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2014年8月10日 (日)

コンサートの記(148) いずみシンフォニエッタ第32回定期演奏会 川島素晴 尺八協奏曲&猿谷紀郎 「三井の晩鐘」

2014年1月31日 大阪・京橋のいずみホールにて

大阪へ。午後7時から、いずみシンフォニエッタ大阪の第32回定期演奏会を聴く。

いずみシンフォニエッタ大阪は、住友(屋号は「泉屋」)のホールである、いずみホール座付きのシンフォニエッタ(小規模オーケストラ)。常設オーケストラではなく、メンバーは定期演奏会毎に集まり、それ以外の時期は別のオーケストラで演奏をしていたり、ソロで活動していたり、教育に携わっていたりする。常設ではないため、メンバー全員が関西在住とは限らない。ただ、関西にも拠点を持っている人の方が多いようである。

東京にも紀尾井ホール座付きの非常設シンフォニエッタである紀尾井シンフォニエッタ東京があり、一応、姉妹関係にはあるようだ。

いずみシンフォニエッタ大阪の音楽監督は飯森範親である。今年の4月から大阪に本拠を置く日本センチュリー交響楽団の首席指揮者にも就任する飯森。センチュリーとはいずみホールで、モーツアルトやハイドンなど、「センチュリーで、これが聴きたかったんだ!」という演目を取り上げる予定で楽しみである。

が、残念なことに飯森範親はインフルエンザのため出演不可とのことだった。インフルエンザは流行っており、有名人の誰それと誰それも罹ったなどとニュースサイトに載っているが、飯森も罹患したそうだ。予防接種を受けていたのだが、医師団の見立てとは別のタイプのウィルスが来たようである。飯森の体調自体は快方に向かっているのだが、聴衆にうつしてはならないということで、大事を取って降板したようである。

今日の演目は、川島素晴(かわしま・もとはる)の尺八協奏曲(委嘱新作・初演。尺八独奏:藤原道山)と、猿谷紀郎(さるや・としろう)の「三井の晩鐘」~ソプラノ、浄瑠璃、室内アンサンブルのための~である。

開演前にホワイエで室内楽コンサートがあり、オーボエの古部賢一と、ハープの内田奈織という、クラシックファンなら名前は知っているというアーティストが出演する。

古部賢一は新日本フィルハーモニー交響楽団の首席オーボエ奏者である。大阪にある相愛大学(浄土真宗本願寺派の大学で音楽学部がある)で非常勤講師も務めている。

内田奈織は、映画「夕暮れの街 桜の国」のハープ演奏を担当したハーピストで、映画「夕暮れの街 桜の国」の舞台挨拶では、女性出演者の誰よりも高身長で細いということでも話題になった。ただ、その後、アイドル路線は歩まず、着実な演奏を続けている。青山音楽賞、藤堂音楽賞、京都府あけぼの賞などの、関西関連の賞を受賞している。

まず、「早春賦」でスタート。爽やかな演奏である。続いて、宮城道雄の「春の海」。今日が旧正月であることにちなむのかは不明(古部は邦楽とクラシックによるコンサートなので、二つを結ぶ演目にしたとは語っていた)。「春の海」は尺八が吹く曲であり、今日の尺八協奏曲のソリストである藤原同山が東京藝大の後輩だというので、古部は吹き方を教わったという。
成果が出たのかどうかは比較対象がないのでわからないが、やはり「春の海」は良い曲だと感じられる。

最後は、イベールの間奏曲。古部も内田も演奏は達者で、楽しかった。

 

さて、本編であるが、作曲者自身が指揮をすることになった。

いずみシンフォニエッタ大阪の音楽監督である作曲家の西村朗が登場し、「普通の演奏会ですと、自作を振って貰いたくても、もう亡くなっている」とブラックなことを言った後で、「指揮も達者な作曲家ということで、自作自演をお楽しみいただきたいと思います」と述べた。

尺八協奏曲の作曲者である川島素晴が登場し、西村の紹介を交えつつ、自作の解説を行う。川島がステージ上に現れたときには、「あれ、私より5つくらい年下かな?」と思ったが、無料パンフレットを見ると実際は私より2歳年上であった。ちなみに藤原道山は年齢通りに見えた。年齢は見た目ではわからない、私が推定した年齢は当てにならないということである。

尺八協奏曲は、「春の藤」、「夏の原」、「秋の道」、「冬の山」からなっており、各曲の最後の字を取ると、初演者である尺八奏者の藤原道山となる。藤原が吹くことを想定して作曲されたものだ。

ちなみに川島と藤原は藝大の同期であるが、藤原はデビューと同時にスターになってしまったため、川島にとって「畏れ多い存在」だという。

川島素晴の尺八協奏曲。尺八独奏の藤原道山は、彼が作曲を手掛けた舞台をいくつか観ていて、名前も顔写真も見たことがあるが、実演に接するのは初めて。
怖ろしいほどの美男子である。谷原章介と西島秀俊を足して2で割った感じであるが、谷原や西島よりも男前である。

「春の藤」は音楽が今この場で生まれて飛び立っていく様が見えるような快活な曲である。
「夏の原」は、ジョン・ケージなどが提唱した偶然性の音楽を取り入れた作品。指揮者である川島とソリストである藤原がステージ中を歩き回り、各奏者に指で数を示す。それによって、曲が変化していくというものである。「1」は、弦楽器などが弦を弾くというよりも弱く擦るような奏法、「2」はコルレーニョ奏法である。「3」は「1」よりも強く、「4」は「3」よりも強くのようだが、ヴァイオリンが駒よりも後ろの弦を奏でたり、チェロが弦でなく胴体を擦って音を出したりと、他にも様々な指示があるようである。「5」は「風鈴を取り出し、振って音を出す」であり、私の席はハープが目の前に来る場所だったのだが、まず川島が「5」を出したのでハープの内田奈織は風鈴を鳴らした。次に藤原がハープに近づいたが、藤原も「5」を出したので、内田は風鈴を鳴らし続けた。こうして様々な要素が合わさった音楽が出来上がる。
「秋の道」はちょっと地味である。
「冬の山」は、木霊を描いたもので、藤原がステージを離れて2階席のテラスに陣取る。藤原が音を出すと、それに応える音楽を川島が指でオーケストラに示す。回答数は「夏の原」より多いようである。

なかなか面白い音楽であった。

 

猿谷紀郎作曲、鶴澤清治:浄瑠璃作曲による「三井の晩鐘」。三井の晩鐘にまつわる話(いくつかあるがその中で一番有名なもの)を題材にした浄瑠璃仕立ての作品である。原作:梅原猛、台本:石川耕士、三味線:鶴澤清治、浄瑠璃:豊竹呂勢大夫、出演:天羽明惠(あもう・あきえ。ソプラノ)、演出:岩田達宗(いわた・たつじ)。

三井寺の近くで、漁師の男が美しい娘と恋仲になり、二人は結婚し、男の子が生まれる。だが、娘の正体は龍の化身であった。母となった娘は、「もう水底に戻らない」と言い残し、去る。しかし、赤子は泣くばかりで、他の女の乳も牛乳も山羊の乳も受け付けない。そこで、龍の化身である母が再び人間の姿で現れ、授乳する。そして玉を男に渡す。赤子は玉をしゃぶると泣き止み、実母の乳以外も受け付けるのだが、玉がないと何も口にしようとしない。玉の正体が目玉であることを知った男は何とか他の方法を思いつこうとするのだが、打つ手がない。玉はドンドン小さくなる。そこで、龍女が現れて、もう一つの玉を渡す。両の目をくりぬいたのだ。龍女は、「これでもう目が見えないので、私の子が一日息災なら晩に鐘を撞いて教えて下さい」と告げる。かくて、三井寺の鐘は晩に晩に撞かれるになったという伝承である。

ステージ上に西村朗が登場し、作曲者である猿谷紀郎がトークを行う。猿谷紀郎は、私のイメージでは若手作曲家なのだが、私が猿谷を知ってから何だかんだで20年近く経つので、もう猿谷も中堅の域に達している。

西村は、「藤原道山さん、格好良かったですねえ。並んで写真を撮らなければならないのですが、嫌になっちゃう。引き立て役になっちゃう」と述べてから、猿谷を呼ぶ。猿谷は動きがちょっと変だが、西村に、「猿谷さんは、大阪、長いんですよね」と振られ、「一応は」と答える。「大阪教育大学で教えてらっしゃるのですが、ちゃんとしてますよね」と西村に問われ、「きちんと教えているつもりではいます」と述べる。
その後、演出の岩田達示が呼ばれ(私は岩田先生演出のオペラを年に何回か観ているが、今回は、純粋に「飯森さんが、邦楽とクラシックの融合をやるのか。これは聴かないと」と思ってチケットを購入しており、岩田先生が演出を手掛けることはその時点では知らなかった。後に、曲目を見て、「あれ? 岩田先生演出するのか」と知った)、コンサートホールで演出をすることは決して珍しいことではないこと(小演劇では地方にもよるがプロセニアムのある劇場で上演を行うことの方が稀だったりする)、三橋節子が右手を亡くしてから左手一本で「三井の晩鐘」(題材は今日上演されるもの)という画を描き上げたということ(2年後に三橋は35歳で夭逝する)を紹介する。

なお、原作(といっていいのかどうかは微妙だが、台本の元になった本を書いた)梅原猛と、台本を書いた石川耕士が会場に来ており、西村に呼ばれて起立。聴衆からの拍手を受けた。

オーケストラは、小編成の弦楽に、クラリネット、打楽器からなる。

ホール上部から垂れ下がる紗幕(本当は紗幕ではないのだが、一応、言葉としては紗幕としておく)の後ろに龍神の化身である女(天羽明惠)が隠れている。物語は、基本的に豊竹呂勢大夫の語りによって進められる。

猿谷の音楽は本来はもっと鋭いのだが、伝承の音楽ということで、完全なる調性音楽ではないが、美しい響きのするものを書いている。坂本龍一やマイケル・ナイマンの映画音楽に似ている(ちなみに坂本龍一はナイマンが提唱したミニマルミュージックもよく書くのだが、ナイマンが「ピアノ・レッスン」の映画音楽を書いたころからナイマンのことを蛇蝎の如く嫌い始める)。

岩田達宗の演出は、紗幕に様々な映像を映し出したり、影絵の効果を用いたものだが、「あれ? もっと抽象的で多彩な演出かと思ったのに」と感じたことも事実である。観ておいて感想を言わないのも失礼だが、色々聞くのも失礼だと思ったので今日は特に挨拶もしなかった。する機会もなかったのだが。

楽しめる作品ではあった。

ちなみに、隣にいたおばさんに、「フェニックスホールって、どこですか?」と聞かれたので「曾根崎です。梅田から御堂筋を下がったところ。中之島までは下がりません。『しじみばし』のあるところです」と答えたのだが、実はフェニックスホールでクラシックのコンサートを聴いたことはないのである。聴いたのは遊佐未森のアンプラグドライブである。フェニックスホールは室内楽・器楽用の比較的小さなホールであり、私は室内楽や器楽は余り聴かないのでクラシックの音楽をフェニックスホールで聴いたことは幸か不幸かないのである。

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<邦楽器との響演/いずみシンフォニエッタ大阪第32回定期演奏会> 2014年1月31日(金)19:00/いずみホール 指揮/川島素晴/猿谷紀郎 尺八/藤原道山 三味線/鶴澤清治 いずみシンフォニエッタ大阪 演出/岩田達宗 照明/原中冶美 龍の女/天羽明惠 漁りの男/豊竹呂...... [続きを読む]

受信: 2014年8月16日 (土) 16時17分

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