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2014年7月の19件の記事

2014年7月31日 (木)

深津篤史氏よ、さらば

劇団「桃園会」主宰で、劇作家・演出家の深津篤史(ふかつ・しげふみ)氏が死去。46歳という若さだった。新聞で癌を患っていることは知っていたが、これほど早く逝去されるとは思ってもいなかった。

深津篤史「熱帯夜」台本

入念に計算された緻密な本を書く劇作家であり、独特の深みのある心理劇は全国区でも通用したと思われるが、深津氏自身は関西密着型の指向を持っており、大阪市内や伊丹AIホールでの上演を好んだ。

同志社大学文学部卒、同大学院修士課程修了。自己紹介では半ば冗談で「インテリです」と記していた。学部在学中に同志社の第三劇場に入り、演劇を始めている。

関西の演劇人というと、自分の身内の劇は見に行くがそれ以外はさっぱりという方も多いのだが、深津さんのお姿は自身とは何の関係もない演目を上演している劇場でも何度かお見かけした。勉強熱心だったのだと思われる。 また、料理上手という意外な一面を持っていたという。

関西の演劇人とは、何人かの方とは面識があるのだが、深津さんとは最後まで他人のままであった。劇場ではたびたび見掛ける間柄だったので、「こいつよく見るな。芝居好きなんだな」と深津さんは思われていたかも知れないが。

深津氏の逝去により、関西の演劇シーンがまた一段と寂しくなった。

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2014年7月30日 (水)

コンサートの記(146) 藤岡幸夫指揮関西フィル・ポップス・オーケストラ「サマー・ポップス・コンサート」2014

2014年7月27日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、関西フィル・ポップス・オーケストラ「サマー・ポップス・コンサート」を聴く。関西フィルハーモニー管弦楽団がこの日だけは関西フィル・ポップス・オーケストラに名前を変え、映画音楽やライト・クラシックスなどを演奏するという試み。今年で13年目になるという。以前から行きたいとは思っていたのだが、常に先約が入っている状態で、今年はようやく「サマー・ポップス・コンサート」の日が予定ゼロであったため、聴くことが出来た。指揮は、関西フィル首席指揮者の藤岡幸夫(ふじおか・さちお)。

久しぶりのザ・シンフォニーホールであるが、他の関西のホールに比べると響きの良さはやはり断トツ。クラシックに興味がない人は、地元・大阪人であってもザ・シンフォニーホールの名前を知らないかも知れないが、ここは大阪が世界に誇る音楽の殿堂である。
ただし、響きを優先させたためホール自体は他の関西の音楽ホールに比べるとサイズが小さい。その分、一番遠い距離の席であってもステージからさほど離れていないという利点もあるが。

曲目は、前半が「真夏に聴く遠き日のメロディー」と称して、タンゴ「ラ・クンパルシータ」、「ムーンリバー」(映画『ティファニーで朝食を』より)、「夏の日の恋」(映画『避暑地の出来事』より)、「As Time Goes By」(映画『カサブランカ』より)、「ひまわり」、『ゴッドファーザー』より「愛のテーマ」、「エーゲ海の真珠」が、後半は「2014年宇宙の旅!?」というタイトルで、『ET』より「アドベンチャーズ・オン・アース」、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」、ホルストの組曲『惑星』より「ジュピター(木星)」、「スターダスト」、『スターウォーズ』組曲より、「ダースベイダーのテーマ」、「レイア姫のテーマ」、「メインテーマ」が演奏される。
藤岡はライト・クラシックスのルロイ・アンダーソンの曲を得意としているが、今回はルロイ・アンダーソンの曲はプログラミングされていない。

ABC(朝日放送)主催のコンサートであり、ABCアナウンサーの八塚彩美が司会を務める。

関西フィル・ポップス・オーケストラのメンバーは、関フィル在籍者が上が白の衣装で統一。ポップスのために参加する、ピアノ、ドラムス、エレキギター、エレキベースなどの奏者は黒のジャケットを着ており、一目でゲストだとわかるようになっている。

指揮者の藤岡幸夫は燕尾服ではなく、タキシード姿で登場した。

まず、タンゴの定番中の定番である「ラ・クンパルシータ」が演奏される。「タッタッタッタ、タタタタッタ」というリズムとメロディーを知らない人はいないであろう。この曲は京都市交響楽団も高関健指揮のオーケストラ・ディスカバリーというコンサートで取り上げている。

演奏終了後に司会の八塚彩美が現れ、藤岡とトークを行う。八塚は「ひまわり」が演奏されるというので、ひまわり柄の上着を着てきていたのだが、黄色ではなく水色ベースだったため、自分で明かすまでは藤岡も、他の多くの人もそれに気がつかなかった。藤岡は「ポップスだからといって気を抜いて演奏したりはしません。真剣に取り組みます」と宣言する。

藤岡は映画「ティファニーで朝食を」が好きだそうだが、私自身は「ムーンリバー」という曲と、トルーマン・カポーティの原作は好きではあるものの、映画自体は余り好きではない。ユニオシという変な名前のステレオタイプの日本人(白人が変奏して演じている)が出てくるのもマイナスである。村上春樹は、ユニオシというのは実際はユミヨシという苗字であるとして、ユニオシの親族であるユミヨシさんという女性を小説『ダンス・ダンス・ダンス』に登場させている。

速めのテンポによるすっきりとした演奏。実は京都市交響楽団はこの曲も演奏している。神戸国際会館こくさいホールで行われた広上淳一指揮のコンサートのアンコールとして演奏されたもので、ロマンティックで音の煌めきに溢れたものだったと記憶している。関西フィルはやはり実力では京響にはまだ敵わないようだ。

「夏の日の恋」と「As Time Goes By」は、共にマックス・スタイナーという作曲家の作品だという話題をABCの八塚アナが振る。実際は、『避暑地の出来事』と『カサブランカ』はマックス・スタイナーが映画音楽を手掛けているものの、「As Time Goes By」は既成の曲を用いており、マックス・スタイナーの作曲ではない。藤岡は八塚に「『カサブランカ』は観たことありますか?」と聞き、八塚が「ちょっとだけ」と曖昧な答えをすると、藤岡は「僕は君の年ぐらいになるまでに16回は観た」と言い、内容を熱く語り出す。「ハンフリー・ボガード演じる男が経営している店に、かつての恋人役のイングリッド・バーグマンがやって来る。バーグマンは店のピアニストに、『ねえ、あの曲を弾いて』と言う。ピアニストは、『駄目です。あの曲だけは弾くなと言われているんです』、『いいから弾いて』と相手も引き下がらないので、ピアニストが弾くと、ハンフリー・ボガートが飛び出して来て、『おい、この曲は絶対に弾くなと言ったじゃないか』と怒るが、そこにバーグマンがいるのを見て再会を、って、あんた(八塚)全然感動してないね」と八塚が詳しすぎる説明にキョトンとしているのに触れて笑いを取る。

「夏の日の恋」は原曲も今回のアレンジも弦楽主体のアレンジである。後で触れるが、関フィルは管楽器、特に金管が弱点であるため、この「夏の日の恋」が全曲を通して一番出来が良かったように思う。

「As Time Goes By」もしっとりとした美演であった。

「ひまわり」に関しても藤岡はあらすじを詳しく述べる。ラストを明かすことはしなかったが、「ひまわりというと日本では明るいイメージがあるが、ヨーロッパではいつも太陽に片想いしている切ない花というイメージもある」と告げる。

「ひまわり」は、「サマー・ポップ・コンサート」で毎年演奏しているそうで、藤岡も「また『ひまわり』かよとお思いになるかも知れませんが、それだけ演奏する価値のある曲です」と述べる。「ゴッドファーサー」の音楽について知らない人はまずいないため、この曲に関する説明はカットされる。

正攻法による演奏であった。

前半ラストの「エーゲ海の真珠」について藤岡は、「チャイコフスキーやシベリウスの交響曲を聴く気持ちで聴いて下さい」と語り、スケール大きな演奏が展開される。

 

後半は、ジョン・ウィリアムズの「ET」から“アドベンチャーズ・オン・アース”で開始。月をバックに自転車が空を飛び、追っ手から逃げる場面の音楽である。

次は坂本九の「見上げてごらん夜の星を」。藤岡は、「最近、加山雄三がこの曲をカバーしていてとても良い出来」と評す。この曲では藤岡は、管楽器の主旋律ソロに関しては指揮をせずに完全に奏者に任せ、伴奏を整える仕事に徹する。弦楽のアンサンブルでは拍は刻むものの、やはり自発的なアンサンブルを促していた。また、コンサートミストレスのソロに関しては指揮を一切しなかった。そのため、関西フィルが持つ個性が発揮され、美しくも面白い演奏に仕上がっていた。

今年からは、1曲、本格的なクラシック作品も演奏してみたいということで、ホルストの組曲『惑星』から「ジュピター(木星)」が演奏される。ここでトランペットがつっかえて、関フィルの弱点が出てしまう。演奏としては中の中で、残念ながら優れた出来とは思えなかった。弦楽は美しかったのだが、スケールが大きいとはいえないし、パワーも不足していたように思う。

「スターダスト」はジャズナンバーであるが、今回は弦楽とハープ&チェレスタのみでの演奏。ジャズには付きものの打楽器はなく、ジャズとしての「スターダスト」ではなく「スターダスト」のメロディーを楽しむという趣向であるようだ。関フィルは弦楽器は美しい音を出す。また、ザ・シンフォニーホールの響きは生まれる音をより華やかなものへ彩る。

ラスト、『スターウォーズ』からの3曲。作曲は、ジョン・ウィリアムズである。世界で最も売れている映画音楽作曲家といっても過言ではないジョン・ウィリアムズであるが、藤岡によると、「実に良く響くように上手く書かれている」そうで、オーケストレーションの腕は卓越しているようだ。

演奏としてはまずまず。生でこの曲が聴けたのは嬉しかったが、ホルンとトランペットが不安定であった。

全体としては、打楽器のリズムと旋律との線がずれる場面が何ヶ所かあり、本来はクラシックの指揮者である藤岡にとって、映画音楽は決して演奏しやすいものではないということがわかる。昔から今日に至るまで、アーサー・フィードラーや、フェリックス・スラットキン(レナード・スラットキンの実父)、エリック・カンゼル、キース・ロックハート、ジョン・マウチェリ、日本では山本直純、更に作曲家でボストン・ポップス・オーケストラの指揮者であったジョン・ウィリアムズも含めても良いかも知れないが、ポップス・オーケストラやライト・クラシックスを主戦場とする指揮者がなぜ必要なのかという理由がよく分かった。やはり、それ専門の指揮者でないと十全な演奏は出来ないのである。クラシックの名指揮者であるからといって、ポップスも巧みに指揮できるとは限らないようだ。

ポピュラー音楽は、傾向として、旋律、和音、リズムという音楽の三元素のうち、リズムに重点が置かれているものが多い。というわけで、リズム感が極めて重要なのだが、クラシックではリズム感が重視されない曲も沢山あるため、リズム感に自信のある指揮者でないとポップス・オーケストラを上手く操ることは難しいのであろう。

ポップス・オーケストラの指揮者だからといって、クラシックの指揮者よりも格下というわけではないことが確認出来て興味深かった。

アンコールは、「引き潮」と、ルンバ「キャリオカ(カリオカ)」。「引き潮」はリリカルな演奏。ルンバ「キャリオカ」は賑やかである。「キャリオカ(カリオカ)」は、「リオデジャネイロ人」の愛称であるが(リオデジャネイロ出身のラモス瑠偉のニックネームが「カリオカ」であった)、二つの「カ」の間に挟まっている「リオ」はリオデジャネイロのリオ(川という意味)とは全く関係がないどころか、「カ・リオ・カ」で切るのではく、「カリ」と「オカ」という二語からなる言葉であり、意味としては「白い家」になるのだという。「カサブランカ」もまた「白い家」という意味であるため、今日は「白い家」という名の同名異曲が演奏されたことになる。

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2014年7月27日 (日)

ルイ・アームストロング 「マック・ザ・ナイフ」

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2014年7月24日 (木)

観劇感想精選(127) 世謡の春「忠度」

2014年7月10日 京都芸術センター大広間にて観劇

京都芸術センターで世謡(せいよう)の春第2回「忠度」の解説付き謡を行うというので、観に行くことにする。忠度といえば、平薩摩守忠度のことで、「ただのり」と読むことから「ただのり=只乗り=無賃乗車」と来て「薩摩守」という隠語の語源となった人物である。解説を務めた田茂井廣道によると、「薩摩守」は室町時代にはすでに使われていたことが確認されている駄洒落であるそうだ。「忠度」という演目なので、勿論、薩摩守のことは知っている人が観に来ているのだと思っていたが、田茂井の解説を聞いて、「あー、そうなの」という声が上がったので、意外に知られていないのかも知れない。

今は電車に乗るにもSuicaやICOCA、PASMOなど電子パスを使う人も多いので、「薩摩守」という言葉自体が死語になっている可能性もある。

というわけで、午後7時から京都芸術センター大広間で、世謡の春第2回「忠度」を観る。世謡というのは造語だそうだ。京都芸術センター大広間には二階の講堂から入る(大広間に直接上がるルートもあるが一般人は立ち入り禁止になっている)。講堂では、「忠度」に関するビデオ上映が行われていた。音声なし、字幕での上映である。

田茂井廣道(観世流)による「忠度」の解説の後で、素謡(謠のみ)による能「忠度」が上演される。出演:深野貴彦(地謠)、田茂井廣道(地謠)、片山伸吾(地謠、シテ)、橋本光史(地謠、ワキ)、橋本忠樹(地謠、ワキツレ)。全員観世流である。橋本光史と橋本忠樹は従兄弟だという。

「忠度」は元々は「薩摩守」という題名で、世阿弥の真作であることが確実視されている作品である。能の大成者は、観阿弥、世阿弥の観世親子であるが、その後、世阿弥の弟の系統が台頭し、世阿弥は息子の観世雅清と共に足利氏から弾圧を受けて血統は絶えてしまったため、今の観世家は観阿弥の子孫ではあっても世阿弥の子孫ではない。ということで、世阿弥の名前だけ借りた贋作がはびこることになったのである。子孫がいないので訴えられることもないためだ。

「忠度」こと「薩摩守」は世阿弥自身が自画自賛しているそうで、真作であると共に自信作であることが窺える。

薩摩守忠度というと、例の無賃乗車の隠語の由来と、平清盛の息子で一ノ谷の戦いで戦死したということが知られる程度で、他の平氏の武将に比べると武勇伝などは残っていないが、和歌の才を発揮した人だそうで、師は藤原俊成(ふじわらのとしなり/しゅんぜい。能「忠度」では「としなり」と読まれる)。そのため、藤原俊成と息子の定家(さだいえ/ていか。俊成とは対照的に能「忠度」では「ていか」と有職読みされている)の名前も出てくる。

関西が舞台であるため、関西に住む人にとっては馴染みのある地名が出てくる。城南宮(現在は神社として残る城南宮ではなく、鳥羽離宮のこと。能「忠度」では、「じょうなん」ではなく「せいなん」と読まれる)、山崎(京都府乙訓郡大山崎町。羽柴秀吉と明智光秀の戦である山崎の戦いの舞台として全国的に知られている場所である)、芥川(大阪府高槻市付近。芸人やスポーツ選手が輩出した大阪府立芥川高校が知られる)、猪名(兵庫県。猪名川という川がある)、有馬山(兵庫県神戸市。有馬温泉で有名)、難波(作中では「なんば」ではなく「なにわ」と読む。四天王寺のことだという)、鳴尾(兵庫県西宮市。阪神タイガーズの二軍の本拠地である鳴尾浜球場で有名)、そして主舞台となる須磨(兵庫県神戸市)である。関東人である私が仮に関東在住のままだったとしたら、地名を読んでもピンとこなかったであろう。全国的に知られているのは山崎、有馬、須磨ぐらいだと思われる。

あらすじであるが、この世を憂いて出家した京の僧侶が、まだ西国に行ったことがないので、西国行脚の度に出る。須磨まで来たときに、一人の老人と出会う。僧が「あなたは木こりですか?」と聞くと、老人は「いや、海士(あま。海女、漁師、塩職人など、海関係の仕事の総称だという)だ」と答える。僧が「山に近いところにいるのになぜ海士なのですか」と不審がると、僧は「塩を作るのに薪がいるだろう」と述べ、その後、老人が塩職人であることが問答によってわかる。
僧が今晩の宿を請うと、老人は「この桜の木陰を宿とするのが一番」という意味のよくわからないことを言う。そして老人は「『行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし』と詠んだ人がこの木の苔の下に眠っている。私のような海士でもそれを知って弔っているのに、僧侶のあなたがそれをご存じないとは」と呆れる。僧は「行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし」という歌と読み手を知っていた。平薩摩守忠度である。僧は藤原俊成の身内であったため、この歌は俊成の和歌の弟子であった平忠度のものであるとわかったのだ。藤原俊成は勅撰和歌集である『千載和歌集』を編み、忠度のこの和歌も入れたのだが、当時、平氏は賊軍であったため、平忠度と名前を入れることは出来ず、「読み人知らず」とするしかなかった。

老人は、桜の木が一ノ谷の戦いで戦死した忠度の墓標として植えられたものであることを告げ、僧が弔いに来たことに喜びの表情を見せると、どこへともなく消えてしまう。どうやら老人の正体は仙人で、僧は無意識の内にここに呼び寄せられたらしい。僧は、「(俊成はもう亡くなったので伝えられないが)定家にこのことを告げるため、都に帰ろう」と決意する。そして眠りに落ちる。

僧の夢の中に、忠度の霊が現れる。忠度は、「ただでさえ、この世への未練(妄執という言葉で表現される)は多いのだが、その第一は『千載和歌集』に自分の歌が取り上げられたのに、賊軍故に読み人知らずとされてしまったこと。俊成はもう亡くなったのでどうしようもないが、息子である定家には自分の名を書くよう告げて欲しい」と僧に頼む。そして自身の最後(岡部六弥太忠澄の郎党に討たれた)を告げ、岡部六弥太が討ち取った武者の箙(えびら。弓入れ)に短冊が付けられており、そこに「行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし 忠度」と書かれていたため、相手が平忠度とわかったという話をする。

俊成が知っていた歌と、忠度が語った歌が一致するため、夢に現れたのが忠度だと僧に納得させて、忠度が消えることで能「忠度」は終わる。

能形式で上演するときは、更に僧侶が須磨の住人から話を聞く段が加わるのだが、素謠の時は、この場面は省かれるのだという。

能の発声は慣れないと良く聞き取れないのだが、今日は「忠度」詞章の全文が無料パンフレットに書かれていたので分かり易かった。

「忠度」の上演に続いて、仕舞が行われる。田茂井廣道の解説があり、仕舞についてと、今日は観世流だけではなく金剛流の能楽師も参加することを紹介する。仕舞というのは部分上演であり、今日は、「敦盛」、「八島(観世流では「屋島」と書くそうだ。金剛流での上演)」、「井筒」、「玉之段」、「忠度」が上演される。「八島」と「玉之段」は金剛流での上演であり、宇高竜成と豊島晃嗣(てしま・こうじ)の二人の金剛流能楽師が舞と地謠を行う。

観世流と金剛流では、刀に見立てた扇の使い方が違うそうで、特に「八島」では開いた扇を左手でかざしたまま腰に差したもう一本の扇子を取り出してそれを刀に見立てるため、観世流からは「二刀流」などと言われるそうである。

「敦盛」は、平敦盛と熊谷直実の能である。織田信長が好んだ「人間五十年」の下りは能「敦盛」ではなく幸若舞「敦盛」の一説であるため、出てくることはない。

「八島」は源平三大合戦の一つである屋島の戦いを描いたものである。源義経とライバルである平能登守教経が壇ノ浦で戦ったという思い出から入り、屋島の戦いの様子が描かれる。屋島の戦いというと、戦自体よりも那須与一の弓の話が有名であるが、那須与一は出てこない。

「井筒」は、在原業平とその妻である紀有常の女が主人公。「筒井筒井筒にかけしまろが丈過ぎにけらしな妹(いも)見ざるまに」という有名な歌が「筒井筒井筒にかけしまろが丈生いにけらしな妹見ざるまに」と形を変えて登場する。舞台は廃寺にある筒井筒。筒井筒は現在の奈良県天理市にあったとされ、在原神社の境内に現存している。「井筒」では夜の筒井筒が出てくるのだが、私もたまたま夜の在原神社に行ったことがあり、暗闇の中の筒井筒を実際に見たことがある。

「玉之段」は、奪われて今は竜宮にある玉を海女が取り返しに行くという話。舞台は瀬戸内海の海中である。海女と竜宮の守護神のバトル、そして海女の夫と子への思いが綴られる。

「忠度」は先程、素謠で上演されたものの仕舞での表現である。
能というのは全ての作品においてなのかどうかはわからないが、基本的に幽霊が出てくる筋立てになっており、今日演じられた全ての演目の主人公は霊として現れている。

「敦盛」を舞うのは深野貴彦(観世流)、以下「八島」は宇高竜成(金剛流)、「井筒」は片山伸吾(観世流)、「玉之段」は豊島晃嗣(金剛流)、「忠度」は橋本光史が舞を務める。能の舞からは、やはり他の芸能にはない独特の迫力が感じられる。動きに無駄がなく、メリハリが付いていることが、迫力を生むのであろう。

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2014年7月23日 (水)

楽興の時(1) 第4回「葱や平吉・新内ライブ」

2014年6月18日 「葱や平吉」先斗町店二階にて

午後3時から、「葱や平吉」先斗町店2階で、第4回「葱や平吉・新内ライブ」を聴く。新内弥栄派の勉強会を兼ねた発表会である。

先斗町にはほとんど行くことがないが、店がどこにあるのか分かりにくい構造であることは知っているので早めに出掛ける。「葱や平吉」先斗町店は、龍馬通と四条通の丁度中間付近にあることだけが、インターネットの情報でわかる。
だが、龍馬通から先斗町に入って店を探しているうちに、四条通がもう目の間に来てしまう。通い慣れた通りなら中間付近が分かるのだが、そうではないので分からないのである。歩いていて、先斗町公園付近が中間らしいことはわかったのだが、店はやはり見つからない。というわけで30分近く先斗町をウロウロする羽目になる。ただ、その間に、昼間の地味な着物姿の舞妓さん(昼間に華やかな衣装で白塗りなのは観光客が扮装した偽舞妓である。元・先斗町の舞妓で、今は大阪で日本酒バーのママをしている女性が知り合いにいるのだが、彼女によると、五花街は舞妓体験を行っている会社に、観光客が扮した舞妓を花街に近づけないようお願いしているとのことだった)と何回かすれ違ったのが風情があって良かった。着物姿だったので、今夜も出番がある舞妓さんだと思われる。休日の舞妓さんは洋服で髪も下ろしているため、普通の女性と見分けはつかない。

先斗町から西隣の木屋町通が見える路地があるのだが、木屋町で、今日の主役である新内枝幸太夫師匠(新内弥栄派家元)がタクシーを降りたばかりであるのが見えるので挨拶に向かう。というわけで、私が師匠の荷物とキャリーバッグを運び、マネージャー代わりになって店に向かったのだが、師匠も店の位置をちゃんと覚えていなかったというオチがあった。

店の位置がわからなかったのは、「葱や平吉」だけ、看板がかなり高い位置にあったからであり、ガラス戸に店名が書かれていなかったからでもある。なぜ普通に見上げたのではわからないほど高い位置に看板を掲げているのかはよくわからない。

演目は、「古都の四季」、「新内流しと前弾き」、新内小曲「一の糸」、新内小曲「福助」、新内「蘭蝶」(上)、新内「蘭蝶」(中)、新内「瞼の母」、特別演奏「富本豊志賀(とよもととよしが)」

一応、上演時間1時間半の予定なのだが、にしては演目が多い。更にベテランなのは家元の新内枝幸太夫(しんないしこうだゆう)と名取りの新内幸子(しんないゆきこ)だけで、あとは新内を名乗れない修行中の人。というわけで調弦(チューニング)にも時間が掛かり、結局、上演時間は2時間半を超えた。

新内は元々は鴨川沿いを流していた。というわけで、邦楽は当然ながらクラシック音楽の用語は用いないが、敢えて使うと新内流しは4分の2拍子、アンダンテである。これで三味線を弾くとどんな音楽になるのか想像出来る人はいると思う。

午後5時からは宴会の予定で、正規の店員かアルバイトかはわからないが女の子達が2階に上がって来る。ただ、聴衆の多くは新内枝幸太夫の独唱を聴きたくて来ているため、かなり押したが、「富本豊志賀」が歌われる。三遊亭圓朝作の落語で、映画「怪談」(中田秀夫監督)の原作にもなっている「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」の“豊志賀の死”の場を基にした新内である。新内はかなり高い声で歌われるため、普通の男性だとあのキーは出ないと思われる。

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2014年7月21日 (月)

エサ=ペッカ・サロネン指揮パリ管弦楽団 ドビュッシー 管弦楽のための三つの交響的素描「海」

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2014年7月19日 (土)

コール・ポーター作曲 モートン・グールド編曲「So In Love」オーケストラバージョン

コール・ポーターの歌曲「So In Love」をモートン・グールドがオーケストラ用に編曲したもの。長らく「日曜洋画劇場」のテーマとして親しまれました。
モートン・グールド・オーケストラの演奏です。

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2014年7月18日 (金)

神尾真由子(ヴァイオリン) 原田幸一郎指揮日本フィルハーモニー交響楽団 マスネ 「タイスの瞑想曲」

神尾真由子がチャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝した、まだ21歳だった頃の演奏です。この時、すでに神尾の特長である漆塗りのような独特の光沢のある音が出ていることがわかります。

神尾はある時、共演した指揮者から「音楽は楽しいものなのに、君はなぜ苦しそうな顔をして弾くんだい?」と言われ、良い音楽を生もうとする余り、余裕と音楽を楽しむ気持ちを忘れていたことに気付いたそうです。

この映像は、指揮者から指摘を受ける前の演奏だと思われますが、確かに苦しそうな顔をしているように見えます。

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2014年7月17日 (木)

笑いの林(18) 「桜 稲垣早希ネタイヴェント~ファイナリスト、発進!~」

2014年2月15日 大丸心斎橋劇場(旧そごう劇場)にて

午後7時から、大丸心斎橋劇場で、「桜 稲垣早希ネタイヴェント ~ファイナリスト、発進!~」を観る。

桜 稲垣早希は、毎日放送「ロケみつ」の「目指せ!ポルトガル ヨーロッパ横断ブログ旅」の超過密スケジュールのため、昨年は単独公演を行うことが出来なかったが、ブログ旅もゴールが近いということもあるのか、ネタが出来たのか、やはり単独公演は間を開けずに行いたいという本人の希望があったのか、今年は2月という早い時期に単独公演を持ってきた。

これまでの早希ちゃんの単独公演は大阪が初日で、日本各地を回り、東京が楽日というケースがほとんどであったのだが、今回はまず、東京・新宿にあるルミネtheよしもとという比較的大きなところでやり、大阪は大丸心斎橋劇場という、キャパ277名+補助席という小さめの箱での公演で、公演を行うのは東京と大阪の二大都市だけ。名古屋公演は今回はなぜかなしである。

前回の単独公演大阪公演は、なんばグランド花月という、吉本芸人にとっては最高のステージで行い、ほぼ満席だったのだが、今回は単独の告知が遅かったということもあってか大きな小屋を抑えられなかったのだろう(逆に大きめの劇場を探したが見つからなかったので告知が遅れたという可能性もある)。ちなみに今回の大阪公演のチケットは瞬時に売り切れたそうである。小さい劇場であるため当日券もなし。

今日は最前列。よしもと祇園花月では最前列であることも多いから慣れていないことはないが、最前列の観客というのは芸人さんからも良く見えるわけで、マナーにかなり気を遣う。ちょっと疲れたからといって足を組むことも私の中では厳禁である。他のお客さんには口出ししない。その権限もない。

アスカのコスプレで登場した早希ちゃん。まずはお題に挑戦する。早希ちゃんが今ヨーロッパを旅していて英語を使う機会が多いということで、英語に関する問題が3つ出題される。1つ答えられるとギャラ5万円、2問正解だと10万円、3問連続正解だとギャラ50万円、全問不正解だとギャラ500円になる。「東京公演では500円のギャラをゲットしました」と早希ちゃんが言い、全問不正解であったことが告げられる。ちなみに、以前、早希ちゃんは松下IMPホールで行われた単独公演の冒頭でサイコロでギャラを決めるルールで1を立て続けに出して、ギャラ500円になったことがある。

比較的簡単な英語の問題が出される。

1問目「I went to the room of friend through the door.」
早希ちゃんはthroughが読めず、また主語も動詞も転倒して「友達が3枚ドアを開けて私の部屋に来た」と回答。throughがthreeやthousandにしか見えないようで、不正解になった後でも不審げな様子だったので、私を含む最前列数人がthroughの読み方を「スルー、スルー」と教えたのだが、「え? 集団無視ってことですか?」と言ったので、私ともう一人が、「通り抜ける」と言ったが、早希ちゃんは「?」であった。

吉本が30歳の若手芸人(女性アイドルだと30歳はもう限界だが、お笑い芸人は40歳でも若手扱いされる。人を笑わせるには長い精進が必要なのである)に高いギャラを払うはずもなく(早希ちゃんにとっては金銭的に最も割の良い仕事はパチンコ営業だろうか。一発屋タレントがパチンコ営業で儲かっているという話はよく聞く)、早希ちゃんは2問目の「私に切符の買い方を教えて下さい」の英語訳も「May I help you,I want ticket」といつも使っているフランクな聞き方で答えてしまい、逐語訳「How teach me,buy a ticket」からは遠いということで不正解。

3問目は、「A drowing man will catch at a straw.」の日本語訳。「drow」と「straw」が分かれば、「ああ、あの諺か」とすぐにわかるのだが、早希ちゃんは「straw」を「スタラウ」と呼んでしまい、「スタラウはキャッチーな男です」と、「スタラウって誰や?」の答えで、全問不正解。3問目の答えは「溺れる者は藁をも掴む」であるが、早希ちゃんはそもそも「溺れる者は藁をも掴む」という言葉を知らない状態であり(そういえば若い頃の工藤静香もこの言葉を知らなかったんだっけ)、仮に英語が出来ても日本語の正解を導き出せなかったことになる。

ギャラ500円での公演になる(本当かどうかは知らない。ただ「ロケみつ」のヨーロッパ旅行の1回のギャラが5000円というのは本当のようである)。

オープニングの映像の後(アイススケートのリンクでたどたどしいながらも滑っていたりする)、まずは「アスカの選挙演説」。アスカが衆議院選に立候補し、街頭演説を行うというもの。
「あんたばかぁ~?!党から立候補した惣流・アスカ・ラングレーです」と自己紹介をした後で、公約を掲げる。「ゴミのポイ捨て禁止。50万円以上の罰金若しくは10年以下の懲役」など厳しいクリーン政策を出し、領土問題について語るが「領土問題を解決します。映画館の肘掛け。左右にありますが、右を領土と見なします」とえらく狭い領土問題である(これは演劇集団キャラメルボックスの加藤昌史氏が同じネタを劇の前説でやっていた。加藤氏の提案は「左」だったがここではどうでもいい)。更に「女性専用車両をなくします。男なのか女なのかわからない人が入ってきたら困るからです。〇〇〇〇(実名を言っていたがここは伏せておく)のようなおばあさんが女性専用車両に乗ってこられたら対処の仕様がありません。これからは美人専用車両にします。そして痴漢専用車両も設けます。ここでは痴漢し放題です」とブラックな展開。セリフが思い出せず「なんだっけ?」とちょっと止まった箇所もあったが、「服屋で買い物をしたときに店員さんが『出口までお持ち致しましょうか』禁止。着いてこられるのはサービス過剰です。どうせサービス過剰なら家まで運びなさい」。
そして今度は到底実現不可能な政策を打ち出す。「瀬戸内海を埋める」、「琵琶湖の水の話になると滋賀県人がうるさいので琵琶湖は埋めます。淡路島の土を持ってくればピッタリ嵌まります」。アスカは性格が悪いという設定なので、おばあちゃんやおじいちゃん、子供と握手をしても、すぐ手の平につばを吐いて擦ったり、ファブリーズを手に付けたりする。
「ガンダム」のアムロ・レイが応援に駆けつけている設定もある。
更に、「『ねえ、〇子、最近痩せた』『え、そんなことないし』『ねえ、どんな食生活してるの?』『特に何も』、こんなセリフは禁止です。どっちも太ってます。それから『どこが変わったでしょーか?』(女性が男性に向かって言いそうなセリフの再現である)で、答えが『前髪』これも禁止です。懲役100年です。『どこが変わったでしょーか?』と聞くなら最低整形してからにしなさい。それからプリクラで目が大きくする機能、あれも禁止よ。整形しなさい。高〇クリニックに行って目を大きくして貰いなさい。〇須クリニックから政治献金が欲しい惣流・アスカ・ラングレーでした」といったような内容であった。

早希ちゃんの単独公演は、舞台上でのコントや漫談、その次に映像ネタ、そして舞台上でのコントや漫談と交互に来るのが特徴である。映像は基本的に早希ちゃんが活動の幅を拡げたいとワガママを言い、結果、どうしようもないものが出来てしまうという展開になる。

今回、早希ちゃんは、元は二人で漫才師だったということもあり、もう一度漫才をやろうと思って相手を探す。まずは、R-1ぐらんぷりチャンピオンの三浦マイルドにアタック。そして「勝手にTHE MANZAI」として三浦マイルドと早希ちゃんのコンビでネタを披露する。フリップ漫談「広島弁講座 広島弁は怖くない」というネタであり、三浦マイルドが「広島弁は怖い言葉のように聞こえるけれども実際は怖くないよ」といいつつ、明らかに威嚇的な顔と声音で「おどりゃー」などとやってみせるのだが、早希ちゃんはその横で可愛らしく言い直してしまい、三浦マイルドから「怖くないと言っておいて怖い」のが笑えるところなのにと駄目出しされる。そもそも早希ちゃんは、あのネタでアシスタントとしている意味があるのかということもあるのだが。
「三浦マイルドさん、ピンとこない」ということで、三浦マイルドとの漫才は没になる。

次に早希ちゃんは、かつみさゆりのさゆりにアタック。さゆりもかつみより早希ちゃんと漫才をした方が売れそうな気がすると言う。「勝手にTHE MANZAI」では桜がコンビだった頃の衣装を着て、ボヨヨーン芸に挑む。だが、「さゆりさんのテンションに付いていけないとリタイア。

舞台。漫談「シータが歌うジブリアニメ」。「天空の城ラピュタ」のシータの格好をした早希ちゃんがエレキギターを肩に掛けて現れ(早希ちゃんは「けいおん!」に嵌まった時期があり、オリジナルギターの偽物の安いギターを買ってきて練習。「けいおん!」のテーマソングはギターで弾けるようになったとのこと。ただ冷めるのも早く、今ではもう部分的にしか弾けないそうだが、ギター自体は私物を思われる)、ジブリアニメについて歌う。結構、良い声である。
ただ、「天空の城ラピュタ」についても、「白髪のばあさん、何の役にも立ってない」だとか、「となりのトトロ」はえらく単純な話、「崖の下のポニョ」は「おむすびころりんすっとんとん」だとか(アニメ好きの早希ちゃんだが、「崖の下のポニョ」は観てないようである)、「もののけ姫」は「宮崎駿はこの作品で引退、後進に道を譲ると、この映画から、何度も言ってる。引退する詐欺。それが駿の手口」などとブラックな内容である。

映像。早希ちゃんは、なおも、漫才の相方を探しており、バイク川崎バイクをスカウトする。バイク川崎バイクは、「BKB」を頭文字にする言葉(例えば、「バカだな、今夜は、バイバイ」など)を使って言葉を作るという芸をする。ということで、早希ちゃんも「桜 稲垣早希」の頭文字である「SIS」で言葉を作る(母音が入っているのでバリエーションに幅がなくなってしまうが)。「死ぬよ、いつか、死ぬのよ」など縁起の良くない言葉が出来てしまう。

「BKBさんのやっていることがよくわからない。ヒィアって何?」ということで、バイク川崎バイクともコンビ結成ならず。

ということで、舞台上に早希ちゃんとR藤本(本人は一貫して「ベジータ」だと言い張る)が登場し、漫才を行う。「日本人はプライドが低い」という話になり、
R藤本「はなまるうどんで、自分でトレイを運んでいくというシステムはなんだ。よくあんなものに我慢していられるな。俺は運ばない。席で待っている。運んできて貰えたことはないがな」
稲垣早希「TSUTAYAで借りたDVDを私は返さないわ。あんなもの、返したら負けなのよ」
R藤本「そもそもいただきますって何だ。本来なら摂取してやるだろう」
稲垣早希「宝くじはほとんどの人が外れるのに何でデモを起こさないの?」

などと無茶苦茶なことを言う。ただ、宝くじは発展途上国では「低所得者からの税金」などと呼ばれており、税金が払えないほどの低所得者から夢の代わりに税金としていただくという裏の事情があったりするので(宝くじを買うのは低所得者かギャンブル好き、若しくはその両方に該当する人が大半である)見直す動きがあってもおかしくない。また早希ちゃんは、「銀行でお金下ろしたら何で手数料取られなきゃならないの?」とも言ったがこれは多くの人が感じていることだと思う。

更に、浦安にある某テーマパークが許せないといい、「ここは日本だから日本のアニメを基にしたテーマパークを作るべきだ」と「エヴァンゲリオン」と「ドラゴンボール」のテーマパーク構想を語るのだが、「『エヴァ』パークにはもれなく意味不明のラストが付いてくるわ」などと楽しそうなテーマパークにはなりそうもない。

取り敢えず、より良いテーマパーク作りのため、最寄り駅は舞浜の某テーマパークに偵察に出かける。だが、二人とも見物人としてただ歩いてるだけで妙な間が出来てしまう。二人で見物人をやってどうするんだという話になり、R藤本がド〇ルド〇ックやミッ〇ーマ〇ス……(吉本さんに苦情が入るといけないので書けません)

映像。今年4月発売予定のゲーム「魔都紅色幽撃隊」の主演声優に抜擢された早希ちゃん。今後もゲームの声優にチャレンジしようと色々なゲームの声にチャレンジする。まずストリートファイター。女性戦士の声にはピッタリ、でも化け物の声には合っていない。「スーパーマリオ」のピーチ姫で気をよくした早希ちゃんだが、パックマンでやたらと荒っぽい性格になってしまったり、本来音声のいらないテトリスの声優をやったりで違和感を覚える。そして、スライムでは、「私、顔パンパンじゃないですから」とアピールする。

今度はアスカがカフェを開店することになる。アスカが店長だ。タイトルを付けるならコント「アスカ店長」。
アスカを夢だったカフェの店長になる。アスカはコーヒーと、日本食も好きだということで(一度、「日本酒」と言い間違えてしまった)、なぜか「水鍋」もメニューに入れてしまう。

初めての客は、銀シャリ・橋本直(当初は銀シャリではなく麒麟の二人が出演予定であったが、ならファミリーでもダブルブッキングをしたIというマネージャーがまたダブルブッキングをやらかして麒麟は他用で出演出来ないことになった。ちなみに、早希ちゃんのマネージャーはまた変わり、現在は爽やか中年のSさんがマネージャーだという)。早希ちゃんは橋本に名前を聞くが、「橋本、ありきたり過ぎる。鬼龍院とかなかったの?」というが、橋本は、「この顔で鬼龍院だったら、面倒くさいわ。一々、人から、『え? お前、鬼龍院でいいの?』、『お前、ほんまに鬼龍院なん?』などと聞かれる」と反論する。メニューはコーヒーか水鍋の二択。しかもコーヒーはまだ仕入れておらず、しかも挽いたコーヒーではなく、「ネスカフェ、どこで売ってるの?」と橋本に聞くなどダメダメな状態。

そこに、銀シャリ・鰻和弘が入って来る。アスカはなぜか「参鶏湯」などと韓国料理も出来るという話になるが、鰻は実は客ではなく、アルバイトの面接を受けるためにこの店に来たのだった。鰻は実年齢はそれなりにいっているが、ここでは学生という設定。サッカー部に所属しているといい、アスカは「うちの知り合いバレー部なの」、鰻「僕の妹、剣道部です」とただスポーツの名前をいうだけで強引に盛り上がって橋本に突っ込まれる。

アスカは、鰻に接客をさせて、それで採用するかどうかを決めることにする。だが、最初は普通にやらせたが、次は有線放送を入れて「音楽(レディ・ガガなど)に合わせて接客」と無茶苦茶なことを始め、三度目はアスカも加わって、マジックショーの振りをしてマジックはしないなどやりたい放題である。

で、結局、アスカは鰻がオーダーを取らなかったということだけは確認していた。橋本は、「そこだけはよく見ている」と感心する。

 

映像。舞台は吉本興業東京本社である。廃校になった小学校を吉本は内部改装して東京本社としてしようしているのだが、かなりの部分は「ああ小学校だったんだなあ」とわかる作りになっている。体育館を改装した待合室で、早希ちゃんは劇団アニメ座の団員と会い、その中の天津・向清太朗に、新しい企画を持ちかける。カラオケビデオに出演して仕事の幅を増やそうというのである。

早希ちゃんが持ち込んだのは、国生さゆりの「バレンタインデーキッス」。早希ちゃんはフェミニンな衣装で登場。愛らしいルックスをアピールする(余りルックスを表に出す早希ちゃんは個人的には好きではないのだが、吉本芸人とは思えない容貌は彼女の武器であり、それを生かすのは賢いとも思う。天津・向は「こういう映像あるけど」とコメント)。だが、トットの多田智佑(ただ・ともひろ。ちょっと頼りなげな感じがあるがイケメンの部類に入るだろう。早希ちゃんとは「ロケみつ」繋がりでもある)がリンゴを買うと、溶かしたチョコレートの中にリンゴを入れて、リンゴのチョコレートコーディネートを作ってしまい、落としたケータイを拾ってくれたアインシュタインの稲田直樹(よしもとぶさいくランキング上位。稲田自身も「僕より下はいません」と言うほどである)になぜか一目惚れ。ケータイのチョコレートコーディネートを作ってしまう。早希ちゃんはその後も、イヤホン、数珠などあり得ないものをチョコレートまみれにしてしまうので、向から、「なんじゃこりゃ」と呆れられて終わる。

黒いスーツにあかぶち眼鏡の早希ちゃんが登場。お馬鹿キャラだった篠原涼子がドラマの中ではやり手キャリアウーマンに化けるように、早希ちゃんも有能な秘書のような知的イメージを醸し出している。
早希ちゃんは前から、日本の昔話に不満を持っており、ネタにしていたのだが、今回も昔話の再創作。フリップを使って「サルカニ合戦」を再構築する。

まずタイトルを「花よりサルカニ」に変える(分からない方のために説明していくと「花より男子(はなよりだんご)」というマンガのパロディである)。カニコが学校に遅刻しそうになり、パンを加えたまま走っている。そこにノンビリ通りかかった同級生のサル。二人は衝突する。ここでサルが柿を食べて悪に目覚めてしまい、カニコを扼殺してしまう。カニコは高校生なのにもう結構成長した子供、カニジがいる。カニジが病院に行く途中、栗が何気なーく付いてくる(早希ちゃんによるとこの何気なーくがポイントとのこと)。霊安室で、カニジはカニコの遺体と向き合う。栗は「綺麗な顔してるだろう。死んでるんだぜ。それで」(マンガ&アニメ「タッチ」に出てくる有名なセリフ)という。カニジはサルを倒すことを決意する。その後、栗が危機にあったり色々あったが、サルの居場所に近づく。しかし、サルは馬糞を味方につけていた(馬糞が最初は敵というのが味噌なのだという)、馬糞は手強かったが、遂に倒され、サルは馬糞を首にする。すると栗が「ワンピース」のルフィのように、「味方にならねえか」と誘い、馬糞はカニジの側に付く。そして、カニジはある日、馬糞は女だということを知ってしまい、ということで「エヴァ」の綾波レイと碇シンジ路線に行きつつ(その後はアニメの話になったのでアニメに疎い私には何のことかわからなくなった)、最後はサルを倒すという話になった。

映像。ボイスパーカッション。声を使った芸の幅を拡げることにした早希ちゃんは、トットの桑原雅人にボイスパーカッションを習うことにする。トット・桑原は独学でボイスパーカッションをマスターし、芸に取り入れているという。
スネア、ハイハット(シンバル)の音などを桑原に言って貰い、その真似をするが、音というよりは言葉になってしまう。桑原は「練習すれば誰でも出来るようになる」と励ましの言葉をくれる。そこからは早希ちゃんの自宅の映像が流れる。前回の単独公演では自宅でピアノ(キーボード)の練習をする映像が流れたが、今回は当然、ボイスパーカッションの練習……、のはずが余り関係ない映像が映る。鳥料理が出来たと喜んでいる早希ちゃんの肩に飼っているインコが留まるなどブラックなボケ満載である。更にR-1で2回戦を勝ち抜いたなど、確かに嬉しいがボイスパーカッションとは余り関係のない報告映像なども映る。確かにピアノの練習は少しでも弾き進んでいることがわかるなど、絵になるがボイスパーカッションの練習を延々と見せられても退屈ではある。
ということで、ボイスパーカッションの練習がちょっとしか映らない映像が終わり、「さて、特訓の結果は?」というナレーションがあって、明転。「出鱈目川柳」が行われることになるが、R藤本から「特訓の結果どうなったんだ?」と聞かれて、早希ちゃんはボイスパーカッションを披露することになる。結果としては上達はしている。が、まだパーカッションの域には達していないということで、銀シャリの二人とR藤本から駄目出しを受ける。それでも早希ちゃんは、「ボイスパーカションをやるので、何か歌ってみて下さい」と言い、三人と共演することになる。でもみな、早希ちゃんの声が気になって歌いづらいと言い、銀シャリ・鰻は「世界に一つだけの花」を歌ったのだが、相方の橋本から「ゆっくりしたテンポの曲だとボイスパーカッションをやりにくい」と駄目出しを受ける。

さて、上の句、中の句、下の句を出演者が短冊に適当に書き、それを箱の中に入れてシャッフルし、出来上がった出鱈目川柳に解説をつけて、上手く解説出来た人が勝ちとなるゲームである。

まずは、銀シャリ・橋本、上の句「木洩れ日の」、中の句「射し込みすぎて」、下の句「トイレ行く」。ちなみに上の句と下の句は橋本自身が書いたものをたまたま橋本が引き当てたもので、呼応しているのはそのためだと思われる。橋本は、「木洩れ日がちょっと強すぎて、別の漏らすの方を刺激してトイレに行く羽目になった」と解説。チャイムが鳴り、早希ちゃんが「正解!」と言う。橋本は、「正解とかあるの?」と聞くが、早希ちゃんは「正解です」とそのまま続ける。

R藤本、上の句「ふざけるな」、中の句「すごい早口」、下の句「カニ料理」。上の句はR藤本自身のものだという。R藤本は「カニ料理となると、みんな黙って食べようとする。そこに一人で早口で喋る奴がいて、ペースが乱されて、ふざけるな!」。これもOKとなる。

銀シャリ・鰻。上の句「旅先で」、中の句「偽ベートーベンの」、下の句「小鳥飼う」。偽ベートーベンとは佐村河内守のことのようなのだが、鰻は偽ベートーベンと言われてもピンとこず、橋本とR藤本から「あいつアホだ」と言われる。鰻は早希ちゃんに聞こうとするが、早希ちゃんも佐村河内守のことを知らず、橋本とR藤本の有名大学出身組から呆れられる。

余談だが、ベートーヴェンの凄さは耳が聞こえないのに大作曲家になったことではなく、「この音楽ジャンルを創設したのは誰だ?」と調べたら、大体ベートーヴェン本人かベートーヴェンの関係者に行き当たるというところにあり(ロック、ポップス、アンビエントなどを人類史上初めて書いたのはおそらくベートーヴェンである。またベートーヴェンの自身は当然ながら交響詩を書かなかったが、ベートーヴェンの正統的な弟子を自称するリストが交響詩を創設。明らかにベートーヴェンの「田園」交響曲を意識したもので、交響詩を創設することでベートーヴェンの弟子であることを明確にしたのである)、全聾の作曲家=ベートーヴェンというのはちょっと違うのではないかと私自身は思っている。

鰻は、「本物のベートーベンは忙しいので偽のベートーベンが、くるっとした髪のところで小鳥を飼う」と答えるが、「くるっとした髪はモーツァルトちゃう?」と橋本に突っ込まれるなどして判定もアウト。

早希ちゃんは、上の句「ピッコロが」、中の句「武士の心得」、下の句「泣き寝入り」。本当に滅茶苦茶でどう考えても説明は無理である。
「ピッコロは元々武士だったんです」と早希ちゃん。「でも髷を取られて、武士ではなくなり、それで取られた髷の部分から入った最近に感染して緑になったんです」「でも武士に戻りたい戻りたいと泣いて」といった調子で続けたが判定はアウトであった。

銀シャリ・橋本は、二回目の「バッシャーン喪中の時にパイロット」を、「パイロットは普段は海を見ると飛び込みたくなって操縦を誤るといけないので海水浴に行けないが、喪中なら年賀状を受け取ったり書いたりして神経をすり減らすこともないので海水浴に行って良いよ」というような答え(翌日に感想を書いているので、細部は曖昧である)でOK。

銀シャリ・鰻は、「犬散歩クズが集まる皆殺し」と意味が通りやすい川柳になるが(中の句と下の句はR藤本のものだという)、芸人なのでボケなければならない。ということで上手くボケられなかったのでアウトであった。

早希ちゃんは、「刻(とき)を克(こ)え天を見上げてカメハメ波」。「ドラゴンボール」の孫悟空は何度が死んだことがあるらしいのだが、悟空が死んだときに悟飯と一緒に、天を地とで一緒にカメハメ波を行った(私は「ドラゴンボール」に関する知識0なので書いていても意味がよく分からないのだが)」と言ったがアウト。

さて、勝者であるが、拍手の大きさで決めることになる。普通なら2問連続正解の橋本が勝者で、橋本も「俺じゃないの?」と訝るが、早希ちゃんは、「強者と勝者は違うのよ」ということで拍手判定。最初に早希ちゃんは、「私が一番良かったと思う人」と言う。拍手はパラパラだったが、「以上、というわけで私の勝利です」と強引に終わらせてしまう。

映像。「桜 稲垣早希センター試験」。早希ちゃんがセンター試験を受けるというもの。ただし問題のレベルは中学高校レベルである(実際は小学校高学年から中学校レベル)。採点するのは、神戸大学出身の(ただし中退である)GAG少年楽団・宮戸洋行。
「〇差□別」の穴埋め問題で、早希ちゃんは「外差人別」と書いてしまう。「外人差別」と書こうと思ったらしいのだが、そもそも文字の順が違う(答えは勿論、「千差万別」)。
不等辺四角形の右上隅の角度を求める問題。おそらく四角形を二等分して三角形二つの内角の和から割り出すのだと思われるのだが、早希ちゃんは「何となく」で角度を書いてしまい、不正解。
「1年のうちに二回、別の作物を育てることを何というか」という社会の問題では、「二もうさく」と解答。宮戸から、「漢字で書いて」と言われ、漢字で書き直し、「二毛作」と書いて正解。宮戸は、「早希ちゃん、自分の単独ライブでの企画なのに、せこく点取ろうとするのやめて」と駄目出し。
理科は、「太陽は、〇の水平線から昇り、〇の水平線に沈む」という問題。もう小学校低学年レベルである。早希ちゃんは正解するが、「西日が当たると洗濯物はよく乾くけど、乾く時間が短いので困るとお母さんが言ってたので」と解説。宮戸は「理科の問題を家庭科で答えたわけですね」と分析した。流石に最後はボケ狙いでわざと言ったエピソードである。
「ミドリムシは~があるので光合成をすることが出来る」。早希ちゃんは「めしべ」と解答(正解は「葉緑体」である)。更に、「光合成が嫌らしい」などと文字から想像を膨らませて下ネタ方面のことを考えてしまったと告白。「めしべも嫌らしい」と言うが、宮戸から、「めしべが嫌らしいとか発想が幼い」と一刀両断にされる。

小学校低学年レベルの問題があったにも関わらず、早希ちゃんの成績は100点満点中25点で、宮戸は「早希ちゃんは、アホでした」と結論づける。
だが、「オランダの首都はベルギー」などと思い込んでいる女の子がまともなOLになれるはずもなく、最初から芸能界入りを目指していたという点では早希ちゃんは賢い。
AKBにもとんでもなく勉強が苦手な子がいるようだが、その場合OLで成功は難しいので芸能界に入ったというのは今のところ正しい選択であるように思う。バカキャラで名前も売れたし。

最後は「スライム」。スライムのかぶり物をして、青タイツという姿の早希ちゃんがフリップ芸を行う。
「スライムは雑魚キャラやねん」ということで他に活躍場所を求める。「『ぷよぷよ』に混じっててもわからん」、「アンパンマンを窒息死させることが出来る」、「バタコさんも窒息死させることが出来る」、「アンパンマンのキャラ全滅やねん」、スライムの顔は締まりがないというので、「ゴルゴ13」風にしたり、「ドラえもん」風にしたり、「笑うセールスマン」風に変える。ゴルゴ13は無口、笑うセールスマンは不気味というので、ミッキーマウスにしてみるが、「大人の人から文句言われる」ということで却下。
ブランドものということでルイヴィトンの鞄の外観にしてみたり、ポルシェのマークになってみたり、ホイールになってみたりする。
最後は自分が自動車になってみるが、「あれ、これバーバパパ?」と最早正体を失ってしまったというオチで締めた。

セリフが飛んだり噛んだりがあったが、回を重ねる毎に早希ちゃんの単独ライブは着実に笑える要素が増えてきていて心強い。勉強の出来る頭の良さと、お笑い芸人の頭の良さは違う。早希ちゃんには突飛な発想が出来るということと、多趣味、好きなことなら博士級レベルの知識という長所があり、引き出しを増やしていけばニュータイプの女お笑い芸人になれるかも知れない。これまでも美人芸人は吉本にも他の事務所にも何人かいたが、地味な活動に終わったり、副業に走ったり、結局司会者になったりと惜しい人が多かった。
また、この公演を観て、「早希ちゃんは先輩芸人に愛されてるな」と感じられたことも心強く思う。

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2014年7月16日 (水)

ハイドン 弦楽四重奏曲第77番「皇帝」第2楽章

弦楽四重奏団ジオカローレの演奏です。

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2014年7月14日 (月)

FIFAワールドカップ優勝記念 ドイツ国歌「ドイツの歌」(日本語対訳付き)

作曲はヨーゼフ・ハイドン。現在では専ら3番の歌詞が歌われているため、3番のところだけ現在のドイツ連邦共和国の国旗の画像に変わります。

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ロリン・マゼール逝く

フランス・パリ近郊に生まれ、アメリカで育った世界的指揮者にして作曲家、ヴァイオリニストとしても活躍したロリン・マゼールが死去。
8歳で指揮者デビューするという、絵に描いたような神童であった。
「10歳で神童、15で天才、二十歳過ぎればただの人」という言葉通りになってしまう人も少なくないが、マゼールは順調に世界的指揮者に成長している。

独特の解釈をする指揮者であったが、マイクやカメラが入ると常識的な指揮をしてしまう人だったようで、彼の真骨頂に触れるには収録一切なしのライブを聴く必要があり、今年のPMFオーケストラ大阪公演をマゼールの指揮の指揮で聴く予定であったのだが、マゼールは今年に入ってから体調を崩しており、PMFでの指導と演奏会の指揮を全てキャンセル。結局、体調が戻らないままでの逝去となった。そのため、彼の驚くほど独自の解釈を聴くことが出来る音盤はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したラヴェルの「ボレロ」だけとなる。

ロマンティックな音楽表現にも長けており、当時音楽監督を務めていたクリーヴランド管弦楽団を指揮した、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」全曲(DECCA)は、歴代最高峰を争う名盤である。

ドイツ・オーストリア圏では余り評価されていない作曲家も積極的に取り上げており、「シベリウス交響曲全集」は2度制作。若い頃にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した「シベリウス交響曲全集」(DECCA)はマゼールの若さが裏目に出てしまって薦められる出来ではないが、ピッツバーグ交響楽団を指揮した2度目の「シベリウス交響曲全集」(ソニー・クラシカル)は眼光紙背に徹すという姿勢でシベリウスの本質を突いており、名盤であると同時にマゼールの深化を感じさせるものとなっている。

また、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートの常連であり、ウィリー・ボスコフスキーが引退してからはその後を襲い、毎年ニューイヤーコンサートの指揮者を務め、ウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートが毎年、違う指揮者を招くようになってからも何度も指揮台に上がっている。ヨハン・シュトラウスⅡ世と同じような、ヴァイオリンを弾きながらの指揮も見せた。

ベートーヴェンやモーツァルト、ブラームス、ブルックナーといった王道レパートリーでは高い評価を得るには至っていないが、マーラーは得意としており、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による初の「マーラー交響曲全集」(ソニー・クラシカル)の指揮者を務めたのはマゼールであった。

ライブの人であったため、本当の姿はもう知ることが出来なくなったのかも知れず、残念である。

ただ優等生的な演奏しか録音しなかったにも関わらず、レコーディングアーティストとして世界的な評価を得たということが逆にマゼールの真の凄さを示しているように思える。

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2014年7月13日 (日)

観劇感想精選(126) こまつ座&ホリプロ公演 音楽劇「それからのブンとフン」

2013年10月19日 イオン化粧品シアターBRAVA!にて観劇

午後12時30分から、シアターBRAVA!で、こまつ座&ホリプロ公演 音楽劇「それからのブンとフン」を観る。作:井上ひさし、演出:栗山民也、出演:市村正親、小池栄子、新妻聖子、山西惇、久保酎吉、橋本じゅん、佐藤こうじ、吉田メタル、辰巳千秋、飯野めぐみ、保可南ほか。ピアノ演奏:朴勝哲。

井上ひさしの初期の戯曲の上演である。

売れない小説家、大友憤(市村正親)。原稿用紙にも事欠いて、チラシの裏に線を引いて原稿用紙代わりに使っている。通俗さを嫌い、芸術至上主義の作品を書いているためにヒットメーカーとはほど遠いのだが、そんな憤が書いた、大泥棒ブンを主人公とした小説が大ヒット。しかし、小説に書いた主人公が小説を飛び出して、現実社会で大暴れしだしたものだから、さあ大変。四次元を飛び越えるという特技を持つブン。ベルリンの動物園のシマウマから縞を盗み、上野動物園のシマウマにそれをつけて格子縞にしてしまう、東大寺の毘盧遮那仏、つまり奈良の大仏を盗みだし、鎌倉の高徳院の阿弥陀仏、つまり鎌倉の大仏の横に据える、ニューヨークの自由の女神の松明が盗まれるなど、ブンは各地で怪盗ぶりをいかんなく発揮する。憤が書いたブンものの小説も大ベストセラーになるのだが……

大友憤役の市村正親以外は、一人で複数の役を演じる。出番の多い小池栄子は、オリジナルのブンとして、白いボディコン姿や和服姿で登場。もう一人のヒロインである新妻聖子は、悪魔役であるが、その前にブンの一人としてセーラー服の女子高生役で出てきたり、NHKEテレのお姉さん風チアリーダーの衣装で登場したり(ちなみにかなり気に入っているようである)と忙しい。音楽劇であるが、歌はミュージカル俳優でもある市村正親と新妻聖子が主に担当する。

ブンとは文であり、ブンが小説から抜け出して活躍するということは、文章が人々の思考に与える影響のメタファーであって、文章の力と大切さを観るものに訴えかける。そしてブンが盗む標的を現物ではなく、人間の記憶や虚栄心、権威欲などに変えていく過程は、ミヒャエル・エンデの童話にも通じるものがあるように思う。

主題だけ抜き出すと説教くさいものに思えるが、そこは井上ひさしの筆だけにユーモアがふんだん盛り込まれており、主題がわからなくても楽しめるものになっている。

知的にも面白く、物語としても面白い。井上ひさしの戯曲としては初期のものであるため、後年に比べると筋書きが二項対立で分かり易すぎるなど、不満に思うところもあるが、それも後年と比べればであった、戯曲そのものは優れた出来である。

ラストのメッセージも非常に力強いものだ。ペンは剣よりも強しである。

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2014年7月 7日 (月)

ちょっと昔の替え歌

笹の葉さらさら

軒端に揺れる

お星様キラキラ

きんぎん双子

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椎名林檎 「歌舞伎町の女王」

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2014年7月 4日 (金)

観劇感想精選(126) 劇団新派「東京物語」

2013年7月21日 京都四條南座にて観劇

午前11時から、四條南座で、新派公演(劇団新派公演)「東京物語」を観る。小津安二郎の名作映画を、現代日本を代表する映画監督である山田洋次が、脚色、台本、演出を手掛けて舞台化したもの。

小津安二郎の「東京物語」は尾道と東京が舞台だが、今回の芝居は東京のみが舞台となっている。

脚本は、山田洋次一人の手によるものではなく、松岡亮との共作である。出演は、水谷八重子、安井昌二、田口守、佐堂克実、八田昌治、石原舞子、井上恭太、瀬戸摩純、児玉真二、鈴木邦男、矢野淳子、柳田豊、英太郎、波乃久里子ほか。二代目・水谷八重子(私達の世代からすると、旧名の水谷良重の方がピンとくる)と波乃久里子だけが有名俳優である。

新派と銘打っているが、新派とは何か、新派とは何に対して新しいのかというと、歌舞伎よりも新しいという意味である。新派は歌舞伎を旧派と呼び、自分達の演劇を新派と呼んだのである。新派俳優の有名人に、川上音二郎と妻の川上貞奴がいる。歌舞伎は義太夫節の影響で、セリフに独特の節回しがつくことが多く(一番有名なのは「白浪五人男」こと「青砥稿紙花紅錦絵(あおとぞうしはなのにしきえ)」の弁天小僧菊之助の長ゼリフ「知らざあ言って聞かせやしょう」で始まるものである)、新派も同様にセリフに節をつけていた。「それでは駄目だ」と思った人々、例えば小山内薫や土方与志らが築地小劇場を設立して始めたのが、今も続く新劇というものである。
ただ、今日の公演で、セリフに節回しをつけていたのは水谷八重子だけで、他の俳優は新劇スタイルによる演技であった。

今日は3階席、通称「大向こう」での観劇。小津安二郎というと「ローアングル」で有名だが、今日は真逆のハイアングルから「東京物語」を観ることになる。

昭和28年、東京都葛飾区にある平山医院の居間が舞台である。開業医・平山幸一(田口守)の妻である文子(石原舞子)が居間の掃除をしている。幸一の両親である周吉(安井昌二)と、とみ(水谷八重子)が尾道から上京してくるのだ。舅と姑が来訪するというので文子は掃除をしているのである。幸一には弟の昌二がいたが、戦争で亡くなっており、昌二の妻であった紀子(瀬戸摩純)は今は未亡人となっている。その紀子も周吉と、とみに会いにやって来る。近所で美容院を営む長女の志げ(波乃久里子)に連れられて周吉と、とみがやって来る。医院を休診にして出迎える幸一と文子の夫妻。親族による団欒の場、周吉は、ある美人について語り、「だが、紀子さんほど美人じゃない」と紀子を褒める。紀子は照れて、持っていた団扇で顔を隠すが、幸一は「お世辞じゃない」と紀子に言う。この辺が、関東っぽい。京都はちょっと違うが、大阪だと同じ場面で、「お世辞じゃない」ではなく、「本気にしてるで、おいおい」と突っ込みになるはずである。

「東京は人が多く、土地がないので仕方ないのかも知れないが埃っぽくて家が狭い」と愚痴る周吉(このセリフには谷崎潤一郎の『細雪』の鶴子、幸子、雪子、妙子の四姉妹の東京観に重なるものがある)。更に幸一が開業医になったことにも不満があるようだ(開業医というと今では憧れの職業の一つであるが、黒澤明の映画などを観てもわかるように、昔はそれほどステータスの高い仕事ではなかった)。

翌日、昨日に引き続き、平山医院は休診。幸一と共に東京見物に出ようとする周吉と、とみ夫妻だが、近所の河村さんが平山医院を訪れ、子供の病気が改善しないので、幸一に往診に来てくれるように頼む。幸一がいないのでは観光も出来ないと外出は取りやめになる。

数日後、周吉と、とみは、紀子に連れられてSKD(松竹歌劇団)の公演を観に出かける(映画「東京物語」では、SKDの公演ではなく、二重橋を観に出かけるのであるが、南座は松竹の劇場なので、SKDに変更したのである)。帰宅後、周吉と紀子は昌二の思い出話に浸る。

翌日、幸一に呼ばれて、志げが平山医院にやって来る。医師会の仲間が平山家に泊まりに来るので、代わりに両親を志げの家に泊めてくれないかという話であった。志げは「それよりも熱海に旅行させてあげてはどうか」と提案。幸一もその提案を受けいれる。熱海に行った周吉と、とみであるが、泊まった宿の部屋がトイレの前で、しょっちゅう音がして眠れなかったということで、予定を繰り上げてすぐに平山家に帰ってきてしまう。泊まるところがないというので、周吉は今は東京に住む旧友と朝まで居酒屋で飲み明かすことにし、とみは紀子の家に泊まることに決める。
だが、酔いつぶれた周吉は旧友の沼田(柳田豊)と服部(佐堂克実)と共に警官に送り届けられる格好で平山家に戻ってきてしまう。文子は酔っ払い三人の姿を見て呆れるが、周吉達が行った飲み屋の女将・加代(英太郎。女形での出演である)まで来ていたので驚く。飲み代を払っていないのだという。支払いは文子がし、加代に帰って貰う。周吉夫妻は家の二階にある部屋で寝ていたのだが、今日は医師会の仲間が泊まっているので、周吉曰く「宿無し」の状態。仕方がないので、居間で三人で雑魚寝する(一番偉いはずの人が居場所をなくすというシチュエーションは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「家族の肖像」を彷彿とさせる)。

一方、とみの方は、紀子の家で手厚いもてなしを受けたそうで、「東京に来て本当に良かった」というほどであった。

ただ東京の居心地の悪さは二人とも感じていたようで、周吉は「尾道に帰りたい」と言い、とみも「あなた、もう、尾道へ帰りましょう」と言いあうが、その直後に、とみは倒れてしまう。

幸一がすぐに駆けつけるが、自分の手には負えない状態であると判断。知り合いの名医に連絡を取る一方で、平山医院を臨時休診にし、患者にも帰って貰って応急処置を施す。

だが、治療の甲斐もなく、とみは東京で客死してしまうのであった。

淡々とした描写を積み重ねることで、取り立ててドラマティックというわけではないのに、観た後に充実感を得られるというのが特徴の小津映画。その小津映画の特徴を山田洋次は上手く舞台化していたように思う。淡々と描写を積み重ねる作風を持つ日本人映画監督というと、現役だと是枝裕和監督が代表格。また周防正行監督(私と同じスワローズファン。スワローズは弱いので判官贔屓で応援しているという理由も一緒である)は小津映画の大ファンで、デビュー作はピンク映画であったが、小津へのオマージュを捧げたという異色作である。

映画「東京物語」というと、尾道での、二人が窓をバックに座っているという冒頭の構図がラストでも繰り返されるのだが、冒頭では画面にいた、ふみがラストにはいないということで、不在の哀しみを生むという秀逸な描写が印象的。ただ、この舞台では尾道は舞台にはなっていないので出来ない。代わりに、幸一が、ふみの形見の腕時計を紀子に渡し、最後の場面で、一人舞台に残った紀子が形見の腕時計をはめて見つめるということで、不在の哀しみを表すという処理がなされていた。効果的であったように思う。

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2014年7月 3日 (木)

クイーン 「ボヘミアン・ラプソディ」

クイーンのYouTube公式チャンネルにアップされた映像です。

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2014年7月 2日 (水)

ジェームズ・レヴァイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック コープランド 「市民のためのファンファーレ」

ニューヨーク・フィルハーモニック公認動画です。

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2014年7月 1日 (火)

観劇感想精選(125) 黒柳徹子主演海外コメディ・シリーズ25周年記念&高橋昌也追悼公演「想い出のカルテット」~もう一度唄わせて~(再演)

2014年4月3日 大阪・茶屋町の梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後6時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、黒柳徹子主演海外コメディ・シリーズ25周年記念&高橋昌也追悼公演「想い出のカルテット」~もう一度唄わせて~を観る。作:ロナルド・ハーウッド(代表作「ドレッサー」、「戦場のピアニスト」)、テキスト日本語訳:丹野郁弓、演出:高橋昌也。

「想い出のカルテット」は、黒柳徹子主演海外コメディ・シリーズとして2011年に日本初演され、翌2012年にはダスティン・ホフマン初監督作品として映画化もされている。「想い出のカルテット」再演は、EXシアター六本木オープニング記念作品として今年の3月8日に幕が開いたが、先んずること約2ヶ月の今年1月16日に、演出担当の高橋昌也が83歳で逝去した。そのためパンフレットは高橋昌也への追悼の言葉で溢れている。

ジーン・ホートン(黒柳徹子)、セシリー・ロブリン(愛称はシシー。阿知波悟美)、レジナルド・パジェット(愛称はレジー。団時朗)、ウィルフレッド・ボンド(愛称はウィルフ。鶴田忍)の元オペラ歌手4人が繰り広げる芝居である。ただ初演時の感想に書いたとおり、彼らが本当にオペラ歌手であるという確証はない。
4人は、元音楽家のための老人ホームで過ごしているが、他の音楽家は会話の中にしか登場せず、彼ら4人のいる部屋はシシーが「元オペラ歌手が暮らすのに相応しい」ように勝手に内装を変えたものである。ジーンがこの老人ホームに入ってきたとき、シシー、レジー、ウィルフの三人が三人ともこの部屋を「特別なサロン」と位置づけており、彼らが普通の人とは違うことがわかる。
壁にズラリと並んだ肖像画は前回とは少し異なり、プッチーニの肖像画は存在しない。イングリッド・バーグマンもいないが、代わりにグレース・ケリーの写真があり、前回同様、ケーリー・グラントの写真もある。3人ともヒッチコック映画の常連であるが、ヴェルディ、ロッシーニ、モーツァルト、マリア・カラスなどの音楽家の肖像画が並ぶ中で、ハリウッドスターの彼らだけが浮いている。

ジーンが、30年前にメトロポリタン歌劇場で、プッチーニの「ラ・ボエーム」の役を引き受けたときのこと。コレペティトーラと練習しようとしたところ声が出なかった。役を降り、その後、何度も歌おうと試みたが声は出ず、結局、ジーンは若くして引退する。しかし、そのことを説明する時にジーンは、「でもこれは珍しいことじゃないのよ、舞台恐怖症といって、演劇でもセリフが出なくなるようなことがある」と語るのである。一見して、舞台恐怖症という症状について述べているように聞こえるのだが、映画通の人は「舞台恐怖症」というのが、症状としてよりもヒッチコック映画のタイトルとして有名であることに気付くはずである。アルフレッド・ヒッチコック監督がイギリス時代に監督した映画「舞台恐怖症」は、世評はそれほど芳しくないが、ネタバレ禁止の映画として名高い。そして壁にはヒッチコック映画の常連俳優の写真がやや浮いた形で存在する。

その後、ジーンは、ジャン・ギャバンが主演した映画についても話し始める。ジーンはタイトルを結局思い出せないが、内容から「大いなる幻影」というこれまたネタバレ禁止映画であることがわかる。
ジャン・ギャバンや「大いなる幻影」の話は、ストーリーとは全く関係がなく、ジーンが突然思い出したこととして唐突に出てくる。そしてストーリーの主線に絡むことはないまま終わってしまう。

ジーンは、老人ホームで暮らす他の老人を「気狂い」と呼び、レジーは「我々は狂人ではない」と明言するが、「私は狂人だ」と気付いている狂人はいないのである。

実際、ラスト近くでシシーが明らかに気の触れた言動を行うのだが、ジーン、レジー、ウィルフの3人は、シシーがそうした症状にあることをすでに了解済みである。

仕掛けの多い本ではあるが、この劇は観客を欺き、試すためのものではない。ステージで行われていることがそのまま本当だとしても、少しおかしな人達の妄想の産物であったとしても、老いてなお希望や夢を語る彼らに我々は勇気を与えられるのである。小難しい哲学を超えた人生讃歌がここにある。

黒柳徹子は今年で81歳という高齢もあって、初演時より演技がややぎこちなく感じたが、この年で舞台に立って演技をしているということだけで大したものである。他の三人は黒柳徹子より若いということもあってアンサンブルは抜群、黒柳徹子をもり立てる。

カーテンコールで黒柳徹子は右手を上に伸ばし、人差し指で天を指してからお辞儀をする。天国にいる高橋昌也への謝意であった。

「想い出のカルテット ~もう一度唄わせて~」(初演)

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