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2015年4月25日 (土)

観劇感想精選(150) 「ビッグ・フェラー」

2014年6月14日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「ビッグ・フェラー」を観る。世田谷パブリックシアターの企画制作作品。作:リチャード・ビーン、テキスト日本語訳:小田島恒志。演出:森新太郎。出演:内野聖陽(うちの・せいよう。本名の「うちの・まさあき」から読み方変更)、浦井健治、明星真由美(みょうせい・まゆみ)、町田マリー、黒田大輔、小林勝也、成河(ソン・ハ)。

内野聖陽主演に相応しい骨太の芝居である。

キーになるのはIRA(アイルランド共和軍。Irish Republican Army)。アイルランドはイギリスに併合された後で独立したが、カトリックの信者がほとんどであるアイルランドにあって北部はプロテスタントが多く、経済的な理由もあってイギリスに残ることを決め、現在もイギリスの正式名は「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国」である。IRAは、北部アイルランドをアイルランド領に戻し、アイルランド統一を目標とするカトリック系武装組織である。作中にも、デリー(ロンドン・デリーとも呼ばれる。「ロンドン・デリーの歌(ダニー・ボーイ)」でも有名)やベルファストなど、北部アイルランドの地名が出てくる。

ただし、舞台となるのは一貫してニューヨーク。1972年3月17日から、9・11として知られる2001年9月11日までの29年半が描かれる。プロローグは1972年3月17日、セント・パトリックス・デイのパレード後でのディナーの席で、資産家に上り詰め、「ビッグ・フェラー」と呼ばれるようになったデイヴィッド・コステロ(内野聖陽。実はIRAのニューヨーク支部リーダー)の演説で始まる。ケルト人の正装であるキルトを履いたコステロはアメリカンジョークを飛ばし、録音の笑い声がそれに応える(アメリカンジョークを言っても日本の観客は笑わないということもある)。1972年1月30日には、北アイルランドのロンドン・デリーで血の日曜日事件が起こっており、イギリス軍が非武装のアイルランド市民13名を殺害している。コステロは正義はアイルランドにあると主張する。

舞台は、その2日後、1972年3月19日の、ニューヨーク・ブルックリンにあるマイケル(浦井健治)のアパートに移る。IRAのメンバーであるルエリ(成河)は、殺人の罪で刑務所に入り、出てきたばかりで、同じアイルランド系移民である消防士のマイケルの家に転がり込んでいる。ルエリはカレルマというプエルトリコ系の女性(町田マリー)を部屋に連れ込んだのだが、結局、何もなかったようだ。ルエリはイギリス人は土地を乗っ取ることに長けていると言うが、カレルマは、「オランダ人もインディアンからこのブルックリンを奪い取った」と反論する。一見、チャラチャラした風に見えるカレルマであるが、実際は教養のある女性であることがわかる。
今日は、コステロのやって来る日。ルエリは、遠くに飛ばされるのではないかとビクビクしている。だが、やって来たコステロはルエリにニューヨークに留まるよう告げる。再び刑務所に入って欲しいというのだ。見返りとして、ニューヨークの通りの名前がルエリ・オドリスコル・ストリートに変わるという(だが、結局、約束は果たされることはなく、通りの一角がルエリ・オドリスコル・コーナーになっただけであった)。一方、マイケルはコステロに勧誘されて、IRAの一員となる。マイケルはアイルランド系ではあるもののプロテスタントであったが、コステロはアイルランド国家主義の父と呼ばれるウルフ・トーンもまたプロテスタントであったとして問題にはしなかった。

9年後、出獄したルエリは、美術館でカレルマと再会する。そこでルエリは、カレルマとある密約を交わすのであるが、実は……

エンターテインメント的要素はほとんどないし、わかりやすい舞台ではないのだが、メッセージはストレートである。我々は、アイルランド人やアメリカ人である前に、カトリックやプロテスタントの信者である以前に、一個の「人間」だ。これだけである。シンプルにして最高のメッセージである。

だが、物事は、そう単純には終わらないのである。エピローグとして置かれた、2001年9月11日の場面。マイケル一人の場で、セリフの一切ない淡々としたものだが、やはり無意味に争ってしまう人間の姿が浮かび上がる。

コステロはマイケルから、「イスラム教の信者は何を求めているんでしょうね?」と聞かれて、「宗教というものは我々を罰することを求めている。理由は我々が人間だからだ」と人間の愚かしさを言葉にする。

内野聖陽は嵌まり役。浦井健治は本来はミュージカルの俳優だが、ストレートプレーでも優れた演技力を見せる。他の俳優も良く、アンサンブルは万全であった。

内容が硬派であるため、客席は十分には埋まらなかったが、今日来た観客は俳優陣を盛大な拍手で讃えた。

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