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2014年8月 4日 (月)

観劇感想精選(128) こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」2014大阪

2014年2月22日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後3時から、大阪・京橋のシアターBRAVA!で、こまつ座の「太鼓たたいて笛ふいて」を観る。作:井上ひさし、演出:栗山民也。出演:大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、山崎一、阿南健治、神野三鈴。ピアノ演奏:朴勝哲(パク・スンチョル)。「放浪記」などで知られる林芙美子を主人公にした音楽劇である。上演時間は15分の途中休憩を含めて約3時間5分という大作である。

客席最前列に舞台の方を向いたアップライトピアノが置かれている。朴勝哲が現れ、ピアノを演奏して劇がスタート。まずは幕にバックライトを当てて、影絵の世界を作る。幕が上がって、出演者全員が揃い、歌いながら登場人物の紹介をしていく。林芙美子(大竹しのぶ)、林芙美子の母・林キク(梅沢昌代)、行商人の二人(山崎一、阿南健治)、革命指導者(神野三鈴)、音楽プロデューサー(木場勝己で)である。舞台が昭和10年、東京・下落合(現在の東京都新宿区中)の林芙美子邸の居間であることも歌で知らされる。

ポリドール・レコードの社員である三木孝(木場勝己)が、居間で林芙美子(大竹しのぶ)を待っている。三木は、芙美子に流行歌の作詞をお願いしたのだが、最初に訪問した8月26日にも、二度目にお願いに上がった時にも快諾を受けながら、秋になった今も書かれた詞を受け取ることが出来ないでいる。林芙美子は「放浪記」に詩を書いており、三木は「これなら作詞も楽勝だろうと踏んでいたのだが」、予想に反して、林は作詞に手間取っているようだ。三木の話し相手になっている、芙美子の母親である林キク(梅沢昌代)は文盲である上に、もう年で記憶力も悪くなっているため、三木の名前を覚えることがなかなか出来ない。キクの耳が遠いのをいいことに、三木は「三に木に考える。覚えやすい名前だと思うんだがね」とぼやくと、キクはそれは聞いていたようで、「私は、片仮名でキク。こっちの方がよっぽど覚えやすいよ」と反論する(?)。
キクは「娘は私が字が読めないのをいいことに私のことを悪く書いているそうだが本当かねえ?」と言う。

林芙美子が現れる。散歩に出てくるそうだ。三木は作詞について聞くと、引き受けるが、明日は日本女子大学校で講演、明後日は下田の旅館で懇親会と忙しいことをアピールし、「下田行きの汽車の中で『作詞入門』の本を読んで、帰りに作詞する」というプランを告げる。キクには、「最近、あたしの『放浪記』の原稿を売り歩いているそうじゃないの」と文句を言い、みっともないから咎めたのかと思いきや、「私の字が汚いのがばれる」とそちらの方でお冠である。そして散歩に行ってしまう。キクによると、芙美子が散歩に出掛けるのは、町にある表札を観察するためであり、良い苗字があると、自分の小説で使うのだという。三木はキクに「芙美子先生は小説も売れて儲かってるんじゃないですか?」と聞くが、キクは「税金で半分持って行かれるし、付き合いで渡すお金も増える。ほとんど残らないよ。それに、小説というのは、目に見えない、頭に浮かんだものを書くんだろう。浮かばなくなったらおまんまの食い上げじゃないか」と焦ってみせる。

芙美子が散歩に出ている間に、芙美子の故郷・尾道から来た加賀四郎(山崎一)と土沢時男(阿南健治)がやって来る。芙美子の母であるキクも行商人の出であるので、三人は仲良くなる。小説と違い、行商人は見えるものを売っているのだから信用が置けるというキク。加賀四郎は「大連に行ってみたい」と夢を語り、土沢時男も「松島を見てみたい」と希望を明かした。一方、三木は、芙美子が書いた詩に手を加えて歌詞にすることを思い立つ。散歩から帰ってきた芙美子もそれには同意する。そして三木は歌詞を書き上げるのであった。

翌日。三木が新しい歌謡曲が出来たと報告に来る。聴かせてみると、チャイコフスキーが書いたワルツをそのまま流用した「女給の唄」である。歌詞の出来は今一つだが、三木は売れると太鼓判を押す。
そこへ、島崎こま子(神野三鈴)という女性が訪ねてくる。こま子は無産者貧民孤児救済の会(ひとりじゃない会という通称の方が今では有名になっているそうだ)という組織に属していて、孤児への食料が足らず、会の本部の家賃も6ヶ月も滞納していて、芙美子に金を無心に来たのだった。90円欲しいという。こま子が共産党関係者だと睨んだ芙美子は「赤は嫌いよ」というが、以前、芙美子は赤旗に署名したことがあり、そのせいで9日間拘留されて、その間に髪が虱だらけになったという過去があった。こま子は自分はアナーキストだと言い、共産党とアナーキズムは対極にあるという。そして、こま子は、一通の手紙を差し出す。島崎藤村が書いた詩「椰子の実」が書かれていた。だが、最後に、「春樹からこま子へ」と書いてある。春樹というのは島崎藤村の本名だ。ということで、実は「新生」で描かれた近親相姦の相手の女性こそ、こま子だったのだ。芙美子は、「勝手に自分だけ新生してしまって」と島崎藤村をなじる。そして憐憫の情から、こま子を助けることにする。一方、三木は「椰子の実」に歌を付ければヒット曲になると踏む。
結果は、「椰子の実」は大ヒット。ただ、芙美子作詞の「女給の唄」の3000枚しか売れず、またこま子の作詞・作曲による「ひとりじゃない」もリリースされるが発売はされたが500枚しか売れなかったという。

一年後、三木はポリドールから日本放送協会(NHK)に移籍している。「椰子の実」を大ヒットさせた腕を買われて引き抜かれたのだ。JOAKのスタジオで、ラジオ番組を放送している芙美子と再会した三木は、「あなたは物語というものがわかっていない」と言う。「小説を書いている私が物語がわかっていないはずはない」などを笑って去ろうとするが、ピアノの音に足止めされる。三木は「物語に人気投票が行われている」と言い、「戦争は人を喜ばせる」と説く。芙美子は自分の足を止めたピアニストの朴勝哲の頭を扇子で叩くが、三木の言葉に惹かれるものも感じていた。

かくて、林芙美子は従軍記者となり、南京攻防戦などの取材を行うことになる。一方、加賀四郎は、美味しい条件に惹かれて満州に渡って憲兵となり、土沢時男は松島を見た後で、今度は当時東洋最大の製鉄所のある釜石に向かうが、途中の遠野の青笹で行き倒れになってしまう。ところが、近くの農家に助けられ、農家にいる「青笹小町」と呼ばれる別嬪と結婚することになったという。
また、こま子は、書道に秀でているので、キクに書道と同時に読み書きを教えることにする。
芙美子が勇ましい言葉で中国赴任の意気込みを語っていると、突然、芙美子の家の居間で爆発音がする。テロかと思いきや、実は近所の子供がお祝いに投げた爆竹であった。爆竹はこま子が布で押さえて破裂を最小限に留めたのだが、こま子の「以前は、火炎瓶を扱っていたもので」という言葉にどん引きする。
芙美子は中国に赴き、南京陥落レポートや、漢口一番乗りで名を上げる。芙美子が書いた文章は愛国心に満ちた勇ましいものであった。

 

休憩後の第二幕。舞台は長野県の紀波村役場。林芙美子は長野県に疎開しているが、従軍中とは打って変わって、「こんな戦争に勝てるわけがない」と思っており、雑誌にも「清き敗北あるのみ」と書く。「インドシナやシンガポールの様子を見て愕然とした。ここでの姿を見て日本軍が勝てると思えるものはいないであろう。日本に残されたのは清き敗北あるのみ。しかし清き敗北を受けいれるほど度量のあるものが果たしているだろうか」と綴っている。
紀波村役場では、こま子が村役場の看板を墨で書いている。今朝、前の村役場の看板にいたずら書きがあったので、新しい看板を書く必要があるのだった。そこへ、三木孝と加賀四郎がやって来る。三木孝は更に出世して、今は内閣諜報部にいる。加賀四郎も満州・大連の憲兵から東京警視庁へと栄転していた。二人は、芙美子に、長野で行われる生放送に出演し、書いたことを取り消しにして、以前のような日本軍鼓舞のメッセージを読み上げて欲しいという。それを拒否すると即監獄行きだそう。

芙美子が戻ってくる。三木と加賀の要求を芙美子は撥ね付ける。東南アジアでは、欧米列強からのアジアの解放を謳いながら、今も独立は認めていない。そして日本語教育の押しつけ。こんなことは欧米列強でもしなかったことだと芙美子は激怒する。加賀は芙美子に「非国民!」と言うが、こま子は「先生は日本を愛してらっしゃいます」と言い、芙美子も自分がいかに日本を愛しているかを「滅びるにはこの日本、あまりにすばらしすぎる」とナンバーで歌い上がる。芙美子は愛国心があるからこそ、日本軍の行いが許せなかったのだった。そして「太鼓をたたいて兵隊を鼓舞し、笛を吹いて国民を高揚させた罪が自分にはある」とも語る。また同時代人の愛国者達を「嘘っぱち」だと罵る。そこへ電報が届く。受け取ったのはキクである。キクは「読み書きを覚えたことが呪わしい。こんな電報読めなければ良かったのに」と言う。キクから電報を受け取ったこま子は「トキオナンポウニテセンシス」という文字を読み上げた。

その1年9ヶ月後、日本は敗戦。下落合の芙美子の家は空襲を免れたので、こま子も含めた一家は長野から戻ってきている。内閣諜報部は解散になったので、三木は再びNHKに戻ってラジオ番組のプロデューサーになっていた。こま子は相変わらずキクの世話をしており、街の子ども達の窮状を見かねて、「せめてバラックでもいいから、屋根のある生活をさせてあげたい」と願っている。キクは読み書きが出来るようになったお陰で「娘の小説を読んでみたが、私のことがかなり醜悪に書かれてるねえ」などと言っている。加賀は警視庁から新宿署に所属格下げ(いわゆる左遷)となり、新宿の闇市でパンパン狩りを担当している。
芙美子は贖罪の意を込めた新しい物語を書き続けている。「安全ピン」といタイトルの物語が突如頭に浮かんだ芙美子。「八之助は召集令状を受け取ったことで興奮し、興奮を抑えるために歩いた。歩いているうちに、思いを寄せている聡子の家の前まで来てしまった。そして丁度、聡子が玄関の門を閉めるところだったのだ、八之助は聡子に『お国のために頑張って来ます』と言う。聡子は、八之助のためになるものをあげようとするが、身につけていた安全ピンしか見当たらなかった。八之助は戦争で、左手を失うが、無事、帰国した。帰国した八之助は聡子の家へと真っ直ぐに向かう。走っているうちに、服の左手の部分が気になる。『左手はもうないのだから、服の左手の部分の布は邪魔なのに』と思う八之助。ここで彼は閃いた。聡子から貰った安全ピンで左手の袖を留めて走り出した。安全ピンは役に立ったのだ」という話であったが、周囲の反応はいまいち。芙美子は三木に「ラジオドラマで使いなさい」と命令するが、三木は困り顔である。

そこへ、加賀が、薄汚い男を連れてやってくる。薄汚い男の正体は土沢時男。時男が戦死したというのは誤報で、実際は捕虜になってフィリピンで過ごしており、帰国後、新宿の街をうろついているところを加賀に発見されたのだった。時男は虱とりのDTTで頭が白くなっている。
時男は帰国後、長崎から遠野に向かったのだが、かつての妻は時男が戦死したという誤報を信じて再婚していた。再婚相手との間の子供がお腹の中にいるという。かつての妻の父親は遠野駅で土下座して詫びたというが、時男は居場所を失った。そして200円を受け取って、職を探しに東京に来たが、東京は失業者で溢れかえっており、職などにありつける見込みはなかった。そこで窮していたところを加賀に見つかったのだった。時男は岩手弁のままであるが、捕虜収容所では「はい」ぐらいしかいうことがないので訛りは取れなかったとのこと。
加賀は、「アメリカ兵に性病を移すといけないのでパンパンの取り締まりをやっている」と言うが、キクは「そんなものはアメリカにやってしまいなさい」となどと言う。

芙美子はそうした日常のことも含めて「書いていかなければね」と言う。
「戦争を体験したものはそのことを書き残さないとね。ちゃんと書いて伝えないと、また嘘っぱちが出てくる。それを防ぐためにも書いていかなけばね」

過労がたたり、林芙美子は49歳で早世する。和田誠の筆による林芙美子像の描かれた幕が降りてくる。

葬儀も終わり、下落合の芙美子の家で、三木がラジオを聞いている。ラジオから聞こえてくるのは林芙美子追悼番組だ。ラジオは告げる。「林芙美子ほど激しく批難された女流作家は珍しい。『放浪記』でデビューした際は、『貧乏を売りにした素人作家』とけなされ、フランスに留学した後は、『フランスに半年しかいなかったのに才女気取り』、従軍記者となった時は『陸軍の走狗』などと呼ばれた。確かにその通りだったのかも知れぬ。だが、戦後の彼女は違う。彼女は戦争で傷ついた人のために、身を粉にして書き続けた。今思えば、それは緩慢な自殺だったのかも知れない」。
ラジオの原稿を書いたのは三木だった。三木、キク、こま子、加賀、時男が揃い、今は小さな骨箱の中に入った芙美子に永遠の命が宿っていることを告げる。

 

私と栗山民也はいささか相性が悪いところがあり、今日の劇は「イーハトーボの劇列車」ほどには感銘は受けなかったが、見応えはあった。大竹しのぶには声音を変えて演じるシーンが用意されており、彼女の才能がいかんなく発揮されていたように思う。声質はアルトであるが、役のイメージに合っていた。俳優は実力者を揃えただけあって、アンサンブルは抜群である。宇野誠一郎作曲&選曲による音楽は目新しさこそないものの耳に優しい。役者達の歌唱力も高かった。

林芙美子が美化されすぎているという感は否めないが、林芙美子一人に限らず多くの作家に通底するものという意味でなら優れたメッセージを持った作品であったように思う。

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