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2015年3月27日 (金)

コンサートの記(181) クリスチャン・ヤルヴィ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第485回定期演奏会

2015年2月20日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第485回定期演奏会を聴く。今日の指揮は父も兄も名指揮者というクリスチャン・ヤルヴィ。

開演前にホワイエで行われた大阪フィル事務局の福山修氏によると、ネーメ・ヤルヴィ、パーヴォ・ヤルヴィ、クリスチャン・ヤルヴィのヤルヴィ親子3人全員が客演したことのある日本のオーケストラは大阪フィルだけだそうである。まずネーメ・ヤルヴィが1995年に大阪フィルに客演し、好評だったので再度の客演を依頼したときに、ネーメが「実は息子が指揮者でねえ」ということで、2000年に長男のパーヴォ・ヤルヴィが大阪フィルの客演することになった。ちなみにパーヴォはブルックナーの交響曲第4番「ロマンティク」を取り上げているが、朝比奈隆がまだ存命中であり、ブルックナーは朝比奈の聖典とされていた時代にあって、ブルックナーの交響曲を大フィルの定期演奏会で指揮した朝比奈以外の指揮者はパーヴォ一人だけであるという。パーヴォは当時は無名に近く、大フィル事務局としても「ネーメさんが推すんだから仕方ないか」と思いたそうだが、パーヴォの客演も大好評だったので再演を依頼したところ、「実は弟が指揮者でねえ」という話になり、2005年にクリスチャン・ヤルヴィが大フィルの定期演奏会に登場することになったという。クリスチャンが大フィルを指揮するのは10年ぶりになるようだ。

曲目は、エネスコの狂詩曲第1番、ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:三浦文彰)、ラフマニノフの交響的舞曲。正直、客が余り呼べそうにないプログラムである。

クリスチャン・ヤルヴィは、1972年、エストニアのタリン生まれ。兄のパーヴォとは10歳差である。7歳の時に一家で渡米。父親がソ連統治下のエストニアにあって現代音楽を積極に取り上げていたため当局から目を付けられており、事実上の西側への亡命であった。マンハッタン音楽院とミシガン大学で音楽を学んだクリスチャンは、ロサンゼルス・フィルハーモニックでエサ=ペッカ・サロネンの助手として指揮者のキャリアをスタートさせる。ニューヨークでアブソリュート・アンサンブルを結成し、音楽監督として活躍もしている。主要なポストとしては、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督を2004年から2009年まで務めている。ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団とは来日演奏会も行い、私もザ・シンフォニーホールで聴いているが、スポーティーな演奏で少し残念な出来であった。現在はヘルベルト・ケーゲルとのコンビで知られるMDR交響楽団(ライプツィッヒ放送交響楽団)の音楽監督の座にある。

ロックを愛好し、以前は自身の公式ウェブサイトにロックミュージックをBGMとして載せていた。もっとも兄のパーヴォも若い頃はロックバンドでドラムを叩いていたりしたのだが。

今日もフェスティバルホール1階席最後列で聴く。余り響きは良くない席である。

エネスコの狂詩曲第1番。暗譜で臨んだクリスチャンの指揮はノリノリ。ステップを踏んだり、ジャンプしたり、棒を頭の上でグルグル回したりと、とにかく楽しい。外連味たっぷりの指揮だが、引き出す音楽は快活ではあるものの破天荒ではない。バランスの良い音楽作りである。

大阪フィルの音であるが、立体的である上に弦に厚みがあり、オーケストラとしての威力が札幌交響楽団とは段違いなのがよく分かる。札幌交響楽団も悪いオーケストラではないが、大阪フィルは西日本最大の都市のトップオーケストラ。関西には芸大、音大も多く、音楽人口の厚さも違い、当然ながら優れた人材も相対的に多くなる。

ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲。ソリストの三浦文彰は22歳の若手ヴァイオリニスト。父親は東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターというサラブレッドである。2009年にハノーファー国際コンクール・ヴァイオリン部門に史上最年少の16歳で優勝。現在はウィーン私立音楽大学(旧ウィーン市立音楽院。市の財政難による民営に移行)で研鑽を積んでいる。

クリスチャンがボリュームたっぷりの響きを大フィルから引き出したということもあり、最初は三浦のヴァイオリンが細く聞こえるが、徐々にスケールアップ。磨き抜かれた音色による優れた演奏が展開される。超絶技巧が要求される曲であるため、今のところ内容より技術優先という印象を受けるが、それもいずれ解消されるだろう。

ハチャトゥリアンは、旧ソ連の中でも西アジアに属するアルメニアの出身である。そのせいもあるだろうが、音楽はオリエンタルな味わいがあり、我々日本人にも分かり易い。

演奏終了後、三浦は客席からの喝采に応えて何度もステージに登場するが、最後は、ヴァイオリンを持たずに登場し、「アンコール演奏はありません」と示す。

ラフマニノフの交響的舞曲。
ラフマニノフというと、とろけるほどのロマンティシズムに溢れる作風で知られるが、今日演奏される交響的舞曲は、アメリカに亡命し、都会的なスタイルへと変わった時代の作品である。渡米後のラフマニノフは生活のためにピアニストしての活動を増やすが、彼の弾くピアノが余りに好評であっため、コンサート活動に時間を取られ、作曲をする時間を確保することが難しくなっていく。

ラフマニノフならではの叙情味もあるが、どちらかというと構成力重視の作品であり、クリスチャンもそれに相応しい洗練された音楽作りをする。ただ今日もであるがクリスチャンの音楽作りはスポーティーに傾く嫌いがある。同じ兄弟ではあるが、パーヴォとは音楽性が真逆に近い。新しいアプローチを採用するところまでは一緒なのだが、パーヴォはそれが手段に、クリスチャンは目的になっているような気がする。
ただその中で、第2楽章の憂いの表出などはなかなかであった。

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