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2014年6月 7日 (土)

コンサートの記(142) 幸田浩子ソプラノ・リサイタル2014名古屋

2014年2月16日 名古屋の三井住友海上しらかわホールにて

午後1時30分から、三井住友海上しらかわホールで、「幸田浩子ソプラノ・リサイタル2014」を聴く。

美形実力派ソプラノとして人気の幸田浩子。ただいくら幸田浩子のリサイタルだからといって、それだけではわざわざ名古屋まで聴きに行ったりはしない。名古屋まで来たのは、今日のリサイタルの曲目が日本の童謡や唱歌を多く取り上げたものだったからである。幸田は昨年、日本人作曲家による童謡、唱歌、歌曲などを集めた「ふるさと~日本のうた」というCDを発売。それを記念したリサイタルが待たれたのだが、残念ながら関西公演の予定はなく、仕方がないので交通費は掛かるが名古屋まで足を運んだのである。京都から名古屋までは交通費は掛かるが新幹線であるため時間はさほど掛からない。時間だけだと、京都-名古屋間は、京都-神戸間よりも短いほどである。

三井住友海上しらかわホールに来るには昨年のパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの来日演奏会以来で2度目となる。午後1時開場であるが、寒いため、ホールホワイエはそれよりも早い時間に開放された。

プログラムは、前半が全曲日本の歌で、「この道」(詞:北原白秋、作曲:山田耕筰)、「唄」(詞:三木露風、作曲:山田耕筰)、「からたちの花」(詞:北原白秋、作曲:山田耕筰)、「ばらの花に心をこめて」(詞:大木惇夫、作曲:山田耕筰)、「たたえよ、しらべよ、歌いつれよ」(詞:三木露風、作曲:山田耕筰)、「浜辺の歌」(詞:林古渓、作曲:成田為三)、「浜千鳥」(詞:鹿島鳴秋、作曲:弘田龍太郎)、「よかった」(詞:河野進、作曲:川口耕平)、「春なのに」(詞:呉睿然、作曲:菅野祥子)、「小さな空」(詞&作曲:武満徹、編曲:藤満健)、「翼」(詞&作曲:武満徹、編曲:藤満健)。

後半は、リヒャルト・シュトラウスの歌曲が並び、「セレナーデ」、「あなたは私の心の王冠」、「解放された心」、「万霊節」、「あした」、「かわらぬもの」、「アモール」と続き、ラストの2曲はレハール作曲のオペレッタ「メリー・ウィード」より“ヴィリアの歌”、オスカー・シュトラウスのオペレッタ「ワルツの夢」より“扉を開けて”

幸田浩子は大阪府豊中市出身のソプラノ。生年は明かされていないが私と同世代であることは間違いない。日本人としては比較的珍しい元の声がソプラノという歌手である(生まれた時の泣き声が他の赤ちゃんより高かったという話がある。日本人のソプラノの場合は声質自体はメゾ・ソプラノに近いが高音が伸びるためソプラノとして活躍している人の方が多い)。日本人として初めてウィーン・フォルクスオーパーと専属契約を結んだ歌手でもある。数年前まではイタリアを活動の拠点にしてきたが、現在は日本在住で、日本で上演されるオペラへの出演も増えている。コロラトゥーラという、超高音発声を伴う技術を得意としており、コロラトゥーラが必要とされる最も有名な役であるモーツァルトの歌劇「魔笛」の夜の女王が十八番である。

ピアノ伴奏は藤満健。東京藝術大学卒業および東京藝術大学大学院修了という経歴は幸田浩子と全く一緒である。幸田浩子の姉であるヴァイオリニストの幸田さと子(本名は漢字表記で幸田聡子)と、長きに渡って活動を行ってきたという。専攻はピアノではなく作曲で、東京藝大、東京藝大大学院は共に首席で卒業、修士作品は東京藝術大学が買い上げ、芸術資料館に永久保存されているという(凄いことではあるが、修士作品を藝大が買い上げることはそう珍しいことではなく、またそれほど実力がありながら作曲家として名が知られていないということは作曲家として有名になるのがいかに難しいかがわかる。佐村河内守のゴーストライターをしていた新垣隆は母校である桐朋学園大学の非常勤講師であったが、作曲関連の仕事に就けただけでも優秀な方なのである)。1992年には第61回日本音楽コンクール作曲部門最高位受賞。ただ、作曲だけで生きていくのは難しいのか、ピアニストとしての活動も始めている。現在は、桐朋学園大学と桜美林大学の講師としても活躍している。実は映画「おくりびと」のピアノ演奏者でもある。

 

幸田は桜色のドレスで登場。1曲歌い終える毎に幸田がマイクを持ってトークを行うという形のリサイタルである。山田耕筰作曲の歌が多いが、幸田浩子の母校である大阪府立豊中高校の校歌は、作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰によるものだったそうで、「親しみが持てたり、原点に帰ったような気持ちになれる」のだそう。「とよなか、とよなか」というちょっと変わった校歌だったとも話す。

比較的客観的な姿勢で丁寧な歌唱を幸田は聴かせる。アルバム「ふるさと~日本のうた」を作るに当たり、幸田は「自分が好きな歌よりもみんなが好きな歌を唄いたい」と思い立ち、多くの知り合いに「好きな日本の歌、何?」と聞いて回ったそうで、結果、一番多かったのが「浜辺の歌」だったという(私も「浜辺の歌」が一番好きである)。また、「浜千鳥」を挙げる人もいて、幸田は「浜千鳥」という歌を知らなかったのだが(え?)、聴いてみたらとても良い曲だったので入れることに決め、更に友人から「ひろちゃんにぴったりの曲あるよ」と教えて貰い、それが「よかった」という曲であった。

菅野祥子は、幸田の東京藝術大学時代の同級生で、メゾ・ソプラノ歌手として活動を開始したが、その後、作曲家としても活躍を始めた人で、今はウィーン在住である。陸前高田市の出身であり、東日本大震災で壊滅的な被害を被った故郷の姿をテレビで見て呆然としたという。
陸前高田市出身者として日本のテレビから取材を受けたそうだが、すぐには言葉が浮かばず、震災発生の10日後に曲として「春なのに」を書き上げ、それを言葉のないメッセージとした。
幸田は、菅野がその後に書き上げたメッセージを読み上げた後で、「春なのに」を歌う。良い曲である。

武満徹は、歌曲をいくつも残しているが、歌詞とメロディーを書いただけで、「好きな形で歌って欲しい」ということで伴奏などは一切書かなかった。そのため、ポップス、歌曲、合唱曲などさまざまな編曲で歌われている。今回はピアノ伴奏の藤満健が編曲、というよりも伴奏を作曲したリリカルなピアノ伴奏付きでの歌唱となる。適度な抑制を持って歌われ、声はとても美しい。

 

後半、幸田は緋色のドレスに着替えて登場。リヒャルト・シュトラウスの歌曲が並ぶことについて、「リヒャルト・シュトラウスの歌曲を並べると、普通は『マニアックですね』と言われたりしそうですが、今年はリヒャルト・シュトラウス生誕150周年なので、お祝いだといえばそういう声もなくなるんじゃなか」ということでずらりとリヒャルト・シュトラウスの曲を並べたという。

リヒャルト・シュトラウスは巧みな管弦楽法で知られる作曲家であるが、歌曲も独特で面白い。「アモール」は幸田が得意とするコロラトゥーラが随所に配され、見事な歌唱を聴かせた幸田に聴衆は盛んな拍手を送る。

「メリー・ウィドー」より“ヴィリアの歌”。幸田は、ウィーンで初めてこの曲を歌ったときにオーケストラのメンバーはハミングを入れてくれてとても嬉しかったと語り、「皆さんもよければハミングを入れて下さい」と言う。ピアノ伴奏の藤満健がハミングし、私もうろ覚えではあるがハミングに参加した。

オスカー・シュトラウスのオペレッタ「ワルツの夢」より“扉を開けて”。幸田は、「オスカー・シュトラウスは、ヨハン・シュトラウスともリヒャルト・シュトラウスとも関係がないんですけれど」と語って聴衆を笑わせ、曲の背景について語ってから歌い始める。良い歌である。

なお、ドイツ語の歌詞対訳は配られず、公演パンフレットの発売もなかったため、ドイツ語を1秒も勉強したことのない私は、曲の内容はほとんどわからなかった。

アンコールは、「ウィーン我が夢の街」と「アメイジング・グレイス」。「ウィーン我が夢の街」の洒落っ気と「アメイジング・グレイス」の崇高さを幸田は見事に歌い上げた。

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