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2015年5月21日 (木)

コンサートの記(191) 「西本智実プロデュース 座オペラ in 南座~オペラ『蝶々夫人』全幕上演~」(再演)

2015年1月31日 京都四条南座にて

午後4時から、京都四條南座で、「西本智実プロデュース 座オペラ in 南座~オペラ『蝶々夫人』全幕上演~」を観る。西本智実が指揮と演出を手掛けたオペラ上演である。京都と東京で公演があり、京都は四條南座、東京は新橋演舞場と、どちらも歌舞伎をメインとした劇場でオペラの上演が行われる。午後3時30分開場予定であったが、屋外が吹雪いてきたため、3分ほど早めの開場となった。

「座オペラ in 南座~オペラ『蝶々夫人』全幕上演~」は再演である。初演の時もチケットは手に入れていたのだが、持病が思わしくなく、観に行くことは出来なかった。

京都でも東京でも芸妓が出演する。今回の京都公演では祇園甲部の芸妓と舞妓が登場し、井上八千代の振付で踊る。東京公演では新橋の芸者が出演する予定である。西本の発言によると別演出になる模様。

西本智実が自ら組織したイルミナートフィルハーモニーオーケストラを指揮しての上演。西本の演出であるが、幕を何枚も垂らし、バックライトで影絵を作ることが多いのが特徴。一方で、演技については西本は詳しくないようなので、個々に任せている部分が多いようだ。日本ではコンサート指揮者としてのみ知られている西本だが、実際はオペラ指揮者としての経験も豊富とはいえないもののある。

蝶々夫人はダブルキャストであり、今日は佐藤路子が、明日は青木エマが歌う。ピンカートンにジャンルーカ・シャルペリッティ、シャープレスに田中勉、ゴローに中井亮一、スズキに野上貴子、ケイトに松岡万希。

南座はオーケストラピットがないため、イルミナートフィルハーモニーオーケストラが舞台の上に上がり、舞台上手半分がオーケストラのためのスペースで、オペラ歌手達が演じるのは舞台下手半分の空間となる。

廻り舞台を使用。まず、西本とイルミナートフィルのヴァイオリン奏者達が舞台奥の影になった部分におり、正面には竹が数本立っている。定式幕が開くと、芸妓が一人立っており、稀音家温子(きねや・あつこ)の三味線、梅辻理恵の琴による「さくらさくら」に合わせて踊る。途中からは謡いも入る。上手からピンカートンとゴローが登場し、芸妓の舞を眺めてピンカートンが満足した後で二人は下手に退場。

その後、廻り舞台が回転し、西本とイルミナートフィルのメンバー全員が舞台上手側に揃う。舞を演じていた芸妓はセリで退場する。そこで、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」スタート。

ピット内では、オーケストラの配置がバラバラになることが多いのだが、今日は舞台上で演奏するため、ドイツ式の現代配置に近いスタイルで演奏することが可能である。

西本の指揮であるがコンサートの時よりもオーバーアクションである。ただ、指揮姿は端正で指示もわかりやすい。先日、三ツ橋敬子の棒の上手さに驚嘆したばかりだが、かつて「女は将軍と指揮者にだけはなれない」といわれたことがあるように、女であるというそのことだけで指揮者としては不利であり、女性が優れた指揮者であると認めて貰うための最初の武器は巧みな棒捌きということになるのであろう。

イルミナートフィルハーモニーオーケストラはコアメンバーは決まっているが、その他は公演毎にオーディションで選ばれたメンバーが加わるという形式を取っているようである。指揮者として元・京都市交響楽団のコンサートマスターで、今は以前所属していた東京交響楽団のコンサートマスターに出戻ったグレブ・ニキティンも所属していたりする。
演奏であるが、南座が音響設計された劇場ではないということもあり、最初は弦がひりついて聞こえたが、そのうちに気にならなくなる。想像していたよりもアンサンブルは上質である。

今日は3階3列3番という3並びの席での鑑賞。野球ならトリプルスリーで良かったのだが、客席だと3が揃っても特に意味はない。なお、西本智実は女性のファンが多い指揮者であるため、今日も女性客が大半であった。

無料パンフレットに西本の「蝶々夫人」上演に当たってのメッセージが書かれているが、海外の歌劇場でも西本に「『蝶々夫人』を振らないか」というオファーはあったそうである。日本が舞台である「蝶々夫人」だけに日本人の指揮者が好ましいと思われたのであろう。ただ、西本は断ってきた。理由は「演出上の日本人に対する捉え方や、歌手達の立ち居振る舞い等に共感できなかったから」だそうだが、確かに海外のプロダクションが手掛けた「蝶々夫人」は酷いものが多い。DVDで入手できる「蝶々夫人」の映像の中には「蝶々夫人」なので虫のコスチュームというとんでも演出版がある。日本人が演出を手掛けたものはまだましだが、映像では入手出来るものはない。

プッチーニが用いた台本も、日本に関して中途半端な知識で書かれたものであり、仏教と神道がごっちゃになっていたり(もっとも、江戸時代までは神仏習合は普通であったが)、わけのわからない呪文があったり(最近になって、それが「猿田彦」を表す言葉であることがはっきりした)、プッチーニが採取した日本の旋律も用途が別のものであったりする。

そうした諸問題をクリアするには日本で「蝶々夫人」を上演するしかないわけで、西本が指揮者デビューした場所である京都と、ポストを持っている東京で「蝶々夫人」の企画を立ち上げた。

ハーフサイズステージでのオペラということで、豪華な舞台セットは用いられず、先に書いたように布を効果的に使った上演が行われる。また、花道も蝶々夫人が登場する場面などで用いられた。

蝶々夫人は、祇園甲部の芸妓や舞妓を引き連れて登場するが、彼女たちはぽっくりを履いているため、足音がガタガタとうるさいのが難点である。芸妓や舞妓の出演時間は短い。蝶々さんと一緒に出てきた人達(長崎・丸山の芸者である)は、本来は歌うシーンもあるのだが、祇園甲部の芸妓や舞妓にクラシックの歌唱をさせるのは無理なので、イルミナート合唱団の女性歌手達が袖で歌う。

第1幕は、ストーリー自体は起伏がないため、飽きが来やすいのであるが、西本は飽きさせないよう蝶々夫人の心理が変わる度に照明を変えるという演出を選ぶ。ただ余りにも頻繁に照明の色が変わるため、せわしない印象を受けてしまう。

プッチーニの書いたメロディーは魅力的。「星条旗」と「君が代」という、ピンカートンのアメリカ、蝶々夫人の日本の国歌のメロディーが登場する他、「さくらさくら」、「お江戸日本橋」、「宮さん宮さん」、「豊年節」(変換したら「法然節」と出た。「南無阿弥陀仏」と唱えるものなのだろうか?)などが用いられている。

西本の演出では、僧侶であるボンゾをバックライトによる影のみで出演させる。もともと着物姿で演じられるオペラであり、色物なのであるが、僧侶の格好はオペラに出演させるには更に奇異なので避けたのかも知れない。ちなみに、ボンゾは蝶々夫人に「我々の宗教を捨てたのか?」と問うが、実際に蝶々夫人やスズキが唱えるのは、イザナギ、イザナミ、猿田彦命、天照大神(音読みによる「てんしょうだい」という誤った読み方が伝わってしまい、プッチーニも「てんしょうだい」という言葉にメロディーを乗せている。西本の「プッチーニの作ったメロディを変更したくない」という意向により読み方は訂正されずに上演された)など、記紀の時代から伝わる神道の神々で、仏の名前は一つも出てこない。またスズキが夕方のお務めをする場面があり、これは仏教のしきたりのはずであるが、そこでも神道の神々の名前が読み上げられてしまっている。

最も有名なアリアである「ある晴れた日に」(実はJOYSOUNDのカラオケに入っていて、私は歌ったことがある)を佐藤路子は速めのテンポで歌う。少し素っ気ない気もするが、悪くはない。

ラストで、西本は幕にもう一人の蝶々さんの影絵を映し出すが、ここは意図不明である。西本は「(蝶々さんの)誇りと魂は決して死なない!」と書いているため、それを表したかったのかも知れないが、にしても妙な感じになっていることは否めない。

上演終了後、客席は沸き、出演者達は4度のカーテンコールに応えた。

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