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2014年8月17日 (日)

コンサートの記(149) モーツァルト~未来へ飛翔する精神~ モーツァルト 歌劇「イドメネオ」(演奏会形式)

2013年12月14日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後4時から、大坂の、いずみホールで、モーツァルトの歌劇「イドメネオ」を聴く。演奏会形式での上演であり、歌手達はちょっとした演技をすることはあるが、基本的には直立して歌う。だからオペラを観るのではなく、オペラを聴くことになる。

出演は、福井敬(テノール。イドメネオ役)、林美智子(メゾ・ソプラノ。イダマンテ役)、幸田浩子(ソプラノ。イリア役)、並河寿美(なみかわ・ひさみ。ソプラノ。エレットラ役)、中井亮一(テノール。アルバーチェ役)、小餅屋哲男(こもちや・てつお。テノール。大司祭役)、片桐直樹(バス。海神の声)。

演奏は、大勝秀也(おおかつ・しゅうや)指揮のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団。チェンバロ:高﨑三千(たかさき・みち)、通奏低音:上塚憲一。合唱は関西二期会合唱団。

初演時25歳の若きモーツァルト(10年後に若くして亡くなってしまうのであるが)が、ミュンヘン宮廷からの依頼に応じて、作曲したオペラである。ミュンヘン宮廷は古代クレタ島を舞台にした生け贄の話を希望しており、ジャンバッティスタ・ヴァレスコといういかにも頑張りそうな名前の司祭がモーツァルトの注文を受けつつ台本を仕上げている。モーツァルトが台本に注文を入れたというのは実は鍵であり、気付く人は気付くと思うが、このオペラはある特定の人物への当てつけのようなストーリーとなっている。特定の人物とは誰か。ザルツブルク大司教で間違いないだろう。

 

舞台は神話次代のギリシャ、クレタ島。この時代、クレタ島はまだ独立国である。
トロイア戦争(トロイ戦争。トロイの木馬が一般よく知られている。「トロイの木馬」は乗っ取り型のコンピューターウィルスの名前になるほどポピュラーである)が終わり、トロイの王女であるイリア(幸田浩子)は多くのトロイ人と共に捕虜となってクレタにいる。イリアは高貴な身分なので自由の身であるが、トロイの兵や一般市民はまだ鎖に繋がれたままである。イリアはクレタの王子イダマンテ(林美智子。男性の役であるが「イドメネオ」初演時はメゾ・ソプラノが男装して歌っており、今回はそれに習っている。ミュンヘンでの世界初演後、ウィーンにおける初演が行われるのだが、その際はイダマンテはテノールが歌い、モーツァルト自身も譜面の手直しを行っている。林美智子も半年前に見た時は茶髪のボブカットであったが、今日は髪をカラスの濡れ羽色にし、髪も更に短くしている。衣装も黒のスーツである)に恋をしている。イダマンテに恋をしている女性がもう一人いる。アルゴスからクレタに逃げてきたアルゴス王女エレットラ(並河寿美)である。

クレタの王はタイトルロールでもあるイドメネオ(福井敬)であるが、アルバーチェ(中井亮一。イドメネオの家来であり、ブレーンでもある。狂言回しの役割をすることもある)がイドメネオの乗った船が嵐に遭って難破し、イドメネオも落命したらしいと知られたため、クレタの人々はイドメネオが亡くなったと思い込む。
だが、イドメネオは生きていた。遭難はしたが、幸い、波に乗ってクレタの浜に打ち上げられたのだ。イドメネオは嵐の中で海神ネプチューンに「海を沈めてくれれば、自分が上陸して最初に出会った人間を生け贄として捧げよう」と約束していた。しかし、上陸して最初に出会ったのはこともあろうに息子であるイダマンテ。イダマンテは父が生きていたことを喜ぶが、イドメネオは喜べずに冷たい態度を取り、イダマンテは父親に嫌われたと勘違いする。イダマンテはトロイの虜囚を鎖から解き放つなど、かなりの好人物である。

アルバーチェが、「イダマンテを救うためにはイダマンテをよその場所に移すのがいい、幸いアルゴスの王女エレットラがいる。アルゴスになら簡単に逃げられる」と助言する。イドメネオはアルバーチェの意見を妙案として、イダマンテとエレットラをアルゴスに送ることにする。エレットラもそれを知り、恋敵であるイリアに勝てると歓喜する。しかし嵐により、イダマンテとエレットラを載せた船は嵐に行く手を阻まれる。ネプチューンが怒って、海の怪物を送り込んだのだ。イリアは嵐のことを知らず、イダマンテとはもう会えないと悲しみの歌を唄うが、そこへイダマンテが現れ、イリアはここぞとばかりに思いを打ち明ける。イダマンテも喜んで愛を打ち明け、相思相愛であることがわかって歓喜し合うのであるが、イダマンテは海の怪物と相打ちになる決意をしていた。イドメネオも現れて、イダマンテを生け贄として捧げなければならなくなったことを打ち明ける。エレットラも来て、傍白で思いを歌う。
アルバーチェがやって来て、大祭司に率いられた民衆が広場で騒動を起こしていると告げる。大祭司はネプチューンに早く生け贄を捧げるよう要求したのだった。

指揮者である大勝秀也は東京音大卒業後にドイツに渡り、その後、ボン市立歌劇場のアシスタントに起用されたのを足がかりに、一貫してオペラ畑を歩むことになった人である。コンサートレパートリーも指揮しており、1999年6月には、次代を担う才能として、大植英次、上岡敏之と共に、1月に3回あるNHK交響楽団の定期演奏を振り分けた。
大植英次はその後、大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督となって日本でも名声を高め、上岡敏之も読売日本交響楽団を始めとする在京オーケストラを指揮して高い評価を得たが、大勝秀也は日本ではザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団正指揮者という、国内でもメジャーとはいえない役職に就いているだけであるため、知名度では前二者に比べると高くはない。だが、やはりオペラを振らせると実力は一級品であり、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団という特別に上手いと評価を受けているわけではないオーケストラから、きちんとモーツァルトの響きを引き出している。

タイトルロールを歌う福井敬は堂々とした歌唱を聴かせ、イリア役の幸田浩子もコロラトゥーラと呼ばれる高音を用いた技術を軽々と操るなど見事な歌声である。人徳のある王子、イダマンテを歌う林美智子も心理描写巧みであり、他の歌手も優れた歌声を聴かせる。関西二期会の合唱も見事であった。

歌劇「イドメネオ」は、基本的には喜劇である。勘違いしている人ばかり出てくる。ラストもエレットラの心境を除けばハッピーエンドである。モーツァルトが生きていた時代は悲劇は好まれず、それどころか短調の曲すら嫌われていた。そのため、モーツァルトの曲も長調で書かれたものが多い。長調でありながら哀感を滲ませることが出来るのがモーツァルトの天才たる由縁である。モーツァルトが短調で書いた曲は少ないながらもいずれも痛切な響きを伴い、心臓をわしづかみにされたかのような衝撃を聴く者に与える。

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