« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年8月の19件の記事

2014年8月30日 (土)

これまでに観た映画より(67) 「砂の器」

DVDで日本映画「砂の器」を観る。2005年デジタルリマスター版。野村芳太郎監督作品。原作:松本清張、音楽監督:芥川也寸志、ピアノ協奏曲「宿命」作曲:菅野光亮(かんの・みつあき)、演奏:東京交響楽団。脚本:橋本忍、山田洋次。出演:丹波哲郎、加藤剛、森田健作、緒形拳、島田陽子、山口果林、笠智衆、加藤健一、渥美清ほか。

1974年公開の作品であり、今年は公開40年を記念した再上映や、テーマ音楽となった菅野光亮作曲の組曲「宿命」の演奏会が行われたりしている。

昭和46年、国鉄蒲田操車場で、老人の遺体が発見される。身元は不明であった。前日、老人が蒲田のトリスバーで若い男と会っているのが目撃されており、老人が東方弁で「カメダ」という言葉を口にしたというのが唯一の手がかりであった。警視庁捜査一課の今西(丹波哲郎)は、品川署の刑事である吉村(森田健作)と共に、秋田県の羽後亀田を訪れる。今西は「カメダ」が人の名前ではなく、地名なのではないかと思い当たり、東北にある唯一の亀田という場所にやって来たのである。しかし、羽後亀田では何の証言も得ることが出来なかった。

帰りの電車の食堂車の中で、今西と吉村は、ウエイトレスからキャーキャー言われながらサインを書いている男性を見掛ける。ウエイトレスに聞くと男は新進気鋭の音楽家・和賀英良(加藤剛)であり、彼は近く前大蔵大臣令嬢の田所佐知子(山口果林)と結婚し、「宿命」という名の新作を発表する予定だという。

しばらくしてから被害者の身元が判明する。元巡査の三木謙一(緒形拳)であった。三木には実子がなく、養子を貰っていたが、その養子が遺体が三木に間違いないと断言する。ただ、三木が東北を訪れたことは一度もないということがわかる。

今西は国立国語研究所に行き、東北弁と同じズーズー弁を話す地域が日本にあることを教えて貰う。その地域は島根県の出雲地方。そしてそこには亀嵩(かめだけ)という村があった。ズーズー弁は語尾が弱いので、他の地方の人が聞くと、亀嵩も「カメダ」に聞こえるという。そして、三木謙一は以前、その亀嵩の派出所で巡査として働いていたのだった。

早速、今西は亀嵩を訪れる。三木について聞いて回るが、人々が語る三木は人徳者であり、恨みを買うような人物では全くないことがわかる。

三木殺害の動機が不明になるが、今西は、昔、亀嵩に乞食の親子がやって来て、三木がその息子を引き取ったという話を耳にし、その乞食の親子のラインを辿ることにするのだった。

一方、吉村は事件の翌日に、山梨県塩山市(現・甲州市)付近で、電車の窓から紙吹雪を飛ばしていた女がいたことを突き止めており、その女が蒲田のトリスバーのホステスである高木理恵子(島田陽子)であることを突き止め、沿線を探して彼女が飛ばした紙吹雪のかけらを発見する。それは紙ではなく布で、血痕が付着しており、血液型は三木と同じO型であることがわかる。三木を殺したときに浴びた返り血のついたシャツをそうやって処分したのだ。そして理恵子は和賀英良の愛人であった……

松本清張原作の映画の中で特に名高い「砂の器」。小説では音楽は再現できないが、映画では可能ということで小説を上回るという賛辞もあるほどである。

私も傑作とは思わないし、心理描写がかなり甘めではあると思うが、見応えはある映画であることに違いはない。若い頃の加藤健一がちょい役で出ているが、確かに今とは顔が少し違い、息子さんに似ているのが確認出来たのも興味深かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月29日 (金)

コンサートの記(151) 西本智実指揮 日本センチュリー交響楽団 外山啓介(ピアノ) ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」ほか

2014年6月22日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後3時から、ザ・シンフォニーホールで、~映画「砂の器」公開40周年記念~ 西本智実指揮 組曲「宿命」ほかを聴く。外山啓介のピアノ、日本センチュリー交響楽団の演奏。

松本清張のミステリー小説を映画化した「砂の器」が公開されたのが、1974年の10月19日。今年はそれから40年目に当たるというので、「砂の器」の映画音楽であり、鍵を握ることにもなる組曲「宿命」を40年ぶりにステージで再演しようという企画である。西本智実と外山啓介は、日本フィルハーモニー交響楽団と組曲「宿命」のライブレコーディングを行っており、今年の7月23日にCDがリリースされる予定であるが、今日はホワイエでCDの先行発売が行われており、演奏会終了後にCD購入者限定による西本智実のサイン会があるというので、多くの人がCDを買っていた。

今日は、普段のコンサートとは客層が異なる。まず、西本智実も外山啓介も女性に人気があるアーティストなので、女性客が圧倒的に多い。そして大阪といえども、普通のクラシックコンサートでは開演前や休憩時間、演奏会終了後には声を抑えて話をする場合が多いのだが、今日は周りを気にせずガンガン喋るというステレオタイプな「大阪のおばちゃん」そのままのお客さんもいた。

曲目であるが、まずは外山啓介のピアノ・ソロを3曲。いずれもラフマニノフの作品で、「ヴォカリーズ」(リチャードソン編曲)、前奏曲作品23-4、前奏曲作品3-2「鐘」。次いで、西本智実指揮日本センチュリー交響楽団ストリングスによる、芥川也寸志の「弦楽のための三楽章」。休憩を挟んで、メインの菅野光亮(かんの・みつあき)のピアノと管弦楽のための組曲「宿命」が演奏される。

映画「砂の器」の公開日は私の生まれた日に近いので、私が生まれた1974年11月12日にも映画館では「砂の器」が上映されていたのだと思われる。

映画「砂の器」の音楽監督は芥川也寸志であったが、芥川は自らは劇中音楽である組曲「宿命」を書くことはなく、菅野光亮に作曲を依頼している。

組曲「宿命」は、毎日映画コンクール音楽賞、モスクワ映画祭ソビエト作曲家同盟賞を受賞したが、作曲者の菅野光亮は映画「砂の器」公開の9年後、1983年に44歳の若さで病死している。

 

日本人若手女性指揮者というと、ちょっと前までは西本智実の専売特許のようなものだったが、今は西本よりも若くて才色兼備の三ツ橋敬子の台頭が著しく、もはや西本の独擅場という状態ではなくなっている。
西本と三ツ橋のルックスは好対照で、西本が女性としては長身であるのに対して、三ツ橋は女性としても小柄。西本は宝塚歌劇団の男役的風貌(実際に、宝塚音楽学校の生徒から先輩だと間違われてお辞儀をされたことが一度や二度ではないというエピソードがある)であるが、三ツ橋はもし宝塚歌劇に入っていたとしても娘役の方だろう。

外山啓介のピアノによるラフマニノフ3曲。芥川也寸志と菅野光亮がラフマニノフの影響を受けているということで選ばれた曲である。

外山は、持ち味である、クリアで立体感のある響きを奏で、曲調による描き分けも巧みである。「ヴォカリーズ」は少し遅めのテンポでじっくり歌い、前奏曲作品23-4はチャーミングに、前奏曲「鐘」はスケール豊かに演奏する。

西本智実指揮日本センチュリー交響楽団のストリングスによる、芥川也寸志の「弦楽のための三楽章」。プログラムには載っていなかったが、今日は長原幸太が客演コンサートマスターを務めている。

現在の指揮者は、拍を刻むよりも、仕草で音型を示すタイプが多いが、西本はしっかりと拍を振ることが多い。日本的な曲調を持つ「弦楽のための三楽章」であるが、西本は曲の魅力を存分に引き出す。第1曲アレグロでエネルギーの横溢した演奏を聴かせると、ノンタクトで振った第2曲「子守唄」・アンダンテでは一転して磨き抜かれた音による耽美的な展開を示す。終曲である第3曲プレストでの活きの良さも魅力的だ。

メインの、菅野光亮作曲、ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」。

菅野光亮(1939-1983)は、、東京芸術大学作曲科卒業後、ジャズ・ピアニストとして活動を始めた人で、組曲「宿命」にもジャズ的要素が取り込まれている。クラシック作品は僅かしか残していないようだが、映画(「魔界転生」、「鬼龍院花子の生涯」など)やドラマ(「熱中時代」スペシャルなど)の音楽は数多く手掛けている。

組曲と銘打っているが、二部構成であり、普通の組曲のように小品が連続するわけではない。1部2部それぞれが曲調により3つに分けられる。丁度真逆の構成となっており、第1部が、いかにも映画音楽的なゴージャズで甘い音楽に始まり、現代音楽的パートを経て、日本民謡のような旋律で終わるのに対し、第2部は日本民謡的なメロディーで始まり、ピアノの華麗なソロを経て、不協和音の現代音楽的場面に至り、最後は冒頭の「宿命」のテーマが再現され、曲全体に統一感を生んで終わる。

コントラバスは、今日は前後半ともに4人編成だったのであるが、組曲「宿命」演奏前にアクシデントがあったようで、コントラバス奏者の一人が突然、退場。オーケストラがチューニングを終えてもコントラバス奏者は戻ってこない。結局、センチュリー響のスタッフが数名出てきてコントラバスを片付け、急遽、3人編成での演奏となる。奏者か楽器に事故があったのだと思われる。楽器に問題があった可能性の方が高いが断言は出来ない。
指揮台に立った西本はコントラバスの方を見て、「わかった、3人ね」という風にうなずく。

ラフマニノフ的とされる組曲「宿命」であるが、菅野光亮がジャズ・ピアニスト出身ということもあって、ジャズの要素も感じ取れる。「宿命」のテーマは日本的旋律ではあるが、その後の展開を含めてみると、コール・ポーターの音楽のように聞こえる。ラフマニノフは旋律の一つ一つがもっと短めなので、ラフマニノフよりもコール・ポーターの方が近いであろう。
また、ミュートトランペットを多用するところはガーシュウィンを想起させる。

情熱的な演奏展開を持ち味とする西本であるが、今日も集中力の高い演奏が繰り広げられる。センチメンタルに陥らないよう心がけて良く歌い、センチュリー響の美点である音の立体感を存分に駆使する。

外山啓介のピアノも華麗であり、繊細にして煌びやかなピアノが曲調にマッチしている。

100点満点というわけではなかったが、かなり完成度の高い演奏であり、楽しむことが出来た。

 

終演後にもCDを買い求める人が長蛇の列を作っていたが、私は西本は現時点ではロマン派とロシア音楽のスペシャリストと見ており(今日の演奏で日本人作曲家の演奏も得意であることを示したが)、ベートーヴェンやモーツァルトはからっきしであるため、どうしてもサインを貰いたいとまでは思えず、CDも買わず、サイン会にも参加せずにザ・シンフォニーホールを後にした。普段はコンサート帰りの人で混雑する福島6丁目の交差点が今日は空いている。それだけホールに残ってサイン会に参加する人が多いということである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月26日 (火)

レナード・バーンスタイン指揮ロンドン交響楽団 レナード・バーンスタイン 「キャンディード」序曲

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダニエル・バレンボイム(ピアノ) ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月23日 (土)

コンサートの記(150) 広上淳一指揮京都市交響楽団第579回定期演奏会

2014年5月24日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第579回定期演奏会に接する。今日の指揮者は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。広上はミュージックアドヴァイザー兼任になってから京響の指揮台初登場となる。チケットは完売御礼、当日券もなしである。

オール・フランスもののプログラム。ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、プーランクのバレエ組曲「牝鹿」、ベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」(ヴィオラ独奏:川本嘉子)
序曲「ローマの謝肉祭」は、ショーピースとしてよくプログラムに載る曲であるが、他の2曲は知名度こそそこそこあるものの、コンサートで聴く機会は余りないものである。

午後2時10分頃から、広上淳一、京響ヴィオラ首席奏者の小峰航一、京響事務局総務担当シニアマネージャーの浅井雅英(だと思う。京響は公営オーケストラであるため、スタッフも公務員であり、異動があるため、毎年のように顔ぶれが変わるのである)の3人にプレトークがある。小峰航一は、「イタリアのハロルド」がヴィオラ独奏付きの交響曲であるため、ヴィオラの専門家として広上がステージ上に招いたものである(広上は小峰のことを「小峰ちゃん」というあだ名で呼んでいた)

まず指揮者の新体制についての話になる。この4月から、広上淳一が常任指揮者から常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーに昇格(ではあるが、定期演奏会の出番は減った)、高関健が首席常任客演指揮者、下野竜也が常任客演指揮者に就任した。
高関と下野について広上は、「二人とも音楽的教養の深い、私よりも深い」と述べ、「高関さんは、珍しい曲を取り上げるよりも、よく知られた曲に新しい解釈で光を当てるタイプ」、「下野さんは、私のクラスで学んだ指揮者なのですが、今では私よりも色んなことを知っていて、4月の定期演奏会を聴いて貰った通り、余り知られていない曲を積極的に取り上げる指揮者」と評した。

それから、京響が、来年の5月から6月に掛けてヨーロッパツアーを行うという話になる。京響がヨーロッパツアーを行うのは18年ぶりだという。チェコの2都市(プラハは京都の姉妹都市だがプラハでは公演は行われない)、ドイツにおける京都の姉妹都市であるケルン、イタリアの京都の姉妹都市フィレンツェなどを巡る。

ヴィオラの話。広上も大学1年の時にヴィオラを少しだけ習ったことがあるそうだ。「ベートーヴェンはピアノの名手で、ヴィオラは余り上手くはなかったのですが、生活のために宮廷楽団でヴィオラを弾いていたことがあります、他ですとドヴォルザークもヴィオラ奏者出身、(指揮者である)デュトワ先生もヴィオラですね。指揮者はヴィオラ奏者出身が多くてジュリーニ先生などもヴィオラです」と広上は語る。

小峰航一は、幼少時からヴァイオリンを習っていたが、小学5年生の時にヴィオラに転向したそうだ。「普通は高校、大学ぐらいでヴィオラに転向する人が多いのですが、私はなぜか早かった」と小峰。転向した理由は「小学5年生の時なので、もう良くは覚えていないのですが、『ヴィオラ』という響きは好きでした」と語る。

交響曲「イタリアのハロルド」について広上は、「パガニーニがストラディヴァリウスのヴィオラを手に入れたので、ベルリオーズにヴィオラ独奏のための作品の作曲を依頼した。パガニーニとしてはヴィオラが大活躍する協奏曲を望んでいたと思われるのですが、ベルリオーズはヴィオラが派手に活躍するというわけではない交響曲を書いたため、パガニーニは気に入らなかったようで、初演は別の人によって行われた」と説明する。

ベルリオーズの回想録によると、「イタリアのハロルド」を後に聴いたパガニーニが感激し、ベルリオーズに多額の献金をした上で「ベートーヴェンの後継者はあなたをおいて他にない」と断言したそうだが、ベルリオーズは精神的にちょっと異常なところのある人で、誇大妄想も激しく、虚言癖もあったため、このエピソードは多分嘘である。

今日は、京響の通常の演奏会とは異なり、弦楽がドイツ式ではなくメリカ式の現代配置となる。広上によると「響きや雰囲気を変えてみようということで、深い意味はありません」とのことであったが、交響曲「イタリアのハロルド」では、ヴィオラ独奏とオーケストラのヴィオラパートが歌い交わす場面があり、ヴィオラパートがソリストに近いアメリカ式現代配置の方が互いに演奏しやすいのは確かである。

そのベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。
重厚で堂々とした演奏であるが、重苦しくも鈍くもならず、華やかな祝祭が展開される。全てのセクションが充実しているが、特にブラスの力がものをいっている。

プーランクのバレエ組曲「牝鹿」。「牝鹿」というのはフランス語のスラングで「若い女性」、「かわいこちゃん」、「高級娼婦」などを意味する言葉であり、本物の牝鹿を描いた曲ではない。バレエの内容は「20人の若い女性が3人の男性と浮かれ騒ぐ様子を描いた」ものである。

軽妙洒脱な楽曲であるが、広上と京響は曲の持つ魅力を十二分に引き出す。しなやかで軽やかでお洒落だ。
広上の棒捌きは抜群で、オーケストラのキャンバスに指揮棒という名の絵筆を振るう音の画家を見ているかのようだ。

メインであるベルリオーズ交響曲「イタリアのハロルド」。日本を代表するヴィオラ奏者の一人である川本嘉子は広上淳一の指揮者クラスの聴講生だったことがあるそうで、どこまで指揮を本格的に習ったのかはわからないが、一応、師弟の関係になるそうである。
その川本のヴィオラであるが、非常にスケールが大きい。「壮大」という言葉がこれほど当て嵌まる演奏も稀である。

広上の指揮する京響も表情豊かな演奏を繰り広げる。広上の指揮であるが、奥にいるブラス奏者に指示するときは、見えやすいように腕を高々と挙げて行い、弦楽に対しては腕をやや下げて振る。誰が見てもわかりやすい指揮である。

「イタリアのハロルド」であるが、独奏であるはずのヴィオラが伴奏に回って同じ音型を繰り返し、メロディーはオーケストラが奏でていくという、協奏曲とは真逆のシーンが長く続き、パガニーニがこの曲を気に入らなかったのも肯ける。ベルリオーズは色々と革新的なことをしている人だが、この曲でも通常ならコンサートマスターと第2ヴァイオリンの首席奏者が歌い交わすであろう部分を、それぞれのパートの最後列の奏者に弾かせるなど、今でも斬新なアイデアが取り込まれている。

オーケストラの鳴り、描写力、色彩の豊かさなど、どれを取っても間違いなく日本のオーケストラによる最高レベルの演奏であり、広上と京響は絶好調である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月19日 (火)

ナタリー・シュトゥッツマン指揮スウェーデン室内管弦楽団 モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」

歌手として活躍しているナタリー・シュトゥッツマンですが、最近では指揮者としての活動の方が目立っています。スウェーデン室内管弦楽団を指揮した、モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」。ピリオド・アプローチによる演奏です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月17日 (日)

コンサートの記(149) モーツァルト~未来へ飛翔する精神~ モーツァルト 歌劇「イドメネオ」(演奏会形式)

2013年12月14日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後4時から、大坂の、いずみホールで、モーツァルトの歌劇「イドメネオ」を聴く。演奏会形式での上演であり、歌手達はちょっとした演技をすることはあるが、基本的には直立して歌う。だからオペラを観るのではなく、オペラを聴くことになる。

出演は、福井敬(テノール。イドメネオ役)、林美智子(メゾ・ソプラノ。イダマンテ役)、幸田浩子(ソプラノ。イリア役)、並河寿美(なみかわ・ひさみ。ソプラノ。エレットラ役)、中井亮一(テノール。アルバーチェ役)、小餅屋哲男(こもちや・てつお。テノール。大司祭役)、片桐直樹(バス。海神の声)。

演奏は、大勝秀也(おおかつ・しゅうや)指揮のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団。チェンバロ:高﨑三千(たかさき・みち)、通奏低音:上塚憲一。合唱は関西二期会合唱団。

初演時25歳の若きモーツァルト(10年後に若くして亡くなってしまうのであるが)が、ミュンヘン宮廷からの依頼に応じて、作曲したオペラである。ミュンヘン宮廷は古代クレタ島を舞台にした生け贄の話を希望しており、ジャンバッティスタ・ヴァレスコといういかにも頑張りそうな名前の司祭がモーツァルトの注文を受けつつ台本を仕上げている。モーツァルトが台本に注文を入れたというのは実は鍵であり、気付く人は気付くと思うが、このオペラはある特定の人物への当てつけのようなストーリーとなっている。特定の人物とは誰か。ザルツブルク大司教で間違いないだろう。

 

舞台は神話次代のギリシャ、クレタ島。この時代、クレタ島はまだ独立国である。
トロイア戦争(トロイ戦争。トロイの木馬が一般よく知られている。「トロイの木馬」は乗っ取り型のコンピューターウィルスの名前になるほどポピュラーである)が終わり、トロイの王女であるイリア(幸田浩子)は多くのトロイ人と共に捕虜となってクレタにいる。イリアは高貴な身分なので自由の身であるが、トロイの兵や一般市民はまだ鎖に繋がれたままである。イリアはクレタの王子イダマンテ(林美智子。男性の役であるが「イドメネオ」初演時はメゾ・ソプラノが男装して歌っており、今回はそれに習っている。ミュンヘンでの世界初演後、ウィーンにおける初演が行われるのだが、その際はイダマンテはテノールが歌い、モーツァルト自身も譜面の手直しを行っている。林美智子も半年前に見た時は茶髪のボブカットであったが、今日は髪をカラスの濡れ羽色にし、髪も更に短くしている。衣装も黒のスーツである)に恋をしている。イダマンテに恋をしている女性がもう一人いる。アルゴスからクレタに逃げてきたアルゴス王女エレットラ(並河寿美)である。

クレタの王はタイトルロールでもあるイドメネオ(福井敬)であるが、アルバーチェ(中井亮一。イドメネオの家来であり、ブレーンでもある。狂言回しの役割をすることもある)がイドメネオの乗った船が嵐に遭って難破し、イドメネオも落命したらしいと知られたため、クレタの人々はイドメネオが亡くなったと思い込む。
だが、イドメネオは生きていた。遭難はしたが、幸い、波に乗ってクレタの浜に打ち上げられたのだ。イドメネオは嵐の中で海神ネプチューンに「海を沈めてくれれば、自分が上陸して最初に出会った人間を生け贄として捧げよう」と約束していた。しかし、上陸して最初に出会ったのはこともあろうに息子であるイダマンテ。イダマンテは父が生きていたことを喜ぶが、イドメネオは喜べずに冷たい態度を取り、イダマンテは父親に嫌われたと勘違いする。イダマンテはトロイの虜囚を鎖から解き放つなど、かなりの好人物である。

アルバーチェが、「イダマンテを救うためにはイダマンテをよその場所に移すのがいい、幸いアルゴスの王女エレットラがいる。アルゴスになら簡単に逃げられる」と助言する。イドメネオはアルバーチェの意見を妙案として、イダマンテとエレットラをアルゴスに送ることにする。エレットラもそれを知り、恋敵であるイリアに勝てると歓喜する。しかし嵐により、イダマンテとエレットラを載せた船は嵐に行く手を阻まれる。ネプチューンが怒って、海の怪物を送り込んだのだ。イリアは嵐のことを知らず、イダマンテとはもう会えないと悲しみの歌を唄うが、そこへイダマンテが現れ、イリアはここぞとばかりに思いを打ち明ける。イダマンテも喜んで愛を打ち明け、相思相愛であることがわかって歓喜し合うのであるが、イダマンテは海の怪物と相打ちになる決意をしていた。イドメネオも現れて、イダマンテを生け贄として捧げなければならなくなったことを打ち明ける。エレットラも来て、傍白で思いを歌う。
アルバーチェがやって来て、大祭司に率いられた民衆が広場で騒動を起こしていると告げる。大祭司はネプチューンに早く生け贄を捧げるよう要求したのだった。

指揮者である大勝秀也は東京音大卒業後にドイツに渡り、その後、ボン市立歌劇場のアシスタントに起用されたのを足がかりに、一貫してオペラ畑を歩むことになった人である。コンサートレパートリーも指揮しており、1999年6月には、次代を担う才能として、大植英次、上岡敏之と共に、1月に3回あるNHK交響楽団の定期演奏を振り分けた。
大植英次はその後、大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督となって日本でも名声を高め、上岡敏之も読売日本交響楽団を始めとする在京オーケストラを指揮して高い評価を得たが、大勝秀也は日本ではザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団正指揮者という、国内でもメジャーとはいえない役職に就いているだけであるため、知名度では前二者に比べると高くはない。だが、やはりオペラを振らせると実力は一級品であり、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団という特別に上手いと評価を受けているわけではないオーケストラから、きちんとモーツァルトの響きを引き出している。

タイトルロールを歌う福井敬は堂々とした歌唱を聴かせ、イリア役の幸田浩子もコロラトゥーラと呼ばれる高音を用いた技術を軽々と操るなど見事な歌声である。人徳のある王子、イダマンテを歌う林美智子も心理描写巧みであり、他の歌手も優れた歌声を聴かせる。関西二期会の合唱も見事であった。

歌劇「イドメネオ」は、基本的には喜劇である。勘違いしている人ばかり出てくる。ラストもエレットラの心境を除けばハッピーエンドである。モーツァルトが生きていた時代は悲劇は好まれず、それどころか短調の曲すら嫌われていた。そのため、モーツァルトの曲も長調で書かれたものが多い。長調でありながら哀感を滲ませることが出来るのがモーツァルトの天才たる由縁である。モーツァルトが短調で書いた曲は少ないながらもいずれも痛切な響きを伴い、心臓をわしづかみにされたかのような衝撃を聴く者に与える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月16日 (土)

観劇感想精選(130) 「春秋座 能と狂言」2014

2014年2月2日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時30分から、京都芸術劇場春秋座で、「春秋座 能と狂言」という公演を観る。春秋座では毎年、能と狂言の公演を行っているが、今回は能が「船弁慶」、狂言が「棒縛」という、芝居好きなら100%知っていると断言しても過言ではない有名作二本立てである上に、「船弁慶」には観世銕之丞にアイとして狂言方の野村万作、「棒縛」には野村萬斎が出演するとあって、芝居好き伝統芸能好きには垂涎の的ともいうべき演目である。当然ながらチケットは完売御礼であった。

まず京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長の渡邊守章と、東京大学大学院教授で能楽研究家の松岡心平によるプレトークがある。内容自体は興味深いのだが、二人とも学者で演じ手ではないので、滑舌が良くなくて何を言っているのか聴き取りにくかったり、「その種明かしはしないで欲しかった」ということまで話してしまったりする。
プレトーク自体は意義があると思うが、まっさらな状態で演目を観たいという人もいると思うので、開場前に、春秋座内ではなくギャリル・オーブ(美術展示などにも使われる巨大空間)を使って聞きたい人だけが聞くというスタイルにした方がベターだと思える。

まずは狂言「棒縛」の上演。シテ・太郎冠者・野村萬斎、アド・主・高野和憲、小アド・次郎冠者・石田幸雄。
主が山一つ隔てたあなたへ行くことになったのだが、留守の間に家来が酒を盗み飲みしていることに気付いた主は酒を飲まれないよう、太郎冠者を棒縛りに、次郎冠者を後ろ手に縛って出かける。
太郎冠者は棒術を習っているため、カタを見せよと命じ、太郎冠者が背後からの攻撃に備えて両手を大きく拡げて棒を横に担ぐようにした時に主と次郎冠者は太郎冠者の両手首を結わえてしまう。その後、主は次郎冠者を縛って出かける。

しかし、太郎冠者は賢い。結局、酒蔵の扉を開け、次郎冠者と協力して酒を盗む飲むことに成功する。帰宅した主は酔って歌い踊っている二人を見てカンカン。太郎冠者は盆に映った主の姿を幻影と勘違いして怯え、次郎冠者も驚く。盆に移ったのが幻影ではなく主本人だと気付いて、次郎冠者と太郎冠者が逃げていくところで話は終わる。

狂言は何度も観ているが、やはり能楽堂サイズで観るのが一番しっくりくる。狂言はセットがないので、演者の説明とセリフと見る側の想像力で成り立つのであるが、想像力を適度に働かせるには、やはり能楽堂サイズの箱の方が、臨場感も相まってしっくりくる。今日は春秋座の2階席だったので、狂言を存分に味わうにはややライブ感が不足していた。

野村萬斎は、声も深々としており、棒縛りになったまま舞う角張った踊りにも滑稽味があってとても良い。

 

能「船弁慶」。タイトルは聞いたことのある人も多いと思う。治承・治永の乱の後、兄・源頼朝から絶縁されて、鎮西(九州)へ落ち延びようと、尼崎の大物の浦から船出した源義経一行が、突如現れた平家の亡霊達が巻き起こす嵐によって阻まれ、遭難するという「大物の浦」を描いた作品である。

義経を演じるのは子方(字の通り子供が演じる)の片山清愛、前シテ・静御前と後シテ平知盛ノ怨霊を九世観世銕之丞、ワキ・武蔵坊弁慶に宝生欣哉、ワキツレ・義経ノ従者に大日方寛と宝生朝哉。アイには普段は狂言方である野村万作。太鼓・亀井広忠、前川光範、小鼓:大倉源次郎、笛:藤田六郎兵衛。地唄は全員の名前を書くとかなり時間が掛かるで全8名とのみ記す。

無料パンフレットにセリフが載っており、わかりやすい(謡うので何と言っているのかを聴き取るのが難しいのである)。

能は私は余り好きではないが、「船弁慶」はわかりやすい。能楽堂で能の舞などを観ていると、演者の気がこちらに「ビュン!」と激しく飛んでくるのがわかるのだが、春秋座のような大きな箱だと、平知盛ノ亡霊の舞の時にある程度、殺気に似た気が飛んでくるのを感じられる程度で、やはり能も能楽堂で観た方が迫力も魅力も断然上という気はする。ただ、能楽堂だと客席数も少ないし、それでは能方も狂言方の収入も少なくなってしまうので、ある程度大きな会場でやらなければいけないこともある。魅力も収入もと両方追うのは難しいのである。

今回は、花道を使っての演出であったのだが、ちょっとしたハプニングがあった。前シテとして静御前を演じていた観世銕之丞が、義経一行から離れようとするも未練から振り返り、座り込むというシーンで、銕之丞が花道の上手端の、ライトがあるので一段低くなった場所に誤って足を踏み入れてしまって転倒し、あわや花道から転落かという場面があって客席からも声が上がった。幸い、転落は免れ、公演は滞りなく終わったのであるが、シテで能面をつけての演技であったため、どうしても視野が狭くなり、事故が起こる可能性が高いということがわかった。市川染五郎の転落事故からも分かるとおり、舞台上というのは危険な場所なのである。

能の橋掛かりには必ず欄干があるが、これは能面をつけているため足元が良く見えず、転落の危険があるため設けられたのだと思われる。能面をつけた状態で歌舞伎の時と同じ状態の花道を歩く演出はもうよした方がいいだろう。

「船弁慶」の出来であるが、「能楽堂で観たらもっとずっと良かっただろう」とは思ったものの、銕之丞の舞の迫力もあって、なかなかの仕上がりであったと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月15日 (金)

「海ゆかば」(弦楽四重奏版)

信時潔作曲の「海ゆかば」を林光が弦楽四重奏用に編曲したものです。編曲を依頼したのは詩人の谷川俊太郎です。林光は左寄りの人ですが、友人である谷川俊太郎が「海ゆかば」が大好きであったため、苦笑いしながら編曲してくれたそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月12日 (火)

楽興の時(2) 「AvANT-GARDE UrBUN-GUILD」

2014年6月18日 京都・木屋町のUrBUNGUILDにて

午後7時30分から、UrBUNGUILDで、「AvANT-GARDE UrBUN-GUILD」を聴く。mama!milk、デグルチーニ、フランスから来たRhizottomeの3組によるライブ。

この中で知っているのはCDも持っているmama!milkだけ。そのmama!milkのライブを聴くのも久しぶりである。

右肩の後ろに入れた蝶の形のタトゥーがトレードマークであるアコーディオン奏者・生駒祐子と、コントラバス奏者の清水恒輔のデュオであるmama!milkの作風は幅広いが、基本的にはクラシックとタンゴがベースであり、アストラ・ピアソラを21世紀風に洗練された感じの曲が多い。

今日も様々な曲が演奏される。ワルツにタンゴ、フレンチテイストからアルゼンチン風、ミニマルミュージックから変拍子、複雑な拍子まで幅広い。アコーディオンとコントラバスが別の拍子で演奏する場面もある。

生駒祐子は非常に妖艶な演奏姿をする人だが、今日も身振りが大きく、色気がある(話すと、正反対の不思議ちゃん系なのだが)。技術、表現力ともに高い。清水恒輔のコントラバスもリズム感抜群で、音色に潤いがあり、上手い。

デグルチーニは、男性5人によるバンド。ヴォーカル&ギターorピアノ、クラリネットorテナーサックス、アルトサックス、エレキベース、ドラム&リコーダーという編成である。
ヴォーカルは左利き用のギターを用い、横山剣のような歌い方をする。アングラを意識しており、ヴォーカル以外のメンバーは顔の上部に目の部分だけくりぬいた黒い布を巻いている。普通のマイクではなく、街頭演説で用いられるような四角形のマイクを使ったり、煙草を吸いながら歌ったりするのが少し青臭い。
音楽性はまずまずで悪くはないといったところ。

Rhizottome。ソプラノサックス&デジタルエコーボイスの男性奏者と、ボタン式アコーディオンの女性奏者によるデュオ。女性奏者が客席に視線を送って微笑んだので、その先を見てみると、mama!milkの二人が客席に来ていた。mama!milkは海外でも公演を盛んに行っており、種類こそ違えど同じアコーディオン奏者がいるということで知り合いなのであろう。

作風は、ミニマル・ミュージック系、フランス民謡系(「オーベルニュの歌」のような旋律)、現代音楽風など幅広い。

デジタルエコーボイスは、水筒のようなエレキ楽器で音程を変え、声でも音程を変えるという凝ったものである。坂本龍一の「千のナイフ」の冒頭のような音がすると書くと、どんな音なのか分かる人には分かるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月11日 (月)

観劇感想精選(129) 淡路人形浄瑠璃「玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)」」

2011年1月29日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後3時より、京都芸術劇場春秋座で、淡路人形浄瑠璃「玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)」を観る。人形浄瑠璃といえば大阪(人形浄瑠璃の別名の由来となった文楽座があった)が有名だが、淡路島でも人形浄瑠璃は行われているようだ。淡路島というと、芝居好きの芝右衛門狸が有名で、淡路島で人形浄瑠璃を行うホールの名前も「淡路島文化ホールしばえもん座」だそうだ。

演目の「玉藻前曦袂」は、日食の日に生まれたため、皇位に就くことの出来ない薄雲の皇子が、弟の鳥羽天皇に反逆を企て、配下の鷲塚金藤次に、故右大臣道春家に伝わる獅子王の剣を盗ませることから始まる。春道の娘・桂姫に横恋慕した薄雲の皇子は清水寺参詣に向かう桂姫を道中で襲うが、姫の恋人に追い散らされる。その恨みから薄雲の皇子は金藤次に桂姫の首を取るように命じる。

ここまでが前段で、今日はその後の「道春館の段」「神泉苑の段」「狐七化け」が演じられる。

「道春館の段」。浄瑠璃唄いも三味線も女性である。浄瑠璃の女性は年が上なので声が低く、地唄は何と歌っているのか聞き取れなかったが、セリフは聞き取れたので要所要所はわかる。人形は簡単な仕掛けのはずなのに表情が豊かだ。この段では金藤次が桂姫の首か獅子王の刀を渡すよう要求するが、道春の後室・萩の方は拒む。それでも引き下がらない金藤次に萩の方は桂姫が道春の娘ではないことを告げ、実子の初花姫と桂姫とでサイコロを競わせ、負けた方の首を差し上げることを約束させる。負けたのは初花姫であったが、金藤次は桂姫の首を強引に討ち取る。萩の方と道春家付きの采女之助は金藤次を刺し殺すが、死の間際に金藤次は桂姫が自身が捨てた娘で、獅子王の刀を盗んだことを告げる。

「神泉苑の段」。初花姫は入内して玉藻前を名乗る。神泉苑(今の二条城付近。一部が神泉苑として残っている)で、亡き姉の桂姫を偲んでいると、九尾の狐が現れ、玉藻前を殺してしまう。九尾の狐は玉藻前に化け、薄雲の皇子と日本を魔界にしようとする野望を語る(山田風太郎の「魔界転生」みたいだ)。そこに陰陽師の安倍泰成が現れ、神鏡で照らして九尾の狐を追い払う。

玉藻前に化けた九尾の狐は、時折早替えで、顔を狐に変える。その手並みは鮮やかだ。

「狐七化け」。那須原に逃げた九尾の狐を武者達が襲うが、一人は追い払われ、一人は恐怖の余り刀を取り落として逃げ去り、一人は顔を切られて討ち死にする。その後、殺生石となった九尾の狐は、玉藻前、座頭、花笠などに次々と化ける、人形浄瑠璃なので、人形を変えるだけなのだが、代わりに人形遣いの吉田新九郎が早替えを披露して、客席を沸かせた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月10日 (日)

コンサートの記(148) いずみシンフォニエッタ第32回定期演奏会 川島素晴 尺八協奏曲&猿谷紀郎 「三井の晩鐘」

2014年1月31日 大阪・京橋のいずみホールにて

大阪へ。午後7時から、いずみシンフォニエッタ大阪の第32回定期演奏会を聴く。

いずみシンフォニエッタ大阪は、住友(屋号は「泉屋」)のホールである、いずみホール座付きのシンフォニエッタ(小規模オーケストラ)。常設オーケストラではなく、メンバーは定期演奏会毎に集まり、それ以外の時期は別のオーケストラで演奏をしていたり、ソロで活動していたり、教育に携わっていたりする。常設ではないため、メンバー全員が関西在住とは限らない。ただ、関西にも拠点を持っている人の方が多いようである。

東京にも紀尾井ホール座付きの非常設シンフォニエッタである紀尾井シンフォニエッタ東京があり、一応、姉妹関係にはあるようだ。

いずみシンフォニエッタ大阪の音楽監督は飯森範親である。今年の4月から大阪に本拠を置く日本センチュリー交響楽団の首席指揮者にも就任する飯森。センチュリーとはいずみホールで、モーツアルトやハイドンなど、「センチュリーで、これが聴きたかったんだ!」という演目を取り上げる予定で楽しみである。

が、残念なことに飯森範親はインフルエンザのため出演不可とのことだった。インフルエンザは流行っており、有名人の誰それと誰それも罹ったなどとニュースサイトに載っているが、飯森も罹患したそうだ。予防接種を受けていたのだが、医師団の見立てとは別のタイプのウィルスが来たようである。飯森の体調自体は快方に向かっているのだが、聴衆にうつしてはならないということで、大事を取って降板したようである。

今日の演目は、川島素晴(かわしま・もとはる)の尺八協奏曲(委嘱新作・初演。尺八独奏:藤原道山)と、猿谷紀郎(さるや・としろう)の「三井の晩鐘」~ソプラノ、浄瑠璃、室内アンサンブルのための~である。

開演前にホワイエで室内楽コンサートがあり、オーボエの古部賢一と、ハープの内田奈織という、クラシックファンなら名前は知っているというアーティストが出演する。

古部賢一は新日本フィルハーモニー交響楽団の首席オーボエ奏者である。大阪にある相愛大学(浄土真宗本願寺派の大学で音楽学部がある)で非常勤講師も務めている。

内田奈織は、映画「夕暮れの街 桜の国」のハープ演奏を担当したハーピストで、映画「夕暮れの街 桜の国」の舞台挨拶では、女性出演者の誰よりも高身長で細いということでも話題になった。ただ、その後、アイドル路線は歩まず、着実な演奏を続けている。青山音楽賞、藤堂音楽賞、京都府あけぼの賞などの、関西関連の賞を受賞している。

まず、「早春賦」でスタート。爽やかな演奏である。続いて、宮城道雄の「春の海」。今日が旧正月であることにちなむのかは不明(古部は邦楽とクラシックによるコンサートなので、二つを結ぶ演目にしたとは語っていた)。「春の海」は尺八が吹く曲であり、今日の尺八協奏曲のソリストである藤原同山が東京藝大の後輩だというので、古部は吹き方を教わったという。
成果が出たのかどうかは比較対象がないのでわからないが、やはり「春の海」は良い曲だと感じられる。

最後は、イベールの間奏曲。古部も内田も演奏は達者で、楽しかった。

 

さて、本編であるが、作曲者自身が指揮をすることになった。

いずみシンフォニエッタ大阪の音楽監督である作曲家の西村朗が登場し、「普通の演奏会ですと、自作を振って貰いたくても、もう亡くなっている」とブラックなことを言った後で、「指揮も達者な作曲家ということで、自作自演をお楽しみいただきたいと思います」と述べた。

尺八協奏曲の作曲者である川島素晴が登場し、西村の紹介を交えつつ、自作の解説を行う。川島がステージ上に現れたときには、「あれ、私より5つくらい年下かな?」と思ったが、無料パンフレットを見ると実際は私より2歳年上であった。ちなみに藤原道山は年齢通りに見えた。年齢は見た目ではわからない、私が推定した年齢は当てにならないということである。

尺八協奏曲は、「春の藤」、「夏の原」、「秋の道」、「冬の山」からなっており、各曲の最後の字を取ると、初演者である尺八奏者の藤原道山となる。藤原が吹くことを想定して作曲されたものだ。

ちなみに川島と藤原は藝大の同期であるが、藤原はデビューと同時にスターになってしまったため、川島にとって「畏れ多い存在」だという。

川島素晴の尺八協奏曲。尺八独奏の藤原道山は、彼が作曲を手掛けた舞台をいくつか観ていて、名前も顔写真も見たことがあるが、実演に接するのは初めて。
怖ろしいほどの美男子である。谷原章介と西島秀俊を足して2で割った感じであるが、谷原や西島よりも男前である。

「春の藤」は音楽が今この場で生まれて飛び立っていく様が見えるような快活な曲である。
「夏の原」は、ジョン・ケージなどが提唱した偶然性の音楽を取り入れた作品。指揮者である川島とソリストである藤原がステージ中を歩き回り、各奏者に指で数を示す。それによって、曲が変化していくというものである。「1」は、弦楽器などが弦を弾くというよりも弱く擦るような奏法、「2」はコルレーニョ奏法である。「3」は「1」よりも強く、「4」は「3」よりも強くのようだが、ヴァイオリンが駒よりも後ろの弦を奏でたり、チェロが弦でなく胴体を擦って音を出したりと、他にも様々な指示があるようである。「5」は「風鈴を取り出し、振って音を出す」であり、私の席はハープが目の前に来る場所だったのだが、まず川島が「5」を出したのでハープの内田奈織は風鈴を鳴らした。次に藤原がハープに近づいたが、藤原も「5」を出したので、内田は風鈴を鳴らし続けた。こうして様々な要素が合わさった音楽が出来上がる。
「秋の道」はちょっと地味である。
「冬の山」は、木霊を描いたもので、藤原がステージを離れて2階席のテラスに陣取る。藤原が音を出すと、それに応える音楽を川島が指でオーケストラに示す。回答数は「夏の原」より多いようである。

なかなか面白い音楽であった。

 

猿谷紀郎作曲、鶴澤清治:浄瑠璃作曲による「三井の晩鐘」。三井の晩鐘にまつわる話(いくつかあるがその中で一番有名なもの)を題材にした浄瑠璃仕立ての作品である。原作:梅原猛、台本:石川耕士、三味線:鶴澤清治、浄瑠璃:豊竹呂勢大夫、出演:天羽明惠(あもう・あきえ。ソプラノ)、演出:岩田達宗(いわた・たつじ)。

三井寺の近くで、漁師の男が美しい娘と恋仲になり、二人は結婚し、男の子が生まれる。だが、娘の正体は龍の化身であった。母となった娘は、「もう水底に戻らない」と言い残し、去る。しかし、赤子は泣くばかりで、他の女の乳も牛乳も山羊の乳も受け付けない。そこで、龍の化身である母が再び人間の姿で現れ、授乳する。そして玉を男に渡す。赤子は玉をしゃぶると泣き止み、実母の乳以外も受け付けるのだが、玉がないと何も口にしようとしない。玉の正体が目玉であることを知った男は何とか他の方法を思いつこうとするのだが、打つ手がない。玉はドンドン小さくなる。そこで、龍女が現れて、もう一つの玉を渡す。両の目をくりぬいたのだ。龍女は、「これでもう目が見えないので、私の子が一日息災なら晩に鐘を撞いて教えて下さい」と告げる。かくて、三井寺の鐘は晩に晩に撞かれるになったという伝承である。

ステージ上に西村朗が登場し、作曲者である猿谷紀郎がトークを行う。猿谷紀郎は、私のイメージでは若手作曲家なのだが、私が猿谷を知ってから何だかんだで20年近く経つので、もう猿谷も中堅の域に達している。

西村は、「藤原道山さん、格好良かったですねえ。並んで写真を撮らなければならないのですが、嫌になっちゃう。引き立て役になっちゃう」と述べてから、猿谷を呼ぶ。猿谷は動きがちょっと変だが、西村に、「猿谷さんは、大阪、長いんですよね」と振られ、「一応は」と答える。「大阪教育大学で教えてらっしゃるのですが、ちゃんとしてますよね」と西村に問われ、「きちんと教えているつもりではいます」と述べる。
その後、演出の岩田達示が呼ばれ(私は岩田先生演出のオペラを年に何回か観ているが、今回は、純粋に「飯森さんが、邦楽とクラシックの融合をやるのか。これは聴かないと」と思ってチケットを購入しており、岩田先生が演出を手掛けることはその時点では知らなかった。後に、曲目を見て、「あれ? 岩田先生演出するのか」と知った)、コンサートホールで演出をすることは決して珍しいことではないこと(小演劇では地方にもよるがプロセニアムのある劇場で上演を行うことの方が稀だったりする)、三橋節子が右手を亡くしてから左手一本で「三井の晩鐘」(題材は今日上演されるもの)という画を描き上げたということ(2年後に三橋は35歳で夭逝する)を紹介する。

なお、原作(といっていいのかどうかは微妙だが、台本の元になった本を書いた)梅原猛と、台本を書いた石川耕士が会場に来ており、西村に呼ばれて起立。聴衆からの拍手を受けた。

オーケストラは、小編成の弦楽に、クラリネット、打楽器からなる。

ホール上部から垂れ下がる紗幕(本当は紗幕ではないのだが、一応、言葉としては紗幕としておく)の後ろに龍神の化身である女(天羽明惠)が隠れている。物語は、基本的に豊竹呂勢大夫の語りによって進められる。

猿谷の音楽は本来はもっと鋭いのだが、伝承の音楽ということで、完全なる調性音楽ではないが、美しい響きのするものを書いている。坂本龍一やマイケル・ナイマンの映画音楽に似ている(ちなみに坂本龍一はナイマンが提唱したミニマルミュージックもよく書くのだが、ナイマンが「ピアノ・レッスン」の映画音楽を書いたころからナイマンのことを蛇蝎の如く嫌い始める)。

岩田達宗の演出は、紗幕に様々な映像を映し出したり、影絵の効果を用いたものだが、「あれ? もっと抽象的で多彩な演出かと思ったのに」と感じたことも事実である。観ておいて感想を言わないのも失礼だが、色々聞くのも失礼だと思ったので今日は特に挨拶もしなかった。する機会もなかったのだが。

楽しめる作品ではあった。

ちなみに、隣にいたおばさんに、「フェニックスホールって、どこですか?」と聞かれたので「曾根崎です。梅田から御堂筋を下がったところ。中之島までは下がりません。『しじみばし』のあるところです」と答えたのだが、実はフェニックスホールでクラシックのコンサートを聴いたことはないのである。聴いたのは遊佐未森のアンプラグドライブである。フェニックスホールは室内楽・器楽用の比較的小さなホールであり、私は室内楽や器楽は余り聴かないのでクラシックの音楽をフェニックスホールで聴いたことは幸か不幸かないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2014年8月 9日 (土)

レナータ・テバルディ(ソプラノ) プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」より“ある晴れた日に”(日本語対訳付き)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 8日 (金)

ヴァレンティーナ・リシッツァ ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第14番「月光」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 7日 (木)

コンサートの記(147) よみうり大手町ホール・オープニングシリーズ 河村尚子ピアノ・リサイタル2014

2014年6月30日 よみうり大手町ホールにて

午後7時から、よみうり大手町ホールで、河村尚子ピアノ・リサイタルを聴く。よみうり大手町ホール・オープニングコンサートシリーズのトリを飾る公演である。

曲目は、ショパン作曲リスト編曲による『6つのポーランドの歌』より「おとめの願い」と「私のいとしい人」、ショパンのバラード第1番、ラフマニノフの「コレッリの主題による変奏曲」、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」。

私の席は前から4列目、中央付近である。

河村尚子は紫とピンクを基調にしたドレスで登場。妊娠しており、お腹の膨らみがはっきりとわかる。また妊婦であるためか、春に見たときより少しふっくらしたように見える。

女性ピアニストの場合、妊娠してお腹が大きくなると、超絶技巧の曲を演奏する場合は、ピアノとの距離が以前とは異なるはずだが、河村尚子はそんなことは少しも感じさせない快演を展開する。

武器である抜群のメカニックと水晶のような硬質の輝きを放つ音色に加え、ショパン作曲リスト編曲の2曲ではしなやかなリリシズムと軽やかなロマンティシズムを発揮。技術と感性を高次元で止揚した鮮やかな演奏が繰り広げられる。

ショパンのバラード第1番では、河村は優れた音の建築士としての技量を示す。独自のヒンヤリとした音色により、細部まで計算し尽くされた壮大な音の伽藍が築き上げられた。

ラフマニノフの「コレッリの主題による変奏曲」は、変奏ごとの描き分け方が巧み。重厚なものからチャーミングなものまで、最適な音色とテンポを用いて再現していく。

メインであるムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」は、圧巻という他ない出来。かなり速めのテンポで最初のプロムナードを弾き始めたが、単純な音の組み合わせのはずなのに、浮かび上がる音楽は威厳すら感じさせる。
「小人」のテクニックは抜群であり、「古城」の深い味わいも彼女ならではである。何度も出てくるプロムナードもそのたびに表情をガラリと変え、表現の多彩さに感心する。

速めの曲では、もはや人間離れしたとしか思えない超絶技巧と輝くような音色による演奏が見事で、河村の才能が飛び散る様が見えるかのよう。また遅めのテンポの曲に見られる沈痛さや祈りの表現もまだ三十代前半のピアニストによるものとは思えないほど深い。

ラストの「キエフの大門」も、ラヴェル編曲のオーケストラ版を上回るほどのスケールで弾かれ、10本の指で生み出されたとは思えないほどの華麗な技術で聴き手を圧倒した。河村尚子はあたかも息をするようにピアノを弾いていく。超人的なのに自然体だ。まさに生まれながらのピアニストである。

アンコールとして河村はラフマニノフの前奏曲作品23の10と作品23の2を弾く。当初は、アンコールはこの2曲だけだったようなのだが、河村は、「平日にも関わらず、多くの方にお越しいただきありがとうございます。今弾いたのはラフマニノフの前奏曲23の10と2でしたが、がらりと趣向を変えまして、プロコフィエフの『束の間の幻影』を演奏致します」と言い、鳴り止まない拍手に応えて、「束の間の幻影」から計3曲を弾く。プロコフィエフの諧謔性をしっかと捉えた演奏であった。

日本人ピアニストの実演には多く接してきたが、河村尚子はその中で断トツである。ものが違う気がする。

よみうり大手町ホールの音響であるが、前の方の席だったということもあり、正確にはわからない。ただ、私が座っていた席にはかなり良い音が伝わってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 6日 (水)

これまでに観た映画より(66) 「大いなる幻影」

DVDでフランス映画「大いなる幻影」を観る。ジャン・ルノワール監督作品。主演:ジャン・ギャバン。出演:ピエール・フレネー、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ディタ・パルロ、マルセル・ダリオほか。

第1次大戦時の、ドイツにおけるフランス軍捕虜収容所を舞台にしたヒューマンドラマである。かなり不思議な映画としても知られる。

一応、戦争映画に含まれるのであるが、激しいアクションシーンはほとんどなし。撃ち合いに至っては一度もない。ジャン・ギャバン演じるマレシャル大尉は、空軍に所属しており、ドイツ軍に迎撃されて墜落、右手に怪我を負っているのだが、時代的制約もあってか、戦闘と墜落シーンもなしである。そのため、戦争映画という感じがほとんどしない。

描かれるのは、フランス人捕虜同士の友情と、ドイツ軍人との間の国籍を超えた理解だ。

「大いなる幻影」という言葉は、マレシャル大尉が終戦のことを指して言ったセリフに由来するが、クランクイン時点ではタイトルのみが決まっており、セリフが後付けである可能性もある。

戦争映画という形を借りながら、人間そのものを描いた作品である。「綺麗事」や「本当に大いなる幻影」と受け取る人もあるだろうが、こうしたことが現実起こっていることも、私達は事実として知っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 4日 (月)

観劇感想精選(128) こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」2014大阪

2014年2月22日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後3時から、大阪・京橋のシアターBRAVA!で、こまつ座の「太鼓たたいて笛ふいて」を観る。作:井上ひさし、演出:栗山民也。出演:大竹しのぶ、木場勝己、梅沢昌代、山崎一、阿南健治、神野三鈴。ピアノ演奏:朴勝哲(パク・スンチョル)。「放浪記」などで知られる林芙美子を主人公にした音楽劇である。上演時間は15分の途中休憩を含めて約3時間5分という大作である。

客席最前列に舞台の方を向いたアップライトピアノが置かれている。朴勝哲が現れ、ピアノを演奏して劇がスタート。まずは幕にバックライトを当てて、影絵の世界を作る。幕が上がって、出演者全員が揃い、歌いながら登場人物の紹介をしていく。林芙美子(大竹しのぶ)、林芙美子の母・林キク(梅沢昌代)、行商人の二人(山崎一、阿南健治)、革命指導者(神野三鈴)、音楽プロデューサー(木場勝己で)である。舞台が昭和10年、東京・下落合(現在の東京都新宿区中)の林芙美子邸の居間であることも歌で知らされる。

ポリドール・レコードの社員である三木孝(木場勝己)が、居間で林芙美子(大竹しのぶ)を待っている。三木は、芙美子に流行歌の作詞をお願いしたのだが、最初に訪問した8月26日にも、二度目にお願いに上がった時にも快諾を受けながら、秋になった今も書かれた詞を受け取ることが出来ないでいる。林芙美子は「放浪記」に詩を書いており、三木は「これなら作詞も楽勝だろうと踏んでいたのだが」、予想に反して、林は作詞に手間取っているようだ。三木の話し相手になっている、芙美子の母親である林キク(梅沢昌代)は文盲である上に、もう年で記憶力も悪くなっているため、三木の名前を覚えることがなかなか出来ない。キクの耳が遠いのをいいことに、三木は「三に木に考える。覚えやすい名前だと思うんだがね」とぼやくと、キクはそれは聞いていたようで、「私は、片仮名でキク。こっちの方がよっぽど覚えやすいよ」と反論する(?)。
キクは「娘は私が字が読めないのをいいことに私のことを悪く書いているそうだが本当かねえ?」と言う。

林芙美子が現れる。散歩に出てくるそうだ。三木は作詞について聞くと、引き受けるが、明日は日本女子大学校で講演、明後日は下田の旅館で懇親会と忙しいことをアピールし、「下田行きの汽車の中で『作詞入門』の本を読んで、帰りに作詞する」というプランを告げる。キクには、「最近、あたしの『放浪記』の原稿を売り歩いているそうじゃないの」と文句を言い、みっともないから咎めたのかと思いきや、「私の字が汚いのがばれる」とそちらの方でお冠である。そして散歩に行ってしまう。キクによると、芙美子が散歩に出掛けるのは、町にある表札を観察するためであり、良い苗字があると、自分の小説で使うのだという。三木はキクに「芙美子先生は小説も売れて儲かってるんじゃないですか?」と聞くが、キクは「税金で半分持って行かれるし、付き合いで渡すお金も増える。ほとんど残らないよ。それに、小説というのは、目に見えない、頭に浮かんだものを書くんだろう。浮かばなくなったらおまんまの食い上げじゃないか」と焦ってみせる。

芙美子が散歩に出ている間に、芙美子の故郷・尾道から来た加賀四郎(山崎一)と土沢時男(阿南健治)がやって来る。芙美子の母であるキクも行商人の出であるので、三人は仲良くなる。小説と違い、行商人は見えるものを売っているのだから信用が置けるというキク。加賀四郎は「大連に行ってみたい」と夢を語り、土沢時男も「松島を見てみたい」と希望を明かした。一方、三木は、芙美子が書いた詩に手を加えて歌詞にすることを思い立つ。散歩から帰ってきた芙美子もそれには同意する。そして三木は歌詞を書き上げるのであった。

翌日。三木が新しい歌謡曲が出来たと報告に来る。聴かせてみると、チャイコフスキーが書いたワルツをそのまま流用した「女給の唄」である。歌詞の出来は今一つだが、三木は売れると太鼓判を押す。
そこへ、島崎こま子(神野三鈴)という女性が訪ねてくる。こま子は無産者貧民孤児救済の会(ひとりじゃない会という通称の方が今では有名になっているそうだ)という組織に属していて、孤児への食料が足らず、会の本部の家賃も6ヶ月も滞納していて、芙美子に金を無心に来たのだった。90円欲しいという。こま子が共産党関係者だと睨んだ芙美子は「赤は嫌いよ」というが、以前、芙美子は赤旗に署名したことがあり、そのせいで9日間拘留されて、その間に髪が虱だらけになったという過去があった。こま子は自分はアナーキストだと言い、共産党とアナーキズムは対極にあるという。そして、こま子は、一通の手紙を差し出す。島崎藤村が書いた詩「椰子の実」が書かれていた。だが、最後に、「春樹からこま子へ」と書いてある。春樹というのは島崎藤村の本名だ。ということで、実は「新生」で描かれた近親相姦の相手の女性こそ、こま子だったのだ。芙美子は、「勝手に自分だけ新生してしまって」と島崎藤村をなじる。そして憐憫の情から、こま子を助けることにする。一方、三木は「椰子の実」に歌を付ければヒット曲になると踏む。
結果は、「椰子の実」は大ヒット。ただ、芙美子作詞の「女給の唄」の3000枚しか売れず、またこま子の作詞・作曲による「ひとりじゃない」もリリースされるが発売はされたが500枚しか売れなかったという。

一年後、三木はポリドールから日本放送協会(NHK)に移籍している。「椰子の実」を大ヒットさせた腕を買われて引き抜かれたのだ。JOAKのスタジオで、ラジオ番組を放送している芙美子と再会した三木は、「あなたは物語というものがわかっていない」と言う。「小説を書いている私が物語がわかっていないはずはない」などを笑って去ろうとするが、ピアノの音に足止めされる。三木は「物語に人気投票が行われている」と言い、「戦争は人を喜ばせる」と説く。芙美子は自分の足を止めたピアニストの朴勝哲の頭を扇子で叩くが、三木の言葉に惹かれるものも感じていた。

かくて、林芙美子は従軍記者となり、南京攻防戦などの取材を行うことになる。一方、加賀四郎は、美味しい条件に惹かれて満州に渡って憲兵となり、土沢時男は松島を見た後で、今度は当時東洋最大の製鉄所のある釜石に向かうが、途中の遠野の青笹で行き倒れになってしまう。ところが、近くの農家に助けられ、農家にいる「青笹小町」と呼ばれる別嬪と結婚することになったという。
また、こま子は、書道に秀でているので、キクに書道と同時に読み書きを教えることにする。
芙美子が勇ましい言葉で中国赴任の意気込みを語っていると、突然、芙美子の家の居間で爆発音がする。テロかと思いきや、実は近所の子供がお祝いに投げた爆竹であった。爆竹はこま子が布で押さえて破裂を最小限に留めたのだが、こま子の「以前は、火炎瓶を扱っていたもので」という言葉にどん引きする。
芙美子は中国に赴き、南京陥落レポートや、漢口一番乗りで名を上げる。芙美子が書いた文章は愛国心に満ちた勇ましいものであった。

 

休憩後の第二幕。舞台は長野県の紀波村役場。林芙美子は長野県に疎開しているが、従軍中とは打って変わって、「こんな戦争に勝てるわけがない」と思っており、雑誌にも「清き敗北あるのみ」と書く。「インドシナやシンガポールの様子を見て愕然とした。ここでの姿を見て日本軍が勝てると思えるものはいないであろう。日本に残されたのは清き敗北あるのみ。しかし清き敗北を受けいれるほど度量のあるものが果たしているだろうか」と綴っている。
紀波村役場では、こま子が村役場の看板を墨で書いている。今朝、前の村役場の看板にいたずら書きがあったので、新しい看板を書く必要があるのだった。そこへ、三木孝と加賀四郎がやって来る。三木孝は更に出世して、今は内閣諜報部にいる。加賀四郎も満州・大連の憲兵から東京警視庁へと栄転していた。二人は、芙美子に、長野で行われる生放送に出演し、書いたことを取り消しにして、以前のような日本軍鼓舞のメッセージを読み上げて欲しいという。それを拒否すると即監獄行きだそう。

芙美子が戻ってくる。三木と加賀の要求を芙美子は撥ね付ける。東南アジアでは、欧米列強からのアジアの解放を謳いながら、今も独立は認めていない。そして日本語教育の押しつけ。こんなことは欧米列強でもしなかったことだと芙美子は激怒する。加賀は芙美子に「非国民!」と言うが、こま子は「先生は日本を愛してらっしゃいます」と言い、芙美子も自分がいかに日本を愛しているかを「滅びるにはこの日本、あまりにすばらしすぎる」とナンバーで歌い上がる。芙美子は愛国心があるからこそ、日本軍の行いが許せなかったのだった。そして「太鼓をたたいて兵隊を鼓舞し、笛を吹いて国民を高揚させた罪が自分にはある」とも語る。また同時代人の愛国者達を「嘘っぱち」だと罵る。そこへ電報が届く。受け取ったのはキクである。キクは「読み書きを覚えたことが呪わしい。こんな電報読めなければ良かったのに」と言う。キクから電報を受け取ったこま子は「トキオナンポウニテセンシス」という文字を読み上げた。

その1年9ヶ月後、日本は敗戦。下落合の芙美子の家は空襲を免れたので、こま子も含めた一家は長野から戻ってきている。内閣諜報部は解散になったので、三木は再びNHKに戻ってラジオ番組のプロデューサーになっていた。こま子は相変わらずキクの世話をしており、街の子ども達の窮状を見かねて、「せめてバラックでもいいから、屋根のある生活をさせてあげたい」と願っている。キクは読み書きが出来るようになったお陰で「娘の小説を読んでみたが、私のことがかなり醜悪に書かれてるねえ」などと言っている。加賀は警視庁から新宿署に所属格下げ(いわゆる左遷)となり、新宿の闇市でパンパン狩りを担当している。
芙美子は贖罪の意を込めた新しい物語を書き続けている。「安全ピン」といタイトルの物語が突如頭に浮かんだ芙美子。「八之助は召集令状を受け取ったことで興奮し、興奮を抑えるために歩いた。歩いているうちに、思いを寄せている聡子の家の前まで来てしまった。そして丁度、聡子が玄関の門を閉めるところだったのだ、八之助は聡子に『お国のために頑張って来ます』と言う。聡子は、八之助のためになるものをあげようとするが、身につけていた安全ピンしか見当たらなかった。八之助は戦争で、左手を失うが、無事、帰国した。帰国した八之助は聡子の家へと真っ直ぐに向かう。走っているうちに、服の左手の部分が気になる。『左手はもうないのだから、服の左手の部分の布は邪魔なのに』と思う八之助。ここで彼は閃いた。聡子から貰った安全ピンで左手の袖を留めて走り出した。安全ピンは役に立ったのだ」という話であったが、周囲の反応はいまいち。芙美子は三木に「ラジオドラマで使いなさい」と命令するが、三木は困り顔である。

そこへ、加賀が、薄汚い男を連れてやってくる。薄汚い男の正体は土沢時男。時男が戦死したというのは誤報で、実際は捕虜になってフィリピンで過ごしており、帰国後、新宿の街をうろついているところを加賀に発見されたのだった。時男は虱とりのDTTで頭が白くなっている。
時男は帰国後、長崎から遠野に向かったのだが、かつての妻は時男が戦死したという誤報を信じて再婚していた。再婚相手との間の子供がお腹の中にいるという。かつての妻の父親は遠野駅で土下座して詫びたというが、時男は居場所を失った。そして200円を受け取って、職を探しに東京に来たが、東京は失業者で溢れかえっており、職などにありつける見込みはなかった。そこで窮していたところを加賀に見つかったのだった。時男は岩手弁のままであるが、捕虜収容所では「はい」ぐらいしかいうことがないので訛りは取れなかったとのこと。
加賀は、「アメリカ兵に性病を移すといけないのでパンパンの取り締まりをやっている」と言うが、キクは「そんなものはアメリカにやってしまいなさい」となどと言う。

芙美子はそうした日常のことも含めて「書いていかなければね」と言う。
「戦争を体験したものはそのことを書き残さないとね。ちゃんと書いて伝えないと、また嘘っぱちが出てくる。それを防ぐためにも書いていかなけばね」

過労がたたり、林芙美子は49歳で早世する。和田誠の筆による林芙美子像の描かれた幕が降りてくる。

葬儀も終わり、下落合の芙美子の家で、三木がラジオを聞いている。ラジオから聞こえてくるのは林芙美子追悼番組だ。ラジオは告げる。「林芙美子ほど激しく批難された女流作家は珍しい。『放浪記』でデビューした際は、『貧乏を売りにした素人作家』とけなされ、フランスに留学した後は、『フランスに半年しかいなかったのに才女気取り』、従軍記者となった時は『陸軍の走狗』などと呼ばれた。確かにその通りだったのかも知れぬ。だが、戦後の彼女は違う。彼女は戦争で傷ついた人のために、身を粉にして書き続けた。今思えば、それは緩慢な自殺だったのかも知れない」。
ラジオの原稿を書いたのは三木だった。三木、キク、こま子、加賀、時男が揃い、今は小さな骨箱の中に入った芙美子に永遠の命が宿っていることを告げる。

 

私と栗山民也はいささか相性が悪いところがあり、今日の劇は「イーハトーボの劇列車」ほどには感銘は受けなかったが、見応えはあった。大竹しのぶには声音を変えて演じるシーンが用意されており、彼女の才能がいかんなく発揮されていたように思う。声質はアルトであるが、役のイメージに合っていた。俳優は実力者を揃えただけあって、アンサンブルは抜群である。宇野誠一郎作曲&選曲による音楽は目新しさこそないものの耳に優しい。役者達の歌唱力も高かった。

林芙美子が美化されすぎているという感は否めないが、林芙美子一人に限らず多くの作家に通底するものという意味でなら優れたメッセージを持った作品であったように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 2日 (土)

久石譲編曲 YMO 「Rydeen(ライディーン/雷電)」

駆け出しの頃の久石譲がYMOの「ライディーン」をダンス用に編曲したというレア音源です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 1日 (金)

深津篤史氏・最後のメッセージ

桃園会のブログに記された深津篤史氏のおそらく最後となる文章です。死期が迫っているとは思えないほどの穏やかさが印象的です。「ゆっくり休みますね」が偶然ですが別の意味で遺言のようになっています。

深津篤史「座長は辛いを日記」から2014年7月15日更新分

http://fukashige.blog27.fc2.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »