« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »

2015年4月の18件の記事

2015年4月30日 (木)

コンサートの記(186) オッコ・カム指揮 京都市交響楽団第587回定期演奏会

2015年2月22日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から京都コンサートホールで京都市交響楽団の第587回定期演奏会を聴く。

今日の指揮者はフィンランドの名匠、オッコ・カム。京都市交響楽団の指揮台へは2004年の定期演奏会(メインはシベリウスの交響曲第2番だった)以来、11年ぶりの登場である。その11年の間に京響は急成長を遂げた。特に広上治政下での躍進には著しいものがある。

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに渡邊穣。フルート首席奏者の清水信貴、オーボエ首席の高山郁子、クラリネット首席の小谷口直子はニールセンのみの演奏である。

曲目は、シベリウスの交響幻想曲「ポヒョラの娘」、グリーグのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:ナレ・アルガマニヤン)、ニールセンの交響曲第4番「不滅」。オール北欧音楽プログラムである。

シベリウスとニールセンは今年が生誕150年に当たり、北欧を代表するシンフォニスト二人が同い年というのは偶然ではあるが面白い。北欧を代表する作曲家というと、やはりグリーグの名前も挙がるが、グリーグは小品の作曲を得意としており、大作として完成させたのは今日演奏されるピアノ協奏曲イ短調のみである。実はグリーグも交響曲を書いたのであるが、同世代の同郷作曲家であるスヴェンセンの交響曲を聴いて自分は交響曲を書くのに向いていないと悟り、完成した交響曲も習作扱いとして封印。生前に出版されることはなかった。グリーグの交響曲は今日の指揮者であるオッコ・カム指揮のレコーディングがあるが、作品としての締まりやまとまりがなく、聴いて「名曲だ」と思う人はいないと思われる。

オッコ・カムは、第1回カラヤン国際指揮者コンクールの覇者として注目を浴びた指揮者であるが、もともとはヴァイオリン奏者であり、指揮は独学であった。カムがカラヤン国際指揮者コンクールで指揮したベートーヴェンの交響曲第4番は「マエストロ・カラヤンその人が演奏したかのよう」と激賞されるが、実はカムの余りの棒の拙さに呆れたベルリン・フィルのメンバーが弾き慣れたカラヤン指揮の際の流儀で自主的に演奏した結果であり、コンクールの結果に関してベルリン・フィルのメンバーは冷淡だったという。コンクールの優勝者にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会へのデビューとレコーディングが特典として与えられたが、定期演奏会は失敗に終わり、シベリウスの交響曲第2番のレコーディングは行われたが、シベリウスの交響曲第1番と第3番の録音はベルリン・フィルから拒否されている(ヘルシンキ放送交響楽団、現在のフィンランド放送交響楽団が代役となり、レコーディングされた)。

カムは「コンクールでの成功が逆にその後の音楽キャリア形成の邪魔になる場合もある」とも語っている。ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督、フィンランド国立歌劇場の音楽総監督という、フィンランド国内での要職にはついているものの、今一つパッとしなかったカムであるが、2011年からフィンランドのオーケストラではあるが世界的な名声を誇るラハティ交響楽団の音楽監督に就任。巻き返しの絶好のチャンスが訪れている。ラハティ交響楽団とカムは、今秋、東京でシベリウス交響曲サイクル(チクルス)を行う予定である。

シベリウスの交響幻想曲「ポヒョラの娘」。フィンランドの民俗叙事詩「カレワラ」から題材を採った交響詩的作品である。京響の弦の透明感が生きており、関西随一と思われるブラスの屈強さもプラスに作用。霊感溢れる演奏となった。シベリウスの作品はオーケストラが優れていれば優れているほど良いという類のものではないが、関西フィルや札幌交響楽団のようにどちらかというと非力なオーケストラよりは、根源的なパワーを持ち合わせている京響や大フィルが有利なのは間違いない。

グリーグのピアノ協奏曲。ソリストのナレ・アルガマニヤンは25歳の若い女性ピアニスト。ファミリーネームからわかる通りアルメニア出身である。5歳からピアノを始め、アルメニアの首都エレバンにあるチャイコフスキー音楽学校を経て、ウィーン国立音楽大学に入学。史上最年少での入学だったという。2008年にモントリオール国際コンクール・ピアノ部門で優勝。2011年にペンタートン・レーベルと専属契約を結びCD3点をリリースしている。内田光子が絶賛するピアニストだそうだ。

そのアルガマニヤンのピアノは硬質で実に輝かしい。ダイヤモンド系の輝きである。叙情味も十分であるが、速いパッセージになると必要以上にバリバリと弾いて音楽よりも技術を感じさせてしまう。HJリムも同じようなピアノを弾くが、こうしたスタイルが流行りなのだろうか?

カム指揮の京響も充実した伴奏を聴かせる。一ヶ所、急に速くなったところがあったが、ソリストに合わせたのかと思いきやそうではないようでカム独自の解釈なのであろう。

アンコールとしてアルガマニヤンはグルック作曲、ズガンバーティ編曲の「精霊の踊り」を演奏。煌びやかな音色の中に憂いの宿る高雅にして感傷的な、ラヴェルではないが、演奏である。

アルガマニヤンはアンコールをもう1曲。グリュンフェルトの演奏会用パラフレーズ「こうもり」。ヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」より、聴き所をピアノ編曲したもの。超絶技巧満載の曲であり、アルガマニヤンは華麗な演奏を展開した。

メインであるニールセンの交響曲第4番「不滅」。同い年のシベリウスは、日本国内でも把握しているだけで4回の交響曲チクルス(東京3回、広島1回)が行われ、生誕150年が盛大に祝われるが、ニールセンは交響曲第4番「不滅」が今日も含めて2回、交響曲第5番が同じく2回、交響曲第2番「4つの気質」、交響曲第3番「広がりの交響曲」が1回ずつで必ずしも多くはない。そもそもシベリウスがフィンランド本国やイギリスでは作曲者の生前から、アメリカでや日本でもシベリウス没後の1960年代には優れた作曲家として知られるようになったのに対して、ニールセンは1980年代前半にヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が交響曲第4番「不滅」をリリースして話題になり、1980年代後半にヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団が現在でも決定盤といわれる「ニールセン交響曲全集」をリリースして世界的な好評を得たという、比較的近年になって評価の高まった作曲家である。ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団による「ニールセン交響曲全集」は曲の内容も勿論であるが、優秀録音とオーディオマニアが好みそうな大音響が売り物であった。CDの発売が行われていた頃、私は中学生であったが、「ブロムシュテットがニールセンという格好いい曲を書く人の音楽を録音しているそうだ」ということは何となく把握していた。実際に私がブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団のニールセンを耳にするのは大学生になってからであるが。

シベリウスの交響曲全集には、レナード・バーンスタイン、ヘルベルト・フォン・カラヤン(第3番のみお気に召さなかったようで取り上げず)、サー・サイモン・ラトル、サー・ジョン・バルビローリ、サー・コリン・デイヴィス(3度)、ロリン・マゼール(2度)、オスモ・ヴァンスカ(2度)、渡邉暁雄(2度)、ネーメ・ヤルヴィ(2度)、ヘルベルト・ブロムシュテット、スペシャリストであるパーヴォ・ベルグルンドの3度に渡るリリースなどがあるが、ニールセンの交響曲全集はブロムシュテットが2度(最初の全集は日本では近年までリリースされず)録音しているのが目立つ程度で、他にはオスモ・ヴァンスカ盤くらいしかない。

ニールセンの交響曲第4番「不滅」は4つの楽章が切れ目なく演奏されるが、第4楽章で二人のティンパニ奏者による激しい打ち合いがあり、オーディオマニアを狂喜させる曲である。

京都市交響楽団は弦、管ともに力があり、フォルテからピアノまで自在に音を変化させる。弦は分厚く、木管は爽やかで金管は輝かしい。

カムの指揮は要所要所で指揮棒の先で音型を示すもので、派手ではないもののやりたいことはよくわかる。各楽章のフォルムも万全である。

第4楽章では、舞台奥中央に陣取った京響首席打楽器奏者の中山航介と、舞台上手に座る京響副首席打楽器奏者の宅間斉が豪快なティンパニで迫力を出す。

日本のオーケストラによるものとしては第一級と言って間違いないニールセン演奏であった。演奏終了後、カムはティンパニを叩いた中山航平と宅間斉を指揮台まで招いて握手を交わし、共に客席からの喝采を浴びた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月28日 (火)

笑いの林(40) 「あやまんJAPANと桜 稲垣早希の祇園遠征試合」

2012年3月4日 よしもと祇園花月にて

午後7時より、よしもと祇園花月で、「あやまんJAPANと桜 稲垣早希の祇園遠征試合」を観る。出演:あやまんJAPAN、桜 稲垣早希、今井希世(つぼみ)、小寺真理(つぼみ)、すっちー。

よしもと祇園花月の下手側入り口の横は、花道を利用する際に使われる通路で楽屋にも通じており、通常はカーテンが閉まっているのだが、今日はカーテンは開いており、あやまんJAPANの3人が普通に記念写真の撮り合いをしていた。

関西では久々となる早希ちゃんの看板公演とあって、祇園花月の入りはなかなか良い。

よしもとからCDを出している(所属事務所は吉本ではない)エロネタ集団、あやまんJAPANがまず登場して、おなじみの「ポイポイポポイ」をやった(あやまんJAPANのファンタジスタさくらだは、最近、熱愛報道がなされたが、それも思いっ切りネタにしていた。後記:その後に結婚して、あやまんJAPANを脱退)後で、早希ちゃんが出囃子でもある「残酷な天使のテーゼ」を歌いながらアスカのコスプレをして花道から登場。「エヴァンゲリオン」ネタでお馴染みの早希ちゃんだが、主題歌である「残酷な天使のテーゼ」を歌うことはそう多くない。ただ今日はサビまできちんと歌った。ちょっと得した気分である。なお、花道から登場した際、桟敷席に座っていた女性客が早希ちゃんに握手を求め、早希ちゃんがそれに応えようとする場面があったが、女性客の隣りの連れの人(旦那さんであろうか)が、女性客に「やめておけ」と手で制したので、握手なしという結果になった。

早希ちゃんは、あやまんJAPANの3人を見て、「近寄らないで」と一言。更に「スケジュール表を見たら『あやまんJAPANと桜 稲垣早希の祇園遠征試合』といきなり書いてあってビックリした」と言い、「マネージャーに問い合わせたら『やってみて下さい』の一言だった」と打ち明ける。

まずは、早希ちゃんによる、「『君に届け』の風早君に学ぶ恋愛講座」。マンガ『君に届け』の主人公、風早翔太を早希ちゃんは「女心の胸キュンポイントを全て備えたスーパー男子」だと紹介。フリップを使いながら胸キュンポイントについて説明する。あやまんJAPANに「マンガとかアニメに興味ありますか?」と聞くと、ファンタジスタさくらだが、「アニメはあまり見ないんですけど、マンガは読みます」と答え、お気に入りの作品として「『風の谷のナウシカ』」と明らかに早希ちゃん好みのものを狙って挙げた。
『君に届け』については、あやまんJAPANのルーキタエが、「映画になってますよね」と聞き、早希ちゃんは「そうです。多部未華子ちゃんと、お茶のCMの子、みうらじゅん」と言ってすぐに言い間違いに気付き、苦笑いしながら「三浦春馬君です」と言い直した。

『君に届け』は、地味で冴えない黒沼爽子(くろぬま・さわこ)と、好青年・風早翔太を主人公にした学園恋愛マンガ。黒沼爽子はネクラなので周りからは「貞子」と呼ばれて敬遠されているが、風早翔太だけは、気軽に接してくれるという設定である。
風早翔太について早希ちゃんは、まず爽子を「黒沼」と苗字で呼ぶのが胸キュンポイントだという。更に初対面の時、周りからは「貞子」と呼ばれているのに、「黒沼爽子だよね」とフルネームで呼んでくれるのがいいという(なお、好きなマンガだというのに、「黒沼爽子」のことを「くろさわ・さわこ」と言い間違えたのが早希ちゃんらしい)。
そして、誰もやりたがらないのでノート集め係にさせられた爽子に自分から「風早の分」と自らノートを差し出すのが素敵だと言い、雨の日に傘がない爽子に「ハンカチじゃ足りないから」と自分のフードをかぶせるのが女心をくすぐるという。「女の子って、頭をポンポンとされるのが好きじゃないですか。これはポンポンとするのに似たものがあります」と早希ちゃん。ただ、あやまんJAPANはエロネタ集団なので、雨に濡れるの「濡れる」を他の意味で使おうとする。早希ちゃんはそれには乗らず、交わし、「そんな人に『風の谷のナウシカ』が好きと言って欲しくないわ」とぼやく。

今度は、あやまんJAPANから早希ちゃんへのお願い。ファンタジスタさくらだは「早希ちゃんの乳首の色はどんな色か知りたい」と思いっ切りエロネタ攻撃。絵の具が用意されて、早希ちゃんの乳首の色を再現するという展開になる。あやまん監督が「私は透視が出来るので見えます」と言い、ルーキタエが早希ちゃんを羽交い締めにしたので、早希ちゃんは「これはイジメです」と本気で嫌がる。早希ちゃんは「関西には乳輪占いをするインチキ占い師がいるんですよ」「小泉エリという」と例によって小泉エリいじりをする。
早希ちゃんは無難にピンク色を作るが、あやまんJAPANは黒に近い茶色を作るという嫌がらせをする。更に作った色で書き初めをしようということになる。早希ちゃんは「早く帰りたい……」と本音を吐露。あやまんJAPANは「乳輪」と書く。更に乳房の画を描くが、早希ちゃんは最初は嫌がったものの、「でも大きいのはいい」と答えた(早希ちゃんは貧乳をネタにされることが多く、また自虐ネタとしても使っている)。

続いて、早希ちゃんも「ポイポイポポイ」のダンスをやることになるのだが、早希ちゃんは可愛らしくやろうとしたため、あやまん監督から「ぶりっ子? あたし達はJAPANを背負って戦ってるのよ!」とダメ出し。顔に思いっ切りが足りないと指摘される。早希ちゃんも変顔は「祇園笑者」で何度も披露していて得意なのでそれに応えた。

続いて、ジョリジョリゲームに早希ちゃんも参加。早希ちゃんが引っかかって、罰ゲームを受けることになったのだが、スカートをめくられると勘違いした早希ちゃんが本気でおびえて下手袖に逃げ込むという場面があった。罰ゲームとして、早希ちゃんは一人でぽいぽいダンスを踊ることになる。

次いで、全員私服に着替えての女子トークコーナー。司会をすっちーが担当し、つぼみの今井希世と小寺真理が加わる。

あやまんJAPANは、あやまん監督が「やんちゃな猫」をイメージしたというネコミミにミニスカートという可愛らしい格好。ルーキタエも今風のお洒落な格好であったが、ファンタジスタさくらだはネグリジェという変な格好。ちなみに三人とも京都のスピンズで今日の衣装を購入したということで、終演後にはスピンズの壁掛けカレンダーが入場者全員に無料配布された。
早希ちゃんは、月刊「マンスリーよしもとPLUS」でも書いていたように、安めぐみを意識したという、白のセーターとミニスカート、黒いソックスというスタイルにポニーテールでとても可愛らしい。今井希世は赤い袖のトレーナーにジーンズというカジュアルな装い。小寺真理は上下とも黒のセットで下はキュロットスカートという格好であった。

トークのタイトルは「だいじない君とあかんへん君」。「だいじない」は京都弁で大丈夫、「あかんへん」は京都弁で駄目という意味とのこと。男がやる仕草が「だいじない」か「あかんへん」かを決める。お題として「カラオケのマイクの一番上を持つ」、「公衆トイレの洋式便座にきちんとすわらない」、「Vネックが似合う」、「雨が降っているのに傘を差さない」などが挙げられる。ちなみに早希ちゃんは「Vネックが似合う」以外は全て「あかんへん」でナルシストで自己中心的な男性が嫌いであるようだ。ちなみに司会のすっちーもエロネタ好きの人で、早希ちゃんは「出演者表を見て、何でギブソンさん(ヤナギブソン)じゃないの? すっちーさんなの? と思った」と語った。すっちーは「ヤナギブソンは忙しい、俺は暇だ」と答えるがヤナギブソンはエロネタはやらない人なので、すっちーが敢えて選ばれたのであろう。ちなみにすっちーはここには書けないようなエロ話もしていた。

次はクイズコーナー「あやまんJAPAN対早希まんJAPAN」。野球のストラックアウトゲームのように九分割されたボードが出てきて、「政治」「芸能」「なぞなぞ」「エヴァンゲリオン」「六本木」「なでしこJAPAN」「イラスト」「イントロ」「漢字」など9つの分野から出題がされる。ちなみに九分割されたボードは一つ一つが反転するようになっているが、そこに出題が書かれているわけではなく、クイズの書かれた小さな紙が貼られており、それをすっちーが剥がして読み上げるという安っぽい仕掛けであった。
早希ちゃんは、「あやまんJAPANさんのことを事前にWikipediaで調べたら、凄い大学出てますよ」と発言するが、あやまんJAPANによると「あれは嘘」だとのこと。ちなみにWikipediaによるとファンタジスタさくらだは慶應義塾大学SFC、ルーキタエは東京外国語大学の卒業となっているが、出典は本人達へのインタビューであり、真相は定かでない。
あやまんJAPANは、「なでしこJAPAN」の出題にあやまん監督が女子サッカーの年間最優秀監督を「佐々木監督」と当て、早希まんJAPANは早希ちゃんが、「なぞなぞ」の「小瓶と中瓶はあって、大瓶はないお酒は?」を「焼酎」と言い当てる。
「漢字」は「チカン」を各自がスケッチボードに漢字で書くという出題であったが、「痴漢」と正確に書けたのは関西大学卒だという今井希世一人だけ。あやまん監督は「痴嘆」と惜しい答え。早希ちゃんは真っ先に「『チ』の漢字が先に浮かんだわ」と言っていたが、「血感」と意味不明の漢字を書いて不正解。小寺真理は現役の女子大生(当時は大学名は非公開。その後に甲南女子大学であり、中退したことも発表した)だが、「知官」とやはりどういう発想でそうなったのかわからない漢字を書いた。ちなみに小寺真理とすっちーは同じ大阪府立茨木西高校の出身で、茨木西高からはナインティナインの二人や、南海キャンディーズのしずちゃんも出ていて、吉本関係者の卒業生が多い高校だという話題になったのだが、すっちーは吉本側のミスで今治西高校卒とプロフィールに書かれてしまい、未だ訂正されていないとのことだった。
「エヴァンゲリオン」は明らかに早希ちゃんのための出題だが、早希ちゃんは「エヴァンゲリオンを(あやまんJAPANに)汚されそう」と言ってなかなか選ばなかったが、つぼみの二人に後押しされて選び、「今年の秋に公開予定の『ヱヴァンゲリヲン』の新作映画のタイトルは?」という出題に早押しで「新劇場版:Q」と答えて正解した。自分の単独公演のタイトルをパクリにしたくらいだから早希ちゃんが間違えるはずのない問題である。
「イントロ」。連続ドラマ「家政婦のミタ」の主題歌になった斉藤和義の「やさしくなりたい」をファンタジスタさくらだが、KARAの「ミスター」をルーキタエが真っ先にマイクを取って歌い、あやまんJAPANの連続正解となる。
ラストの出題は、あやまんJAPANが「イラスト」を選ぶ。題材は「ばいきんまん」。今井希世は惜しい出来。早希ちゃんは例によってグロテスクな画を受け狙いで書いて大ハズレ。あやまん監督はそっくりなイラストを描いて、あやまんJAPANの勝利となる。
トータルで勝者となった、あやまんJAPANにはプレゼントとして宇治茶プリンが送られ、敗れた早希まんJAPANには罰ゲームとして激辛饅頭が配られる。ちなみに激辛饅頭は祇園花月のスタッフが作ったものではなく、市販されているものとのことであった。激辛饅頭に三人は悶絶する。

フィナーレ。あやまん監督がアスカのコスプレ、早希ちゃんがあやまん監督の赤い衣装と、着るものをチェンジして、あやまん監督のヴォーカルで「残酷な天使のテーゼ」を歌い、踊る。早希ちゃんは振付を完全に覚えておらず、横を見ながら適当に合わせていた。

最後は「あやまんジェットコースター」。卑猥なことをやる。早希ちゃんが最初の犠牲者となり、続いて、客席から希望者二人が出てきて、あやまんジェットコースターに乗る。早希ちゃんは卑猥なシーンを正視出来ていなかった。

ハチャメチャな公演であったが、早希ちゃんファンにとっては、アスカのコスプレ、私服、あやまん監督の可愛らしい衣装という三種類の早希ちゃんを堪能出来る良い企画だったと思う。ちなみに早希ちゃんの本公演の感想は「出てみて良かったが、もう二度と出たくない」というものであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月25日 (土)

観劇感想精選(150) 「ビッグ・フェラー」

2014年6月14日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「ビッグ・フェラー」を観る。世田谷パブリックシアターの企画制作作品。作:リチャード・ビーン、テキスト日本語訳:小田島恒志。演出:森新太郎。出演:内野聖陽(うちの・せいよう。本名の「うちの・まさあき」から読み方変更)、浦井健治、明星真由美(みょうせい・まゆみ)、町田マリー、黒田大輔、小林勝也、成河(ソン・ハ)。

内野聖陽主演に相応しい骨太の芝居である。

キーになるのはIRA(アイルランド共和軍。Irish Republican Army)。アイルランドはイギリスに併合された後で独立したが、カトリックの信者がほとんどであるアイルランドにあって北部はプロテスタントが多く、経済的な理由もあってイギリスに残ることを決め、現在もイギリスの正式名は「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国」である。IRAは、北部アイルランドをアイルランド領に戻し、アイルランド統一を目標とするカトリック系武装組織である。作中にも、デリー(ロンドン・デリーとも呼ばれる。「ロンドン・デリーの歌(ダニー・ボーイ)」でも有名)やベルファストなど、北部アイルランドの地名が出てくる。

ただし、舞台となるのは一貫してニューヨーク。1972年3月17日から、9・11として知られる2001年9月11日までの29年半が描かれる。プロローグは1972年3月17日、セント・パトリックス・デイのパレード後でのディナーの席で、資産家に上り詰め、「ビッグ・フェラー」と呼ばれるようになったデイヴィッド・コステロ(内野聖陽。実はIRAのニューヨーク支部リーダー)の演説で始まる。ケルト人の正装であるキルトを履いたコステロはアメリカンジョークを飛ばし、録音の笑い声がそれに応える(アメリカンジョークを言っても日本の観客は笑わないということもある)。1972年1月30日には、北アイルランドのロンドン・デリーで血の日曜日事件が起こっており、イギリス軍が非武装のアイルランド市民13名を殺害している。コステロは正義はアイルランドにあると主張する。

舞台は、その2日後、1972年3月19日の、ニューヨーク・ブルックリンにあるマイケル(浦井健治)のアパートに移る。IRAのメンバーであるルエリ(成河)は、殺人の罪で刑務所に入り、出てきたばかりで、同じアイルランド系移民である消防士のマイケルの家に転がり込んでいる。ルエリはカレルマというプエルトリコ系の女性(町田マリー)を部屋に連れ込んだのだが、結局、何もなかったようだ。ルエリはイギリス人は土地を乗っ取ることに長けていると言うが、カレルマは、「オランダ人もインディアンからこのブルックリンを奪い取った」と反論する。一見、チャラチャラした風に見えるカレルマであるが、実際は教養のある女性であることがわかる。
今日は、コステロのやって来る日。ルエリは、遠くに飛ばされるのではないかとビクビクしている。だが、やって来たコステロはルエリにニューヨークに留まるよう告げる。再び刑務所に入って欲しいというのだ。見返りとして、ニューヨークの通りの名前がルエリ・オドリスコル・ストリートに変わるという(だが、結局、約束は果たされることはなく、通りの一角がルエリ・オドリスコル・コーナーになっただけであった)。一方、マイケルはコステロに勧誘されて、IRAの一員となる。マイケルはアイルランド系ではあるもののプロテスタントであったが、コステロはアイルランド国家主義の父と呼ばれるウルフ・トーンもまたプロテスタントであったとして問題にはしなかった。

9年後、出獄したルエリは、美術館でカレルマと再会する。そこでルエリは、カレルマとある密約を交わすのであるが、実は……

エンターテインメント的要素はほとんどないし、わかりやすい舞台ではないのだが、メッセージはストレートである。我々は、アイルランド人やアメリカ人である前に、カトリックやプロテスタントの信者である以前に、一個の「人間」だ。これだけである。シンプルにして最高のメッセージである。

だが、物事は、そう単純には終わらないのである。エピローグとして置かれた、2001年9月11日の場面。マイケル一人の場で、セリフの一切ない淡々としたものだが、やはり無意味に争ってしまう人間の姿が浮かび上がる。

コステロはマイケルから、「イスラム教の信者は何を求めているんでしょうね?」と聞かれて、「宗教というものは我々を罰することを求めている。理由は我々が人間だからだ」と人間の愚かしさを言葉にする。

内野聖陽は嵌まり役。浦井健治は本来はミュージカルの俳優だが、ストレートプレーでも優れた演技力を見せる。他の俳優も良く、アンサンブルは万全であった。

内容が硬派であるため、客席は十分には埋まらなかったが、今日来た観客は俳優陣を盛大な拍手で讃えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月23日 (木)

一を聞いて

一を聞いて十を知ることの出来る人はほとんどいないが、一を聞いて百勘違いする人は五万といる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月22日 (水)

コンサートの記(185) シベリウス生誕150年 新田ユリ指揮アイノラ交響楽団第12回定期演奏会 「カレリア」組曲&「クレルヴォ」(クレルヴォ交響曲)

2015年4月12日 東京・荻窪の杉並公会堂にて

午後1時30分から、杉並公会堂大ホールでアイノラ交響楽団の第12回定期演奏会を聴く。アイノラ交響楽団はシベリウス愛好家によって2000年12月に結成されたアマチュアオーケストラ。アイノラとはフィンランド語で「アイノの」という意味で、シベリウス夫人であるアイノの名前を取ってシベリウスが命名したヤルヴェンパーの邸宅、アイノラ荘に由来するネーミングである。定期演奏会は年1回行っており、毎回シベリウスの楽曲を演奏している他、グリーグ、ステーンハンマル(ステンハンメル)、カスキ、メリカントなど北欧の作曲家の作品も演奏している。逆に言うと北欧の作曲家の作品以外は演奏したことがない。

実は日本はアマチュアオーケストラ大国でもあるのだが、理由の一つとしてプロオーケストラが少ないということが挙げられる。しかも人事が手厚く守られているため、基本的に募集は欠員が出たときのみに限られる。一方で、音大や音楽学部、音楽専攻を卒業する学生は多いため、彼らが日本のオーケストラに入団するのは難しい。日本のオーケストラに入れなかった演奏家はソリストを目指すか(ただし、余程優れた才能がないとソリストになるのは難しい)、海外のオーケストラに入ることを志すか、プロではなくアマチュアで演奏するか選択することになる。勿論、音楽をするのは大学までで、全く関係のない仕事に就いて、演奏活動なども止めるという人も多い。

アマチュアオーケストラをやるからには売りも必要ということで、アイノラ交響楽団はシベリウス作品に特化した演奏活動を行っている。

アイノラ交響楽団の正指揮者は結成当時から新田ユリが務めており、今日の指揮者も新田である。新田は日本におけるシベリウスのスペシャリストとしても知られている。シベリウスを得意とする日本人指揮者には他に藤岡幸夫や尾高忠明がいるが、新田ユリは唯一の女性指揮者である。

新田ユリは2000年より1年間、フィンランドに留学しており、フィンランドの名指揮者であるオスモ・ヴァンスカに師事している。その後も日本とフィンランドの両国を拠点に活動中。日本シベリウス協会の現会長でもある(渡邉暁雄、舘野泉に続く3代目)。今年から愛知室内オーケストラの常任指揮者に就任している。

オール・シベリウス・プログラムで、「カレリア」組曲、クレルヴォ(クレルヴォ交響曲)が演奏される。クレルヴォはフィンランドの国民的叙事詩「カレワラ」を題材にした交響曲で、シベリウス初の交響曲であり、初演は大成功でシベリウスの出世作となり、初演から1年間の間に4度も演奏されるが、その後、シベリウス本人が習作扱いとして封印。シベリウス存命中に全曲が演奏されることはその後1度もなかった(部分的に演奏されたことはあるようだ)。シベリウスがクレルヴォ交響曲を封印した理由として考えるのは、作風がかなり独墺系寄りであるということである。シベリウスとしてはドラマティックな曲であるが、そのドラマ的要素が独墺的なのだ。この曲はシベリウスのウィーン留学直後に書かれており、尊敬するブルックナーを始めとする多くの独墺系の作曲家の影響が顕著である。勿論、作風はシベリウス的なのであるが、シベリウスの楽曲としては多弁で、オーケストレーションなどもシベリウスならではの個性と言える領域には達していない。ただ、優れた楽曲であることに間違いはなく、シベリウスの弱点でもある「自信に欠け、慎重に過ぎる」面がこの曲を封じてしまったのであろう。シベリウスの死後には演奏される機会が増えている。

会場である杉並公会堂は、1957年に建てられたが、現在の杉並公会堂は2006年竣工の2代目。元の杉並公会堂を取り壊して、同じ場所に今の杉並公会堂が建てられている。新しくなった杉並公会堂は日本フィルハーモニー交響楽団が本拠地として利用している。

アイノラ交響楽団がアマチュアオーケストラということもあって、今日は全席自由。チケット代も前売り1200円、当日1500円である。クレルヴォは滅多に演奏されることはないので、今日は東京のみではなく、日本各地から杉並公会堂に駆けつけた人も多いと思われる。アマチュアオーケストラの演奏であるが、客席はかなり埋まっていた。

杉並公会堂大ホールの音響であるが、残響はそれほど長くはないものの(天井が高く反響板がないという、京都コンサートホールと同じ設計である)、音自体は良く聞こえる。

チェロが手前に来る、アメリカ式の現代配置での演奏。

「カレリア」組曲。アマチュアオーケストラということもあって、金管の音程は不安定であるし、弦楽も音の抜けが悪い。強弱も付け方も細やかさに欠けている。
新田の指揮は端正且つ明快なもので、どういう音楽がやりたいのか見ていて即座にわかる。日本人女性指揮者は棒の上手い人が多いが、圧倒的に男性優位の世界で勝ち上がるには優れたバトンテクニックが一番の武器となるのであろう。

メインであるクレルヴォ。メゾ・ソプラノ独唱は駒ヶ嶺ゆかり(こまがみね・ゆかり)、バリトン独唱に末吉利行。合唱:合唱団お江戸コラリアーず。お江戸コラリアーずは、1998年に伊東恵司が結成した男声合唱団。伊東は、なにわコラリアーズの指揮者も務めており、東京に男声合唱団を作る際に、「大阪がナニワやから、東京はお江戸でしょ」ということで、お江戸コラリアーずと命名した。「ず」が何故平仮名なのかは不明。なお、男声合唱団であるが、テノールに一人、女性の団員が混じっている。こちらもどうしてそうなっているのかはわからない。お江戸コラリアーずはステージ上ではなく、今日は聴衆は立ち入ることの出来ないP席(杉並公会堂大ホールにはパイプオルガンはないので、Pはポディウムの略になると思われる)に陣取る。

アイノラ交響楽団は、今年の3月3日に、すみだトリフォニーホールで、同一独唱者、合唱団お江戸コラリアーず&Laulu Miehet(フィンランドの男声合唱団)によるクレルヴォを演奏している。日本シベリウス協会主催の公演であった。

クレルヴォが始まってすぐに、オーケストラが前半とは別物だということに気付く。メンバーが替わったわけではないので、練習量の違いが現れたのであろう。クレルヴォは1年掛けて練習したが、「カレリア」組曲は今回の定期演奏会のために練習しており、元々練習時間の確保が難しいアマチュアオーケストラにあって、練習量は演奏の出来を大きく左右する。また、クレルヴォは先月演奏して今月もまたということで、実演に慣れているということも考えられる。弦楽も厚みこそ十分とはいえないが、音の抜けは格段に良くなり、管楽も力強い。

合唱団お江戸コラリアーず、独唱二人の出来も良く、アマチュアオーケストラの演奏会とは思えないほどのハイレベルの音楽が奏でられていく。

プロオーケストラの場合、定期演奏会ではアンコールがないのが普通であるが(アンコール演奏を行う場合もある)、アイノラ交響楽団はアマチュアオーケストラで定期演奏会も年1回と少ないこともあって、毎回アンコール演奏を行っている。

合唱団お江戸コラリアーずがいるということで、まず音詩「フィンランディア」の男声合唱付きバージョンが演奏される。金管の力強さはプロオーケストラに及ばないが比べなければ満足のいく出来である。

そして、「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」も演奏される。アイノラ交響楽団は定期演奏会のアンコール曲としてほぼ毎回「アンダンテ・フェスティーヴォ」を演奏しており、堂に入った演奏が展開された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月17日 (金)

コンサートの記(184) 広上淳一指揮京都市交響楽団 「スプリング・コンサート」2015

2015年4月4日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団スプリング・コンサートを聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

京都市交響楽団のスプリング・コンサートは2009年に広上淳一の指揮によって始まり、昨年を除く毎年、広上が指揮を務めている(昨年はダグラス・ボストックが指揮)。

曲目は、ルロイ・アンダーソンの「舞踏会の美女」、宮川彬良編曲のファンタジック!「白雪姫」(歌とほほえみを、ハイホー、いつか王子様が)、デュカスの交響詩「魔法使いの弟子」、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」から第1楽章“海とシンドバッドの船”、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」、ラヴェルの「ボレロ」

全体の演奏時間は短めだが、これにはわけがあり、CGを京都コンサートホールのパイプオルガンや来賓席、天井などに映すプロジェクションマッピングの演出があり、そのために長い曲は演奏しにくいのだ。映像を背面一杯に映すために、今日はP席と呼ばれる指揮者と対面する座席は取り払われている。

今日の京都市交響楽団のコンサートマスターは渡邊穣。泉原隆志は降り番でフォアシュピーラーに尾﨑平。フルート首席奏者の清水信貴とオーボエ首席の高山郁子は全曲に出演するが、クラリネット首席の小谷口直子は今日は降り番である。

壁面に映像を映すため、ホール全体を暗めにして、奏者達は譜面台の上に置かれたテーブルライトのようなものを頼りに楽譜を読む。指揮者である広上には上から細い光が幾つか差している。

今日は前から6列目で、京都コンサートホールの音響だと直接音が強すぎたり、逆にステージから近い割りには音が飛んでこなかったりすることもあるだが、広上の指揮なので良い音で聴くことが出来た。

ルロイ・アンダーソンの「舞踏会の美女」。広上指揮ならではの弦の抜けの良さが心地良く、歌い回しもお洒落である。壁面にはシャンデリアの影などが浮かび上がる。

宮川彬良編曲のファンタジック!「白雪姫」。この曲は映像なしの演奏。普通の演奏の時はホールは全体的に明るくなる。宮川の編曲も演奏もチャーミングだ。

デュカスの交響詩「魔法使いの弟子」。ゲーテのバラード(物語詩)を題材にした交響詩で、映画「ファンタジア」でミッキーマウスが魔法使いの弟子役をしていることでも有名である。ちなみに「ファンタジア」は制作後70年以上経ったので、米国においても著作権フリーのはずであり、フィラデルフィア管弦楽団が「魔法使いの弟子」の場面をYouTubeにアップしていたが、今では「複数の著作権違反という指摘により」削除されている。米国でも著作権は切れているはずなのだが、映画の著作権は制作後70年(アメリカの場合)という決まり(映画の場合、誰が一番権利を持っているかわからないので一律に制作何年経過したかで著作権が切れるか決まる)を知らない人が複数いるとYouTubeは削除になるというシステムなのだろう。無知は怖い。

京響の映像でも、コンピューターで描かれた箒が水を汲み、溢れて水浸しになる場面が青一色の光で表されたりする。

広上の指揮は演出上手だ。冒頭のミステリアスな雰囲気作りも優れているし、ファゴットによるユーモラスな旋律の歌わせ方なども聴いていて楽しい。斧で箒を斬るシーンや、水浸しのシーンの迫力もなかなかである。

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」から第1曲“海とシンドバッドの船”。残忍な王を表す赤い光と癒やしのシェエラザードの青の光の後で、海表す鮮烈な青い光が流れたり明滅したりする。
ヴァイオリンソロの渡邊穣の音色も美しい。
広上の立体感ある音作りも鮮やかだ。

ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。この曲もプロジェクションマッピングなしでの演奏である。ノーブルな演奏であるが、途中で速度を速くして情熱的な彩りを添えたのが印象的であった。

ラヴェルの「ボレロ」。広上と京響が京都で「ボレロ」を演奏するのはこれが初めてのはずである。以前にもこのコンビで「ボレロ」を演奏したことはあるが、舞台は大阪のザ・シンフォニーホールであった。その時は広上は、最初のうちは腕を組んで楽団員から目をそらしながらちょっとした頭の動きだけで指揮をし、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが第1主題を弾くところで両手を大きく拡げて視覚的な演出をしていたが、今日は舞台上が暗めということもあり、最初から指揮棒を動かして指揮する。少し小さめの音が欲しいときはやはり今旋律を吹いている奏者から目をそらして横を向いて指揮する。楽団員というのは、指揮者が自分と正対すると無意識のうちに大きな音を出してしまうものらしい(NHK交響楽団首席オーボエ奏者:茂木大輔の証言)。

テンポは中庸であり、各楽器が出す透明な響きが美しい。盛り上げ方も上手であり、広上は今日も第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが共に第1楽章を奏でる場面で両腕を拡げて「開放的に」という指示を出す。クライマックスであるトランペットソロも澄んだ響きで上質であった(トランペット:早坂宏明)。

映像は赤や緑色の水滴が浮上していく様を描いたもの。音楽に合っているのかどうかは微妙だったが悪くはない。

アンコール。まず、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。広上は客席の手拍子も指揮したため、この曲はノンタクトで振った。

楽団員達と握手をし、先に帰らせて、広上一人がマイク片手にステージ上に残り、スピーチをする。先日、広上淳一と京都市交響楽団が第46回サントリー音楽賞を受賞したが、広上はまずそのことの喜びを述べる。その間に電子ピアノがステージ上に運び込まれ、広上のピアノソロでコンサートを終えることが広上本人から告げられる。広上は若い頃は「日本人指揮者界屈指のピアノの名手」といわれたが、最近は余りピアノを弾く機会がないためか、「(ピアノの)腕が錆びついておりまして」と述べる。演奏するのは、昨年の大河ドラマ「軍師官兵衛」の音楽を手掛けた菅野祐悟が滋賀県のために書いたピアノソロ曲「感謝」。ミディアムテンポのナンバーである。電子ピアノであるため音色の変化もなく、音も小さめではあったが、叙情味に溢れた曲と演奏であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月16日 (木)

笑いの林(39)「EVEMON TKF!」2015年2月2日

2015年2月2日 大阪・心斎橋のコラントッテホールにて

午後7時から、大阪・心斎橋にあるコラントッテホールで、「EVEMON TKF!」を観る。今日もたむらけんじが司会を務めるが、当初、MCとして参加するはずだった土肥ポン太が体調不良のため出演不可能となった。吉本はマネージメントがいい加減なので、ダブルブッキングがあっても体調不良とすることが多いのだが、たむらによると実際に体調が悪いようである。

コラントッテホールはコラントッテという会社の2階にある比較的広い部屋(おそらく会議室)を利用しているもので、たむらけんじが会社の社長と親しいので特別に使わせて貰っているという。なので楽屋も楽屋口もない。楽屋はコラントッテホールの舞台上手をカーテンで仕切って使っている。なので、たむけんさんも普通に会社の入り口から入って行ったし、開場のちょっと前には早希ちゃんが私服に眼鏡で出てきて、自動販売機でジュースを買って帰っていった。ファンから「早希ちゃん頑張って!」と言われて照れ笑いしていたが。

出演は、ヘンダーソン、ジョニーレオポン、ヒューマン中村、サーフィンズ、おいでやす小田(以上持ち時間5分)、キンニクキンギョ、ゆたかときむら。絶対アイシテルズ、ちびシャトル、アキラ(以上持ち時間2分)、シンクロク、ジュリエッタ、桜 稲垣早希、ゆりやんレトリィバァ、スーパーマラドーナ(以上、持ち時間5分)、ゲスト:ギャロップ(持ち時間10分)。今回はコンビが多い。

R-1ぐらんぷり決勝進出者の発表が今日あり、ゆりやんレトリィバァの初進出が決まった一方で、決勝の常連だったヒューマン中村がまさかの準決勝敗退となった。ただ、今年はこれまでとシステムが違うようで、12人選出ではなく9人選出で、残りの3人は敗者復活戦で決まるという。

決勝に一発では進めなかったヒューマン中村は、芸をやる前に、「ちょっといいですか」と言って下手に行き、奥を向いて「畜生!」と怒鳴る。
ヒューマン中村の今日の出し物はやはりフリップ漫談で、「恋愛をしているカップル五七五」と「それを妬む五七五」のセット。「夏祭り二人で食べるりんご飴」という恋愛五七五の後に「あいつらの体むしばめ添加物」という陰険五七五が来る。「自転車の後ろに君を乗せていく」に「おまわりさんあそこに二ケツしてますよ」、「勉強会同じ大学受かろうね」「同じとこ受けて倍率上げてやる」というようなパターンが続く。
その後に、「あの人は今」というものをやる。過去の有名人が今何をしているかの「あの人は今」ではなく、ヒューマン中村がやっているのは今何をしている人なのかを想像させるというもの。ウロウロしている人は「○×クイズでどちらに行こうか迷っている人」という風になる。

おいでやす小田は面白かったのだが、下ネタが続いたので内容は書かない方がいいだろう。

キンニクキンギョは、片方が沖縄出身だそうで、三線を弾く。実際は、三線は前振りで弾くだけで(結構達者である)本編はボイスパーカッションとまではいかない擬音を用いていたが、ちなみに「沖縄の人=指笛を吹く」というステレオタイプのイメージがあるが、吹けない人も勿論いる。が、吹けない人のための「指笛の音がする縦笛」というものが売られているそうである。

ちびシャトルは、今日もフリップ芸だが今日もシュール過ぎる内容。発想が突飛すぎて何がやりたいのかわからなくなるのだが、たむらけんじによると、ちびシャトル本人の中ではストーリーが繋がっているのだという。ちびシャトルはこの後、よしもと漫才劇場にも出るそうだが、たむらから「それ出て受けんかったら、一緒に精神科行こう」と言われてしまう。

シンクロック。以前、よしもと祇園花月の前座として出演していたことのある、男女の漫才コンビである。シンク・ロックなのかシン・クロックなのかは不明。
木尾陽平は、就職試験でフジテレビのアナウンサー職を受験し、ラスト8人まで残ったそうである(最終選考には残れなかったようだが)。そのためか滑舌が良い。

木尾が、「幼なじみと10年ぶりに会うんだ」と吉田結衣に話す。だが幼なじみの苗字は、志村、加藤、仲本、高木で、吉田に「あと、いかりや入れればコンプじゃん」と言われる。木尾が「今年30だから中には禿げちゃった人いるかな? 仲本かな?」と言うが吉田に「いや絶対、志村だし」と言われる。木尾の「太っちゃった奴いるかな? 仲本かな」という言葉に「それ高木だし。何で仲本だけ悪くなってるん?」と言われる。加藤はウクレレが得意だそうだが、吉田は「それは高木」、木尾「高木は年取っても若い子と結婚しそう」、吉田「それ加藤」、木尾「いや加藤はウクレレ弾いてるだけ」と続く。ちなみに担任の先生の名前は碇矢長介先生だそうである。
ちなみに木尾は、次は中学時代の幼なじみに会うそうだが、苗字を「中居、木村、稲垣、草彅」と挙げたところで吉田から「もうええわ」と言われて終わる。

ジュリエッタ。以前はソーセージのメンバーであった藤本聖(ふじもと・たかし)が元ガトリングガンの井尻貫太郎と組んだ漫才コンビである。藤本は以前交際していた相手に暴力を振るったために逮捕され、示談が成立したがソーセージを脱退(残った二人はアキナに名前を変えて活動中)、吉本から無期限の謹慎処分を受けた過去がある。「EVEMON TKF!」では終演後に出演者とハイタッチをするのが恒例なのだが、今日は女性客がハイタッチを待たずに続々と帰ってしまい、たむらが「今日、ハイタッチしないで帰る人多い」と言っていたのだが、あるいは藤本が嫌われたのかも知れない。藤本逮捕のニュースは結構大きく取り上げられていた。

藤本が彼女に扮し、井尻がその彼氏という設定。井尻が「俺達長く付き合っているけど、お前の職業知らない」というと藤本が「日の当たらない顔の見せられない職業」と答えたがいかがわしい商売ではなく「声優」であった。藤本は高い声が出るので、実際にもこうした声の女性はいそうである。井尻が「代表作何?」と聞くと、藤本は「『お客様がお掛けになった電話番号は現在使われておりません』とか『青に変わります』、『バックします』」などと挙げる。
井尻が浮気していたことがばれて、藤本は怒って出ていってしまう、井尻が藤本のケータイに電話するが、「お客様がお掛けになった番号は現在使われておりません」という声がする。実際に藤本が解約したのか藤本が出て、わざとそう言っているのかわからなくなるというコントであった。

早希ちゃんはアスカのコスプレで登場し(着替える場所はあるようである)、「関西弁でアニメ」をやる。R-1用に絵を新しくしたようだが、新しいネタは『北斗のケン』のケンシロウの「お前はもう死んでいる」を「自分、もう死んでんで」に変えたものと、『スラムダンク』の「俺、バスケがやりたいです」を「俺、タコパ(たこ焼きパーティーのこと。多分、通じるのは関西人と他の地域の若い人だけだと思う)がやりたいです」に、「諦めたらそこで試合終了ですよ」を「焼き上がったらそこでタコパ終了ですよ」に変えたものがあるだけで、他はほぼ同じ内容である。絵のタッチが劇画調に変わっているが、「徹夜で画を描いた」というようなことをブログにアップしていたので、やはり早希ちゃんが描いたものと思って間違いないだろう。

ゆりやんレトリィバァ。昨日も祇園花月の公演に出ており、奈良住みます芸人としても忙しいのか今日のネタは短時間で仕上げたもののようである。ゆりやん担当となった吉本興業の新人マネージャーを演じるのであるが(吉本興業はマネージャーが複数のタレントを掛け持ちするのが普通なので、ゆりやん専属ではない。ちなみに昨日の住みます芸人のライブでもアンケート用紙にマネージャーの名前が書かれていたのだが奈良担当と和歌山担当は同じ人であった)、やはりダブルブッキングがあったりする。ただ無理な注文でも何故か次々と決まっていく。

スーパーマラドーナ。今日は田中が一人で演じて、武智が突っ込んでいくというネタ。田中が「幽霊も見たんだ。血まみれの落ち武者の幽霊」。出たのは大阪市内の2LDKで家賃月2万円という安すぎるマンションの部屋。そこから田中がそのマンションの部屋を訪ねるシーンになるのだが、部屋に住んでいるのは若い女性。以前、コンパで知り合った女の子のようだ。だが、田中は相手の百合子という名前も知らず、ケータイのアドレス帳には「飲み屋の女B」で登録するなど酷い扱い。そこへ、百合子の彼氏がやって来て、玄関の扉をドンドンと蹴りながら大声で叫び出す。田中は隠れる場所を探すのだが、「あ、ここは狭い。あ、血まみれの落ち武者の幽霊。あ、ここは……」などと言って武智の「そのタイミングで出る?」と突っ込まれる。最後は、田中と百合子と百合子の彼氏と隣の部屋で盗み聞きしている人の4役を田中がやったため、ごちゃごちゃになる。

ゲストのギャロップ。禿げ頭の林が、「皆さん、生えすぎですね」と言って、毛利から「お前が薄すぎなんじゃ!」と突っ込まれるといういつもの掴み。毛利は「毛を利用すると書く」と言って、更に繋げる。

毛利がプロ野球選手のヒーローインタビューに憧れるというので、毛利が阪神の選手になったという設定で、林がインタビューアーに扮するのだが、林が毛利にインタビューをするのを嫌がったり、「マートンのホームランの後でレフト前ヒット、マートンの2打席連続ホームランの後でショート内野安打、マートン3打席連続ホームランの後に振り逃げ」と言って、毛利から「もう今日のヒーロー、マートンでええやん!」と突っ込まれたりする。毛利が4打数4安打7打点という設定に変わるのだが、林が「惜しくもチームは負けてしまったんですが」と言い「負けたのにヒーローインタビューにしゃしゃり出てくる人初めてや」などと勝手に図々しい人にされてしまう。
最後は、「スタンドの皆さんに一言」で毛利がお礼を言って締めるはずが、「テレビの前の視聴者の方に一言」、「ラジオをお聴きの皆さんに一言」、「今日のゲームを観に来られなかったサービス残業のおじさんに向かって一言」と続けてしまい、「サービス残業のおじさんは俺のインタビュー見ても聞いてもいないわ」と毛利に突っ込まれる。

コーナー。
出演者はヒューマン中村、キンニクキンギョ、ちびシャトル、ジュリエッタ、ゆりやんレトリィバァ、スーパーマラドーナ、ギャロップ。
大体の公演のコーナーでは早希ちゃんがボケ要員で出演するのだが、今日はクイズではなく心理テストなので出演しなかったようだ。

最初の心理テストは「クリスマスの日にサンタクロースがプレゼントを置いていきましたそれはなんで、どれくらいの大きさでしょう?」。
予め言っておくが、実は心理テストというのは知能テストなどとは違い、統計も取られておらず裏付けもないという医学的には「まやかし」の領域を出ないものである。ロールシャッハテストなども名前は有名だが現在は使っているところは少ないはずである(作者であるロールシャッハがテストを完成させる前に早世してしまったため、どのようなテストを作りたかったのかすら不明)。
プレゼントテストでは、「あなたの給料とそれに対する感想」なのであるが、大台に乗ったと喜んで言っている人が「大台」と言っているものが実は信じられないほど安い金額であることがわかる。吉本の給料が安いと知っている人が聞いても驚くほど安いはずである。
ジュリエッタ・藤本はここでも暴行ネタでいじられていた。

次は、「間違い電話をして、その相手から折り返しの電話が掛かってきたときに相手に向かって何という?」
浮気がばれた時の言い訳だそうだが。スーパーマラドーナ・武智は「何や?!」と切れて「キャラ通り」となる(武智は暴走族の元ヘッドである)。
他は誤魔化すタイプの人が多い。

最後の心理テストは、「スケッチブックの真ん中に自分の名前を書き、その上下左右のどこかに『たむらけんじ』と書いて下さい」というもの。上に書くと「苦手」、下に書くと「見下している」は何となくわかるが、左に書くと「一緒にいて安心している」、右に書くと「一緒にしたい」はどういう根拠でそういうことになっているのかは不明である。

ラストは出場者全員が勢揃いしての挨拶。たむらけんじがここで「ハイタッチする場合は全員とハイタッチして下さい。たまに飛ばされて傷つく人がいますので」と言う。ということで全員と強制が嫌な人は芸人達が舞台から降りる前にホールから出て行ってしまう。

早希ちゃんは、新大阪駅で転倒して左手の小指を怪我したため包帯を巻いていたのだが、一昨日の「おはよう朝日 土曜日です」では包帯が取れており、ハイタッチも左手で行っていたので大事には至らなかったのであろう。入りの時と同じ黒のミニワンピースの私服。お洒落であるが、一番寒いシーズンなのにミニというのが意外である。今日は出演者が多いので全員とハイタッチするのは大変である。

ちなみにヒューマン中村は来週トークライブを行うので、チケットを手売りしていたのだが、私は先月27日に、会場となるZAZA道頓堀でチラシを見て、その場で「チケットよしもと」のスマホサイトにアクセスしてチケットを購入している。ちなみに再来週に公演が行われるのに整理番号は若い方だったので、チケットは余り売れていないと思われる。大々的な告知も行われていなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月14日 (火)

笑いの林(38) 「祇園ピース」2015年4月5日

2015年4月5日 よしもと祇園花月にて

午後7時から、よしもと祇園花月で「祇園ピース」を観る。ピースの綾部祐二と又吉直樹によるトークライブ。男性芸人は一般的にそうだが、ピースは特に女性に人気があるコンビなので、客席の95%以上は女性であり、中学生や高校生など若い子も多い。

小説『火花』がベストセラーになっている又吉。当然、その話から入るが、相方の綾部は本を全くといっていいほど読まない人間であるため、『火花』もまだ読み切れていないという。文学的知識も皆無なようで、「ラップのような韻を踏むことは純文学では必要なの?」などと相方に聞いたりする(漢詩は韻文だが、日本文学は基本的には散文である。文末が同じ形になることはむしろ避けられる)。心象風景や直喩、暗喩、時系列に体感時間などもわからないらしい。教科書に載っている「走れメロス」などは飛ばし読み、宮澤賢治の「注文の多い料理店」も絵本で読んだそうで、文学的知識は本当にゼロのようだ。漢字も苦手なようで、「蝿」という字をずっと「ハブ」と読んでおり、「蝿がメロンの上に止まって」というところで「ハブ」ではないと気づき、スマホで検索してやっと「はえ」だとわかったそうである。

又吉であるが、作家デビューということで、ドキュメンタリーの密着取材が増えたという。綾部も番組に出たいと何度かボケを入れてみたのだがカットされ、又吉だけが映っていたそうだ。そこで又吉は、「今度は、『相方のああしたボケで、日常生活とは別の次元に……』、なんて言ってみようか」と提案する(本当にするかどうかはわからない)。

綾部は、4時頃に雨が止んだので、八坂神社から、ねねの道、二年坂、産寧坂を経て清水寺まで観光に行き、気分が最高潮に達したそうだが、清水寺で白人の観光客、それも雰囲気からしてアメリカ人ではなくオーストラリア人あたりの家族、50代ぐらいの両親に17歳ぐらいの長女と15歳ぐらいの次女が、盆栽の鉢植え売りの前で佇んでいるのを見たという。見た瞬間に悪い予感がしたのだが、案の定で、長女がリュックか何かを引っかけて鉢植えを倒して鉢を割ってしまったらしい。売り場のおばちゃんが英語で何か言ってたという。見るに耐えないので、綾部は妄想の中でだけだが、間に入って無茶苦茶やらかしたろと思ったそうである。又吉は「そんなことした方がトラウマになるって」と言うが、逆に「おばちゃんが悪者だったということにしたら。よくぞ割ってくれたというように」と鉢植え売り悪徳説を提案したりもする。

綾部は語学学校で英語を習っており、将来はハリウッド進出を夢見ているそうだが、新しく担当教師になったトムが、まず「ABC」の授業から始め、Aで始めるものの絵を描いて綾部にこれが何か聞き、綾部が「Apple」と答えると、「グレート!」などと返すそうで、「幼児だったら良いんだけど、37の男(綾部)が40超えたおっさんから、そういうレッスン受けてもね」と述べる。Jで始める単語は、トムが飛び跳ねて、綾部が「Jump」と答えると「ワンダフル!」となるそうで、ハリウッドへの道は険しそうである。

綾部はハリウッドに詳しく、ハリウッドスターはパパラッチに悩まされているため、自分から写真を提供することがあると言う。ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー夫婦の間に双子が生まれたのだが、夫婦は子どもの写真を無闇に撮って欲しくないということで、ブラピとアンジェリーナ・ジョリーと双子の子どものフォーショットの写真を1枚、自分達で撮って、競りのような形で売りに出したという。落札額は日本円にしてなんと約15億。二つの会社が共同出資という形で買い取り、以後、二人の子どもの撮影をしない代わりにフォーショットの写真を他の会社に配給する権利を得たという。ブラピ夫妻は受け取った15億円を「自分達はもう十二分に稼いだから」という理由で全額寄付に回したそうだ。

最後は、事前アンケートに書かれた悩みをピースの二人が答えるというもの。誕生日が同じ男の子に告白したいという中学生の女の子、弟が反抗期で困るという高校生の女の子、ピースのような芸人を支える仕事に就くべきかどうか悩む女の子、無理を言う患者さんが多くて困るという歯科助手の女性の悩みにピースが答える。

歯科助手の女性は、「予約が一杯なので」と電話で断ったのに、歯が痛いからという理由で歯科医院まで来てしまう人がいて困るという。京都市内の歯科医院に勤める女性なのかどうかは不明である。ちなみに千葉の実家の近くには歯科医院は2件しかないが、京都の私の家の近所で歯科医院を検索すると大袈裟でなく100件近くの歯医者にヒットし、供給過剰の状態である。5分歩く毎に歯科医院が1件ある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月13日 (月)

京都府議会議員一般選挙党別結果

自民27議席(前回28)、民主9議席(前回12)、維新2議席(前回1)、公明5議席(前回5)、共産14議席(前回11)、京都党0議席(前回0)、無所属3議席(前回1)

維新、共産が前回の議席を上回る。地域政党京都党は初の府議会議員輩出ならず。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都市議会議員一般選挙党別結果

自民21議席(前回23)、民主7議席(前回13)、維新4議席(前回0)、公明11議席(前回12)、共産18議席(前回14)、社民0議席(前回0)、京都党5議席(前回4)、諸派0議席(前回0)、無所属1議席(前回2)

維新、共産、京都党が票を伸ばした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月10日 (金)

観劇感想精選(149) 蜷川幸雄演出 藤原竜也主演「ハムレット」2015大阪

2015年2月27日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後1時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで「ハムレット」を観る。蜷川幸雄演出。出演は、藤原竜也、満島ひかり、満島真之介、横田栄司、内田健司、たかお鷹、鳳蘭、平幹二朗ほか。

蜷川幸雄演出の「ハムレット」というと、今から20年前の1995年に上演された真田広之のハムレット、松たか子のオフィーリアによるものがBSで放送され、私はそれを録画して何度も観ている(真田と松のコンビによる蜷川演出の「ハムレット」は1998年に再演された)。その時には蜷川は「ハムレットは世界史上最高の人格者」という解釈を行い、真田広之もそれに相応しい毅然としたハムレットを演じていた。松たか子は「ハムレット」上演時には無名であり、私も映像を観ていて「22、3歳ぐらいの女優さんかな? 上手いな」と思ったものだが、実はこの時、松たか子はまだ18歳であった。松たか子がブレークするのは翌1996年の連続ドラマ「ロングバケーション」や大河ドラマ「秀吉」への出演、紅白歌合戦の史上最年少司会者を務めてからである。

その後も、蜷川は、後に夫婦となる市村正親と篠原涼子のコンビでハムレットを上演、そして、藤原竜也のハムレットによる上演が2003年に行われている。藤原竜也主演の「ハムレット」上演は12年ぶりとなる。2003年の上演時にオフィーリアを務めたのは鈴木杏であったが、今回はなんとオフィーリアに満島ひかりを抜擢するという荒技である。オフィーリアは14歳という設定なので、二十歳前後の女優が演じることが多いのだが、満島ひかりは今年で30歳。しかも既婚者というおよそオフィーリアらしからぬ女優を選んだことになる。また満島ひかりの弟である満島真之介も出演するが、役柄上では満島真之介がレアティーズで兄、満島ひかりがオフィーリアで妹と、実生活とは逆になっている。ややこしい。

藤原竜也は多彩な演技が可能な俳優であるが、流石に「世界史上最高の人格者」は無理であるため(真田広之は品があるため可能だったのだが)、人間の汚らしさを呪うという、オーソドックスなハムレット像に近いものになっている。

「ハムレット」に関する論文は、世界文学史上でも一、二を争うほど多いと言われ、「ハムレット研究者はハムレットに関する論文を読むのに忙しくて、『ハムレット』を読む時間がない」と皮肉られていたりする。

「ハムレット型性格」という言葉があり、理論でがんじがらめになって行動できないような人物を指すのだが、他の人物がハムレットを評したセリフを読んだり聞いたりすると、ハムレットが優柔不断な人物であるとはどうしても取れない。オフィーリアのハムレット評のセリフは多少贔屓目ではあるだろうが手放しの絶賛である。その人格は味方であるホレイシオのみならず、敵であるはずのクローディアスまで讃えるほど優れたものであるようだ。なら、なぜハムレットはすぐに復讐を成し遂げることが出来ないのか。「すぐ復讐してしまったら劇が成り立たない」という野暮は置くとして、この謎こそがハムレットという劇と人物の不可解さを招き、多くの演劇学者、文学者が謎解きに挑み続けてきたのである。実際、ハムレットはポローニアスは何のためらいもなく刺し殺しており、迷って行動できない臆病者でもないのだ。

ただ、ラストでわかるのは、「人間とはどうしようもないほど愚かな生き物だ」ということであり、それがわかっていながら人間であるが故に我々も同じ轍を踏むことを避けられないという劇と現実との二重の意味において悲劇として胸に迫るのである。

今回の「ハムレット」のセットは、「ハムレット」が日本で初めて上演された19世紀末の日本の貧民街をモチーフに建てられたものである(スクリーンが降りており、日本語と英語で説明されている)。壁はぼろぼろ、破れガラスに崩れそうな屋根瓦。二階部分に幅の狭いベランダがある。上演は本番ではなく、最後のリハーサル(ゲネラル・プローベ)という設定である。河合祥一郎の日本語訳テキストを使っているが、実は河合訳の「ハムレット」は最新の翻訳だが、“To be or not to be, That's the question.”を「生か死かそれが問題だ」と最もよく知られた訳でそのまま訳した初の「ハムレット」なのである。当該するセリフを「生か死かそれが問題だ」と訳したものは普及しているが、「ハムレット」全編を訳した戯曲や台本の中では、一番有名な訳は避けられてきており、そのまま取り入れたのは河合が初めてなのだ。

先王ハムレットの亡霊はクローディアスを演じる平幹二朗が二役で行うが、他にも亡霊役の俳優が何人かおり、亡霊が一瞬で移動したかのように見えるような工夫がなされている。

ハムレット役のセリフ量は演劇史上1位と言われており、覚えるのも大変だが、早口で言わないと上演時間が4時間以上掛かってしまうため矢継ぎ早にセリフを発さないといけない。藤原竜也もかなりの早口でセリフを奏でる。

満島ひかりのオフィーリアであるが、普通のオフィーリアを演じている時の満島ひかりの演技は思ったよりも平凡である。狂気の場面の演技は流石であったが、彼女ならもっと出来そうだとも感じた。

目新しいのはフォーティンブラスに、さいたまネクスト・シアターの内田健司を当て、神職のような衣装を纏わせて聞き取れないほど小さな声で演じさせたことである。こうすることで、フォーティンブラスがノルウェーの勇者ではなく、「愚かな人間に引導を渡しに来た天からの使い」のように見える。別の言い方をするなら「機械仕掛けの死神」だ。シェイクスピア上演としては異端であろうが、「ハムレット」で描かれる、「獣よりも愚かな人間という存在」を浮かび上がらせるには効果的な演出であった。

全体的に和のテイストを取り入れており、真田ハムレット版同様、雛飾りが劇中劇の場面で用いられる他、歌舞伎のツケが響き、読経や声明などが流れる。一方でグレゴリオ聖歌も流れるなど、単に日本的要素で固めただけではない。

今回のハムレットは、さいたま公演、今回の大阪公演を経て、台湾、そしてシェイクスピアの本場・イギリスでも上演が行われるという。俳優の演技や和の要素よりも、フォーティンブラスの新解釈がどう捉えられるのか興味がある。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年4月 9日 (木)

ビル・エヴァンス(ピアノ・ソロ) 「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 8日 (水)

コンサートの記(183) ペンギン・カフェ来日公演2014京都

2014年9月24日 京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール・ムラタ」にて

午後7時から、京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール・ムラタ」で、ペンギン・カフェの来日演奏会を聴く。ペンギン・カフェは日本各地で演奏会を行うが、今日の京都公演などでは山田せつ子の振付によるダンスも披露される。

ペンギン・カフェは、カフェと付いているが本当のカフェではなく、イギリスのミニマル系コンテンポラリーバンドである。1970年代にサイモン・ジェフスが創設したペンギン・カフェ・オーケストラが基となっており、サイモンの死後は息子のアーサー・ジェフスがリーダーとなってメンバーを一新し、ペンギン・カフェに名前を縮めて活動を続けている。

曲目は、「Telephone」、「Catania」、「Blue Jay」、「Swing the Cat」、「Solaris」、「1420」、「Nothing Really Blue」、「Landau」、「Giles Farraby's Dream」、15分間の休憩を挟んで、「Southern Jukebox」、「Odeon」、「Bemba」、「And Yet」、「Paul's Dance」、「Popetum Mobile」、「Bean Fields」、「Taxi」、「Bemba」、「Black Hibiscus」

リーダーのアーサー・ジェフスを始め、複数のメンバーが幾つもの楽器をこなすという器用な演奏家の集団である。トークはアーサー・ジェフスが全て英語で行うが、月曜日に聴いたグレン・ミラー・オーケストラ同様、音楽で使われる単語はバラエティに富んだものではないため何を言っているのか大体はわかる。アーサー・ジェフスはまず、「今晩は雨の中をお越し下さりありがとうございます」と言った後で、「私の父親(サイモン・ジェフス)は、来日した際に、よく京都の寺院に行って曲想を練っていました。ですので、今日は音楽の故郷に帰ってきたような心地です」と続ける。

ダンスであるが、木野彩子と小田直也(大駱駝艦)がペンギンの格好をして行う。衣装担当は岩切明香。
まず、舞台下手側からペンギンの顔の阿像を手にした小田直也が、上手側から同じく吽像を手にした木野彩子が出てきて、ステージ下の通路に降り、中央に来たところで、ペンギンの顔をかぶり、再度舞台に上がってメリハリのしっかりしたダンスを披露する。その後は、ユーモラスな振付のダンスなども行われた。アーサーは二人のダンサーを「マジック・フレンズ」と呼ぶ。ちなみに聴衆のことは「ラブリー・オーディエンス」と呼び、ここでアーサーは拍手が欲しかったのだが、拍手が起こらなかったため、自分で拍手をして聴衆にも促し、笑いを誘った。

音楽性であるが、やはりイギリスのミニマル・ミュージックということで、ミニマル・ミュージックの創設者とされるマイケル・ナイマンを想起させるものがある。一方で、サイモン・ジェフスは坂本龍一と友人であり、坂本龍一と同じエイベックスから地球に優しい、デジパック特別仕様のジャケットのCDをリリースしていたということもあって、坂本龍一的な音楽を奏でることもある。坂本龍一はマイケル・ナイマンのことが嫌いなようだが、元々は坂本龍一もナイマンの影響を受けてミニマル・ミュージックを作成していたということもあり(「HAPPY END」という曲が坂本が作曲したミニマル・ミュージックの中では一番有名だと思われる)、音楽性は親しいものがあるのである。イギリスやアイルランドの民俗音楽も取り入れており、アーサーが「アイルランドや、スコットランド(U.K.からの独立が住民投票で否決された直後ということもあり、アーサーが「スコティッシュ」と強調して言って笑いを取っていた)の音楽で使われる楽器を演奏します」と言って、ティン・ホイッスルを吹いたりした。
ヴァイオリンも演奏されるが、クラシック寄りのポピュラー音楽であるため、フィドルと書いた方が適切な気がする。コントラバスはピッチカートのみの演奏であるため、ジャズ風にダブルベースというべきであろう。

ラストの曲目である「Black Hibiscus」は、ショパンの夜想曲第20番(遺作。ちなみにショパンの場合は、遺作というのは最後の作品というわけではなく生前に楽譜が出版されなかった曲のことである。以前は、「習作同然」と見なされて余り演奏されない曲の方が多かったのだが、1980年代からは演奏される機会が増えた。夜想曲第20番は映画「戦場のピアニスト」でメインテーマとして扱われたため、ショパンの遺作の中でも知名度がかなり高い1曲である)の旋律を基にしたもので、中南米のリズムを取り入れて哀切なメロディーが賑やかに演奏された。

アンコールは2曲。まず、「Harry's Piers」では振付担当の山田せつ子が自身でソロダンスを披露し、ラストの「Music For Found Harmonium」はアーサがタイトル通りファウンド(見つけた。京都で捨てられていたものをたまたま拾ったのだという)ハルモニウム(小型オルガン)を演奏、大いに盛り上がる。

ポピュラー、クラシックのどちらの要素も兼ね備えたバンドであるが、どちらかというとポピュラー好きの聴衆が多いようで、自然発生的に手拍子が起こるなど、楽しい演奏会で会った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 6日 (月)

コンサートの記(182) シベリウス生誕150年 尾高忠明指揮札幌交響楽団東京公演2015

2015年2月17日 東京・溜池山王のサントリーホールにて

午後7時からサントリーホールで、尾高忠明指揮札幌交響楽団東京公演2015を聴く。生誕150年記念オール・シベリウス・プログラム。交響曲第5番、第6番、第7番が一気に演奏される。

尾高忠明は現役の日本人指揮者としては藤岡幸夫と並んで最も盛んにシベリウスの楽曲を取り上げている指揮者である。札幌交響楽団とは「シベリウス交響曲全集」を完成。交響曲第1番、第2番、第3番がすでにリリースされ、あとの4曲も発売を待つばかりである。

尾高と札響は昨年も一昨年もサントリーホールでの東京公演でシベリウスの交響曲を取り上げており、3年がかりの東京におけるシベリウス交響曲チクルスが今日で完結することになる。

札幌交響楽団は道内唯一のプロオーケストラ。北海道は広いのであと2つ、旭川と帯広あたりにプロオーケストラがあってもいいと思うのだが、札幌だけが飛び抜けて人口が多いということを考えると現状の道内にプロオケが一つというのはやむを得ないのかも知れない。
北海道の音楽大学は、札幌大谷大学という、真宗大谷派運営の、名前だけでは音楽大学とはわからないものがあるだけ。北海道教育大学岩見沢校にも音楽の専攻があるようだ。ということで、北海道出身者が札響のメンバーの大多数を占めるというわけではなさそうである。

オーケストラの性能は、日本のオーケストラとしては中堅に入ると思う。札幌は大都会とはいえ、中央から離れた地にあってこれだけのレベルに達しているのは大したものである。

交響曲第5番。今日は尾高は全曲ノンタクトで指揮する。拍を刻むことは少なく、出だしと長さを示すタイプのものである。
弦のヒンヤリとした音に好感が持てる。金管がたまに強すぎる場面もあったりしたが、今日は1階席の最後列という余り響きの良くない席で聴いたので、もし席が違ったら印象は変わったかも知れない。
興味深かったのは第1楽章で、自然の畏敬というより畏怖を感じさせるような場面があったこと。他の演奏ではそのようには感じられなかったのだが、あるいは尾高の発見の方がよりシベリウスらしいのかも知れない。

交響曲第6番。繊細な音のタペストリーが編まれていく。弦はやや薄手であるが、グラデーションを徐々に変えていく様は見事で、時には胸が痛くなるほどに美しい。管楽器も総じて優秀である。

交響曲第7番。理想的な演奏である。私の席の位置の関係もあってか、サントリーホールの演奏にしては鳴りが悪いが、それでもシンとした音色の弦と輝かしい管による響きは魅力がある。金管は時折強すぎるように感じ、そこだけは残念であったが、全般としては優れたシベリウス像を生み出ししていた。

アンコールはシベリウス生誕150年ということで、「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」。予想通りの曲目である。颯爽とした速めのテンポでスタート。弦楽器群の繊細な音の積み重ねが輝かしい響きを生んでいく。日本のオーケストラとしては第一級の「アンダンテ・フェスティーヴォ」であった。

なお、尾高忠明は今年の3月をもって、10年間務めた札幌交響楽団音楽監督を任期満了により退任。音楽監督として札幌交響楽団を指揮するのは今日が最後である。今後は名誉音楽監督として札幌交響楽団の運営に携わっていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 4日 (土)

観劇感想精選(148) 三谷文楽「其礼成心中」

2014年8月7日 京都劇場にて観劇

午後3時30分から、京都劇場で、三谷文楽「其礼成心中」を観る。三谷幸喜が初めて挑んだ文楽(人形浄瑠璃)のための作品。一昨年に東京・渋谷のPARCO劇場で初演。昨年に再演され、今回が関西での初上演となる。私は初演時のチケットを手に入れていたのだが、病気が芳しくなくキャンセルしている。

文楽は大阪が本場であるが、橋下徹が、文楽の助成金を問題にし、「曽根崎心中」を観て、「面白くなかった」、「演出に工夫がなかった」などと批判している。橋下が、東京で「其礼成心中」という新作文楽が上演されていることを挙げて、「新しいものにチャレンジしないと」などとも言っていたが、ならば橋下は「其礼成心中」なら面白く観劇できるのか? 答えは間違いなく「NO」である。「其礼成心中」はそもそもが「曽根崎心中」という文楽作品を知っていることを前提に書かれており、更に近松の代表作の一つである「心中天網島」の“橋づくしの場”がそのままで上演されるシーンもある。「曽根崎心中」も理解出来ないようなお馬鹿さんが「其礼成心中」を楽しめるはずがないのだ。

まず三谷幸喜人形が登場し、「其礼成心中」の概要を述べて、「東京都民の80%は観たのではないでしょうか」と誇大宣伝を行う。「自信作であり、京都では大文字焼き(あー、「大文字焼き」って言っちゃったよ)と並ぶ夏の風物詩にしたい」と抱負も述べた。

「其礼成心中」の舞台は、元禄年間の大坂。元禄16年(1703)に大坂竹本座で初演された近松門左衛門の「曽根崎心中」が大当たりしたため、心中が社会現象となっていた(これは史実である)。今夜も、六郎とおせんという恋人が心中しようと、お初、徳兵衛が心中して果てた露天神の森にやって来る。そして、「曽根崎心中」の“此の世の名残、夜も名残”という有名な歌で心中しようとしたところに、天神の森で鶴屋という饅頭屋を営んでいる半兵衛に妨害される。天神の森で心中が流行っているため、饅頭屋にやって来る人が減って、迷惑しているので、半兵衛は夜な夜なパトロールしているという(英語はそのまま使われることが多い)。

半兵衛は、もうちょっと行けば淀川があると言って、二人を追い立てるが、二人はまだ森の中にいるうちに再び心中を図る。しかし、半兵衛がやって来て、またも心中を阻む。半兵衛は二人に「頭を冷やせ」と言い、そのまま鶴屋に呼ぶ。六助は油屋の手代であり、おせんは油屋の主人の娘ということで身分違いの恋であり、叶わぬ恋ならあの世で添い遂げようと心中することにしたのである。半兵衛は「そんなの、お初、徳兵衛に比べれば子供みたいな悩みだ」と一蹴する。半兵衛の妻・おかつは、二人にアドバイスする。納得して帰る六郎とおせん。その姿を見て、半兵衛は、おかつを「曽根崎の母」として、お悩み相談&饅頭売りのダブルビジネスモデルを考えつく。

半兵衛の読みは当たり、饅頭を曽根崎饅頭として売り出した鶴屋は大繁盛。しかし、それも長くは続かなかった。大坂竹本座で、近松門左衛門の「心中天網島」が上演される。半兵衛とおかつの夫婦も竹本座に「心中天網島」を観に出かける。“橋づくしの場”が実際に上演され、それを観た半兵衛夫妻は感銘を受けるのだが、二人の娘であるおふくが、網島で「かきあげ天網島」が売られており、大ヒットしていると告げる。心中の客は網島へと流れてしまい、鶴屋は思い切り傾く。「これも全て近松門左衛門のせいや」と考えた半兵衛は近松に直談判に行く。しかし、近松は「何を書こうがわしの勝手」と言い、半兵衛の「『曽根崎心中』の続編を書いて欲しい」という願いも当然ながら断る。
そして、「どうしても書いて欲しければ、わしが書きたいと思うような、心中を起こすんやな。それなりおもしろかったら」芝居を書いても良いと半兵衛を退ける。

「それなりに面白い」と言われても、戯作者ではない半兵衛には「それなりに面白い心中」など思いつかない。だが、その直後に娘のおふくが、「かきあげ天網島」のうどん屋の若旦那・政吉と恋に落ちていることが判明して……

文楽の台本というと、情緒的というか内省的というか、日本人的な細やかさが出て、内へ内へと向かい、時に情に流れる傾向があるのだが、アメリカの映画やテレビドラマを好む三谷の書く台本は逆に開放的であり、登場人物と一体化するのではなく、俯瞰的な角度から人間を描いているようなところがある。これまで書いた台本は全て当て書きという三谷であるが、今回は当て書きする俳優がおらず人形のみだったため、三谷の構築力が前面に出ているところがある。
人形の動きで笑いを取るのはやり過ぎだと思うが、伝統芸能の枠を拡げようという意図は明確に伝わって来た。
幕を使った、文楽でしかなし得ない大見得の場面もあり、良い意味で見事なShowになっていたと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

栄養学に関する

様々な本を読んでいるのですが、完璧な栄養摂取は目指してもほぼ不可能であることがわかります。あちらが立てばこちらが立たず、栄養価の高いものでもそればかり食べていてはバランスを欠く。ということで、栄養学に特に詳しい人以外は、「好き嫌いせずに何でも食べる」というのが取りあえずの理想に近いようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 3日 (金)

新しい詩が出来ました

例によって分かりにくい内容なのですが。

こちらにリンクを張っておきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 1日 (水)

笑いの林(37) 「EVEMON TKF!」2015年1月5日

2015年1月5日 大阪・心斎橋のコラントッテホールにて

午後7時から、心斎橋にあるコラントッテホールで、「EVEMON(エブマン) TKF!」を観る。たむらけんじが主宰する毎週月曜日開催のお笑いイベント。コラントッテホールは常設の劇場ではなく、コラントッテという中規模企業の2階にある、普段は会議室か何かに使われているスペースを転用した箱である。

出演者は、ツートライブ、守谷日和、中山女子短期大学、もりやすバンバンビガロ、ロシアン生まれ、ヒューマン中村(以上、持ち時間5分)、カベポスター、雀公演、ちびシャトル、人妻ニャンコ、ガオ~ちゃん(以上、持ち時間2分)、シュークリーム、桜 稲垣早希、がっき~、モンブラン、おいでやす小田(以上、持ち時間5分)、ゲスト:ファミリーレストラン(持ち時間10分)。

午後6時30分に開場、整理番号順の入場となるが、そのちょっと前にたむけんさんが普通にコラントッテの前にタクシーで乗り付けて、普通に並んでる人達に「こんにちは」と言いながら会社の入り口から入って行った。

ツートライブ。カリスマ美容師ネタで、先輩美容師が後輩美容師に店を譲るので秘伝の策を授けたいというのだが、ハサミの長さが長すぎたり、全く意味のない技法だったりで、結局、店を譲るのを止めてしまうところで終わりとなった。

守谷日和(男性ピン芸人)。都会生活から離れ、自然の中にログハウスと建てつつある男を守谷日和が演じる。この場所では土が食べられるというのだが、食べた守谷はその後、腹が痛くなってしまう。大木も頼もしいというのだが、それに触れた守谷の手はかぶれてしまう。そして、守谷はログハウスに玄関を作るのを忘れていたのだった。

中山女子短期大学(男性ピン芸人)。測量士の格好をして登場し、客席中央の通路を通って、お客さんの手を借りて測量を行うのだが、測量を終えて割り出したコラントッテホールの形は何故か☆。それから中山女子短期大学は、尾崎豊の「卒業」の替え歌「測量」を唄い、測量をそんなにあちこちでする意味があるのかと疑問を呈したりする。

もりやすバンバンビガロ。普段はタッパの高い一輪車に乗っているのだが、コラントッテホールは天井が低いので歩いて登場。バスケットボールを右手の指の上で回し、背中で左手の人差し指にバトンタッチして1回転という芸をやるが、3回ともうまくいかず、4回目でなんとか成功。林檎を食べながらのジャグリングは上手くいったが、頭の上に紙風船の付いたカチューシャを置き、クラブをジャグリングして、紙風船を割るという芸は何度やっても上手くいかず、遂にはカチューシャがずれて紙風船が後ろに行ってしまう。もりやすは紙風船を手に取って割り、それで無理矢理成功ということにした。

ロシアン生まれ。やまぐちが「豊が死んだ」というので、山城が「友達か?」と聞くと、やまぐちは「尾崎豊だ」と答える。「え? 2015年になって尾崎の死を悲しむ?」と山城は不思議に思う。そこからやまぐちが尾崎の歌のタイトルを挙げていくのだが、「測量」とさっきの中山女子短期大学のネタも借用していた。

ヒューマン中村。「余字熟語」ネタである。元日に観たネタより更に練り上げられており、完成度が高くなっている。R-1でやるようなので、前回以上のネタばらしはしないが、ヒューマン中村は今年はR-1を制すのも夢ではないと思われる。

2分組の前に、たむらけんじによるトークがあるのだが、「まさか尾崎豊がこの時代にかぶるとは」と言っていた。またヒューマン中村のネタを誉めた後で、「ピークに持ってくるにはまだ早いんちゃう? 本番で息切れせんようにな」とも語った。

2分組には、まだ駆け出しの芸人が並ぶ。

カベポスターは、紙相撲が面白いというのだが、ルールが出鱈目というネタ。

雀公園はマイクがあるのに大声を出すので少しうるさかった。料理の話になり、三上がシタビラメのムニエルの話になるのだが、兼信(かねのぶ)が「お洒落すぎる。ただモテたいだけちゃうんか」と言って口論になるという内容。

ちびシャトル。ゴーグルを付けているのが特徴の男性ピン芸人である。背が低く、ゴーグルを外さないので目の表情がわからない。フリップ芸をやるがシュール過ぎて面白さが伝わってこない。

人妻ニャンコ。元つぼみの女エロ芸人で、普段は体操着にブルマなど変わった格好をしているが、今日はスリットの入ったスーツ姿で登場。つぼみにいたというだけあって、フォーマルに近い格好をしていると外見はなかなかいい女である。
結婚式の司会者を演じるのだが、エロネタ全開であった。

ガオ~ちゃん。「EVEMON」に出演するのは21回目だというが、なかなか受けないのだそうだ。様々なスタイルで「ガオ~」と吠えてみせるのだが、余り笑いには結びつかないように思う。

再び5分組。

シュークリーム。3日に道頓堀ZAZA HOUSEでやったネタの、受けが良かったところをミックスした内容。吉岡久美子が、「今度の合コンで女の子一人抜けたから、しよりを誘おうと思って」というのだが、しよりは、「じゃあ、男受けの良い格好で行く」と言って、吉岡に「わかるのと?」と聞かれると、「ナースでしょ。ブルマ、スクール水着」などと答え、吉岡に「『和○』にスクール水着で来たら追い出されるよ」、しより「ちゃんと髪の毛、キャップの中に入れるから」、吉岡「髪の毛の話やない」と続く。

最前列の3人を合コン相手に見立てて、吉岡が3人を絶賛、しよりはどうでも良いところを誉めるとうネタは今日も行われた。また、しよりによるサビなしの「Let It Go」も唄われた。

桜 稲垣早希。今日も「シータの替え歌単独ライブ」をやる。今日もお笑いのライブなのにサイリュームを振るお客さんがいるというシュールな光景が笑いを誘う。
3日の公演では歌のテンポが悪い場面も見られた早希ちゃんであるが、今日は歌の調子が良く、楽しめる。

今日も最前列にいる二人と握手した後で、三人目のお客さんが持っていたサイリュームを取り上げて、二番目に握手をしたお客さんに渡すというパフォーマンスをやって笑いを取った。

「早希ちゃんは、明日、明後日と劇に出演するはずなのに、こういうのに出ていて大丈夫なのかな?」と思っていたが、やはり夜中に舞台稽古があるようで、公演には最後まで出演したが、終演後のハイタッチでお見送りには参加せず、そのまま稽古場に向かった。

がっき~。「桜 稲垣早希ファン」としての方が有名な芸人である。本名の稲垣昌秋名義で出演することもある。
まず、「シュークリームと桜 稲垣の後に出るなんて、なんで俺だけがこんな目に」と崩れ落ちて、客席の笑いを誘う。
カイジの格好をしているが、左右に箱を用意しており、中に入ったカードを一枚ずつ引いて、出来上がった言葉を演じてみるという芸。「壊れてしまった」「福山雅治」などでは福山雅治の物真似もやるが思ったよりも似ていて、芸達者であることがわかった。

モンブラン。もともとは漫才コンビであったのだが、今は大道芸がメインになっている。
脚立の上に筒状のものを置き。その上に板を置いて、その上にモンブラン・木下が乗ってバランスを取りながら足に輪っかを通すという芸。かなり難度が高いと思われるのだが、何とか成功させた。

おいでやす小田。外見はどことなくヒューマン中村に似ている。
「演奏記号」というネタ。演奏記号を見せて、日常会話の中でそれが使われてるケースがあると紹介する。「♯」は、おばちゃんが「もしもし~」と言うときに語尾が上がることを指す。「fp(フォルテピアノ)では、「あいつさー、嫌な奴、あ、いたんだ」とある人の悪口を言おうといたら当人がすぐそばにいて急に声が小さくなるという状況で使われる。「f(フォルテ)」は、「もうやめろや!」という子供の叫び。「ff(フォルテシモ)」は。「あー、志村けんだー!」という言葉で用いられるという。「クレッシェンド」は、「もう、いい加減起きない!」という言葉が段々大きくなっていくそうだ。

ゲストのファミリーレストラン。滋賀県の住みます芸人であるファミリーレストラン。下林が「東京ディズニーリゾートや大阪のUSJみたいなアミューズメントパークが滋賀にも欲しいよね」と言うと、原田が、「何いうてんの。滋賀にもあるよ。南郷水産センター」と答えて、下林に「地味すぎる」と却下される。

下林が、「隣の京都には宇治平等院鳳凰堂などの世界遺産が沢山ありますが」と言うと、原田が「平等院鳳凰堂は一つだけやろ。平和堂は沢山あるねんで。各駅に一つずつある。高槻にまである」と返して、「平和堂はスーパーやないか」と下林に突っ込まれる。

その後、下林が怪人に扮し、原田演じる正義の味方グループと戦うことになるのだが、原田は滋賀県の名産品を冠した色のつくものを隊員名として挙げ、結局、8人組ほどの大所帯になってしまった。

ゲームコーナー。赤組と青組に分かれ、言葉&ジェスチャークイズを行う。赤組は、ツートライブの2人、守谷日和、中山女子短期大学、ガオ~ちゃん、桜 稲垣早希、おいでやす小田。青組は、ヒューマン中村、ちびシャトル、がっき~、シュークリームの2人、ファミリーレストランの2人。

各チームのうち、代表が1人出て、他の6人と向かい合う。代表者の背後には、答えとなるワードがスケッチブックに表示されているのだが代表者には答えは見えない。そこで、他の6人が言葉だけで答えとなるワードのヒントとなる動きを伝えていき、代表者は自分が行っているジェスチャーが何を表しているのか当てるというゲーム。トップバッターのファミリーレストラン・原田の例を挙げると、答えは「ピッチャー」で、ヒントとなる言葉としては、「手挙げて(原田は右利きである)、前に降ろして」、「左脚挙げて」、「右手後ろに持ってって。そのままぐるっと回して降ろして」といったようなものが伝えられた。

一番出来が悪かった人には尻バットの罰ゲームがあるのだが、選ばれたのは早希ちゃん。「チアガール」というお題だったのだが、「両手挙げて、横に出して」、「足踏みして」、「両手前に出して」などというヒントが味方の芸人から出されたが早希ちゃんはわからず、「しゃがんで。左手上に挙げて、右手横に出して、手、グーにして振って」というヒントが出されたが、早希ちゃんは「モーニング娘。の右端の人」と答えて、正解を出すことが出来なかった。早希ちゃんは、チアリーダーの格好をして大阪ガスのWebCMに出ていたこともあるのだが、早希ちゃんのことなので、もう忘れているのだと思われる。

たむけんは、プラスチックのバットで、早希ちゃんを叩いた後で、「興奮する。今日、寝れんかもしれん」と言い、他の芸人も「客席にも喜んでる人、結構いますよ」と言っていたが、男というのは基本的にSっ気のある人が多いので、ちょっと嬉しいというのが本音だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »