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2015年3月 2日 (月)

観劇感想精選(147) 柄本明ひとり芝居「風のセールスマン」

2014年7月13日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後3時から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、柄本明ひとり芝居「風のセールスマン」を観る。作:別役実、出演&演出:柄本明。

数多くの戯曲を書いている日本を代表する劇作家、別役実。劇作一本で食べて行けている日本唯一の劇作家とも言われている(他の劇作家は、演出家も兼ねたり、テレビや映画、ラジオの台本など劇以外の本も書いていたり、大学や専門学校の講師などを兼任している)。一方で、演出は自作を一度やったきりで、「変なものが出来てしまったから」という理由で以後は携わっていない。
意外ではあるが、別役実が書いた一人芝居はこれが二本目のはずである。一本目は女性が主人公だったので、男優一人のものは初めてであるはずだ。単に依頼がないだけかも知れないが、一人芝居というのは一人で喋っているという特殊な劇なので、「ダイアローグが演劇の基本」と考えている人は一切書かないとしてもおかしくはない類のものである。

タイトル通り、柄本明が演じるのは敷島商事のくたびれた感じのセールスマン、オキモトシンジである。

舞台には別役劇の代名詞的存在である電柱が一本。バス停の標識兼時刻表とベンチ。これだけである。その後、仕掛けも出てくる。

柄本明は歌いながら登場。晴れているのに雨傘を差すという歌詞が出てくるところで、自身が同じことをしているのに気付く。雨が止んだのに気付かなかったのか、あるいはいつかスコールに遭った経験がそうさせたのかと自問するが、晴れた日に太陽や空に姿を晒していることが恥ずかしいから雨傘を差しているのだと結論づける。

柄本明演じるオキモトシンジはセールスマンが胸を張れるような仕事ではないと考えているようで、「セールスマン、もうちょっとまともな言葉でいうと訪問販売員」、「売っているのは水虫防止靴底シート」(だが今は秋で水虫のシーズンは過ぎているので「今の季節には防寒用になります」と言って売っているらしい)、「セールスマンは仕事じゃない風のようなもの」と言って、「風が吹くのが見えるでしょうか? でも風は木の葉を揺らし、確実に吹いている」というような歌を唄う(後でたまたま知ったが既成の童謡を歌っていたようである)。

オキモトは上司(正体は不明である)から、地図にマーキングされた場所に訪問販売に行くよう言われたので、この場所にいるのである。オキモトは変わった人物のようで、バス停でバスを待っていても、「本当にバスを待っているんですか?」と他人に聞かれ、歩いていても「歩いているんですか?」と疑われるという(オキモトは右手と右足、左手と左足が同時に出る、なんば歩きという歩き方で歩く癖があるのだが、右手と左足、左手と右足という互い違いになる歩き方が正しいのか疑問に思っている。これはもっともなことで、今の歩き方は明治に入ってから西洋人の習慣を真似たものであり、日本人は元々は原則なんば歩きだったのである)。更に笑顔になるのが苦手で、笑っていても「クシャミが出るのを我慢してるんですか?」と聞かれるそうだ。ちなみにオキモトがクシャミが出るのを本当に我慢している時は歌舞伎役者が見得を切っているような表情になる。そこで、奥さんと二人で笑っているように見える顔を作り上げたのだが、やはりクシャミを我慢していると勘違いされ、その夜は夫婦で泣いたそうである。その後も試行錯誤を重ねて、何とか笑っているように見える表情は、コロッケが美川憲一の物真似をしている時のようなものだった。

オキモトはセールスの仕事を嫌がり、「皆、パンフレットだの説明書だのを持って家庭を訪問するが、そんなのセールスじゃない」と言って、鞄からチェーンを取り出し、電柱に巻き付ける。そして今度は犬用の首輪を出して、首に巻き、チェーンの端と繋いで鍵を掛けてしまう。これで、セールスに行けない言い訳が出来上がった。鍵を持っていると、自分で繋いだということがばれるので、鍵は放り投げて捨ててしまう。しかし、一つ大事なことを忘れていた。用足しである。メモにも「小便をしてから」と書いたのだが、うっかり読まないで鍵を掛けてしまった。公衆トイレはすぐそこなのだが、尿意を催しても電柱に繋がれているので行くことは出来ない。人が通りかかって「あなたは何をしているんですか?」と聞かれるまでここにいなければならないのだが、そのために重要な準備を飛ばしてしまった。「小便は我慢できる」というオキモトだが、「小便のことを考えると不思議なもので催す」と語り、他のことを考えようとする。

オキモトは靴下を履き替える。「古い靴下脱いで、新しい靴下を履く」と歌い、「これはヒットチャートに入った歌です」と言う。無論、嘘である。オキモトは以前、女の子から誕生日パーティーに誘われたのだが、古い靴下で行ったため、靴を脱いだときに匂いが酷く、女性から嫌われてしまったことがあるそうだ。それを教訓に、また別の、今度は会社の会計係をしている女性から「オキモトさん、私の誕生日パーティーに来てもいいわよ」と誘われたときには新しい靴下に履き替えていった。足は匂わず、その縁で会計係の女性と結婚にまで漕ぎ着けたという。

しかし、結婚式の話が出たところで、あそこのもう一つの使い方を思い出してしまい、尿意が酷くなる。結婚式を挙げたその夜、つまり初夜に、オキモトは上手くやることが出来なかったという。初めてではなかったので大丈夫だと思っていたのだ駄目だったそうだ。

ということで、話している内にどんどん尿意が酷くなってくるので、電柱に立ち小便をしようとするが、そこで天井から巨大な目(片目だけのオブジェ。これは少なくとも超人間的なものではない)が降りてくる。オキモトは、巨大な目に向かって、「見てもいいよ」と言う。

溶暗。

明るくなると、オキモトがズボンの脱ぎ、下はトランクスになって、もう一枚のトランクスを絞っているのが見える。見てもいいよとは言ったものの、目の前では出来ず、失禁してしまったことがわかる。

バス停の目印と電柱との間に紐を渡し、そこにズボンとトランクスを吊す。そのためそこで生活しているかのようになる。ホームレスですと言えば、漏らしてしまったことが人にばれずに済むのだが、そのために段ボールが必要だ。と語ったところで、天井から段ボールが落ちてくる。段ボール箱に入ると、丁度ホームレスのように見える。しかし、鎖に繋がれたホームレスというのは変なので、髭剃り用のカミソリで、首輪の皮の部分を切ることにする。鞄から、カミソリと手鏡を取り出し、手鏡をバス停のマークと時刻表の間に挟んで、映った顔の鬚を剃り、いや鬚を剃るんじゃなくって首輪を切るんだったと思い直し、鏡に向かうがまた鬚を剃り、ということが繰り返される。習慣でそうなってしまうらしい。オキモトはカミソリに向かって、「お前は鬚が剃りたいのか?!」と叫ぶ。

首輪の皮が切りにくいので、首輪を上に持ち上げようとすると、首輪は頭からすっぽりと外れて床に落ちてしまう。「何だ、簡単に外れるのか。わかっていたら漏らすことなかったのに」と呟くオキモト。

ただ、段ボールに入って、ここが住み処と考えたときに、オキモトは以前、あるセールス先で、売り上げを伸ばすためにその街に住み着くよう上司から指示されたことがあるのを思い出した。

オキモト夫妻は、鳩小屋を買い、そこで暮らし始めたのだが、住み処が住み処ということもあり、その街の住人は誰もオキモト夫妻がその街で暮らしているとは思ってくれなかったという。そこで、子供を作れば、住人達から、「可愛い赤ちゃんですね。男の子ですか? 女の子ですか?」と聞かれるので、コミュニケーションが取れ、仲間だと思って貰えると思いつくが、夫人から、そんな理由では子供は出来ない。子を授かるのには神様を騙しては駄目だと反対される。オキモトは子供が欲しいから欲しいと思い込もうとしたが、結局、子供は出来ず、シノブという名前の女の子の赤ちゃんを養子に貰う。

オキモトは折角電柱があるので、登ってみる。オキモトは高所恐怖症であるが、どこまで高いところまでいけるのか試すのが面白いという。以前、今はもう退職したセールスマンの先輩から、電柱の上からは、それまでとは別の風景が見えるのだとオキモトに教えてくれたそうだ。オキモトは電柱の上からの風景を見る。だが、ここでまた大きな目のオブジェが降りてくる。

養子であるが、シノブという名前が悪かったのか、赤ちゃんなのに泣きもしなければ笑いもしない。ずっとオキモトの顔を見つめているだけだという。大きな目のオブジェをオキモトは見る。シノブもそんな目をしていたとオキモトは言う。見られるのは別に構わない、だが何を考えているのかわからない目で見られるのは嫌だとオキモトは巨大な目に向かって告げる。この見る見られるの構図は複数のケースのメタファーとなっている。

公園デビューの話になる。オキモトと夫人がシノブを連れてママさん達の集まる公園に向かうのだが、公園にいたママさん達はオキモトと夫人の姿を見た途端、公園から出て行ってしまったそうだ。
シノブが無表情なのは、実の子でないからだと思われており、それはそうなのだが、シノブを養子に貰ったのと同じ時期に病院から幼児が盗まれるという事件が起こったそうで、オキモト夫妻はその犯人ではないかと疑われていたのだ。

オキモトが仕事に出ている間に悲劇が起こる。夫人とシノブはタクシーに乗って出掛けるのだが、事故に遭い、タクシーは横転。夫人は助かるが、シノブは首の骨を折って即死だった。

葬式であるが、やはり住民と認められていないため、鳩小屋では執り行うことが出来なかったそうだ。「実の子でもないのに」とも言われたという。

オキモトは、「ずいずいずっころばし」を歌う。シノブが死んだ後、オキモト夫婦はもといた街に戻った。夜中に寝ていると「ずいずいずっころばし」を歌う声が聞こえた。オキモトが起きると夫人が「ずいずいずっころばし」を歌っていたという。オキモトはその時、夫人に対する殺意を抱いたという。翌朝、起きると、夫人は風呂場で首をナイフで刺されて死んでいたという。オキモトはナイフに指紋を付ける。これでオキモトはしがないセールスマンから、夫人殺しの殺人犯となり、牢獄という居場所を見つけられるのだ。そしてオキモトが今いるのは上司が指定した場所。警察はすぐにオキモトの居場所を見つけるはずだ。しかもオキモトは逃げるどころか自分から電柱に繋がって逃げられなくしてしまっている。パトカーのサイレンが聞こえる……

幾つかのメッセージを受け取ることが出来るが、最も重要なテーゼを簡単に書いてしまうと「レーゾンデートルを探す男の物語」である。肩書きを持つのではなく、傘を差していたのは「『自分』はここにいる」というサインである。その『自分』の名前が何になるのかはわからないが、いずれ『自分』でしかあり得ない何かになるのであろう。不条理風からサスペンスを経て希望に満ちた明るいラストを迎える(希望以外は何もないのであるが)。

柄本明の演技を生で観るのはおそらく二度目だと思うが、良くも悪くも「いかにも俳優」という演技をする俳優である。どこまでが個性でどこまでが演技なのかわからない独特の魅力がある。

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