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2015年7月 1日 (水)

コンサートの記(196) 井上道義指揮、野田秀樹演出 モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚 ~庭師は見た!~ 新演出」

2015年6月7日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、歌劇「フィガロの結婚 ~庭師は見た!~ 新演出」を観る。指揮・総監督:井上道義、演出・テキスト日本語翻案:野田秀樹。演奏:兵庫芸術文化センター管弦楽団。出演:ナターレ・カロリス(アルマヴィーヴァ伯爵)、テオドラ・ゲオルギュー(アルマヴィーヴァ伯爵夫人ロジーナ)、小林沙羅(スザ女)、大山大輔(フィガ郎)、マルテン・エンゲルチェズ(ケルビーノ)、森山京子(マルチェ里奈)、森雅史(バルト郎)、牧川修一(走り男)、三浦大喜(狂っちゃ男)、コロン・えりか(バルバ里奈)、廣川三憲(庭師アントニ男)。声楽アンサンブル:新国立歌劇場合唱団メンバー、合唱:新国立歌劇場合唱団。演劇アンサンブル:川原田樹、菊沢将憲、河内大和、近藤彩香、佐々木富貴子、長尾純子、永田恵実、野口卓磨。衣装:ひびのこづえ。

日本演劇界の旗手の一人である野田秀樹によるオペラ演出プロジェクト。野田に演出を依頼したのは井上道義だそうで、野田は井上からの直筆の手紙をポストから取り出したのだが、「長年の経験で字を見て頭が大丈夫な人かどうかわかるようになった」という野田は、井上の字を見て瞬時に「おかしな人から」と思い、差出人の名前も見ずにしばらく放っておいたのだという。その後、何かの拍子にその手紙を手にして裏返してみると、差出人の名が「井上道義」とある。「井上道義って、あの井上道義さん?」と野田は思ったそうだが、本当に井上道義からの手紙で、オペラ演出の依頼であったという。ということで、日本を代表する外連派アーティストの共演が実現した。

「カルメン」などと共に世界で最も有名なオペラの一つに数えられる「フィガロの結婚」。モーツァルトの三大オペラの中の一つでもある。野田は演出するにあたり、時代と場所を黒船がやって来る時代の長崎に置き換え、アルマヴィーヴァ伯爵とその夫人、ケルビーノ以外は日本人という「蝶々夫人」のような設定にし、フィガロをフィガ郎、スザンナをスザ女(すざおんな。オペラの中ではスザンナと呼ばれることが多い)、バジリオを走り男、クルツィオを狂っちゃ男と日本風の(少し無理があるが)名前に変更している。日本人同士が語り合うときは日本語が用いられ、日本語訳の歌も唄われる(テキストは野田が翻訳しており、彼お得意の言葉遊びが散りばめられている)。有名な「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」や「恋とはどんなものかしら」などの有名アリアはイタリア語で歌われることが多い。

庭師のアントニオがアントニ男という名で、語り部役に変更。アントニ男を演じる廣川三憲(ひろかわ・みつのり)は歌手ではなく、ナイロン100℃出身の俳優である。

ケルビーノは女声歌手が男装し、男装した女声歌手が女装し、とわけのわからないことになるのだが、今日はカウンター・テナーである男性歌手、マルテン・エンゲルチェズがケルビーノに扮するので男女反転はなしである。

八百屋になった舞台の上に木製のロッカーが三つ。いずれも蒔絵のような絵が施されており、和のテイストを醸し出している。舞台前方に竹がクロスする形で立っている。これが幕の代わりであり、俳優アンサンブルのメンバーが取り外したり付け直したりする。本来の幕が降りたり上がったりすることは一度もない。
オーケストラピットは浅め。

開演10分前に、庭師アントニ男が竹の棒二本を持って登場。竹の棒を顔の前で打ち鳴らし、庭木の剪定に擬している。竹の棒はこの後も歌舞伎のツケの代わりに用いられたり、カメラの三脚に見立てられたりする。指揮者の井上が登場し、客席に向かって一礼した後で、アントニ男が客席に向かって語り始める。長崎が舞台であること、黒船でやって来たアルマヴィーヴァ伯爵夫妻が長崎に豪邸を建てたこと。伯爵の召使いであるフィガ郎と小間使いのスザ女の結婚が決まったことなどを告げる。初夜権に関する説明はなかったが、クラシックが好きな人で初夜権を知らない人は余りいない。いても劇中で仄めかされるのでオペラに詳しくなくても何とか分かると思われる。「日本語なので何を言っているのかわかります。わからない場合は」という時に幕が降りてきて、字幕がそこに映されるようになる。スクリーンには映像も投影される。

なお、アントニ男が結婚式のご祝儀の相場を井上道義に聞き、井上が「片手じゃ駄目! 両手!」と返す場面があった。アントニ男は主であるアルマヴィーヴァ伯爵から「アントニ男とハサミは使いよう」と評されるような男である。

最初のフィガロがベッドの採寸をするシーンでは演劇アンサンブルのメンバーが横になってベッドを表す。ベッドの高さを測る時には、膝から上を挙げているメンバーの脚を測る。単位も尺貫法である。演劇アンサンブルのメンバーは天平時代の肖像のような髪形をしており、服装も合わせて、黒船がやって来た時代の人というより古代人を想起させる。フィガ郎の衣服も古代系。スザ女は着物姿である。外国人キャストは全員洋装。

井上道義は、序曲をノンタクトで振る。今日の兵庫芸術文化センター管弦楽団は、オーケストラ・アンサンブル金沢のコンサートミストレスであるアビゲイル・ヤングをゲスト・コンサートミストレスとして招いている。井上が音楽監督を務めるオーケストラ・アンサンブル金沢は古典派以前はピリオド・アプローチが基本であり、ヤングはピリオドの演奏に長けているため、今回の公演に呼ばれたのだと思われる。当然、今日はピリオド・アプローチによる演奏。井上は上演中は基本的には指揮棒を振るが、ゆっくりしたテンポのアリアや歌手のアンサンブルの時はノンタクトでの指揮も行う。また指揮棒を逆に持って握り手のコルクの部分を左右に揺らして指揮したりもしていた。兵庫芸術文化センター管弦楽団は元々非力な上にピリオドで演奏を行ったため、音の威力は今一つである。

ロッカーの中からは人が出てきたり、ロッカーの上から人が顔を覗かせたりする。

野田秀樹は、故・十八代目中村勘三郎と組んで歌舞伎の演出も行っていたが、今日のオペラでもツケの音や布の使い方に歌舞伎からの影響が見受けられる。また、オペラで歌舞伎の人形振りを行うという大胆な手法も取り入れていた。

ケルビーノが隠れるのは虎の皮の敷物の下。余り現実的ではないが、笑える設定である。また、ケルビーノが窓から飛び降りるシーンでは上手のロッカーの扉を破って中に入るという演出が施されていた(上手のロッカーの扉は休憩中に修復された)。また伯爵が持ってくるのは斧ではなくチェーンソー。また剣も何本か持ってきており、スザンナの隠れているロッカーに剣を何本も突き刺すというマジックでよく見ることをして笑いを取っていた。

このように野田の演出は面白さ満載なのであるが、観客に想像させた方が良いと思われるところまで俳優を使ってパフォーマンスで説明してしまうため演出過剰となりがちである。オペラの台本は基本的にバカみたいな話が多く、ある意味、そうした現実離れした荒唐無稽さが楽しみの一つなのであるが、バカみたいな話を丁寧に表現されてしまうと、オペラが現実に近づいて楽しめなくなるというところもある。

フィガ郎ことフィガロを歌う大山大輔は太めの体型であるが、野田が翻案したセリフの中に体型をからかうものがある。少し生真面目に過ぎるフィガロであるが、歌は立派である。

スザ女ことスザンナを歌う小林沙羅は、声も見た目も可憐である。

アルマヴィーヴァ伯爵のナターレ・デ・カロリスは堂々とした歌いっぷり。「法律など解釈でどうにでもなる」という傲慢な役だが、最後には態度を一気に豹変させて笑いを取った。アルマヴィーヴァ伯爵夫人のテオドラ・ゲオルギュー(アンジェラ・ゲオルギューとは血縁関係にないようである)は声はやや細めだが音程の安定した歌唱を披露した。

ケルビーノを演じたマルテン・エンゲルチェズであるが、悪くはないものの、ケルビーノはやはり女性歌手のための役という印象も強くなった。トリックスターではあるが、男がやると本当にどぎついキャラに見えてしまう。

終演後、カーテンコールで舞台に立った井上は独楽のようにターンしたり、最後は中央のロッカーを開けて中を通過して退場というショーマンシップを発揮していた。

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