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2015年11月11日 (水)

楽興の時(5) テルミンレクチャーコンサート「音楽と革命」

2015年11月6日 京都市左京区の恵文社一乗寺店にて

恵文社一乗寺店で、テルミンレクチャーコンサート「音楽と革命」という催しがあると、Facebook上でお知らせが来たため、出掛けてみる。テルミンという楽器には興味があり、映像などを通しては音色なども知っていたのだが、本格的なテルミンを生で聴いた経験は……と思い返すと実はないことに気付く。雑誌の付録に付いているテルミンminiなら生で聴いたことはあるのだが。

20世紀に入ってから開発された楽器としては比較的ポピュラーな存在であるテルミン。楽器名は開発者であるレフ・テルミン博士の名前にちなむ。テルミン博士は1896年生まれ。長寿であり、1993年に他界しているが、97歳と、ロシア人男性の平均寿命を30年近く上回っている。

レフ・テルミンは、日本テレビ系列の番組「知ってるつもり」で紹介されたほか、彼の生涯を描いた「テルミン」という映画もよく知られている。

テルミンレクチャーコンサート「音楽と革命」は、日本のテルミン演奏の第一人者である竹内正実が主催するイベントであり、テルミンの実演と、パソコンを使って映像を投影したレクチャーからなる。演奏は竹内正実のソロと、彼と彼の関西における弟子(全員女性で年齢にも幅がある。左利きの人もいた)による合奏が主となる。ちなみに弟子の人達が持っているマトリョーシカ型のテルミンはマトリョミンと呼ばれるもので竹内が開発した小型テルミンのようだ。

ますは竹内が、いわゆる「テルミン」と聞いて思い浮かべるようなテルミンを用いて、「モスクワ郊外の夕べ」を演奏する。テルミンの音色は想像通りではあったが、思ったよりも細かな表情付けが可能なようである。

その後、パソコンで壁面に投影した映像を用いてレフ・テルミンの生涯が紹介される。ペトログラード大学(現:サンクト・ペテルブルク大学)で物理学と天文学を専攻したテルミンであるが、それ以前からペトログラード音楽院でチェロを学んでいたそうで、そうした音楽的背景がテルミンという楽器を生み出すのに大きな役割を果たしたと竹内正実は語る。

1920年にテルミンを開発。1922年にはレーニンの前で御前演奏も行っている。1930年代には渡米し、ニューヨークを拠点に研究と演奏を行っており、この頃には世界的な著名人とも交流していて、チャーリー・チャップリンがテルミンを購入したり(ただし、チャップリンがテルミンを演奏出来るようになったのかどうかは不明)、アルバート・アインシュタインの弾くヴァイオリンとテルミン博士がデュオをしたということもあるという。

1938年に失踪。ソ連に帰国したことはわかっているのだが、経緯は不明である。テルミン博士自身は「拉致された」とも語っているそうだが、根拠はないそうで、「覚悟の帰国だったのではないか」と竹内正実は推理している。当時、アメリカにいたロシア人でスパイ活動をしていない人はいなかったそうで、テルミン博士もアメリカの工学の技術を盗んだりしていたそうである。
帰国後、8年のシベリアでの強制労働に従事させられることが決まるのだが、テルミン博士は理化学の知識を買われて、肉体労働は数ヶ月で終わり、強制的な科学研究に途中で切り替わったそうである。ソ連のために研究を強いられた時期には、画期的な盗聴器を発明したりしている。なんでも、会話によって起こる振動を捉えるものだそうで、会話よって発生する窓の微細な揺れをマイクロ波で拾うものだそうである。
刑期終了後に子孫を残すために結婚をしたいという意思を示し、許されるが、「KGB関係の女性から妻を選ぶこと」という条件が出て、つまり妻が監視係となる。その後、モスクワ音楽院に音楽音響研究所というものを設けて貰い、そこで研究に従事する。

スターリン政権下で帰国命令を受けた人物はことごとく殺害されていたため、西側では「テルミン博士はすでに他界した」と思われていたのだが、テルミン博士が帰国した時期は、スターリンによる大量殺戮(約2000万人が殺害されたという。実際はその倍と推測する研究者もいる。ちなみにヒトラーによる虐殺の犠牲者は900万人から1100万にといわれており、スターリンの方が残酷である)が行きすぎて十分な人員を確保出来ないということで、殺害の嵐は峠を越しており、テルミン博士は何とか生き延びることが出来た。1967年、テルミン博士の無事が西側にスクープされ、テルミン博士はモスクワ音楽院での仕事を失うが、今度は秘密裏にモスクワ大学で音楽研究と楽器開発の仕事を得て、この時期に後進のテルミン演奏家も育てている。

1989年のペレストロイカにより、テルミン博士は西側でも評価されるようになり、米スタンフォード大学では講演や演奏なども行っている。1993年に他界。ちなみに晩年は不老のための研究も行っていたそうで、老化を早める仕組みの仮説を立てたりもしているという。長生き出来たことと研究の成果との因果関係はわからないそうだが。

2曲目はグリンカの「ひばり」を竹内と竹内の弟子全員で演奏する。3曲目は、竹内と年長の女性奏者とのデュオでカッチーニの「アヴェ・マリア」の演奏。ちなみに、年長の女性奏者の使っている、一見すると医療機器のようなテルミンも竹内が開発したもののようである。

レクチャーの時間が長くなったため、演奏の時間は短くなったが、竹内のテルミンと弟子達のマトリョミンでロシア民謡「黒い瞳」の後で、最後は、竹内と竹内の弟子全員がマトリョミンを手にしてロシア民謡3曲を演奏する。3曲目が「カチューシャ」であることはわかったのだが、1曲目と2曲目は耳にしたことのない曲であった。

ちなみに、映画に出てくるテルミンの音も紹介されており、ヒッチコック映画の「白い恐怖」、ハリウッド史上最低とされる映画監督を描いた「エド・ウッド」、そして邦画「のだめカンタービレ」(原作マンガにも映画にもパリ国立音楽院に籍を置く引きこもりの天才作曲家が登場し、主にテルミンを弾いているのである)のテルミンの部分が流れる。ちなみに「のだめカンタービレ」でテルミンの吹き替えを行っているのは竹内正実だそうで、「ブログには書かないで欲しい」ということも話される。その部分は私も書かないが、パブリックイメージとは異なり、「上野樹里さんはとっても良い人」だったそうである。確かに上野樹里は「性格に問題がある」というよりも「ちょっとずれてる」という書き方をされることの方が多いが。

本格的なテルミンの音を生で聴けて満足である。電子楽器であるが、思っていたよりも音色は温かであった。

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