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2014年12月28日 (日)

観劇感想精選(141) シス・カンパニー「火のようにさみしい姉がいて」

2014年10月6日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後7時から、大阪・京橋のシアターBRAVA!で、シス・カンパニー公演「火のようにさみしい姉がいて」を観る。作:清水邦夫、演出:蜷川幸雄。出演:大竹しのぶ、宮沢りえ、山崎一、平岳大、満島真之介、西尾まり、中山祐一朗、市川夏江、立石涼子、新橋耐子、段田安則ほか。

男(段田安則)は舞台俳優である。シェークスピア俳優であり、これから「オセロ」の本番を控えている。楽屋で鏡に向かって鬚を剃りながらオセロのセリフを唱えている。ところが、剃刀で誤って頬を傷つけてしまう。その瞬間、並んだ鏡の下手側の3つほどがマジックミラーとなり、背後に美容室の姿が浮かぶ。そこでは女が剃刀を研いでいた。

本番を目の前にして男の妻(宮沢りえ)が楽屋に現れる。妻は男よりも舞台俳優としての才能が豊かだったのであるが、今では専業主婦となっている。昨夜、男がオセロのセリフを間違えたというので、男がオセロ役、妻がデズデモーナ役となり、稽古を行うが、男はセリフを飛ばしてしまい、すぐにデズデモーナ殺害の場になってしまう。「あなたはすぐ人を殺したがる」と妻から言われる男。

男が出演するのは、前衛演出家による「オセロ」。ノーセット、ノー衣装であるが、更にノーメイクであるという。黒人であるオセロがノーメイクでは格好がつかないのであるが、前衛演出家と仕事がしたいと申し出たのは他ならぬ男であり、文句は言えない。男は「黒人であるオセロが黄色い顔で、いや黄色い顔ならまだいい、最近の俺の顔は青白い」と語る。不摂生故だった。妻のお腹の中にはなんと22ヶ月になるという赤ちゃんがいるという。妻のお腹は膨らんではおらず、赤ちゃんがいるようには見えないのだが。

妻に転地療養を勧められた男は、妻を連れて20年ぶりに日本海側にある故郷に帰ることにする。しかし、男が生まれた板倉という街まではバスが通っていなかった。仕方なく男と妻は、途中にある美容室「中ノ郷」という店に入る。昔、通っていた美容院によく似ているが、別の美容院だと男は語る。彼がよく通った美容院はここではなく更に奥にある板倉にあるのだ。
美容室「中ノ郷」は開店しているはずなのだが、中には誰もいない。男は店を出ようとするが、妻がはばかりに行きたいというので、しばらく待つことにする。その時、紗幕で出来た美容院「中ノ郷」の壁が透けて、集団で暴力が行われている光景が目に飛び込んで着る。男は動揺し、美容室の鏡を見つめる。そうして男はオセロのセリフを思い出し、語り始める。しかし、勢い余って、鏡の前の置かれていたシャボン用のカップを手で払い、割ってしまう。折悪しく、そこへ中ノ郷の主である女(大竹しのぶ)が帰ってきた。後に続くのはこの土地に住む老人達。みをたらし(山崎一)は「おばさん」と呼ばれているが、以前、この地で取れた毒消しの薬を売り歩く女の集団に女に化けて紛れていたからだという。今では男になっているが、毒消しの薬が女である必要がなくなって男をやってみるとそちらの方が楽だったからだそうだ。
中ノ郷の主の女が現れてしばらくしてから男の妻が戻ってくる。中ノ郷の主の女は、「トイレ掃除は夕方にやるから、まだ汚れているのを見られたくなかったのに!」と言うが、妻は「一応、断りました」と言う。美容師見習いの女(西尾まり)が二つある個室の片方に入っていて、妻は「隣、宜しいですか」と聞いたのだという。見習いは主に「自分が先に入っているのに駄目とは言えなかった」と弁解する。

この土地の者は、みな、男についてよく知っていた。最初は「テレビも新聞もあるから」とある老婆がいうので、マスコミから情報を得ているのかと思っていたが、みをたらしは、男が子供の頃の話も知っていた。だが、男は、そんな話は記憶になく、みをたらしが嘘を付いているのだと妻に説明する。

みんなが、「オセロ」を見たいというので、デズデモーナ殺害の場を二人で演じるが、男は首を絞める際にいつも以上に力を入れてしまう。中ノ郷の女主は、妻に「100回稽古をしたら、100回目に絞め殺されるかも知れないね」などという。

やがて、土地の人々と男の記憶が一致し始める。男しか知らないはずの記憶が次々に明かされている。男には姉と弟がいるのだが、彼女たちも……

演じるという行為が入れ子構造になった迷宮のような芝居である。特に男役の段田安則は何重にも演技をしている。男が求める「真実」と今目の前にある「真実」が食い違い、男の意識がある時点からねじ曲げられ、真実も真実らしき何かに変容してしまっていることがわかる。「自己の不可解」。未だかつて、誰一人説いたことのない謎である。

「火のようにさみしい姉がいて」というのは、松島東洋による「水と水」という詩の一節から取られたそうだが、実際の男の姉は、「火のようにさみしい」女ではない。今まさに現実を生きているかのようでありながら男は現実など生きていなかったのだ。男ばかりではない。我々も現実そのものを生きることは出来ないのである。

男役の段田安則も好演であったが、見るからにザ・女優という雰囲気の宮沢りえと見るからにザ・舞台女優という貫禄の大竹しのぶとの共演は見応えがあった。

蜷川幸雄の演出は、お得意の鏡を多用したものであったが、あそこまでスペクタクルにして説明的に用いなくても大丈夫。我々は付いていくことは可能である。

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