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2014年8月 7日 (木)

コンサートの記(147) よみうり大手町ホール・オープニングシリーズ 河村尚子ピアノ・リサイタル2014

2014年6月30日 よみうり大手町ホールにて

午後7時から、よみうり大手町ホールで、河村尚子ピアノ・リサイタルを聴く。よみうり大手町ホール・オープニングコンサートシリーズのトリを飾る公演である。

曲目は、ショパン作曲リスト編曲による『6つのポーランドの歌』より「おとめの願い」と「私のいとしい人」、ショパンのバラード第1番、ラフマニノフの「コレッリの主題による変奏曲」、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」。

私の席は前から4列目、中央付近である。

河村尚子は紫とピンクを基調にしたドレスで登場。妊娠しており、お腹の膨らみがはっきりとわかる。また妊婦であるためか、春に見たときより少しふっくらしたように見える。

女性ピアニストの場合、妊娠してお腹が大きくなると、超絶技巧の曲を演奏する場合は、ピアノとの距離が以前とは異なるはずだが、河村尚子はそんなことは少しも感じさせない快演を展開する。

武器である抜群のメカニックと水晶のような硬質の輝きを放つ音色に加え、ショパン作曲リスト編曲の2曲ではしなやかなリリシズムと軽やかなロマンティシズムを発揮。技術と感性を高次元で止揚した鮮やかな演奏が繰り広げられる。

ショパンのバラード第1番では、河村は優れた音の建築士としての技量を示す。独自のヒンヤリとした音色により、細部まで計算し尽くされた壮大な音の伽藍が築き上げられた。

ラフマニノフの「コレッリの主題による変奏曲」は、変奏ごとの描き分け方が巧み。重厚なものからチャーミングなものまで、最適な音色とテンポを用いて再現していく。

メインであるムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」は、圧巻という他ない出来。かなり速めのテンポで最初のプロムナードを弾き始めたが、単純な音の組み合わせのはずなのに、浮かび上がる音楽は威厳すら感じさせる。
「小人」のテクニックは抜群であり、「古城」の深い味わいも彼女ならではである。何度も出てくるプロムナードもそのたびに表情をガラリと変え、表現の多彩さに感心する。

速めの曲では、もはや人間離れしたとしか思えない超絶技巧と輝くような音色による演奏が見事で、河村の才能が飛び散る様が見えるかのよう。また遅めのテンポの曲に見られる沈痛さや祈りの表現もまだ三十代前半のピアニストによるものとは思えないほど深い。

ラストの「キエフの大門」も、ラヴェル編曲のオーケストラ版を上回るほどのスケールで弾かれ、10本の指で生み出されたとは思えないほどの華麗な技術で聴き手を圧倒した。河村尚子はあたかも息をするようにピアノを弾いていく。超人的なのに自然体だ。まさに生まれながらのピアニストである。

アンコールとして河村はラフマニノフの前奏曲作品23の10と作品23の2を弾く。当初は、アンコールはこの2曲だけだったようなのだが、河村は、「平日にも関わらず、多くの方にお越しいただきありがとうございます。今弾いたのはラフマニノフの前奏曲23の10と2でしたが、がらりと趣向を変えまして、プロコフィエフの『束の間の幻影』を演奏致します」と言い、鳴り止まない拍手に応えて、「束の間の幻影」から計3曲を弾く。プロコフィエフの諧謔性をしっかと捉えた演奏であった。

日本人ピアニストの実演には多く接してきたが、河村尚子はその中で断トツである。ものが違う気がする。

よみうり大手町ホールの音響であるが、前の方の席だったということもあり、正確にはわからない。ただ、私が座っていた席にはかなり良い音が伝わってきた。

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