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2015年4月 6日 (月)

コンサートの記(182) シベリウス生誕150年 尾高忠明指揮札幌交響楽団東京公演2015

2015年2月17日 東京・溜池山王のサントリーホールにて

午後7時からサントリーホールで、尾高忠明指揮札幌交響楽団東京公演2015を聴く。生誕150年記念オール・シベリウス・プログラム。交響曲第5番、第6番、第7番が一気に演奏される。

尾高忠明は現役の日本人指揮者としては藤岡幸夫と並んで最も盛んにシベリウスの楽曲を取り上げている指揮者である。札幌交響楽団とは「シベリウス交響曲全集」を完成。交響曲第1番、第2番、第3番がすでにリリースされ、あとの4曲も発売を待つばかりである。

尾高と札響は昨年も一昨年もサントリーホールでの東京公演でシベリウスの交響曲を取り上げており、3年がかりの東京におけるシベリウス交響曲チクルスが今日で完結することになる。

札幌交響楽団は道内唯一のプロオーケストラ。北海道は広いのであと2つ、旭川と帯広あたりにプロオーケストラがあってもいいと思うのだが、札幌だけが飛び抜けて人口が多いということを考えると現状の道内にプロオケが一つというのはやむを得ないのかも知れない。
北海道の音楽大学は、札幌大谷大学という、真宗大谷派運営の、名前だけでは音楽大学とはわからないものがあるだけ。北海道教育大学岩見沢校にも音楽の専攻があるようだ。ということで、北海道出身者が札響のメンバーの大多数を占めるというわけではなさそうである。

オーケストラの性能は、日本のオーケストラとしては中堅に入ると思う。札幌は大都会とはいえ、中央から離れた地にあってこれだけのレベルに達しているのは大したものである。

交響曲第5番。今日は尾高は全曲ノンタクトで指揮する。拍を刻むことは少なく、出だしと長さを示すタイプのものである。
弦のヒンヤリとした音に好感が持てる。金管がたまに強すぎる場面もあったりしたが、今日は1階席の最後列という余り響きの良くない席で聴いたので、もし席が違ったら印象は変わったかも知れない。
興味深かったのは第1楽章で、自然の畏敬というより畏怖を感じさせるような場面があったこと。他の演奏ではそのようには感じられなかったのだが、あるいは尾高の発見の方がよりシベリウスらしいのかも知れない。

交響曲第6番。繊細な音のタペストリーが編まれていく。弦はやや薄手であるが、グラデーションを徐々に変えていく様は見事で、時には胸が痛くなるほどに美しい。管楽器も総じて優秀である。

交響曲第7番。理想的な演奏である。私の席の位置の関係もあってか、サントリーホールの演奏にしては鳴りが悪いが、それでもシンとした音色の弦と輝かしい管による響きは魅力がある。金管は時折強すぎるように感じ、そこだけは残念であったが、全般としては優れたシベリウス像を生み出ししていた。

アンコールはシベリウス生誕150年ということで、「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」。予想通りの曲目である。颯爽とした速めのテンポでスタート。弦楽器群の繊細な音の積み重ねが輝かしい響きを生んでいく。日本のオーケストラとしては第一級の「アンダンテ・フェスティーヴォ」であった。

なお、尾高忠明は今年の3月をもって、10年間務めた札幌交響楽団音楽監督を任期満了により退任。音楽監督として札幌交響楽団を指揮するのは今日が最後である。今後は名誉音楽監督として札幌交響楽団の運営に携わっていく。

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