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2015年7月29日 (水)

観劇感想精選(157) 「地獄のオルフェウス」

2015年6月12日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後6時30分から森ノ宮ピロティホールで、「地獄のオルフェウス」を観る。作:テネシー・ウィリアムズ、テキスト日本語訳:広田敦郎、演出:フィリップ・ブリーン。出演:大竹しのぶ、三浦春馬、水川あさみ、西尾まり、峯村リエ、猫背椿、吉田久美、深谷美歩、粟野史浩、チャック・ジョンソン、冨岡弘、中村彰男、真那古敬二(まなこ・けいじ)、久ヶ沢徹(くがさわ・とおる)、山本龍二、三田和代。音楽:鈴木光介。

「欲望という名の列車」、「ガラスの動物園」など、陰惨な作風で知られるテネシー・ウィリアムズ。浅丘ルリ子と上川隆也による「渇いた太陽」も悲劇的なラストを迎える劇であったが、今回の「地獄のオルフェウス」はそれを上回る暴力性と人間の愚かしさの描写、更には人種差別なども絡んで陰々滅々たる芝居となっている。元々はテネシー・ウィリアムズがプロデビュー作として書いた「天使達の闘い」を17年掛けて練り直したのが本作「地獄のオルフェウス」であるという。

途中休憩20分を含んで上演時間約3時間5分という大作である。

舞台上手はガラス張り。トーランス商店の入り口と表側である。開演前は水がガラスの表を滴り落ち、屋外が雨であることがわかる。劇が始めると雨は止むがその後の時の経過で雨になったり、青い灯りが夜を赤い光が夕暮れを表したりする。下手には二階に続く階段があり、途中に踊り場がある。背後の幕の裏は新しくオープンするお菓子屋という設定である。

レイディ・トーランス(大竹しのぶ)は、アメリカ南部のツー・リヴァー・カウンティという小さな街で、用品雑貨店「トーランス商店」を夫と二人で営んでいる。

レイディの旦那であるジェイブ(山本龍二)が病気の治療のために行っていたメンフィスから戻ってくることになる。トーランス商店にはビューラ・ビニングズ(峯村リエ)やドリー・ハンマといった知り合いや、エヴァ・テンプル(吉田久美)やシスター・テンプル(深谷美歩)というジェイブの従妹達が入り込んでレイディやジェイブのことを話している。レイディはイタリア系。彼女の父親は生粋のイタリア人(皆から「イタ公」という蔑称で呼ばれていた)で、禁酒法の時代に酒の密造や密売で一儲けしたのだが、黒人(「黒んぼ」という蔑称が用いられている)に酒を売ったために周囲の反感を買い、WASPの秘密結社に家ごと焼き払われて亡くなった。レイディはその時、18歳であり、身寄りのなくなったレイディはジェイブに「買われて」結婚したのだった。

背後の幕の裏側に隠れていた女性が笑い声を上げながら出てくる。キャロル・クートレール(水川あさみ)、WASPの名家の令嬢であるが、酒に酔っ払い、レジから盗んだ金で電話を掛け、延々と一人で喋ったりする(ハイテンションでの長ゼリフであり、楽々演じ抜いた水川あさみはやはり実力者である)。実はキャロルの兄であるデイヴィッド・クートレール(久ヶ沢徹)はレイディの元カレだったのだ。レイディとデイヴィッドの恋の話はビューラとドリーにより、背後の幕の影絵付きで説明される。今回の演出では影絵が多用されるが効果的なものと説明過多のものがある。音楽もテネシー・ウィリアムズの指定通りではあるが、多すぎるようにも感じる。

その店に若い男が一人。流しのギター弾き語り演奏家をしていたヴァル・ゼイヴィア(三浦春馬)である。ヴァルをトーランス商店に連れてきたのは、保安官をしているタルボット(真那古敬二)の妻であるヴィー・タルボット(三田和代)。ヴァルが車の故障で難儀して、街の留置所に泊めて貰い、「仕事を探している」というのでトーランス商店の店員にどうかと思ったからだ。ジェイブはいずれにせよ当分働けないのでヴァルを店員に雇うのは良い考えだとヴィーは思っている。ヴァルは蛇革のジャケットを着ているが、見た目も性格も南部の荒くれ男どもとは異なる(テネシー・ウィリアムズはエルヴィス・プレスリーをモデルにヴァルを書いたようである)。ギターを手にしており、ギターの板には有名ミュージシャンのサインがある。
キャロルがヴァルに言い寄るが、ヴァルは気に留めない。

ジェイブがトーランス商店に帰ってくる。ジェイブはメンフィスで手術を受けたのだが、医師から「治る見込みがない」と匙を投げられ、ツー・リヴァー・カウンティに帰ってきたのだ。顔色が悪く、周りの者はみな驚く。ジェイブの病状はツー・リヴァー・カウンティまで伝わっていたが、ここまで顔色が悪いとは思っていなかった。

ジェイブを迎えに行っていたレイディは、ヴァルを店員として雇うことにする。レイディは女達が噂していたとおりジェイブに「買われて」結婚したのだった。結婚して幸せだと思ったことはただの一度もない。

ヴァルはレイディに「空色の小鳥」の話をする。空色の小鳥は空の色に紛れているため、天敵には姿が見えず襲われることがない。曇りや雨の日は高く飛ぶので鷹も空色の小鳥には気付かない。ただ、空色の小鳥は足がないため小枝で休むことすら許されず、生涯羽ばたき続けなければならない。

ヴァルはこうも言う。「人間には二種類しかない。買われる人間と買う人間。いや、三種類だ。もう一種類いる。何の焼き印も押されていない人間……」

そしてヴァルは人間という存在そのものについても語る。「人はみんな囚人なんだ(中略)皮膚という殻は一生破れない!」。ギリシャ哲学に基づく考え方である。脱皮できる蛇とは違う。

ツー・リヴァー・カウンティに美青年がやって来たことから、女達の心に変化が生じる。だがここは因習に満ちた閉鎖的な南部の田舎。男達は自分達と異種類のものを排除しようとする。

トーランス商店の一室に寝泊まりして店員として働くことになったヴァル。だが、ヴァルが店の中で暮らしていくことは秘密となっている。また、レイディとヴァルが一夜の契りを交わしたことも。

だが、ヴィーもヴァルに特別な思いを抱いていることが発覚したことでヴィーの夫である保安官タルボットは激怒し……

人間の持つ暴力性を暴き出す、ある意味、露悪的な作品である。竪琴でなくギターを弾くオルフェウスであるヴァルは南部気質の犠牲となる。当時の南部は南部出身者以外には地獄のようであったのだろう。アメリカ南部は良くいうとワイルドであるが悪くいうと野蛮なエネルギーに満ちている。今はそれほどでもないが、以前はかなり男臭い場所であった。

三浦春馬のヴァルは最初のうちは小綺麗に過ぎるのではないかとも思ったが、南部的な空気から浮くには彼ほどの美男子でないと不可能なのかも知れない。ギターの弾き語りでも美声を披露した。

水川あさみは個性の強い演技であるが、それが魅力になっていた。演出家のフィリップ・ブリーンがリハーサルで水川の演技を見て拡声マイクを持つ演技を思いついたのだそうだが、彼女がやるとそうしたシーンも自然に感じる。水川が演じたキャロルは実はぱっと見の印象よりも遥かに重要な役である。

大竹しのぶの演技は流石の貫禄。三田和代も堂々とした演技で、この二人は別格級であった。

大竹、三田、水川以外の女優の演技であるが、元々そうした役ではあるのだが悪い意味で日本的で、その辺のおばさんとお嬢ちゃんにしか見えない。

男優陣は三浦以外は出番が少ないのであるが、反知性的な南部の男像を上手く演じていたと思う。

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