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2015年1月の17件の記事

2015年1月31日 (土)

これまでに観た映画より(69) 「トリック劇場版 ラストステージ」

2014年2月5日 MOVIX京都にて鑑賞

MOVIX京都で、「トリック劇場版 ラストステージ」を観る。2000年にテレビ朝日の金曜ナイトドラマ枠第1作として放送され、当時、今一つパッとしなかった仲間由紀恵を一躍人気女優の座に押し上げ、二枚目のイメージが強すぎた阿部寛に三枚目と独自の存在感を与えてトップ俳優へのステップを築いた伝説のドラマ「トリック」。演出の堤幸彦もこの「トリック」で知名度を更に上げた。

その後、「トリック2」、プライムタイムに以降しての「トリック」、更に映画や特別ドラマ、スピンオフドラマ「警部補 矢部謙三」など、長年に渡って人気を博してきたシリーズであるが、今年の正月に放送された特別ドラマと、この映画をもってラストとなる。

「トリック劇場版 ラストステージ」の出演は、仲間由紀恵、阿部寛、東山紀之、生瀬勝久、池田鉄平、北村一輝、水原希子、野際陽子ほか。監督:堤幸彦、脚本:蒔田光治、音楽:辻陽、主題歌は鬼束ちひろの「月光」。

堤幸彦はオールロケが基本であるが、今回は「トリック」史上、最初で最後となる海外ロケ(マレーシア)が行われた。

1ステージ50万円という破格のギャラの仕事を得た山田奈緒子(仲間由紀恵)、一方、上田次郎(阿部寛)も2000万円というギャラで、村上ショージが会長を務める村上商事の加賀美慎一(東山紀之)から海外のレアアース採掘のために力を貸して欲しいと頼まれる。
山田が得た仕事というのは実はテレビのどっきり番組であり、大恥を掻いた山田に、上田は「海外に行ってみないか」と誘う。だが、実際はレアアースの採掘を妨げている赤道スンガイ共和国にはボノイズンミ(2000年に放送された「トリック」初の事件となる「母の泉」という新宗教を別の読み方にしたものが基になっている。演じるのは水原希子)という呪術師がおり、上田は山田がいないと呪いが怖いので誘ったのだった。

赤道スンガイ共和国(架空の国である)では母の泉が信仰されているようで、「お母様」こと霧島澄子(菅井きん)が崇拝されていたり、紙幣の肖像に用いられていたりする。これは複線であって、これが後半に向かって効いていくことになる。一行はレアアースの採れるムッシュム・ラー村(笑)に向かう……

「トリック」はやはり2000年に放送された第1シリーズが一番良く、その後、演出過剰になっていって、まずかったのだが、今回も前半は演出過剰気味であったものの、後半はストーリー展開が上手く行き、ラストも納得の出来るものになっている。ラストに不満を持つ人も多いだろうが、きちんと終わっていることを評価する人もいるだろう。

「トリック」の過去シリーズの映像が流れる場面があり、懐かしかった。

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2015年1月29日 (木)

RCサクセション 「トランジスタ・ラジオ」

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2015年1月26日 (月)

出来ること

貶すことは誰にでも出来るが、きちんと誉めることはその道に通じた人しか出来ない。

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2015年1月25日 (日)

YMO 「テクノポリス/Technopolis」

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2015年1月24日 (土)

笑いの林(28) 「新春よしもと千円寄席」2015年1月1日

2015年1月1日 道頓堀ZAZA HOUSEにて

午後3時と午後5時から、道頓堀ZAZA HOUSEで、「新春よしもと千円寄席」を観る。出演者は、アインシュタイン、桜 稲垣早希、ヒューマン中村、中上亜耶、天竺鼠、銀シャリ(午後3時の回の登場順。午後5時からの公演は、銀シャリ、桜 稲垣早希、アインシュタイン、中上亜耶、ヒューマン中村、天竺鼠という順番であった)。

今日のメンバーの中で、持ちネタのメインを変えたのは銀シャリだけだったので、今日は疲れずに観ることが出来た。ただ良い公演は観ていて疲れるものなので疲れないのが良いことなのかどうかはわからない。

アインシュタイン。若手のホープであるが、ネタは2回ともほぼ完全に一緒。
稲田はかなり変わった顔をしており、よしもとブサイクぐらんぷりの上位にいつもいるのだが、まず稲田自身がその話から入る。アゴが突き出てその他が平たい顔なので、「柿のタネ」「自転車のサドル」「ゾウリムシ」などと呼ばれることがあるそうだが、稲田は「そう呼ばれても全然気にしない。気軽に追い回します」と言ったため、午後5時開演の公演では悲鳴を上げる女性までいた。
稲田は、相方の河合(「ロケみつ」の常連でもある)が相対的にイケメンに見えるが(河合は、よしもと漫才劇場が5upよしもとであった頃に、観客が選ぶ人気若手芸人のトップ争いに食い込んでいた)、実際は世間は稲田と河合のどちらがイケメンだと思っているのか拍手の大きさで調べてみようと提案するが、客席の様子を見ていた河合から「今、苦笑起こったで」と言われてしまう。
拍手の大きさでは、当然のように河合の圧勝であったのだが、稲田は「どっこいどっこいやね」と言う。稲田は更に「どちらが性格が良さそうかも競ってみよう」と言うが、これも河合の勝ち。稲田は「1勝1敗」ということでと言って、河合から「どこで1勝してんのや」と突っ込まれる。

稲田は河合に「俺、結婚出来ると思うか」と聞き、河合は「正直、絶望的だと思う」と答える。
だが稲田はデートのプランは持っているといのでやったみるが、最初に「だーれだ?」と恋人に聞くというちょっと幼げなもの。ただ稲田は遠くから「だーれだ?」と顔を隠しながら近づいてきて、河合から「ゾンビみたいや。気持ち悪いわ」と言われる。
食事のプランも稲田は考えているというが、予約したのは「お洒落なレストランの見える夜景の綺麗な場所」で、河合から「どこ予約してんねん? 綺麗な夜景の見えるお洒落なレストランやろ? お洒落なレストランを見てるだけで何が楽しいねん」と突っ込む。
結婚指輪を渡す時。サプライズを行う。まずレストランに入る。だがドアをいくら引いても開かない。押して開くドアだった(これは私は事前に完全に読んでいたのでマイナスポイントである)。レストランの照明が落ち、その間に指輪を左手の薬指にはめるというサプライズ。だが、指輪を左手の薬指にはめたのは相手の女性ではなく稲田本人で、河合から「サプライズでもなんでもない」と駄目出しされる。
最後はバイクでのデートをやりたいと言うのだが、稲田は最初は後部座席に座っている演技をして河合から「お前が運転せえや」と言われる。稲田が運転し、河合が後部座席に座る女性に扮するのだが、稲田は後ろを向いて、「どこ行くか教えへん。着いてからからのお楽しみで」などと言い続けて、河合から「いい加減、前見ろや事故起こす」と突っ込まれた。

早希ちゃんは今日は2回とも「関西弁でアニメ」。お正月ということで、お客さん数名に直筆サイン入りのお餅をプレゼントしていたが、正直、渡された側もどうしていいのか困るであろう。食べるわけにもいかないし、かといってそのままにしておいたら黴びるし。冷凍庫に入れっぱなしではサインを貰った意味もないし。

いずれもアスカのコスプレで登場したが、午後5時開演の公演ではウイッグの上に玄関などに付ける正月用の飾りを貼り付けて登場。これもお客さん(5歳の子供)にプレゼントされた。

早希ちゃんは今日も銭形警部のことを「銭形平次」と呼ぶ。どうも気付いていないようである。誰が指摘してあげる人がいるといいのだが。

ヒューマン中村。今日は彼が一番面白かったと思うが、大笑い出来るネタと「ちょっとなー」と思うネタの差が相変わらず激しい。

まず前振りとして、言葉の言い方を変えると違うニュアンスになるという芸。「フラペチーノ(スターバックスコーヒーの商品)」を寂しそうな子供に、「僕、フラペチーの?」と聞く言葉に変える。「パラダイス」を最終学歴を聞かれた時の答えに変える。「俺? パラ大っす」。「カリフラワー」を友人がどこかに言ってしまった時に言う言葉、「あれ、カリフラはー?」(これは完全に読めたので笑えなかった)。の3つ。ちなみに午後3時開演の公演では大受けを取ったが、午後5時開演のお客さんの反応は今一つであり、見る人によって評価の違いが出るタイプの芸人であるようだ。

四字熟語に一文字足して別の意味にするという「余字熟語」フリップ漫談。「完全無欠席」→「皆勤賞」、「冷静沈着火」→「こういう人が一番怖いですね。冷静に放火できる」、「四六時中華」→「太ります」、「暴飲暴食団」→「太った人達ですね。おそらく四六時中華なのだと思いますが」、「門外不出男」→「ニートです」、「意気揚々々」→「ラッパーです」、「前途洋々々」→「ラッパーです」、「因果応報々」→「ラッパーです」、「切磋琢磨呂」→「異人です(正確にいうと「平安時代の人」だと思うが)」、「百戦錬磨呂」→「異人です(切磋琢磨と同パターン)」などは面白いが、「奇想天外大」→「外大です」、「一心同体大」→「体育大学です」などは「うん、だから」で済んでしまう類のもので、ヒューマン中村はここさえクリア出来れば天下を取れるのにと惜しくなる。

最後に「しょぼくなる」という芸を行う。お題を出して、最初は壮大だったものが、少しショボくなる、かなりショボくなるに変化するというもの。より現実的になると言い換えることも出来る芸である。
「夢」というお題で、「お父さんお母さん、僕、将来、プロ野球選手になりたい」と子供の頃の夢、中学校2年生ぐらいの夢で「修学旅行までには彼女を作りたい」、大人になってからの夢で「ここにソファ置こう」と変化していく。
私は面白いとは思わず、「余字熟語」の完成度を高めた方が良いと思った。ちなみに「しょぼくなる」の受けであるが、午後3時開演の回ではさっぱりだったものの、午後5時開演の回では結構受けてた。笑いとは不思議なものである。

あやつるぽんこと中上亜耶。お正月ということで、前半のBGMも「お正月」と「ゆき」のインストゥルメンタルに変える。衣装も午後3時開演の公演と午後5時開演の回では変え、デザインは一緒だが、午後3時は赤、午後5時は黒をベースにしたものである。彼女は昭和63年生まれでギリギリ昭和生まれであるが、顔はAKBにいてもおかしくないような今時の女の子の顔である。早希ちゃんはもっと若かったとしてもAKBタイプではないだろう。

お正月ということで独楽を使った手品なども行う(独楽の回転から電気仕掛けだとわかってしまうものであったが)。

CD3枚を操り、CDの裏側のアルミ入りのものがカラフルなものに変化していくというマジック。おそらく持っているCDは3枚だけではなくもっと用意しているのだろうと察しが付くが、それ以外はやはりタネがわからないマジックを行う。

午後3時開演の回では、ネタばらしをするといって左手に詰め込み、左手を開くとハンカチが消えているという、これも実は手品だったという演目をやった(右手に持ち替えたのだろうが、ここはわからなかったということにしておく)。

午後5時の回にやったのは、お客さんにトランプを二つに分けて貰い、上の束の一番下のカードをスケッチブックに絵を描いて当てるというもの。お客さんが分けたカードの一番下とは違うカードを選んでいるようなのはわかるのだが、トランプのカードが浮き出してくる仕掛けは不明である。

今日も中上が「あやつる」と言ってお客さんが「ぽん!」と返すという魔法の言葉をやったが。「私を知らないけれど応援しても良いよという方は『ぽん!』と言って下さい」というやり取りで、午後3時の時は、言う人が少なく、中上から「元気出して!」と言われるが、午後5時の回は、一人か二人が「……ぽん」と返しただけで、中上は「少な!」と叫んでいた。

天竺鼠。
瀬下の6歳になる息子の名前が「輝飛」と書いて「らいと」と読むのだが、川原から「可哀想ですね」と言われる。川原は「野球やるときどうするん? レフト守ったらややこしいことになるやんか。監督と審判が困る。『レフトのライト君をセンターに、センターをライトに、ライトをセンターに』、『え? ちょと待って。えーとレフト君が(瀬下「レフト君で誰やねん。らいとやて」)センターで、ライト、え? ライト? ややこしいのでゲームセット』」と勝手に試合を終えてしまう。
川原は未婚で子供もいないが、子供に付ける名前はもう決めているという。「衣装の衣に休むと書いて、『ハンガー』」。当然、瀬下に突っ込まれる。

川原は、路地裏を歩いていた時、狭い道なのにおっさんが貧乏揺すりをしながら道を占拠するように塞いでおり、川原が「どいてくれませんかね」と言うと、おっさんは「じゃかしいわ、わしの路地裏じゃ」と言われて頭にきたそうで、というところで、川原が突然舞台下手袖まで歩いて行き、再びセンターに戻ろうとする。瀬下も不思議そうな顔をしながら、再現するのだと思って貧乏揺すりをしたが、川原は戻ってきて「ほんま頭に来たわ」と言っただけ。瀬下が「再現するのかと思って、おっさんのポーズして待っとったのに」と言うと。川原は「誰もしてくれとは頼んでない」とすげなく返した。

ショートコントを2つやる。午後3時の回は、満員電車の中で急ブレーキが掛かり、川原が瀬下にもたれかかった時は互いに「ああ、すみません」とやったが、瀬下が川原にもたれかかると川原は「なんやお前、殺すぞ!」とぶち切れるというネタ。午後5時の回は、友達と一緒にいる時に彼女から電話が掛かってきたという設定。川原が恋人からの電話に出て、「今友達といるから。え、あの言葉言ってって? 今友達といるから。明日休みやろ。好きなだけ言ってやるから。え? しょーもないな。言うわ。『ポテンヒット』」というシュールなネタであった。

2つめは午後3時の回、午後5時の回ともに一緒で、瀬下が巨大な悪魔に扮し、大阪の街を破壊していくのだが、そこに正義の味方(?)なすびマンのかぶり物とサングラスをした川原が出てきて、カスタネット攻撃をするといっておいて最初に2度叩いただけで後はずっと休み、「ああ、足の指折れたわ」と言って、瀬下から「いつ? なんも動いてへんやん」と突っ込まれて終わった。
午後5時の回ではPerfumeのメンバーをなすびマンが踏みつぶすといういつもやるネタが追加されていた。

銀シャリ。
ボケの鰻和弘の鰻という苗字が珍しいという話から入る。鰻和弘は本名であるが、全国に鰻という苗字の人は6人しかいないそうである。ただそのうち4人は鰻和弘の家族だそうで、他の2人がなぜ他人なのかということの方が不思議でもある。電話で「鰻です」と言っても、人間は頭に入っていない言葉は聞き取れないように出来ているため、「え? 舟木さんですか?」とありがちな苗字に聞き間違えられるという。「なぎさんですか?」とも聞かれるそうだが、「普段着さんですか?」と聞き間違える人もいたそうだ。

午後3時の回は、鰻が相方の橋本に「スポーツをやろう。テニス」といってゴルフのスイングのポーズを行い、「どっち信用していいかわからん」と言われる。
鰻は「テニスは今注目されている。ニシコリコリ選手」と言って、橋本に「錦織選手やろ。ニシコリコリって歯ごたえ良さそうだけどと突っ込まれる。
橋本は、「テニスは、サーブの時に出す声が良いよね」というが、鰻は、ボールを放り上げるポーズをしてから「俺の、このサーブを受けてみろ。この熱く燃える火の玉サーブ」などと言って、橋本から「長いわ。『このサーブ』ぐらいで球ツーバウンドしてるわ」と突っ込まれる。「そういうんじゃなくて、『あっ!』やろ」と橋本に言われた鰻はボールをトスする時に「あっ!」と叫んで、「違う! あんな軽いボール放る時に声出す奴、絶対弱い」と言われる。

午後5時の回は、鰻は自分は頭が悪いので、少しでも良くするために諺を覚えようとしているのだが、「一万去ってまた一万」と言って、橋本に「なんやそのパチンコの負けるパターンみたいなの」と突っ込まれる。鰻は「三度目の掃除機」とも言うが、橋本から「正直や。掃除機三度買い換えるまでに長い過程あるわ。多分、三台目ダイソン(の全自動掃除機)ぐらいになってるわ」と突っ込まれた。

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2015年1月21日 (水)

コンサートの記(170) 垣内悠希指揮 京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」2015

2015年1月11日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」を聴く。今日の指揮者は期待の若手、垣内悠希。

曲目は、モーツァルトの歌劇「後宮からの誘拐」序曲、フリードリヒ・グルダのチェロとブラス・オーケストラのための協奏曲(チェロ独奏:宮田大)、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」

「ニューイヤーコンサート」ということで、女性奏者は思い思いの華やかな衣装で登場。洋装が圧倒的だが、中には振り袖の人もいるし、成人式や卒業式の時のような羽織袴の人もいる。男性奏者も蝶ネクタイでお洒落に決める。

垣内悠希は、1978年東京生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業(指揮科ではない)後、ウィーン国立大学に留学し、同校指揮科を首席で卒業。2011年に同校劇場音楽科特別課程を修了。同年のブザンソン国際指揮者コンクールで優勝している。現在はポストには就いておらずフリーの立場で指揮活動をしているようだが、フランス、オーストリア、ロシア、日本など世界を股に掛ける活躍をしているようである。

京都市交響楽団の今日のコンサートマスターは泉原隆志。渡邊穣がフォアシュピーラーに回る。ドイツ式の現代配置での演奏。クラリネット首席奏者の小谷口直子は前後半共に登場(「田園」演奏中に楽器トラブルがあったようだ)。フルート首席の清水信貴とオーボエ首席の高山郁子は後半のみの登場である。

モーツァルトの歌劇「後宮からの誘拐」序曲。トルコを舞台としたオペラの序曲であるため、トルコ風の旋律やシンバル(トルコはシンバルの有名な産地である)の活躍が目立つ。
弦楽の旋律の歌わせ方が流線型でピリオド的であるが、意欲的にピリオドを取り入れたという風ではなく、自然体である。
キビキビとした音楽運びが特徴。垣内の指揮のスタイルは、指揮台の上で結構動き回るというのが特徴である。第1ヴァイオリンの音を大きくしたいと思うときはコンサートマスターの近くにスッスと歩み寄る。

フリードリヒ・グルダのチェロとブラス・オーケストラのための協奏曲。ドラムスが入る場面ではかなりロックすることで知られる曲である。珍しい曲であるが、京響がこの曲を取り上げるのは初めてではなく、下野竜也指揮の定期演奏会で取り上げられたことがあるはずである(その日は別の用事があったため、当該コンサートは耳にしていない)。

宮田大(みやた・だい)は、京響との共演経験もあるが、栃木県出身のチェリスト。両親共に音楽教師という恵まれた音楽環境の中で育ち、出場した国内コンクールでことごとく1位を獲得。パリで行われた第9回ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールでも優勝している。桐朋学園音楽学部特待生、桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコース首席卒。ジュネーヴ音楽院も卒業している。

20世紀を代表するピアニストの一人であるフリードリヒ・グルダ(1930-2000)。J・S・バッハなどの独自の解釈による演奏でも知られているが、ジャズを演奏し、即興演奏なども得意としていた(ジャズピアニストとしての評価は残念ながら高くはなかった)。この曲は、チェリストで指揮者としても活躍しているハインリヒ・シフがグルダにベートーヴェンのチェロ・ソナタで共演しようと持ちかけたものの、グルダが良い顔をせず、そこでシフが「チェロの曲を書いて下さい」と依頼して出来上がったものだという。理由はわからないが、どうもグルダはシフのことを疎ましく思っていたようである。

編成であるが、突飛である。まずドラムス(京響首席打楽器奏者で、通常はティンパニを叩いている中山航平が担当する。ちなみに革靴から運動靴に履き替えての演奏である)が、舞台上手後方に陣取る。
上手前方にはギターとベース(エレキスタイルのものでアンプも使うが、音は全曲を通してアコースティック音にセットしたままで演奏する)、管楽器は一通り並ぶ。純粋にアコースティックな弦楽器はコントラバス(ダブルベース)1台のみである。ギターとベースには客演奏者が招かれ、ギターを中村たかしが、ベースを小笹了水が演奏した。

5つの楽章からなるが、ドラムスが盛大になっている時のチェロの旋律はかなり通俗的である。その他の楽章ではモーツァルト的だったりバッハ的だったりと、ピアソラのタンゴのようだったり、フランシス・レイの映画音楽を思わせたりと、おそらくグルダは意図的に作風を真似て書いている。
最終楽章は、スーザが書いたような行進曲。楽しいといえば楽しいが能天気に過ぎる気もする。

宮田のチェロは潤い豊かな音色で、華麗な技術を披露する。

深みのある作品ではないので、聴いて楽しければOKである。ただ、第5楽章が余りにポピュラー寄りで明るく、続けてチェロ奏者のアンコールの定番であるJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲やカタルーニャ民謡の「鳥の歌」などを演奏すると違和感があるためか、宮田はアンコール演奏を行わず、最後はチェロを持たずにステージに登場して一礼した。

ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。ポピュラーな曲であるが、難曲でもある。まず曲の冒頭が交響曲第5番同様、休符で始まる。「田園」は比較的ゆったりと始まるために第5に比べると振るのは楽であるが、第2楽章には8分の12拍子(8分音符の3連符4つ)という、クラシック音楽でしか見掛けない拍子が現れる。その後も、拍子記号は簡単でもオーケストラコントロールは難しい場所が続く。

垣内は中庸のテンポを採用。弦の歌い方はピリオド寄りであるが、ピリオド・アプローチという程までには行かない。それよりもティンパニに硬めの音を出させたのがピリオド的である。

第1楽章の高揚感、第2楽章の瑞々しさ、第3楽章の快活さ、第4楽章の迫力、第5楽章の伸びやかさ、いずれも満足のいく出来。三十代でこれほどのベートーヴェンが振れるのなら上々である。

演奏を終えた後、垣内は後ろのポールにもたれ掛かって「あー、疲れた」という表情をする。若くても「田園」を演奏するのはしんどいのだろう。

垣内と京響は喝采を受けるが、垣内が拍手を止めて貰うような仕草をした後で、「新年あけまして」と言い、京響のメンバーが「おめでというございます!」と続けた。

アンコールは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ニューイヤーコンサートでも定番の「ピッチカート・ポルカ」。好演であった。

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2015年1月19日 (月)

三日月しずか(麻生久美子) 「しゃくなげの花」

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2015年1月18日 (日)

コンサートの記(169) 藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団 「21世紀の新世界」2015

2015年1月10日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで「21世紀の新世紀」というコンサートを聴く。毎年1月にドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を聴く企画コンサートである。今年は藤岡幸夫指揮の関西フィルハーモニー管弦楽団による演奏で行われる。

曲目は、シベリウスの交響詩「フィンランディア」、グリーグのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:山本貴志)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」

シベリウスは今年が生誕150年のメモリアルイヤーである(2007年も没後50年の記念年であったのだが)。日本でも各地でシベリウスの演奏会が企画されている。藤岡はシベリウスを十八番としており、メモリアルイヤーということもあって新年の第1曲として「フィンランディア」を選んだのであろう。

関西フィルという楽団は関西の中でもパワーがある方ではないが、藤岡の指揮により力強い演奏が展開された。弦はやや薄いかも知れないが許容範囲である。

グリーグのピアノ協奏曲イ短調。ピアノ独奏の山本貴志は、関西で実演を聴くことも多いが、ショパンを得意とするピアニストであり、現在もワルシャワ在住である。

山本はクリアな音色を奏でるが、完全に結晶化しているとは言いがたい。第1楽章のカデンツァは腕の聴かせ所なのだが、なぜか山本のピアノは鳴りが悪い。男性ピアニストなので力が弱いということはないはずなのだが。ただリリカルな部分は満足のいく仕上がりになっている。

藤岡指揮の関西フィルも引き締まった伴奏で聴かせた。

アンコールとして、山本は、ショパンの夜想曲第2番を弾く。ロマンティックであり、音色も煌びやかで美しく、グリーグよりも遥かに優れた出来。やはり山本にはショパンが合っているのかも知れない。

「新世界」交響曲演奏前に、藤岡がマイクを手にして現れ、今回の「新世界」交響曲が新たに改訂された楽譜で演奏されるとアナウンスする。ドヴォルザークは交響曲第8番をイギリスの出版社から出し(そのため、極めてスラヴ的な作風にも関わらず交響曲第8番は「イギリス」と呼ばれることがある。最近はその傾向は減ったが)、「新世界」交響曲もイギリスの出版社から出す予定だったのだが、その時、ドヴォルザークはニューヨークのナショナル音楽院(その後の消息は不明だが、おそらく廃校か他校に吸収合併されたかで、現在はナショナル音楽院という学校は残っていない)の院長であったため、楽譜出版の際の校訂に立ち会うことが出来ず、恩師であるブラームスに校訂を委任している。そのため、ドヴォルザークの意図とは異なった形の総譜が出版されることとなった。
今回は、ドヴォルザークが思い描いたビジョンに近いと藤岡が見做したスコアによっての演奏であり、知らずに「演奏者が間違えた」と思われるのが嫌なので事前にスピーチを行うことにしたのだという。

変更箇所であるが、第1楽章と第3楽章の第1楽章のヴァイオリンの旋律と、第1楽章クライマックスの金管の咆吼に対位法的旋律が加わること。更に、第4楽章のティンパニのリズムである。改訂した方が良いのかどうかは微妙であるが、演奏はなかなか優れたもの。藤岡のキビキビとした音楽運びに、関西フィルも機敏に反応する。オーケストラの力そのものは、京響、大フィル、センチュリーに及ばないかも知れないが、演奏の面白さでいえば優るとも劣らないものがあるだろう。

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2015年1月15日 (木)

観劇感想精選(143) カンパニー・フィリップ・ジャンティ 「忘れな草」

2014年11月1日 京都劇場にて観劇

午後3時から、京都劇場、カンパニー・フィリップ・ジャンティの公演「忘れな草」を観る。日仏文化交流90周年記念公演でもある。

セリフはほとんど用いられず、演者のパフォーマンスと小道具の使い方で見せる公演。特に人形と幕の使い方が特徴である。

舞台が明転すると、まず後ろを向いた女優がヘンデルの歌劇「リナルド」から“私を泣かせてください”を歌っている。ところが、この女優、舞台の方に向き直るとチンパンジーのフェイスマスクをしている。

そこへ、遠くの方から人間の集団らしい影絵が近づいて来るのが見える。チンパンジーはそれを追い返そうとするのだが、無駄骨に終わる。

続いて、男と女のいる舞台。だが、それぞれ、自分の顔に似せた等身大の人形を持っており、人間と人形が様々に交錯するという興味深い展開が行われる。「この辺で変わりそうだな」という予測は可能であり、当たることが多いのだが、急にチェンジするので、どうやったのかわからないところも何ヶ所かあった。

実は、男装した女優が一人紛れており、そのため数の勘定合わないよう錯覚させる工夫がなされていた。

舞台設定は北極か南極のようで、演者達は小さなスキーの模型を履いていたりする。そのため、温め合う男女という設定もあるのだが、これは良いところでブツ切りにされる。

チンパンジーにとっては人類が繁栄しないことこそが願いなので、人類のあれやこれやはあっても何事もなく去って貰うのが望ましい。

ラストシーンでは、チンパンジーの望み通り人類は去って行くかに見える(影絵で示される)のだが、途中で、一組のカップルが馬車を降り、恋愛が成就したことが暗示される。チンパンジーが悔しがる中、幕となる。

ストーリー自体は、言葉を使わないパフォーマンスの常として奥深さはあっても多彩とはいえないものだが、小道具の生かし方は見応えがあったように思う。

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2015年1月12日 (月)

The Piano Guys 「Let It Go」&ヴィヴァルディの「四季」より“冬”

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2015年1月11日 (日)

布施明(ヴォーカル)、錦織健(テノール)、幸田浩子(ソプラノ)、川井郁子(ヴァイオリン)ほか 「花は咲く」

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2015年1月 7日 (水)

観劇感想精選(142) 「未来創伝」

2014年12月25日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後4時から京都芸術劇場春秋座で、クリスマス特別公演「未来創伝」を観る。篠笛奏者の藤舎貴生(とうしゃ・きしょう)の発案による、日本の伝統芸能の演者と現代劇の俳優やダンサーなどとのコラボレーション企画である。出演は春秋座の芸術監督でもある市川猿之助を始め、若村麻由美、尾上菊之丞、茂山逸平、藤舎貴生、桂米團治ほか。

春秋座は先代(三代目)の市川猿之助(現:二代目市川猿翁)のために建てられた劇場で、歌舞伎専門劇場ではないが、歌舞伎のあらゆる演目に対応出来る設計になっている。可動式の花道があるほか、廻り舞台、セリ、緞帳などを備えている。
セリが下りた場所、いわゆる奈落は、私も京都造形芸術大学の学生だった時に作業をしていたので、どういう場所なのかはよく知っている。ちなみに江戸時代に奈落で働いていたのは前科者などであり、前科者の印である刺青が入れられていたので日の当たる場所では雇って貰えず、裏方に徹することの出来る奈落などで仕事をしていたのだ。
劇場によっても奈落の様子は違うはずだが、春秋座の奈落はかなり殺風景である。

演目は、市川猿之助による素踊り「黒塚」~月の巻より~(作:木村富子、作曲:四世杵屋佐吉)、尾上菊之丞と茂山逸平による舞踏狂言「千鳥」(構成:茂山逸平、脚本:尾上菊之丞、作曲:藤舎貴生)、若村麻由美による語舞踊(一人語りと舞踊)「書く女」~建礼門院右京大夫~(作:今井豊茂、作曲:藤舎貴生、書・美術:千登勢、振付:尾上菊紫郎)、市川猿之助と8人のダンサーによる舞劇「八俣の大蛇(やまたのおろち)Ⅱ」(作詞:松本隆、作曲:藤舎貴生、美術:朝倉摂、振付:尾上菊之丞、ダンス振付:橘ちあ)

桂米團治は、前口上と司会、幕間の語りなどを務める。
桂米團治は落語家であるが、考えてみれば米團治の落語は聞いたことがない。以前、米團治の落語の会が春秋座であったため「行こうか」と思ったことがあるのだが、先約があって行けなかった。今日もちょっとした語りは行うが落語は披露しない。前回、米團治を見たのは、今では大丸心斎橋劇場となっている「そごう劇場」で行われた遊佐未森のライブのゲストとして招かれた時で、その時もピアノの弾き語りなどをしていたが落語はなかった。ポピュラー歌手のライブで落語のコーナーがあってもおかしいが。遊佐未森のライブで見たときは桂小米朝改め桂米團治(止め名である)となった直後で、米團治は「今の私があるのも、全て父親(桂米朝)のお陰です」と自虐ネタをやっていたが、今日も「『よねだんじ』と読めなくて『べいだんじ』と読まれたり、『お父さんが米朝だから、べいだんじでいいでしょ』などと言われたり、米團治を襲名したのを知らなくて小米朝と呼ばれたり。今日も楽屋で小米朝と呼ばれましたが」と自虐ネタは欠かさない。

影アナは第1部が市川猿之助、第2部が若村麻由美によるもの(録音したものが流れた)であったが、猿之助は「本日はお忙しいところをクリスマス特別公演『未来創伝』にお越し下さいまして誠にありがとうございます。こんな忙しい時期に見に来られるというのはよっぽど暇な方々だと思われますが」「携帯電話はマナーモードではなく、電源をお切り下さい。公演中に電話をする方はいらっしゃらないと思いますが通話も禁止です」「その他、飲食、喫煙などマナーの悪い方は芸術監督の権限により拉致監禁、きついお仕置きをいたします」などとユーモアに富んだ影アナを行った。若村麻由美の影アナも「芸術監督さんが、『遅れてきた客は立って見てろ』と怖いことを言っていますのでお早く席にお戻り下さい」と猿之助の調子を受け継いだものだった。

素踊り「黒塚」~月の巻より~。謡曲「黒塚(安達原)」が基で、能や歌舞伎の演目にもなっている「黒塚」が、今日行われるのは二世市川猿之助(当代猿之助の曾祖父。初世市川猿翁)が創出した舞踊劇。二世猿之助は海外に行った時に観たロシアバレエの技法を取り入れ、つま先で踊る振付を取り入れたという。
鬼女である岩手の踊りであるが、今日はメイクなども行わず、普通の着物で踊る「素踊り」で上演される。
米團治が「黒塚」のストーリーなどを説明をした後で、セリで下へと退場。その後、猿之助が登場し、「黒塚」の中の岩手が月の夜に出歩き、童心に戻る場面を踊る。細やかな舞の後で、ダイナミックな踊りが繰り広げられる。本人によると実は「運動音痴」だという当代猿之助であるが、そんなことは微塵も感じさせない鮮やかな踊りである。

舞踊狂言「千鳥」。この演目でも上演前に米團治がマイク片手に現れて、舞台転換の間に緞帳の前に立ってトークを行う。

狂言「千鳥」に日本舞踊の要素を取り入れたもの。舞は舞だけに徹して貰いたかったという気持ちもないではないが、それだと狂言にはならないので、尾上菊之丞も狂言を演じ、合間に舞うというスタイルを採る。
茂山逸平は能舞台にはないセリに乗って登場。尾上菊之丞も日舞の会場には余りない(先日観た大阪の御堂会館での日舞公演では臨時の花道を作っていたが)花道から現れる。

背後の松には溶暗中には電飾が点り、明るくなると様々な飾り付けがあって松の木ながらクリスマスツリーになっている(歌舞伎の松の木に飾りを付けて強引に「杉の木だ。クリスマスツリーだ」と言い張り、その後、「それはモミの木だ! 勘違いしてるぞ!」と突っ込みを入れられるというシーンのある東京サンシャインボーイズの公演『ショー・マスト・ゴー・オン』を思い出した)。

尾上菊之丞扮する太郎冠者は主から酒屋で酒を買ってくるよう命じられるのだが、この主というのが借金ばかりで、酒を買う金もない。酒屋へのツケも積もって酒を手に入れる当てもないのだが、来客だというので無理矢理太郎冠者を使わしたのである。
酒屋の主役の茂山逸平は「今日はクリスマスとてみんな賑やかにしているのに、何の因果か今日も働かねばならず」というセリフを足していた。

酒を手に入れるために、津島神社の尾張祭りの話をして、その隙に酒樽を盗み去ろうとする太郎冠者と、それを見とがめる酒屋の主の話。太郎冠者はまず、酒樽を千鳥に見立てて、千鳥を抱えるとして酒樽を奪おうとするが上手くいかない。そこで今度は神葭(みよし。山鉾のことだそうだ)流しの様子をして酒樽を見立て、神葭を伊勢の方向へ流すとして運び去ろうとするがやはり失敗。
そこで、流鏑馬の話をし、酒屋の主にも馬を演じるように仕向け、酒屋の主が疲れて後ろ向きに転がり落ちた隙に太郎冠者は酒樽を持ち去ることに成功する。

尾上流家元である尾上菊之丞の舞の上手さは今更書くまでもないが、茂山逸平も舞踊ことしないが、菊之丞と合わせての動きなどは見事である。

合間のトークで、「千鳥」で三味線が演奏されていたことについて桂米團治は、「三味線というのは安土桃山時代に入ってきた楽器でして、能が出来た室町時代にはなかった楽器なんですね。能で使われますのは、笛、鼓、太鼓とありますが掻き鳴らす楽器はなかったんです。だから狂言で三味線が鳴るというのは新しい試みなんですね」と説明を入れる。ただ、室町時代の由来を室町通としたのは良いが室町北小路(室町今出川)に足利尊氏が屋敷を構えたので室町時代と呼ばれるようになったと語っていたが、厳密にいうとこれは間違いである。足利尊氏が屋敷を構えたのは二条高倉であり、室町に屋敷(花の御所)を構えたのは足利第三代将軍にして太政大臣、そして日本国王の足利義満(室町殿)である。

若村麻由美による語舞踊「書く女」~建礼門院右京大夫~。そういえば樋口一葉を主人公にした永井愛の舞台のタイトルも「書く女」だった。どうでもいいが。
建礼門院というのはよく知られているように高倉院の室となり安徳院を産んだ平徳子のことであり、建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)は徳子に仕えていた女性である。能書家・藤原伊行(ふじわらのこれゆき)と箏の名手・夕霧の間に産まれた建礼門院右京大夫は才女であり、治承・寿永の乱の有様を歌などに託して綴っている。

能書家の娘ということで、舞台上からは建礼門院右京大夫の和歌が千登勢の筆によって書かれた紙が4枚垂れている。若村麻由美は白い布を被り、後ろを向いた状態で「今や夢むかしやゆめとたどられていかに思へどうつつとぞなき」という建礼門院右京大夫の歌を読みつつ、客席の方に向き直る。
若村麻由美は坂東流の日本舞踊の名取であるが、米團治によると「(本職の方に比べると)全然踊れません」と語っていたそうだ。しかし艶と気品を合わせ持った見事な舞を披露する。本職の人から見ると違うのかも知れないが、私は踊りに関してはよく分からないので良い出来に思える。

「語り物」と呼ばれる一人芝居の形態。元々は若村麻由美の朗読公演のために編まれたものだが、今回は台本を手放して語られる。題材となっているのは、源平の戦いそのものではなく、絶世の美女といわれた小宰相の局(こざいしょうのつぼね)と、平通盛(たいらのみちもり。義経のライバルとされることの多い能登守教経の兄である)との恋である。

この作品ではセリが何度も使われ、文机が上がって来たかと思えば、セリが下りた状態の空間に若村麻由美が登場時に被っていた布を落とすなど、上がっている時も下がっている時も効果的に用いられる。

語りはベテランの域に達した舞台経験豊富な女優によるものなので万全である。ちょっとしたニュアンスの変化で心情の変化などを大きく変える様は鮮やかだ。「綺羅星の如く」を「きら、ほしのごとく」ではなく「きらぼしのごとく」と読んでしまったのはご愛敬だが。

紅一点として、今回の公演に見事な華を咲かせていた。

舞劇「八俣の大蛇Ⅱ」。素戔嗚尊(市川猿之助)の八俣の大蛇退治を8人のダンサー(穴井豪、乾直樹、金刺わたる、櫛田祥光、熊谷拓明、柴一平、鈴木明倫、宮内大樹)と共に描く舞踊劇である。太鼓が用いられ(太鼓演奏:田代誠)、迫力のある音楽が奏でられる。

猿之助は2階席後方から宙乗りで登場。花道に着地する。「狐忠信」とは逆の演出である。舞台にはリノリウムのカーペットが敷きつめられている。余談だが、京都芸術劇場のリノリウムカーペット(舞台用語では「リノ」。指原莉乃みたいである)は春秋座の奈落の他に、今では授業公演で用いられるだけになっている小劇場のstudio21にも常備されており、花道を含めた春秋座の舞台一杯に敷きつめられるだけの量は確保されている。

最近は舞台作品の作詞でも活躍している松本隆の筆による詞が語られる。マイクを用いての語りだったのだが、マイクを使った場合、かなり滑舌が良くないと何を言っているのかわからない状態になることが多く、今回も猿之助の語りが良く聞き取れない場面がいくつもあった。音楽が大音量なのでマイクを使ったのであるが、セリフを聞き取らせるという点では上手くいかなかったかも知れない。

一方で舞は見事。先代の猿之助はアクロバティックな技を取り入れて歌舞伎界に革命を起こしたが、甥に当たる当代の猿之助もその精神を受け継いでいる。衣装の早替えは見事であったし、草薙剣を用いての舞は迫力充分であった。竹光とはいえ、剣を使った踊りは危険なのであるが、猿之助も8人のダンサーも見事に舞った。

 

クリスマスということで、抽選会がある。席番のくじ引きで当たりが決まる。茂山逸平はサンタクロースの格好で登場したが、厳密に言うとサンタクロースそのものの衣装ではなく、とにかく大勢の狂言師が登場することで有名な演目「唐人相撲」の登場人物の衣装からサンタクロースに見えるものを抽出して出来上がった服装であるという。
先日、同じ条件によるくじ引きがフェスティバルホールで行われたが、キャパが違うとはいえ今日は客席が大人しく、茂山逸平から「静かですね」と言われる程だった。「未来創伝」は京都のみで行われる公演なので客席にいるのが京都人ばかりとは限らないが(昼の部では最も高価な「未来創伝賞」を当てたのは千葉県勝浦市から来た人だったという。千葉県人だからわかるが勝浦というのは東京に出るためには必ず通過する千葉駅に来るだけでもかなり時間の掛かる場所である)、京都人と大阪人の違いはやはりあるのかも知れない。

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2015年1月 4日 (日)

雪の日の初詣

2日に日中の初詣として七条にある豊国神社に行きました(夜間の初詣は1日の日の出前に下鴨神社に行っています)。

雪の日の初詣

三が日は国宝である唐門(徳川期二条城遺構、伝伏見城遺構)を潜って拝殿の前まで行くことが出来ます。豊国神社には毎年参拝していますが、雪の日の参拝は初めてとなりました。雪化粧した唐門は光の反射により明るさを増し、日輪の子といわれた祭神:豊臣秀吉公に似付かわしい表情を見せています。

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押尾コータロー ギター1本によるYMOメドレー

ベルリオーズ「ギターは小さなオーケストラである」、ワーグナー「オーケストラは大きなギターである」という言葉がありますが、この演奏を聴くと肯けますね。イエロー・マジック・オーケストラは、実際はオーケストラではなくバンドですが。

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2015年1月 3日 (土)

サー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ハチャトゥリアン バレエ音楽「ガイーヌ」より“剣の舞”

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2015年1月 2日 (金)

サー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ドヴォルザーク スラヴ舞曲第8番

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2015年1月 1日 (木)

あけましておめでとうございます

本年も宜しくお願い致します。

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