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2014年10月22日 (水)

これまでに観た映画より(68) 「るろうに剣心」

Blu-rayで、日本映画「るろうに剣心」を観る。和月伸宏の人気マンガ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」の映画化である。「龍馬伝」の大友啓史監督作品。主役の人斬り抜刀斎こと緋村剣心を演じるのは「龍馬伝」では人斬り以蔵こと岡田以蔵を演じていた佐藤健(さとう・たける)。音楽も「龍馬伝」の佐藤直紀が担当している。他の出演は、武井咲(たけい・えみ)、吉川晃司、蒼井優、青木崇高(あおき・むねたか)、綾野剛、奥田瑛二、香川照之、江口洋介ほか。「龍馬伝」の出演者も多くキャスティングされている。

幕末に人斬り抜刀斎として、佐幕派の志士達を数え切れないほど暗殺してきた、長州出身の緋村抜刀斎(佐藤健)。しかし、鳥羽・伏見の戦いの伏見の戦いで大活躍した抜刀斎は、新選組の斎藤一(江口洋介)らが見ている中で、剣を大地に突き刺し、「剣などもういらぬ」とばかりに立ち去る。それを見た斎藤一は「俺達は剣の道でしか生きられず、死ねない」と声を掛ける。

伏見の戦いで負傷した鵜堂刃衛(うどう・じんえ。演じるのは吉川晃司)は、這い上がり、抜刀斎が置いていった刀を握って、剣の道に生きることを誓う。

時は移り、10年後の1878年(明治11年)、西南戦争が終わり、平和の世が再び訪れていた。そんな中、豪商の武田観柳(香川照之。新選組五番隊組長で文学師範でもあった武田観柳斎にちなむ名前だが、武田観柳斎は鴨川に掛かる銭取橋で斎藤一によって刺殺されているため、武田観柳斎とは名前が似ているだけの別人という設定である)は、「蜘蛛の巣」と呼ばれる独自に開発された阿片を売ろうとしていた。だが、「蜘蛛の巣」の製造法は企業秘密であり、高荷恵(たかに・めぐみ。演じるのは蒼井優)を除いて、製造に関わったものは全て観柳の命令で殺される。

平民の時代となり、かつて武士だったものは禄を得ることが出来なくなり、商売を始めても「武士の商法」で失敗するものが後を絶たず、士族が没落していく時代であった。観柳はそんな旧士族を自宅の警護のために大量に雇っており、広大な自宅の庭に住まわせていた。

そして観柳は一人の強者を雇っていた。抜刀斎を名乗る男である。抜刀斎は警官の殺害などを行っていた。抜刀斎は抜刀斎の名を記した「罪奸状」を置いていったが、今は警視局抜刀隊に所属し、藤田五郎と名を改めた斎藤一は、「罪のない人間を殺したのに罪奸状を置いていくとは、手口が抜刀斎らしくない」と今の抜刀斎が幕末の抜刀斎とは別人であると見抜く。

今の抜刀斎は神谷活心流を名乗っていたが、神谷活心流の現在の道場主である神谷薫(武井咲)には覚えがなく、勝手に自分の流派を名乗られて、門下生がいなくなってしまったことに憤りを感じている。

そんなある日、薫は、剣心を名としたかつての抜刀斎である緋村剣心を見て、現在の抜刀斎だと勘違い。木刀で斬りかかる。ただ、剣心は刃が峰のほうにある逆刃刀を差しており、「これでは人は斬れぬ」と言われて納得する。剣心は今は流浪の身である。

身の危険を感じていた高荷恵は、武田観柳の豪邸から脱出。警視局第四署に助けを求める。ところがそこに抜刀斎が現れ、次々と警官を殺害。恵は何とか逃げ出すが、抜刀斎が立ち去る時に出くわした薫は木刀で抜刀斎に勝負を挑む。勿論、敵うはずがなかったが、そこに剣心が現れて薫を救う。

神谷道場の居候となった剣心。しかし、阿片を運び出す港を作りたい観柳は、海に近く、適当な地にある神谷道場を乗っ取るために、雇っていた旧士族を大勢送り込む。乱暴を働く旧士族達。しかし、そこに現れた剣心は柔術や逆刃刀で、狼藉者を次々と気絶させていく。

刀を持っていたために逮捕された剣心は、牢屋を訪れてきた藤田五郎こと斎藤一と再会。斎藤は剣心を牢から連れ出し、かつて剣心に暗殺を行うよう命じていた山県有朋(奥田瑛二)と対面させる。山県は剣心に「抜刀斎を倒すために力を貸して欲しい」と頼まれる…

なかなか良く出来た映画であり、大友啓史の演出も巧みで、殺陣やアクションシーンにおける迫力は抜群である。人間ドラマとしてもまずまずで楽しむのに不満はない。

ロケ地として、京都や近江八幡が出てくる。警官が勢揃いするシーンで使われるのは京都にある龍谷大学大宮学舎であるし、堀端のシーンの多くは近江八幡の八幡堀がロケ地だ。

飄飄とした剣心を佐藤健は実に上手く演じている。演技では良い評判を聞かない武井咲も着実に役をこなしており、大きな不満はない。妖しげな恵を演じる蒼井優は、白石加代子、大竹しのぶ、中谷美紀と受け継がれてきた憑依派の女優であるが、この手の役を演じさせると若手では右に出る者がいないほどに嵌まる。

メッセージはそれほど深くないが(観る人の立場に寄ってメッセージの深浅は変わるタイプの映画である)、エンターテインメントとしては優れた一作だ。

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