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2015年7月16日 (木)

コンサートの記(197) ラドミル・エリシュカ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第472回定期演奏会

2013年10月21日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第472回定期演奏会を聴く。今日の指揮はチェコの名匠、ラドミル・エリシュカ。オール・ドヴォルザーク・プログラムである。

ヤナーチェクの「グレゴル・ミサ」とスメタナの連作交響詩「わが祖国」全曲で、驚異的ともいえる名演を示したエリシュカと大阪フィルの3度目の共演。前回と前々回の出来、またお国もののドヴォルザークということもあって名演は約束されたも同然であり、こちらの想像をどれだけ上回れるかが注目である。

大阪フィルでは、開演前の指揮者によるプレトークは行っておらず、代わりに大阪フィルハーモニー交響楽団事務局次長の福山修氏がホワイエで午後6時半過ぎからプレトークを行う。私はほぼ毎回聞いていて、質問も結構するのだが(そのために福山氏に顔を覚えられている)、今日は私より先に、「井上道義が首席指揮者に就任するが音楽監督とはどう違うのか」という、私が聞きたかった質問をされた方がいたので、私は質問はしなかった。福山氏によると、大阪フィルでは音楽監督はオーケストラに関する音楽全般、自分が指揮する演奏会だけではなく、他の定期演奏会やオーケストラの運営面でも権利や責任を持つ人のことを指し(ただ肩書きはオーケストラによって違う。広上淳一の京都市交響楽団における肩書きは常任指揮者であるが、彼が持つ権利は他の日本のオーケストラの音楽監督より上かも知れない)、首席指揮者はオーケストラのリーダーという意味で使っているとのこと。井上道義はオーケストラ・アンサンブル金沢の音楽監督でもあるので、音楽監督二つ兼任は大変であり、よって首席指揮者という肩書きを選んだという。

序曲「謝肉祭」、交響詩「野ばと」、交響曲第9番「新世界より」という演目。

エリシュカが初めて大阪フィルハーモニー管弦楽団を指揮した時は、足を引きずりながら登場し、スツールに腰掛けて指揮していたため、1931年生まれという高齢を感じさせたのだが、この時はたまたま足を怪我していたようで、前回の「わが祖国」全曲を指揮した時には、かくしゃくとした足取りで指揮台に上がり、若々しい指揮姿を披露している。

今日もエリシュカは背筋を伸ばして、しっかりとした足取りで登場。勿論、立って指揮する。無駄はないが、鋭さのある指揮である。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。フォアシュピーラーは渡辺美穂である。

序曲「謝肉祭」。こちらの想像を遙かに上回る、華やかでパワフルな演奏が繰り広げられる。弦楽は透明な音を奏で、管楽器は彩り豊かである。エリシュカのリズム感も優れたものだ。各所に「これぞスラヴ!」という音型が登場するのだが、その処理も堂に入っている。

交響詩「野ばと」。チェコの詩人、カレル・ヤロミール・エルベンの同名の詩を音楽化した交響詩である。
まず第1ヴァイオリンに哀感に満ちた「葬送の主題」が現れ、これが様々な楽器に受け継がれていく。エリシュカは指揮棒を持って指揮を開始したが、程なく指揮棒を譜面台の上に置いてノンタクトで指揮する。その後、リズミカルな部分になると再び指揮棒を取る。抒情的な部分はノンタクトで、リズムや迫力重視の場面ではタクトありで指揮するのが今日のエリシュカのスタイルである。亡くなったのは男。妻があり、夫の死を嘆いている。そこへ軽快な音楽が入り、未亡人に新たな恋が生まれたことがわかる。交際は順調で華々しい結婚式の音楽が奏でられるのだが、音楽は突如として短調へと変わる。警告のシンバルが打ち鳴らされ、管楽器がおどろおどろしい旋律を歌い始める。実は先の夫は妻が毒殺していたのだ。妻はそれを暴かれ、絶望の余り入水自殺する。「葬送の主題」が再び現れ、何度も繰り返される。やがて音楽は民謡調(チェコ民謡調であり、日本でいう民謡調とは異なる)となり、これはあくまで詩の中の出来事でそれほど怖れることはないという風に安定した終わり方をする。

エリシュカの指揮する交響詩「野ばと」は極めてドラマティック。「葬送の主題」の深々とした歌も印象的であるし、警告のシンバルから曲調をガラリと変える手際も鮮やかだ。スメタナの連作交響詩「わが祖国」全曲でもそうであったが、エリシュカの指揮は文学的内容を含んだ交響詩に真骨頂が発揮されているように思う。文学のセンスも高いのだろう。ということは、最も文学的な音楽を書いたベートーヴェンの交響曲なども聴いてみたくなる。

メインの交響曲第9番「新世界より」。
大阪フィルは弦も管も絶好調。弦はガラス細工のような繊細且つ透明な音を出し、管楽器はパワフルで技術も高い。速めのテンポで開始したエリシュカであるが、やがてテンポを落とし、じっくりと第1楽章を味わわせてくれる。強弱の付け方も他の指揮者より細かい。

第2楽章の、「家路」のメロディーもノスタルジックで家庭的な味わいがある。エリシュカはベテランらしく他の指揮者よりも深々と歌い、温かさを生み出している。

第3楽章では、エリシュカのリズム感が光る。また、他の指揮者による「新世界より」とは違ったリズムの処理をする。

最終楽章は迫力満点。それも虚仮威しでなく、バランスも最高で、音としてでなく音楽として迫力がある。エリシュカは他の指揮者が全てフォルテで吹かせている音型を、ピアノ、メゾフォルテ、フォルテ、フォルテシモとクレッシェンドで吹かせて、独特の解釈と強烈な個性を見せつける。エリシュカでなくては作れない唯一無二の音楽だ。

演奏終了後、客席からの「ブラボー!」と喝采を浴びたエリシュカ。大した指揮者である。

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