンビブラートで演奏する。折衷スタイルの演奏であるようだ。

弦も管も美しい音を奏で、演奏にも勢いがある。「オベロン」序曲のようにハーモニーが濁るということもない。

精緻で清々しい演奏であった。

 

後半のラヴェルの2曲は、カンブルランのお国ものということもあり、素晴らしい演奏が繰り広げられる。

 

バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲。冒頭は夜明けを描いたもので、非常にきめ細かく書かれたスコアを演奏する。詩情豊かで、上品な淡いトーンによる演奏が展開される。この上品な淡いトーンはいくら音楽が熱狂的になっても崩れることはない。

バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲は、何度か実演で聴いたことがあるが、実演に限ると、おそらく今日のカンブルラン指揮読響の演奏がトップに来ると思われる。バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲も含めた実演となると、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の演奏によるバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲(NHKホールで行われたが、途中、震度3の地震があり、ホールがガタガタ揺れるというハプニングがあった)がやはり1番だと思われる。

 

「ボレロ」でも、この淡いトーンは保たれる。カンブルランは必ず、小さく何度か指揮棒の先を振ってから演奏に入るのだが、「ボレロ」では指揮棒の先を三角に振って、「この速度で行く」と示した後、手の平を上に向けた左手をサッと前に出し、演奏がスタートする。パンフレットにもなっている読響の月刊誌「MONTHLY ORCHESTRA」には「ボレロ」の演奏時間が13分とあり、速めの演奏となることが予想されたが、実際は14分台後半ぐらいのテンポだと思われる。

カンブルランは最初は棒先だけをチョンチョンチョンと小さく動かしていたが、体の動きは次第に大きくなる。読響の奏者達の技術も高く、カンブルランのオーケストラ操縦術も巧みで、熱狂的な演奏となった。

 

アンコールは、ビゼーの歌劇「カルメン」前奏曲。しなやかな演奏であった。

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2014年5月23日 (金)

グスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル・ユースオーケストラ レナード・バーンスタイン 「ウエストサイドストーリー」より“シンフォニックダンス”

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2014年5月17日 (土)

観劇感想精選(123) 虚構の劇団「グローブ・ジャングル」2014大阪

2014年4月18日 大阪・天王寺の一心寺シアター倶楽にて観劇

午後7時から、大阪・天王寺の一心寺シアター倶楽(くら)で、虚構の劇団の「グローブ・ジャングル」を観る。

虚構の劇団は、鴻上尚史が第三舞台解散後に新たに立ち上げた劇団で、運営は引き続きサードステージが行っている。
「グローブ・ジャングル」は虚構の劇団旗揚げ公演で上演された作品であり、今回は久しぶりの再演となる。作・演出:鴻上尚史。出演:オレノグラフィティ(劇団鹿殺し)、根本宗子(ねもと・しゅうこ。劇団月刊「根本宗子」主宰)、小沢道成、小野川晶(おのがわ・あき)、杉浦一輝、三上陽永、渡辺芳博、塚本翔大、森田ひかり、木村美月。最年長の渡辺芳博でも1981年生まれ。1990年代生まれも二人いるなど大変若い劇団である。

「グローブ・ジャングル」は第61回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞しており、その理由もよくわかるのだが、ステージで観るよりも戯曲で読んだ方が楽しめるような作品ともいえる。

鴻上尚史は自分の作品が上演されている劇場には大抵姿を見せていて、今日も開場時には、自身のツイッターを更新するなどパソコンで作業をしており、その後、売り子となって公演パンフレットと戯曲本を売りながら客席を回った。

舞台装置はかなりシンプル。後方のスクリーンに様々な映像や文字が映る。
インターネットが重要な舞台になっており、登場人物達は舞台に出てきた際に、インターネット上の書き込みのようなセリフを発する。繋がりがあるものもあればないものもある。やがて、青山七海(小野川晶)がバイト先であるコンビニで、店長の娘の小学生(根本宗子)にせがまれて、店長の娘が冷蔵庫に入った写真を撮り、更にせがまれて自身も冷蔵庫に入った写真を店長の娘に撮らせてしまう。店長の娘がその2つの写真をツイッター上にアップしてしまったことから騒動は始まる。投稿を見つけた劇団主宰で塾講師の沢村(オレノグラフィティ)はその写真を2ちゃんねる上にアップ。たちまち犯人捜しが始まり、店長の娘も、そして七海もFacebookで身元が割れ、通っている大学、住所、電話番号なども次々に公開されていく。

一方、ことを大きくした沢村も劇団員達の離反に遭い、次回公演を降りることになった。劇団員で恋仲でもある麻実(森田ひかり)に演劇を続けるよう言われた沢村だが、辞めてロンドンへと旅立つ。そして、七海は自宅近くや大学の周りにおかしな人々が集まりだし(店長の娘が「無理矢理やらされた」と書いたことから幼児虐待という罪までなすりつけられていた)、大学は中退に追い込まれる。就職しようにも、今は応募者の名前をネット検索する時代であり、検索されればバカ発見器の餌食になっていることが上位にランキングされてしまうため、雇ってくれるところもない。そこで七海は写真を2ちゃんねるにアップした人物をネットを使って自力で調べた。その人物は酒好きの塾講師で、左手にバイク事故の際に出来た傷があり、ロンドンへ旅立ったことを知る。
七海もその人物(沢村)を追ってロンドンへ向かう。酒好きだということでロンドンのパブを回るが、そこで住田という男(小沢道成)と出会う。実は住田は自殺した幽霊であり、住田のことが見えるのは自殺願望を持った人だけなのだという。七海は探している人物を見つけ出して殺害し、自分も死ぬつもりであった……

21世紀になってから書かれた作品であるが、アングラ第三世代に属する鴻上の筆だけに、どことなく80年代の匂いが残る。

グローブ・ジャングルとは、昔は公園などによくあった遊具で、球形のジャングルジムである。私の実家の近所にある公園にもグローブ・ジャングルはあった。子供の頃は、勢いよく回して体を宙に浮かせながら遊んだものだが、今は保護者から「危険」という苦情があり、次々と撤去されてほとんど存在しないという。この劇では「喪失」の象徴として登場する。

居場所を喪失し、アイデンティティー喪失の危機に陥った若者達の物語であり、私ももう少し若ければ共感し得たと思うのだが、残念ながら私も今年で40歳である。「ここではないどこか」を探し、「愛と人間を諦めること」を否定したい若者達を応援したいと思うが、もう不惑になると純粋に大人向けの作品が観たくなる。日本の小演劇は観客に若者が多いということもあり、若者をターゲットにした作品が多い。鴻上も当然、若者が多く観ることを想定して作品を作っている。欧米の作家が書いたものを基にした演技は大人向けに書かれたものも多く、私が原作が外国人作家の舞台を好んでみるのもそのためである。

ともあれ、いい舞台である。若者にはお薦めだ。

俳優陣はいずれもパワフルな演技を披露。特に3役を演じ分けた根本宗子の演技は良かった。

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2014年5月16日 (金)

観劇感想精選(122) 「もって泣いてよフラッパー」2014大阪

2014年3月14日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後7時からシアターBRAVA!で、「もっと泣いてよフラッパー」を観る。「上海バイスキング」と並ぶオンシアター自由劇場の代表作である。1977年に初演されて大好評を得て、1990年から1992年までは毎年シアターコクーンで上演が行われていたのだが、それ以降は上演がなく、「もう上演されることはないのでは」と噂された傑作の22年ぶりの再演である。
「上海バイスキング」は2010年に久しぶりの上演が行われ、この上演はオンシアター自由劇場で初演された時以来の俳優が多く出演していたが(吉田日出子、小日向文世、笹野高史ら)「もっと泣いてよフラッパー」を上演するには流石にオリジナルキャストでは無理がある。ということで、オンシアター自由劇場出身の人は串田和美を含めて7人だけである。
作・演出・美術・出演:串田和美。出演:松たか子、松尾スズキ、秋山菜津子、りょう、大東駿介、鈴木蘭々、片岡亀蔵、太田緑ロランス、大森博史、真那胡敬二、小西康久、酒向芳、内田紳一郎、片岡正二郎、石丸幹二ほか。
音楽は松たか子の旦那さんである佐橋佳幸と、京大卒のマルチミュージシャンという異色の存在であるDr.kyOnのユニットであるダージリンが音楽監督・作曲・編曲を手掛ける。オリジナルの作曲は越部信義、八幡茂、乾祐樹。
オーケストラ・ラ・リベルテ(演奏):佐橋佳幸、Dr.kyOn、黒川修、木村おうじ純士、黄啓傑、花島英三郎(以上演奏家)。串田和美、石丸幹二、大東俊介、大森博史、真那胡敬二、小西康久、酒向芳、内田紳一郎、片岡正二郎、近藤隼、佐藤卓、内藤栄一(以上、出演&演奏)。佐橋佳幸と黒川修はセリフのない役でちょっとだけ出演している。

串田和美が物語性のある芝居以外の演劇を追求して出来上がった劇である。童話のような複数のストーリーが展開されるが、物語が膨らむ前に次から次へと別の要素が入っては過ぎていく。それは別の話だったり、ダンスだったり、歌だったり音楽だったりする。

舞台は1920年代の架空の街・シカゴ。実在のシカゴと似てはいるが架空の都市という設定である。街中にあるラ・リベルテというクラブではフラッパー達がダンスショーを繰り広げている(フラッパーとは日本でいうとモガことモダンガールに近い存在で、1920年代に現れた新しい格好やライフスタイルを持つ女性達のことである)。一方、実在のシカゴ同様に禁酒法の下にある架空のシカゴでは、やはり実際のシカゴ同様にギャング達が酒の密輸で私腹を肥やし抗争を繰り広げている。ラ・リベルテのオーナーも銀色パパと呼ばれるマフィア(串田和美。なお、「もっと泣いてよフラッパー」では、基本的に一人の俳優が何役も演じ分ける)である。彼らと敵対しているのはアスピリンという名の男(松尾スズキ)を首領とする黒手団だ。

トランク・ジル(松たか子)は、ラ・リベルテのダンサーになることを夢見てシカゴにやって来た。だが、シカゴは治安が悪い。ということで、背広を着てちび鬚を付けるなど男装している。見るからに悪そうな黒手組の一味と鉢合わせしそうになったジルは物陰に隠れるが見つかってしまう。「見ねえ顔だな。何て名前だ?」と聞かれたジルは「しゃっくりジャスミン」という偽名を名乗る。すると黒手組の組員達は「あの、しゃっくりジャスミンか」と怖れをなして逃げてしまう。しゃっくりジャスミンを名うての殺し屋だと黒手組の連中は勘違いしたようだが、しゃっくりジャスミンという名前はジルがその場で思いついた名前であり、なぜ殺し屋だと思われたのかジルは不思議がる。
ジルは宿を求めるが、そこはネズミがクラス家だった。だが、何故かネズミの家の亭主(松尾スズキ)もその妻(秋山菜津子)も自分達のベッドを開けてくれる。
ネズミの間でも争いがあり、ジルは眠りから覚め、宮沢賢治の『よだかの星』に似たモモンガを主役にした話をする。皆、いい話なのかどうか怪訝に思うが、取り敢えずその場は丸く収まる。そしてジルは何故かネズミ達から同じネズミだと思われており(不審に思われてはいる)、しゃっくりジャスミンだとまたも偽名を名乗ると、「猫を怖れぬ、しゃっくりジャスミンか」と、またもネズミ界の英雄と勘違いされてしまう。そこで、猫に鈴を付ける大役を引き受けたのだが、実際に出てきた猫は大きくて目つきが悪く、ジルは慌てて逃げる。

中国系移民のチャン(真那胡敬二)が営む理髪店。チャンは「ハサミやカミソリなど人を傷つけたり人の血を流したりするを使って仕事をするのが我々。ところが刃物も使わずに傷つけたり血を流す奴らがいる」と嘆いてる。
そこに、シカゴタイムズの記者、ベンジャミン(石丸幹二)が髭を剃って貰いにやって来る。ベンジャミンはフラポーという女性(鈴木蘭々)に惚れている。だが、ベンジャミンがフラポーの良さについて語っている時に黒手組の組員達がやって来る。怖れをなして逃げるベンジャミン。鬚を剃って貰っていた黒手組のメンバーだが、昼だというのに月が出た。不思議に思っているとフラポーが現れる。黒手組の首領アスピリンはフラポーに一目惚れしてしまう。

クリンチ・チャーリー(大東俊介)はボクサーだが、長いこと勝てていない。チャーリーの座っていたバケツの下からジルが現れる。これまで男装に成功してきたジルであったが、チャーリーには男装した女だと一目で見抜かれる。

何とかラ・リベルテのダンサーになれたジル。ラ・リベルテのトップダンサーは3人、お天気サラ(秋山菜津子)、青い煙のキリー(りょう)、月影ギナン(太田緑ロランス)であるが、キリーは男に騙されてばかりいる。サラは、「男は女に騙されたがっている。なのに騙されてどうするの」と語る。

サラにコミ国という国の皇太子(片岡亀蔵)が恋をした。だが、サラは「身分違い」だと皇太子を相手にしない。

一方、キリーはまた恋をした。相手は黒手組の構成員である青い血オニオン(大森博史)だ。オニオンの歌声に惹かれたのだ(黒手組のメンバーによるドゥワップ歌唱があった)。

ジルはシカゴから何十キロも離れたところにあるモーテルで、チャーリーと一夜を共にする。そこでチャーリーはボクシングで勝てないのではなく、わざと負けることで金を受け取る、つまり八百長をしていたことを告白する。だがチャーリーは今度の試合では第7ラウンドでクランチした時に「今日は八百長はなしだ」と告げ、KOしてみせると宣言する。「第7ラウンドが始まったら会場を出て車に乗って待っておけ。俺もすぐ向かう。南部に行って一緒に写真屋をやろう」とチャーリーはプロポーズするのだった。

この劇は、場面転換が多く、スライド映像のように完結しないままの物語が回っていく。そのため、あらすじを書いても余り意味はないのだが、最低限抑えておかなければならないところは書いておいた。

“もっと泣いてよ”とタイトルにあるとおり、この芝居は基本的には悲劇である。この物語に出てくる恋愛はいずれも悲惨な結末を迎える。哀感に満ちた話なのであるが、それでも不思議と暗い気持ちにはならず、開放感や爽快感を覚える。文学的楚辞を用いるなら「浮遊感溢れる悲哀」で一杯なのだ。悲劇的結末がラストで次々明かされるので悲劇的展開が不十分(もちろん敢えて開いた形にしなかったのだ)であり、悲劇に見舞われた女性達が皆たくましく、また何よりも音楽が悲しみを抑えてくれる。カタルシスとはまた違った、悲劇であるが故の癒しがこの劇にはある。

カーテンコールは鳴り止まず、アンコール演奏、そして楽隊と松たか子が客席通路を歩きながらラストナンバーである「もっと泣いてよフラッパー」を歌った。

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2014年5月14日 (水)

コンサートの記(138) 飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団第190回定期演奏会「飯森範親首席指揮者就任記念演奏会」

2014年4月17日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団の第190回定期演奏会「飯森範親首席指揮者就任記念演奏会」を聴く。

この4月から日本センチュリー交響楽団の首席指揮者に就任した飯森範親。山形交響楽団(山響)の音楽監督として、山響を「田舎のイメージの強い東北の弱小オーケストラ」から「日本で最も意欲的な活動を行うオーケストラ」へと転身させたことを買われての就任だと思われる。

今日と明後日の演奏会で、ブラームスの交響曲全4曲が演奏され、ライヴ録音が行われる。セッション録音も同時に行われており、リリースされる予定である。中編成である日本センチュリー響の持ち味を生かした演奏が期待される。センチュリー響の前任者である小泉和裕(音楽監督)や沼尻竜典(首席客演指揮者)も悪い指揮者ではなかったが、ブルックナーのチクルスを行うなど、「確かに客は入るかも知れないが、センチュリー響の良さを生かしているのか疑問。ブルックナーだったら大阪フィルに勝てない」というプログラミングで、戦略性には欠けていた。その点、飯森は万全で、モーツァルトやハイドンなど中編成だからこそ生きる作品を多く取り上げる予定である。

今日演奏されるのは、ブラームスの交響曲第3番と第1番。飯森が山形交響楽団において日本で初めて行ったというプレトークも勿論ある。プレトークでは、山形の、さくらんぼテレビ(フジテレビ系列)のアナウンサーを経て、テレビ大阪、そして現在はフリーのアナウンサーとして活躍する榎戸教子が司会・聞き手として参加する。榎戸教子は、さくらんぼテレビ時代にかなり人気があったようで、飯森範親は、「『榎戸さんと仕事するの? 羨ましいな』と山形交響楽団の人間が言ってました。あとで自慢しようと思います」と語る。テレビ大阪であるが、実は関東では考えられない理由で、大阪府でしか見ることの出来ないテレビ局である。テレビ東京が関東一円で見られるのとは大違いである。ということで、榎戸教子を見るのは私は初めてとなる。
飯森は、ブラームスの交響曲第3番に関して、「演奏される回数が少ない」とまず語る(一方で、第3楽章はブラームスの交響曲の中で最も有名なメロディーを持つ。一度も聴いたことのない人を探す方が面倒なほどである。映画「さよならをもう一度」ではテーマ曲として使われ、その他、テレビドラマなどでも使われることも多い。メロディーに歌詞を付けてポップスになっていたりもする)。その理由として、クララ・シューマン(師でもあるロベルト・シューマン夫人。ロベルトが若くして亡くなったため長く未亡人として過ごした)への秘めた愛が複雑に絡んでいることが挙げられるという。第3楽章はあたかもクララへの愛情吐露のようである(クララもブラームスも互いを愛していたが、一線を越えることはなく、ブラームスは生涯独身であった)。

ブラームスの交響曲第3番。今日はゲスト・コンサートマスターとして扇谷泰朋(おおぎたに・やすとも。「おおぎがやつ」という読みではないが、関係はあるのかも知れない)を招いての演奏である。なお、これまでアシスタント・コンサートミストレスとして活躍していた蔵川瑠美が広島交響楽団のコンサートマスターテストに合格し、3月末日をもってセンチュリー響を退団、今年6月から広島交響楽団のコンサートミストレスに就任する予定である。蔵川の後任として松浦奈々がセンチュリー響のアシスタント・コンサートミストレスに昇格した。

飯森範親の実演には何度も接しているが、基本的に音の重心が高めにあり、音色も明るめで、まるでイタリア人指揮者のようである(飯森は海外ではロシアとドイツにポストを持ったことがあるが、イタリアとの接点はなく、たまたま個性がイタリア的だったのだと思われる)。

抑え気味に柔らかく開始するが、次第に高揚感が増していく。今日はヴァイオリン両翼の古典配置での演奏であったが、弦楽の音の受け渡しなどはかなり難しいことが窺える。
もう少し歌心があった方が飯森のスタイルに合っていると思うが、まずまずの出来。センチュリー響もはっきりとわかるミスは1箇所だけであった。

交響曲第1番の演奏前にも榎戸教子と飯森範親によるプレトークがある。交響曲第3番について飯森は「難曲で、これまで納得のいく演奏は自分のものも含めて一度も聴いたことがない、ヨーロッパででもそうですが、センチュリーの皆さん頑張ってましたね。凄いです」と述べる。
交響曲第1番についてであるが、「構想から完成まで20年。その間に交響曲を書こうとして、結局、「ドイツ・レクイエム」というレクイエムになってしまったりした(ピアノ協奏曲第1番も当初は交響曲として作曲されるも上手くいかずにピアノ協奏曲にしてしまった)という、ブラームスの苦悩などを描いてみたい」というようなことを飯森は語る。

交響曲第1番。先日、デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の来日演奏会で聴いたばかりの曲であるが、ジンマンが造形美を優先させたのに対して飯森はパッションが火を噴くような熱演を展開する。フル編成のオーケストラだったら重苦しく感じたかも知れないが、センチュリー響は中編成。針が振り切れることはない。
抒情美溢れる第2楽章、軽妙な第3楽章を経て、最終楽章で凱歌が堂々と奏でられる。ラストの連続する和音の間を開け、ベートーヴェンの影響を示したのも面白い解釈だった。

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2014年5月13日 (火)

コンサートの記(137) デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団来日演奏会2014大阪

2014年4月13日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の来日演奏会を聴く。第52回大阪国際フェスティバル2014の一つとして行われる公演であり、有料パンフレットは発売されておらず、全12ページの無料パンフレットが全員に配布されただけだったが、紙の質は良く、無料にしてはまずまずの出来である。

曲目は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ギドン・クレーメル)とブラームスの交響曲第1番。

これまで関西ではデイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の来日演奏会は、必ず&ヨーヨー・マという形で行われており、世界最高のチェリストの一人であるヨーヨー・マが付いてくることでチケット料金が高騰し、とてもじゃないが手が出ないという状態が続いていたが、今回はあくまでもデイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の来日演奏会として行われ、ヴァイオリンのソリストは、やはり世界最高峰のギドン・クレーメルであるが、クレーメルの分まで料金がプラスされたりはしなかった。

デイヴィッド・ジンマンは、1936年、ニューヨーク生まれの指揮者で、フランス人指揮者であるピエール・モントゥーに見出され、モントゥーが首席指揮者を務めていたロンドン交響楽団に客演して注目を浴び、70年代のオランダ室内管弦楽団の首席指揮者時代にはフィリップス(現在はDECCAレーベルに統合されて消滅)にレコーディングを行っている。80年代から90年代前半に掛けてはボルチモア交響楽団の音楽監督として同楽団のレベルアップに貢献。TELARCレーベル(こちらも現在はクラシックからは撤退)に多くの録音を行う。ただ、ここまでのジンマンの指揮者としての評価は「良くて二流」というものだった。
それが一変したのは1995年にチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の首席指揮者に就任し、90年代後半に「ベートーヴェン交響曲全集」をアルテ・ノヴァにレコーディングしてからである。ピリオド・アプローチと、即興演奏満載のこの全集は世界的な評価を獲得し、ジンマンの評価は「良くて二流」から一躍「超一流」にまで高まった。

その後も、ジンマンとチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団は、「リヒャルト・シュトラウス交響詩全集」、「マーラー交響曲全集」などを作成し、世界各国で好評を博している。

ヴァイオリン独奏のギドン・クレーメルはソ連時代のラトヴィア生まれ。ソ連時代にはかなり苦労したようである。J・S・バッハから現代音楽に至るまで幅広いレパートリーを誇り、90年代後半にはヨーヨー・マなどと共に世界的なピアソラ・ブームを生み出している。
非常に個性的なヴァイオリニストであり、自著では世界的な指揮者であっても方向性が違えば無能扱いしている。
クレーメルはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を2度レコーディングしているが、最初はロシアの現代音楽作曲家であるシュニトケ作曲によるカデンツァを使用して話題になった。2度目のレコーディングでは、ベートーヴェン自身がヴァイオリン協奏曲をピアノ協奏曲に編曲した際に書いたピアノ用のカデンツァをヴァイオリン向けに編曲したものを採用して、この時も反響は大きかった。

無料パンフレットには「本日どのようなカデンツァが演奏されるのかは不明である。」と書かれている。

開場は午後1時であったが、ロビー開場であり、客席開場は午後1時30分であった。クレーメルは神経質なヴァイオリニストなので、事前まで入念なリハーサルを行っていたのであろう。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。オーケストラは後半のブラームス演奏の時よりも少し小さめの編成(弦楽奏者達の最後列が空席になっていたのでわかった)。アメリカ式の現代配置であるが、ティンパニは指揮者の正面ではなく、やや下手よりに置かれている。なお、ティンパニはベートーヴェンとブラームスとでは異なり、ベートーヴェンでは手前にある小さめのものが、ブラームスでは奥にある大きめのものが使用された。

ジンマンとクレーメル登場。ジンマンはシャルル・デュトワやエリアフ・インバルと同い年であるが、デュトワやインバルに比べると幾分老けた感じである。同い年ではあっても年の取り方はそれぞれ異なるのであろう。

ピリオド・アプローチで鳴らしたコンビだけに伴奏は万全。交響曲演奏の時とは違い、即興的な要素は用いていない。

独特なのは、ジンマンとチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団よりもソリストのクレーメルで、なんと最初の伴奏と再現部の伴奏のそれぞれ一部をオーケストラと一緒に演奏する。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は人気曲だけに何度もステージの演奏に接しているが、伴奏の一部をオーケストラと一緒に奏でたソリストはクレーメルが初めてである。

クレーメルもピリオド奏法を用いているため、線は通常の演奏時よりも細めであったが、音は美しく、特に弱音は息を呑むほどの絶美である。歌い回しも独特だが思いつきでやっているわけではないことは伝わってくる。

カデンツァであるが、これまで聴いたことのないものが用いられていた。基本的には第1楽章冒頭のヴァリエーションであったが、なんとオーケストラ伴奏が加わり、誰の手によるものなのか見当が付かないカデンツァである。

外連もあったが、全体としては現代最先端のベートーヴェン演奏として高く評価出来るものであった。

クレーメルはアンコールとして現代曲を演奏。1949年生まれのペレシスという作曲家の「ヴィオラのための24のカプリース」より第5番。ヴィオラのための作品をヴァイオリンで弾いてしまったことになる(ヴァイオリンとヴィオラは指使いは同じなのでヴィオラ向けの曲をヴァイオリンで弾くこと自体は比較的簡単である)。繊細な演奏であった。

後半。ブラームスの交響曲第1番。
非常にスマートな演奏である。第1楽章の序章は凶暴さを感じさせる演奏も多いのだが、ジンマンとチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団はバランス重視。威風堂々であるが重苦しくはない。
第2楽章のリリシズム、コンサートマスターのソロとホルンを始めとする管楽器の対話が分かりやすく伝わってくる。
第3楽章も風通しが良く、最終楽章もギアチェンジがはっきりしすぎなのが気にはなったが、造形のきちんとした演奏が展開される。
都会的な洗練されたブラームス演奏であった。ジンマンとチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の録音は弦の音がすっきりしているのが特徴であるが、実演でもやはり同傾向で、録音によって変化しているわけではないようだ。ベートーヴェンもブラームスも基本的にピリオドを採用しており、そのために弦に透明感が出るのだろう。

アンコールはブラームスのハンガリー舞曲第1番。情熱的な曲だが、ジンマンは徒にオーケストラを煽ることなく(情熱的な演奏では音を揺らすことが多いがジンマンはそれは行わなかった)、パッションよりも勢いを前面に出した演奏となった。

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2014年5月11日 (日)

コンサートの記(136) イヴリー・ギトリス&川畠成道(ヴァイオリン) ニコライ・ジャジューラ指揮キエフ国立フィルハーモニー交響楽団来日演奏会2011京都

2011年12月3日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の来日演奏会を聴く。指揮は音楽監督のニコライ・ジャジューラ。

曲目は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(独奏:川畠成道)、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(独奏:イヴリー・ギトリス)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

ウクライナの首都、キエフのオーケストラの京都公演。キエフ市と京都市は姉妹都市である。ウクライナはヨーロッパで二番目に面積の大きな国である。最も大きい国はロシアで、面積は世界一である。かつてはロシアとウクライナはソビエト連邦として同じ国であった。ソ連がいかに大きな国であったかがわかる。

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団と、指揮者のニコライ・ジャジューラに関してはほとんど知識がなかったが、実は東京では評判になっているようである。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の独奏者である川畠成道は8歳の時に視覚を失ったヴァイオリニストである。日本には目の不自由な人には音楽をやらせるという習慣がある。楽器演奏は感覚でも出来る。私は独学でピアノを弾いていたが、実は楽譜を見ていて、鍵盤は見ていなかった。どの鍵がどの辺りにあるのかは感覚でわかるので、鍵盤を見ていなかったのである。

川畠成道は人気のヴァイオリニストであるが、実演に接した感想は、技術は高いヴァイオリニストである。ただ、音楽性に関しては十分とは言えないし、川畠より技術のあるヴァイオリニストは沢山いる。川畠もそれは自覚しているようで、「僕はギトリス先生の前座に過ぎません」とでもいうようにアンコール演奏もせずにさっさと引っ込んでしまう。

後半のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。独奏者のイヴリー・ギトリスは技術も音楽性も世界トップレベルの人である。ただ、19世紀のヴィルトゥオーゾの演奏スタイルを現在に伝える貴重な人材でもある。19世紀の演奏スタイルはどんなものかというと、楽譜通りに弾かないのである。旋律は歌い崩すし、音を足したりもする。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は難曲であるが、ギトリスは更に難度を高めてしまうのである。

オーケストラ奏者が全員登場してチューニングを終え、席に着いたのだが、ギトリスとジャジューラがなかなか出てこない。キエフ国立フィルの奏者も不審に思って下手袖を何度も確認する。

ギトリスとジャジューラがようやく登場する。ギトリスとジャジューラ、キエフ国立フィルのコンサートマスターが何か冗談を言う。1階席の前の人はそれを聞いて笑っている。ただ、私は3階席だったので、何か言っているということしかわからない。ただ、その後、キエフ国立フィルのオーボエ奏者がAの音を出して、ギトリスが調弦をする。どうもギトリスが調弦に納得がいかずに出るのが遅れたようである。

イヴリー・ギトリスだが凄すぎる。やりたい放題である。緩急自在な上に、徹底して弱音で弾いたりする。同じ音型でも毎回表情を変えたりする。ということで、先の展開がまるで読めない。ジャジューラもヴァイオリン独奏のない部分では自由に指揮するが、ギトリスが弾いている時は、正面を向いて拍を刻むだけである。ギトリスに置いて行かれないようにするだけで精一杯なのだ。

第1楽章を椅子に座ったまま弾いたギトリスであるが、第2楽章の頭では立ち上がる。強い音を出すのかと思ったらそうではなかった。更に弱い音を出してきた。磨き抜かれた弱音であり、しかもリタルダンドしてテンポが遅くなり、伴奏しているオーケストラは止まりそうになるまでのテンポに落ちる。これは指揮者もオーケストラも怖いはずである。遅いテンポでもギトリスは音楽に出来る。彼は天才である。オーケストラの中にはギトリスほどの天才は当然ながらいない。というわけで、オーケストラは音楽になるかならないかのギリギリの所まで追い詰められるのである。第3楽章で、ジャジューラとキエフ国立フィルは「ここは流石にギトリスも強く弾くだろう」と思って鳴らしたが、ギトリスは弱音で来た。オーケストラは極端に音量を落とさねばならなかった。
21世紀になっても、ギトリスのような演奏家に生で接することが出来るというのは奇跡に近いことである。

ギトリスはアンコール演奏で、「浜辺の歌」を弾く。“あした浜辺をさまよえば、昔のことぞしのばるる”まで弾いたところで、ギトリスは演奏を止め、拍手を待つ。勿論、聴衆も拍手をする。それからまたギトリスは弾き出す。1番は歌い崩しながらも「浜辺の歌」とわかる弾き方だったが、それ以降は音を足しまくりで、超絶技巧曲にしてしまう。即興で装飾音を施すのであるが、19世紀は作曲もするヴァイオリニストが多かったため(「ツィゴイネルワイゼン」のサラサーテなどが有名である)これは自然に出来た。ただ現在は、作曲家とヴァイオリニストの分業が進んでしまっているので、こうしたことが出来るヴァイオリニストは希少なのである。最後は音階を奏でて演奏を終えるギトリス。大人しい京都の聴衆も拍手喝采である。

チャイコフスキーではギトリスに押されまくったジャジューラとキエフ国立フィルであるが、ドヴォルザークの交響曲第9番を聴いてわかった。かなり良い指揮者であり、優れたオーケストラである。これなら東京で評判になっても不思議ではない。ギトリスが凄すぎただけで、指揮者もオーケストラも高い水準にあったのだ。

ジャジューラとキエフ国立フィルはアンコールで、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番を演奏。優れた出来である。

最後にジャジューラは粋な計らいをする。イヴリー・ギトリスをステージ上に呼んだのだ。良い演出である。

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2014年5月10日 (土)

コンサートの記(135) 井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第477回定期演奏会「井上道義首席指揮者就任披露演奏会」

2014年4月4日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第477回定期演奏会を聴く。今日の指揮はこの4月から大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任する井上道義。「井上道義首席指揮者就任披露演奏会」のサブタイトルも付いている。

大阪フィルは大植英次が音楽監督に就任した2013-2014年のシーズンから定期演奏会場をフェスティバルホールからザ・シンフォニーホールに移したが、井上道義は大阪フィルの定期演奏会場を昨年再建されたフェスティバルホールに戻し、今日がフェスティバルホール定期演奏会復活第1夜となる。

ホワイエにはタイムテーブルが張り出されていたが、「第1部(30分)、休憩20分、第2幕(60分)」となっており、表記が揺れている。「複数の職員がチェックしているのだろうし、誤植ということはあり得ないだろう。井上が指揮なので外連だろうか?」と思ったのだが、実際は単なる誤植であった。

曲目は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:神尾真由子)とショスタコーヴィチの交響曲第4番というロシアものが並ぶ。神尾真由子が得意としているチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と、井上道義の十八番であるショスタコーヴィチということで期待が高まる。
今日のコンサートマスターは首席客演コンサートマスターの崔文洙(チェ・ムンス)。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。神尾真由子は、五嶋みどり、諏訪内晶子などと並ぶ日本人女性ヴァイオリニストの別格級の一人である。チャイコフスキーコンクール・ヴァイオリン部門の覇者であり、現在はロシア在住。ということでチャイコフスキーは得意中の得意である。大阪府豊中市出身で、大阪フィルとの縁も深いという。

神尾のヴァイオリンはしっとりとした音色に特徴があり、今日もそれは存分に発揮される。ためを作った歌い方が個性的であり、時折見せる軽やかな表情もチャーミングだ。

井上道義は、この曲では指揮台を使わず、ノンタクトで指揮。楽譜はポケットサイズのものを使っていた。大阪フィルは音の抜けの良い演奏を展開する。

後半、ショスタコーヴィチの交響曲第4番。大編成が特徴の交響曲であり、弦楽群が約70名、管楽群が約50名の計約120名という大所帯での演奏となる。大フィルの団員数は約100名ほどなので、客演奏者が数多く招かれている。楽器によっては半数以上を客演奏者が占めていたりする。

ショスタコーヴィチの交響曲第4番は謎に満ちた交響曲である。1936年に完成し、リハーサルまで行いながら初演は流れ、初演が行われたのはそれから四半世紀も後の1961年のことであった。1936年の初演が流れたことについては、作曲者、指揮者、関係者などの証言がバラバラであり、どれが本当なのかわからない。わかるのは作曲者であるショスタコーヴィチが初演を取りやめたという事実だけである。
しかし、初演が行われる予定であった1936年に、ソビエト共産党の機関紙プラウダに載った「(ショスタコーヴィチの音楽は)音楽の代わりに荒唐無稽」という有名な言葉で知られるプラウダ批判をショスタコーヴィチは受けており、スターリンから目を付けられていたショスタコーヴィチは交響曲第4番を発表するのは危ういと思ったのであろう。
翌、1937年にショスタコーヴィチは交響曲第5番という、内容のわかりやすい交響曲を書き、ソビエト中から賞賛を受ける。
1948年にはショスタコーヴィチはジダーノフ批判を受けている。いずれの批判も、音楽は分かりやすくなくてはならぬという前衛音楽批判であった。だが、困ったことに交響曲第4番は前衛音楽路線であり、演奏するわけにはいかなかったのであろう。
1953年にスターリンが亡くなると、窮屈な状態は幾分和らぐ。そしてフルシチョフによるスターリン批判があり、その直後の1961年にショスタコーヴィチの交響曲はキリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で初演されている。

上演時間1時間強という大作であり、しかも純音楽であって、その後のショスタコーヴィチの交響曲のように暗号めいたメッセージが隠れているわけでもない。ということで理解するのが容易ではない曲である。マーラーの交響曲からの影響は明かで、マーラーの交響曲第1番「巨人」の郭公の鳴き声が取り入れられたり、同じく「巨人」の第3楽章のパロディーの場面があったりする。更にはビゼーの「カルメン」前奏曲やモーツァルトの歌劇「魔笛」からパパゲーノの笛の音の真似が取り入れられている。曲調は分裂的であり、哀歌を奏でたかと思ったら馬鹿騒ぎになり、凱歌を奏するかと思いきや悲嘆に暮れるといったカオス状態で(金管が凱歌、木管が哀歌を同時に奏でるという場面すらある)、ショスタコーヴィチがなにをこの曲に込めたのか分かりにくい。あるいは内容があると考えるのは後年のショスタコーヴィチの交響曲がそうだからで、交響曲第4番に関しては深く考えて作ってはいないのかも知れないが。
ラストはチェレスタの哀感に満ちた旋律で終わる。取りようによってはスターリン体制を嘆いているようにも聞こえる。

井上の指揮はユニーク。ピョンピョン飛び上がったかと思えば、指揮棒を両手で持って胸の前でグルグル回したりする。パパゲーノのパロディが出る直背では両手を交互に上げたり下げたりとおちゃらけてみせるが、オーケストラドライブは見事であり、力強いサウンドを引き出す。

優れた演奏であったが、やはり会場が広いフェスティバルホールということもあり、「これがザ・シンフォニーホールであったなら」と何度も思ってしまった。フェスティバルホールの音響も悪くはないが、多目的ホールであり、クラシック音楽専門ホールであるザ・シンフォニーホールでの演奏ほどには迫力が感じられないのである。今日のショスタコーヴィチの演奏も予想したほどには音が飛んでこず、歯がゆい思いをした。

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2014年5月 9日 (金)

観劇感想精選(121) 井上芳雄&坂本真綾 ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~」2014

2014年3月26日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

午後6時30分から、サンケイホールブリーゼで、ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~」を観る。出演者が井上芳雄と坂本真綾の二人だけというミュージカルである。原作:ジーン・ウェブスター、音楽&作詞:ポール・ゴードン、翻訳&訳詞:今井麻緒子、脚本&演出:ジョン・ケアード。東宝の製作、あしなが育英会の協力による公演である。

書簡体で書かれたウェブスターの小説「足ながおじさん」を「手紙を読み上げる」という形そのままに劇に仕立てており、二人でいる場面でも坂本真綾演じるジルーシャか井上芳雄演じるジャーヴィスのどちらかが書いた手紙の文章を読み、二人の会話も文章の中で読み上げられたものだけを言うことが多く、ダイアローグとなる場面はかなり少ない。音楽家は6人であり、舞台の裏で生演奏が行われる。

孤児院育ちのジルーシャ・アボットの文才に目を留めた富豪の家系であるジャーヴィス・ペンドルトンが、ミスター・スミスという偽名で学資金を払ってジルーシャを女子大学に進学させ、小説家に育てようとするピグマリオンな話である。
スミスというのはアメリカでは最も多い苗字(大工系統の苗字であるとされる)であり、スミスというのが偽名だと見抜いたジルーシャは味気ない名前を嫌い、孤児院で光に照らされて壁に映った彼の姿からダディ・ロング・レッグズ(足ながおじさん)という呼称を作る。ただジルーシャはこんな酔狂な真似をするダディ・ロング・レッグズは老人に違いないと思い込んでいた。

舞台は二段仕立て。手前がジルーシャのいるスペースであり、孤児院、女子大学、農場の一室など、セットによる場面転換なしで、観客の想像力に委ねて展開していく。舞台中央奥に階段三段分高い場所があり、そこがジャーヴィスの書斎である。
ジルーシャのいる場所とジャーヴィスの書斎は繋がってはいるが、設定上は遠く離れており、互いの姿を見ることは出来ない。またダディ・ロング・レッグズ(足ながおじさん)であるジャーヴィスが、自身が支援者のダディ・ロング・レッグズであることを隠したまま階段を降りてジルーシャに会いにいく場面は何度かあるが、逆にジルーシャがジャーヴィスの書斎に行くのはラストシーンのみである。

書簡を読み上げる場面が続く中で、思わず溢れた感情が歌となっており、効果的である。

ミュージカルトップ俳優の井上芳雄と、声優・シンガーとしても人気の坂本真綾の歌唱は流石の出来。坂本真綾は声優だけに声音の変化もお手の物である。

ウェルメイドなミュージカルであった。

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2014年5月 8日 (木)

グスターボ・ドゥダメル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ラヴェル 「ボレロ」

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コンサートの記(134) ロビン・ティチアーティ指揮スコティッシュ・チェンバー・オーケストラ来日演奏会2014西宮

2014年2月17日 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後7時から、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、ロビン・ティチアーティ指揮スコティッシュ・チェンバー・オーケストラの来日演奏会を聴く。

ロビン・ティチアーティは、1983年生まれのイタリア系イギリス人の指揮者。世界的に高い評価を受けている指揮者としては現役最年少である(何を持って世界的に高い評価を受けているかは人によって基準が異なると思うが、ここでは「世界各地の有力オーケストラを振って好評を博し、レコーディングも行っていてこれも好評」とする。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やウィーン・フィルハーモニー管弦楽団などを指揮しているという定義に変えるなら、現役最年少はやはり依然として1981年生まれのグスターボ・ドゥダメルということになるだろう)。

ティチアーティは、当初はヴァイオリン、パーカッションなどを学び、イギリス・ナショナル・ユース・オーケストラに所属していたが、サー・サイモン・ラトルとサー・コリン・デイヴィスに才能を見出されて15歳で指揮者に転向。ラトルとサー・コリンに師事した。2006年にリッカルド・ムーティの代役としてスカラ座オーケストラを指揮してスカラ座史上最年少デビューを飾る。翌年にはザルツブルク音楽祭にも史上最年少指揮者としてデビューしている。
2009年からスコティッシュ・チェンバー・オーケストラ(スコットランド室内管弦楽団、SCO)の首席指揮者を務めており、今年1月にはグラインドボーン音楽祭の音楽監督に就任している。スコティッシュ・チェンバー・オーケストラとはベルリオーズの幻想交響曲などをLINNレーベルにレコーディング。同楽団を指揮した「ロベルト・シューマン交響曲全集」がやはりLINNレーベルから今年中にリリースされる予定である。また2010年からバンベルク交響楽団の首席客演指揮者も務めている。

世界中の楽団から引っ張りだこの状態であり、世界的オーケストラだけでも、バイエルン放送交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ロンドン交響楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ロサンゼルス・フィルハーモニック、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(シュターツカペレ・ドレスデン)、ウィーン交響楽団、クリーヴランド管弦楽団、ブダペスト祝祭管弦楽団、フランス国立管弦楽団への客演が決まっている。
古楽器オーケストラであるエイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団とも共演を重ねている。

スコティッシュ・チェンバー・オーケストラは、スコットランド室内管弦楽団としても知られ、サー・チャールズ・マッケラスの指揮による多くの名盤を生み出しているオーケストラ。ただ世界的な知名度があるかというと、残念ながらそうではない。ティチアーティは若い指揮者だが、「40(歳)、50は洟垂れ小僧」といわれる指揮者の世界にあっては、若い指揮者が名門オーケストラのシェフになることは極めて稀である。

ティチアーティもスコティッシュ・チェンバー・オーケストラもピリオド・アプローチには慣れているため、当然、ピリオドでの演奏となった。トランペットもホルンも口だけで音程を操作するナチュラル仕様のものを採用している。

曲目は、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、ショパンのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:マリア・ジョアン・ピリス)、ベートーヴェンの交響曲第5番。

ティチアーティは日本ではまだ知名度が低いため、ティチアーティとスコティッシュ・チェンバー・オーケストラだけで来日公演を行っても集客が見込めないということで、人気ピアニストのマリア・ジョアン・ピリスがツアーに加わっている。

チェンバー・オーケストラ(室内管弦楽団)といっても編成の大きさは各楽団で異なるが、スコティッシュ・チェンバー・オーケストラの場合は、第1ヴァイオリン7名、第2ヴァイオリン6名といった風で、フルサイズのオーケストラの丁度半分ぐらいの編成である。配置はヴァイオリン両翼であるが、弦の編成は舞台下手側から時計回りに、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ(背後にコントラバス)、第2ヴァイオリンで、いわゆる一般的な古典配置とは異なる。ティンパニが置かれているのは舞台上手奥。

ティチアーティ登場。カーリーヘアーであり、才能も勿論だが、髪形も相まって、彼には「第二のラトル」というキャッチフレーズも付いている。

序曲「フィンガルの洞窟」。ビブラートを抑えた弦が透明で美しい音を奏でる。編成が小さめなので、スケールも小さめになるのは当然である。ただ、奥行きがないのはティチアーティの若さ故だろう。
整った演奏であったが、味わい深さを出すにはやはり指揮者が年齢を重ねるしかないようだ。ティチアーティの指揮はこの曲では比較的動きが小さめであった。

ショパンのピアノ協奏曲第2番。通常、ショーピースの後でピアノ協奏曲が演奏されるときは、ピアノを運ぶための道が出来るようオーケストラの弦楽器奏者はいったん退場するのだが、スコティッシュ・チェンバー・オーケストラは小編成であり、KOBELCO大ホールのステージは広めなので、予め客席に近い方を開けておき、そこにピアノを運んで設置することで楽団員が退場しなくてもピアノ協奏曲を演奏出来るようになっていた。

若きショパンが書いた作品であり、ショパンが管弦楽法の講義を受けてから間もないうちに書かれたということで、オーケストレーションに問題があり、20世紀前半までは指揮者がオーケストラ伴奏を編曲して良く響くように改めた楽譜で演奏されるのが常であったが、20世紀後半になると、「未熟ではあるが、ショパンの曲調に合っている」「響きがショパンらしい」「ショパンの場合、ピアノ協奏曲はあくまでピアノが主役でオーケストラは脇役なのだから、響かないことは逆にピアノを引き立てる」などの意見が多く出て、現在はショパンが書いたオーケストレーションそのままのスコアで演奏するのが当たり前になっている。

ピリオド・アプローチによるショパンのピアノ協奏曲の伴奏を聴くのは初めてだが、未熟な感じが目立つという欠点がある一方で、よりドラマティックで心理描写を細やかに行えるようになるという印象を受けた。ただ、心の移り変わりがよくわかるのは、ティチアーティの丁寧な指揮の成果であることも間違いなく、ピリオド・アプローチを行えば何でも良くなるということではない。
「フィンガルの洞窟」は暗譜で指揮したティチアーティであったが、この曲では譜面とスコアを置いての指揮であった。

ピリスは実に温かいピアノを弾く。生ぬるいということではなく、ヒューマニズムのような温かさである。そういう点においてはレナード・バーンスタインに通ずるものがあるように思う。
曲調の描き分けも丁寧で、第2楽章の「青春の憧れと痛手」も霊感に満ちていたが、全編に渡って漂う温もりは他のピアニストの演奏からは感じ取ったことがない種類のものであった。

ピリスはアンコールとしてショパンの夜想曲作品9の3を弾く。情感豊かな演奏であった。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番。ティチアーティは、暗譜&ノンタクトで指揮する。
冒頭の運命動機をティチアーティは全て手の動きで指示する。特徴的なのはフェルマータの部分をはっきりわかるようディミヌエンドさせること。これまで聴いたことのない解釈である。その他の部分でも強弱の付け方は個性的だ。
思い切った金管の強奏、鮮明な弦楽器の音などピリオド・アプローチの良さが出た演奏である。ナチュラルホルンやナチュラルトランペットは音程を外しやすいのだが、長年に渡って吹き続けてきたということもあり問題なしである。ナチュラルホルンやトランペットは、濃い音色や透明な音を出すことに関しては現代の楽器より優れた部分はあるように思う。ただ燦々と輝くような音色は現代楽器の方が出しやすいようだ。
ティチアーティの楽曲解釈であるが、明晰な楽曲分析は光るが、文学的な意味での内容の踏み込みがやや浅いように感じた。だが、おそらく敢えてそうしているのだろうと途中で気付く。音そのものに語らせたかった部分はあると思う。
第4楽章へ突入する時のテンポは速めで、あっさりとした感じがあり、ここは拍子抜けした。ここだけはドラマティックにして欲しかった。

さて、版の問題であるが、第3楽章までは、ベーレンライター版だろうと思っていた。ピリオド・アプローチはベーレンライター版の楽譜を用いることが多いし、ベーレンライター版ベートーヴェン交響曲全集の校訂を行った音楽学者ジョナサン・デル・マーはイギリス人だからである。ティンパニの入り方もベーレンライターのものである。しかし、ブライトコプフ(ブライトコップ)版との違いが最も明瞭になるはずの第4楽章でベーレンライター版にしては妙なことに気付く。まず、ピッコロが1オクターブ上を吹いて浮き上がるはずの部分でピッコロ奏者はなんと吹くことすらしない。そしてラストのティンパニはトレモロが普通なのだが、今日の演奏ではティンパニは「タン、タン」と音を二つ打っただけで演奏を終えた。こんな演奏は聴いたことがない。
あとで関係者に伺ったところ、使用した楽譜はベーレンライター版とのことであったが、どうも腑に落ちない。後日、ベーレンライター版の総譜で確認したところ、やはりベーレンライター版の指示とは明らかに違った演奏をしていることがわかった。

アンコールはモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲。典雅な演奏であり、ティチアーティのモーツァルト指揮者としての才能を感じさせる好演であった。

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2014年5月 7日 (水)

フィリップ・ジョルダン指揮グスタフ・マーラー・ユーゲントオーケストラ ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

2013年のロンドンの音楽祭、プロムスにおける演奏です。会場はロイヤル・アルバート・ホール。

1974年生まれの指揮者であるフィリップ・ジョルダンは、名指揮者といわれた故アルミン・ジョルダンの息子ですが、父親よりも才能があるといわれ、現在はパリ国立歌劇場(パリ・オペラ座)総監督、ウィーン交響楽団首席指揮者の地位にあります。目立った指揮者コンクール歴はなく、歌劇場出身のたたき上げです。男前でもあり、女性ファンにも人気があるようです。

グスタフ・マーラー・ユーゲントオーケストラは、クラウディオ・アバドが創設した若手のためのオーケストラ。マーラー・チェンバー・オーケストラとは姉妹関係にあります。

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2014年5月 5日 (月)

本当のこと

何が本当のことかなんてその人にしかわからない。

万人に共通する真実があるのなら誰も生きるのに苦労はしない。

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2014年5月 2日 (金)

レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 マーラー 交響曲第5番第4楽章“アダージェット”

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2014年5月 1日 (木)

コンサートの記(133) 牧村邦彦音楽総監督 マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」&プッチーニ 歌劇「ジャンニ・スキッキ」

2013年7月28日 河内長野市立文化会館ラブリーホールにて

午後2時から、大阪府河内長野市にあるラブリーホール(河内長野市立文化会館)で、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」と、プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」の二本立てを観る。共に、上演時間1時間前後の短編オペラである。「カヴァレリア・ルスティカーナ」はレオンカヴァッロの歌劇「道化師」と共に、「ジャンニ・スキッキ」はプッチーニの三部作とされるものの一つなので、他の二編である「外套」、「修道女アンジェリカ」と共に上演されることが多いのだが、今日は珍しい組み合わせによる公演である。「カヴァレリア・ルスティカーナ」は悲劇、「ジャンニ・スキッキ」は喜劇である。マスカーニとプッチーニは友人であり、ライバルでもあった。

音楽総監督は、先日、京都劇術劇場春秋座で「蝶々夫人」を振った牧村邦彦(プロデューサー的役割で、今日は指揮は一切しなかった)、指揮は井村誠貴(いむら・まさき)、演出は岩田達宗(いわた・たつじ)。岩田達宗先生とは親しくさせていただいているので、河内長野まで観に出かけたのである。先にDVDを観ていたのは予習のためである。オーケストラは大阪交響楽団。大阪交響楽団は河内長野市の西隣にある堺市を本拠地としている(コンサートの主会場は大阪市北区のザ・シンフォニーホールである)。
河内長野市は、大阪府の南東隅にある。東の山は楠木正成が籠城戦を行ったことで有名な千早城と赤阪城のあった千早赤阪村。その先は奈良県である。河内長野市も南東隅の一部で奈良県と接している。南はもう和歌山県で高野山へ続く道となる。高野山参道の入り口として栄えたという歴史のある街であり、河内長野駅(南海と近鉄が隣接している)西口には、それを示した碑も建っている。
洛北から河内長野までは、片道2時間近くかかる。まず京阪で終点の淀屋橋まで行き、そこから大阪市営地下鉄御堂筋線で「なんば」まで南下して、南海のターミナルである難波駅から南海高野線に乗って行くのが最短ルートである。洛北から「なんば」まで出るのも結構大変だが、そこから更に30分近く南海電車に揺られることになる。

ラブリーホールはかなり新しいホールで、内装も豪華である。そしてトイレが驚くほど広い。その一方で、開演前に飲食物の販売を施設内で行わないなど、公演慣れしていない印象も受けた(水飲み場もなし。夏の街を歩いて来たので喉が渇いていた。仕方がないので、一端、外に出て自販機で「デカビタC」を買って飲んだ)。

開演前に、岩田先生がいらっしゃったので、まずは挨拶。そして「カヴァレリア・ルスティカーナ」について少し話す。

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、マスカーニのオペラデビュー作。「間奏曲」が特に有名で、歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」よりも、「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲の方が有名だったりする。

出演者は、松本薫平(関西二期会)、田中友輝子(関西歌劇団)、高谷みのり(東京二期会)、井上美和(関西二期会)、東平聞(あずま・としひこ。関西二期会)、合唱としての出演者は河内長野マイタウンオペラ合唱団。

シチリア島を舞台にした作品で、ストーリーは単純なものが多いオペラの台本の中でもかなり単純な部類に入る。一言で言ってしまうと「決闘の話」である(原作はジョヴァンニ・ヴェルガの小説)。その他にも男女関係や母子(イタリアは母親と息子の絆が大変強いという特徴がある。日本では「マザコン」と思われることもイタリアでは普通に行われている)の心理なども描かれているが、特に傑出したものではない。同じラテン系ヨーロッパ人である、スペインのガルシア・ロルカが書いた戯曲「血の婚礼」に似ているところがあるが、「血の婚礼」の「血」はダブルミーニングで、決闘で流される「血」と、血統の「血」の二つが掛け合わされている。そのために「血の婚礼」は決闘に到るまでの横線と、主人公の父親も決闘で死んでおり、父親の血が息子に受け継がれたという縦線とが絡まり、主人公の母親の煩悶などもあって、優れた作品になっている。「カヴァレリア・ルスティカーナ」の血は単に決闘で流されるだけなので、ロルカの作品に比べると数段劣る。ロルカを知っている人は多くても、ヴェルガを知っている人はほとんどいないので、もうそれだけでも勝負あったというべきか。
「血統」を描いた戯曲で有名なものに、イプセンの「幽霊」があるが、これをある演劇人が内容を全く読めておらず、頓珍漢なことを書いていて驚いたことがある。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、幕が上がる前に幕の後ろ、または幕が降りた状態の時に舞台袖で主人公のトゥリッドゥが「シチリアーナ」を歌い、姿なき歌で始まるという、発表当時としては斬新な手法が用いられている。マスカーニは、オペラ作曲コンクールに「カヴァレリア・ルスティカーナ」でエントリーする際には「シチリアーナ」は斬新過ぎて受けいれられないと考え、当初は「シチリアーナ」をカットした楽譜を提出したというから当時としては例のないスタイルだったのであろう。「カヴァレリア・ルスティカーナ」はコンクールで1位を獲得、人気作となる。

今日も幕を降ろしたままで「シチリアーナ」が袖で歌われたが、実に困ったことにラブリーホールの緞帳は紫禁城の画なのである。そんな状態で「シチリアーナ」を歌われても、シチリア島の雰囲気など出ない。それどころか、「これじゃ、トゥリッドゥじゃなくて『トゥーランドット』だろう」というギャグになって笑いそうになる。岩田先生も緞帳を見て、「あちゃー」と思ったそうである。
私なら、幕を上げて、無人の舞台を見せ、舞台袖に隠れた形でトゥリッドゥに「シチリアーナ」を歌わせたと思う。人間のいないままの舞台空間が続くという手法は、平田オリザを代表とする「静かな演劇」ではよく使われるお馴染みの手法であるが、演劇を見慣れていない人は、「おや?」と注意を引かれるかも知れない。また、ローラ(高谷みのり)が舞台袖で歌うというシーンもあり、こことも呼応する。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、村人が多く登場するのだが、彼らは全員、黒服である。キリストの復活祭の日なので、礼服なのであるが、喪服にも見える。照明は登場人物の心理の変化や時刻によって色を徐々に変えていたが、私が演出家だったら、黒服を用いたのなら、照明は白色系一本で行くと思う。白と黒のコントラストである。心理描写の力は弱まるかも知れないが、そもそもこの台本の心理描写はかなり甘いので、それを丁寧に描くよりも視覚的効果を優先させただろう。「カヴァレリア・ルスティカーナ」は間奏曲を挟んで、前半、後半共に、陽気に始まって悲しみで終わるというコントラストが付けられており、これにも通じる。
合唱団は、歌い終わった後、両手を挙げるが、私には宝塚歌劇に見えてしまうのでこれも避けると思う。

「シチリアーナ」が終わった後で、トゥリッドゥ(松本薫平)が下手袖から、ローラが上手袖から姿を現し、互いに手を伸ばそうとする描写がある。暗示的シーンであるが、昼ドラっぽいので好悪を分かつと思う。

井村誠貴は、オペラやミュージカルを活動の拠点にしている指揮者。大阪音楽大学の出身だが、同大学には指揮科はないので、在学中はコントラバスを専攻。指揮は学生時代に独学で行っていたが、その後、プロの指揮者の指導を受けるようになり、京都市交響楽団常任指揮者である広上淳一の弟子でもある。
オペラは数多く振っているというだけに安定した音楽作りが特徴である。

歌手陣は充実した歌を聴かせ、アマチュアであると思われる河内長野マイタウンオペラ合唱団も予想以上の水準に達していた。なかなかの上演だったと思う。

 

プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」。プッチーニが作曲した唯一の喜劇である。これは脚本が実に上手く出来ている。作者はジョヴァッキーノ・フォルツァーノ。医師免許を持ち、プロのバリトン歌手となり、法曹資格も獲得したというスーパーマンであるが、このフォルツァーノの筆が冴えに冴えている。私がDVDで見たのは、ロシア出身の気鋭の指揮者、ウラディーミル・ユロフスキの指揮によるものであり、特典映像で、ユロフスキは、「この作品にはフェデリコ・フェリーニなどのイタリア映画に通じるものがある」と述べていて、確かにそれは私も感じたのであるが、それ以上にアメリカ風のシチュエーションコメディとして高水準の台本であると見ている。また、この脚本は、普遍性、汎用性共に優れたもので、どこの国が舞台でも、いつの時代に設定がなされても上演が可能なのである(ユロフスキ指揮の「ジャンニ・スキッキ」は時代設定を同作の初演された1918年に変更していたが、違和感全くなしである)。やろうと思えば日本を舞台にすることだって出来るのだ。

富豪のブオーゾが亡くなり、彼の遺産を受け取ろうとする親族が、ブオーゾの残した遺言に振り回され、最後は、頭の切れる男、ジャンニ・スキッキが全てに勝利するという話である。

遺族が、ブオーゾが亡くなったのに、遺産が手に入るということで、悲しんでるんだか笑っているんだかという冒頭の演出を見て、私は芥川龍之介の「枯野抄」を思い起こした。全体を通してみると、視覚的効果が有効な見事な演出であったが、医師と公証人を同じ人物が演じ、共にアホっぽいキャラクターにしたのは逆効果だったと思う。会場では笑いも起きていたが、シチュエーションコメディは、役者が本気でやっているからこそ、こちらも心から笑えるのである。日本におけるシチュエーションコメディの大家である井上ひさしや三谷幸喜の本も、登場人物は大抵、真面目である。あくまでも「それなりに」ではあるが賢い人が騙されるから面白いのに、アホが騙されたらそのまんまである。この手の遊び心は夾雑物だと感じる。

出演は、松澤雅弥(関西歌劇団)、稲森慈恵(いなもり・よしえ)、清原邦仁(関西歌劇団)、児玉祐子(関西二期会)、島袋羊太(関西二期会)、柴山愛(関西歌劇団)、喜多ゆり、片桐直樹(関西二期会)、菊田隼平(関西二期会)、藤原未佳子、中野嘉章(名古屋二期会)、竹内直紀(関西二期会)、田中勉(関西歌劇団)、山内雅博(関西二期会)。以前もステージで見た歌手も多い。

舞台は1299年のフィレンツェで、今回も時代設定は変わらないのだが、リヌッチョ(清原邦仁)はジーンズを穿いているし、ラウレッタ(稲森慈恵)はワンピース姿と現代的である。

日本に舞台を置き換えることも勿論、可能で、京都会館が再建され、オペラが上演されるようになったら、是非、日本様式の「ジャンニ・スキッキ」もやって貰いたいところだ。ちなみにフィレンツェ市は京都市の姉妹都市である。京都を舞台にしても良い。フィレンツェに美しい丘があるように、京都には東山がある。船岡山も、吉田山や双ヶ丘(ならびがおか。双岡、双ヶ岡という表記をすることもある)もある。鴨川もある。三条大橋から飛び降りられないのなら、それこそ清水の舞台から飛び降りると言ってみるのも一興である。
ダンテの代わりに恵心僧都源信がいる。「神曲」の代わりに「往生要集」で地獄と極楽を描いている。
人間性も…、あ、これはなかったことにして下さい。

歌手陣の歌唱力は高い。一番の名アリアである「ねえ、私のお父さん(この公演では「愛するお父様」)」を歌ったラウレッタ役の稲森慈恵の歌も絶賛するほどではないが、良かった。演技力は総じて型にはまった感じで、もう一つだが、オペラでシチュエーションコメディというものはほとんどないので(オペラ・ブッファはシチュエーションコメディの一種ともとらえられるが、笑いが現代に通じるものではないのがほとんどである)、慣れていないということもあるだろう。

井村の指揮する大阪交響楽団も軽快な音楽を奏でていた。

終演後に、岩田先生とお話させて頂き、勉強になった。解釈などでは相違点も見られたが、それは当然のことである。岩田先生は私の師の一人といっても過言ではない方だが、同時にライバルでもあるのだから。
それに、何の違和感も感じないのだとしたら、こちらが頭を使って舞台を観ていなかったということになる。

ともあれ、河内長野まで観に来た甲斐のある上演であった。

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