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2015年3月の22件の記事

2015年3月29日 (日)

これまでに観た映画より(73) 映画「けいおん!」

TBSオンデマンドで、映画「けいおん!」を観る。配信は2015年3月23日停止の予定であり、「けいおん!」12話+番外編2話、続編「けいおん!!」24話+番外編3話、そしてラストの映画「けいおん!」と全てを観ることが出来た。今後、京都市左京区近辺がロケの中心となる作品はなかなか現れないだろうから(ただ京都を舞台にしたミステリードラマシリーズは何本もあり、左京区でロケが行われていることも多い)貴重な作品に全て目を通したことになる。

映画「けいおん!」の主舞台となるのはロンドン。放課後ティータイムの3年生4人が2年生の中野梓(あだ名は「あずにゃん」)を連れて卒業旅行に出掛けるという話である。ロンドンだから特別なこと満載というわけではないのだが、クライマックスにロンドンでのライブが用意されている。ラストは中野梓への贈り物として歌が作られ、教室でのライブも行われる。

音楽が演奏されるシーンは少ないが、音楽大好きな女の子達(怠け者と思われがちな平沢唯も、妹である平沢憂の証言から「毎日ギターの練習をしている」ことがわかる。“Don't say,lazy.”)のほのぼのとした日常に浸る心地よさを感じることが出来る。

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2015年3月27日 (金)

コンサートの記(181) クリスチャン・ヤルヴィ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第485回定期演奏会

2015年2月20日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第485回定期演奏会を聴く。今日の指揮は父も兄も名指揮者というクリスチャン・ヤルヴィ。

開演前にホワイエで行われた大阪フィル事務局の福山修氏によると、ネーメ・ヤルヴィ、パーヴォ・ヤルヴィ、クリスチャン・ヤルヴィのヤルヴィ親子3人全員が客演したことのある日本のオーケストラは大阪フィルだけだそうである。まずネーメ・ヤルヴィが1995年に大阪フィルに客演し、好評だったので再度の客演を依頼したときに、ネーメが「実は息子が指揮者でねえ」ということで、2000年に長男のパーヴォ・ヤルヴィが大阪フィルの客演することになった。ちなみにパーヴォはブルックナーの交響曲第4番「ロマンティク」を取り上げているが、朝比奈隆がまだ存命中であり、ブルックナーは朝比奈の聖典とされていた時代にあって、ブルックナーの交響曲を大フィルの定期演奏会で指揮した朝比奈以外の指揮者はパーヴォ一人だけであるという。パーヴォは当時は無名に近く、大フィル事務局としても「ネーメさんが推すんだから仕方ないか」と思いたそうだが、パーヴォの客演も大好評だったので再演を依頼したところ、「実は弟が指揮者でねえ」という話になり、2005年にクリスチャン・ヤルヴィが大フィルの定期演奏会に登場することになったという。クリスチャンが大フィルを指揮するのは10年ぶりになるようだ。

曲目は、エネスコの狂詩曲第1番、ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:三浦文彰)、ラフマニノフの交響的舞曲。正直、客が余り呼べそうにないプログラムである。

クリスチャン・ヤルヴィは、1972年、エストニアのタリン生まれ。兄のパーヴォとは10歳差である。7歳の時に一家で渡米。父親がソ連統治下のエストニアにあって現代音楽を積極に取り上げていたため当局から目を付けられており、事実上の西側への亡命であった。マンハッタン音楽院とミシガン大学で音楽を学んだクリスチャンは、ロサンゼルス・フィルハーモニックでエサ=ペッカ・サロネンの助手として指揮者のキャリアをスタートさせる。ニューヨークでアブソリュート・アンサンブルを結成し、音楽監督として活躍もしている。主要なポストとしては、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督を2004年から2009年まで務めている。ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団とは来日演奏会も行い、私もザ・シンフォニーホールで聴いているが、スポーティーな演奏で少し残念な出来であった。現在はヘルベルト・ケーゲルとのコンビで知られるMDR交響楽団(ライプツィッヒ放送交響楽団)の音楽監督の座にある。

ロックを愛好し、以前は自身の公式ウェブサイトにロックミュージックをBGMとして載せていた。もっとも兄のパーヴォも若い頃はロックバンドでドラムを叩いていたりしたのだが。

今日もフェスティバルホール1階席最後列で聴く。余り響きは良くない席である。

エネスコの狂詩曲第1番。暗譜で臨んだクリスチャンの指揮はノリノリ。ステップを踏んだり、ジャンプしたり、棒を頭の上でグルグル回したりと、とにかく楽しい。外連味たっぷりの指揮だが、引き出す音楽は快活ではあるものの破天荒ではない。バランスの良い音楽作りである。

大阪フィルの音であるが、立体的である上に弦に厚みがあり、オーケストラとしての威力が札幌交響楽団とは段違いなのがよく分かる。札幌交響楽団も悪いオーケストラではないが、大阪フィルは西日本最大の都市のトップオーケストラ。関西には芸大、音大も多く、音楽人口の厚さも違い、当然ながら優れた人材も相対的に多くなる。

ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲。ソリストの三浦文彰は22歳の若手ヴァイオリニスト。父親は東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターというサラブレッドである。2009年にハノーファー国際コンクール・ヴァイオリン部門に史上最年少の16歳で優勝。現在はウィーン私立音楽大学(旧ウィーン市立音楽院。市の財政難による民営に移行)で研鑽を積んでいる。

クリスチャンがボリュームたっぷりの響きを大フィルから引き出したということもあり、最初は三浦のヴァイオリンが細く聞こえるが、徐々にスケールアップ。磨き抜かれた音色による優れた演奏が展開される。超絶技巧が要求される曲であるため、今のところ内容より技術優先という印象を受けるが、それもいずれ解消されるだろう。

ハチャトゥリアンは、旧ソ連の中でも西アジアに属するアルメニアの出身である。そのせいもあるだろうが、音楽はオリエンタルな味わいがあり、我々日本人にも分かり易い。

演奏終了後、三浦は客席からの喝采に応えて何度もステージに登場するが、最後は、ヴァイオリンを持たずに登場し、「アンコール演奏はありません」と示す。

ラフマニノフの交響的舞曲。
ラフマニノフというと、とろけるほどのロマンティシズムに溢れる作風で知られるが、今日演奏される交響的舞曲は、アメリカに亡命し、都会的なスタイルへと変わった時代の作品である。渡米後のラフマニノフは生活のためにピアニストしての活動を増やすが、彼の弾くピアノが余りに好評であっため、コンサート活動に時間を取られ、作曲をする時間を確保することが難しくなっていく。

ラフマニノフならではの叙情味もあるが、どちらかというと構成力重視の作品であり、クリスチャンもそれに相応しい洗練された音楽作りをする。ただ今日もであるがクリスチャンの音楽作りはスポーティーに傾く嫌いがある。同じ兄弟ではあるが、パーヴォとは音楽性が真逆に近い。新しいアプローチを採用するところまでは一緒なのだが、パーヴォはそれが手段に、クリスチャンは目的になっているような気がする。
ただその中で、第2楽章の憂いの表出などはなかなかであった。

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2015年3月26日 (木)

コンサートの記(180) 三ツ橋敬子指揮 大阪交響楽団第191回定期演奏会

2015年1月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪交響楽団の第191回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は期待の若手、三ツ橋敬子。

大阪交響楽団は、2014/15シーズンは生誕450年となるシェイクスピア(1564-1616。「人殺し色々」という覚え方がある)の作品を題材にした曲目を取り上げており、今日の演目は、オットー・ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲、クラウディオ・カヴァッリーニ(1970- )のティンパニ協奏曲(世界初演。ティンパニ独奏:エンリコ・カリーニ)、エルガーの交響的習作「ファルスタッフ」。ニコライとエルガーの作品がシェイクスピアを題材にした楽曲である。

三ツ橋敬子は1980年生まれ。東京藝術大学音楽学部卒業、同大学院修了。イタリアのキジアーナ音楽院、更にウィーン国立音楽大学にも留学している。2008年に第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールに史上最年少で優勝。2010年に第9回アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで2位。同コンクールにおける女性指揮者初入賞者となった。いずれもイタリアの指揮者コンクールであるが、現在もヴェネツィア在住。

三ツ橋指揮のコンサートには2度接しているが、オーケストラを鳴らす術に長けており、優れた指揮者であることは確認済みである。

大阪交響楽団は、オーケストラの力も経済状況も大阪府に4つあるプロコンサートオーケストラの中で一番下。音楽監督・首席指揮者の児玉宏のアイデアによる「知られざる名曲路線」が評価されているが、その児玉も契約更新せずに退任することが決まっており、後任として外山雄三がミュージック・アドバイザーの肩書きで就く予定だが、オーケストラトレーナーとしても指揮者としても人気面でもピークをとうに過ぎている外山の起用には疑問符も付く。外山も自分が腕を振るえる最後の仕事としてオファーを受けたのかも知れないが。

大阪交響楽団の団員の枠のうち、空席が実に10人分もある。第2ヴァイオリン、チェロは副首席(次席)奏者が空席。コントラバスとトロンボーンに至っては首席奏者が空位状態にあるなど、かなり厳しい状況にある。今日も出演者の中で正規団員なのは半分にも満たず、エキストラ(楽隊用語で「トラ」)を多く入れての演奏である。

なお、今日のパンフレットのニコライとエルガーの曲に関しては、英国エルガー協会の会員で防衛大学校教授の等松春夫氏が執筆している。等松教授とは木屋町・龍馬で顔を合わせたことがあるが、直接、言葉を交わしたことはない。等松教授が龍馬から出る際に、エルガーの「愛の挨拶」を口笛で吹いてお送りしたことがある。等松教授はザ・シンフォニーホールにいらっしゃっていた。

ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲。黒のスーツで登場した三ツ橋は小柄であるが、パワフルな指揮を見せる。三ツ橋と対面する座席(他のホールではP席と呼ばれる席)で聴くのは初めてであるが、棒が驚くほど上手い。以前のコンサートの感想で書いた通り、指揮棒を手にした右手と同等かそれ以上に左手がものを言っており、シャープで無駄のない指揮姿は理想的という言葉を使っても大袈裟ではないほどだ。少なくとも実演で、対面する席で聴いたことのある指揮者の中で、三ツ橋よりも優れたバトンテクニックを持つ日本人指揮者はいない。海外の指揮者を含めても三ツ橋より棒の上手い現役の指揮者はパーヴォ・ヤルヴィぐらいだろう。もっとも、棒が上手いからといって音楽もいいとは限らないのだが、三ツ橋の場合は棒の上手さが優れた音楽作りに生かされている。

第一音から普段の大阪交響楽団とは音の抜けが違うのがわかる。大阪交響楽団は淡泊な音色を持つオーケストラなのだが、三ツ橋は通常とは違った密度の良い音を引き出す。
リズム感も抜群であり、これはその後の曲目にもプラスに作用する。

時には笑顔を見せながら指揮する三ツ橋。心から音楽が好きなのであろう。優れた演奏となった。

クラウディオ・カヴァッリーニのティンパニ協奏曲。
クラウディオ・カヴァッリーニは、1970年生まれのイタリアの若手作曲家であり、ティンパニ奏者である。パルマ音楽院で打楽器、作曲、ピアノを学び、これまで87の作品を作曲している。打楽器奏者としても活躍しており、1998年から2001年まではイタリア国営放送交響楽団の打楽器奏者を務め、現在はヴェネツィアのフェニーチェ劇場オーケストラに所属している。
ティンパニ協奏曲は1995年に作曲されたものだが、その後、打楽器奏者としての活動が忙しくなったため、カヴァッリーニ自身のもその存在を忘れてしまっていた。その後、2011年にその存在を思い出し、弦楽パートにヴィオラを加えて、今日が世界プレミア公演となる。弦楽編成は風変わりで、ヴァイオリンは加わっておらず、ヴィオラが第1ヴィオラと第2ヴィオラに分かれて演奏する。今日の演奏では第1ヴィオラ5人、第2ヴィオラ4人である。チェロ、コントラバスは加わる。管楽器編成は特に変わったところはない。
ヴァイオリンが用いられないため、通常は第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンが陣取る舞台下手側が空き、そこにソリストのためのティンパニ5台が並べられる。

ティンパニソロのエンリコ・カリーニは、ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団の首席ティンパニ奏者。指揮者としても活躍しているそうである。

カヴァッリーニのティンパニ協奏曲は、旋律よりもハーモニーの美しさで聴かせる曲。どことなく映画音楽を想起させる作風であるが、カヴァッリーニが意図的にそうしたのか、結果としてそうなってしまったのかは不明。

カリーニは威勢の良い演奏を聴かせる。第1楽章ではスネアドラムを叩くようにバチ二つで一台のティンパニを小刻みに叩き、第2楽章と第3楽章では、ティンパニの皮の部分ではなく、枠や下の金属の部分を叩く。皮ではなく枠や筒を叩くというのは和太鼓ではよく目にするが、ティンパニとしては特殊奏法となるだろう。
第3楽章では、特に豪快なティンパニの打撃が聴かれる。

三ツ橋の指揮はリズム感抜群であり、リズム楽器であるティンパニを独奏とするコンチェルトの伴奏としては最適のものとなった。

演奏終了後、作曲者であるクラウディオ・カヴァッリーニが客席からステージに呼ばれ、喝采を浴びた。アンコールはそのカヴァッリーニとカリーニの二人がティンパニを叩く、カヴァッリーニ作曲の「Two Timpani Players」。二人でハイタッチではなく、スティックタッチをして木の響きを出すなど、視覚的にも面白さに溢れた楽しい曲であった。

メインであるエルガーの交響的習作「ファルスタッフ」。曲名はクラシックファンなら知っているが、実際に耳にすることは少ない曲である。CDもほとんど出ておらず、私も今日の予習用にかなり前に1枚注文したが結局品薄で、今日に至るまでCDは届いていない。

三ツ橋はオーケストラを存分に鳴らすが、徒に響かせるだけではなく、造形、情感、音の密度まで「これがあの大阪響か!?」と驚くほどの快演を繰り広げる。エルガーのユーモア、高貴さ、快活さなどを鮮やかな手法で詳らかにしていく三ツ橋。大した指揮者である。

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2015年3月24日 (火)

コンサートの記(179) 「ラオスありがとうコンサート」

2015年2月14日 京都コンサートホールにて

午後5時から京都コンサートホールで「ラオスありがとうコンサート」を聴く。ラオスから京都市動物園に子象4頭が贈られたのを記念しての演奏会。京都市交響楽団の演奏。指揮は期待の若手、田中祐子である。

京都洛中ロータリークラブ創立35周年記念事業も兼ねたコンサート。京都洛中ロータリークラブが7年前に国際奉仕活動としてラオスの中学校の校舎建設に尽力。その縁で4年前に京都市にラオス名誉領事館が開設され、そのラオス名誉領事館と京都市の協力によりラオスから子象が贈られることになったのだという。

ということで、ステージ上に京都洛中ロータリークラブの半井隆利会長、門川大作京都市長が上がってスピーチを行う。客席に京都市議が何人か来ていたほか、ラオスとの交渉時に外務大臣だった代議士の前原誠司(京都2区)も客席に来ており、紹介された。

駐日ラオス人民共和国大使館・特命全権大使であるケントン・ヌアンタシン閣下も京都コンサートに来ており、ラオ語でスピーチを行った(日本語通訳付き)。象の輸出はワシントン条約で厳しく規制されており、今回4頭まとめての寄贈となったのも「繁殖目的なら可」となったためだそうだ。

なお、バレンタインデーということで、来場者全員にチョコレートがプレゼントされた。
曲目は、チャイコフスキーのくるみ割り人形より「花のワルツ」、ラヴェルの管弦楽伴奏歌曲集『シェエラザード』より第1曲「アジア」(ソプラノ独唱:田中郷子)、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番より第1楽章(ピアノ独奏:森上芙美子)、ヘンリー・マンシーニの『ハタリ!』より「子象の行進」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「雷鳴と電光」、サン=サーンスの『動物の謝肉祭』より「白鳥」(オーケストラ編曲版)、ビゼーの『カルメン』より「闘牛士の歌」、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」から第4楽章、「ラオスの花チャンバー」(合唱:京都市少年合唱団)、「It's a Small World」(合唱:京都市少年合唱団)

ポディウム席には制服姿の高校生の集団が来ていたが、女子が圧倒的に多く、男子が少ないという構成であったため、女子が多数を占めている京都市立京都堀川音楽高等学校の生徒である可能性が高い。

田中祐子は1978年、名古屋生まれの女性指揮者。女性クラシック音楽家は生年を記載しない場合が多いが、田中の場合は公式プロフィールに生年がはっきり記されている。コンクール歴は東京国際音楽コンクール・指揮者部門入選(優勝者は出なかったが上位3人が全員女性だったことで話題になった年の3人の中の一人である)、ブザンソン国際指揮者コンクールセミファイナリス、ショルティ国際指揮者コンクールのセミファイナリストなどで、特筆すべき成績ではないかも知れないが、日本国内のオーケストラを数多く指揮している他、クロアチアでも指揮活動を行っている。
東京音楽大学卒業後、東京藝術大学大学院指揮科修士課程修了。指揮を尾高忠明、広上淳一、高関健、汐澤安彦に師事、下野竜也のマスタークラスも受講しているということで、京都市交響楽団の常任3人全てに師事していることになる。

チャイコフスキーのくるみ割り人形より「花のワルツ」。この曲のみ何故かスケールがやや小さかったが、田中は日本人指揮者らしい細やかな表情付けで聴かせる。京響の音色も輝かしい。

今日の京都市交響楽団のコンサートマスターは渡邊穣。泉原隆志は今日は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。フルート首席奏者の清水信貴は前半から登場したが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のみステージに上がらなかった。オーボエ首席の高山郁子も今日は降り番で、首席の位置には前後半共にフロラン・シャレールが座る。クラリネット首席の小谷口直子も今日は降り番である。

来賓の挨拶を挟んで、ラヴェルの管弦楽伴奏歌曲集『シェエラザード』より第1曲「アジア」。ソプラノ独唱の田中郷子は兵庫県立西宮高校音楽科を経て、大阪音楽大学卒業。その後、神戸大学大学院修了という謎の進路を選んでいる。「ラオスの子供達に音楽を・ムアンムアンミュージック」共同代表ということで今日の独唱者に選ばれたようだ。

ラヴェルの管弦楽伴奏歌曲集「シェエラザード」は、録音自体が少ない。千葉にいる頃にシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団ほかによる演奏を聴いたことがあるが、京都にはそのCDを持ってこなかったので、長いこと聴いたことがない。

田中祐子は京都市交響楽団から彩り豊かな音を弾き出し、田中郷子の歌も達者である。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番より第1楽章。ピアノ独奏の森上芙美子(もりかみ・ふみこ)は、大阪音楽大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を経て、チャイコフスキー記念モスクワ音楽院大学院修了。彼女も「ラオスの子供達に音楽を・ムアンムアンミュージック」共同体表である。

森上のピアノであるが、序奏の時は、ミスタッチや指のもつれなどが目立ち、危なっかしいが、ライブ向きのピアニストのようで徐々に調子を上げ、カデンツァに入ると堂々としたピアノ演奏を展開する。

田中祐子指揮の京響も涼やかな響きを奏でる。

後半。ヘンリー・マンシーニの「子象の行進」。編曲は穏やかで迫力には欠けるものであったが(編曲者不明)、田中祐子指揮の京響は優しい音色による演奏を行った。

ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「雷鳴と電光」。リズム感の良い演奏である。
田中祐子の指揮であるが、基本的には端正であるが、時に伸び上がったり、ジャンプしたり、両手を拡げたまま飛び上がるなどバレエのような動きもする。

サン=サーンスの「白鳥」。本来はピアノ・デュオとチェロ独奏のための音楽であるが、今回はヴァイオリンの演奏で始まり、ハープのチェレスタの伴奏に乗ってチェロが主旋律を奏でる。その後、主旋律は第1ヴァイオリンに移る。
耽美主義的な編曲であったが編曲者は不明である。

ビゼーの「闘牛士の歌」。余談であるが「闘牛士の歌」はJOYSOUNDのカラオケに入っており、私は歌ったことがある。
田中祐子指揮の京都市交響楽団はドラマティックな演奏を展開。田中は日生劇場や東京室内歌劇場などでオペラも振っているそうだが、オペラ指揮者としても適性がありそうである。

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」から第4楽章も迫力のある演奏であった。

京都市少年合唱団も加わった「ラオスの花チャンバー」。日本語歌詞は無料パンフレットに書かれている。旋律であるが、お隣の国であるベトナムの音楽に似ている。ベトナム国立交響楽団の来日演奏会を私は2度聴いており、本名徹次指揮ベトナム国立交響楽団によるベトナム音楽のCDも持っているので類似性がはっきりとわかる。

最後は、「It's a Small World」。東京ディズニーランドで流れているものが有名だが、今日の歌詞は新たに訳詞されたものを使っていた。

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2015年3月23日 (月)

コンサートの記(178) シベリウス生誕150年 エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団来日公演2015西宮

2015年3月1日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮市にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の来日演奏会を聴く。

ロンドンのオーケストラとして、トップの座を争う位置にいるフィルハーモニア管弦楽団。元々はEMIの芸術部長(プロデューサー)であったウォルター・レッグによって組織されたレコーディング用のオーケストラであった。創設は1945年という終戦の年。録音用のオーケストラというと腕の方は今一つというイメージを抱きがちだが、戦後の大不況がレッグには味方する。民営のオーケストラの解散や整理解雇、賃金に不満を持った楽団員の離脱などが相次いでおり、仕事にあぶれたコンサートマスタークラスや首席級の演奏家がゴロゴロしていたという。レッグはポーランド出身の指揮者であるパウル・クレツキらにフィルハーモア管弦楽団のトレーニングをさせた後で、ヘルベルト・フォン・カラヤンを指揮者に迎える。カラヤンはナチスの党員であったため戦争責任を問われ、しばらくの間、公式の演奏会での指揮を禁じるという処分を受けていた。ところがレコーディングは「公式の演奏会」には含まれなかったため、好きなだけ仕事が出来たのである。カラヤンにとっても渡りに船であった。
その後、ドイツの巨匠、オットー・クレンペラーを常任指揮者に迎え入れ、黄金時代を迎える。クレンペラーはイギリスでは「音楽の神様」と讃えられ、当時、フィルハーモニア管弦楽団に在籍していた女性団員が、「神様と一緒に仕事が出来て、お金まで貰えるなんて」と感激していたという記録が残っている。
だが、冬の時代が訪れる。「フィルハーモニア管弦楽団を私物化している」との指摘によりEMIから追放になったレッグは、その後、一方的にフィルハーモニア管弦楽団の解散を命じる。レッグは「フィルハーモニア管弦楽団なんて覚えられないセンスの悪い名前だ(元々録音用に臨時に付けたので余計にそう思えたのかも知れない)」として、オーケストラの名前も売り払ってしまう。残された団員はクレンペラーを指導者としてニュー・フィルハーモニア管弦楽団を設立。自主運営のオーケストラとして再スタートした。
その後、リッカルド・ムーティが首席指揮者の時代にフィルハーモニア管弦楽団の名前を買い戻すことに成功し(その後、一時期、ザ・フィルハーモニアに改称したが、その後にまたフィルハーモニア管弦楽団の名に戻っている)、首席指揮者は、ジュゼッペ・シノーポリ、クリストフ・フォン・ドホナーニと受け継がれ、2008年からエサ=ペッカ・サロネンが首席指揮者兼アーティスティック・アドヴァイザーに就任している。

フィルハーモニア管弦楽団は録音用のオーケストラとして出発したということもあって録音が多く、「世界で最も録音を多く残している楽団」としても知られる。カラヤンやクレンペラー指揮の名録音の他に、フルトヴェングラーの指揮、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのバリトンによるマーラーの「さすらう若人の歌」という名盤もある。最近もSIGNUMレーベルへのレコーディングに積極的である。

エサ=ペッカ・サロネンは、1958年、フィンランド出身の指揮者。クラシック音楽界屈指の男前であり、女性ファンも多い。顔はマイケル・J・フォックスにちょっと似ている。ハリウッド級のルックスだということだ。シベリウス・アカデミー(シベリウス音楽院)で名教師のヨルマ・パヌラに指揮を師事。同時に作曲とホルンも学んでおり、シベリウス・アカデミー卒業後はオーケストラのホルン奏者として活躍していた時期もある。ヨルマ・パヌラの教育方針の一つに、「オーケストラの楽器を演奏出来るようにしなさい」というものがあり、フィンランド出身の多くの指揮者はピアノだけでなく、オーケストラの編成に入っている何らかの楽器の名手であるという。
1979年にサロネンはフィンランド放送交響楽団を指揮してデビュー。1983年には、急病のマイケル・ティルソン・トーマスの代役として急遽フィルハーモニア管弦楽団の指揮台に上がることになり、演奏会を成功させたサロネンは「バーンスタイン・ドリームの再現者」といわれた。
その後、スウェーデン放送交響楽団の首席指揮者を経て、長くロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督を務めた。ロス時代にはドビュッシーやヒンデミットなどの史上屈指の名盤も生み出している。
作曲家としても活躍しており、自作自演盤をリリースしているほか、最近では、作曲の過程などを収めた映像がiPadのCMとして放送されている。
フィンランド人指揮者であり、シベリウスへの愛情をたびたび口にしていながら、今まで「シベリウス交響曲全集」を録音したことはなく(シベリウス交響曲チクルス演奏会を収めた映像作品はある)、「シベリウス交響曲全集」をレコーディングしていない最後の大物的存在でもある。

プログラムは、シベリウスの交響詩「フィンランディア」、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ヒラリー・ハーン)、シベリウスの交響曲第5番。

アメリカ式の現代配置による演奏であるが、まず木管奏者が数人ステージに出てきて思い思いに準備をし、その後、金管、弦楽と出てきて、各々さらい始める。コンサートマスターが登場したところで拍手という形になる。ティンパニ奏者はクラシックではまだ珍しい黒人の演奏家である。

交響詩「フィンランディア」。まず冒頭のブラスであるが、予想していたよりもパワフルではない。サロネンはパウゼを長く取るが、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールはそれほど残響豊かなホールではないので、余計な「間」が出来てしまうような印象を受ける。

一方で、弦楽器の滑らかで繊細なハーモニーは日本のオーケストラからは余り聴き取れないものである。良い指揮者を招いた時のNHK交響楽団なら何とか可能かも知れないが。
欧米のオーケストラと日本のオーケストラを聞き比べると、体格やパワーの差以上にハーモニーに対する感性の違いが大きいのではないかと思える時がある。西洋のオーケストラは音そのものへの反応が敏感である。

サロネンの指揮は拍を刻むよりも、最初の音と長さなどを指示する回数の方が多い。軽やかな指揮だが、時折、驚くほど巧みなバトンテクニックを見せたりする。

「フィンランディア」に関しては、細部がやや雑であり、シベリウス作品に対して抱く情熱が空回りしているようにも思えた。

ヒラリー・ハーンのヴァイオリン独奏による、ブラームスのヴァイオリン協奏曲。ハーンが弾くスペースを設けるため、弦楽奏者が左右共に下がったのだが、そのために伴奏の音が散って聞こえるようになった。兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールはオケ編成や座席の位置により、音が散って聞こえる傾向がある。

1979年生まれのヒラリー・ハーンは、女性ヴァイオリニストとしては全世界でも最高の演奏家の一人である。天才少女としてデビューし、その後も天才ヴァイオリニストの王道を歩んでいる。

そのヒラリーのヴァイオリンは磨き抜かれた美音による情熱溢れるもので、高音などは痛切な音を出す(「痛切」とはよくいったもので、実際に聴いていて心が「痛い」と感じるのである)。
緩徐楽章である第2楽章では緻密かつスケールの大きな歌が溢れ、第3楽章の才能が飛び散る様が見えるような切れ味鋭い演奏も聴いていて心地良い。

サロネンの指揮であるが、第2楽章では、右手で指揮棒の真ん中を掴んで降ろしてしまい、左手で指揮を行い、その後、指揮棒を左手に持ち替えて右手一本による指揮を行った。この楽章では木管に対して指揮を行うことが多かったが、コンサート全体を通して見るとサロネンの指揮は明らかに弦楽指向型。弦楽器に対しては細かな指示を出すのと対照的に、木管や金管の演奏は奏者に委ねていることが多い。ホルン奏者出身の指揮者が弦楽指向というのは面白い。

ヒラリー・ハーンのアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏パルティータ第3番より“ジーグ”。小粋な演奏であった。

シベリウスの交響曲第5番。
フィルハーモニア管弦楽団の管楽器群は、木管も金管も力量に関しては日本のトップオーケストラ軍と変わらないか、場合によっては日本のオーケストラが勝つかも知れない。一方で、弦のグラデーションと強弱の幅、その自在さに関しては日本のオーケストラはフィルハーモニア管弦楽団に遠く及ばない。少なくと現時点では。シベリウスの交響曲でこれほど神秘的な音色を奏でる日本のオーケストラは実演でも録音でも聴いたことがない。フィンランド本国以外で初めてシベリウスの音楽性を高く評価した英国、その英国の中でも上位にランクするオーケストラの奏でるシベリウスはやはり半端なものではなかった。
私が最も理想的と感じたシベリウスの演奏は、同じ兵庫県立芸術文化センターで聴いたオスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団による交響曲第2番であったが、弦の彩りに関しては今日のフィルハーモニア管弦楽団が一番かも知れない。

サロネンの音運びは比較的慎重であり、ささやかな歓喜も緩やかに奏される(この時、コントラバスが「ジャジャジャジャン」の運命動機を奏でているのをサロネンは強調する)。ラストはシベリウスがベートーヴェンの交響曲第5番を模したと思われる、終わりそうでなかなか終わらないものだが、ここでもサロネンはゲネラルパウゼをかなり長く取っていた。

木管に弱点があるなど、パーフェクトな出来ではなかったが、満足のいく演奏であった。

アンコールは、シベリウスの「悲しきワルツ」。死神と踊る少女を描いた劇附随音楽だが、サロネンが振ると不思議と爽やかに聞こえる。
パーヴォ・ヤルヴィは「悲しきワルツ」をアンコールの定番としており、異界から響いてくるような超絶ピアニッシモを聴かせるのであるが、サロネンもパーヴォほどではないが超絶ピアニッシモを取り入れる。サロネンがやると遠近感を出すための演出のように感じられた。

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2015年3月22日 (日)

忌野清志郎 「イマジン」

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2015年3月21日 (土)

コンサートの記(177) 東日本大震災支援チャリティーコンサート「バチカンより日本へ 祈りのレクイエム日本公演2015」

2015年3月11日 京都コンサートホールにて

午後6時30分から京都コンサートホールで、東日本大震災復興支援チャリティーコンサート「バチカンより日本へ 祈りのレクイエム日本公演2015」を聴く。2011年3月11日に発生した東日本大震災と、翌2012年5月20日に起こったイタリア北部地震の犠牲者のために祈りを捧げる演奏会である。メインはモーツァルトの「レクイエム」(ジュースマイヤー版)。まず、昨年、一昨年の3月11日にバチカン四大聖堂の一つである聖パオロ大聖堂でロッシーニ歌劇場管弦楽団によるモーツァルトの「レクイエム」が演奏され、今年は日本でロッシーニ歌劇場管弦楽団による同曲をメインとしたコンサートが行われることになった。
ロッシーニ歌劇場管弦楽団であるが、常設オーケストラではなく、毎年8月にロッシーニの生まれ故郷であるイタリア・マルケ州のペーザロで行われるロッシーニ・フェスティバルのための祝祭オーケストラのようである。ロッシーニ財団がバックアップを行っているようだ。

指揮者は、1960年、ミラノ生まれのダニエーレ・アジマン。マリオ・グラッゼ国際指揮者コンクールで優勝後、イタリア国内を中心に活動しているようである。日本でオペラを指揮したことも何度かあるようだ。また教育者、指導者としても高く評価されており、ミラノ・ヴェルディ音楽院指揮科教授を務め、くらしき作陽大学音楽学部の客員教授でもある。

曲目は、ロッシーニの歌劇「セヴィリアの理髪師」より序曲、グルックの歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」より“精霊の踊り”(フルート独奏:ロマーノ・プッチ)、ロッシーニの歌劇「チェネレントラ(シンデレラ)」より序曲、コレッリの「ラ・フォッリア」(ヴァイオリン独奏:高橋沙織)、ロッシーニの「アルジェのイタリア女」より序曲、オルトラーノの「エレジーから愛しい人への哀歌~」(震災犠牲者のために書かれた作品。テノール独唱:榛葉昌寛)、モーツァルトの「レクイエム」(合唱:京都市少年合唱団OB会合唱団。あくまでOB、OGによる合唱団であり、平均年齢は比較的高い)。

WOWOWによる生中継があり、またBS朝日がドキュメンタリーを作成する予定でその収録も行われる。

上演前に「バチカンより日本へ 祈りのレクイエム実行委員会・委員長の大谷哲夫(駒澤大学元学長・総長)、門川大作京都市長、聖パオロ大聖堂名誉大司祭であるフランチェスコ・モンテリーズィ枢機卿の三人による挨拶があり、全編の司会は牧野光子が担当した。
なお、今回の日本公演は、3月9日に東京のオーチャードホールでの公演で幕を開け、昨日は京都の三十三間堂で奉納演奏があり(非公開)、震災から4年目に当たる今日は京都で公演。この後、掛川、下田、仙台、陸前高田、相馬での演奏会が予定されている。

ロッシーニ歌劇場管弦楽団であるが、第1ヴァイオリン6名という室内オーケストラ編成での演奏である。余り響きの良くない京都コンサートホールであるが、指揮者のアジマンとロッシーニ歌劇場管は鳴らす技術はあるようで、音量には不満はない。一方で、アンサンブルは緻密とは言えず、オーケストラとしての性能に関しては京都市交響楽団の方が上のようである。
ロッシーニの序曲では、ロッシーニのスペシャリスト達が揃ったことと弦楽の明るい音色がプラスに作用し、祝祭的な雰囲気溢れる演奏に仕上がっていた。
指揮者のアジマンは、オーケストラを整えることを第一とするタイプのようであるが、表現力にも不足していない。

グルックの歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」より“精霊の踊り”でフルート独奏を務めたロマーノ・プッチは国立ローマ・サンタチェチーリア音楽院を卒業後、国立スイス・イタリア語放送管弦楽団やミラノ・スカラ座管弦楽団の首席フルート奏者として活躍。現在はソリストとしての活動の他にスカラ座アカデミーで後進の育成にも当たっている。
澄んだ音色によるリリックな味わいのフルートであった。

コレッリの「ラ・フォッリア」のヴァイオリン独奏を務める高橋沙織は、仙台白百合学園高校2年生という非常に若い弾き手である。昨年3月11日にバチカン聖パオロ大聖堂で行われた「バチカンより日本へ 祈りのレクイエム」でも同曲を弾いて会場を沸かせたそうである。なお、「バチカンより日本へ 祈りのレクイエム」の仙台公演の会場は仙台白百合学園レジナパーチスホール(ネーミングライツではなく、実際に仙台白百合学園中等学校・高等学校内にある講堂)で行われる。
高橋は仙台白百合学園高校の制服姿で登場。演奏を聴く前は「『会場を沸かせた』というのが曖昧な表現だし、仙台のミッションスクールである仙台白百合学園の生徒だから選ばれたのかな」と思っていたが、いざ演奏が始まるとスケールが大きく、音色にも張りのある情熱的なヴァイオリンに感心する。曲調の描き分けなどはまだ十分ではないかも知れないが、素質は一級である。

オルトラーノの「エレジー~愛しい人への哀歌~」のテノール独唱である榛葉昌寛(しんば・まさひろ)は、2013年と14年の「バチカンより日本へ 祈りのレクイエム」の総合プロデューサーも務めた人物である。静岡県掛川市出身であり、今回、掛川公演が行われるのもそのためだと思われる。東京芸術大学卒業後、国立ミラノ・ヴェルディ音楽院で学び、今もイタリアを中心にオペラ歌手として活動しているようだ。
今日は、ステージ後方、下手上の来賓&バンダスペースにスクリーンが張られており、モーツァルトのレクイエムでは歌詞対訳と映像が映されたのだが、「エレジー~愛しい人への哀歌~」はイタリア語歌詞であるが、字幕が映ることはなかった
榛葉は情熱的な歌唱を披露した。

メインであるモーツァルトの「レクイエム」。ロッシーニ歌劇場管弦楽団は、この曲では弦楽はアメリカ式の現代配置であるが、金管が上手にずらりと並ぶというロシア型の配置を採用しているのが特徴。合唱担当の京都市少年合唱団OB会合唱団はかなりの大所帯である。なお、今日はP席と呼ばれる席の座席が取り払われていたが、合唱はそこではなくステージ上に並ぶ。P席の椅子が外されたのはテレビ映りを良くするためと、P席に座った場合、字幕スーパーが見えないということになるため、券が発売されていないということを示す意味もあると思われる。
テノール独唱は引き続き榛葉昌寛、バス独唱:フランチェスコ・エッレーロ(イタリア人)、ソプラノ独唱:藤井泰子、メゾソプラノ独唱:エウジェーニァ・ドゥンデコーヴァ(ブルガリア出身)。
なお、ソプラノ独唱は、掛川と仙台公演では藤井泰子ではなく中野亜維里が務める予定である。

イタリア人指揮者とイタリアのオーケストラということもあり、ドラマティックな演奏が展開される。ピリオド・アプローチは当然のことのように行われている。

オーケストラも良かったが、京都市少年合唱団OB会合唱団は更に充実。優れたモーツァルト演奏になる。なお、モーツァルトの「レクイエム」は未完成の遺作であり、「涙の日(ラクリモーサ)」の途中まで書いたところでモーツァルトは力尽き、35年の短い生涯を閉じた。モーツァルトは弟子であるフランツ・クサヴァー・ジュースマイヤーに自分が死んでも「レクイエム」が完成させられるよう、全体の構想を話しており、モーツァルトの死後、モーツァルトの妻であったコンスタンツェはジュースマイヤーに曲の完成を託している。ただ、ジュースマイヤーはモーツァルトの構想通りには作曲しなかった、というより当然ながらモーツァルト並みの作曲技術は持ち合わせていなかったので構想通りには作曲出来ず(例えばモーツァルトは「涙の日」の“アーメン”を壮大なフーガにする予定であったが、ジュースマイヤーはフーガにはせずに、あるいは出来ずに簡単に終わらせている)、ジュースマイヤーの補作部分はモーツァルトの作曲した部分と比べると復古的な感じがする(モーツァルトが当時の前衛作曲家であった証拠でもあるわけだが)。
ということで、「涙の日」が終わると帰ってしまうお客さんもいた。

演奏終了後、アジマンと榛葉が登場し、榛葉が「アンコールはありません。その代わり、マエストロ(アジマン)が、「怒りの日」と「涙の日」をもう一度捧げたいというので再度演奏します」と客席に向かって語り、ロッシーニ歌劇場管弦楽団と京都市少年合唱団OB会合唱団が、2曲を再度演奏した。

その後、出演者全員が登場して、喝采を受けるが、アンコールが実はあった。予想はされていたのだが京都市少年合唱団OB会合唱団が、東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」を歌い始める。
客席で聴きながら泣いている人もいたが、ロッシーニ歌劇場管弦楽団第1ヴァイオリンの女性白人奏者が日本語がわからないはずなのに泣き出すという光景も見られた。

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2015年3月20日 (金)

笑いの林(36) 「EVEMON TKF!」2014年12月1日

2014年12月1日 大阪・心斎橋のコラントッテホールにて

午後7時から、大阪・心斎橋にあるコラントッテホールで、「EVEMON TKF!」を観る。

「EVEMON TKF!」とは、「EVERY MONDAY TAMURA Kenji Festival!」の略であり、ローマ字風に「エヴェモン」ではなく、「エブマン」と発音するようである。たむらけんじがかつて存在した心斎橋2丁目劇場(ダウンタウン、ナインティナインらが輩出した吉本の若手専用劇場。ビルの老朽化のために現在は廃館)の雰囲気を再現したいという試みで、毎週月曜日に行っている公演である。会場であるコラントッテホールは、専用の劇場ではなく、コラントッテという会社の2階にある、普段はおそらく会議室などに使われている部屋をホールとして貸し出しているものである。本格的な楽屋もなく、芸人達がカーテンで仕切られた向こう側で待機している。当然ながら楽屋口もないので、芸人達は普通に会社のエントランスから入って来る。整理番号順の入場で、午後6時半開場であったが、丁度、「ロケみつ」への出演でも知られている、ゆりやんレトリィバァがエスカレーターで2階に上がるところで、ゆりやんはファンにしきりと手を振っていた。

そのコラントッテであるが1997年創業という歴史の浅い中規模企業である上、本社の立地は良いが大通りに面しているわけでもなく、ビルは高さはあるが各階のフロア面積は小さく、表に「コラントッテホール」と書かれてるわけでもないので、わかりにくい場所にある。早希ちゃんがネタの前振りで「地図アプリで一生懸命場所を探して」という笑いで用いていたが、実際にその通りである。

出演者は多いが、その分、持ち時間は少ない。それなりにキャリアのある人は持ち時間5分、駆け出しの人は持ち時間2分であり、その他の待遇でも差があり、持ち時間5分の人は小道具などはスタッフが運んでくれるが、持ち時間2分組は全て自分で持ち運びする。

MCは、たむらけんじ。出演者は、マルセイユ、ビスケットブラザーズ、セルライトスパ、ヒューマン中村、コマンダンテ(以上、持ち時間5分)、エンペラー、オダウエダ、ムラムラタムラ、十手リンジン、アキラ(以上、持ち時間2分)、祇園、ゆりやんレトリィバァ、サカモト’s、カバと爆ノ介、桜 稲垣早希(以上、持ち時間5分)、学天即(「THE MANZAI」1位通過ということで特別に持ち時間10分)。

若手芸人というが、二十歳そこそこの人からアラサーの人まで幅広い。ヒューマン中村のようなR-1の常連や、早希ちゃんのようなテレビでお馴染みの人、更に祇園やコマンダンテ、カバと爆ノ介のように人気上昇中の人達も含まれる。

ちなみに今日は、なんばで、5upよしもとを新装した、よしもと漫才劇場のオープニングの日であり、たむけんさんも「今日はお客が来ないかな」と思ったそうだが、逆に満員御礼、チケット完売で今日ほど入った日は今までなかったという。若手漫才師は若い女の子に人気で(私も以前、タナからイケダの田邊孟德さんから手売りのチケットを買って、若手漫才師だけが出演する5upのライブに行ったことがあるのだが、9割以上が若い女性。三十代以上の男は多分、私一人だけという状態であった)、今日は早希ちゃんファンもそれに加わったため、チケット完売になったのだと思われる。

ヒューマン中村は、よしもと漫才劇場のオープニング公演に出演したかったのだが、関係者から「手見せ(お笑い用語で「オーディション」のこと)を受けろ」と言われたのでこちらに来たらしい。たむらけんじの語ったことには誇張があったようで、ヒューマン中村が顔を見せて否定する場面もあったが、「手見せを受けろ」と言われたのは本当らしい。

余談だが、私の右手前方の席(席といっても劇場用のものではなくローラーの付いたオフィス用のものであったが)に座った50歳前後と思われる男性は他の席には配られていない、コメント欄付きの専門用紙など数枚の紙を持っていたので、普通のお客さんではなく吉本か業界の関係者だと思われる。

4列目の真ん中付近に座ったが、劇場ではない場所なので4列目といっても舞台からかなり近い。

持ち時間2分の組はキャリアが浅い上に、演じられる時間も短いということで、クオリティはやはり落ちる気がする。アキラなどは誰でも出来る演目ではあったものの面白かったが。
中には客席から「ぜんぜんおもんない」というつぶやきが上がった人もいた(小さなホールなので本人にも聞こえたかも知れない)。
2分組の中で私が知っていたのは、十手リンジン(祇園花月の前説で出ていた)とアキラ(R-1ぐらんぷり準決勝大会に出演)だけである。

ヒューマン中村のフリップ漫談は以前ほどではないが(無名時代の方がネタは作りやすかったと思う)笑えるし、コマンダンテがやった「娘さんを下さい」というネタは面白かった(結婚相手の父親に挨拶に行くという振りの後で、コマンダンテ・安田が、コマンダンテ・石井に「お父さん」と呼びかけ、石井が「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」と言うのだが、実は安田は婚約者の父親ではなく自身の父親に「お父さん」と呼びかけていたということに始まり、安田が石井が想定している人ではない人に話しかけ、石井が想定不能になるというネタである)。

祇園の木﨑太郎は今日も超ナルシストキャラをやっていたが、NON STYLE・井上の上位変換として思いついたキャラで、素は普通の青年だと思われる。

ゆりやんレトリィバァは、長髪のカツラを付けて登場。見た目からして面白い(いわゆり出オチである)。
「ロケみつ ザ・ワールド」で流暢な英語を披露し、前回見たときも全編英語のネタをしていたゆりやんであるが、今日も説明以外は全て英語。非常に細かい仕草を模倣したネタであり、かなり面白い。多分、かなりの映画通だとも思われる。

サカモト'sは、サングラスを掛けて、街で見た腹立つことを上げていくネタをやったが、サングラスをしているのは実際は気弱だからのようで、しかも実は徳井義実似のイケメンだという。

早希ちゃんは、昨日、東京でドラゴゲリオンZの公演と、ニコニコ生放送のドラゴゲリオンZ・インターネット番組出演もしていたので、今日もアスカネタだと思っていたが、浅倉南の漫談「違いのわかる女」編を持ってきた。カットはしなかったので持ち時間をオーバーしていたと思うが、最後は、「タッチ」を歌って最前列の人と握手をするというファンサービスを行っていた。

学天即は持ち時間10分の特別待遇であったが、実際は3分45秒で切り上げた。「THE MANZAI」の持ち時間に合わせた新ネタだという。ということで、テレビでも流されるかも知れないためネタバレはなしである。ただ、学天即・奥田は、「いやー、光栄です。桜 稲垣早希ちゃんの後ということで、全体を通して見ると、あの子が一番頭おかしいんじゃないですかね?」と発言していた。

ネタが終わったところで、ビスケットブラザーズ、セルライトスパ、コマンダンテ、祇園、サカモト's、カバと爆ノ介、桜 稲垣早希、学天即によるクイズコーナー。とんち問題が出題される。
たむけんは、早希ちゃんに「楽屋で聞こえたんですが、早希ちゃんが一番頭狂ってると」と言うが、早希ちゃんは「いやでも、好感度は一番です」と別の部分を持ち上げて反論しようとする。ただ、アホという自覚は当然ある。

まずは、あるなしクイズ。ある方に並ぶのは、「ネジ」、「後ろ」、「トランプ」、「うちわ」。私のものも入っていたのですぐにわかったが、全て干支が含まれている。
芸人さんは頭のいい人が揃っているはずだが、正解者がなかなか出ない。学天即・奥田は博識キャラなので、すぐに答えられないことをからかわれていた。それでも徐々に正解者が出るようになり、結局最後まで残ったのはコマンダンテの二人。コマンダンテは「THE MANZAI」のワイルドカードによる出場機会が残っているそうだが、たむけんから「おい! コマンダンテ、大丈夫か?!」と言われる。
コマンダンテ・石井がたむけんからヒントを貰ってようやく正解し、コマンダンテ・安田は最後まで答えがわからず、罰ゲームでたむけんから尻バットを受ける。プラスティックのバットによるものであったが、強く叩きすぎたため、蓋が取れるというアクシデントがあった。

吉本は難解なとんち問題を出すこともあるが、今回は全て簡単な問題。2問目は、おも「??」の「??」「??」「??」おも「??」の「??」「??」「??」「??」「??」「??」おも「??」の「??」「??」「??」、の「??」に入る言葉は? というわかる人には一瞬でわかる問題。「おもちゃのちゃちゃちゃ」の歌詞である。これは1問目より正解を出す人が早く、最後に残ったのはカバと爆ノ介のカバ。やはり尻バットの罰ゲームを受ける。3問目に行こうとするたむけんに、カバは「痛くてもう行けません」と言う。

3問目は、「問題. この中で一番小さな○の色は?」。ボードには様々な色の○が描かれているが、これは引っかけ問題の常套手段なので、正解者が次々に出る。問題文の中にある○が一番小さいので「黒」が正解なのである。最後まで正解出来なかったのは、セルライトスパ・肥後。罰ゲームは尻バットかと思いきやたむけんは肥後の背中を打つ。肥後は「こういうのが一番嫌だ」と呟いた。

ゆりやんレトリィバァはラジオの仕事があるということで早退したが、最後はゆりやんを除く全員がステージに上がり、整理番号での抽選による出演者全員のサインが入った色紙プレゼントがあり、幕となる。実際は劇場ではないので幕は存在しないのだが。

劇場を出る際には、ゆりやんを除く芸人全員がハイタッチでお見送りというAKBグループの真似をやっていた。

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2015年3月19日 (木)

コンサートの記(176) 広上淳一指揮京都市交響楽団第586回定期演奏会

2015年1月22日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで京都市交響楽団の第586回定期演奏会を聴く。今日の指揮は京都市交響楽団の常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

曲目は、バーンスタインの「オン・ザ・タウン」から3つのダンス・エピソード、ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:舘野泉)、プロコフィエフの交響曲第5番。

広上が自他ともに認める雨男ということもあってか、行きは小雨がぱらついた。

午後6時40分頃からのプレトーク。広上淳一は昨年の大河ドラマ「軍師官兵衛」のテーマ音楽を指揮したからか、黒字に赤い藤巴の入った官兵衛Tシャツを着て、眼鏡を掛けて登場。

ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲のソリストである舘野泉にも出てきて貰い、話に加わって貰う。

2002年、コンサートで演奏中に脳内出血を起こし(脳に異常が起こったことはわかったが何とか曲を弾き終えたところで倒れたという)、命は助かったものの右手が不自由となり、2004年から左手のピアニストとして活動を再開した舘野泉。元から左手のためのピアノ曲は多かったが、吉松隆などに依頼して多くの曲を書いて貰い、左手作品を充実させ、更に「舘野泉の左手文庫(募金)」を設立している。
舘野は、両手が自由だった頃からラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲を弾きたいと思っていたが、話が纏まらず、40年ほどが過ぎてしまったが、左手のピアニストとなった途端に依頼が殺到したという話を笑いながら語る。
舘野泉は日本シベリウス協会の前会長であり(現会長は新田ユリ)、今年はシベリウス生誕150周年であるため、シベリウスの音楽普及のための活動も増えるかも知れない。なお、今もフィンランドのヘルシンキ在住であり、フィンランド人と結婚していて、息子はヴァイオリニストのヤンネ舘野(札幌交響楽団団員)である。

広上はNHKアーカイブスで、舘野泉が左手のピアニストとして再起するまでのドキュメンタリーを見て感銘を受けたという。なお、広上と舘野は初共演だということだ(昨日聴いたCDの中に舘野と広上の名前は入っているが、舘野は大友直人と共演しており、広上が共演しているのは徳永二男である)。

今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに泉原隆志。首席クラリネット奏者の小谷口直子はラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲から参加。首席フルートの清水信貴と首席オーボエの高山郁子はプロコフィエフ作品のみの参加である。

レナード・バーンスタインの「オン・ザ・タウン」から3つのダンス・エピソード。広上淳一もバーンスタインの弟子である。「オン・ザ・タウン」は映画「踊る大紐育」(「踊る大捜査線」はこれをもじったものである)の原作ミュージカルとして知られている作品である(映画音楽界にはもう一人、エルマー・バーンスタインという同姓の作曲家がいるのでややこしい)。ただ、映画「踊る大紐育」に採用されたのは「ニューヨーク・ニューヨーク」(同名異曲多数)など数曲であるという。
「ザ・グレイト・ラヴァー」、「ロンリー・タウン」、「タイムズ・スクエア」の3曲からなるが、いずれも変拍子だらけであり、指揮も演奏も難しそうである。

広上は普段から長めの指揮棒を用いているが、今日は一段と長い指揮棒を使用。広上が小柄ということも相俟ってかなり長く見える。ただ長い分、演奏する方は見やすくもある。ということで、広上は見事なオーケストラ捌きを披露。正統派ではないのだが、ユニーク且つ巧みな指揮である。京都市交響楽団は輝かしい音で広上の棒に応える。

ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲。ウィーン生まれのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(哲学者のルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの実兄。ちなみに男ばかりの5人兄弟であったがパウルとルートヴィヒ以外の3人は自殺している)のために書かれたものである。パウル・ヴィトゲンシュタインは、第一次世界大戦で右手を失い、以後は左手のピアニストとして活動することを決意、ラヴェルにも作曲を依頼したのである。

ラヴェルのピアノ協奏曲はジャズなどの要素も取り入れた明快な作風であるが、左手のためのピアノ協奏曲はどことなく謎めいている。

広上指揮の京都市交響楽団は徒に種明かしをするのではなく、ミステリアスな作風をそのままに提示する手法。ピアノの舘野であるが、特にカデンツァなどは左手だけで演奏しているとは思えないほど華麗なテクニックで聴かせる。

左手のためのピアノ協奏曲を実演で聴く機会は余りないのだが、今日の演奏は優れた出来だった。

アンコールとして舘野はシュールホフの「左手のための第三組曲」から“アリア”を弾く。リリカルな曲と演奏だった。

メインであるプロコフィエフの交響曲第5番。交響曲第5番というのはベートーヴェンの作曲による世界で最も知られた交響曲が持つ番号であり、それとの比較は避けられないため、多くの作曲家がベートーヴェンの交響曲第5番と同じ路線や、オマージュのような形で作品を書いている。ベートーヴェンの交響曲第5番と同じ路線で最も有名なものはショスタコーヴィチの交響曲第5番であるが、実はショスタコーヴィチとプロコフィエフは犬猿の仲であり、二人の友人であったロストロポーヴィチによると「ショスタコーヴィチの前では“プロコフィエフ”という名前を挙げることすらタブーでした。逆のケースでも同様でした」と語っている。二人の間に特に仲違いするような出来事はなかったはずで、互いの実力を認め合ったがためのライバル視が原因だと思われる。ソビエト最高の作曲家の座を譲りたくはなかったのだ。

プロコフィエフの交響曲第5番もベートーヴェン路線だが、それほど単純にストーリー展開をなぞってはおらず、まず第1楽章で英雄の登場を思わせるような高雅で雄々しい旋律が登場し、それが「運命動機」の開始と共に打ち倒されるような展開となる。第2楽章ではスケルツォ(冗談)に相当する音楽が展開される。第3楽章ではリリシズムに溢れる音楽とそれが破滅へと向かい、最終楽章はバレエ音楽的。クラリネットの吹く軽妙な主題が徐々に凱歌へと変わっていく。
マーラーの交響曲第5番(マーラーも勿論、ベートーヴェンの交響曲第5番は意識している)に近いかも知れない。

京響は弦が透明ではあるが冷たくはない響きを出す。シルクのようなという表現が一番近いであろう。今日の京響は弦の美しさに定評のあるイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団のようだ。

関西のオーケストラで一番だと思われる金管の威力も素晴らしく、他の楽器も大健闘する。世界中のどこに出しても恥ずかしくない第一級の演奏である。

1月ということで、お年玉的なアンコール演奏がある。まず広上が「あけましておめでとうございます」と言った後で、「女性のタクシードライバーから京都駅から京都コンサートホールに向かう東京のお客さんが増えた」という話をして、東京からも京響を聴きに来るお客さんがいることを喜んだ。そして、4月からは隔月ではあるが、同一曲目二回演奏になるので、同じ曲目が二度味わえるということもアピールした。

アンコール曲はラフマニノフの前奏曲「鐘」の管弦楽曲版。編曲者は不明である。ダイナミックな演奏であった。

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2015年3月18日 (水)

原田知世 「夢の人」(I've Just Seen a Face)

原田知世の最新カバーアルバム「恋愛小説」からの1曲です。ユニバーサルの公式映像。

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2015年3月17日 (火)

コンサートの記(175) サー・ロジャー・ノリントン指揮チューリッヒ室内管弦楽団来日演奏会2014

2014年10月2日、大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで、サー・ロジャー・ノリントン指揮チューリッヒ室内管弦楽団の来日演奏会を聴く。ノリントンの80歳記念と日本・スイス国交樹立150周年を記念した公演である。ノリントンとチューリッヒ室内管の世界ツアーの一環であるが、日本での演奏会は、ここ、いずみホールでの今日のコンサートのみとなる。ということで、関西のみでなく日本各地からいずみホールまで詰めかけたお客さんもいるはずである。いずみホールがシリーズで行っている「モーツァルト ~未来へ飛翔する精神」の一つとしてノリントンが特別に演奏会を開くことになったのであろう。

オール・モーツァルト・プログラム。ノリントンは現役の指揮者としては最も巧みにモーツァルトを演奏する指揮者の一人である。
交響曲第1番、ピアノ協奏曲第21番(ピアノ独奏:HJリム)、交響曲第41番「ジュピター」が演奏される。

第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンともに5名という編成。古典配置であり、平台などは用いず、管楽器奏者は立って演奏する。今日のノリントンは全曲ノンタクト、暗譜での指揮である。

1934年、英国オックスフォード生まれのサー・ロジャー・ノリントンは90年代に癌を患い、心配されたが、見事に克服。現在、チューリッヒ室内管弦楽団の首席指揮者を務めている。最初は古楽器のオーケストラであるロンドン・クラシカル・プレーヤーズを組織して指揮していたが、その後、モダンオーケストラをピリオド・アプローチで演奏することに専念し、ロンドン・クラシカル・プレーヤーズは解散している。モダン・オーケストラの指揮者としてはカメラータ・ザルツブルクとシュトゥットガルト放送交響楽団(SWR交響楽団)の首席指揮者を長きに渡って務め、特にシュトゥットガルト放送交響楽団とは「ベートーヴェン交響曲全集」を始めとする名盤を作成している。

交響曲第1番は、モーツァルトが8歳の時に作曲したもの。モーツァルト最初の交響曲として、モーツァルトの初期交響曲の中では比較的知られている作品である。

ノリントンは強弱をはっきり付ける。特にピアニシモからフォルテシモへと一足飛びに移行する手段が多用され、ロッシーニクレッシェンドをも凌ぐ効果を上げている。

ノリントンのピリオド・アプローチは、同手法を取り入れている指揮者の中でも最も徹底したもので、ビブラートはほとんど用いず、澄んだ音色を基調としている。ティンパニは小型で硬い音を出すバロックティンパニを採用。マレットの先には何も巻かれておらず、木の棒で叩く感じとなる。トランペットとホルンはモダンタイプを使用。

ピリオド的面白さよりも、放出するエネルギーでもって魅せる演奏。それにしても、モーツァルトは8歳にして哀感に満ちた第2楽章を書いているのだから凄い。

ノリントンは、ラストで客席の方を向くというパフォーマンスを得意としており、今日も交響曲第1番が終わると同時に客席の方に向き直ってみせた。

ピアノ協奏曲第21番。以前、ザ・シンフォニーホールで行われた、ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の来日演奏会で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を演奏した時もそうであったが、今回もピアノは弾き振りをする時のように鍵盤を客席側に向けて据えられ、ソリストは聴衆に背中を向けながらの演奏となる。ピアノの蓋は取り払われており、ノリントンはソリストと向かい合わせになって舞台の中央付近で指揮をする。楽団員はノリントンを中心に車座になって弾く。ということで、コンサートマスターも第2ヴァイオリン奏者も客に背中を見せながらの演奏である。私の席からだとノリントンの姿は第2ヴァイオリンが陰に隠れる形となり、足元しか見ることは出来ない。

ピアノ独奏の、HJリムは、韓国生まれ、フランス育ちの若手女性ピアニスト。LIMというアルファベットの綴りは、東京ヤクルトスワローズのクローザーであったイム・チャンヨンと同じであるため、漢字で書くと「林」、ハングル読みでイムだと思われるのだが、フランス育ちであるためリムと名乗っているようだ。HJはファーストネームの漢字二字の頭文字を取ったものであると思われるのだが、何という漢字で名前なのかはわからない。
パリ国立音楽院を卒業後、EMI(現在はワーナーに統合)と契約し、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集でCDデビューをしている。

リムのピアノであるが、モーツァルトなのにヴィルトゥオーゾのような弾き方で弾くため、典雅さが後退し、かなり乱暴な印象を受ける。メカニックは達者であるが、音楽よりも技術を聴かされているような気分になってしまうのだ。
ノリントン指揮のチューリッヒ室内管は標準的なテンポでスタートしたが、リムは快速でバリバリ弾く。その速さに意味が感じられず、正直、苦手なタイプのピアニストである。

第2楽章は、映画「短くも美しく燃え」のテーマとして使われたことで知られるが、リムはスラスラ進んでしまうため味気ない。

カデンツァは、ベートーヴェンの「プロメテウス主題」などが用いられた独自のものであったが、アレクサンドル・ラビノヴィチ=バラコフスキーが作曲した新しいものであるという。

リムはアンコールとして、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾く。ザッハリッヒカイトなものであったが、モーツァルトよりはリムの個性に合っているようだ。

交響曲第41番「ジュピター」。
ノリントンは最初の音を弱く抑え、そこから急速に強さを増すような仕掛けを施す。同じような音型が続いても、違った風に演奏するなど細やかな演奏である。拍よりも自在な表現を重視しており、スピードや強調すべき音を変幻自在に操る。現時点で聴くことの出来る最高峰のモーツァルトだと思って間違いないだろう。

ノリントンとチューリッヒ室内管は、アンコールに応えて、「ジュピター」の第4楽章から終盤を再度演奏する。楽器のバランスを微妙に変えての演奏。ノリントンは第2ヴァイオリンに指示を出してから、第1ヴァイオリンへの指示へと移行する際に、時計回りをして一端客席と正対するというパフォーマンスを見せた。

拍手は鳴り止まず、終演後もノリントンはステージに残り、客席からの喝采に応えた。

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2015年3月13日 (金)

「サウンド・オブ・ミュージック」より“マイ・フェイバリット・シングス”(英語詞&アニメーション付き)

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2015年3月10日 (火)

フィリップ・グラス 「The Kiss」

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2015年3月 9日 (月)

笑いの林(35) 「人気者ライブ~芸歴10年経ってしまった~」

2015年1月27日 道頓堀ZAZA HOUSEにて

午後7時から、道頓堀ZAZA HOUSEで、「人気者ライブ~芸歴10年経ってしまった~」を観る。NSC大阪校28期生を中心としたライブ。出演:桜 稲垣早希、アインシュタイン・稲田、祇園、ラフ次元、矢野号。上演時間約1時間のミニライブだが、チケット料金も前売り1300円と安い。京都から観に行くと交通費の方が高く、電車の中にいる時間の方がライブよりも長いという難点があるが。

早希ちゃんはNSCはNSCでも大阪校女性タレントコースの1期生(現在は女性タレントコースは廃止)であるが、お笑いコースでいうと28期生と同じ時期にNSCに入っており、矢野号はNSC組ではなくオーディションを受けての事務所直入であるが、キャリアでいうと28期と同期になるという。桜 稲垣早希おっかけ芸人である、がっき~も28期生であるが、早希ちゃんが「がっき~だけは絶対嫌」と言ったため出演せず(そもそも同期で何かやろうと、この企画を立ち上げたのは早希ちゃんだそうである)。中山女子短期大学(男性ピン芸人)も同期であるが、ラフ次元・梅村から「滑舌が悪すぎで舞台出演NGになった」と説明される(嘘であろうが)。

芸能人の実家というと、貧困層と富裕層のどちらかに極端に分かれる傾向があるのだが、今日はラフ次元・梅村と矢野号が自他共に認めるボンボン。貧困家庭出身の人はおらず、他の人は中流層の出である。

ラフ次元・梅村と矢野号は共に会社社長の息子だが、ラフ次元・梅村の父親の会社は年商3億。矢野号の父親に至っては実に年商60億の会社を経営しているという。

人気者ライブと銘打っているが、吉本のお笑いに詳しくなくても知られているのはおそらく早希ちゃんだけ。アインシュタイン・稲田は、よしもとぶさいくグランプリ(最近は大々的にやっていないが)の上位にいるため知名度はある方だと思われる。ただ早希ちゃんも「ロケみつ」の早希ちゃんとして有名で、吉本の芸人ということは余り知られていない。今日の司会を担当したラフ次元・梅村が早希ちゃんに、「テレビでネタやったことある?」と聞くと、早希ちゃんは、「ほとんどない」と答えていた。ちなみに早希ちゃんは、先日、広島での仕事に向かう最中に、新大阪駅で転倒して左手の薬指を怪我したとブログに左手の写真入りで上げており、今日も小指に包帯が巻かれている(打撲だったようだが、そういえば早希ちゃんも大厄だったな)。

まずは自己紹介。矢野号やラフ次元は普通に挨拶をしていたのだが、早希ちゃんが「昨日か、今日か、やっぱりアスカ! あなたのハートを補完する桜 稲垣早希です」とAKBグループのアイドルのような挨拶をしてからおかしくなり、アインシュタイン・稲田は「みんな、笑っちゃ“いな”の稲田です」、祇園・櫻井は「みんな僕のことをわかって芸人(若手芸人)の祇園・櫻井です」、祇園・木﨑は「笑わしたろう、楽しませたろう、抱いたろうの木﨑太郎です」と勝手にキャッチフレーズを作って挨拶してしまう。

今日は男性客が多いといので、ラフ次元・梅村が「早希ちゃんを見に来たという方、拍手」というとかなりの人が拍手する。梅村が今度は「では、祇園・木﨑を見に来た人」と聞くと、拍手をしたのは一人だけ。木﨑は怒って帰るふりをする。

木﨑は早希ちゃんのことを「大嫌いです!」と断言。『ロケみつ』の「カッパでいい湯だな 効き温度ブログ旅」に出演したことがあり、『ロケみつ』は毎年忘年会を行っていて、12月27日生まれである早希ちゃんのお誕生日会を兼ねたものだったのだが、木﨑もまた12月27日生まれ(木﨑の方が2歳年下)であったのに忘年会に参加した時に誰も祝ってくれなかったという。
早希ちゃんによるとその時は木﨑の誕生日については知らなかったそうである。スタッフで木﨑の誕生日を知っている人もいなかったようだ。

自分自身が把握しているキャラクターをスケッチブックに書き、それを変更しようという企画。
祇園・木崎が「神が作った最高傑作 KIZAKI」(相方の櫻井に「盛りすぎちゃう?」と言われるが、「どうせ今日は木﨑を見に来ている人はいない」と開き直る)、祇園・櫻井が「根暗」、アインシュタイン・稲田が「メガネ君」、ラフ次元・梅村が「帰国子女のさわやかRich Boy」、早希ちゃんが「アニメ、ゲーム好き クラスにいそうな女」、ラフ次元・空(そら。変わった苗字である)は「カワイイ」。女の子に「カワイイ」と良く言われるらしいが、木﨑から「男で『カワイイ』と言われる奴、大嫌いです!」と言われる。矢野号は「巨人」。ちなみに矢野号は大きな人を言う「巨人」ではなく、読売ジャイアンツの略称である「巨人」のイントネーションで読み上げるが、内容は大きな人の方の「巨人」。矢野号は長身で、服もアメリカ人用や太っている人向けのものでないと入らないという。

まず、アインシュタイン・稲田が変わった顔なのになんで「メガネ君」なのかという話になる。稲田は中学校の時は「メガネ君」と呼ばれていたという。それだけでは面白くないので、高級感を出すということで、川島なお美のキャラとなってしまう。ただ、稲田が「川島なお美がよく分からない」というので、早希ちゃんが川島なお美がよくペットを連れているのでペットにしてはどうかと提案。稲田が一番好きな動物は犬、それも柴犬ということになる。

祇園の木﨑はナルシストキャラとして知られているが、2、3年ほど前から急にナルシストキャラに変わったそうで(丁度、NON STYLEの井上がよしもとブサイクぐらんぷりで1位を取ったのにナルシストキャラとして知られる様になった頃なので、影響はあるのかも知れない)、相方の櫻井も「木﨑も根暗」という話をし、アインシュタイン・稲田によると「木﨑はNSCの頃から根暗で、その頃、月に1回みんなで舞台をやってその後、食事に行ってたんですけれど、木﨑は食事にはいかなかった。仲間内でも集団の中にいるのが怖いらしい」ということで、稲田が「木﨑と食事をする会」のような会を立ち上げて、木﨑もようやく心を開くようになったという。ということで、木﨑は「神が作った最高傑作 KIZAKI」ではなく、「稲田が作った最高傑作 KIZAKI」に変更となる。

司会のラフ次元・梅村は塾講師もやっているが、相方の空が「意外に天然」だと指摘し、祇園・櫻井も「教科書に書かれていること以外は知らないタイプなのではないか」と言うが、塾講師と天然では差があるというので、思い切って「オネエキャラ」に変更となる。

早希ちゃんは、楽屋にいる間、ずっとゲームをやっているそうで、「今もすぐ帰ってドラゴンクエストやりたいです。オンラインなので、リアルタイムで時間が流れている」と言い、「この舞台もリアルタムで時間流れてるよ」と突っ込まれる。
「クラスにいそうな女」というのは、早希ちゃんによると「特別美人でもないし、かといってブスでもないし」と言うが、梅村に「(容姿は)上、中、下でいうと、どの辺り?」と聞かれて、「うーん、上の上」と答え、木﨑が怒ったふりをする。
普段のネタは結構ブラックだというので、「毒舌キャラ」に変更ということにし、隣に座っているラフ次元・空に向かって毒舌を吐くようにいわれるが、「髪形が変。着ているものも何か」と単なる悪口を言って、梅村に、「早希ちゃん、毒舌の意味わかってる?」と聞かれる。

祇園・櫻井は「ギャル男」ということになる。ラフ次元・空も櫻井と同様に「ギャルが好き」ということで、そっち系のキャラに、矢野号は父親がわらび餅の水色容器を発明したということから「餅キャラ」という意味のわからない設定になる。

その後、そのキャラのままで、「黒ひげ危機一髪」をやることになるのだが、木﨑は稲田にお礼を言ってから樽にナイフを指すという今日限定のキャラ。その稲田は大人しくなっただけ。矢野号は餅なので舞台に引っ付いて動けないという意味不明のギャグ。早希ちゃんは毒舌ではなく俺様キャラ、それも中々他の人に絡めず、「次、早希ちゃん」と促されてようやく乱暴になるといった調子で、全員、新しいキャラが馴染まなかった。

続いて、10年前に流行った曲を、お題を踏まえて替え歌にするというコーナー。使用された曲は、レミオロメンの「粉雪」、修二と彰(亀梨和也と山下智久)の「青春アミーゴ」、AIの「Story」、SMAPの「BANG!BANG!バカンス!」、平井堅の「POP STAR」。事前に曲は知らされておらず、全員、その場で替え歌を考えて歌う。

ラフ次元・空がトップバッターとして、レミオロメンの「粉雪」で手を上げる。お題は「となりのトトロ」。お題に出てくる言葉は使わずに説明する歌詞に変える。だが空は、「猫バスのとなりでトトロ」と思いっ切りお題に入っている言葉を使ってしまう。空は「となりのトトロ」ではなく「となりでトトロ」にしたのでOKだと思っていたらしい。

その後も、みんな上手くいかない。

祇園・木﨑は「青春アミーゴ」で挙手するが、お題の「アベノミクス」の内容がよくわからず、消費税値上げの歌にしてしまいNG。

早希ちゃんは、「Story」に挑戦。お題は「大阪」であるが、「天神橋筋六丁目辺りは住みやすそうなので引っ越してみたい」と、大阪ではなく大阪の一部の歌にしてしまって「駄目」と判定される。

その後、ラフ次元・梅村が「POP STAR」にお客さんから貰った「USJ」というお題でチャレンジ。「此花区にある遊園地。東の東京ディズニーランドに対抗する」と唄って受けが良かった。

ラストは早希ちゃんが「POP STAR」に挑戦。客席から「R-1(ぐらんぷり)」というお題を貰う。ラフ次元・空が「ヨーグルトの方(明治乳業の「R-1」)でも良いよ」とアドバイス。
早希ちゃんは、「今年からスポンサーいなくなった。何で私たち見捨てた」と唄って大受け。早希ちゃんが優勝者となった。

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「辛気くさい」

「辛気くさい」という言葉は関西とその他では使い方が異なるらしい。私は関西版の「辛気くさい」は使ったことがない。

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2015年3月 8日 (日)

これまでに観た映画より(72) 「ローマの休日」

DVDでハリウッド映画「ローマの休日」を観る。主演:グレゴリー・ペック&オードリー・ヘップバーン。ウィリアム・ワイラー監督作品。脚本:ダルトン・トランボ。音楽:ジョルジュ・オーリック。

いわずと知れたオードリー・ヘップバーンの出世作である。それまで無名の女優であったオードリーはこの映画で1953年のアカデミー主演女優賞を受賞。一躍、スターの仲間入りをする。

ヨーロッパ某国の王女であるアン(オードリー・ヘップバーンが)が、ヨーロッパ諸国を公式訪問する。ロンドン、パリを経て、イタリアの首都ローマにやって来たアン王女一行はイタリア大使館でのレセプションと舞踏会に参加。翌日もスケジュールは一杯であったが、公務にうんざりしたアン王女は、突如激昂。一旦は気分が収まるが、こっそりと私服に着替え、荷物を運び出す車に忍び込み、ローマの街へと密かに飛び出す。ただ、睡眠薬を投与されていた、アンは眠くなり、道端のベンチの上で寝転んでしまう。そこに通りかかったのはアメリカン・ニュース・ローマ支局の新聞記者、ジョー・ブラドリー(グレゴリー・ペック)。ギャンブル好きなジョーは駆けポーカーに負けて帰る途中だった。アンが酔っ払っていると勘違いしたジョーは、タクシーに乗せて自宅に帰そうとするが、アンは自宅が「コロッセオ」だと言って聞かない。仕方なく、自宅アパートにアンを泊めることにするジョー。

ジョーは翌日、午前11時から、アン王女の公式記者会見に参加する予定だったが、昨夜が遅かったので寝過ごしてしまい、気がついたら正午。しかし、ジョーは新聞社の上司に、自分はアン王女のインタビューに行っていたと嘘をつく。しかし、アン王女が急病という嘘の記事が王女の写真付きで各紙に載っており、ジョーの上司はジョーの嘘を呆れながら聞いている。そして、上司から渡された新聞記事に載ったアン王女の写真を見て、昨日泊めた女性の正体がアン王女だと知る。
アン王女のプライベートを記事にすれば特ダネだと、喜ぶジョーはアン王女に新聞記者という正体を隠し、また彼女がアン王女だと気付いていないふりをして、ローマの休日を楽しむことにする。

スペイン広場でオードリー・ヘップバーンがジェラート(アイスクリーム)を買い食いするシーンや、真実の口でグレゴリー・ペック演じるジョー・ブラドリーがふざける場面、スクーターを二人乗りする場面など、有名なシーンが多い映画である。

夢のような恋愛映画であるが、単なるおとぎ話にはなっておらず、ほろ苦い味わいを残すのもウィリアム・ワイラー監督の上手さだと言える。

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我、山脈の一峰に過ぎず
故に我を利せむと欲すれば他を利するより他なし

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2015年3月 6日 (金)

鬼束ちひろ 「帰り路をなくして」

鬼束ちひろの傑作「帰り路をなくして」。ユニバーサル・ミュージックによる公式映像です。

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2015年3月 5日 (木)

コンサートの記(174) 新妻聖子と京フィル「マイ フェイバリット ミュージカル~ミュージカル大好き!~」

2013年10月17日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、新妻聖子と京フィル「マイ フェイバリット ミュージカル~ミュージカル大好き!~」という演奏会を聴く。ミュージカルのトップ女優の一人である新妻聖子と、京都フィルハーモニー室内合奏団によるミュージックナンバーを中心としたコンサート。指揮は河内長野で7月に上演された歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「ジャンニ・スキッキ」でも指揮をしていた井村誠貴(いむら・まさき)。オペラやミュージカルで活躍している指揮者である。

曲目は、前半が、井村誠貴指揮京都フィルハーモニー室内合奏団の演奏で、ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」序曲、チャイコフスキーの「四季」より10月“秋の歌”(編曲者不明)、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第4番(編曲者不明)。ここからヴォーカルとして新妻聖子が加わり、「サウンド・オブ・ミュージック」より“サウンド・オブ・ミュージック”、「キャッツ」より“メモリー”、「レ・ミゼラブル」より“オン・マイ・オウン”、「ラ・マンチャの男」より“ラマンチャの男”。

指揮者の井村誠貴がマイクを手に曲目を紹介してから、演奏を始めるというスタイルであり、新妻聖子が加わってからは二人で曲目について紹介したり曲に関する思い出を語ったりする。新妻聖子は愛知県生まれであるが、11歳から18歳までは父親の仕事の都合上でタイで過ごしたという帰国子女である。タイでは首都バンコクのインターナショナルスクールに通っていたそうで、英語はペラペラ。そのため上智大学を卒業している。大学在学中から芸能活動を行っていたが、23歳の時に、5000倍の難関を突破して「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役を獲る。翌年には「ミス・サイゴン」のヒロイン、キム役にも選ばれ、以後は日本を代表するミュージカル女優として活動する傍ら、ストレートプレーにもいくつか出演している。東京には上智大学入学以降しか縁がないようであるが、性格は気っ風が良く、江戸っ子に近いものがある。

新妻聖子は黒いズボンの上に前が割れた赤いロングドレスという衣装で登場。これはスペインが舞台となっている「ラ・マンチャの男」を歌う時にドレスを開いて、闘牛士がマントを拡げた格好に見えるよう意識したものだという。

京フィルは、第1ヴァイオリン4名、第2ヴァイオリン3名、ヴィオラとチェロが2名ずつ、コントラバス1名という小編成。最初の曲である歌劇「セビリアの理髪師」序曲ではホルンが二度ミスを犯すなど、状態は今一つのようである。

新妻聖子は明るい声でのびのびとした歌声を披露する。

後半の曲目は、井村と京フィルのみの演奏で、チャップリンの「スマイル」(編曲者不明)、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」(編曲者不明)、アンドリュー・ロイド・ウェッバーの「オペラ座の怪人」のテーマ(編曲者不明)。そして新妻聖子が加わっての、「オズの魔法使い」より“虹の彼方に”、「アンダンテ」(映画「アンダンテ-稲の旋律-」主題歌。作詞:新妻聖子、作曲は新妻聖子の実姉である新妻由佳子)、「レ・ミゼラブル」より“夢やぶれて”、「Time to say goodbye」。

オーケストラのみによる演奏は全て編曲者不明であるが、京都フィルハーモニー室内合奏団は独自の編曲による曲目を2000曲ほどレパートリーとして持っているという。なので京フィル関係者による編曲だと思われる。

後半は薄いピンク色のロングドレスに着替えて登場した新妻聖子は情感たっぷりに各曲を歌い上げる。全てマイクを使っての歌であったが、マイクなしでも通りそうな声である。

ちなみに新妻聖子の実姉である新妻由佳子は音楽家ではなく、普通の主婦だそうであるが(Wikipediaにシンガーソングライターとあるのは間違いのようだ)、ピアノが好きで、趣味で作曲もするため、聖子が書いた歌詞に由佳子が曲をつけたものを関係者に見せたところ、それが主題歌として採用されてしまったという。

新妻聖子と京フィルは、アンコールとして、ミュージカル「ミス・サイゴン」より“命をあげよう”と、新妻聖子のオリジナル曲である「私の星」を歌い上げ、演奏会は幕となった。

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2015年3月 4日 (水)

笑いの林(34) 元祖黒久1・1・1笑劇談「タクシードライバーエピソード」

2015年1月6日と7日 大阪・玉江橋のABCホールにて

両日とも、午後7時から、大阪・玉江橋にあるABCホールで、元祖黒久1・1・1笑劇談「タクシードライバーエピソード」を観る。

昨年の暮れにチケットを購入したのだが、その時は公演の内容を把握しておらず、お笑いの公演を2日続けてやるのかと思っていたが、実際は芝居の公演であった。12月30日にZAZA道頓堀に行ったときにチラシを見て、「タクシードライバーエピソード」が劇であることを知ったのだ。元祖黒久1・1・1は、メッセンジャーの黒田有(台本作家、演出家としては黒田たもつ名義)とザ・プラン9のお~い!久馬の二人が主宰する演劇ユニットであるようだ。

それにしても、二日間とも出演予定の早希ちゃんは公演当日にも仕事はあるはずで、稽古はどうするのだろうと思っていたが、新年4日に初めて稽古に参加したそうで、5日の夜に通し稽古を2回行い、その後は通す時間もないので場当たりのみで乗り切ったようだ。

MKならぬYKタクシーの休憩所が舞台であるが、舞台は2段に組まれており、平台を積んで高くした部分がYKタクシーの休憩所で現在進行形の場面、素の高さの部分はそれ以外の場所で主に過去の場という設定である。

PAを使った公演であるが、初日は平台を積んだ舞台の上に直接横長のマイクを置いたため、出演者が平台の舞台の上を歩いたり体重移動をしたりするたびに平台の軋む音が盛大に聞こえてしまっていた。2日目をそれを避けるため、見た目は少し不自然になるが、縦長の木材を平台に打ち付け、マイクを少し浮かせた状態で使用。軋む音はしなくなった。

脚本:黒田たもつ、お~い!久馬(ザ・プラン9)、森澤匡晴(スクエア)、演出:黒田たもつ。出演:黒田有(メッセンジャー)、お~い!久馬、西澤裕介(ダイアン)、津田篤宏(ダイアン)、桜 稲垣早希、寺下怜見(てらした・れみ。ブルーシャトル所属)、樋口みどりこ(つぼみ)、森澤匡晴ほか。森澤は当初は出演する予定はなかったのだが、黒田が強引に出番を作って出演することになったそうだ。日替わりゲストが登場し、6日はモンスターエンジン・西森、7日は笑い飯・西田がちょい役ではあったが出演した。

タクシードライバーの矢島(黒田有)は、高校を卒業してすぐに芸能事務所を立ち上げたことがあった。矢島は高校時代、フェスティバルホールを満員にするほどの人気を誇ったスーパーアイドル・松山みさき(寺下怜見)の大ファンであり、ファンクラブの会員証の番号も2番であった。同級生の北川(お~い!久馬)も松山みさきの大ファンであり、ファンクラブの会員証の番号は何と1番。矢島よりもファンである。北川はフェスティバルホールで出待ちし、松山みさきのマネージャーになりたいと望んでいた。だが、高校生がアイドルのマネージャーになれるわけがない。

そこで、矢島は高校卒業後に芸能事務所を立ち上げるという夢を語る。夢に過ぎないと北川は考えていたのだが、実際に矢島は芸能事務所を立ち上げ、矢島がプロデューサー、北川がマネージャーとして働くことになる。1フロアの小さな事務所であったが、矢島は一人の女の子をアイドルとして売りだそうとしていた。松山ひかり(寺下怜見。二役)。松山みさきの娘だった。
松山みさきは、全盛期に不倫の末、ひかるを産んだが、その後に芸能界から追放され、生活のために内職やレジ打ちのパートなどをしていたが、病気になり、今は生活保護を受けて何とか暮らしているという。だが、ひかるはアイドルではなく、アーティストとして売れたいと望んでおり、矢島に反発している。シングルを2曲出したが、いずれも北川の作詞・作曲で「どすこい女」シリーズというコメディソングにしかならないものであり、ひかるは「もしアイドルとして売りたいのなら、作詞・作曲はちゃんとした人に頼んで下さい。北川さんはマネージャーじゃないですか」と訴える。小さな事務所なので稽古場もなく、ひかりは近くにあるABC公園でボイストレーニングを行っていた。
それからしばらくして、ひかるはスキャンダルを起こして芸能界から引退。矢島と北川も芸能事務所を畳み、ひかる売り込みのためにあちこちの事務所から借りていた金を返すため、矢島はタクシードライバーに転職したのだった。

タクシー会社では、OLのヨシコ(樋口みどりこ)、コックの岡部(西澤裕介)、桜 稲垣早希演じる炊事場係の女性(役名はないようである)、津田篤宏演じる無線・配車係(やはり役名はないようだ)が働いている。

早希ちゃん演じる女性が、「ABCテレビの土曜日朝6時半からやっている『おはよう朝日土曜日です』に出ている桜 稲垣早希ちゃん可愛いなー」と言っているが、樋口みどりこ演じるヨシコは、「あの年齢であのコスプレはきつくないですか」と痛いところをつく。ヨシコが「つぼみというアイドルグループがあるんですけど」というと、早希ちゃんは「ない」と否定。ヨシコが「4月29日にCDをリリースするんです」と、樋口みどりこが所属するつぼみの宣伝をするが、早希ちゃんは「しない。NMBに押しつぶされてポーン」と縁起の悪いことを言う。ヨシコはダイエットをしていて、カレーもスプーンに一匙もない少量のものを注文するが、ダイアン・津田演じる配車係がダイアン・西澤演じるにコックの岡部にカレーを頼むと、西澤は津田に「お前に出すカレーはない」と言う。西澤に言わせると津田にカレーを出すだけでも恥なのだそうだ。そこから脱線して、津田が高校に落ちたという本当の話になる。本命の工業高校を受験したのだが滑り、商業高校に行ったのだという。ちなみにその年、本命の工業高校を受験した生徒の中で不合格になったのは津田だけだったという、嘘か本当かわからない話も出る。

矢島が現れたところで、女性二人が「矢島が女性トイレにいた」と話す。矢島は大きい方を催したのだが、男性トイレの個室は満席であり、もう我慢できないので、女性トイレの個室に入ったのだった。だが、折り悪く、そこで休業のタイムとなり、早希ちゃん演じる炊事係の女性、ヨシコ、更に、お~い!久馬演じる名前不明のOL、そして6日はダイアン・西澤が、7日は笑い飯・西田が演じたもう一人のOLが化粧室の鏡に向かって井戸端会議を始めてしまい、矢島は出るに出られなくなった。

女性達の井戸端会議はアドリブだらけであり、出演者それぞれが持っているエピソードを語ったり、STAP細胞だの、ASKAの麻薬所持問題などが語られる。
ようやくみんなが去ったと思った矢島は個室から出るが、トイレの入り口で、化粧道具を忘れたので戻って来た炊事係の女性とヨシコとばったり顔を合わせてしまう。

YKタクシーに新人の運転手が入って来る。他ならぬ北川であった。北川は逃げだそうとするが矢島に止められる(7日は、お~い!久馬が壁にぶつかり、「タクシーなんてシャボン玉」と、島田珠代のギャグを真似ていた)。

北川の過去が語られる。歌番組に出た、といっても「のど自慢」なのだが、アスカのコスプレをした早希ちゃんと二人で、“チャゲ&アスカよ”として「YAYAYAYA」を唄ったり(早希ちゃんは、エヴァンゲリオン弐号機を説明するアスカのセリフを語るだけ。なお、寺下怜見が、別の女の子の役で出演して「Let It Go」を唄ったのだが、音程もテンポもグダグダ。わざとではなく本当に音痴なのだそうで、基本的に歌は事務所からNGが出ているのだという。これでも懸命にカラオケで練習してきたのだそうだ)、映画の助監督をしたり(樋口みどりこが女優役。早希ちゃんがそのマネージャー役である。相手役のダイアン・津田は蒲生という役名で、蒲生のマネージャーをダイアン・西澤が演じている。ダイアン・津田演じる蒲生は童貞キャラで売っているという意味不明の設定がある)。バスの運転手をしていたり(モンスターエンジン・西森はこの時に、乗客として登場。更に「東大阪市の中小企業魂」というバスアナウンスに掛けた影アナを行っていた。影アナで行われるバスアナウンスに該当する人がバスを降りるという設定。ダイアン・津田は、「次は、田舎予備校。高校に落ちたことのある方はお降り下さい」、早希ちゃんは「次は、ガイナックス。勝手にキャラクターを演じてしまっている人はお降り下さい」と言われていた。ダイアン・津田はその他にも「次は、Google本社。グーグルマップに実の母親が映り込んでしまっている方はお降り下さい」でも降りていた。7日の早希ちゃんは「30を過ぎていい歳なのに、一晩中ドラゴンクエストに嵌まっている方はお降り下さい」とも言われるが、何故かダイアン・津田も一緒に降りてしまうという稽古不足と即興性重視故の展開となった。

実は当初に予定していたキャストが降りたため、急遽、脚本を変えて上演に間に合わせたそうで、場面転換が多すぎたのはそのせいかも知れない。森澤匡晴という、ウェルメイドな本を書く人を起用してもようやくこの程度なのは時間がなかったということもあるのだろう。笑えるということに関しては及第点だが、劇としては「あながち悪いとも言い切れない」という微妙な出来である。

早希ちゃんは思ったよりも出番は多かったが、自分に関することや、いつも言っているアスカのセリフ、日常会話程度であり(セリフの量もかなり削ったとのこと)、会話劇ではないのも幸いして、稽古不足の割りにはまずまずの出来。彼女は舞台女優としても才能はある方だと思うので、年に2回くらいは本格的な芝居に出て欲しいというのが本音である。

樋口みどりこは、ダンスシーンなどもあって色々大変だったと思うが、今のところちょっと華に欠ける感じは否めない。顔の造形はいいのだが。まだ若く化ける可能性もあるので今後に期待したい。

寺下怜見は、ちゃんとセリフは話せているのだが、感情が伝わってこない。感情が内にこもっているだけで外に表す方法をまだ心得ていないのだと思われる。滑舌良くセリフが語れても、それだけでは駄目だということである。滑舌が悪くても味のある演技をする俳優はいるので、技術でない、若しくは技術以上の何かを見つけると良いと思う。

メッセンジャー・黒田は芸人の、お~い!久馬も吉本芸人的演技であるが、二人にはそうしたものが求められているのであって、上手い演技は最初から期待されていないのだと思われる。実際、彼らが上手く演技できたとして満足するかといえばそうではなく、逆に居心地の悪いものになってしまうだろう。

ダイアンの二人は役者というより芸人そのままであったが、専門の若手女優、演技もする吉本の若手女性芸人、芸人的演技をする主宰二人の中にあってスパイス的な役割を果たしており、演技力はそもそも不必要なのだと思われる。演技の上手い吉本芸人だけだったらお笑いの要素はなくなってしまうだろうから。

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2015年3月 2日 (月)

観劇感想精選(147) 柄本明ひとり芝居「風のセールスマン」

2014年7月13日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後3時から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、柄本明ひとり芝居「風のセールスマン」を観る。作:別役実、出演&演出:柄本明。

数多くの戯曲を書いている日本を代表する劇作家、別役実。劇作一本で食べて行けている日本唯一の劇作家とも言われている(他の劇作家は、演出家も兼ねたり、テレビや映画、ラジオの台本など劇以外の本も書いていたり、大学や専門学校の講師などを兼任している)。一方で、演出は自作を一度やったきりで、「変なものが出来てしまったから」という理由で以後は携わっていない。
意外ではあるが、別役実が書いた一人芝居はこれが二本目のはずである。一本目は女性が主人公だったので、男優一人のものは初めてであるはずだ。単に依頼がないだけかも知れないが、一人芝居というのは一人で喋っているという特殊な劇なので、「ダイアローグが演劇の基本」と考えている人は一切書かないとしてもおかしくはない類のものである。

タイトル通り、柄本明が演じるのは敷島商事のくたびれた感じのセールスマン、オキモトシンジである。

舞台には別役劇の代名詞的存在である電柱が一本。バス停の標識兼時刻表とベンチ。これだけである。その後、仕掛けも出てくる。

柄本明は歌いながら登場。晴れているのに雨傘を差すという歌詞が出てくるところで、自身が同じことをしているのに気付く。雨が止んだのに気付かなかったのか、あるいはいつかスコールに遭った経験がそうさせたのかと自問するが、晴れた日に太陽や空に姿を晒していることが恥ずかしいから雨傘を差しているのだと結論づける。

柄本明演じるオキモトシンジはセールスマンが胸を張れるような仕事ではないと考えているようで、「セールスマン、もうちょっとまともな言葉でいうと訪問販売員」、「売っているのは水虫防止靴底シート」(だが今は秋で水虫のシーズンは過ぎているので「今の季節には防寒用になります」と言って売っているらしい)、「セールスマンは仕事じゃない風のようなもの」と言って、「風が吹くのが見えるでしょうか? でも風は木の葉を揺らし、確実に吹いている」というような歌を唄う(後でたまたま知ったが既成の童謡を歌っていたようである)。

オキモトは上司(正体は不明である)から、地図にマーキングされた場所に訪問販売に行くよう言われたので、この場所にいるのである。オキモトは変わった人物のようで、バス停でバスを待っていても、「本当にバスを待っているんですか?」と他人に聞かれ、歩いていても「歩いているんですか?」と疑われるという(オキモトは右手と右足、左手と左足が同時に出る、なんば歩きという歩き方で歩く癖があるのだが、右手と左足、左手と右足という互い違いになる歩き方が正しいのか疑問に思っている。これはもっともなことで、今の歩き方は明治に入ってから西洋人の習慣を真似たものであり、日本人は元々は原則なんば歩きだったのである)。更に笑顔になるのが苦手で、笑っていても「クシャミが出るのを我慢してるんですか?」と聞かれるそうだ。ちなみにオキモトがクシャミが出るのを本当に我慢している時は歌舞伎役者が見得を切っているような表情になる。そこで、奥さんと二人で笑っているように見える顔を作り上げたのだが、やはりクシャミを我慢していると勘違いされ、その夜は夫婦で泣いたそうである。その後も試行錯誤を重ねて、何とか笑っているように見える表情は、コロッケが美川憲一の物真似をしている時のようなものだった。

オキモトはセールスの仕事を嫌がり、「皆、パンフレットだの説明書だのを持って家庭を訪問するが、そんなのセールスじゃない」と言って、鞄からチェーンを取り出し、電柱に巻き付ける。そして今度は犬用の首輪を出して、首に巻き、チェーンの端と繋いで鍵を掛けてしまう。これで、セールスに行けない言い訳が出来上がった。鍵を持っていると、自分で繋いだということがばれるので、鍵は放り投げて捨ててしまう。しかし、一つ大事なことを忘れていた。用足しである。メモにも「小便をしてから」と書いたのだが、うっかり読まないで鍵を掛けてしまった。公衆トイレはすぐそこなのだが、尿意を催しても電柱に繋がれているので行くことは出来ない。人が通りかかって「あなたは何をしているんですか?」と聞かれるまでここにいなければならないのだが、そのために重要な準備を飛ばしてしまった。「小便は我慢できる」というオキモトだが、「小便のことを考えると不思議なもので催す」と語り、他のことを考えようとする。

オキモトは靴下を履き替える。「古い靴下脱いで、新しい靴下を履く」と歌い、「これはヒットチャートに入った歌です」と言う。無論、嘘である。オキモトは以前、女の子から誕生日パーティーに誘われたのだが、古い靴下で行ったため、靴を脱いだときに匂いが酷く、女性から嫌われてしまったことがあるそうだ。それを教訓に、また別の、今度は会社の会計係をしている女性から「オキモトさん、私の誕生日パーティーに来てもいいわよ」と誘われたときには新しい靴下に履き替えていった。足は匂わず、その縁で会計係の女性と結婚にまで漕ぎ着けたという。

しかし、結婚式の話が出たところで、あそこのもう一つの使い方を思い出してしまい、尿意が酷くなる。結婚式を挙げたその夜、つまり初夜に、オキモトは上手くやることが出来なかったという。初めてではなかったので大丈夫だと思っていたのだ駄目だったそうだ。

ということで、話している内にどんどん尿意が酷くなってくるので、電柱に立ち小便をしようとするが、そこで天井から巨大な目(片目だけのオブジェ。これは少なくとも超人間的なものではない)が降りてくる。オキモトは、巨大な目に向かって、「見てもいいよ」と言う。

溶暗。

明るくなると、オキモトがズボンの脱ぎ、下はトランクスになって、もう一枚のトランクスを絞っているのが見える。見てもいいよとは言ったものの、目の前では出来ず、失禁してしまったことがわかる。

バス停の目印と電柱との間に紐を渡し、そこにズボンとトランクスを吊す。そのためそこで生活しているかのようになる。ホームレスですと言えば、漏らしてしまったことが人にばれずに済むのだが、そのために段ボールが必要だ。と語ったところで、天井から段ボールが落ちてくる。段ボール箱に入ると、丁度ホームレスのように見える。しかし、鎖に繋がれたホームレスというのは変なので、髭剃り用のカミソリで、首輪の皮の部分を切ることにする。鞄から、カミソリと手鏡を取り出し、手鏡をバス停のマークと時刻表の間に挟んで、映った顔の鬚を剃り、いや鬚を剃るんじゃなくって首輪を切るんだったと思い直し、鏡に向かうがまた鬚を剃り、ということが繰り返される。習慣でそうなってしまうらしい。オキモトはカミソリに向かって、「お前は鬚が剃りたいのか?!」と叫ぶ。

首輪の皮が切りにくいので、首輪を上に持ち上げようとすると、首輪は頭からすっぽりと外れて床に落ちてしまう。「何だ、簡単に外れるのか。わかっていたら漏らすことなかったのに」と呟くオキモト。

ただ、段ボールに入って、ここが住み処と考えたときに、オキモトは以前、あるセールス先で、売り上げを伸ばすためにその街に住み着くよう上司から指示されたことがあるのを思い出した。

オキモト夫妻は、鳩小屋を買い、そこで暮らし始めたのだが、住み処が住み処ということもあり、その街の住人は誰もオキモト夫妻がその街で暮らしているとは思ってくれなかったという。そこで、子供を作れば、住人達から、「可愛い赤ちゃんですね。男の子ですか? 女の子ですか?」と聞かれるので、コミュニケーションが取れ、仲間だと思って貰えると思いつくが、夫人から、そんな理由では子供は出来ない。子を授かるのには神様を騙しては駄目だと反対される。オキモトは子供が欲しいから欲しいと思い込もうとしたが、結局、子供は出来ず、シノブという名前の女の子の赤ちゃんを養子に貰う。

オキモトは折角電柱があるので、登ってみる。オキモトは高所恐怖症であるが、どこまで高いところまでいけるのか試すのが面白いという。以前、今はもう退職したセールスマンの先輩から、電柱の上からは、それまでとは別の風景が見えるのだとオキモトに教えてくれたそうだ。オキモトは電柱の上からの風景を見る。だが、ここでまた大きな目のオブジェが降りてくる。

養子であるが、シノブという名前が悪かったのか、赤ちゃんなのに泣きもしなければ笑いもしない。ずっとオキモトの顔を見つめているだけだという。大きな目のオブジェをオキモトは見る。シノブもそんな目をしていたとオキモトは言う。見られるのは別に構わない、だが何を考えているのかわからない目で見られるのは嫌だとオキモトは巨大な目に向かって告げる。この見る見られるの構図は複数のケースのメタファーとなっている。

公園デビューの話になる。オキモトと夫人がシノブを連れてママさん達の集まる公園に向かうのだが、公園にいたママさん達はオキモトと夫人の姿を見た途端、公園から出て行ってしまったそうだ。
シノブが無表情なのは、実の子でないからだと思われており、それはそうなのだが、シノブを養子に貰ったのと同じ時期に病院から幼児が盗まれるという事件が起こったそうで、オキモト夫妻はその犯人ではないかと疑われていたのだ。

オキモトが仕事に出ている間に悲劇が起こる。夫人とシノブはタクシーに乗って出掛けるのだが、事故に遭い、タクシーは横転。夫人は助かるが、シノブは首の骨を折って即死だった。

葬式であるが、やはり住民と認められていないため、鳩小屋では執り行うことが出来なかったそうだ。「実の子でもないのに」とも言われたという。

オキモトは、「ずいずいずっころばし」を歌う。シノブが死んだ後、オキモト夫婦はもといた街に戻った。夜中に寝ていると「ずいずいずっころばし」を歌う声が聞こえた。オキモトが起きると夫人が「ずいずいずっころばし」を歌っていたという。オキモトはその時、夫人に対する殺意を抱いたという。翌朝、起きると、夫人は風呂場で首をナイフで刺されて死んでいたという。オキモトはナイフに指紋を付ける。これでオキモトはしがないセールスマンから、夫人殺しの殺人犯となり、牢獄という居場所を見つけられるのだ。そしてオキモトが今いるのは上司が指定した場所。警察はすぐにオキモトの居場所を見つけるはずだ。しかもオキモトは逃げるどころか自分から電柱に繋がって逃げられなくしてしまっている。パトカーのサイレンが聞こえる……

幾つかのメッセージを受け取ることが出来るが、最も重要なテーゼを簡単に書いてしまうと「レーゾンデートルを探す男の物語」である。肩書きを持つのではなく、傘を差していたのは「『自分』はここにいる」というサインである。その『自分』の名前が何になるのかはわからないが、いずれ『自分』でしかあり得ない何かになるのであろう。不条理風からサスペンスを経て希望に満ちた明るいラストを迎える(希望以外は何もないのであるが)。

柄本明の演技を生で観るのはおそらく二度目だと思うが、良くも悪くも「いかにも俳優」という演技をする俳優である。どこまでが個性でどこまでが演技なのかわからない独特の魅力がある。

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2015年3月 1日 (日)

笑いの林(33) 「テンダラー JAPAN TOUR in NGK」

2015年1月25日 大阪・なんばグランド花月(NGK)にて

午後7時30分から、なんばグランド花月(NGK)で、テンダラーの「テンダラー JAPAN TOUR in NGK」を観る。7時30分開演というのは今日もNGKでは朝から公演があって押すためで、それ以外の理由は特にない。ただ上演時間が2時間半を超えたため、京都に帰るには終電間際となった。

アメリカでの公演を行い、好評だったテンダラー。今日もまずは二人とも星条旗をデザインしたネクタイを締めて登場し、英語での漫才を行う。自己紹介の後、浜本広晃が白川悟実のことを「若く見えるけど実は44歳だよ」と言ったり、浜本がマイケル・ジャクソンの振付で踊りながら「マイケルじゃなくてジャネット・ジャクソンだよ」と言ったりする。アメリカの女性について浜本が、「(一人目)ビューティフル、(二人目)ビューティフル、……(一人スルーして)ビューティフル(日本語でやる「別嬪さん、別嬪さん、一つ飛ばして別嬪さん」の英語版)」とやる。と、ここで二人が、「!? ジャパン?」と気付くという設定である。直後に舞台下手から日本語を話す白人のおっさんが登場して、「何やってるんだよ! 調子に乗って英語喋ってるけどここは日本だよ! 俺はいいよ、英語わかるから。だけど、客席見てみ。みんなアホみたいな顔してポカーンとしているよ!」と駄目出しをする。

3人が退場した後で、NGKの舞台後方の巨大ディスプレーにテンダラーがアメリカを旅している風景が映る。なお、テンダラーの「JAPAN TOUR」は今日が初日で、今後日本全国を回るが、毎回少しずつ内容を変えていく予定だという。今日は吉本新喜劇や、つぼみのメンバーが出演していたが、地方公演に誰が出るのかは不明である。

今度は舞台上から能舞台をイメージした、松の木が描かれた背景が降りてきて、和のセットの中で漫才(ほぼコントであるが)を行う。白川が今年の目標としてCDデビューをしたいと語り、チューブの「シーズン・イン・ザ・サン」をカバーしたいと言う。浜本が「中年太りの感じは前田さんと同じ」と言った後で、ではトークショーと握手会、ミニコンサートをしようと提案するが、舞台はいきなりブックオフ梅田店。新譜として発売される前から中古で出ているということになってしまう。白川が文句を言って、舞台はタワーレコードに変わるが、白川がトークを始めるやいなや浜本が巻きのポーズを取ったり、握手に来てくれたのが二人だけ、それも白川の両親だったりする。白川がもう少し長くやりたいといい、自分で自分のことを「テレビで見るより男前ですね」などと言っていたりする。「シーズン・イン・ザ・サン」であるが、白川が考えてきた振付がださいと、ダンサーでもある浜本が駄目出しする。特に「心潤してくれ」のところで胸の付近に手をやる振付がダサすぎとのこと。

イタズラ番組の話。警察が出てくるとびびるという話になり、浜本は「刑務所5年入った後で、『どっきりでした』」と言うが、白川から「がっつり刑務所入ってるやん」と突っ込まれる。
「コラおじさん」というイタズラがあり、すれ違いざま「コラ!」と叱るもので、やってみようということになるが、白川がコラおじさんをやると浜本がダンスのようなジェスチャーをする。そこで浜本がコラおじさんをすることになるが、かなり前から「コラ」と言ってしまったり、最初から挙動不審で白川に近づいていかなかったりと、変な感じになってしまう。

「ぶらり旅」の企画。浜本が出演者の案内をするが、「小栗旬、向井理、テンダラー・白川」と言って、白川から「キャスティングおかしいやろ。ハンデキャップありすぎやん」と言われる。浜本は「シンクタンク・タンク、まるむし商店・礒部、テンダラー・白川」と直すが、白川は「誰が見んねん?」と駄目出し。浜本は「俺は見るけどな。俺とヤナギブソンは見そうや。ヤナギブソンは『誰が興味あんねん?!』と言いながら見そうや」と言う。
小栗旬と向井理は新幹線で東京に帰り、白川一人のぶらり旅。何故か満員のバスの中でスタート。女子高生の悲鳴が上がり、白川が痴漢に間違われて、証拠VTRがあるというので警察に行き、というテレビ番組ではあり得ない展開となる。
疑いが晴れて警察から出てきた白川。しかし今日の宿を探さねばならない。だが道行く人はガラの悪い人ばかり、白川が「ここどこ?」と言うと、浜本演じるナイフを持った仕草をしている男が「デトロイト」と答える。「なんでバスでアメリカ来てるん?」と白川。そこへ、浜本演じる老婆が一人。自分の名前も何もかも忘れているので、白川は老婆を伴って警察へ、と警察ばかり出てくる展開になる。

それから、明日、テレビ番組の収録でビートたけしの前でやるネタを演じる。これは以前も見たことがあるものだが、放送されるものなので内容は書かないでおく。

iPhoneネタのコント。iPhone7が発売されるということになったので、白川が発売待ちの行列に並ぶ。前に並んでいるキャストは後ろ向きなので顔は見えないが、一度、振り返るシーンがあり、つぼみのメンバーで、シュークリームとして漫才もやっている、しよりが参加していることがわかった。
そこへ、段ボールで作ったiPhoneを胴体にし、オレンジのカツラをかぶった浜本が登場。白川は「うわ、こういう人、普通は徹夜して並んでるのに、来るの今?」などと呟く。浜本は徹夜してiPhoneのデザインの段ボールを作っていたので来るのが遅くなったというが、白川に「徹夜するのは普通は並ぶ方やろ」と突っ込む。発売の時間になるが、先着100名のみの購入で、白川が100人目であり、吉本新喜劇の清水啓之扮するソフトバンクの店員が「はい、ここまでです」と言って出てきて浜本を止める。
数年後。iPhone8が発売になるので、白川がまた並んでいる。そこへ、iPhone7発売日を同じ格好をした浜本が出てくる。浜本は白川の顔に見覚えがあるのが名前を聞き、白川は「白川です」と答えるが、「どんな字ですか?」と聞き返される。浜本演じる役柄は、スガノという苗字だが、ス賀ノという変な表記のものである。スガノはiPhoneに変えるのが初めてだと言い、白川から「ひょっとしてまだガラケー?」と聞かれるが、実はスガノが持っているのは肩掛け式の携帯電話。白川は「これ、NTTの会社にしか展示してない奴」と呆れる。今回もスガノこと浜本はiPhoneを買えなかった。

数年後、iPhone9が発売になるので、白川が並んで待っていると、車の急ブレーキの音がし、スガノがフラフラしながら出てくる。

また数年後、iPhone10が発売になるというので、白川が並んでいると、カツラをかぶっていない浜本が、カツラと段ボールiPhoneの浜本の遺影を下げて登場。iPhone9の時に交通事故でスガノは亡くなってしまい、双子の弟が代わりにやってきたのだ。弟のスガノも持っているのはポケベルで時代遅れである。

そのまた数年後、iPhone11の発売の日。白川は並んで待っているが、スガノは来ない。安心する白川だったが、「最後列」という看板を持って後ろを向いていた男が実は浜本扮するスガノ弟で、スガノ弟はiPhoneが好きすぎてショップの店員になったのだという。

その数年後、iPhone12の発売日。白川はまたも並んで待っており、「最後列」という看板を持っているのがスガノ弟ではないことを確認して安心するが、そこへスガノ弟がやって来る。スガノ弟には若い彼女がいる(演じているのは、つぼみのメンバーだと思われるが、私はつぼみには余り詳しくないので名前まではわからない)。と、スガノ弟の彼女のつわりが始まってしまう。スガノ弟は「自分ともまだやっていないのに一体、誰と?」と、白川を睨み、白川は慌てて否定するが、実はつわりは演技で、どっきり番組であった。

その数年後、iPhone13の発売日。並んでいる白川のところに、スガノ弟と奥さんとなった彼女が赤ん坊(のぬいぐるみ)を抱いてやって来る。どっきりをやり過ぎたので店員のアルバイトはクビになったという。スガノ弟の子は女の子で、名前は「愛香」。白川は「『あいか』ちゃんか、可愛い名前だね」と言うが、スガノ弟は「いや、下の字は香港のホンで、『アイホン』と読みます」と告げる。「兄も喜ぶと思います」とスガノ弟は言うが、白川は「いや、お兄さんは喜ぶやろうけれど……」と呆れる。愛香を白川が抱くと笑うが、スガノ弟が抱くと愛香は泣く。白川が抱くと愛香は笑い、スガノ弟が抱くと泣くを繰り返し、スガノ弟は「二人で海外に新婚旅行に行くので、その間、愛香を預かって欲しい。懐いてるし」と無茶を言う。白川は断ろうとするが、スガノ弟と奥さんはその前に二人で下手にはけてしまう。と、そこで車のブレーキ音と二人の悲鳴が響いて……

数十年後、iPhone106の発売日。店の前で並んでいる白川。そこへ、女装した浜本が現れる。正体はそう、成人した「アイホン」だった。

コント「中華料理店」。中華料理の横山料理店の店長・横山(白川)のところに、やすし・きよしの漫才の衣装を着た北川きよし(浜本)という男がやって来る。きよしは、明らかに西川きよしを真似た動きと喋り方をする。きよしは明日からアルバイトとしてこの店で働く予定なのだが、遅刻してはいけないというので前乗りしたという。きよしには子供が3人いるが、名前は、忠志、弘志、かの子と、西川きよしの子供と完全に同じ名前。横山は、「あんた、お笑い好きやろ」と聞くが、きよしは「いえ、私は政治経済以外には興味がありません」と否定する。きよしは国際結婚をしていて、名前はヘレンならぬソレン。ロシア人だという。また、きよしは「あなたは横山やすしではないのですか?」と聞いて横山に「やすしちゃう!」と否定される。

きよしは、お客さん(やって来たという設定で、目に見えるわけではない)に「お薦めのメニューはありません。ただ、大将は良い人です」と横山のことは誉めるが横山の腕は貶すということを繰り返す。そこで、横山は、きよしにバイクで出前を運ぶよう命じ、何とか遠ざけるのだが……

暗転。

下手にちゃぶ台が置かれ、そこの付近にだけライトが当たって、横山料理店の二階居間という設定である。きよしは結局、出前に行ったまま戻って来なかった。留守番電話を聞く横山。きよしからのメッセージが沢山入っていた。最初のメッセージでは、きよしは今、谷町7丁目にいて、出前先がわからないらしい。横山は「7丁目ちゃう、4丁目や」と呟く。その後、きよしはどんどん遠ざかり、「谷町8丁目、そして一気に堺まで行ってしまう。堺のザビエル公園にいるのだが、このザビエルとはあのフランシスコ・ザビエルなのかと疑問に思っているきよし。そして、今度は逆に向かったきよしは大阪市を通り越して茨木にまで着いてしまう。そこで、きよしの妻・ソレン(やはり浜本の声である)からのメッセージがあり、「夫の帰りが遅いので出掛けたら、堺に着いてしまいました。ザビエル公園のザビエルというのはあのザビエルなのでしょうか」と夫と同じルートを辿っていることがわかる。きよしからは「お腹が空いたので出前を食べてしまいました。ソレンが作ったボルシチを持ってくるのを忘れたのが」などというメッセージが入っている。ソレンからのメッセージは、「今、茨木です」と何故か夫と同じコースに向かっているのを告げるもの。結局、きよしとソレンは出会うのだが、そのことを二人とも別々にメッセージとして入れている。「二人一緒にいるんやから(メッセージ)一つでええやん」と横山。その後、きよしとソレンはバイクに二人乗りして事故を起こし、ロシアまで逃亡しようとする。

コント「ナース」。
白川悟実は交通事故に遭って入院している。バイクに轢かれたそうだが、バイクを運転していたのはロシア人の妻と二人乗りしていた男(つまり、北川きよし)であるという。ロシア人の妻がお見舞いに来てやたらボルシチを勧めていったとのこと。
白川がナースコールを押すと、ベッドのすぐ上がガラッと開き、フリーランスのナース・大門未知子(浜本。米倉涼子ではない)が顔を覗かせる。「私、失敗しないので」と言うが、「白川さん、採血」というべきところを「白川さん、献血」といきなり言い間違える。ちなみに大門の妹はキャビン・アテンダントをしているそうだ。
ナースが24時間体勢で患者をサポート出来るようにすぐそばに待機しているとのことなのだが、白川が呼んでも答えず、一々ナースコールを押さなくてはならない。それでいて壁は薄く、大門と他のナースが話す言葉が聞こえる。山下という若いナースは、「あの、白川って人、吉本の芸人らしいわよ」と言うが、大門は「え? 何て芸人?」、山下「テンダラーの白川」、大門「え? ダラーの?」、山下「テンダラーの白川悟実」、大門「え、男なのに『さとみ』っていうの? 郷ひろみみたいなもん?」などと会話しているのが聞こえる。

山下は煙草が止められないのだが(ナースの喫煙率の高さはよく知られている)、「この辺に煙草吸うところありません? 1階の喫煙室まで行くの遠くて」と大門に聞き、大門が「換気が利いているところならいいわよ」というので、白川のいる病室に向かって、紫煙が飛んでくる。

役名のついていない若いナースも登場する(つぼみのメンバーが演じている。名前まではわからない)。白川はナースコールを押して若いナースに来て貰おうとするが、やはりやってくるのは大門である。

ナース達の歓声が聞こえる。大門によるとジャニーズの嵐が9歳の女の子のお見舞いにサプライズでやって来たのだという。大門は「あなたにも来ています」と言うが、やって来たのは何故か吉本新喜劇の今別府直之。「ピュッ。ピュッ」という持ちネタだけやって退場。嬉しくも何ともない。

コント「ファーストクラス」。
初めてファーストクラスに乗った白川。若くて可愛いキャビン・アテンダント(つぼみの樋口みどりこが演じている)を見て、「流石、ファーストクラスだなあ」と感心するが、そのCAは、「私はエコノミークラスを担当しております」と言う。「エコノミーであんな可愛い子ならファーストクラスはどんな美女が来るんだろう」と胸を膨らます白川だったが、やってきたのは浜本演じるCA。「え? ファーストクラスってマニアばっかりなの?」と訝る。ちなみに浜本演じるCAの名前は墜落するよ。縁起でもない名前だが、結婚したので苗字が変わってしまい、元の苗字は大門だという。ここで白川はピンとくる。「あの、お姉さん、ナースやってません?」。墜落するよは大門未知子の妹だったのだ。
墜落するよは、「関空発、八尾空港経由、ハワイ行き」とアナウンスする。八尾の「焼き鳥Diningハマー」(浜本広晃が経営する焼き鳥屋。1号店は心斎橋の東、長堀橋の西にあり、八尾に2号店がある。どうでもいいことだが、1号店には私は行ったことがある)で食材を積むのだという。

機長からの挨拶もあるが、機長を演じているのは元・ピン芸人で現在は吉本新喜劇の座員である諸見里大介。滑舌が悪いことで有名だが、機長のアナウンスもやはり何を言っているのかわからない。

そこへ、樋口みどりこ演じる若いCAが、スタッフの財布が盗まれたと墜落するよに告げに来る。白川が思いっ切り怪しいと思う二人。結局、財布は盗まれておらず、カバンの中に入っていただけであった。墜落するよは、理化学研究所の元・ユニットリーダー小保方晴子の「STAP細胞はあります」の口調で、「スタッフ財布はあります!」と言って退場する。

暇を潰すために映画を観ることにする白川。墜落するよが、「まだ公開されていない新作もあります」と言うので、白川が「ジョーズ」という映画を観ようとするが、映ったのは(背後の巨大ディスプレーに映像が映る)、墜落するよのカツラをかぶった浜本が海に入り、こちらに向かってくるという、別の意味でのホラー映画。

映画はいいから音楽を聴きたいという白川。選んだのはK-POP。と、ここで、つぼみのメンバー(しよりと樋口みどりこがいるのは確認。他の女の子も全員つぼみのメンバーなのかどうかまではわからない。吉岡久美子はいなかった)達が黄色い衣装で登場。浜本も同じ衣装に着替えて、皆でダンスを披露する。かなり長い時間踊っていた。

ゲストコーナー。海原やすよ・ともこがゲストとして登場する。海原やすよ・ともこは姉妹であり、三代に渡って漫才師で、「上方お笑い界のサラブレッド」と言われている。姉のともこは元々ポッチャリしていたが、妹のやすよはそれほどでもなかった。だが、久しぶりに見ると、やすよも横幅が倍ぐらいになっている。急に食事量が増えたとか運動量が減ったというわけでもないので(代謝は悪くなっただろうが)おそらく遺伝であろう。二人の祖母がやはりポッチャリ体型であったそうだ。
海原姉妹はテレビ大阪で「やすとものどこいこ!?」という看板番組を持っており、テンダラーもそれに出演したことがあるそうだが、大人の事情でテレビ大阪は京都や神戸では高層建築しか電波が入らないため、私は番組を見たことはない。「やすとものどこいこ!?」は買い物番組だそうで、まず、ゲストの財布を点検するところから始まるのだが、そこで、財布の写真を見て、それが誰のものかを当てるクイズを行う。
ゲストは吉本芸人が圧倒的に多いが、その他にも堂本剛が出演していたりする(東京ロケ。剛のお姉さんが「やすとものどこいこ!?」が好きで、剛もDVDに録画したものを贈って貰って見ていたそうだ)。韓流スター、BIG BANGのテソン(D-LITE)も出ているそうだ。
一番驚いたのは、雨上がり決死隊の宮迫博之の財布で(京都では映らないのに京都ロケである)、財布そのものではなく入っている額に驚愕させられたとのこと。金額を二人は言っていたが、敢えて書かないでおく。多分、一発で当てられる人はいないほどの額である。

財布であるが、全問正解。やはり記憶力は良いようである。ちなみに、番組が始まった頃のやすよは今ほど太ってはいない。

その後、毎朝飲んでいるヨーグルトの味や、洗剤やボディーソープの香り(諸見里大介、清水名啓之、今別府直之が登場して匂いを嗅がれる)などを当てるクイズが行われたが、ことごとく正解した。

ラストは漫才(実際はコントである)。「去年は謝罪会見が多かった」というので、白川は謝罪するというネタを行う。まず浜本が司会として挨拶をするのだが、少し喋る毎に口でシャッター音を模倣する。浜本が喋っている時は「カシャカシャカシャカシャ」という調子なのだが、いざ、白川の謝罪が始まると、シャッター音は「カシャ……、……、カシャ……、……、……ピロリン」とまばらで最後は写メの音になってしまう。

浜本が白川の謝罪会見については、「このたびは相方が、万引き常習、窃盗、裏DVD作成、フィリピンパブ経営、大麻、殺人」と述べて、白川から「俺、殺人までしてんのかい!」と言われる。白川は「そうじゃなくて、タクシーの初乗り運賃が680円なのを660円と思い込んでトラブりになって」と決めるが、白川が謝罪の言葉を述べる度に、浜本が、「おんどりゃー!」、「謝って済むかー!」、「出ていけこら!」、「当たり前じゃ!」、「死ね!」、「くたばれー!」などと罵詈雑言を浴びせることになる。白川が「口が悪いね。どこの記者?」と聞くと浜本が「AneCan(女性向けファッション雑誌)」と答えるというオチであった。

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