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2015年6月の18件の記事

2015年6月29日 (月)

ブルース・スプリングスティーン 「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」

アメリカ史上初めてヴェトナム帰還兵の悲惨さを歌った「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」。煽るような曲調のためか、何故か愛国の歌と勘違いされたという歴史を持ちます。

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2015年6月27日 (土)

体温のエクリチュール

エクリチュールにおいては乖離と落差こそが最も注目に値するものである。

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2015年6月24日 (水)

コンサートの記(195) パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団来日演奏会2013京都

2013年11月2日 京都コンサートホールにて

午後3時から、京都コンサートホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団の来日演奏会を聴く。同コンビによる約2年ぶりの京都コンサートホールでの演奏会。パーヴォとパリ管の来日公演は今日が初日で、今後、西宮、東京、横浜、福井、倉敷を回る。東京は2回公演で、AプログラムとBプログラム両方のプログラムが演奏される。西宮がBプログラム。他は全てAプログラムである。

今日の演目は、シベリウスの「カレリア」組曲、リストのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ)、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(オルガン:ティエリー・エスケシュ)。

パーヴォとパリ管弦楽団のアジアツアーはまずベトナムでの公演を行い、日本に乗り込んできた。ベトナムで演奏会を行ってからの来日なので、欧州から直で来るよりも体力的には楽であり、名演が期待出来る。

パリ管弦楽団は、前回の公演同様、マネージャーとおぼしき人物が下手口に腕を組んで仁王立ちし、睨みを利かせている。

ドイツ式の現代配置による演奏。

シベリウスの「カレリア」組曲。管楽器の音はまろやかであり、弦楽のハーモニーも洒落っ気に満ちている。日本のオーケストラからは中々聴くことの出来ない音だ。
パーヴォの音のバランス感覚は抜群であり、弦も管も適度な抑制を持って、浮遊感のある音を出す。盛り上がる場面でも決してうるさくは響かない。「間奏曲」(「間奏曲」というタイトルであるが第1曲である。「カレリア」組曲は、劇附随音楽「カレリア」からシベリウスが演奏会用にまとめたものであり、劇附随音楽「カレリア」では本当に「間奏曲」であったものを、組曲では第1曲にしたので、こうした摩訶不思議な状態になっている)での立体感、「バラード」での哀切さ、「行進曲風に」での推進力とウィットに富んだ音楽作り、いずれも理想的である。

リストのピアノ協奏曲第2番。
ソリストのジャン=フレデリック・ヌーブルジェは、1986年生まれの若手。パリ音楽院を17歳で卒業後、2004年にロン・ティボー国際コンクール・ピアノ部門で4つの賞を得る。2006年には、ヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションに優勝。すでに6枚のCDをリリースしている。

ヌーブルジェのピアノは透明感があり、洒落ていて、リストというよりもフランスのピアノ音楽を聴いているような気分になる。パーヴォ指揮するパリ管弦楽団の伴奏もソリストに合わせた、クールで洗練されたものだ。
リストの音楽性からはやや離れているかも知れないが、聴いていて楽しいことは無類である。答えというものの存在しない音楽ならではの味わう喜びがある。

ヌーブルジェはアンコールとして、ショパンの夜想曲作品62の2を弾いた。ショパンの出自がフランスであることを再確認させられる、洒脱な美演であった。

メインであるサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。
冒頭の繊細で垢抜けた弦楽のハーモニーにまず魅せられる。日本のオーケストラも成長してかなり美しい音を出すようになっているが、そもそも和音に対する感覚の鋭さに違いがあるようで、ハーモニーの構築の上手さに関しては、日本のオーケストラはヨーロッパ勢に一歩譲る感がある。

パーヴォの指揮であるが、「見事」の一言。指揮棒やそれを振る手を始め、体の動きの全てが音楽に結びついている。現役の指揮者で最高のバトンテクニックを持っているのはおそらくパーヴォ・ヤルヴィであろう。

パリ管弦楽団の瀟洒な音色を生かした、傑出した演奏である。バランスはやはり最上に保たれており、ブラスが暴走したりするということは決してない。弦と管を上手く溶け合わせたマスで聴かせる演奏である。一方で、ティンパニなどの打楽器は思いっ切り叩かせており、フランス人の持つエスプリ・ゴーロワを生かしている。

サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は、全2楽章からなるという特殊な構造を持つが、各楽章が第1部と第2部に分かれており、結果的には全4楽章からなる普通の交響曲と大差ない(ただドイツの交響曲ほどには各楽章の音楽は明確な性格の違いはない)。第2楽章第1部の終わりで、金管群、続いてコントラバスが第2楽章第2部の主題をさりげなく奏でるのだが、パーヴォが指揮すると、その部分がさりげなくではなく、はっきりとよくわかる。パーヴォの楽曲把握能力と、オーケストラコントロールの高さが窺える部分である。

ノーブルでパワフルな快演を聴かせたパーヴォとパリ管とオルガンのエスケシュは喝采を浴びる。

サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は、広上淳一指揮京都市交響楽団によるエッジのキリリと立った演奏を生で聴いており、個人的には広上指揮の演奏の方が好きであるが、パーヴォとパリ管にもまた別の魅力がある。また、オーケストラの洗練度ではやはりパリ管の方が上だ。

アンコールは2曲。
まず、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」より“ハンガリー行進曲”。中身が濃く、弦も管も輝かしい音を聴かせる優れた演奏であった。

最後は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。速いパッセージが有名な曲であるが、技術的には完璧。歌劇自体はほとんど上演されることはなく、序曲のみが通俗名曲となっている「ルスランとリュドミラ」であるが、パーヴォとパリ管の演奏による「ルスランとリュドミラ」序曲は、通俗名曲から「通俗」の取れた、ゴージャスな名曲として響く。掉尾を飾るに相応しい秀演であった。

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2015年6月22日 (月)

サー・マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団 ヤナーチェク シンフォニエッタ

イギリスの隠れた名指揮者であるサー・マーク・エルダーが手兵であるハレ管弦楽団を指揮したヤナーチェクのシンフォニエッタ。2011年、プロムスにおけるライブ映像です。

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2015年6月20日 (土)

わかる

わかるというのは簡単なことではない。逆にいえば簡単にわかるものごとというのは底の浅いどうでもいいようなことでしかない。

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2015年6月19日 (金)

コンサートの記(194) 下野竜也指揮京都市交響楽団第590回定期演奏会

2015年5月10日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第590回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任客演指揮者の下野竜也。なお、京響は今年度から隔月で定期演奏会における同一演目による2回公演を行っており、この5月定期が京響定期演奏会史上初の同一演目2回公演となる。昨日1回目の演奏会があり、今日が2回目である。

曲目は、ベートーヴェンの、ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲(「トリプル・コンチェルト」の名前で知られる。チェロ独奏:ミッシャ・マイスキー、ヴァイオリン独奏:サーシャ・マイスキー、ピアノ独奏:リリー・マイスキー。ファミリーネームが同じであることからわかる通り、実の親子による演奏である)とコリリアーノの交響曲第1番。昨年の4月で下野が宣言したとおり、比較的マニアックな演目である。

同一演目で2回演奏会があるということで、京都コンサートホールは満員にはならなかったが、このプログラムで7割程度の入りなのだから支持されていると思った方が良い。ミッシャ・マイスキーのファンが駆けつけたということも考えられる。

午後2時10分頃から下野竜也によるプレトーク。来年度の定期演奏で指揮する曲がすでに決まっているそうだが、今日よりも更にマニアックなものになるそうである。マイスキー親子に関してであるが、実の親子ということで、リハーサルなどもアットホームな感じで行われ、「ソリストとして100点」だそうである。

今日の京都市交響楽団は大曲であるコリリアーノの交響曲第1番を演奏するということで特殊な配置。ベートーヴェンではいつものドイツ式現代配置に近いが、コリリアーノの時は金管群が最後列に来る。そのためなのか、古典配置に習ったものなのか、あるいは両方なのかはわからないが、ティンパニ(中山航平)は、指揮者の正面ではなく、舞台上手側に位置する。
コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに渡邊穣。フルート首席奏者の清水信貴、オーボエ首席の高山郁子、クラリネット首席の小谷口直子はコリリアーノの時のみの出演。ベートーヴェンでオーボエ首席の位置に座ったフロラン・シャレールは後半は出ないことも多いのだが、今日はコリリアーノの時もサード奏者として出演する。金管は私の座った席からは見えなかったのだが、トランペット首席奏者のハラルド・ナエスがコリリアーノの時に出演していたのが、演奏終了後に立ち上がったときに髪の色でわかった(前半は、早坂宏明と稲垣路子の二人がトランペットを吹いた)。

ベートーヴェンの、ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲。編成が特殊ということもあり、ベートーヴェンの作品の中でも取り上げられる回数の少ない作品である。私も生でこの曲を聴くのは多分二度目である。ピアノ三重奏という、室内楽ではよくある編成にオーケストラ伴奏がついたものだが、この曲の他にこうした編成で書かれた有名協奏曲は存在しない。チェロのパートが最も難しいことから、チェロの名手を想定して書かれたものと思われるのだが、どういう経緯でこの曲が書かれたのかは実はわかっていないという。

ヴィルトゥオーゾ3人によって演奏されることの多い曲だが、今日は親子による演奏ということで、室内楽的側面が強いものとなった。

チェロ独奏のミッシャ・マイスキーは現役のチェリストとしては一二を争うほどの人気奏者。ソ連時代のラトヴィア生まれだが、ユダヤ人の家系であり、姉がイスラエルに亡命したことからマイスキーは若い頃にソビエト当局によって強制収容所送りとなり、発狂を装って(佯狂/陽狂)強制収容所から抜け出し、懲罰的意味の兵役も回避したという経歴がよく知られている。経歴からだと変人系の個性派チェリストを予想しがちだが、実際は正統派とまではいかないが、王道に近いチェロを弾く奏者である。

ヴァイオリン独奏のサーシャ・マイスキーはミッシャの息子で、1989年生まれ。3歳の時にヴァイオリンを始め、イーゴリ・オイストラフという名手にも師事している。12歳でロンドンのパーセル音楽院に入学し優等で卒業。現在はウィーンでボリス・クシュニールに師事している。

ピアノ独奏のリリー・マイスキーはミッシャの娘で、パリに生まれ、ブリュッセルで育つ。4歳からピアノを始め、パーセル音楽院でクラシックの他にジャズ・ピアノも学んでいる。

下野指揮の京響はやはりピリオド・アプローチによる演奏。古典派まではすでにピリオドが当たり前の時代となったようである。ティンパニの中山航平もピリオド風の硬めの音色を鳴らす。

ミッシャ・マイスキーはスケール豊かなチェロを奏で、貫禄を見せる。サーシャのヴァイオリンもスケールは小さめだが、室内楽的なアプローチとしてはこれでも十分で音も美しい。リリーのピアノは残念ながら室内楽を意識したものだとしても迫力がなく、ペダリングが悪いためだと思うが音が団子になって聞こえる時がある。音色の魅力も今一つだ。ただ、純粋な室内楽のピアニストとしてなら活躍出来る余地は十分にある。アンコールとしてマイスキー親子はベートーヴェンのピアノ三重奏曲第4番「街の歌」より第2楽章を演奏したが、この時のリリーのピアノは協奏曲の時より良かったように思う。アンコール曲目では、親子ならではの息の合ったところも感じることが出来た。

コリリアーノの交響曲第1番。
ジョン・コリリアーノは1938年生まれの現役のアメリカの作曲家である。「エレジー(哀歌)」という小品が最もよく知られていると思うが、カナダ映画「レッド・バイオリン」の音楽でアカデミー音楽賞を受賞しており、そちらで知っている方もいるかも知れない。
抒情的な旋律とハーモニーを書く作曲家であり、哀感に満ちた音楽を得意としている。そうした点でサミュエル・バーバーの正統的な後継者ともいえる。ちなみにバーバーもコリリアーノも同性愛者であるが、そのことと音楽性に関係があるのかどうかはわからない(コリリアーノはバーバーに師事したことはない)。
バーバーの青年時代は同性愛に対する理解が今ほど進んではおらず、そのことでバーバーは苦悩したが、コリリアーノはゲイをカミングアウト出来る時代を生きており、その点ではバーバーよりも恵まれてはいるが、エイズが同性愛の病気と見做され、差別された時代を体験しており、今日演奏される交響曲第1番もエイズで亡くなった同性愛者の友人達追悼のために書かれ、以前は「エイズ・シンフォニー」というタイトルが付いていた。1990年初演の曲であるが、現代音楽としてはかなり分かり易い内容であり、近年に書かれた交響曲としては知名度は高い方である。

読売日本交響楽団とこの曲を演奏し、ライブ録音をCDとしてリリースもしている下野。現役の日本人指揮者としてはこの曲を最もよく知る人物だと思われる(コリリアーノの交響曲第1番の日本初演を指揮したのは、故・岩城宏之。「初演魔」といわれた岩城らしいエピソードである)。なお、この曲はダイナミックレンジが広いため、CDでは本当の良さは分からない。

編成は特殊。先に書いたように金管が最後列に並ぶのだが、シンメトリーの形になっており、上手端と下手端にテューバが陣取る(下手端のテューバは武貞茂夫、上手端のテューバは客演の中村一廣)。ティンパニはステージ両端に置かれる(上手のティンパニ担当は中山航平。下手のティンパニは宅間斉が叩く)。チューブラーベルズも上手端と下手端に一台ずつ置かれる。楽器の他にも鉄筋が金槌で叩かれたりと、様々な音が奏でられる。

現代音楽であるため、指揮も特殊であり、下野は指揮棒を持っていない左手の指で、1から4までを示す。奏法の変化である場合が多いのだが、指の変化でどこが変わったのかよくわからない場合もある。

メランコリックな旋律と大編成による迫力が特徴であり、基本的にこの路線の現代曲は分かり易いために支持も得やすい。4つの楽章からなるが最初の3楽章はエイズで亡くなった3人の音楽家の友人に捧げられ、第4楽章はエピローグ的なもので、3つの楽章の主題が現れる。ベートーヴェンの第九を意識したのかも知れない。

第1楽章では弦楽を中心とした哀切な響きの中に、舞台袖で弾かれるアルベニス作曲(ゴドフスキ編曲)の「タンゴ」のピアノの音が漂ってきて、亡き友人のピアニストの回想であることが伝わってくる(ピアノ:佐竹祐介。舞台上でもピアノの演奏があるため、佐竹は舞台上と袖を何度も行き来する)。

第2楽章は、アマチュアピアニストであった友人のための音楽で、曲調は次々と変化して不安定、鉄琴と木琴が大活躍する。部分的にストラヴィンスキーの「春の祭典」や「ペトルーシュカ」を意図的に模した箇所がある。強烈な一撃も特徴的。

第3楽章は最も抒情的にして哀感に満ちた楽章である。エイズで亡くなったチェリストに捧げる音楽であるため、チェロの響きで始まるが、その後に独奏チェロが主旋律を奏で始め(今日は客演首席チェロ奏者であるマーティン・スタンツェライトが独奏を担当する)、それが様々な楽器を経て、もう一人のチェリスト(特別客演首席チェロ奏者である山本裕康が演奏を受け持つ)との対話が始まる。管楽器が奏でた主題を、他の各楽器が一音ずつ出すことで再現するという面白い試みもある。

上手袖と下手袖に一台ずつ置かれたチューブラーベルズであるが、上手は木製の、下手は金属製のハンマーで叩かれるため音色に違いが出る。

第4楽章では、第1楽章で奏でられた舞台袖でのピアノによる「タンゴ」演奏がやはり印象的。この時はマンドリンも袖で奏でられる。

下野の指揮であるが、基本的には拍をきちんと振る端正なもの。指示もわかりやすい。極端な加速にリタルダンド、変拍子に複合拍子(音楽用語でポリリズム。Perfumeの楽曲で一気に有名になった)もそつなくこなす。京響のパワーも万全であった。大編成の楽曲であるため客演奏者が多く、特に大活躍する打楽器は4人もの客演奏者を招いていたが、全員腕利きであり、わずかな瑕疵はあったものの見事な演奏を展開していた。

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2015年6月16日 (火)

「東京音頭」 東京ヤクルトスワローズ応援歌バージョン

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笑いの林(46) 「5up漫才カーニバル~至極の爆笑漫才オンパレード~」

2014年6月8日 大阪・なんば千日前の5upよしもと(現・よしもと漫才劇場)にて

午後2時30分から、大阪・なんばの5upよしもとで、「5up漫才カーニバル~至極の爆笑漫才オンパレード~」を観る。出演:ロシアン生まれ、コマンダンテ、デルマパンゲ、トット、天竺鼠、もりやすバンバンビガロ、桜 稲垣早希、空中ズボン、スマイル、笑い飯(登場順)。「5up漫才カーニバル」といいうタイトルであるが、もりやすバンバンビガロは漫才ではなく大道芸、同じく早希ちゃんはピンでの出演である。

5upよしもとは、今はNMB48劇場になっているbaseよしもとを受け継いだ、若手芸人のための劇場であり、以前はワッハ上方ワッハホールという名前で、吉本のお笑いは勿論、落語、そして現代劇のための貸し館も行っていた。落語をイメージした劇場であり、伝統芸能の洋式に則って、客席の斜面の緩やかに設定されている(歌舞伎などでもそうだが、伝統芸能では演者が1階席の客から見下ろされるのはあまり宜しくないのである。ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出による演劇が上演された時は、開演前の影アナで、「当劇場は前のお客様の頭が邪魔になるよう設計されております」と、ギャグに使われていた。

なお、笑い飯以外の有名芸人が出演することが決まったのは5月24日。早希ちゃんに至っては5月30日と、急遽の出演となった。

5upよしもとは指定席の場合も多いが、今日は全席自由で、整理番号順の入場となる。

若手芸人の芸であるが、やはりお笑いというものは、ある程度キャリアを積まないと面白いものは作れないようで、コンビ名は挙げられないが、見ていて笑うどころかイライラする漫才もあった。

若手芸人のことを悪く書くのは酷であるし(今、面白い人達も、最初はそれほど面白くはなかったはずである)、私はお笑いは門外漢なので、気付いたこと、起こったことを書いていくことにしたい。

まず、もりやすバンバンビガロであるが、かなりタッパのある一輪車に乗って、舞台上を反時計回りに走り、お客さんが投げた輪っかを首に通すという芸を行った時、もりやすバンバンビガロさんは、なんと私を指名。私は最前列は遠慮して2列目の真ん中付近に座っていたのだが、投げ輪は比較的重いもので、女性が高い位置にいるもりやすバンバンビガロの首に通すよう投げるのは困難であるため、男である私が選ばれたのだと思う(最前列中央列は全員女性客であった)。

というわけで、投げ輪をすることになったのだが、もりやすバンバンビガロはずっと一輪車で走り続けている上に、輪がどれぐらいのスピードで飛んでいくのかもわからない。そのため二度チャレンジしたが、いずれも輪はもりやすバンバンビガロのいる場所には飛ばなかった。もりやすバンバンビガロは、二番手として最前列の女性を指名するが、女性が投げた輪は、一輪車の車輪を直撃する。かなりスナップを利かさないと輪はもりやすバンバンビガロの首の高さまで飛ばないのだが、女性の場合は筋力的に、「ソフトボールをやってました」というような人でないと高い位置に投げることは無理であろう。

ちなみに私は、今はなき京橋花月で、もりやすバンバンビガロさんに呼ばれてステージに上がり、助手を務めたことがある。

今日、助手としてステージに上がった男性(自ら手を上げて名乗り出た)は、酒に酔っていたが、京橋花月があった頃も酩酊した状態でステージに上がって助手をした人と同一人物だと思われる。見覚えがある。

早希ちゃんは、「おねえさんといっしょ」をやったが、「ドレミの歌」の替え歌を歌うときに、歌詞が飛んでしまったようで、しばらく「ラ~ララ~ララ~ラッラ~」とスキャットに切り替えていたが、歌っている間にラストを考えたようで、最後はその場で付けた歌詞で何とか収めた。早希ちゃんは頭の回転は速いし、「ロケみつ」の電車待ちなどの空き時間には即興で歌を作って遊んでいたそうなので、それが功を奏したのであろう。

トットは、2年ほど前に5upよしもとで芸を見たときはありきたりのコントしか出来なかったが、今日行った漫才は終盤で息切れしたものの、かなりレベルが上がっていた。今後に期待が持てそうである。

笑い飯は、代名詞でもある「Wボケ」の漫才ネタを2本披露。まずは給食センターでのメニュー作成の話で、西田が「水曜日に金平、金曜に水餃子とありますが、水曜日に水餃子、金曜日に金平の方が良いですよね」と頭文字を合わせるボケをしたり、哲夫が和牛を使った高級メニューを挙げ、「小学生には贅沢すぎるので、芋に変えていいですよね」と、西田に「終戦直後か」と突っ込まれるボケを行う。

次は、水道局の職員を装い、水道の点検だと偽って家の中に入り、家主の目を盗んで、金品を奪う詐欺が流行っているということで、それを追い返すという設定の漫才を行うのだが、哲夫は「金欲(かねほし)」や「盗田(ぬすだ)」など苗字からして怪しい詐欺師を演じ、「水道と金品の点検に来ました」などと言ってしまう。西田は、最初から「詐欺師です」と名乗る、「お金どこですか」と聞くなど正体バレバレの盗人を演じる。最後はドアチャイムも「ピンポーン」ではなく、「金銭~」と鳴り始めてしまった。

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2015年6月14日 (日)

槇原敬之 「SPY」プロモーションビデオ

槇原敬之の隠れた名曲的存在である「SPY(スパイ)」。ワーナー・ミュージック・ジャパンの公式YouTubeチャンネルに載っているPVです。若い頃の槇原敬之の透明感溢れる美声と、ミステリアスな映像も魅力的。

実は槇原敬之は大阪府立春日丘高校在学中にラジオにデモテープを送って、DJを務めていた坂本龍一から打ち込みによる伴奏も含めて「完璧」と称賛されるほどの早熟の才能の持ち主でした。

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2015年6月13日 (土)

観劇感想精選(154) M&Oplaysプロデュース公演「結びの庭」

2015年3月27日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後7時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、M&Oplaysプロデュース公演「結びの庭」を観る。作・演出・出演:岩松了。出演:宮藤官九郎、麻生久美子、太賀(たいが)、安藤玉恵。出演者5人、岩松了はちょっと出るだけなので、実質的には4人の役者で見せる心理サスペンスである。上演時間約2時間20分。途中休憩なし。

芝居はまず、安藤玉恵演じる家政婦・丸尾操の一人語りから始まる。丸尾は弁護士の水島家の家政婦なのだが、水島家は名家であり、当代当主の水島慎一郎(宮藤官九郎)も弁護士で、水島の妻は、経団連会長・来宮信介(きのみや・しんすけ)の一人娘である瞳子(とうこ。麻生久美子)である。丸尾は水島家の家政婦というだけでよそを歩いていても特別な目で見られるという。
水島には秘書がいる。22歳と若い近藤未來(太賀)である。近藤は秘書ではあるが将来的には弁護士を目指しているようだ。

水島と瞳子の関係は、5年ほど前に起きた事件がきっかけだった。瞳子には恋人がいた。横山という男だったが、死体で発見され、瞳子に容疑か掛けられた。瞳子の弁護士を担当したのが水島であり、水島は瞳子の濡れ衣を晴らすことに成功。そして、1年前の今日に水島と瞳子は結婚したのだった。しかし「濡れ衣」という言葉を使ったのは丸尾であり、実のところは……

麻生久美子は舞台上に現れた時から、目つきや雰囲気などから一目で妖女とわかる演技。こうした雰囲気を出す事も容易でないのに、単なる妖女ではない愛らしくも短気で蠱惑的な女性を演じて見せる。麻生久美子は理知的でも憑依的もないタイプの天才女優で、特に工夫せずに演じてもその役になれてしまうという、得がたいタイプの役者である。麻生久美子は事務所が強いわけでもないのに、とにかく映画に出まくっているが、その理由が彼女が性格美人で監督や他の俳優から声が掛かるということの他に、麻生久美子しかなり得ない役というものが存在するためだと思われる。

千葉県出身の麻生久美子は私が最も理想とする容姿に近いタイプの女性であり、今日は前から3列目の真ん中ということで、麻生さんの演技を間近で見ることが叶って嬉しかった。

最初(丸尾のみ出演)と最後(水島の瞳子の二人きり)のシーンががどこかわからないメタ的な場所であり、ラストも取りようによっては何種類も取れるタイプの芝居である。こうした劇も私は嫌いではないが、本音を言うと「その先が見てみたい」と思う。思わせぶりなセリフや、やり取りの連続ではなく、もっと直接的な表現によって。

安藤玉恵、太賀は熱演。宮藤官九郎は何度かセリフを噛んでいたが、彼は今は作家が本業であるし、佇まいは良かった。弁護士には見えなかったが。
岩松了は末次民雄という瞳子の秘密を知る人物役。たかりを生業とする碌でもない人物であるが、この悪役を飄飄と演じていた。計算高い悪役だともっと良かったのだが。

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2015年6月12日 (金)

コンサートの記(193) ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第483回定期演奏会 J・S・バッハ 「マタイ受難曲」

2014年11月28日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第483回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はヘルムート・ヴィンシャーマン。1920年生まれの94歳。有名現役指揮者としてはおそらく世界最高齢である。もっともヴィンシャーマンは、J・S・バッハのスペシャリストであり、コンサート指揮者としては3つ年下のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが最高齢になると思われる。

大曲にして、音楽史上最高傑作の座を争う、J・S・バッハの「マタイ受難曲」の演奏である。

福音史家(エヴァンゲリスト)を務める予定だったヤン・コーボウが体調不良のために出演出来ず、テノール・アリアと証人Ⅱを歌う櫻田亮が福音史家も歌うことになった。イエスの言葉を歌うのは三原剛。ソプラノ・アリア、ピラトの妻に秦茂子、アルト・アリア、証言Ⅰに福原寿美枝、バス・アリアに青山貴。ユダ、ペトロ、大司祭、ピラトの4役を歌うのが森雅史。

合唱は大阪フィルハーモニー合唱団と京都バッハ合唱団に、和歌山児童合唱団が加わる。

オーケストラは小オーケストラ二つに分かれて演奏されるのだが、第1オーケストラのコンサートマスターは崔文洙、第2オーケストラのコンサートミストレスに渡辺美穂。

バロック時代の音楽だけに、現代オーケストラの編成には入らない楽器も存在し、ヴィオラ・ダ・ガンバ(チェロの始祖ともいうべき楽器。チェロよりも小さく、丸みを帯びている。演奏するのは客演の平尾雅子)、リコーダー(いずれも客演の秋山滋と木戸麻衣子が演奏)が加わり、第1オーケストラにはオルガン(演奏は室住素子)が、第2オーケストラにはチェンバロ(演奏:廣澤麻美)が配される。

前回の9月の定期で2階席で聴き、音響の良さに驚かされたフェスティバルホール。今日は1階席の最後列であり、通常なら音の良くない席だが、今日は音の抜けが良く、特に不満は感じなかった。

先週からアレルギー性結膜炎に悩まされており、病院で処方された薬も効かず、真剣勝負できないのが残念である。

ヘルムート・ヴィンシャーマンの指揮に接するのはおそらく4年ぶり3度目。いずれも大阪フィルハーモニー交響楽団への客演である。

前回は90歳の指揮者とは思えないほど軽やかな足取りで登場したヴィンシャーマンであるが、やはり年には勝てないのか、今日は杖をついて登場。ただ、前半のアンコールの際や後半の登場の時には杖なしであったので下半身が著しく衰えているということではないらしい。今日も指揮台を置かず、スツールに腰掛けての指揮だったが、立ち上がって指揮する場面も比較的多い。

ヘルムート・ヴィンシャーマンはオーボエ奏者としてキャリアをスタート。オーボエの弟子に宮本文昭がいる。1960年にドイツ・バッハ・ゾリスデンを結成し、半世紀以上に渡ってバッハの音楽に身を捧げてきた。日本での録音のいくつかあり、私の持っているヴィンシャーマン指揮の「マタイ受難曲」のCDは日本でのライブ収録である。

モーツァルトやベートーヴェンがピリオド・アプローチで演奏される以前からバロック以前の音楽では当時の奏法に合わせたものが通例であり、今回も弦楽は一部を除いて完全ノンビブラートである。

94歳になるヴィンシャーマンであるが、年を感じさせない若々しい音を大フィルから弾き出す。合唱も充実した出来だ。

知的コントロールの行き届いたシャープなバッハであり、90代半ばを迎えたヴィンシャーマンの集大成的名演であった。

ヴィンシャーマンはもともとユーモアのある人であるが、前半が終わったときも、総譜を閉じ、客席からの拍手が起こったのを手で制して、第1コンサートマスターの崔文洙やヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の平尾雅子を握手を交わしてから、客席の方に向かって自ら拍手をして、客席の拍手を促していた。

終演後も、アンコールの拍手を受けて、舞台の中央へ、と思ったらそこを通過してなぜか舞台上手まで行ってお辞儀をし、男性客の握手の求めにも応じていた。

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2015年6月11日 (木)

ものの名

「ものには適切な名前を」
簡単そうで難しいこと。

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2015年6月10日 (水)

I am

I am mere a tool of god.

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2015年6月 8日 (月)

ないことにする

存在するものに言葉を与えず「ないことにする」のはいかなる場合においても賢明ではない。

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藍坊主 「鞄の中、心の中」

千葉さな子(千葉さな)が歌詞に登場する藍坊主の「鞄の中、心の中」。自転車の乗り方は真似てはいけませんが(笑)。

千葉さな子は北辰一刀流の開祖である千葉周作の姪(周作の弟、定吉の娘)。坂本龍馬と非公式ではありますが婚約したともいわれる女性で、龍馬の死後も龍馬を思って独身で通したという美談のあった人ですが、5年ほど前に、実は龍馬の死後に元鳥取藩士と一度結婚していた(後に離婚)ことがわかりました。

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2015年6月 4日 (木)

観劇感想精選(153) ジョン・ケアード演出「十二夜」

2015年4月10日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後6時から梅田芸術劇場メインホールで、「十二夜」を観る。作:ウィリアム・シェイクスピア、日本語テキスト訳:松岡和子、演出:ジョン・ケアード。出演:音月桂(おとづき・けい)、橋本さとし、中嶋朋子、小西遼生(こにし・りゅうせい)、石川禅(いしかわ・ぜん)、青山達三、壌晴彦、西牟田恵、山口馬木也(やまぐち・まきや)、宮川浩、成河(ソン・ハ)ほか。

シェイクスピアの喜劇の中でも比較的知名度は高い方に入る「十二夜」。シャーロック・ホームズファンを指すシャーロキアンの間では、シャーロック・ホームズが「十二夜」の道化・フェステの歌う「旅の終わりは恋する者のめぐり逢い」という言葉をシリーズの中で2回使っていることでも有名な作品である。「十二夜」というのはクリスマスから12日目の夜のことで、中世の英国では一年の中で唯一乱痴気騒ぎ、時代によっては乱交も許されていたという、とにかく馬鹿騒ぎの日である。シェイクスピアの「十二夜」では舞台は実は十二夜ではないのだが(初演が十二夜である1月6日に行われたという説がある)、恋愛が軸であり、スラプスティックな要素や卑猥なセリフなども多い。

恋愛の劇なのであるが、設定がややこしい。舞台は古代ギリシャのイリリア。オーシーノ侯爵(小西遼生)は、オリヴィア(中嶋朋子)に恋をしているのだが、オリヴィアは「兄の喪中」だということで、オーシーノに会うことを拒否している。その前段階として、双子の兄妹であるセバスチャンとヴァイオラ(音月桂の二役)が嵐に遭って遭難。ヴァイオラはイリリアの海岸に流れ着くが、兄のセバスチャンは自身とはぐれ、死んだのだと確信。自らの身を守るためにヴァイオラは男装し、シザーリオと名乗る。そしてオーシーノ侯爵に小姓として仕えることになる。しかし、オーシーノの命令でオリヴィアに言伝に行ったシザーリオは機知に富んだ詩的な言葉を発し、それが元でシザーリオが男だと思い込んでいるオリヴィアに好かれてしまう。ところがそのシザーリオはといえば、主であるオーシーノに恋い焦がれているのである。
オリヴィアに恋心を抱いているのはオーシーノだけではない。サー・アンドルー(石川禅)、またオリヴィアの執事であるマルヴォーリオ(橋本さとし)もオリヴィアに思いを寄せている。だが、オリヴィアが恋しているのは正体は女であるシザーリオというわけでぐちゃぐちゃである。「思う人には思われず、思わぬ人から思われて」の連鎖だ。
また、ヴァイオラの兄・セバスチャンは実は生きており、彼もまたイリリアにやって来るので余計にややこしいことになる。

舞台セットは上から見ると馬蹄形の生け垣。生け垣が動くことで、奥行きが出たり、緑の壁が出来たりする。中央は八百屋になった円形舞台。八百屋舞台自体は動くことはない。
舞台前方の中央部分が少しせり出している。

元宝塚歌劇団男役の音月桂の卒業後初の大阪登場ということで、客層は圧倒的に女性が多い。

音月桂は元男役なので、男であるセバスチャンや、女が男に化けたシザーリオを演じるのはお手のものだと思っていたが、実際は、宝塚の男役をやる時とは違った難しさがあったそうだ。ちなみに服装はセバスチャンでもシザーリオでも基本は同じだが、シザーリオの時は黒いたすき、セバスチャンの時は赤いたすきをして見分けられるようになっている。入れ替わりのあるラストではたすきはしていない。

まず舞台奥にオーシーノが登場、客席に背を向けている。その手前、オーシーノの居間という設定になっている場所に音楽家達が入ってきて、ヴァイオリン2人とチェロ1人による生演奏があり、それにギターの音が重なる(ギターは劇中で道化・フェステ役の成河が弾き語りを行っていたので、ここでも成河がギターを弾いていたのかも知れない)。やがてオーシーノは振り向き、中央のソファーに腰掛けて音楽を聴いた後で音楽論や恋愛論を説き、オリヴィアが自分に靡かないのを嘆く。

舞台は変わってイリリアの海岸。嵐に遭って流れ着いたヴァイオラが兄・セバスチャンが亡くなったと思い込み悲しみに沈んでいる。ヴァイオラは船長(宮川浩)に、自分が兄が残した衣装を着て男として生きていくことを告げる。

その後はイリリアのオーシーノ侯爵邸やオリヴィア邸が舞台となる。

シェイクスピアでは道化がコミックリリーフとなる場合が多いのだが、「十二夜」ではオリヴィアの執事であるマルヴォーリオが道化以上に道化的であり、頓珍漢ぶりが笑いを誘う。マルヴォーリオ役の橋本さとしは、演出のジョン・ケアードから「日本に良い役者がいる。橋本さとしという役者だ。何が良いかというと鼻の形が良い」と不思議な褒め方をされたそうだが、笑い担当として常識的に考えるとあり得ないようなコミカルな動きをする。

喜劇とはいえ、400年以上も前の戯曲であり(初演は1600年前後とされる)、アメリカの現代喜劇のようにドカドカと笑いが取れるような芝居ではない。橋本さとしは動きで、音月桂は、セバスチャンとシザーリオの早替えと入れ替わりの場面(その場だけ登場する女優がおり、音月と抱き合う度に役が入れ替わる。毎回、セリフを喋るのは音月桂なのだが、話している人物が違うというパターンである)などで笑いを取っていた。

実は私が生まれて初めて読んだ戯曲が「十二夜」なのである。中学校1年生の時にシャーロック・ホームズ・シリーズを読んでいて、ホームズがシェイクスピアの「十二夜」の同じセリフを二度引用しているというので、「十二夜」に興味を持って読んでみたのだ。中1の、それも春だったはずなので、戯曲というものをどう読むのかさえわからなかったという記憶がある。面白いのかどうかさえ分からなかった。

シェイクスピア劇の上演というのは、日本の歌舞伎鑑賞に近いものがあり(書かれた時期でいうとシェイクスピアの戯曲の方が歌舞伎の台本より古い)、読んだり観たりして即時に面白さがわかるものではないのだが、今回の「十二夜」は上演として一定のレベルに達していたように思う。西牟田恵の演技を久しぶりに見ることが出来たのも嬉しい。

ラストは「旅の終わりは恋人達のめぐり逢い」の通りであるが、目出度し目出度しという感じは余りしない。愚かさもまた愛おしいという意味での人間讃歌にはなっているのだが。

終演後、「ピーコ&兵動のピーチケパーチケ」という関西ローカル番組で「十二夜」の紹介を行っていた、関西テレビの川島荘雄(かわしま・もりお)アナウンサーの司会によるアフタートークがある。出演は、音月桂、橋本さとし、小西遼生、石川禅、成河。

音月桂は宝塚男役出身であるが、「でも実際の男性と交わるのは」と発言して(「実際の男性に交じって芝居をするのは」を言い間違えたらしい)、橋本さとしらから「実際の男性と交わる?」と突っ込まれる。音月桂は、「今のはカットして下さい」というが映像ではないのでカットは勿論出来ない。宝塚の男役と、男優の方が多い舞台で男役をやるのとは違うとここで発言していた。

他の出演者は、「大阪のお客さんはノリが良い」というようなことを語る。「お笑いに厳しいかな、と思ったが客席が温かかった」とも述べていた。

石川禅演じるサー・アンドルーは、シザーリオに決闘を申し込み、実際に二人は戦うのだが、サー・アンドルーは腕の方がさっぱり、シザーリオは正体は女性なので剣を振るったことがない。ということで、下手同士の決闘になるのだが、石川禅によると、この下手同士の決闘のシーンはカットされてしまうことが多いという。今回の舞台はカットせずに演じるのだが、剣が下手という設定同士による殺陣というのは普通の殺陣よりも疲れると石川禅は語る。確かに良い殺陣というのは動きに無駄がないものだが、剣が下手という設定になると敢えて無駄を多くし、剣もブンブンと振り回し、へっぴり腰のまま舞台下手端から舞台上手端まで歩いていったりと、運動量は増えてしまう。それでも怪我があってはいけないということで高名な殺陣師に殺陣を付けて貰ったそうだ。

橋本さとしは大阪府出身、大学も大阪芸術大学の舞台芸術学部出身ということで、大阪はホームであり、「これからどこかの花月に行きたい気分」と語る。ちなみに京橋花月は閉館になりましたので行かないで下さい。

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2015年6月 2日 (火)

信長忌 阿弥陀寺に墓参に行きました

本日6月2日は、織田信長公の命日。というわけで、上京の寺町にある阿弥陀寺で行われた信長忌に参加しました。阿弥陀寺が本堂を開けるのは毎年6月2日だけです。本堂内には織田信長公、信忠公、信広公の木造と位牌が祀られ、本能寺の変の際に信長公が使ったとされる手鑓、弓掛(弓を射る際の手袋)、木下藤吉郎秀吉や明智光秀が書いた文書なども残されています。

信長忌 阿弥陀寺に墓参に行きました

本来なら旧暦6月2日を信長忌とするべきですが(今日は旧暦だとまだ4月16日で、「あめがしたしる五月」もまだ来ていません)、旧暦にすると毎年日付が異なるという事態が生じますので、新暦6月2日とした方が阿弥陀寺としても参拝者としても都合が良いのだと思われます。

阿弥陀寺は「織田信長公本廟」を名乗っていますが、それは幾つかある信長公の墓の中で、唯一、信長公の遺骨が埋まっている可能性のある墓所であるためです。

二つ並んだ墓碑の右側が織田信長公、左が嫡男の織田信忠公の墓石です。右側手前に頭の部分だけ見えているのは織田(神戸)信孝公の墓石です。

本能寺の変が起こった際、蓮台野にあった阿弥陀寺の住職である清玉上人が本能寺に駆けつけます。なぜ清玉上人が本能寺に駆けつけたかというと、実は清玉上人は織田家中で育った人物だったからです。
信長の庶兄である織田信広が鷹狩りに出た際、今にも出産しようかという状態にある女と出会います。信広は医師を手配するものの、女は死亡。しかし、子供はまだ生きている可能性があるという見立てで、腹を割いてみたところ、子供は無事でした。この子が後の清玉上人です。清玉上人は織田家の一族として育てられ、信長とも当然親しかったのですが、六歳にして僧侶になると発心。京で勉学に励み、正親町天皇も一目置くという高名な僧侶になりました。正親町天皇と信長の仲介役となったのも清玉上人と言われています。

というわけで、清玉上人は信長の身内。その身内である信長に一大事と見て駆けつけた清玉上人。しかし、信長はすでに切腹していました。だが、信長の亡骸を明智光秀に渡すわけにはいかないということで、清玉上人はおそらく信長公の首だけだと思われますが、その場で火葬して本能寺を抜け出し、阿弥陀寺に戻って信長の遺骨を埋め、七条河原で首実検を行っていた明智光秀の元に向かいます。清玉上人は光秀に「本能寺と二条城での戦死者の遺骨を阿弥陀寺に葬りたい」と申し出、光秀も「さては、信長の遺骨は早清玉上人の元か」と察し、光秀も教養人であるため無理はいわずにこれを認めたと言われています。

一方、山崎の戦いで光秀を破り、信長の後継者として名乗りを上げた羽柴秀吉は、清玉上人に信長の遺骨を渡すよう要求しますが、上人がこれを拒否したため、信長の等身大の木造を二体造らせ、大々的な信長公の葬儀を誰の許可も得ずに大徳寺で勝手に執り行い(これが後に柴田勝家との諍いの原因となる)、木造の一体を焼いて(香木で造らせたため、良い香りが漂ったという)、これをもって火葬の代わりとし、大徳寺内に信長の院号を持つ総見院を創設。信長の遺骨を渡さなかった阿弥陀寺は冷遇。というのが阿弥陀寺に伝わる話です。

信長公の院号は先にも書いた通り、総見院。「総見」というのは信長の生前からの号で、「総てを見渡す」という天下人の誇りを号としたものです。また、若い頃の信長は上総介を名乗っていましたが、これも「総ての上に立つ」という天下取りへの意気込みが伝わって来ます。

信長の小姓にして、衆道の相手としても知られる森蘭丸(乱丸。成利)、坊丸(長隆)、力丸(長氏)の墓。衆道に関して史料は残っていないのですが、状況証拠はあるとされています。いずれにせよ三人とも有能な美青年として信長に取り立てられたのは事実のようで、女性ファンも多いようです。

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2015年6月 1日 (月)

観劇感想精選(152) 野田地図(NODA・MAP)「エッグ」2015大阪

2015年3月26日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

午後7時から、大阪・京橋のシアターBRAVA!で、野田地図(NODA・MAP)の「エッグ」を観る。作・演出・出演:野田秀樹。音楽:椎名林檎。出演:妻夫木聡、深津絵里、仲村トオル、秋山菜津子、大倉孝二、橋爪功ほか。今回の上演は脇役がかなり多い。ひょっとすると野田が教鞭を執る多摩美術大学の学生もいたりするのであろうか。

「エッグ」は、2012年に初演され、今年度の再演に当たり、まずパリ国立シャイヨー劇場で上演が行われ、その後、野田秀樹が芸術監督を務める東京芸術劇場での上演を経て、来阪公演を迎えた。

汽笛が鳴り、天井から数枚の紙が落ちてきてスタート。最初の舞台は、改装工事中の劇場。野田秀樹が芸術監督を務める東京芸術劇場も改装工事を行っていたので、東京芸術劇場がモデルなのかも知れない。劇場案内係の野田秀子(野田秀樹)に連れられた女学生達が登場。野田秀子は劇場の隅々まで見せようというので、客席通路を女学生を連れて歩いたりし、「2階席からはこの辺(1階席中央通路)は見えないのよね。安心して、ここでは大した演技しないから」などと言っている。再び一行が舞台に戻ったところで、女学生の一人が、数枚の紙片を発見する。それは寺山修司が書いた「エッグ」というタイトルの戯曲の草稿であった。しかも未完である。野田秀子は劇場の芸術監督(名前は不明。野田秀樹の一人二役)と愛人関係にあり、今度、オーストラリアの「なんとかコースト(ゴールドコーストのこと)」に二人で行くことになっているという。芸術監督に寺山修司の原稿を見せて芸術監督の名を上げようと画策する野田秀子。そこへ、舞台後ろから車椅子に乗り、ぐったりとした阿倍比羅夫(あべ・ひらふ。妻夫木聡)が、妻の苺イチエ(深津絵里)に押されながら現れる。イチエは歌を唄っている(深津絵里は、深津絵里と高原里絵という二つの名義を使い、別人としてアイドル歌手としてデビューしたという風変わりな売り出し方をされたという過去があり、歌は上手い)。阿倍比羅夫の具合が悪くなり、手術台に乗せられる。しかし、ここにいるのは本当は阿倍比羅夫ではなく、粒来幸吉(つぶらい・こうきち。仲村トオル)のはずだったのだが……

芸術監督は「エッグ」という戯曲を読み進める上でいくつか間違いを犯す。東京オリンピックの話が出てきたので、2020年に開催予定の東京五輪かと思いきやそうではなく、1964年に開催された東京五輪なのだった。

エッグというスポーツが行われている。芸術監督は当初は未来に生まれるスポーツとして読んだのだが、実際は1964年に行われたスポーツだった。卵を割らずにいかに美しく得点を挙げるか(競技シーンはあるのだが、描き方が曖昧であるため、どういうスポーツなのか具体的にはわからない)を競うものだという。背番号7の粒来幸吉(円谷幸吉に由来)、背番号3の平川(大倉孝二)、そして、新入りの背番号137・阿倍比羅夫らが日本代表選手として戦っている。阿倍比羅夫は東北出身の高校を出たばかりの若者。実在の歴史上の人物に由来する名前ではあるが、裸足で走り、「アベベ」と呼ばれるシーンがあるため、アベベ・ビキラがモデルにもなっていることがわかる。アベベは後年交通事故で体が不自由になるのだが、阿倍比羅夫も交通事故に遭ったということになっている。
1964年度東京オリンピックのマラソン優勝者はアベベ・ビキラ。銅メダルを取ったのが円谷幸吉である。

エッグの試合は、前半が、0-36で相手にリードを許す。後半開始前、消田(きえた)監督(橋爪功)に粒来幸吉は自ら交代を申し出る。消田監督は代役として阿倍比羅夫を起用。阿倍は大活躍し、日本代表は37-36で逆転勝利。というところでまた芸術監督の読み間違いがあり、実はエッグというのは女性のスポーツなのだという。仕方なく、ナースの格好をしてエッグをすることになる日本代表の選手達。しかし、平川が暴力事件を起こし、エッグ日本代表不祥事ということで、4年がさらっと経過する。

苺イチエは、エッグ日本代表オーナー(秋山菜津子)と消田監督の娘である。売れない頃は苺ジャムという芸名で活動していたが、彼女がリリースしたCDは全てオーナーが買い取り、売れっ子になったように見せかけていたという。苺イチエとなった今では本当に売れっ子歌手であり、エッグの日本代表試合の前の「君が代」を歌うことも許されている(というより勝手に歌ってしまったわけだが)。苺イチエは、粒来幸吉に「私がストーカーしてたの知ってた?」と聞き、粒来は「ああ、あのうるさい」などというやり取りが交わされるのだが、全ては大人の遊びとしての会話で、苺イチエと粒来幸吉は恋仲であったが、粒来が結婚にイエスと言わなかったのだ。そこで苺イチエは策を練る。自分のライブに粒来を招待し、舞台上からサプライズで結婚報告を行うというもの。聴衆の前では粒来も逃げられない、苺イチエはそう考えたのだが、実際は粒来からチケットを譲られた阿倍がフィアンセの番号「I列17番」に座っており、苺イチエは阿倍と結婚することになってしまう。結婚はしたのだが、苺イチエは阿倍のことを愛してはいない。

エッグで活躍した阿倍はレギュラーとなり、背番号1を貰う。

一方、オーナーは1964年のオリンピック加入新競技にエッグを入れるため、本業は振り付け師のお床山(おとこやま。藤井隆)にエッグ宣伝用映画の撮影を依頼する。台本を書くのは寺山修司だ。

しかし、芸術監督はまたも読み間違えていた。寺山修司が書いた東京オリンピックというのは、1940年に戦時により返上された「幻の東京オリンピック」だったのだ。

エッグは戦時中に満州で生まれたスポーツだという。帝国大学の医学生が卵からワクチンを作る過程で卵で遊んだのが起源とされるそうだ。元々のエース格・背番号7の粒来幸吉、暴行沙汰でおなじみ背番号3の平川、そしてエッグにおいて画期的な発案を行った東北出身の若者が阿倍比羅夫、背番号1、元背番号137である。3人の背番号が並ぶと「731」となり、阿倍の最初の背番号137を逆にしても731である。そう、実はエッグなどというスポーツは存在せず、満州の通称731部隊(石井部隊。隊長の石井四郎は残念ながら千葉県出身。京都帝国大学医学部首席卒、医学博士であった)の話だったのだ。阿倍が発明した卵の殻を割らずに穴を開け、そこから黄身を吸いだし、開いた穴をナチスの発明によるパンチカードとして用い、マルタ(人体実験に使われる人間)を選出するのに有効利用された。そして円谷幸吉に似た名前を持つ粒来幸吉は美しい遺書を残して自殺したと見せかけ、731部隊の犠牲となることを阿倍に押しつけようとしていた……

日本がナショナリズムの方向に傾きかけており、日本は戦時でも対戦相手に優しかったという側面ばかりが強調されがちだが、日本賛美は他国排斥に直結しやすく、また日本が行ってしまった非人道的行為についても、二度と同じ轍を踏まないために忘れないことも大切なのである。

劇中、野田秀子による、「逃げるのよ! ここを逃げれば全てはノスタルジアになるわ」というセリフがあり、オーナーもアメリカに医学的資料を提出することで戦後の免責を勝ち取り、「忘れましょう」と731部隊が存在しなかったことにしようとしている。
実は731部隊の亡霊は、戦後すぐの帝銀事件にまず現れ(真犯人は元731部隊所属の医学博士であったが、GHQが警察の前に立ちはだかったという説がある。GHQが元731部隊への捜査打ち切りを命じたことだけは本当だが、真犯人等についての真相は不明である)、その後、薬害エイズ事件で再びその不気味な顔を覗かせる(非加熱製剤で薬害を起こしたミドリ十字は元731部隊で石井四郎の右腕と言われた内藤良一が興した会社である)。忘れた頃に現れては日本人に牙をむくのである。

終演後、出演者達は何度もカーテンコールに応え、最後は野田秀樹が、「寺山修司は『エッグ』という戯曲は書いていません。また私に愛人はいません」と言って締めた。

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