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2015年3月23日 (月)

コンサートの記(178) シベリウス生誕150年 エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団来日公演2015西宮

2015年3月1日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮市にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の来日演奏会を聴く。

ロンドンのオーケストラとして、トップの座を争う位置にいるフィルハーモニア管弦楽団。元々はEMIの芸術部長(プロデューサー)であったウォルター・レッグによって組織されたレコーディング用のオーケストラであった。創設は1945年という終戦の年。録音用のオーケストラというと腕の方は今一つというイメージを抱きがちだが、戦後の大不況がレッグには味方する。民営のオーケストラの解散や整理解雇、賃金に不満を持った楽団員の離脱などが相次いでおり、仕事にあぶれたコンサートマスタークラスや首席級の演奏家がゴロゴロしていたという。レッグはポーランド出身の指揮者であるパウル・クレツキらにフィルハーモア管弦楽団のトレーニングをさせた後で、ヘルベルト・フォン・カラヤンを指揮者に迎える。カラヤンはナチスの党員であったため戦争責任を問われ、しばらくの間、公式の演奏会での指揮を禁じるという処分を受けていた。ところがレコーディングは「公式の演奏会」には含まれなかったため、好きなだけ仕事が出来たのである。カラヤンにとっても渡りに船であった。
その後、ドイツの巨匠、オットー・クレンペラーを常任指揮者に迎え入れ、黄金時代を迎える。クレンペラーはイギリスでは「音楽の神様」と讃えられ、当時、フィルハーモニア管弦楽団に在籍していた女性団員が、「神様と一緒に仕事が出来て、お金まで貰えるなんて」と感激していたという記録が残っている。
だが、冬の時代が訪れる。「フィルハーモニア管弦楽団を私物化している」との指摘によりEMIから追放になったレッグは、その後、一方的にフィルハーモニア管弦楽団の解散を命じる。レッグは「フィルハーモニア管弦楽団なんて覚えられないセンスの悪い名前だ(元々録音用に臨時に付けたので余計にそう思えたのかも知れない)」として、オーケストラの名前も売り払ってしまう。残された団員はクレンペラーを指導者としてニュー・フィルハーモニア管弦楽団を設立。自主運営のオーケストラとして再スタートした。
その後、リッカルド・ムーティが首席指揮者の時代にフィルハーモニア管弦楽団の名前を買い戻すことに成功し(その後、一時期、ザ・フィルハーモニアに改称したが、その後にまたフィルハーモニア管弦楽団の名に戻っている)、首席指揮者は、ジュゼッペ・シノーポリ、クリストフ・フォン・ドホナーニと受け継がれ、2008年からエサ=ペッカ・サロネンが首席指揮者兼アーティスティック・アドヴァイザーに就任している。

フィルハーモニア管弦楽団は録音用のオーケストラとして出発したということもあって録音が多く、「世界で最も録音を多く残している楽団」としても知られる。カラヤンやクレンペラー指揮の名録音の他に、フルトヴェングラーの指揮、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのバリトンによるマーラーの「さすらう若人の歌」という名盤もある。最近もSIGNUMレーベルへのレコーディングに積極的である。

エサ=ペッカ・サロネンは、1958年、フィンランド出身の指揮者。クラシック音楽界屈指の男前であり、女性ファンも多い。顔はマイケル・J・フォックスにちょっと似ている。ハリウッド級のルックスだということだ。シベリウス・アカデミー(シベリウス音楽院)で名教師のヨルマ・パヌラに指揮を師事。同時に作曲とホルンも学んでおり、シベリウス・アカデミー卒業後はオーケストラのホルン奏者として活躍していた時期もある。ヨルマ・パヌラの教育方針の一つに、「オーケストラの楽器を演奏出来るようにしなさい」というものがあり、フィンランド出身の多くの指揮者はピアノだけでなく、オーケストラの編成に入っている何らかの楽器の名手であるという。
1979年にサロネンはフィンランド放送交響楽団を指揮してデビュー。1983年には、急病のマイケル・ティルソン・トーマスの代役として急遽フィルハーモニア管弦楽団の指揮台に上がることになり、演奏会を成功させたサロネンは「バーンスタイン・ドリームの再現者」といわれた。
その後、スウェーデン放送交響楽団の首席指揮者を経て、長くロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督を務めた。ロス時代にはドビュッシーやヒンデミットなどの史上屈指の名盤も生み出している。
作曲家としても活躍しており、自作自演盤をリリースしているほか、最近では、作曲の過程などを収めた映像がiPadのCMとして放送されている。
フィンランド人指揮者であり、シベリウスへの愛情をたびたび口にしていながら、今まで「シベリウス交響曲全集」を録音したことはなく(シベリウス交響曲チクルス演奏会を収めた映像作品はある)、「シベリウス交響曲全集」をレコーディングしていない最後の大物的存在でもある。

プログラムは、シベリウスの交響詩「フィンランディア」、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ヒラリー・ハーン)、シベリウスの交響曲第5番。

アメリカ式の現代配置による演奏であるが、まず木管奏者が数人ステージに出てきて思い思いに準備をし、その後、金管、弦楽と出てきて、各々さらい始める。コンサートマスターが登場したところで拍手という形になる。ティンパニ奏者はクラシックではまだ珍しい黒人の演奏家である。

交響詩「フィンランディア」。まず冒頭のブラスであるが、予想していたよりもパワフルではない。サロネンはパウゼを長く取るが、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールはそれほど残響豊かなホールではないので、余計な「間」が出来てしまうような印象を受ける。

一方で、弦楽器の滑らかで繊細なハーモニーは日本のオーケストラからは余り聴き取れないものである。良い指揮者を招いた時のNHK交響楽団なら何とか可能かも知れないが。
欧米のオーケストラと日本のオーケストラを聞き比べると、体格やパワーの差以上にハーモニーに対する感性の違いが大きいのではないかと思える時がある。西洋のオーケストラは音そのものへの反応が敏感である。

サロネンの指揮は拍を刻むよりも、最初の音と長さなどを指示する回数の方が多い。軽やかな指揮だが、時折、驚くほど巧みなバトンテクニックを見せたりする。

「フィンランディア」に関しては、細部がやや雑であり、シベリウス作品に対して抱く情熱が空回りしているようにも思えた。

ヒラリー・ハーンのヴァイオリン独奏による、ブラームスのヴァイオリン協奏曲。ハーンが弾くスペースを設けるため、弦楽奏者が左右共に下がったのだが、そのために伴奏の音が散って聞こえるようになった。兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールはオケ編成や座席の位置により、音が散って聞こえる傾向がある。

1979年生まれのヒラリー・ハーンは、女性ヴァイオリニストとしては全世界でも最高の演奏家の一人である。天才少女としてデビューし、その後も天才ヴァイオリニストの王道を歩んでいる。

そのヒラリーのヴァイオリンは磨き抜かれた美音による情熱溢れるもので、高音などは痛切な音を出す(「痛切」とはよくいったもので、実際に聴いていて心が「痛い」と感じるのである)。
緩徐楽章である第2楽章では緻密かつスケールの大きな歌が溢れ、第3楽章の才能が飛び散る様が見えるような切れ味鋭い演奏も聴いていて心地良い。

サロネンの指揮であるが、第2楽章では、右手で指揮棒の真ん中を掴んで降ろしてしまい、左手で指揮を行い、その後、指揮棒を左手に持ち替えて右手一本による指揮を行った。この楽章では木管に対して指揮を行うことが多かったが、コンサート全体を通して見るとサロネンの指揮は明らかに弦楽指向型。弦楽器に対しては細かな指示を出すのと対照的に、木管や金管の演奏は奏者に委ねていることが多い。ホルン奏者出身の指揮者が弦楽指向というのは面白い。

ヒラリー・ハーンのアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏パルティータ第3番より“ジーグ”。小粋な演奏であった。

シベリウスの交響曲第5番。
フィルハーモニア管弦楽団の管楽器群は、木管も金管も力量に関しては日本のトップオーケストラ軍と変わらないか、場合によっては日本のオーケストラが勝つかも知れない。一方で、弦のグラデーションと強弱の幅、その自在さに関しては日本のオーケストラはフィルハーモニア管弦楽団に遠く及ばない。少なくと現時点では。シベリウスの交響曲でこれほど神秘的な音色を奏でる日本のオーケストラは実演でも録音でも聴いたことがない。フィンランド本国以外で初めてシベリウスの音楽性を高く評価した英国、その英国の中でも上位にランクするオーケストラの奏でるシベリウスはやはり半端なものではなかった。
私が最も理想的と感じたシベリウスの演奏は、同じ兵庫県立芸術文化センターで聴いたオスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団による交響曲第2番であったが、弦の彩りに関しては今日のフィルハーモニア管弦楽団が一番かも知れない。

サロネンの音運びは比較的慎重であり、ささやかな歓喜も緩やかに奏される(この時、コントラバスが「ジャジャジャジャン」の運命動機を奏でているのをサロネンは強調する)。ラストはシベリウスがベートーヴェンの交響曲第5番を模したと思われる、終わりそうでなかなか終わらないものだが、ここでもサロネンはゲネラルパウゼをかなり長く取っていた。

木管に弱点があるなど、パーフェクトな出来ではなかったが、満足のいく演奏であった。

アンコールは、シベリウスの「悲しきワルツ」。死神と踊る少女を描いた劇附随音楽だが、サロネンが振ると不思議と爽やかに聞こえる。
パーヴォ・ヤルヴィは「悲しきワルツ」をアンコールの定番としており、異界から響いてくるような超絶ピアニッシモを聴かせるのであるが、サロネンもパーヴォほどではないが超絶ピアニッシモを取り入れる。サロネンがやると遠近感を出すための演出のように感じられた。

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