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2014年6月の12件の記事

2014年6月30日 (月)

ジョン・ウィリアムズ His Best Works

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2014年6月27日 (金)

コンサートの記(145) オペラ「夜叉ヶ池」世界初演

2013年6月25日 東京・初台の新国立劇場中ホールにて

東京へ。

午後6時30分から、初台にある新国立劇場中ホール(中劇場)で、新作オペラ「夜叉ヶ池」(原作:泉鏡花、作曲&台本:香月修、演出&台本:岩田達宗)を観る。指揮は十束尚宏(とつか・なおひろ)、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。

新国立劇場創作委嘱作品で、新作であるため勿論、世界初演。そして今日が初日である。

ダブルキャストによる公演で、27日を除き、公演は30日まで毎日行われる。

今日の出演者は、岡崎他加子、幸田浩子、望月哲也、黒田博、折江忠道、高橋淳、晴雅彦、峰茂樹、竹本節子、加茂下稔、大久保憲、龍進一郎ほか。

合唱は新国立劇場合唱団、児童合唱は世田谷ジュニア合唱団。

 

泉鏡花は、私が大好きな作家の一人。小説「春昼・晴昼後刻」を読んで、その余りの素晴らしさに感動し過ぎた余り、舞台となった神奈川県逗子市を訪れ、小説に出てくる岩殿寺や、「丸眼鏡のような」と表現された入江などを観て歩いた。昨年は金沢に行き、念願だった泉鏡花記念館詣でも果たした。ここで余談。私の好きな日本近代文学の作家は芥川龍之介、中島敦、泉鏡花の3人であるが、3人には接点がある。泉鏡花は芥川の才能を高く評価しており、芥川が自殺した際には追悼文を書いている。また中島敦は泉鏡花のことを誰よりも高く評価した作家であった。

戯曲「夜叉ヶ池」は関西でも比較的上演されることが多く、私も大阪で小劇団による公演と在阪舞台俳優によるプロデュース公演を一回ずつ観ている。が、共に特に工夫というものは感じられない普通の上演だったと記憶している。「夜叉ヶ池」がオペラになると知り、キャストを観ると、十束尚宏の指揮、幸田浩子がヒロインを演じ、そして何より、京都芸術劇場春秋座の「ラ・ボエーム」(ジャコモ・プッチーニ作曲)で初めて上演を観る機会を得て、その後、大阪のザ・カレッジ・オペラハウスでの「ねじの回転」(ベンジャミン・ブリテン作曲)と東京文化会館での「古事記」で終演後や幕間などに興味深い話を聞かせて頂いた岩田達宗(いわた・たつじ)先生が演出を手掛けるということで、好きな作家、指揮者、歌手、そして師とも仰ぐべき先生の演出(演出というのは教わるものではなく観て覚えるものである)ということで、東京まで観に行く決心がついた。

 

新国立劇場は日本初の本格派オペラハウス(オペラ劇場、オペラパレス)を持つことで知られるが(大阪にはザ・カレッジ・オペラハウスというその名の通りオペラ用の劇場があり、専属のオーケストラも持っているが、大阪音楽大学の付属施設ということと、やや小さいということで本格派オペラハウスとは認められていないのかも知れない)、今回の上演は前述の通り中ホールで行われる。中ホールの席に座るのは、以前、劇作の師である松田正隆が本を書いた「涙の谷、銀河の丘」を観に訪れて以来で通算三度目である。ちなみに小劇場もあり、ここではマキノノゾミ演出によるチェーホフの「かもめ」を観ている。

 

新作オペラの上演初日ということで、著名人も何人か観に来ている。新国立劇場芸術監督の尾高忠明(大河ドラマ「八重の桜」のオープニングテーマを指揮しているのはこの人である)は勿論、関西フィルハーモニー管弦楽団桂冠名誉指揮者で日本を代表するワーグナー指揮者の一人である飯守泰次郎、そして敢えて名は伏せるが、有名ベテラン女優さん(やはりオーラが出ていて、「なんか普通と違う感じの雰囲気を感じるな」と思ってふと横を見たら、そのベテラン女優さんが歩いて来るところだった)の姿もある。

 

全2幕、日本語上演、字幕付きである。
泉鏡花というと江戸の草双紙の影響を受けていて、独特の美文調を持つ古くさい作家というイメージを持たれがちだが、どうしてどうして、泉鏡花の正体は前衛作家である。確かに今読むとあらすじ自体は古めかしいものの、使っている手法は師の尾崎紅葉を始めとした同時代の中でも優れて現代的であり、メタ文学として読めば今においても新鮮という作家である。一方で天才肌だったのかムラも多く、不朽の名作と思われるものもあれば、「中学生が書いたものとしてもアウト」と思われるものまで出来不出来が激しい。

処女作は新聞への連載小説であったが、勧善懲悪もので「時代遅れ」のレッテルを貼られ、新聞社から連載打ち切り要請を受けるという憂き目に遭っている。その後、吉永小百合主演で映画化されたことでも知られる「外科室」、後に新派劇「滝の白糸」の原作として知られるようになる「義血侠血」などが好評を得て、今も代表作として挙げられる「照葉狂言」、「高野聖」で人気作家の仲間入りをする。23歳頃から、鏡花独特とされる幻想的な作風が顕著になり(私が鏡花最初の傑作だと思うのは、23歳の時に書かれた「龍潭譚(りゅうたんだん)」である。それ以前には「海上発電」のような比較的硬派な作品も書いている)唯一無二の作風を持つ作家として名声を博することになる。ただ元々ストレスと胃腸が弱かったようで、胃腸の不良を理由に逗子で静養。最初は短気静養の予定であったが、胃腸の病気は回復せず、静養しながら小説を書くという生活が3年以上に及ぶ。逗子は「春昼・春昼後刻」、「草迷宮」などの舞台になった。胃腸の病気であるが病名はおそらく当時はまだ知られていなかった過敏性腸症候群だと思われる。逗子静養中に伊藤すずという名の女性と懇意になり、のちに結婚。ちなみに早世した、泉鏡花の母親の名前も「すず」であり、作風や子供の頃のエピソードを含めて強いマザーコンプレックスを指摘する人は多い。戯曲は「夜叉ヶ池」が事実上の処女戯曲、その後、「海神別荘」、「天守物語」など今でも上演される頻度の高い傑作戯曲を生み出す。基本的にシリアスな作家であるが、晩年には「貝の穴に河童が居る」などユーモラスな作品も書いている。

傾向としては、女性崇拝、胎内回帰願望、夢幻世界の尊さやそれを生み出す想像力の必要性の主張、人間の愚かしさの照射、メタファーの多用などが挙げられる。メタファーの例であるが、鏡花が用いる「水」は羊水と結びついていることが多く、「草迷宮」、「春昼・春昼後刻」ではかなりあからさまな形で出てくる。人間の愚かしさの照射は「天守物語」に顕著で、それが故にわかりやすく、鏡花の戯曲の中では一番人気で最高傑作との声もある。ただ私は「天守物語」は戯曲としては開き過ぎなのではないかという思いが強く、作品としては「夜叉ヶ池」の方がバランスが良くて好きである。

作曲の香月修(かつき・おさむ)は、オペラ「夜叉ヶ池」の構想から完成まで、実に4年以上の歳月を費やしている。芸術監督の尾高忠明からは、「口ずさめるような親しみ易い歌のあるオペラ」をという希望があり、そのため、現代のオペラであるが、現代音楽的な要素は比較的少なく、メロディーのはっきりしたわかりやすい音楽になっている。「江戸子守唄(「柴の折戸」という別名もある)」は歌詞は多くの部分を使用しているが、旋律は東日本の短調のものでも、西日本の長調のものでもなく、香月による完全なオリジナルである。冒頭はオルフの「カルミナ・ブラーナ」に出てくる歌にちょっとだけ似ている(オルフも現代の作曲家であるが、無調のような現代的な作曲方には見向きもせず、調整音楽を追究し続けた)。

鏡花が用いた重要なメタファー「水」であるが、この戯曲では羊水によって生まれる前の純粋な状態への浄化という意味の他に、村が日照りで水を渇望しているということから、現代人が欲するもの、就中、金銭という意味を見出すことが出来る。鏡花が生きた時代である明治初期から昭和初期までは資本主義が万能なものへと変わりつつある過程と一致し、金を求める人々が金に溺れ始めるようになるという時代である。同時に帝国主義が台頭する時代であり、1910年に日本は韓国を併合、「夜叉ヶ池」が書かれた翌年の1914年には第一次世界大戦が勃発している。人間の真に醜い部分が顕わになり始める時代である。

そして現代を振り返れば、時代の先端は新自由主義。それを象徴するようなワールドトレードセンターはイスラムにバベルの塔になぞらえられ、破壊された。演出の岩田達宗も「バベルの塔」という言葉をプロダクションノートに書いているが、9・11はまさにバベルの塔を破壊するという、アメリカへの鉄槌だとウサマ・ビン・ラディンらは考えたのであろう。どちらともといえばどちらも人間としては非常に醜い。どちらも自分が正義だと考えて譲らない人間の傲慢さが現れた出来事であった。

岩田は権力者を登場人物に据え、大いなるものの傲岸さを指弾する。また国か民かという軍国主義とはなんなのかを観る者に考えさせるように仕向ける(私ならそれよりも小さい、企業か個人かという新自由主義を扱うと思うが、いずれにせよ「主義」というものは人命を軽んじても仕方がないという側面を持つことが多く、私は「主義」と名の付く多くのものが基本的に嫌いである)。

また、今、「夜叉ヶ池」を取り上げる際に避けて通れないのが、3・11である。岩田は阪神・淡路大震災で実父を亡くしているということから、東日本大震災にも真摯に対峙している。3・11を演劇で取り上げるのは流行りだが、流行りに乗っかって実がないという作品も多い。ただ、岩田は決壊のシーンに水や幕、映像といったものを用いないとプロダクションノートで宣言している。そういったものを使うのは効果的ではあるが、それだとスペクタクルになってしまう。あれはスペクタクルで終わらせてはいけないことなのだ。

終演後、岩田先生は「幾千幾万の命が犠牲になる」というところ(原作では村一つが流されるだけなので、幾千幾万の命が犠牲になるということはない)で、獣の霊なども含めて幾千幾万をしたとおっしゃっていたが、私も法然院の「東日本大震災追悼の鐘」に参加した際、浄土宗の住職が「獣の命も一緒に弔いました」と述べたことを覚えており、同じような考え方をする人がいるのだなと感慨深く思った。

 

第2幕の冒頭では、妖怪達がコミカルなやり取りを繰り広げる(蟹の妖怪は歌舞伎風のメイクをしており、セリフややり取りにも「あれ? これ歌舞伎関連?」と思うものがあった。終演後、岩田先生に伺おうと思っていたが、つい聞き忘れてしまった。岩田達宗は「ラ・ボエーム」の皆がダンスのシーンに歌舞伎の六法を踏む人物を登場させて笑いを取っており、歌舞伎の手法を取り入れるのに積極的なのかも知れない。また歌舞伎なら幕を波に使う技法があるが、それを使わないということで逆に「スペクタクルにはしない」という真摯さうかがえる)。洪水を起こす妖怪達だが、洪水を起こす理由がわがままというか理不尽というか。私ならもっとオーソドックスに人間の愚かさをそれとなく示すだろう。その方が、百合の犠牲と呼応しやすいということもある。ただ、妖怪が巻き起こす自然災害ななどは、自然のわがままさや理不尽さそのままの現れである。自然なんてわがままで理不尽なものである。何の意図も理由もなく自然は人の命を奪う。だからこれはこれでありだと思う。

 

解釈に多くの文字を費やしてしまったが、音楽は親しみやすく、十束尚宏の棒が引き出す音は時に温かく、時にリリカルで、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏も充実していた。ヒロインの百合を演じる幸田浩子は、日本人としては珍しいコロラトゥーラも難なくこなす本当のソプラノ(日本人は西洋人と比べるとどうしても体型にハンデがあり、日本人ソプラノは西洋人と比べると「ちょっと高めのメゾ・ソプラノ」で本当のソプラノは少ない)であり、歌も演技も万全である。幸田が歌う、「江戸子守唄」の歌詞による「百合の子守歌」は非常に美しいナンバーである。他の歌手陣の歌唱も堂に入っており、オペラとして高水準の出来であった。

 

幕間と終演後に岩田達宗先生とお話しさせて頂く。勉強になった。

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2014年6月26日 (木)

大義名分

勘違いした義憤は悪より悪だ。

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2014年6月21日 (土)

コンサートの記(144) 沼尻竜典指揮 日本センチュリー交響楽団第181回定期演奏会

2013年5月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団(旧:大阪センチュリー交響楽団)の第181回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はセンチュリー響首席客演指揮者の沼尻竜典(ぬまじり・りゅうすけ)。

プログラムは前半がモーツァルトの交響曲第31番「パリ」、後半がメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」全曲である。「真夏の夜の夢」全曲が演奏されることは珍しく、CDでさえ、マイナーレーベルまでは把握していないが、メジャーレーベルで全曲を録音しているのはアンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団ほか盤(EMI)だけである(なお、プレヴィンはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ほかと「真夏の夜の夢」を再録音しているが、こちらは全曲盤ではなく抜粋盤である)。
ソリストには、ソプラノ独唱に幸田浩子、メゾ・ソプラノ独唱に林美智子という、日本の若手を代表する女声歌手が並ぶという豪華な布陣(もっとも、ソリストが完全に一人で歌うパートはなく、出番も少ない)。語り手を女優の檀ふみが務め、テキストは作詞家の松本隆が担当している。合唱はザ・カレッジ・オペラハウス合唱団。
豪華な陣容であるが、今日は指揮者と向かい合わせになる俗にいうP席に座ったので、チケット料金は1000円という破格の安さであった。

日本センチュリー交響楽団は橋下徹大阪市長が大阪府知事時代に真っ先に潰そうとしたオーケストラであり、センチュリー響としては存続をかけ、大阪のみでなく、全国各地で演奏を行おうという意味で大阪センチュリー交響楽団から日本センチュリー交響楽団に名前を変え、これまで京都コンサートホールぐらいでしか行っていなかった特別コンサートを増やし、今年度は、福井市、岸和田市、大津市、津市、京都市で特別演奏会を行う。またホワイエには障害者向けのコンサートや病院慰問コンサートを行った際の写真パネルが飾られている。
なお、日本センチュリー交響楽団の音楽監督を務めている小泉和裕が2014年3月をもって退任し、同年4月から飯森範親が首席指揮者に就任することに決まったという情報が張り出されていた。

ステージ上方にはデッカツリー(イギリスのデッカ・レーベルが始めたことからその名がついたライヴ録音のための基本的なマイクの釣り方であり、メインマイクの他に4本のマイクが下がっている)があり、ステージ上の各所にもマイクが配置されている。間違いなくライヴ収録が行われるだろうと確信したが、一応、センチュリー響関係者に伺ったところ、やはり収録はあり、「CDとして出せればいいという思いはある」とのことだった。

モーツァルトの交響曲第31番「パリ」。沼尻はバトンテクニックに定評のある指揮者だが、この曲はノンタクトで指揮する。
冒頭からセンチュリー響の弦楽群が普段より透明な音を出し、ピリオド・アプローチを意識した演奏であることがわかる。もっとも、沼尻のピリオド・アプローチは他の指揮者と違い、弦楽器奏者全員がビブラートを抑えるのではなく、ステージ最前列や指揮者に近い奏者はビブラート比較的多くかけ、後ろの方の奏者はほぼノンビブラートで通すという、独特のものであった。
煌びやかで典雅な演奏であるが、聴いている時は感心することが多くても、聴き終わった後に残るものは意外に少ない。バトンテクニックの優れた指揮者は演奏がスポーティーになることが多く、沼尻もその一人なのだろう。

メインの「真夏の夜の夢」全曲。語り手である檀ふみは声音を使い分け、いくつものキャラクターを演じ分けてみせる。流石女優である。言い直したところが一箇所だけあったが、これは失敗のうちには入らないであろう。
沼尻指揮するセンチュリー響も流麗で美しい音を奏でる。ただ、その美音が表面を磨いたように聞こえるのが現時点での沼尻の限界であろう。とはいえ、その弱点を差し引いても充実した内容であることは確かである。
独唱の幸田浩子(少し痩せたように感じた)、林美智子(イメージチェンジか、はたまた役作りのためか、茶髪のボブカットにしており、以前とは大分印象が異なる)も共に澄んだ歌声を披露し、ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団も良かった。
この曲の第4幕「夜想曲」には長くて難しいホルンソロがあるのだが、センチュリー響のホルン奏者は苦戦。4度ほどキークス(音外し)をしてしまった。それでもホルンパートの難しさと長さを考慮したのか、演奏終了後、沼尻は真っ先にホルン奏者を立たせてねぎらった。

また、テキストを書いた松本隆が会場に来ており、沼尻によって客席からステージに呼ばれ、共に賞賛を受けた。

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2014年6月19日 (木)

文芸について(引用)

神秘の事故、天の誤算、僕がそれを利用したのは事実だ(ジャン・コクトー)

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2014年6月18日 (水)

この世の地獄にいる時は

この世の地獄にいる時は、この世に更に深い地獄があるのだという「事実」を認識しておいた方がいい。なぜいいのかはいずれわかるだろう。

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2014年6月17日 (火)

コンサートの記(143) 下野竜也指揮 京都市交響楽団第578回定期演奏会

2014年4月25日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第578回定期演奏会を聴く。指揮は、この4月から京都市交響楽団の常任客演指揮者という変わったポストに就任した下野竜也。

曲目は、ドヴォルザークの序曲三部作「自然と人生と愛」(序曲「自然の王国で」、序曲「謝肉祭」、序曲「オセロ」)、マルティヌーのオーボエ協奏曲(オーボエ独奏:セリーヌ・モワネ)、ヤナーチェクのシンフォニエッタ。コンサートの王道演目は1曲もない。

京都コンサートホールのチケット売り場の当日券販売には長蛇の列が出来ており、制服を着た高校生など若い人が目立つ。ポピュラーな演目がないため、前売り券の売れが悪いのである。

開演20分前から、下野竜也によるプレトークがある。結局チケットは完売せず、京都市交響楽団が続けてきた定期演奏会チケット完売記録は今日で途絶えたそうで、下野は「チケットの完売記録が途切れたのは僕のせいです」と語る。ただ下野は、「今後も珍しい曲を取り上げたい」と抱負を語る。「『なんだ、こんな曲知れねえよ!』と言われたとしてもやります」と決意は固い。

続いて、常任客演指揮者というポスト名だが、「常任指揮者に広上淳一先生がいて、首席常任客演指揮者に高関健先生がいて、一つのオーケストラに常任という指揮者が三人もいて、私(下野)も変だなと思って、(広上淳一に)言ってみたんです」。すると広上は、「指揮台に立っていない時でも京都市交響楽団と一緒に音楽をしている気持ちでいること」が大切なので常任という言葉を使ったとのことで下野は感心してしまったという。

ドヴォルザークの序曲3曲は、当初は3部作として一緒に出版される予定だったのだが、最終的には別の作品として世に出た。ただ、3部作であった名残はあり、同じ旋律が使われていたりする。

今日は、ドヴォルザークの当初の構想通り3曲で1曲という解釈で演奏される。ちなみには下野が好きなドヴォルザークのエピソードは自作のチェロ協奏曲を聴きながら、「なんて良い曲なんだ」と涙を流したという、エゴイストぎりぎりの純粋さを感じさせるものだという。

ドヴォルザークの序曲3部作。下野は京響からクッキリとした音を弾き出し、抒情的で美しく優しげな旋律を持つ「自然の王国で」の理想的な演奏を聴かせる。

プレトークで「3曲で1曲」と下野は語っていたので、「拍手はどうするのだろう?」と思っていたら、「自然の王国で」の演奏終了後、パラパラと中途半端な拍手が起こる。そこで下野は振り返って、一礼し、大きな拍手が起こった。

序曲「謝肉祭」はコンサートでも良く取り上げられる曲だが、下野と京響は立体的な音響で、情熱的な演奏を展開する。

序曲「オセロ」では、たおやかな旋律と凶暴で暗いメロディーが何度も繰り返される。デズデモーナの主題とオセロの主題という風に分けられているわけではないのだ、そういう風に取っても問題がないほど、クッキリとした対比がある。盛り上がりを見せた後、ラストは急に終わるが、これはおそらくオセロのデズデモーナ殺害を描いているだろう。

3曲を通して、京響のオーケストラとしての力と下野の表現力に感心する出来であった。下野の指揮であるが、シャープで非常にわかりやすい。下野も若い頃は厳しい顔つきで指揮していたものだが、キャリアを重ねて余裕が出たのか、今日は何度も笑顔を浮かべながらの指揮である。

マルティヌーのオーボエ協奏曲。マルティヌーもチェコの作曲家だが、プラハ音楽院は学業そっちのけのオペラに通い、退学になってしまう。その後、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の第2ヴァイオリン奏者をしていた時にフランスの作曲家であるルーセルの曲に感心し、作曲はパリで学んでいる。その後、ナチスドイツの台頭により、マルティヌーはアメリカに渡っている。戦後であるが、チェコはスロヴァキアと合併して東側になったため、祖国には帰らずスイスなどで作曲活動を行い。結局、生涯チェコに戻ることはなかった。
交響曲は比較的人気があり、レコーディングも多いが、演奏会でマルティヌー作品に接する機会はほとんどない。

交響曲でも風変わりな作風を特徴とするマルティヌーであるが、今日演奏されるオーボエ協奏曲もユニーク。ピアノが大活躍し、ほぼ、オーボエ・ソナタ+オーケストラという曲である。

オーボエ独奏は、フランスの女流、セリーヌ・モワネ。実は京都市交響楽団のフランス人オーボエ奏者であるフロラン・シャレールとパリ音楽院の同級生だったという。マルティヌーのオーボエ協奏曲のオーケストラ伴奏はオーボエなしの編成なので、残念ながらかつての同級生の共演は叶わなかった。
モワネはパリ音楽院卒業後、クラウディオ・アバドが指導するグスタフ・マーラー・ユースオーケストラに入団。その後、ベルリン・ドイツ交響楽団、北ドイツ放送交響楽団、ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団、フランクフルト歌劇場管弦楽団、シュトゥットガルト放送交響楽団の首席客演奏者に招かれ、2006年から2008年までマンハイム国立劇場管弦楽団首席オーボエ奏者。2008年から、名門・ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(ザクセン州立歌劇場管弦楽団、シュターツカペレ・ドレスデン)の首席奏者を務めている。

指揮者の真っ正面に蓋を取り払ったグランドピアノ(ピアノ演奏:佐竹裕介)が来るという変わった配置での演奏。

パリで作曲を学んだというだけあって、ルーセルやフランス六人組の作風を連想させる洗練された曲である。

モワネのオーボエはフランスの奏者らしく色彩が濃く、歌い回しも洒落ている。

チェコ出身の作曲家の作品でありながら、エスプリ・クルトワに富んだ秀作。室内オーケストラ編成で挑んだ京響と下野の伴奏も鮮やかな出来であった。

モワネはアンコールとして、J・S・バッハの無伴奏フルート・パルティータを演奏。バッハの作品だけに気高さの感じられる曲と演奏であった。

ヤナーチェクのシンフォニエッタ。村上春樹の小説「1Q84」に出てきたことで飛躍的に知名度を上げた作品である。ただ、だからといって演奏会で取り上げられる回数が増えたわけではない。実は編成が特殊で取り上げたくてもなかなか出来ないという事情がある。トランペット9本、テノール・チューバ2本、バス・トランペット2本という編成で、これだけの金管奏者を集めるのは容易ではない。今日はトランペットに客演8名、バストランペットに同1名、テノール・チューバは二人とも客演である。
シンフォニエッタとは小交響曲という意味なのだが、編成はフル編成以上、5楽章からなる曲の長さも短くはない。ちなみに一大金管群であるが、ほとんどの奏者は第1楽章と最終楽章にしか登場しない。
なお、オーボエ首席の高山郁子、フルート首席の清水信貴、クラリネット首席の小谷口直子は今日はこの曲だけの演奏であった。

下野は冒頭からスケール雄大な演奏を展開。オーケストラ捌きも巧みである。弦にも管にも血が通っており、かといって泥臭くもない。

「ゴージャス」という言葉が一番ピッタリくる名演奏であった。聴いている間、非常に贅沢な時間を過ごさせて貰った。

カーテンコールで登場した下野は最後に、「京響をこれからもよろしくお願いします!」と挨拶し、コンサートは幕となった。

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2014年6月12日 (木)

追悼 フリューベック・デ・ブルゴス  ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮デトロイト交響楽団 ドヴォルザーク 交響曲第8番

デトロイト交響楽団が、ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス追悼のために自身の公式YouTubeチャンネルにアップした映像です。冒頭とラストにフリューベック・デ・ブルゴスへの追悼メッセージが現れます。

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リヒャルト・シュトラウス生誕150年 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック 歌劇「ばらの騎士」よりワルツ

1967年の収録。レニーも若くて男前です。

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2014年6月11日 (水)

これまでに観た映画より(65) 「舞台恐怖症」

DVDで映画「舞台恐怖症」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督作品。ロンドンが舞台である。出演:ジェーン・ワイマン、マレーネ・ディートリッヒ、リチャード・トッド、マイケル・ワイルディングほか。

売れっ子舞台女優のシャーロット(マレーネ・ディートリッヒ)がDVにより夫を殺した。愛人であるジョナサン(リチャード・トッド)は事件の後始末をしようとしてシャーロットの部屋に入ったところを女中に見つかり、殺人者の汚名を着せられてしまう。ジョナサンのガールフレンドである新進舞台女優のイブ(ジェーン・ワイマン)を頼り、イブはジョナサンを自動車に乗せて、父の家まで送る。イブの父は、血の付いたドレスに細工がしてあるとして、シャーロットに疑惑を抱く。だが、シャーロットに疑いの目を向けるのはイブと父親だけだ。イブはシャーロットに近づき、しっぽを掴むべく、彼女の女中を買収し、女中の具合が悪いので身内である自分が代わりに女中を務めることになったとして、ドリスという偽名を用い、シャーロットの世話係になることに成功する。
だが、イブの知った真実は……

観客のほぼ全員が騙されるという趣向の映画である。公開当時は多くの人が怒ったという話も伝わっている。だが、カメラワークの使い方なども含めて面白い作品であるのは事実だ。往時を代表する俳優達の演技も細やかで文句なしである。
ヒッチコック監督の作品の中でも特によく知られている「サイコ」という映画があるが、「舞台恐怖症」は「サイコ」に似たところのある作品である。観客全員を煙に巻く。ヒッチコック監督の得意技だ。

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2014年6月 7日 (土)

コンサートの記(142) 幸田浩子ソプラノ・リサイタル2014名古屋

2014年2月16日 名古屋の三井住友海上しらかわホールにて

午後1時30分から、三井住友海上しらかわホールで、「幸田浩子ソプラノ・リサイタル2014」を聴く。

美形実力派ソプラノとして人気の幸田浩子。ただいくら幸田浩子のリサイタルだからといって、それだけではわざわざ名古屋まで聴きに行ったりはしない。名古屋まで来たのは、今日のリサイタルの曲目が日本の童謡や唱歌を多く取り上げたものだったからである。幸田は昨年、日本人作曲家による童謡、唱歌、歌曲などを集めた「ふるさと~日本のうた」というCDを発売。それを記念したリサイタルが待たれたのだが、残念ながら関西公演の予定はなく、仕方がないので交通費は掛かるが名古屋まで足を運んだのである。京都から名古屋までは交通費は掛かるが新幹線であるため時間はさほど掛からない。時間だけだと、京都-名古屋間は、京都-神戸間よりも短いほどである。

三井住友海上しらかわホールに来るには昨年のパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの来日演奏会以来で2度目となる。午後1時開場であるが、寒いため、ホールホワイエはそれよりも早い時間に開放された。

プログラムは、前半が全曲日本の歌で、「この道」(詞:北原白秋、作曲:山田耕筰)、「唄」(詞:三木露風、作曲:山田耕筰)、「からたちの花」(詞:北原白秋、作曲:山田耕筰)、「ばらの花に心をこめて」(詞:大木惇夫、作曲:山田耕筰)、「たたえよ、しらべよ、歌いつれよ」(詞:三木露風、作曲:山田耕筰)、「浜辺の歌」(詞:林古渓、作曲:成田為三)、「浜千鳥」(詞:鹿島鳴秋、作曲:弘田龍太郎)、「よかった」(詞:河野進、作曲:川口耕平)、「春なのに」(詞:呉睿然、作曲:菅野祥子)、「小さな空」(詞&作曲:武満徹、編曲:藤満健)、「翼」(詞&作曲:武満徹、編曲:藤満健)。

後半は、リヒャルト・シュトラウスの歌曲が並び、「セレナーデ」、「あなたは私の心の王冠」、「解放された心」、「万霊節」、「あした」、「かわらぬもの」、「アモール」と続き、ラストの2曲はレハール作曲のオペレッタ「メリー・ウィード」より“ヴィリアの歌”、オスカー・シュトラウスのオペレッタ「ワルツの夢」より“扉を開けて”

幸田浩子は大阪府豊中市出身のソプラノ。生年は明かされていないが私と同世代であることは間違いない。日本人としては比較的珍しい元の声がソプラノという歌手である(生まれた時の泣き声が他の赤ちゃんより高かったという話がある。日本人のソプラノの場合は声質自体はメゾ・ソプラノに近いが高音が伸びるためソプラノとして活躍している人の方が多い)。日本人として初めてウィーン・フォルクスオーパーと専属契約を結んだ歌手でもある。数年前まではイタリアを活動の拠点にしてきたが、現在は日本在住で、日本で上演されるオペラへの出演も増えている。コロラトゥーラという、超高音発声を伴う技術を得意としており、コロラトゥーラが必要とされる最も有名な役であるモーツァルトの歌劇「魔笛」の夜の女王が十八番である。

ピアノ伴奏は藤満健。東京藝術大学卒業および東京藝術大学大学院修了という経歴は幸田浩子と全く一緒である。幸田浩子の姉であるヴァイオリニストの幸田さと子(本名は漢字表記で幸田聡子)と、長きに渡って活動を行ってきたという。専攻はピアノではなく作曲で、東京藝大、東京藝大大学院は共に首席で卒業、修士作品は東京藝術大学が買い上げ、芸術資料館に永久保存されているという(凄いことではあるが、修士作品を藝大が買い上げることはそう珍しいことではなく、またそれほど実力がありながら作曲家として名が知られていないということは作曲家として有名になるのがいかに難しいかがわかる。佐村河内守のゴーストライターをしていた新垣隆は母校である桐朋学園大学の非常勤講師であったが、作曲関連の仕事に就けただけでも優秀な方なのである)。1992年には第61回日本音楽コンクール作曲部門最高位受賞。ただ、作曲だけで生きていくのは難しいのか、ピアニストとしての活動も始めている。現在は、桐朋学園大学と桜美林大学の講師としても活躍している。実は映画「おくりびと」のピアノ演奏者でもある。

 

幸田は桜色のドレスで登場。1曲歌い終える毎に幸田がマイクを持ってトークを行うという形のリサイタルである。山田耕筰作曲の歌が多いが、幸田浩子の母校である大阪府立豊中高校の校歌は、作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰によるものだったそうで、「親しみが持てたり、原点に帰ったような気持ちになれる」のだそう。「とよなか、とよなか」というちょっと変わった校歌だったとも話す。

比較的客観的な姿勢で丁寧な歌唱を幸田は聴かせる。アルバム「ふるさと~日本のうた」を作るに当たり、幸田は「自分が好きな歌よりもみんなが好きな歌を唄いたい」と思い立ち、多くの知り合いに「好きな日本の歌、何?」と聞いて回ったそうで、結果、一番多かったのが「浜辺の歌」だったという(私も「浜辺の歌」が一番好きである)。また、「浜千鳥」を挙げる人もいて、幸田は「浜千鳥」という歌を知らなかったのだが(え?)、聴いてみたらとても良い曲だったので入れることに決め、更に友人から「ひろちゃんにぴったりの曲あるよ」と教えて貰い、それが「よかった」という曲であった。

菅野祥子は、幸田の東京藝術大学時代の同級生で、メゾ・ソプラノ歌手として活動を開始したが、その後、作曲家としても活躍を始めた人で、今はウィーン在住である。陸前高田市の出身であり、東日本大震災で壊滅的な被害を被った故郷の姿をテレビで見て呆然としたという。
陸前高田市出身者として日本のテレビから取材を受けたそうだが、すぐには言葉が浮かばず、震災発生の10日後に曲として「春なのに」を書き上げ、それを言葉のないメッセージとした。
幸田は、菅野がその後に書き上げたメッセージを読み上げた後で、「春なのに」を歌う。良い曲である。

武満徹は、歌曲をいくつも残しているが、歌詞とメロディーを書いただけで、「好きな形で歌って欲しい」ということで伴奏などは一切書かなかった。そのため、ポップス、歌曲、合唱曲などさまざまな編曲で歌われている。今回はピアノ伴奏の藤満健が編曲、というよりも伴奏を作曲したリリカルなピアノ伴奏付きでの歌唱となる。適度な抑制を持って歌われ、声はとても美しい。

 

後半、幸田は緋色のドレスに着替えて登場。リヒャルト・シュトラウスの歌曲が並ぶことについて、「リヒャルト・シュトラウスの歌曲を並べると、普通は『マニアックですね』と言われたりしそうですが、今年はリヒャルト・シュトラウス生誕150周年なので、お祝いだといえばそういう声もなくなるんじゃなか」ということでずらりとリヒャルト・シュトラウスの曲を並べたという。

リヒャルト・シュトラウスは巧みな管弦楽法で知られる作曲家であるが、歌曲も独特で面白い。「アモール」は幸田が得意とするコロラトゥーラが随所に配され、見事な歌唱を聴かせた幸田に聴衆は盛んな拍手を送る。

「メリー・ウィドー」より“ヴィリアの歌”。幸田は、ウィーンで初めてこの曲を歌ったときにオーケストラのメンバーはハミングを入れてくれてとても嬉しかったと語り、「皆さんもよければハミングを入れて下さい」と言う。ピアノ伴奏の藤満健がハミングし、私もうろ覚えではあるがハミングに参加した。

オスカー・シュトラウスのオペレッタ「ワルツの夢」より“扉を開けて”。幸田は、「オスカー・シュトラウスは、ヨハン・シュトラウスともリヒャルト・シュトラウスとも関係がないんですけれど」と語って聴衆を笑わせ、曲の背景について語ってから歌い始める。良い歌である。

なお、ドイツ語の歌詞対訳は配られず、公演パンフレットの発売もなかったため、ドイツ語を1秒も勉強したことのない私は、曲の内容はほとんどわからなかった。

アンコールは、「ウィーン我が夢の街」と「アメイジング・グレイス」。「ウィーン我が夢の街」の洒落っ気と「アメイジング・グレイス」の崇高さを幸田は見事に歌い上げた。

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2014年6月 1日 (日)

コンサートの記(141) 「下野竜也 シューマン&ブラームス プロジェクト②」

2014年4月5日 兵庫県立芸術センターKOBELCO大ホールにて

午後3時から、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、兵庫芸術文化センター管弦楽団特別演奏会「下野竜也 シューマン&ブラームス プロジェクト②」を聴く。
下野竜也指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏で、ロベルト・シューマンの交響曲全曲とブラームスの交響曲全4曲を聴くというプロジェクトの第2回目。

今日のプログラムは、ブラームスのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:河村尚子)とシューマンの交響曲第3番「ライン」という、人気作が並ぶものであり、チケットは完売である。

兵庫芸術文化センター管弦楽団は育成形のオーケストラであり、在任期間は3年であり、3年経つと卒業で新しい就職先や活動先を探すことになる。毎年オーディションがあり、国外でもオーディションを行うため、他の関西のオーケストラとは異なり、4月始まりではなく9月から6月までが1シーズンという欧米スタイルを取っている。
卒業したメンバーも演奏に加わることが多く、レジデンド・プレーヤー、アフィリエイト・プレーヤー、アソシエイト・プレーヤーという違いがよくわからない形で参加している。その他に、国内外からのゲスト・トップ・プレーヤーとスペシャル・プレーヤー(この違いもよくわからない)を招いており、第2ヴァイオリンに水嶋愛子(元バイエルン放送交響楽団)、ヴィオラにユルゲン・ヴェーバー(元バイエルン放送交響楽団首席)、チェロに西谷牧人(東京交響楽団首席。兵庫芸術文化センター管弦楽団OB)、コントラバスに黒木岩寿(東京フィルハーモニー交響楽団首席)、トランペットに佐藤友紀(東京交響楽団首席)、ティンパニに菅原淳(元読売日本交響楽団首席)が参加している。
コンサートマスターはベテランの豊島泰嗣。アメリカ型の現代配置での演奏である。

ブラームスのピアノ協奏曲第2番。赤いドレスで登場したソリストの河村尚子は西宮市生まれで地元出身のスターであるが、5歳の時に一家でドイツに渡っており、音楽教育も全てドイツで受けている。ドイツ生活が長いからなのかどうかは分からないが、歩幅が広く、ノッシノッシといった感じで歩く。

超絶技巧と閃き、巧みな表現力を兼ね備えた河村は今日も傑出したピアノを聴かせる。序奏で透明な音を響かせた跡で、あたかも鍵盤に襲いかかるかのような冴えたピアノを披露。聴き手を圧倒する。
単にメカニックが優れているだけでなく、第3楽章ではメランコリックで詩的な、イメージ喚起力抜群の演奏を展開。
最終楽章では、音の彩りも抜群であり、軽やかにスタートしたかと思いきや、超絶技巧で、鍵盤上に虹を現出してみせるなど、彼女しかなし得ないブラームス演奏を繰り広げた。

下野竜也指揮の兵庫芸術文化センター管弦楽団も健闘し、重厚感のある伴奏を聴かせる。

演奏終了後に、河村は、指揮者、コンサートマスター、フォアシュピーラーと握手を交わしたほか、指揮台の上を渡って、反対側にいるチェロ首席の西山牧人ともハグをするという変わった光景も見られた(ブラームスのピアノ協奏曲第2番では、第3楽章でチェロ首席奏者がソリスト並みの大活躍をする)。

シューマンの交響曲第3番「ライン」。
下野はテンポ、スケール共に中庸で演奏開始。やや大人しい感じを受けたが、尻上がりに調子を上げていく。指揮スタイルであるが、右手左手共にかなり忙しい。ちょっと振りすぎの気もする。
兵庫芸術文化センター管弦楽団は、その性質上、独自の個性というものは発揮出来ないのであるが、今日は下野の特徴である渋めのトーンを出しており、力も十分である。
下野は第4楽章と第5楽章で、管楽器群に巨大な伽藍を築かせることに成功。第1楽章と第2楽章は平凡であったが、帳尻あわせの出来となった。

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